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No.5163の一覧
[0] 日常の続き(GS美神後日談)[材木](2008/12/12 08:12)
[1] 続・日常の続き 第1話 (GS美神後日談)[材木](2008/12/11 21:53)
[2] 続・日常の続き 第2話 (GS美神後日談)[材木](2012/01/27 00:43)
[3] 続・日常の続き 第3話 (GS美神後日談)[材木](2012/02/01 00:34)
[4] 続・日常の続き 最終話 前篇 (GS美神後日談)[材木](2012/02/01 00:35)
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[5163] 続・日常の続き 第3話 (GS美神後日談)
Name: 材木◆040defa1 ID:d5a1fe38 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/02/01 00:34
 延命の方は幾通りもあると、ドクターカオスは考えている。そしてその考えは、まったく正解であった。
仙人のような解脱の極みや、他者の体の乗っ取り。あるいはもっと単純に、若者と首を挿げ替えるだとか。
正常な者たちならば眉をひそめるようなそういった方法を、カオスはかつてある研究者と酒席の中で交わした
ことがある。大陸の東、それほど親しかったわけでも長い付き合いとなったわけでもないが、しばらくの期間、
同じ神秘への探求者として意見を戦わせた。

 だが、様々な案を出しつつも、実のところカオスの結論は最初から定まっていた。彼は己が己のままで
高みに達することにこそ、価値を見出す男だった。理解に至った真理の数々が、いずれ脳の許容量を超えて
しまうことを当然のように予期していたが、彼は自己を自己のまま保つことを、最後まで選択し続けた。

 カオスと語らった者はそれを眩しく思い、敬意を抱き、しかし同意することだけは終ぞなかった。






 日付の変わる直前の時刻。外灯の少ない区画の暗闇は、原初の恐怖の体現である。しかし、豪胆かつ鈍感な者は
あまりそれを感じない。例えば、いま夜道を歩いている、雪之丞のような男は。
 霊装を解いた彼は、私服の上に擦り切れたロングコートを羽織っていた。新品を買えと常々恋人から言われているが、
衣服にはあまりに気をかけない彼である。
 自然体のまま彼は歩いていた。鋭く細められた眼差しには警戒の色が濃い。今は単身であるため、その警戒は
当然であるのかもしれないが。

 斥候を買って出た雪之丞に対して、小竜姫は同道を申し出たが、雪之丞は奇妙な不安定さを見せていた
(本人は隠していたつもりのようだが)横島がホテルに残ることを理由に、それを固辞する。
 自分もいつまでも猪ではない。危険な場で退くことくらいは覚えたと言えば、彼女も苦笑交じりに納得した。
 そう、さすがに自分も成長したのである。横島や美神のような連中と付き合えば、頭を使うことも覚える。
例えば、先の逃げ出したチンピラどもへ発信機をつけておくという小細工など。

 手のひらに収まるGPS受信機に、周囲の簡潔な地図が描かれている。地図の中心に矢印状の自分がおり、
そこから五十メートル北に赤い光点が点滅しながら停止していた。もちろん、赤い光点が取り付けた発信機の
位置である。
 舌先で己の唇を軽く舐める。緊張よりも高揚が強くなる。内から弾けそうな戦意が全身に満ちていた。そうだ、
俺はこのような好機をずっと望んでいたのだ。
 古巣であったあの道場に、特に愛着はない。メドーサに一時教えを請うたのも、自分の判断である。だが、
メドーサの下から離れる際、同門であった男へ告げた言葉が、いまだ自身の底へ根を張っていた。

 修行して、メドーサより強く――。

 その願いを叶える機会には恵まれなかった。そのはずだった。月であの女へ一矢報いたのは自分ではなく、
自分がライバルと呼ぶダチだった。だから、だからこそ、これは好機なのだと、雪之丞は考える。
 口角を獰猛にゆがめながら、雪之丞は立ち止まった。目の前にあるビルを見上げる。GPS受信機の赤い光点は
その中で停止したままである。

「夢や目標ってやつは、やっぱり努力して叶えねえとなぁ」

 顎下を撫でつつ嘯き、彼は足を踏み入れた。






(…………?)

 階段を登り、最上階まで至った雪之丞を迎えたのは血臭であった。それも真新しいものである。
 床に伏し、なま乾きの血液で全身を汚した連中には見覚えがあった。
 すでに事切れている彼らは、つい今しがた自分が叩きのめしたチンピラ連中である。一見しただけでも、
息のある者はいないと判断できる。
 舌打ちをするべきか唾を吐き捨てるべきか、忌々しげに迷いながら、雪之丞は呟いた。

「ヒス女の気まぐれか? 運が無かったな、てめえら」
「おや、辛辣だね」

 応える声があった。雪之丞のいる部屋の入り口から正対した、最奥の場所に女が立っている。薄暗い照明の
中では、蛇のような虹彩の瞳がよく映えた。――メドーサ。ひと時のみ師であった、堕ちた竜神。
 静かに笑む立ち姿から、警戒の様子はたいして窺えない。彼女の実力であれば、それを油断とは呼べないだろう。
傲慢と評すべきではあるかもしれないが。

 ざわざわと、雪之丞のうなじが逆立つ。胃の底から溢れる熱をもはや抑えることができない。歓喜と恐れが入り混じり、
官能めいた震えが全身の肌を撫でていく。

「ひさしぶり――って、一応いっておくぜ、師匠殿」
「もと、だろう? まあ、お前は才はともかく、可愛げのある弟子じゃあなかったね」
「あんたに気に入られてたら、俺は『あいつ』みたくなってたんだ。そいつはぞっとしねぇな」

 ぴりぴりとした会話だと、そう思うのは雪之丞だけであったろう。メドーサにしてみれば警戒する必要がない。
猛犬を恐れる者はいても、吠える子犬を恐れる者はどこにもいない。
 だがむしろ、その油断は好都合だと雪之丞は笑う。

「さて、」

 右肩に掛けた長槍をくるくると手遊びしながら、メドーサが言う。

「あの女を連れもせず、何をしに来たんだい雪之丞? お前に会話で女を楽しませる甲斐性なんて期待できないしね。
ああ、返答には気と頭を使いなよ? 分かってるだろう、お前は今ぎりぎりの所に立ってるんだから」

 にやにやと笑いながら、殺意を仄めかせつつも殺気はない。どこまでも上位者の目線に、雪之丞の熱はさらに高まる。
意思は強く、全身には闘志が巡り、脳髄は冷たい。理想的な戦闘状態だった。

「たいしたこっちゃねぇさ」

 ぺろりと舌先で唇を舐め、これまで言ってやりたくてしかたなかった言葉を目前の蛇女に叩きつける。

「弟子はな、師匠って奴を超えたくて超えたくて仕方がないんだよ。――構えな。相手になってやる」

 その不遜な台詞、いや、無謀な台詞というべきか。予期していなかったわけでもないだろうに、メドーサはぽかんと
口を開けてみせる。

「返答には気を使えと言ったろうに。前々からも賢いとは言えなかったけどさ、いよいよ馬鹿さ加減も極まったようだね」

 失笑未満のため息をこぼし、メドーサは気軽な仕草で槍を雪之丞へ向ける。

「大言を吐いたんだ。せめて――」

 言葉は切れた。いや、切られた。片手で構えていた槍を両手で握る。鋭く吐き出した呼気とともに、目前に
迫っていた『爪』を払う。韻、と奇妙に澄んだ音を立てながら、獣めいた影が火花の尾を引いて飛び退る。
 一瞬で霊装を終え、メドーサに踊りかかった雪之丞がにやりと笑った。

「偉いぜ。よく防いだな」
「…………」

 メドーサの双眸が穂先のように鋭利となる。怒気とは異なる冷気のような物が彼女の体からじわりと漏れ出す。
 無礼な不意打ちに憤っている様子は不思議となかった。天秤を見て、一度は値をつけたものを再度計り直す。
そんな観察者じみた視線を雪之丞に送っている。

 空気を裂く甲高い音。メドーサが槍を一振りし、構え直す。相対する男もまた身構えた。両手を地面に付けた、
四足獣のような奇怪な構え。槍を向ける女と、獣の体勢を取る魔装の男。見る者がいれば、誰もが男のほうを
魔族と断じたであろう。

 合図もなく、雄叫びもなく、ただ両目に恒星の爆発めいた輝きを煌かせて、雪之丞が疾走する。






 メドーサは、表情に出すことなく瞠目していた。
 目の前で、弾丸が跳ね回っている。そうとしか形容できない状況だった。
 獲物に飛び掛る寸前の豹のように、両手足を地につけて極端なまでの前傾姿勢を取る男が、ただ一足を持って
踊りかかり、爪牙を突き立てようとしている。
 槍で突こうとすれば片手でさばかれ、逆手で刺し貫こうとする。払えば逆らわず跳ね飛ばされ、瞬時もおかずに
再度踊りかかって来る。速度と、その速度による威力以外はなにもない単純な攻め手。だがその速度が異常過ぎた。

 ――次撃を紡ぐ間を潰されている。

 初手はほぼ同速。しかし二の手を放とうとした時には、すでに相手は目前にいない。まるで、西部劇の早撃ち
勝負のようだ。先に早く当てたほうが勝ちという、単純なルールに引きずり込まれている。

 もはや何十回目になるかも分からない、雪之丞の疾走。ぎゃりんと嫌な音を立てて、霊力の鎧で覆われた爪と
二叉の槍とがぶつかり合う。衝突の際に散った火花が、両者の顔を刹那に照らす。方や無表情、方や獰猛な笑顔。
どちらがどちらの表情なのかは言うまでもない。

 煩わしげに力押しするメドーサには抵抗せず、雪之丞が飛び退る。着地の隙を狙うそぶりをメドーサが見せるが、
雪之丞はコンクリートの床が爆ぜるような勢いで両手両足を叩きつけ、再び突進する。数えるのも億劫になるほど
同じ状況が繰り返された。

 力はメドーサが上である。霊力の総量は比較するのも馬鹿馬鹿しい。ただ、速力のみが互していた。――いや。
 メドーサの首筋に、かすかに走る朱線があった。認識を改める。わずかであるが、速さはあの男が上であると。
 ほぅ、とメドーサはため息のような声を漏らす。首筋の朱線は数秒と立たず消えていった。

「謝るべき、だろうね」

 十メートルは先にいる男へ、小声で呟く。雪之丞の構えは変わらない。四足獣の姿勢。双眸の戦意も同じく獣の
それである。会話の最中であろうと、隙が覗けば躊躇いなく攻撃すると全身が語っていた。

「あれから何年も経ってないだろうに。お前の伸びしろを、あたしは見誤っていたようだ」

 無論、どれほど互角の『ような』戦いを続けようと、両者の実力差が埋まったわけではない。人と魔族の
越えられない溝は厳然としてあった。

 超加速、という技がある。韋駄天神族の扱う技である。己以外の全ての世界を停滞させるような、圧倒的な速力を
使用者に与える、正に神業であった。そしてこれは、メドーサの得意技の一つでもある。
 いかに雪之丞が速さを誇ろうと、超加速を扱う魔族に及ぶものではない。瞬きほどの間も必要とせず、雪之丞は
切り伏せられるだろう。しかし、

(……こいつは、あたしが超加速を発動する直前の隙を狙っている)

 初動全てを潰す。そんな単純にして有りえない戦法を、この男は取り続けていた。

「ほんとに驚いたよ。たいしたもんだ。ご褒美に、」

 言葉を最後まで聞くことなく、雪之丞が突進する。四足が触れていた床が削れる。霊装の光が尾を引き、
一矢となって駆けてゆく。
 メドーサが力ずくで横払う。雪之丞は逆らわずに弾き飛ばされる。繰り返される同じ光景。
 そしてメドーサは、先ほど言いかけた言葉を胸中で続けた。

(ご褒美だ。力押しの大好きな坊やに、技というものを見せてあげる)

 真半身の姿勢で槍を持つ。雪之丞の両爪はすでに眼前に迫っていた。慌てず穂先を迫る右手の側面に添わせる。
 鎗術として当たり前の技。槍に限らず、棒状の物を扱う武術であれば、如何なる流派にも存在するだろう技術。
だが、その精緻のみが、人のものではなかった。一瞬を無限に引き延ばすような集中の中で、それは成立する。

 極わずかな体重移動と、繊細な手首の働きにより、穂先が螺旋を描く。雪之丞の突進による渾身の刺突、その力の
方向が容易く支配下に置かれる。穂先の回転に巻き込まれた雪之丞の右手は、右手のみならず身体をも道連れとした。

 衝突音さえ発生しなかった。メドーサの穂先と雪之丞の右手の接触時、そして、雪之丞の背が床に触れる瞬間さえ。

 状況への理解が及ばぬまま、それでも己の窮地に雪之丞の本能は敏感だった。全身のバネを総動員して、その場
からの逃避を開始する。人間としては最高の反応速度で。相手が人であれば、確実に避難は成功したであろう速度で。

「……がっ……ぁ……っ!」

 槍の巻き込みによって雪之丞を床へ転ばせたメドーサは、一切の遅滞を挟まずに右足で雪之丞の胸板を踏み込む。
 そして、心臓を圧迫されて苦鳴をあげる男の首に狙いをつけ、右手に握る槍を自然な仕草で刺し込んだ。
 ぱっと散った鮮血が、女の服に付着する。抑えた笑い声が彼女の喉から零れた。

「……、」

 メドーサの握る槍は二又である。その隙間に、雪之丞の首はあった。穂先がわずかにかすり、二筋の血線が
引かれている。
 標本のように縫いつけられた男が、呻く。

「……なんの、つもりだ、メドーサ?」

 決着はすでについた。勝者は魔族の女であり、敗者は人間の霊能力者である。だが、その敗者の呻きに込められた
怒りは、勝敗に対してのものではなかった。

 なぜ、負けたのに、俺の命はまだあるのか。
 殺し合いを吹っかけた相手に情け、あるいは遊び心で止めを刺されなかったこの状況。全身の血が逆流するような
屈辱に、雪之丞は震えていた。

「いや、これでも結構感心してるんだよ雪之丞?」

 くすくすと。男のプライドを折る快楽を飴のように胸中で転がして、メドーサが笑う。

「あたしらが軽く突くだけで死んじまう、か弱い人間のはずのお前にさ、まさか糞ったれな天界で学んだ鎗術を披露する
はめになるなんて、ホント数年前には想像だにしなかったよ」

 ほんの少しだけ本気を出さされた。それは凄いことだと、女が言っている。

 奥歯が軋むほどに強く噛みしめてから、雪之丞は肺の空気を全て吐き出し、肩の力を抜いた。負けた、負けたのだ。
勝者の言を否定する権利などすでに失っている。

 恋人への詫びの言葉を脳裏で呟き、雪之丞はメドーサの蛇瞳をまっすぐに見つめた。

「決着はついた。殺せ」

 その言葉を聞いたメドーサも、視線をまっすぐに返す。顎下に拳を当てて、彼女は思案顔でしばらく佇んだ。
 そしてすぐに、とびっきりのことを思いついたと両目を輝かせ、微笑んで見せる。

「決着、決着ね」

 雪之丞の全身の産毛が逆立つ。

「決着をつけるのは、あたしだけでいいのかい?」
「……? なにを、意味の分からないことを、」
「とっても仲のいい、ライバルがいたんじゃなかったっけ?」

 メドーサの意図するところが掴めない。なのに、嫌な予感だけが積み上げられていく。

「競い合う相手がいるのは幸運なことだよ。でも、それがただの馴れ合いになっちゃ最悪だ」
「だか、ら……」
「つい今しがたのあんたは、最高だったよ」
「意味が分からねぇって、言ってんだろうが……っ!」

 睨みつけるべく視線を上げた先で、奇怪なものを見た。メドーサの胸元から、一匹の蛇が生えている。いや、それは
本当に蛇なのか。コミカルな仕草で揺れる土気色のそれには、目も鼻もなく、異常に肥大した口があるだけだった。

「どっちが強くて、どっちが上なのか。恩も情も脇に置いて、一番手っ取り早い方法でさ、内心、試してみたくてしょうが
なかったんじゃないかい?」

 メドーサの笑みがより一層深くなる。蛇が狙いをつけたように鎌首を上げる。

「――決着、存分につけるといい。楽しませてくれたご褒美に、『手伝って』あげるよ」

 雪之丞が絶叫を上げることは叶わなかった。飛び込んできた一口の蛇が、喉を通り過ぎ胃にまで落ちて来たため。

 足と槍をどかしたメドーサは、常軌を逸した激痛に暴れる男の狂態を、母性さえにじむ穏やかな表情で眺め始めた。






 



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ものすごい久しぶりの更新。いろいろとすみません。
 次が最終話の予定です。


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