① 虚構の洞
それは学校が終わった後、いつもの様にバイトに向かった日の事だった。
昨日までの予定では大口の依頼は無かったので、美神さんは溜まっていた書類仕事を片付けるつもりらしい。
だから俺は今日はのんびりできるだろうと思って事務所を訪れたのだが、その見通しは………大外れだった。
「くっ、こいつ!」
俺は無言でうつ伏せに寝そべりながら絶望を知らぬ麗しき戦士が震えている姿を見つめていた。
恐怖に戦慄く美神さんの顔など手強い悪霊相手の除霊ですらも御目にかかれまい。
美神さんが対峙している相手。
おそらくこの世界で屈指の生命力と適応力を持ち、その威容から放たれるプレッシャーは彼女すらも怯ませる。
そして何より、この敵には美神さんの悪知恵が全く通用しない。間違いなく彼女にとっては最も戦いたくない相手だろう。
けれどここは彼女のテリトリー。
たとえ劣勢だとしても、美神さんはプライドにかけて逃げだすわけにはいかない。
逃げれば敵は事務所に居座り、美神さんは居場所を乗っ取られたGSという烙印を押されて赤っ恥を掻く事になるからだ。
「極楽にいけぇぇぇ!!」
やけくそ気味に神通棍をふり回しても、敵は美神さんを嘲笑うかのように軽々と飛翔して回避する。
否、相手が避けたのでない。
腰の引けた美神さんの体勢と相手を直視できないその精神状態とが相まって、神通棍の一撃は最初からターゲットから逸れていた。
どんな悪魔が相手でも燃え立たせてきた闘志と勇気。
だが目の前にいる褐色の敵の前では、それも虚しく。
彼女の額には脂汗が浮かび、強靭な心はあっさりと折れてしまっている。
いつもは機敏に動くその足も、焦りと恐怖から縺れに縺れ。
それ故にあの美脚に秘められたカモシカの様な運動性は半減して。
今の彼女の動きは、のこのこと陸に上がったカバの様に鈍重だった。
しかし、だからこそ。
「中々アダルトな色っすね」
俺は気絶した振りをしながら、美神さんの色っぽい姿を堪能していた。
俺の視線を気にする余裕もなく動き回る彼女の太腿は僅かに汗ばみ、姿勢を崩した際には彼女が身に付けている高級ランジェリーが目に映る。
(おいしい。この状況は予想外においしいぞ!)
内心でガッツポーズを上げながら、強敵に立ち向かう彼女の姿を目が痛くなるほど凝視する。
怯えを滲ませた美神さんの表情が、その荒い息遣いが、ぐっしょりと汗に濡れたまま躍動する身体が、フェロモンを放出しているかのように艶やかで。
ただ見ているだけでなのに俺の中の霊力は火山の爆発の如き勢いで溢れ出す。
よし、絶好調だ。
今なら雪乃丞にもピートにも西条にも負ける気がしない。
かかってきやがれ、返り討ちにしてやるぜ!
これまで感じたことのないような充実感に包まれながら俺は無意味に勝ち誇った。気絶している演技がばれぬようにこっそりと。
そうして俺が悦に浸りながら美神さんの苦しむ姿をニヤニヤと見ていると、
「もうイヤァァァァ!!」
遂にパニックに陥った彼女は目を瞑りながら無茶苦茶に神通棍を振り回し始めた。
鋭くしなやかな霊鞭が唸りを上げて乱舞する。パーン、パーンと乾いた音が虚空に響くのは、振り回される鞭が音速を超えた証。
その猛威に触れた瞬間、カーテンは切り裂かれ、床や壁が次々と抉り取られ、何故か焦げた様な匂いがする。
うかつに触れたら火傷するどころか皮膚ごと肉を切り裂かれてしまいそうだ。
どこからともなく聞こえてくる切羽詰った声。
とばちりを受けている人工幽霊の悲鳴は、錯乱気味なせいか何故か口調がシロっぽい。
けれど妙にインパクトのあるそのセリフも、乱心した美神さんには届かない。
何故なら美神さんは、
「ああっ!?
ちょっとどこに逃げる気よ、おとなしく死になさい!!」
人工幽霊よりも遥かに切羽詰っているからだ。
もはや静止が耳に入らない暴走状態のまま、ひたすら勢い込んで鞭を振るう彼女の姿は悲壮感すら漂わせ、しかし冷静さを欠いた攻撃の数々は小柄で機敏な相手にかすりもしない。
「どうも駄目っぽいな」
この場所でこの相手と戦うのはこれで二度目。
かつて起きたファーストコンタクトでは、恐怖に慄いた美神さんは攻撃する事すらできなかった。
それに比べればよく頑張ったと言えるだろう。
けれども結局、今回も美神さんは勝てないようだ。
折れた心からは勇気と強さが零れ落ち、動揺と恐怖は悪魔すら凌ぐ彼女の悪知恵を錆付かせ、しかも俺が死んだ振りをしているせいで孤立無援。
いくらなんでもこの状況を打開するのは不可能だ。
そんな事をのほほんと考えながら、俺はどこで介入するかを探っていた。
もしも眼前の戦いに危険があるのなら、今すぐ文珠でも何でも使って援護すればいい。
ぶっちゃけ文珠を適切に使えば、俺は刹那でこの戦いを終わらせられる。
だが心配無用。
美神さんのテリトリーに侵入し、独特な動きと高い生命力であの美神さんを翻弄する相手に殺傷能力は無い。
それ故にたとえ美神さんと褐色の悪魔の相性が最悪であったとしても、美神さんが負傷する可能性は極めて低い。
「悪霊でも魔族でも妖怪でも平気な美神さんにも弱点はあるからな」
おそらく世界が滅びても美神さんと共に生き残るであろう褐色の悪魔を人は『ゴキブリ』と呼んで忌み嫌う。
俺でもおキヌちゃんでも簡単に退治できる褐色の虫。
たとえカブトムシ並の大きさの個体に遭遇しても怖くも何とも無い。精々キッチンにいたら嫌だなと思うくらいだろう。
だが美神さんに限っては話が別だ。
現世利益のためなら神も悪魔もぶっつぶすと公言して憚らないあの人は、何故かこの生物を魔族よりも遥かに恐れている。
もし前回の様にゴキブリの大群が侵入してきたら、美神さんは真っ白な灰になってしまうだろう。
だからこそ今の俺が優先すべきなのは、美神さんの加勢をする事ではない。
このまま美神さんの艶姿を少しでも長く堪能する事だ!!
焦る美神さんから醸し出される色気は、普段は滅多に隙を見せない姿とのギャップと相まって、凶悪なほどの破壊力を振り撒いている。
なのにそれを見ているのは俺一人。俺だけが目の前の光景を独り占めしているのだ!
ならばその時間が少しでも長く続くように努力するのが、男として当然の義務なのだ!!
溢れんばかりの煩悩を燃やしつつ、俺は意識がある事を悟られないように注意を払いながら美神さんを見守った。
「…………っ!?」
その時、唐突に気がついた。彼女のオーラが先ほどからどんどん先鋭的になっている。
やがてずっと煩悩の陰に隠れていた理性が小さく危険信号を送り始めて撤退を奨励する。
こうなるとずっとこうしているわけにもいかない。
「さてと、いつ起き上がったもんかね」
幸いまだ神通棍を振り回しているだけだが、今の美神さんの精神状態では下手すればゴキブリを葬るためにこの事務所を爆破しかねない。
後に残るのは人工幽霊一号の残骸とゴキブリの墓標だけだろう。
俺の身の安全のためにも、美神さんが暴挙にでる前に介入する必要がある。
「うーむ。重要なのはタイミングだ。
絶妙な場面でゴキブリを排除すれば、美神さんの覚えも良くなるかもしれん」
危機感を抱きながらもそれに負けずに野望を燃やす俺の傍では、
「もう、いい加減にしてよぉぉ!!」
相変わらず美神さんが、逃げ出したくなるのを堪えてゴキブリ相手に死闘を繰り広げていた。
そもそも始まりは学校が終わってバイトに来た俺が事務所の扉を開けた瞬間だった。
あの時ドアの向こうには、外出しようとしていたのか美神さんが立っていて。
「あっ、美神さん。バイトに来たんですけど」
ドアを閉めながら声をかけると、彼女はいつものように澄ました顔で俺に何かを言おうとして。
そして次の瞬間、
「きゃあああああああああああ」
美神さんは絶叫しながら一瞬で神通棍を取り出すと、鞭状にした霊波を俺に向かって全力で薙ぎ払ってきたのだ。
目にも止まらぬ音速の鞭が俺の体を軽々と吹き飛ばす。
そのままドアに叩きつけられた俺は、薄れていく意識の中で確かに聞いた。
「ゴ、ゴキブリ!!ちょっと、横島くん。何とかしなさいよ!」
これまで聞いた事のない美神さんの慄きの声を。
それで謎は全て解けた。
おそらく事務所のドア付近の天井に張り付いていた大物が、俺がドアを開けたのに紛れて事務所に侵入したのだろう。
それを目撃した美神さんは一瞬にして冷静さを失って………。
その後の事は語るまでもないだろう。
とにかく気絶しかけていた俺の意識は美神さんが珍しくうろたえる声を聞いて一気に覚醒し、一方美神さんはそんな俺にも気付かずもうかれこれ15分間以上もゴキブリ相手に立ち回っていたのだった。
そんな事を思い出しながらにやついていると、
「ふっふっふっふっふ」
不意にどこかたがの外れた笑い声が俺の耳に届いた。
その刹那、美神さんの纏っていた空気が激変する。
同時に彼女の体から常軌を逸している人特有のオーラが立ち昇り、ぎしりと空間が軋みを上げた。
俺の霊感が最大限のボリュームで警報を鳴らして危険を叫び、思わず狸寝入りしているのも忘れて逃げたくなる。
「やっばいなぁ。もうちょっとだけ目に焼き付けておきたかったけど」
そろそろ潮時だろう。
勿体無いが、これ以上大怪我したくなかったら気絶から覚めた振りをして美神さんを止めた方がいい。
俺がそう思っている合間に、ゆっくりと後退した美神さんは机の引き出しに手を掛けていた。
「戦いには多少の犠牲が必要よね。ちょっと修理と内装にお金がかかるけど、こうなったらもう仕方ないわ」
引き攣った顔に相変わらず不気味な笑みを浮かべたまま、彼女は引き出しをごそごそと探る。
次の瞬間、その手の中に握られている黒くて楕円形の物体。
それが何かを理解すると同時に、俺の顔から血の気が急速に引いていく。
「冗談じゃねえぞ」
やばい、アレは紛れもなく本物の手榴弾。
しかも警官が暴徒鎮圧や凶悪犯の無力化に使う閃光弾じゃなくて、テロや戦場で使われるような殺傷能力の高い凶悪な代物だ。
くそ、油断してた。
重火器の類はてっきり地下の隠し部屋にあると思ったのに、まさかこんな所にも置いていたなんて!
こんな密閉空間であんなものを爆発させたら美神さん自身もただじゃ済まない。
何より俺も巻き添えを食らうじゃねえか!
必死で考えを纏めながら立ち上がる。
素早く文珠に文字を込めながら目をやると、既に美神さんが安全ピンに手を掛けている。
くそ、間に合うか。
焦りを振り払うように美神さんに向かって走り出す。自慢じゃないが、俺は逃げ足と頑丈さだけは自信があるのだ。
「ふふふふ、終わりよ」
もはや俺の姿すら見えないほど追い詰められながら、美神さんは手榴弾を投げた。
楕円形の黒い塊は放物線を描きながら、ゴキブリのいる床に向かって無機的に落ちていく。
人工幽霊の悲鳴が交差する中で、俺は『盾』の文珠を発動させながら呆けたように笑う美神さんの体を強引に伏せさせようとする。
────ドオォォォン
直後に閃光と爆音。ぎりぎりの発動だったせいで遮断し切れなかった衝撃が駆け巡り、俺と美神さんの体は壁際まで飛ばされた。
「おぉぉっ」
背中に奔る激痛。
苦しいのに呼吸が出来ず、声もでない。
壁に激突したおかげで肺の中の空気が押し出されたのか。
それでも俺は酸素を求めて口を金魚のパクパクと動かし続けた。
その努力のおかげか、次第に早鐘を打っていた鼓動が治まって、肺が空気を取り込もうと収縮する。
ハァと一度深呼吸すると、ようやく頭を働かせる余裕が戻ってきた。
「あー、死ぬかと思った」
お馴染みの言葉を口にしながら、現状の認識に努める。
あの時結局伏せが間に合わず、俺と美神さんの体は爆風と衝撃に圧されて絡むような形で壁にぶつかったんだ。
視線を下ろした時、漸く俺は自分の体勢がかなりきわどい事に気がついた。
「マ、マジっすか」
俺の体は壁と美神さんの体に挟まれて、美神さんに押し倒されている様に見えなくもない。
何より無意識にとはいえ、俺の左手は美神さんの脇腹から腰に回されて、右手は背中に添えられている。
あまりにもおいしい状況のせいで却って混乱した俺は思わず身震いしてしまい、するとその拍子に美神さんが顔を上げた。
「み、美神さん。これは決して狙っていたわけじゃなくて。だから、その、事故です。事故なんです。
決して意識がない振りをして美神さんが苦戦してる姿を見てたとか、危ない場面で格好良く助けようとか、そんな疚しい事は一切ないんです!」
言わんでもいい事まで口走る俺をじっと見つめると、美神さんは懸念と焦りを含んだ声で問い掛けてきた。
「横島くん、ゴキブリ死んだ?」
「はっ?」
予想外の言葉に思考が止まる。
良く見ると美神さんの顔には相変わらず怖れと逡巡が浮かび、体が小さく震えていた。
俺の服の裾を掴んだまま動かないのは、もしかして振り返るのが怖いからなのか。
「ちょっと、どうなのよ」
少しだけ強くなる口調に促されて爆心地を確認すると、無残な痕が放心円状に広がっていた。
きっと今頃、人口幽霊一号もしくしく泣いているだろう。
「あー、その、えーと。流石に死んだみたいです。ゴキブリがいた場所、黒焦げになってます」
「そ、そう」
ほっと安心したように小さく息を吐くと、彼女の体から緊張と強張りが消えた。
そこでやっと俺を押し倒しているような己の体勢に気付いたのだろう。急に美神さんがわたわたと動き始めた。
しかし何故か美神さんの体は中々俺から離れない。おかげで何もしなくとも俺には天にも昇れるような素晴らしい感触が伝わってくる。
結局一通りもがくと、美神さんは僅かに顔を紅潮させながら投げやりに言ってきた。
「ははははは、横島くん…………私、腰が抜けて立ち上がれないみたい。
だから横島くんが何とかしなさい!」
「何とかといわれましても………」
何故か怒りが感じられない美神さんの態度に困惑しながら、俺は慌てて体を動かそうとする。
けれど、衝突と美神さんのクッションになった時に打撲した背中が痛んで、あまりうまくいかなかった。
しかも力を込める度に彼女の体に触れている部分から柔らかくてしっとりとした感触が伝わってくる。
おかげで余計に俺の動きは鈍くなる。
「す、すみません。どうも、うまく動けないんですけど」
もごもごと言い訳しながら一旦動きを止めると、急に美神さんの体の感触が鮮明になった。
背中に回した右腕から伝わる温もりと手触り。
左手の指先から感じる彼女の首の肌は、高価な陶器の様に滑らかで繊細だった。
押し付けられた胸の柔らかな感触に理性が沸騰する。
その熱に浮かされて思わず指を肩から背中にかけて確かめるようにゆっくりなぞっていくと、
「ちょ、ちょっと、横島くん!何を、あっ、ん」
予想外の俺の行動に彼女の柔らかい体がびくりと震える。
左手から伝わる腰から尻にかけての張りのあるふくらみと、右手に感じる背中の肌触りに思わず陶然となる。
溢れ出す煩悩はもう止める事などできなくて。元より止めるつもりなんかないけれど。
そのまま俺は、彼女が碌に反撃が出来ないのをいい事に調子に乗って両手をわきわきと動かした。
「す、すげぇ」
女体の柔らかさが脳天まで染み渡るように心地よい。
その質感に夢中になった俺は我を忘れて手を蠢かした。
「も、もう、いい加減に………きゃっ」
首筋に息を吹きかけると弱々しかった抵抗が止んだ。
既に美神さんの顔はリンゴみたいに真っ赤に染まっている。呼吸も荒く、その体は燃えるように熱い。
俺の状態も似たようなものだろう。背中の痛みさえなければ、今頃は欲望に任せて体勢を入れ替え、彼女を組み伏せていたに決まってる。
それが出来ない代わりに、俺は手の届く限り美神さんの全身に触れていた。
ゾクゾクする。俺が触れるたびに、あの美神さんが小刻みに震えるのだ。
耳たぶを噛むと、ビクンと大きな痙攣。
調子に乗って更に激しく手を動かそうとした時、急に何かが頭を掠め、思わず俺は動きを止めた。
僅かに生じた違和感。
自慢ではないが数少ない美神さんとの接触の機会から得たデータは、俺の中に完璧にインプットされている。
だからこそ言える。視覚と聴覚は美神さんの姿と声を伝えてくるけれど、触覚から伝わる情報は違和感を訴え続けてくる。
「よ、横島くん」
じれったそうな美神さんの声を聞いても、俺の手は動かない。喉に小骨が刺さっているかのような妙な感覚が俺の動きを引き止めていた。
おかしい。何かが引っ掛かる。何か重大な事を忘れているような気がする。
戸惑いながらも違和感の原因を探るために意識を内面から戻した。
すると美神さんの顔はすぐそこまで迫っていて。
「み、みか────」
静止する間もなく唇が重なる。
その感触は、驚くほど瑞々しくて柔らかかった。
気持ち良くて力が抜け、次第に頭がばぉとして、意識が溶けているような気がする。
だがその時、ようやく何かがカチリと合わさって、それまで感じ続けていた違和感が一瞬で1つに繋がった、
(これは………俺、知ってる!?)
体を触った時に伝わってきた感触。それは俺にとって決して忘れられない手触りで。
そして何よりこの唇の感触は。
「ルシオラ」
呟いた瞬間、頭の中で何かが弾け、俺は一気に現状を認識した。
違う。たとえどんなに姿や立ち居振る舞いがそっくりでも、目の前にいる美神さんは本物じゃない。
何より俺がルシオラと交わした口付けの温もりを間違えるはずなどなかった。
その刹那、心の奥底に封印していた光景が次々にフラッシュバックしてきた。
────もう東京が射程に入ります!!
やぶれかぶれで突入しましょう!!
………それしかないけど────
勝算も無い状態のまま俺達は戦いを挑まざるをえず。
────ガァア!!!
バリアの隙を見出せずに放った攻撃は歪められて届かずに。
────うわあああああっ!!
「もういい………」
一か八かで突っ込んでいった俺達は、あのビーム砲にも似た霊破砲の斉射を浴びて。
「もういいんだ、ルシオラ!」
ダメージを受けすぎて合体の解けた俺達は数十m下の海へと落ちていき。
「だって美神さんは」
すぐ隣にいた美神さんの心臓があるはずの胸部には大きな風穴が開いていて、虚ろな瞳はもう何も映さずに。
「俺の目の前で死んだんだから」
薄れていく意識の中で最後に目にした光景は、美神さんの屍と究極の魔体が踵を返して悠々と東京へ飛んでいく姿だった。