≪横島≫
「君がいなくなってしまうのは残念だが、日本でもがんばりたまえ。」
西条と固い握手を交わす。
「あぁ、西条も元気でな。何かあったら連絡をくれ。可能な限り駆けつける。」
「おいおい、僕たちは公務員だよ。そうそう民間に頼るわけにもいかないだろう。・・・この一年を振り返るとそうも言えないんだけどね。ありがとう。」
苦笑する。なんだかんだで大小あわせて10件近く西条と組んで仕事をしたからな。
「横島君。ボクはもう1年留学期間がのこっとるからな。来年日本に帰ったら一度よらしてもらうわ。」
「鬼道も元気でな。あの針は役に立つか?」
「ボチボチやな。でも絶対に使いこなして見せるから楽しみに待っとってくれ。」
鬼道は不敵に笑って見せた。努力型のこいつなら本当に使いこなして見せるだろう。
あるいは鬼道家を中興して六道家のライバルに返り咲くかもな。
「私も卒業までこちらにいるつもりですからあと1年ですね。」
「魔鈴さんもお元気で。日本に帰ってきたらやっぱりレストランを開くつもりですか?」
「はい。その時はよろしくお願いしますね。」
「えぇ、楽しみにしています。」
足元ではユリンとノワールが首筋をすり合わせて別れを惜しんでいる。
この一年ですっかり仲良くなったようだ。ノワール曰く同じ釜の飯を食ったニャからしい。
現在人間界にいる使い魔と呼べる存在はおそらくこの2匹しかいないのだろう。
姿の違いはあれど、世界にお互いしかいない同じ存在、か。
魔鈴さんもどこか悲しげに2匹を見ている。
・・・・・。
「ユリン、ドラウプニール!」
ユリンに分身を一羽生み出させる。
「何かあったらユリンを通して連絡をください。使い魔の扱いは魔鈴さんが一番慣れているでしょうから預かっていただけませんか?」
俺がウインクして見せると魔鈴さんも満面の笑みを見せてくれた。
魔鈴さんの顔が少し赤いな。まぁ、ロンドンはまだ寒いからな。
ユリンとノワールが抱き合って喜んで、・・・ノワールが滂沱の涙を流している。
変なところで器用だな。
「わしとマリアはやりかけの研究が残っとるからの。完成次第後を追う。」
「あぁ、待ってる。・・・次に会うときは若返っているのかな?」
「さぁどうかのう。ま、楽しみにしておれ。」
カオスとも握手を交わす。
「マリアも、カオスの事を頼んだぞ。」
「イエス・横島さん。お元気で。」
「マリアもな。」
「サンキュー・横島さん。」
おれが挨拶を交わしているうちに雪之丞も別れを済ませていた。
リリシアにも最後に遊びに来たときに日本に帰ることを伝えておいたのだが、元々仮初とはいえ契約を交わしているので俺の位置は特定できるらしい。
そのうち日本に来ることもあるだろう。
・・・G・S協会に根回ししておかないとな。
飛行機の時間が来て、俺と雪之丞は機上の人となった。
「雪之丞。イギリスはどうだった?」
「魔鈴姉のとこ以外じゃろくにうまい飯はなかったな。」
「そういうことを聞いてるんじゃないんだが。」
「実入りは多かったぜ。一年間みっちり師匠に扱かれたし、アモンとの契約もできたしな。」
確かに。自由になる時間のほとんどを雪之丞の修行に使っていたからな。霊的、肉体的成長期であったこともあり驚くほどに、俺の知っている雪之丞を凌ぐ力をすでに会得している。
「お前の場合はあとは頭のほうだな。いい加減言葉遣いと戦術、知識をもっと会得してくれよ。」
知識のほうは俺やカオス、魔鈴さんのおかげもあってある程度までは向上しているがまだまだ満足できるレベルじゃないし、それ以外についてはもう。
「ん~。」
気のない返事だ。
「・・・このままじゃいつまでたっても令子ちゃんたちを守ることなんかできないぞ?」
「・・・俺はまだミカ姉達より弱いか?」
「あぁ、弱いな。直接殴り合えばお前が勝つかもしれないがな。G・Sとしては比べ物にならないくらいに弱い。」
これから日本に戻るのだしそろそろ叩いておいたほうが良いな。
「お前は常日頃から強くなりたいって言っていたな。だが強くなるための道はG・Sだけじゃない。ただ殴りあうだけで良いなら格闘家になる道だってあった。だけどお前はG・Sである俺の弟子になることを望ん
だわけで、師匠である俺はお前のことをG・Sとして強くなるよう鍛えているわけだ。」
すっかりお説教モードになってしまった。
「確かに以前俺は拳を振るい続けることで守れるものもあると言った。その言葉は間違えてるとはいわない。だけどG・Sという枠組みで考えた場合最低限学ばなければならないこともあるのにお前はそれを疎かに
しすぎているんだ。」
・・・あまり人のことは言えないんだがな。
前回の歴史ではある時期までは俺も能力だけに頼っていたんだから。
「まず言葉遣い。俺達はG・Sという職業で、G・Sという職業は一般の人間から見れば何だかわからない事件を何だかわからない能力を持った人間に任せて解決するっていうことだ。当然能力の判断基準は一般人にはわからないから協会が掲示している過去の達成率や信用度、ランクなんかが依頼をするための判断基準になる。結局は信用商売になるわけだが服装や言葉遣いなんかもその判断基準にされるからな。今はまだお前は未成年だし俺の弟子っていうことになっているからあまり気にしなくても良いかもしれないが、お前が将来独立した際に普段は今のままでいいにしろ、せめてクライアントの前だけでもそれなりの言葉遣いができないと信用が下がるぞ。特に実績のない若手の内はな。それにお偉いさんの依頼なんかを受けるときなんかは些細な言葉遣いでトラブルが起きることもあるしな。。・・・お前だっていくら清潔だからってアニメ柄のトレーナーを着て手術する医者なんかに開腹手術なんてされたくないだろう?」
「そりゃあまぁ。」
「次は知識。妖怪、魔族なんかの中には特定の攻撃が効かないやつなんかもいる。攻撃が仕掛けられない状況というものもある。お前がもし物理攻撃の効かない魔族なんかに出会ったらどうするつもりだ?対処の仕
様がないだろう?例えばゼクウは以前ナイトメアだったが、もしお前がナイトメアを払わなければならない事態になったらどうする?」
「・・・・・。」
「・・・オーソドックスな方法としては患者が死なないギリギリの霊力を放出していぶりだすってとこか。或いは有効な能力を持つ霊能力者、例えば冥子ちゃんなんかに応援を頼むのも良いだろう。・・・いや、そ
もそも知識がないのならば昏睡状態の患者の原因がナイトメアだと特定できない可能性もある。手術道具と技術があっても診断ができなければ治療はできないってところか。」
雪之丞は真剣な顔をして聞いてくれてる。
「ま、信用と知識って言うのは或いは戦闘能力以上にG・Sに必要なものだからお前が本当にG・Sとして生きていくなら避けては通れない。いつまでもG・S見習いをやっていたり、協会に張り出される小口の依
頼だけを受けるって言うんなら別だけど、それは流石にいやだろう?」
あぁ、自分で言ってて耳が痛い。
「最後に戦術な。あ、前もって言っておくが戦略も含めて広義の意味での戦術だからな。今のお前は能力はあっても戦い方を考えない・・・魔族なんかと同じだ。戦術を使いこなす相手にはたとえ能力で勝っていて
もよっぽどじゃない限り勝てはしない。逆に言えばお前が戦術を使いこなせばお前は今よりずっと強くなる。」
「本当か?」
「あぁ、・・・何も戦術って言うのは敵を前にして殴るか蹴るかを決めるとかそんな単純なものじゃない。目的を最小の被害で達成するためにどういう行動をとるかって考えることだ。周囲の状況をどう利用するか
、相手の弱点をどうつくか、どうやって周囲の被害を減らすか、あるいは自分と味方を守るか、とかな。何もそれは戦闘に関することだけじゃない。美智恵さんや冥華さんはこういったことは特に長けているな。・
・・あの人たちの怖さはお前にもわかるだろう?」
「あぁ、正直敵に回したくない。」
「若手だと西条か。あいつは発想が少し固すぎて常識に凝り固まってるのが欠点だがあいつの立てる作戦は堅実で部下が理解しやすい。十分な時間があれば部下の能力を発揮させる作戦立案ができる奴だ。あいつが
若くしてオカルトGメンの主任になっているのは個人の能力が高水準にまとまっているだけでなくそういう能力が評価されているんだろうな。令子ちゃんたちだと令子ちゃんは周囲の状況を利用すること、突飛な発
想能力に関してなんかは母親譲りなのか高い才能を持っている。冥子ちゃんはああ見えて相当察知能力が高いし霊能家としての地力がほかの2人より高いせいか感もいい。まぁ性格的に活かしきれてない部分もあるけどな。エミは個人戦術は2人よりやや劣るが西条と同じで団体戦術に秀でているな。まぁ人を使うのがうまいんだ。」
指折り雪之丞に身近な人間の戦術タイプを上げていく。
「まぁ、難しく考えるな。・・・お前は白龍寺で修行をしていたが、俺のことを聞きつけ俺に弟子入りしたよな?それだって戦術だ。強くなるって言う目的のためには俺の弟子になったほうが早いってお前は考えた
んだろう?」
「あぁ。」
「それが正解だったかどうかはともかく、そういった拾捨選択も戦術のうちだ。・・・中国武術の考え方の中に飯を食うのも寝るのも修行って考え方もあるがそのままそっくり戦術って言葉が当てはまる。目的を達
するためにどこで補給を行うか、どこで体を休ませるかってな。雪之丞、お前もお前の目的に見合った戦術ってもんを考えてみろ。」
お説教モードおしまい。
冷たいようだがこれだけ言って駄目なら仕方ない。
最終的な判断は雪之丞がするしかないのだしな。
師匠がやっていいのは道を指し示すくらいなもんだ。
・
・
・
≪令子≫
今日は横島さんが帰ってくる日。
エミが家族の特権と称して迎えにいって私達はパーティーの準備。
と、言っても場所こそ六道家だが内容はアットホームなもので料理なんかも私やママ、唐巣神父が担当していたし。
参加者は私とママ、冥子、冥華さん、エミ、唐巣神父、ゼクウさま、ユリン。それから主賓の横島さんと雪之丞。
「ただいま。」
エミが帰ってきた。当然横島さんと雪之丞もだ。
「ただいま。みんな。」
イロイロ話したいことはあったはずなのに、横島さんの顔を見たら何を言うつもりだったかも忘れてしまった。・・・あ、そうだ。
「お兄ちゃんお帰りなさい~。」
冥子が横島さんに飛びついた。
め、冥子に先を越されるなんて。
「お帰りなさい横島君、雪之丞君。西条君から話は聞いているわ。イギリスでも活躍だったそうね。」
「横島君も雪之丞君もおかえりなさい~。おばさんもうれしいわ~。」
「お帰り、二人とも。ブラドー島では世話になったね。」
完全に出遅れた!
「お、お帰りなさい横島さん。」
「あぁ、皆ただいま。」
笑顔。
無表情というわけではないがこういう笑顔は結構貴重だったりする。
「マスター。お疲れ様でした。」
「ゼクウも。俺のいない間にイロイロあったみたいだな。・・・ありがとう。」
「もったいないです。雪之丞殿もまた一回り大きくなられたようですな。」
「体ばっかりな。」
「・・・?」
「飛行機の中でお説教したのが少し応えてるみたいなんだ。」
「ふむ。・・・しかし己の矮小さに気がつくことは一皮向けるための第一歩ですからな。某にはブラドー島でお会いしたときよりもさらに心も成長していると見受けられますぞ。」
「サンキューな。」
「は~い、皆さん積もる話もあるでしょうけどパーティーをはじめてからにしましょうね~。」
おばさまがパンパンと手を二回たたいて皆を促した。
パーティーは和やかに進む。
横島さんが魔族と契約したことに対しては一悶着なかったではないのだが、契約事態は軽い拘束力のないものだったので、G・S協会には横島さんが保護した人間に害を及ぼさない魔族ということで報告することで
決着をつけた。
それがリリスとアダムの娘と聞いたとき、唐巣先生は灰になりかけていたけど。
「そうだな、みんなにも面通しさせとくか。」
横島さんが名前を呼ぶと人影が空中にポンっと出現する。
2つ。
「ジル。なんで君まで?」
「あ、横島さん。おぃ~っす。ひっさしぶり~。」
まだ幼い少女だ。
背中に翼を生やしていなければ。
天使の少女はパタパタと飛んで近寄ると横島さんの肩に着地した。
「神様に人間界についておべんきょーして来なさいって言われたんだけど、人間界に知り合いは横島さんとリリシアちゃんしかいなかったからリリシアちゃんに案内してもらってたのだ~。」
・・・それでいいの?天使として。
唐巣神父なんか完璧に燃え尽きちゃってるじゃない。
リリシアと呼ばれた魔族は苦笑しながら肩をすくめていた。
「私は天使はそんなに好きじゃないんだけどジルは一回助けちゃってるからね。」
「それにしても本当に神族を眷族にしてるんだ。・・・あのユリンっていう使い魔は魔族関係っぽかったんだけどねぇ。あんたって何者?」
「・・・夢魔の王女、リリシア殿ですな。」
「へぇ、私のことを知ってるんだ。神族に名前が売れるような真似はしてこなかったはずだけど。」
「某はついこの間まで夢魔ナイトメアでしたからな。」
「あ、御同輩だったんだ。でもなんで神族へ?」
「もともとは神族でしたから出戻りですがな。・・・自らのあり方に耐え切れなくなった、とでも言っておきましょう。」
「・・・ま、いいけどね。でも、他の人間とのパーティーに魔族の私を呼んでも平気なの?」
「大切な仲間だからな。何かの事件のときに一緒になるかもしれないから面通しだけでもと思ったんだ。」
「・・・あんたも変わってるけどあんたの周りも変わってるわ。」
「ハイハイ~。対面も終わったことだしパーティーの続きをしましょうね~。リリシアさんもジルちゃんも楽しんでいって頂戴ね~。」
おばさまの一声でパーティーが再開される。
お互いがどうしていたかが主な話題だったのだが、横島さんの一言が端を発して会場の空気が止まった。
主に私が。
「・・・美智恵さん。もしかして。」
「あら、何かしら。」
「今日まだ一度もアルコールを飲んでませんし、さっきからずっとお腹を気にしているみたいですけど。・・・。」
横島さんがママに耳打ちをする。
「あら、ばれちゃったのね。相変わらず鋭いわ。・・・令子、ひとつ聞いていい?」
「なに?ママ。」
「弟と妹、どっちが欲しい?」
ピシィッと固まった。
私が。
「ほら、横島君のクリスマスプレゼントのおかげで公彦さんと初めてデートすることができたでしょう?・・・そのぉ、なんか燃えちゃって。妊娠3ヶ月なのよ。」
年齢が年齢とはいえ外見的に十分若いママが顔を真っ赤にしてもじもじする様はとてもかわいらしいものだと思う。
自分の母親じゃなければ。
「じ、十九歳も年下の弟か妹が生まれるなんて。」
冥子は素直にうらやましがるけどエミは無言で私の肩をたたいてくれた。
「状況が状況だからね。堕ろそうかとも考えたんだけど。」
「駄目です~。」
ジルちゃんが手足をじたばたさせて怒る。
「えぇ、せっかく授かったんですもの。公彦さんと相談して産むことに決めたわ。」
「丈夫な子を産んでください。フォローくらいは俺たちでどうにでもしますから。」
「ありがとうね。横島君。」
そのあと何があったかは正直覚えていない。
でもまぁ、ママにおめでとうを言えたんだから偉いよね?私。