≪アモン≫
面白い人間達だな。
いかに敵意がないとは言え、侯爵級の魔族が目の前にいても最早恐怖も嫌悪感も感じていない。
特に面白いのはあの横島という男か。
文珠を出したかと思えばこの俺を滅ぼしかねんほどの技を見せる。
あれほどの恐怖、【恐怖公】と呼ばれるかつての主、アシュタロスでも出せはしないだろう。
そうかと思えばメアリーのために文珠を渡してくれてこの俺に頭を下げた。
恐らく、こいつらが俺への嫌悪感や恐怖感を抱かないのはあの男の存在がそうさせているのだろう。
それにあの男の弟子、俺を魔族と知ってメアリーを助けてくれた。
「よし、解毒剤が完成したぞ。」
あのカオスとか言う老人。僅かな時間で魔族の持つ毒を解析して解毒剤まで作るか。
横島ほどでないにしろ面白い人物だ。
「ん、・・・おれは?」
目を覚ましたか。
「阿呆。いきなり魔族に喧嘩売ってんじゃねえ。」
横島が頭を小突いた。
「てっ、師匠。」
「君のお陰で娘を守ることができた。礼を言うぞ。」
「ん、あんたは。」
「俺の名前はアモン。お前が守ってくれたのは俺の娘のメアリーだ。」
「俺は伊達雪之丞。あんたの娘って子とはあの女も魔族だったのか?」
「いや、メアリーは人間だ。事情があってな。」
・・・まさか人間の女に惚れて拝み倒して作った子供とはいえないよな。
「・・・見つけた。どうやらアモンを探しているようだ。」
横島は使い魔にアポピスの探索をさせていたようだ。
「これ以上市民に被害を出すわけにはいかん。こちらから出向くぞ。」
「手を貸そうか?」
「いや、キリスト教国家であんたが戦うのはまずい。」
「そうか、なら俺は目的も果たしたことだしこれ以上人界にとどまって迷惑をかけることも本意ではない。すまないが魔界に帰らせてもらおう。」
「わかった。・・・雪之丞。今のお前じゃあ足手まといになるからここでおとなしくしていろ。」
そういうと再び横島の文珠で転移していった。
「畜生が!」
雪之丞は悔しそうにベッドを叩く。
・・・・・。
「・・・雪之丞。俺は君に娘を助けてもらった恩がある。帰る前に君に礼がしたい。何か望むものはあるか?」
「俺が今欲しいのは師匠と共に戦える力だけだ!」
それは難しいな。横島の力は人間のLvを遥かに超えている。
「力が欲しいのか?」
「あぁ。力が欲しい!」
ならば方法は限られるな。
「そうか。それほどまでに力が欲しいのか。・・・ならば力が欲しいのならくれてやる!」
自らの分霊を作り出した。
・
・
・
≪鬼道≫
「オカルトGメンだ。魔族アポピス。連続殺人事件の容疑者として逮捕する。」
「人間ごときが何をほざいている。」
全長20mを優に超える巨体。
大したオロチやな。
「『蛇は穴に潜った。』結界展開。奴を一歩も外にだすな。」
西条はんの合図と共に大きな結界機がここいらいったいを封鎖する。
同時にオカルトGメンの隊員たちが集結してきはった。
「2000マイトの結界だ!これで動きが封じられるはず。」
「駄目だ。人界に来た魔族の魔力が激減するとはいえ、2000じゃ足りない!」
横島君の言葉どおり、アポピスはほんのちょっと身じろぎしただけで封縛を破ってしもうた。
「くそっ!撃ち方始め!」
Gメン隊員が精霊石銃や破魔札マシンガンやらを撃っとるけど。
あかん。ちっともきいとらん。
「はん。しょせんこの程度か。アモンもこんな脆弱なやつらの雌に欲情するとは。魔族の面汚しめ。愚かを通り越して滑稽だ。貴様らごとき我が眷属で十分よ。」
辺りを埋め尽くすほどの蛇の群れが出現する。
「いかん。こいつらを外に出すな!これだけの数が街に出たらロンドン中に毒蛇が溢れてしまう。」
「霊波刀無形式、賽の監獄。」
横島君の両手から伸びる霊波刀が伸びて、分裂して、交差して、ボク達とアポピス、蛇たちを取り囲み丁度天井のない大きな牢屋のような形を形成しよった。
その霊波刀の檻から針のような霊波刀が伸びて、蛇たちを刺し殺していく。
「ユリン。ドラウプニール!ドヴェルガー!」
今度は横島君の使い魔のユリンが分裂、縮小して雀くらいのサイズになると猛然と蛇たちに襲い掛かった。
狭い空間の中で身動きが取れなくなっている蛇たちは霊波刀と空を自由に飛びまわれるユリンに反撃もできずに駆逐されていく。
ボク達は唖然とするしかなかった。
「な、貴様本当に人間か?」
「人間だよ。失礼なやつだなぁ。」
常識からは相当外れとるけどな。
でも、これだけの力をもっとるんが横島君でほっとするわ。
あって間もないけど横島君ならその力を良いように使ってくれるような気がするもんやから。
「・・・だが、無限に眷属を召喚できる俺を相手にどれだけもつかな?」
横島君が倒すスピードとアポピスが呼び出すスピードがほとんど同じや。
だったら。
「夜叉丸。行きい!」
アポピスを倒すか、せめて眷族を呼び出すスピードを遅くすることさえできれば。
西条はんも魔鈴先輩もアポピスに攻撃を集中する。
だが、気にも留めていない。
アポピスが見とるんは横島君だけや。
「くそ。僕達では眼中にもないということか。」
でもそれが事実や。
夜叉丸で攻撃しても牽制にもなりはしないし、魔鈴先輩の魔法も、西条はんの聖剣も鱗に弾かれてまう。
これが伝説に名を残す魔族の力か・・・。
「相手は【招かれざるもの】原初の混沌の水から生まれた闇の蛇よ。生半可な攻撃では飲み込まれてしまうのね。」
「くっ・・・全員眷属の掃討に当たれ。アポピスの相手は横島君にしかできない。」
それしかないな。
判断は間違えとらんが西条はんは悔しそうや。
ボクかて悔しい。
「マリア。ナパームを使え。」
「イエス。ドクター・カオス。ナパームを発射します。」
マリアはんが飛び上がり蛇の密集地帯を狙って焼夷弾を撃ちこんだ。
炎が一気に燃え広がるけど、一瞬で消えてしもた。
それでもそこにいた蛇たちは跡形もなく消え去っとる。
「そのナパーム、燃焼剤はこのドクター・カオスがカンタベリーで祝福儀礼を施した聖油を中心に精霊石の粉末や水銀をブレンドした特製品。着火には火行符で真火を呼び出して使っておる。その上魔力に反応して火がつくように調整してある優れものじゃ。いかに魔の眷属といえどそうそう耐えられるものではないわ。」
流石やな。これならいけるか。
「・・・まずい。俺の後ろに隠れろ!」
急に横島君が叫んだ。
見るとアポピスがのどを大きく膨らませている。
嫌も応もなく従うと横島君は巨大な霊気のドームを作り出した。
ほとんど同時にアポピスがボク達に向かって黒い液体を吐き出してきた。
毒や。
「アポピスって唾吐きコブラだったんだな。知らなかった。」
「馬鹿者。下らん冗談をいっとる場合か!で、どうするつもりじゃ?」
「参ったね。俺は賽の監獄とサイキック・シールドの制御で流石に手がいっぱいだな。」
「予測でしかないがあやつの毒は恐らく混沌の水じゃ。下手に触れると同化してしまうぞ?」
「かといって賽の監獄を放棄したら奴の眷属がロンドンに放たれることになるし、サイキック・ソーサーを外すとここにいる人間がグズグズに溶けちまうだろうな。」
「今本部に連絡を入れてもっと強力な結界を準備してもらってる。すまないがそれまで耐えてくれ。」
「どれくらい時間がかかる?」
「・・・2時間だ。すまない。ギリギリまで耐えてくれ。」
いかに横島君でもこれだけの高出力の霊気を2時間も持続できないだろう。
「マリアすまないけど両手がふさがってるんだ。ポケットから文珠を出してくれ。」
「イエス。横島サン。」
「そうか、文珠なら。」
「それは難しいのう。文珠は応用性には確かに優れているし、他のものが使うこともできるがキーワードを込める必要がある。西条。おぬし一文字でこの状況を好転させられる言葉を思いつくか?」
「それは・・・。」
「文珠は象形文字や漢字みたいな表意文字でなければ字数を食う、実質使うとすればお主以外のGメン隊員は漢字に造詣はないじゃろう?複数の文珠を扱えるのは流石に横島だけじゃしのう。」
「あの、文珠で壁なり盾なり作れば多少は横島さんの負担が減るんじゃないでしょうか?」
「どれだけの大きさ、強度の壁、盾になるかまではイメージできないだろう?俺が使うときはその辺のこともイメージできるんだけど、他の人間が使うとどうなるかまでは予測できない。ここまで毒を大量に吐かれると下手な真似をしたら全滅するぞ?」
文珠をマリアに口元に運んでもらうとそれをガリガリと噛み砕いた。
「元々が俺の霊力だから。文字を込めなくても俺に霊力を戻すくらいはできる。文珠のストックを考えれば2時間くらいは持つとは思うけど。」
「そんなに集中力が続くんですか?」
「横島ならそれくらいやってのけるじゃろうが・・・まぁそんなには持たないじゃろうなぁ。」
「あぁ。馬鹿が来る方が早いだろう。」
馬鹿?
空から霊力の塊が降ってきた。
「師匠!手伝うぜ。」
翼を羽ばたかせて空から降りてきたのは雪之丞君やった。
「雪之丞。それは魔装術か?」
「アモンの分霊だ。契約してな。これなら足手まといにはならないだろう?」
雪之丞君は上半身に青い鎧のようなもんをまとい、背中からは大きな翼をはやしとった。
「空から蛇どもの掃討を頼む。」
「わかった。」
雪之丞君は空から霊力の弾を撒き散らす。
一発一発が炎をまとい、蛇どもを焼き殺していった。
雪之丞君。今まで気がつかへんかったけど霊力の扱いが上手い。
あんな霊波砲撃てるG・Sはそうはいないで。
アポピスからの毒液が止んだ。
代わりに空を舞う雪之丞君に毒液を吐こうと喉を大きく膨らませるが。
「遅え。」
その予備動作を始めた瞬間雪之丞君は接近してアポピスの頭を殴りつけた。
巨大な頭を地面に叩きつけられのたうつアポピス。
雪之丞君は戦い方も15歳とは思えんほど習熟しとる。
「お前は戦い方を知らないみたいだな。」
横島君は檻を作っていた霊波刀をそのまま使ってアポピスを縛り上げると。アポピスの腹の中に【爆】の文珠を5つ放り込んだ。外からは【凍】の文珠で氷漬けにする。
アレほど僕らが苦戦したアポピスはほんの少し均衡が破れただけであっさりと退治された。
雪之丞君から鎧がはがれると溶ける様に消えていった。
「・・・雪之丞。アモンは何をしたんだ?」
「アモンが娘を助けてくれた礼だってんで魔装術っていう技を使うための契約をかわしたんだ。最も、今回はその技の訓練なんかしてねえからアモンの分霊自体が俺の身体を守る鎧になってくれたんだけどな。」
「そうか。明日からの訓練に魔装術の訓練を盛り込まないとな。・・・言っておくが、その契約のことあまり口外にすんなよ。特にキリスト教圏だと何してくるかわからない奴らもいるからな。」
「わかった。」
「それと・・・師匠の言いつけを守らない不詳の弟子にちょっとばかりおしおきな。」
「ゲッ。」
雪之丞はとっさに目を瞑るが。
「・・・今回は助かったよ。でも、あんまり無茶はしてくれるな。」
横島君は雪之丞君の頭をクシャクシャと撫でた。
雪之丞君は誇らしそうなのと照れたのをあわせたような笑みを浮かべた。
でも、ボクは・・・ただの足手まといやった。
雪之丞君は横島君と一緒に戦う覚悟と力をもっとる。
冥子はんに追いつきたい一心でイギリスにきたんやけど。
・・・今は横島君の隣に立ってみたい。
横島君の足手まといやのうて一緒に戦えるだけの力が欲しい。
夜叉丸。お前もそう思うやろ?
・・・一緒に強くなろうな。
胸を張って、横島君の友達やっていえるくらいに。