≪横島≫
玉座はもぬけの空だった。ま、当然だな。
「誰もいないじゃないか。」
どうやら雪之丞は気がついていないようだ。
まぁ無理も無いのかもしれないが。
「女王の御前だぞ。もう少し言葉遣いを直せないか?」
言外に茶番をやめるように促す。
しかし雪之丞の口様は何度注意しても直らないな。
まぁ、謙譲語をしゃべる雪之丞はピンとこないからそれほど熱心に注意したわけではないのだが。
マベルが玉座に近づくと眩い光を放ち、一瞬の後には豪奢なドレスを身にまとった美女、人間サイズで3対の翅をはやした姿をしている。
妖精女王、マブだ。
「お久しぶりね、リリシア。ですけれども私の国に人間なんかを連れて来るなんてどういうおつもりです?」
「お久しぶりね、マブ。私はこの人間と仮初めとはいえ契約を交わしているから頼みごとは断れないのよ。」
後半は嘘だな。
「あなたほどの魔族が?信じられませんね。」
「あら、向こうの雪之丞って言う坊やはあのアモンと契約を結んでいるのよ。」
言った記憶は無いんだがな。まぁ、リリシアくらいの魔族が観察すればばれるということか?
それとも魔界でアモンと面識でもあるのだろうか。
「あの【炎の侯爵】殿がそのような坊やとですって?とてもじゃありませんが信じられませんわ。」
「女王のお許しさえあれば今この場で証明して見せますが?」
「そうですわね。やって見せてくださる?」
「そういうわけだ。雪之丞。」
「わかったぜ、師匠。」
雪之丞は魔装術を使って見せる。
マブの眼ならこれがアモンと契約を交わして行使されているのを見て取ることができるだろう。
「・・・信じられませんが確かにアモン殿との契約に間違いはないようですわね。ですけれどもそれはそれ。私の国に人間を招きいれる理由にはなっていませんことよ!・・・と、申したいところですけれどもそちらの横島という男、私の国に招かれもせず来たことこそ無礼ではありますが、その他には何一つ無礼な真似は働きませんでしたわね。草ひとつ踏み潰していれば追い出す理由にできましたのに。それに私の変化を見破ったことといい、興味にはかられますわ。いいでしょう。私の国に足を踏み入れたことは不問にして差し上げます。」
「礼を言います。女王。」
「ええ。それでは来訪の目的をおっしゃって御覧なさい。」
「先日、人界に竜の卵が発見されました。」
ポケットから竜の卵を取り出す。
「なれど人界で孵すことはままならず、神界のものとも魔界のものとも判別がつきませぬゆえ中立地帯で竜とも深い関係があり、竜の卵を孵すことが可能であろう赤き竜の王の眠る島を探しておりますが人の世ではその場所を知ることがかないませぬ。そこでリリシアの伝で女王を尋ねてきた次第。」
「ふむ・・・。しかし彼の地はブリテンの妖精たちの郷。私の紹介で直接まかることは難しいでしょうね。なれど湖の貴婦人とならば少なからず親交がありますわ。湖の貴婦人であれば彼の地に至る手段も知っているでしょう。」
「ご紹介願えますか?」
「そうですわね。・・・実を申せばこの妖精郷にはそなたらの他にも招かれざる客人が入り込んでおりますわ。ですけれどもスプリガンは王宮を離れるわけにもいかず、デイーナ・シーの武装では届かず、私の魔法で惑わしをかけて迷宮化した森を彷徨ってはいますがそれ以上のことは私の魔法をもってしても難しいんですの。そなた達がそれを追い出すことができれば湖の貴婦人と会えるように取り計らいましょう。」
マブの唇が僅かに意地悪くつりあがる。・・・何かたくらんでるな。
「招かれざる客人とは?」
「巨人ですわ。ブリテン以前より彼の地に住まいし巨人。」
無理難題を吹っかけてこちらの困る様を見物するつもりか。
だがあまりこちらを過小評価をしすぎているな。
「戦いともなれば女王の領地を多少なりとも荒らすことになってしまいますが?」
「今彼奴を封じている範囲内のことでしたら目を瞑りましょう。引き受けていただけますか?」
ブリテン以前、アルビオンの時代から生きるの巨人。
確かに生半可ではないが。
「お引き受けいたしましょう。」
「ほう。では案内して差し上げましょう。」
マブがその手を眼前まで上げると辺りの風景が一変する。
広大な森の一角で木々が無残にも薙ぎ倒されていた。
そこに一体の巨人、おおよその身長は60m程だろうか。
・・・やはりマブの魔法の腕は魔鈴さんを遥かにしのぐようだな。
「雪之丞。俺が周囲への被害を食い止める。相当やばくならない限り手を出さないから好きなようにしてみろ。」
「いいのか?」
「甘く見るなよ。ブリテンがアルビオンと呼ばれていたたころから生きる巨人。【敵対者】ゴグマゴグかそれに類する巨人だ。が、人間が倒しきれない相手でもない。ブルータスが一度討っているのだからな。」
「判った。」
雪之丞は楽しそうに魔装術を身に纏うと巨人の眼前まで飛んでいく。
相変わらずバトルマニアだな、あの馬鹿。巨人相手に正面からぶつかり合わなくとも良いだろうに。
「霊波刀無形式、賽の監獄。」
霊波刀を伸ばし、編み上げ、巨大な牢獄を完成させる。
いつもより巨大な牢を作らなければならないが俺だとて成長を止めている訳ではない。
リリシアはともかく初見のマブは驚いたようにこちらを見る。
まぁ人間がこんな技を使うとは思わなかったんだろうな。
続けて大きなサイキック・ソーサーを5つほど作り出し浮かべた。
流石に一度に使える霊力はこれが限界か。
「っくぜぇ!」
雪之丞は手始めとばかりに霊波砲を放つ。
相手が巨大なため、収束をさせずにそのまま放つ。
悪くない判断だ。
代わりにその一つ一つに炎を纏わせた。
最早あれは一種の熱光線だな。
巨人は腕を払うことでそれを迎撃する。
腕を焦がして火の粉が飛び散る。
俺はその火の粉から森が燃えないように監獄から霊波刀を伸ばしたりサイキック・シールドで受け止めて被害を防ぐ。
巨人の腕が一瞬巨人の視界を防ぐ間に懐に飛び込む。
・・・悪くは無いが。
「っらぁ!」
雪之丞渾身の蹴りが巨人のこめかみに当たる。が、
効くわけも無い。
もっと体格差を考えろというのだ。
体制を崩すこともできず、逆に体制を崩したがために逆に巨人の一撃を受けてしまった。
雪之丞が咄嗟に自分で張ったサイキック・ソーサーと、魔装術のおかげでまだ戦うことができるが。
・・・だが、それでも雪之丞に任せておいて正解だったな。
霊波刀が暴走しかかっている。
最近は時々こういう症状が起きてしまう。
人間の体に対して俺の霊力が強くなりすぎたのが原因なのか?
それとも力を満足に振るうことができないのが原因か?
爆発しそうなくらいに内圧が高まっている。
その癖心はもっともっと力を欲しがっている。
・・・急くな。手立ては見つかったんだ。
手段は見つかったんだ。
後はほんの僅かなきっかけがあればいい。
・・・そうだな。日本に帰ったら妙神山に行くとしよう。
霊波刀を力づくで制御する。
暴走しているとはいえ、そんなものを制御するのは慣れている。
セルフコントロールしている間に戦局が動いていた。
雪之丞が巨人に食われた。
いや、自分から飛び込んだのか。
あの馬鹿。
サイキック・ソーサーをしまい急いで賽の監獄を制御を意識する。
牢としていた霊波刀を解き、代わりに巨人を縛り、絡みつかせ、あるいは腱を切断した。
程なく巨人が苦痛のために暴れ始めるがそのころには拘束は完成しており周囲に被害が及ばずに済んだ。
雪之丞のやつ。腹の中を焼くのは効果的かもしれないが、辺りに与える被害を考えてなかったな。
霊波刀が繭のように包み込んだ巨人が中で暴れなくなったのを見計らって拘束を解いた。
程なく絶命している口の中から雪之丞が出てくる。
「へへへ。」
「へへへじゃないこの馬鹿。」
得意げに笑う雪之丞の頭を殴りつける。
「巨人の内側から腹を焼いたら暴れだすに決まってるだろうが。周囲に与える被害を想定しろ!それに巨人の胃酸がお前の魔装術を溶かせる位強かったらどうするつもりだったんだ?・・・等分の間お前は組み手の代わりに座学だな。戦術をみっちり教え込んでやる。」
「げっ!」
嫌そうな顔をするが流石に今回のはひどすぎる。
まぁ力そのものの伸びは感嘆に値するかもしれないが。
「・・・ねぇリリシア。私はアッシャー界と関係を絶って久しいのですけれども、現世の人間はああいったものなのかしら。」
「そんなわけは無いでしょう。あんなのが何十億っていたらたまったもんじゃないわよ。」
「そう、そうでしょうね。」
呆れられていた。
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≪リリシア≫
マブの魔法で玉座の間に戻ると宴の用意がなされていた。
「長きに渡り私の国の憂いであった巨人を倒してくれたことに感謝いたしますわ。湖の貴婦人への紹介状は明日渡します。今日のところは宴を楽しんでいってくださいな。」
宴は人間のために開かれるものとしては破格なくらい盛大だった。
雪之丞の周りには【妖精騎士】デイーナ・シーや【妖精の番人】スプリガン、【首なし女騎士】デュラハンといった比較的戦闘的な妖精が多く集まってきている。
逆に忠夫の回りは何でもござれだ。
【花の妖精】フェアリー、【森の妖精】ピクシー、【馬に化ける妖精】プーカのような小妖精。
【妖精の恋人】リャナンシー、【泣き女】バンシー、【青婆さん】カリアッハ・ヴェーラのような女性型の妖精。
【靴屋の小人】レプラホーン、【赤服を着た男】ファー・ジャングル、【言い寄り魔】ガンコナー、【酒蔵の妖精】クルラホーンといった男性型妖精。
【妖精の番犬】カーシーのような動物型妖精。何でもござれだ。いや、小妖精も含めて女性型の妖精が多いか。
「楽しんでいるかしら。」
マブが横島に近づく。
・・・その手にもっているのは赤い酒の入った杯!?
周囲の妖精たちが息を呑むのがわかった。
「・・・どういうおつもりです?女王。」
「あら、この杯の意味をご存知なのですね。たいしたことではありませんわ。この杯を受ければ湖の貴婦人も貴方を客人として迎え入れぬわけには参りませんでしょう?私の国への被害を最小に食い止めてくれた貴方への御礼ですわ。」
マブは面白そうに言ってのける。
「・・・そういう意味でしたら。」
横島は杯の中に入った赤い蜂蜜酒を飲み干した。
リャナンシー達は少し残念そうにしていたが。
人間の男性の愛を求めるのが彼女達の本分なのだから仕方ないわね。
宴が終わって妖精たちがひけると横島たちが与えられた部屋に入るとマブを問い詰めた。
「どういうつもり?」
「どういうつもりとはどういうことかしら?」
「横島に妖精に対する支配権を渡したことよ。貴女の経血を混ぜた蜂蜜酒は貴女が夫に支配権を渡す際に飲ませるものでしょう?」
マブには自分が言い寄って靡かなかった男を殺している前歴があるからね。
「安心なさいな。横島をどうこうするつもりはありませんわ。あくまでお礼ですもの。・・・まぁブリテンの妖精や湖の貴婦人が手を出さないように牽制したという意味はありますけれども。自分が手に入れられないものを彼女達が手に入れるのは業腹ですものね。」
・・・相変わらず性格悪いわね。
「魔術に対する抗魔力も高まったからもてあまし気味の力も多少はましになるでしょう。最も、あの力を前にどれだけ役に立つかは疑問ですけれどもね。」
・・・へぇ。
「・・・ずいぶん優しいじゃない。もしかして惚れた?」
「自分だけのものにならない男に興味はありませんわ。私が力をもてあますような男にも。・・・まぁ好感は抱いているかもしれませんわね。ですから横島は貴女がどのようになさってもよろしくてよ。」
別に一度魅入られたのは確かだがそれだけで靡くほど私は軽い女ではないわ。・・・身持ちの固い淫魔なんて冗談にもならないけど。
「私が魅了の魔眼を使ってもレジストするような男の抗魔力が上がったのね。」
おとすつもりなら正攻法で行くしかないんでしょうね。
まぁ別に私には関係ない話だけれど。
・・・そういえば大魔王様の下で人間界用の家事の研修なんてやってたわね。
いや、まぁ別に私には関係のない話だけれど。
翌日、私達はアイルランドからフランスに飛ぶと【湖の貴婦人】ヴィヴィアンを呼び出すし、【赤き竜の王の眠る島】、ブリテンの王アーサー=ペンドラゴンの眠るアヴァロンに竜の卵を預かってもらえるようにお願いした。