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No.517の一覧
[0] 道化師[キロール](2005/06/29 01:41)
[1] Re:道化師[キロール](2005/07/15 00:34)
[2] Re[2]:道化師[キロール](2005/07/17 23:37)
[3] Re[3]:道化師[キロール](2005/07/17 23:35)
[4] Re[4]:道化師[キロール](2005/07/29 01:58)
[5] Re[5]:道化師[キロール](2005/08/05 01:02)
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[517] 道化師
Name: キロール 次を表示する
Date: 2005/06/29 01:41
 今は大道芸人やサーカスにいるものがそのほとんどだが、昔から道化師という職業がある。
とりわけ、宮廷道化師という存在が中世のヨーロッパには広く分布していた。
ジョーカー、ピエロット、ジェスター、クラウン、ハーレクイン=アルルカン、パンチ&ジュディ。
呼び名はさまざまだが、その役割は閉塞した宮廷という空間の中で王族や貴族の無聊を慰めることがその職務である。
それと同時に、その場を引っ掻き回すという重要な役割を担っていた。
 
一見役に立たないどころか邪魔にすらなりそうな役割だがこれが宮廷という極めて閉塞的な空間の中では実に重要な役割であった。
人間という生き物は主従関係の中では間違っていたとしても主の意見に流されやすい。
更には議論が進むと近視眼的になりやすく、理論的に謝っていてもその場の勢いや面子などの問題から意見を変えることができなくなる。
そのうえ、人間は集団になればなるほど暴走しやすくなるという性質を持っている。
 
そうなってくる前に場の空気を変え、引っ掻き回し、凝り固まった意見を解す。
いついかなる時でも道化た笑みを浮かべて場を和ませる。
それが道化師の役割であった。
道化師は愚かなまねをすることで全体がより愚かな方向に進むのを抑えるブレーキ役を担っていたわけである。
停滞した空間は淀む。
水も、空気もとどまれば腐っていく。
だから流れを生み出す道化師は必要なのである。
 
実際にはそこまで重要な役割として道化師がおかれることはなかったし、道化師自体がそのことを自認してきたわけでもないだろう。
ただ宮廷には道化師がいて、その存在が大なり小なりそういう役割を無意識の中で担っていたということだ。
これは宮廷だけでなく、ある程度の集団になると意識的、無意識的を問わず存在する場合が多い。
それをムードメーカーとも言う。
 
なぜ、こんな話をするかというのなら彼の存在を一言で表現するとすれば実にこの【道化師】という言葉がぴったり来るのである。
彼の名前は横島忠夫。
私の知る限り世界最高の道化師であった。
 
私の名前は渋鯖人工幽霊一号。
この場が私であり、この家が私であり、人工とはいえ自我を持った一つの存在としてこの場にある。
いや、彼らによって作られたというべきだろうか?
 
「だ~!! 美神さんもシャワー覗いた位で置いていかなくたっていいだろうに」
 
それは正確ではない。
正視できなくなるほどにミンチにされ、横島さんが再生しきらないうちに事務所を出たのは今日の除霊先が女子大の寮だったせいだろう。
そうでなければ美神オーナーは例えミンチになっていても横島さんを連れて行くだろうし、横島さんも今日の除霊先を知っていれば一瞬で再生しただろう。
……人間の限界については考慮しないでおこう。
いつものことである。
そう、いつものことなのだ。
彼が、美神オーナーがこの事務所にやってきてから私はずっと彼を見ていた。
彼の存在は正に道化。
それも極上の道化師だ。
彼がそれを意図して行っていたのか? それとも天性の才能なのかはわからないが彼が道化ることで事態が急変することは実に多かった。
周囲の緊張をほぐし、場の空気を変え、隔意をなくし、悪意を散らし、そしてそれは時に絶体絶命かもしれないピンチすら引っ掻き回しチャンスに変えた。
だから彼はいついかなる時でも道化だった。
どんな時でも道化であることで場を引っ掻き回し新たな流れを作り出していた。
 
「まぁまぁ。それで今日はどうするのですか? バイトは中止のようですが?」
 
私の方から皆さんに話しかけることは少ない。
必要な時意外は話しかけないようにしているからだ。
いかに私が人工創生物だからといって終始観察されているというのはあまり気持ちが良いものではないだろうと思い、それを意識させないように心がけているためである。
 
「急に暇になったからなぁ。予定なんかぜんぜんいれてないし。金もないし」
 
彼は私の知る限り(ポテンシャルに限定すればだが)世界最高のG・Sである。
日本最高と呼ばれるG・S、美神令子オーナーと比べてもかなりの格差があり、(こちらもポテンシャルに限ればだが)代々日本有数の霊能力者を輩出してきた家系、六道家の嫡子で、オーナーの友人である六道冥子さんすらもこえている。
しかしそれでも彼の時給は255円なのだから個人で除霊できなかった昔に比べればマシだがそれでも彼の経済状態はあまり思わしくない。
 
「……横島さん。もしよろしければ私に文珠をひとついただけないでしょうか?」
 
「ホレ」
 
無造作に文珠を精製すると机の上にポンと置いた。
……横島さん。貴方これの価値を本当に理解しているんですか?
 
「ありがとうございます。それに【体】と込めて私に使ってはくれないでしょうか?」
 
横島さんの手から光が漏れると私に未知の感覚があふれる。
凄い! これほどまで霊力が凝縮されていたなんて
 
「ずっと前から愛してました~!!」
 
「キャッ」
 
え? 私の声? この声は……。
それよりも横島さんに押し倒されてる。
 
「ちょ、横島さんどいてください。重いです」
 
「ん!? んお! 悪い悪い。あんまり綺麗な姉ちゃんだったもんだからつい条件反射的にな。……人工幽霊一号なのか?」
 
「そ、そうですけど?」
 
この声、やっぱり。
懐を探ると彼女がいつも持っていた手鏡がそこには存在し、それに自分を映すそこには17,8の年頃で若草色の着物に袴姿のいでたちの女性。
私が創造されたばかりのころにお会いした彼女の姿が映っていた。
 
「どうして女の姿なんだ? 確かお前男じゃなかったっけ?」
 
「私は人工幽霊ですから明確に性別というものは存在しません。最初にあったときはわたしが知る数少ない人間で私の創造主である渋鯖男爵の影響を受けていましたが、この姿は渋鯖男爵の唯一の身内で男爵がお亡くなりになる少し前に若くして他界した男爵の妹さんの君枝さんの姿ですね。特に意識していたわけではないんですが……今のオーナーが女性であることも影響しているのかもしれません」
 
「まぁ、俺もヤローよりは女の子の姿の方が話していて楽しいからいいけどな。それで、体を作って何がしたかったんだ?」
 
「そうだ。私は人間の姿で街に出てみたかったんです。自分で作り出せる分身体はその……どこかに出かけるにはあまりにも怪しいですし、器物に憑いて街に出るのもどこか違いますし。……よろしければどこかに連れて行っていただけますか?」
 
「どうせ暇だったしいいぜ。そんな綺麗な姉ちゃんの格好ならむしろドンとこいだ」
 
貴方ならそういってくれると思いました。
横島さんはみんなに優しいですから。
 
「あ~、でも俺あんまり金がないんだけど」
 
「そのことなら大丈夫ですよ。さ、いきましょう」
 
「……どうしたんだ?」
 
「た、立てません~」
 
自分でも半泣きになっているのがわかった。
何しろ自分の足で歩こうというのがはじめての経験なものだから(以前使った分身体は実体を伴っていなかったので別)いまいち要領がわからない。
結局横島さんに助け起こされて貴重な時間を歩く練習につき合わせる羽目になってしまった。
それでも一時間も練習したらどうにか歩けるようになった。
                   ・
                   ・
 「はい、これは横島さんが持っていてください」
 
銀行からお金を下ろしてそれを横島さんに渡した。
 
「どうしたんだこのお金? それになんで俺に?」
 
「やだなぁ。美神オーナーにオーナーになってもらう前は私が税金を払っていたんですよ? 渋鯖男爵の遺産の残りでオーナー総資産から比べればたいしたことはないですけど、まだ結構な額が残ってますからね。オーナーが亡くなっても霊力はともかく税金面では後百年は持ちます。あ、でもオーナーには黙っといてくださいね?」
 
「キミエさんが金を持ってると聞いたら容赦なくそこから税金に当てようとするだろうからなぁ。あの人は。……で、何で俺に渡すんだ?」
 
今の姿ではキミエと呼んでもらうことにした。
いくらなんでも人工幽霊一号では呼びにくいし不自然がすぎますから。
 
「私だって殿方の面子を公衆の面前で潰すようなまねはできませんもの。それに、料金を横島さんの財布から出してくれたらなんかデートっぽいじゃないですか」
 
自分でも悪戯っぽい表情をしているのがわかった。
                   ・
                   ・
午後13時、大手牛丼屋チェーン店にて。 
 
「よ、よく食べますねえ」
 
「今のうちにカロリーを接種しとかんと今月が乗り切れんからな」
 
牛問屋の店内で特盛の器がもう5段積み重なっている。
私なんて大盛りも頑張って食べたのに。
 
「でも、何で牛丼屋なんです? もう少しいいもの食べても問題ないくらいお金あったでしょう? いえ、もちろん牛丼も美味しいんですけど」
 
「仕方ないんや~! 他に思いつかなかったのも貧乏が悪いんじゃ~!!」
                   ・
                   ・
 午後14時、ゲームセンターにて。
 
「横島さん。頑張ってください」
 
「フハハハハハ! なんぴとたりとも俺の前は走らせーん!! 」
 
四人対戦のレース筐体で横島さんがぶっちぎりで独走です。
 
「……こうしているとヴィスコンティとのレースを思い出しますね。あの時は横島さんがあんまり乱暴にするからその……痛かったんですから」
 
あ、思いっきりクラッシュした。
                   ・
                   ・
いろいろな場所を回った。
楽しいな。
でも良く考えたらこれって少し灰かぶり姫(シンデレラの和名)みたいかもしれませんね。
意地悪な継母(オーナー、すいません)がいぬまに魔法使い(横島さん)の魔法(文珠)でドレス(体)を得て、お城のパーティー(デート)十二時の鐘がなったら(文珠がきれたら)帰らなければならない。
……こじつけがましいが自分ではこの考え方をかなり気にいってしまった。
でも、それももう少しでおしまい。
私は時間が来るのを感じて今日、一番の目的地に向かう。
                    ・
                    ・
 午後17時、東京タワー展望台の上にて。
 
「晴れてて良かったです。綺麗な夕焼けが見れそうですね」
 
横島さんの表情は一転して硬い。
無理もないか。心の傷に土足で押し入るような真似をしているのですもの。
 
あの事件の詳細は私も聞き及んでいる。
あの事務所で交わされた会話は余すことなく私の耳に入るから。
それに、横島さんはひとりになると時折泣いているから。
時に号泣し、時に慟哭し、時に無表情のままひたすら涙だけを流し続ける。
それは決まってひとりの時に行われる。
それを知っているのは、自惚れさせてもらうなら私一人だけ。
だって、横島さんは道化師だから。
哀しくても、苦しくても、辛くても、どんな時でもそれを道化の仮面の下に隠して周りには漏らさない。
横島さんは世界最高の道化師だから。
中身を見せれば周りが傷つくのを知っているから消して見せない。
仮面の笑顔で周りを欺き、演技の道化で周りを安心させ、その内側で、ジュクジュクと血を流し続ける傷口を隠し通す。
普段はただの事務所でしかない私だからこそ見ることができた仮面の裏側。
その慟哭は未成熟な私の心に衝撃を与えた。
彼が生み出す空気は私に安らぎを与えてくれた。
私に生きる力を与えてくれているのがオーナーなら、私に生きている実感をくれたのが横島さんだった。
だから。
私しか知らないことだから。
私の手で少しでもどうにかしたかった。
 
太陽が沈み始め、世界が茜色に染まるころその夕日を眺めては道化の仮面をかぶろうとして、
道化の仮面で隠そうとしてそれでも隠しきれない涙を流し続ける横島さんがいた。
私は視界の邪魔をしないようにその背中に優しく抱きついた。
 
「キミエ……さん?」
 
「ずっと、ずっとこうしたかった。横島さんが泣いているのを知っているのに何もできないでいる自分がどうしようもないくらい歯がゆかった。私に体があれば……どれだけそう思ったことか」
 
私は泣いていた。
横島さんも声にならない慟哭をあげていた。
それは夕日が沈みきるまで続き、夕日が沈んで私にかけられた魔法が切れるまで続いた。
                   ・
                   ・
 魔法の切れた私はよりどころを失い自分の本当の体、事務所へと戻っていた。
そこで今日のことを考える。
さっきはまるで自分が灰かぶり姫のようだと少し悦にいっていたが元の姿に戻り冷静になってみると……何かが違う。
……あぁ、そうか。
意地悪な継母は、必要以上に自分を責める横島さん。
どれだけ傷ついても必死に笑顔を作り生きていく灰かぶり姫も横島さん。
あの灰かぶり姫の劇はすべてのキャストが横島さんの独り劇だったのだ。
主役のつもりで舞台に上がっていたはずなのに、実際にはただの観客。
良くても架空の相手役に過ぎなかったのだ私は。
何たる道化。
だとすれば……。
だとすればこれほど素晴らしいことはない。
私の道化で少しでも横島さんの無聊が癒されるのであればそれに越したことはない。
だって、私にとって世界で一番素晴らしい職業は道化師なのだから。
                   ・
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                   ・
あとがき
仕事中考え付いたので短編にでっち上げてみました^^;
正直ねりが足りない気がしますが折角ですのでお目汚しにでも。
ヒイラギの詩の時も思いましたが短く纏めるのは大変ですね。
個人的には長い文章を楽しむのもすきですが、短編で素晴らしい作品に仕上げるSS作家様を本気で尊敬します。


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