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椎名高志SS投稿掲示板


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No.526の一覧
[0] それでも明日はやってくる[z](2005/10/21 17:58)
[1] それでも明日はやってくる2[z](2005/10/22 18:07)
[2] それでも明日はやってくる3[z](2005/10/22 18:08)
[3] Re:それでも明日はやってくる4[z](2005/10/27 21:06)
[4] それでも明日はやってくる 最終話[z](2005/11/03 15:29)
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[526] それでも明日はやってくる3
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Date: 2005/10/22 18:08
③錯綜する激情の嵐

 大きな戦いがあった。
 人類の大部分は死んで、残った者はほとんどいない。
 けれどもまだ彼らは戦い続けている。
 烏は歓喜の鳴き声を上げながら死体の肉を食い散らかし、犬は哀しそうな顔で帰ってこない飼い主の身を待ち続ける。

 俺の周りに居る人も1人、また1人と居なくなる。
 やがて気付けばもう一人ぼっちになっていた。
 街はゴーストタウンと化して、生気のない店には人のいた名残が僅かに残っているだけだ。
 静かな道路。静かな大地。静かな世界。
 誰もいない。何も聞こえない。何も起こらない。
 声をかける者はなく、意思疎通が成立する事もない。
 ぽっかりと穿たれた寂しさに思わず叫ぼうとした時、唐突に背後で人の気配がした。

 振り向くとそこに────みんなが歩いていた。

 美神さんがおキヌちゃんに笑いかけながら颯爽と風を切る。
 エミさんがタイガーに何か怒鳴りながら、美神さんに張り合おうとして並びかけていく。
 冥子ちゃんは相変わらず式神に乗ったまま、のほほんとした表情で辺りを見回している。
 その隣にいる雪乃丞はいきなり飛び掛られても対応できるように式神を睨んでいる。
 ドクター・カオスが傍らのマリアに向かって、得意げな顔でしきりに何かを喋っている。
 唐巣のおっさんはピートと共に穏やかに笑いながら、のんびりと歩いている。
 美智恵さんや西条が生真面目な顔で、他のメンバーを見守るように少し離れて歩いている。
 
「待ってくれ!」

 俺もその中に入っていこうと駆け出した。
 しかしいつまで走ってもみんなの所に合流できない。
 何故か俺が走れば走るほど、ゆっくりと歩いている筈のみんなの姿は徐々に遠ざかっていくのだ。

「どうして俺から離れていくんだよ!」

 目の前の理不尽に向かって叫ぶと、一瞬だけみんなの顔がこちらを向く。

「っ!?」

 思わず息を呑んだ。
 俺を見たみんなの顔に浮かんでいたのは、深い憂いと悲しみの色だった。
 数秒間見つめ合った後、彼らは俺から目を離して再び歩き出した。

「くそっ!!」

 手を伸ばしても届かない。いくら足を動かしても追いつけない。
 俺にはもう失ってしまった者達を取り戻す術はない。
 みんなの姿は少しずつ小さくなって、闇の向こうに消えていく。

「ここは寒いんだよ。ここは寂しいんだよ。だから、頼む。一言でいいんだ。俺に何か言ってくれよ!」

 これは夢だと理性が冷徹に告げてくる。
 眼前の光景は俺の未練が反映されたただの妄想だと。

「みんな…………」

 もう何も出来ず、ただ美神さん達の姿が闇に消えていくのを見ていると、やがて俺の意識は少しずつ薄れていった。 






「またこの夢か」

 寝覚めはこの数日と変わらず最悪だった。
 人は毎日夢を見るといわれているが、最近連日で見る夢は先程と同じようなものばかりだった。
 覚めるといつも無力感に苛まれる。

「くそっ」

 浅い眠りが続くせいで疲れは全然取れないけど、とても二度寝する気になんてなれない。
 仕方なく俺は起き上がった。
 窓を見ると空はもう明るくなっている。辺りを見回しても起きている人間はまだいない。
 だが全員が安眠しているわけではない。

「うっ、あっ、ああ」

 苦しげな呻き声。
 耳を立てなくても、多くの人がさっきまでの俺と同じように魘されているのが分かる。

「無理もねえよな」

 呟きながら眠気の残滓を追い出そうと伸びをする俺の周りには、数百人の人間が雑魚寝していた。
 俺が今いる所は辛うじて屋根が残っている。元々この場所は地震の際の避難所の1つだったそうだ。

 都内の家屋の殆どが魔体に破壊されたので、生き残った人達は狭苦しい環境を我慢してこのような場所に逃げ込まざるをえない。
 不幸中の幸いと言うべきか、アシュタロスとの戦いが東京を中心に行われる事については事前に予測されていた。
 おかげで食糧と水や毛布等の物資については、人口の急減もあって今のところ不足している様子はない。
 だが雨風を凌げる場所や衛生設備等のインフラや医薬品は、甚だしく不足している。尤もまだ問題起きていないが。

 数日前からここで身を寄せ合うような避難生活を送りながらも、俺は1人ぼっちだった。
 知人は誰もこの避難所には来ておらず、それが何を意味するかは確かめる必要もない。
 数百人の人間がいても、交わされる会話はほとんどない。話しかけてもみんな暗い顔で重苦しくぼそぼそと喋るだけ。
 彼らは今でも未来でもなく、懐古と哀愁に浸りながらただ過去だけを見つめていた。
 けれどそれは俺も変わらない。俺には未来に目を向ける気力も現在を認める勇気も無く、気がつけば心は過ぎ去りし日の思い出をなぞっている。
 そんな歪で余裕のない心で誰かとまともに触れ合えるわけがなかった。

 だから今日も俺は避難所を抜けて外に行く。
 俺の手から零れ落ちたかけがえのない何かを探し求めて。






 深呼吸すると冷たい早朝の空気が肺を満たす。
 その日は眩しいくらいに快晴だった。 
 穏やかな日差しは優しく大地を光を投げかけて、澄んだ空は雲ひとつない群青色。
 その美しさにはなんの翳りもなく。
 けれど大地は魔体に穿たれた醜い爪痕が色濃く残る。

 街に着くと、俺はいつものように顔見知りがいないか探し回る。
 瓦礫に足を取られぬように気をつけてながら、目を皿の様にして。
 そんな事を数日続けて、行き交う人の顔を注意深く観察していると否応なしに分かってしまう事がある。

 道行く人々の顔は一様に暗く、怒りを顔に浮かべている人や打ちひしがれている人ばかり。
 はたして何人が安息の場所を失ったのだろう?
 どれほどの人が、俺の様にかけがえのない人間を失ったのだろう?
 …………分かるわけがない。
 通信と交通の途切れた状況下では世界の事なんて何も分からない。
 俺に言えるのはただ1つ。
 笑顔を失くして街を彷徨う群集はどこに行けばいいのかも分からずに、ただ失意で編まれた闇の中に佇んでいる。

 そしてそれは俺も変わらない。
 みんなを失ったって理解した時から、俺の思考は麻痺したかのように鈍くなり、時折胸の痛みで呼吸が苦しくなる。
 知っている人の命は俺の知らぬ間に散っていき。
 世界が真っ暗になってしまったかのような底なしの絶望だけが残されて。
 もう、誰も帰ってこない。

 けれどこの悲しみも憤りも、道路脇で転がっているようなありふれた悲劇の1つに過ぎないのだ。
 だって苦しんでいるのは俺だけじゃない。
 60億を越える人類の大半が命を奪われて。
 残された人達の大部分が俺の様に冷たい喪失感に侵されて。
 世界は、絶望と悔恨に満たされていた。

 …………結局、この日も、俺は誰にも会えなかった。








 次の日、起き上がって外に出るとヒャクメが待っていた。
 彼女の話では、総理大臣が今回の顛末を知っている人間として俺から話を聞きたがっているそうだ。
 現在機能を停止した政府に代わって、生き残った議員や閣僚を主体に臨時政府が構成されている。
 彼らは近々国民に向けて事件の終結と事情の説明をする予定らしい。
 確かにコスモプロセッサーの起動から東京湾までの戦いに限定すれば、生きている人間の中で俺以上に事情を知る者はいないだろう。
 ルシオラの事を除けば話をするぐらい別に何でもない。
 むしろ1人でも多くの人に知っていて欲しい。あの瞬間、俺達が何を思い、何のために戦い、そして何故俺達は勝てたのか。

 連れてこられたのは都庁地下だった。先日は気付かなかったが、此処が臨時政府の活動拠点になっているらしい。
 国会議事堂も首相官邸も既に無い現状では、都の施設を国が使うのも仕方ないと言えば仕方が無いのかもしれない。
 ヒャクメの案内で一室に入ると、アシモト総理やテレビで見た覚えがあるような議員が数名、そしてワルキューレ、ジーク、小竜姫様がいた。




「君の話は良く分かった。ヒャクメ様のお話とも一致している。
 もし核ジャック事件の前に世界GS本部が美神令子の暗殺に成功したとしても、結局は究極の魔体とやらは今回同様に起動したのか」

 俺の話が終わるとアシモト総理が遣り切れなさそうに独白する。
 大勢の人間の命を預かる政治家にとって、大多数の為に少数を切り捨てるのは日常茶飯事だ。
 政治というものは、建前の目的ですら最大多数の最大幸福を謳っている。つまり裏を返せば全員の幸せを約束するものではないという事だ。
 成立する法案や予算案だって必ずしも全ての人間に配慮しているわけではない。それぐらいは俺にも分かる。
 故に美神さんを暗殺して数十億人の犠牲が防げるのなら、躊躇う政治家など居ないだろう。
 それを恐れたからこそ美智恵さんは己の命を投げ出して非情な采配を続けていたのだ。
 だが次の瞬間ヒャクメが投げかけた言葉は、世界GS本部の狙いとアシモト総理の結論を否定した。

「多分同じじゃないですよ。
 アシュタロスは南極でかなりのエネルギーを消費した筈です。
 美神さんと横島さんの同期合体との戦いや、核ミサイルの爆発から宇宙の卵を守って脱出する為に。
 だからもし南極での戦いの前に美神さんが暗殺されて、そのままアシュタロスが魔体を起動させた場合、
 魔体の稼働時間は更に24~36時間くらい伸びたかもしれないんです」

「その場合、この世界は………………」

「人類の9割以上が死に絶えて、人間界への被害は最低でも文明の消滅が免れない規模にまで膨らんだと思います」

 ヒャクメの告げた言葉に沈黙の帳が落ちた。
 俺も驚いたが、列席した何人かの顔色も劇的に変わっている。
 汗を拭く人、面白くなさそうだった表情を改めて俯く人、小刻みに方を揺らせている人。皆、動揺を隠せずにいる。
 多分ヒャクメの言葉を聞くまで、彼らは美神さんを恨んでいたのだ。
 あの女さえ居なければ、アシュタロスが戦いを仕掛けてくるまでに死んでいればこんな事にはならなかったのにと。

 けれど真実は違った。彼女こそがここにいる者達全員の命の恩人だったのだ。
 魔体の燃料となるアシュタロスの残存エネルギーがもう少し多かったら、世界がどうなっていたか、解らぬほどに愚かな人間はいない。
 だからこそ彼らは唐突に知らされた真実に戸惑い、自分の心を整理しようと目を白黒させていた。

「やはり美神令子達は英雄なのだな」

 そんな呟きが聞こえた気がしたけれど、それは俺にとってはどうでもいい事だった。
 死を美化されたって、英雄だって認められて銅像が建てられても、俺もあのヒトも嬉しくなんてない。
 美神さんは絶対に望まない。自分の死が誰かに利用されるような事を。
 それは生き残った人間が負い目を誤魔化すための代償行為に過ぎないから。




 やがて声にならないざわめきが一段落するのを見計らってアシモト総理は立ち上がち、復興計画について簡単に述べた。
 それによると、信じられない事に神族、魔族のエキスパートが人に擬態して復興活動に協力するそうだ。
 彼らと残っている霊能力者による混成チームを結成し、オカルト的な面からのサポートをしていくらしい。
 たとえばヒャクメの目があれば行方不明者の捜索は容易になるだろうし、ジークやワルキューレならばヘリを使わずとも空から人や物資を運べるという事らしい。それだけではなく一般人の活動の際の護衛もするそうだ。
 しかし、神族と魔族が共同で復興活動に協力?
 呆気に取られながら小竜姫様達の方を見ると、ワルキューレが立ち上がる。

「アシュタロスによって多くの人間が死んだ。
 その影響で今、世界中には大量の怨念が渦巻いている。故に今後、間違いなく各地で霊障が多発する。
 その対策に魔族の正規軍からデタントに理解のある者を選抜して治安維持に協力する事になったのだ。
 私も春桐魔奈美として参加する予定になっている。もちろん神族からも何人か派遣されるだろう」

「魔族と神族による人間界への大々的な干渉か。随分思い切った事をするな」

「あくまで一時的なものだ。10年を目安に人間界の霊的な環境を以前と同じ状態に戻す。
 それが終われば全員引き上げる事になっている」

「でもいくら擬態したからって、力は使うんだろ?
 もし正体がバレたら、いざこざが起こるんじゃないか?」

「問題ない。人間界で活動する者はアシュタロスが使った霊体ウイルスを注入する事が義務付けられている。
 もし人間に傷を負わせれば、それが発動して何らかのペナルティーを科される事になっているのだ。
 そしてこれは、私を含めてアシュタロスとの戦いで全く役に立てなかった者達に対する汚名返上の機会でもある」

「それは神族側も同様です」

 俺の疑問にワルキューレは事も無げに答え、ヒャクメや小竜姫様も同調する。
 アシモト総理を見ると、彼も俺に向かって小さく頷いて見せた。どうやら政治レベルでは合意が出来ているらしい。
 復興がある程度進んで、人々が余りにも人間離れした能力を持つ混成チームに注視する様になった時には、混成チームの活動は文句のつけようが無い実績を上げて大多数の賛意を得ている。きっとそんなシナリオになっているのだろう。

「ところで君にも参加してもらいたいのだよ、横島くん」

「俺が、ですか?」

 突然切り出してきたアシモト総理の言葉に、今度こそ俺は意表を突かれた。

「オカルトGメンの再建といっても、一連の事件で活躍した霊能力者の方々は、君を除いて全員が亡くなっている。
 彼らは最後の最後まで魔体の足止めの為に、その命を懸けて囮を続けてくれた。彼らは皆等しく英雄だ。
 だからこそ彼らの中で最後まで戦った君を混成チームのシンボルとしてアピールしたい」

 そこまで言うと彼はひどく人の悪そうな顔になる。

「要は世間受けするプロパガンダだよ。
 スパイとして数々の貴重な情報を持ち帰り、核兵器で世界中を恐怖に陥れた魔神と戦った霊能力者。
 南極に向かったメンバーの中で唯一の生き残り。
 そして死んでいった者達の志を受け継ぐ最後の戦士。
 御伽噺じみたストーリーだが、君の経歴を実績を見れば誰もが納得するだろう。
 幸い君はスパイとして潜入工作をしていた時に悪役として何度もテレビに中継されている。
 それ故に実は君が我々が極秘に潜入させたスパイだったと市民を納得させるのは簡単だ。
 そんな君が先頭に立って復興に当たる、という構図は混成チームに対する疑念や反感を減らして円滑な活動を促進する」

 突然本音と建前の双方を知らされて俺は困惑する。けれど嫌悪感はなかった。
 煽てるわけでもなく気持ちいいぐらいすっぱりと狙いを教えてくれるのは、嘘を吐かれるのに比べれば余程ありがたかった。
 思わず、人の悪そうな顔で偽悪的な事を喋る総理に協力してしまいたくなってしまう。
 もしかしたら総理になるような政治家は、彼の様に人を誑しこむ術に長けている者ばかりなのかもしれない。
 けれど。それでも俺は。

「すみません」

「何故だ、横島。今も貴様の力を必要としてる者達がいるというのに」

 頭を下げた瞬間、横から矢の様に鋭い声が耳を打つ。
 問い質してきたのはワルキューレ。その目には怒りの炎が透けて見えた。
 何も言わないがジークや小竜姫様達も意外そうな顔をしてる。
 きっとみんな俺が参加する事を確信していたのだろう。

「もう疲れた……………とても何かをする気にはなれねえんだよ。
 それに今の俺は霊能を使えないただの一般人だよ。昔、お前が俺を美神事務所から叩き出した時に足手纏いだって言っただろう?
 その通りだよ、こんな状態の俺が参加したところで何の役にも立てねえ。それどころ足を引っ張るのがオチさ」

「貴様、何を!?」

「待って、ワルキューレ…………横島さん、嘘は言ってないのね」

 ワルキューレの激発を抑えるために、咄嗟に俺の心を読んだのだろう。ヒャクメは一瞬痛ましそうな目で俺を見た後、急いで彼女を止めた。
 その途端、俺に向けられていた小竜姫様の目が見開かれた。ワルキューレの刺すように尖った視線も驚愕に歪む。

「横島………お前、本当に霊能を?」

「煩悩ごとな」

 美神事務所で泣き崩れた翌日から、俺の霊能はさっぱり発現しなくなった。
 ルシオラの話によれば霊能力の源の1つだった煩悩が全然湧き上がらなくなった事や、俺の精神状態のせいらしい。
 霊能力を発動するためには強靭な意志とイメージが大切だと言われている。
 確かに俺の霊能が初めて発現したのは、いずれも死にそうな目にあった時だった。
 逆に言えば心が使いたいと思わない状態では、霊力があっても霊能は発現しないのだろう。
 それが今の俺の精神状態というわけだ。

 俺にとってアシュタロスと戦う理由は2つだけ。
 それまで続いていた日常を得体の知れない者の襲来から守る事。
 そしてルシオラを生みの親の楔から解放する事。
 ………簡単な事だ。
 極論すれば俺はただ俺自身の幸せを求めていたにすぎない。
 その為に俺は他者を必要として、俺にとって大切な人達を守り抜こうと誓ったのだ。

 それなのに皆が死んでしまった後も、俺は彼女に助けられておめおめと生き残っている。何を求めて生きていけばいいかも分からずに。
 求めるモノが見えなくなって戦う理由を失った。戦う意志を失った。だから俺の身に宿っていた力も消えた。
 そんな俺にとって、再建の熱に溢れた都庁地下は居場所にはなりえない。
 ここに来て、美神さん達の最後の戦いの事を話して、それで俺の役目は終わったのだ。

「というわけで俺は単なる役立たずだ。だからもう放っておいてくれ」

 それだけ告げると、俺は制止を振り切って逃げるように都庁地下から抜け出した。
 どこにも行くあてなんかなかったけど、別に構わなかった。








 首相の要請を断った次の日も、俺はあてどなく彷徨いながら、何かを求めて街を巡っていた。
 目に映る光景は変わらない。瓦礫と烏と血走らせた目で肩を怒らせて歩き回る人間。そしてしょんぼりと佇む壊れた自動販売機。
 ここにあるのは進む事も退く事もままならない人の群。
 居場所と希望を失った彼らはその喪失を嘆き、時には怒りに駆られて口汚い言葉を天に向かって喚き散らす。
 理不尽な事態への怨嗟の叫びは風に乗って飛んでいき、ゆらゆらとゆらゆらと漂いながら消えていく。
 人々の心は目を覆わんばかりに悪化していた。

 多くの場合、怒りは憎しみと変わる前に風化する。何故ならばこれまで社会システムの中に内包されてきた優しさが荒んだ人の心を癒すからだ。
 けれど今はそれも崩壊した。
 失ったものは決して返らず、そして遠からず此処にも飢えと寒さに満ちた残酷な風が吹き、人々は寛容さを徐々になくしていく。
 故に怒気はやがて怨念へと変わるだろう。
 恨みに取り付かれた人は余裕と陽気さを失くして容易に非生産的な生き物へと変質する。
 放置しておけばいずれ彼らは、俺達が今まで祓ってきた悪霊や復讐に取り付かれて自爆テロに奔る人間の様な存在に堕ちていくのだ。
 その一方で、怒る気力すらも失った人達は、役目を果たした虫けらの様に朽ちていく。
 街を流離う者達はそんな人間ばかりだった。

 俺も彼らと大差ない。
 時たま話しかけてくるルシオラの存在がなければ、今頃俺が正気を保っていたかどうかすらも怪しいものだ。
 いつか耐え切れなくなって絶望の波に溺れて息絶えるか、狂気の渦に飲み込まれて自暴自棄になっていただろう。
 けれど俺にはルシオラがいた。
 彼女自身が美神さんやおキヌちゃんの死を悲しんでいるのに、けれどルシオラは何とか俺を慰めようとする。
 今は一日一時間程しか話せないけれど、それでも彼女が話しかけてくれるおかげで俺は生きようとする気持ちまでは失っていない。
 俺の命はもう俺だけの物ではないと自覚できるから。

 俺は大馬鹿だから、みんなが死んだ事を知らされて、ほんの一瞬でも生き残れた事に絶望してしまった。
 俺の中にルシオラが生きているのに。
 彼女の命は俺と共に在るというのに。
 死者を相手にしてきて誰よりも生きるという事の有り難味を分かっていたみんなは、命を粗末にするような真似など決して望まぬのに。
 けれど思い出してしまえば、もう死ぬ気になどなれなかった。
 だから俺は生きている。
 たとえそれがどれ程の苦痛と絶望に苛まれる道に繋がっていたとしても、俺は生きる。








 それから数日後。
 俺は街に行くのをやめた。
 これ以上、かつては無限の可能性に満ちていたその場所に空っぽの虚無が満ちているのを見ても面白くない。
 それに加えて、今の街は俺にとって途轍もなく恐ろしい。
 街には半端でない数の浮遊霊が漂っている事が分かったのだ。

 今の俺は中途半端な霊能力者の様なものだ。
 相変わらず霊能は使えないままなのに、霊力と霊感だけは最盛期の状態まで戻ってしまった。
 だからこそ俺は見聞きしてしまう。アシュタロスに殺された魂の姿を。彼らが叫び続ける嘆きと無念を。

────助けて。誰か助けて。体中が痛くておかしくなっちゃいそう。

 小学生くらいの子供が泣いている。

────どうして誰も私の事を見ないの?あの人はどこにいるの?私に会いに来てはくれないの?

 自分が死んだという事にも気付かずに、若い女性が恋人の姿を捜し求めている。

────何故俺は死んだ!俺が何をしたと言うんだ!!

 スーツを着た中年の男が、全く予想出来なかった理不尽な死に怒りの声を上げている。

 けれど俺にはそれに耳を傾けて成仏を促す心理的な余裕も、祓ってやる力もない。
 それでも、もし俺が霊の姿を見える事が分かったら、彼らは一斉に俺に向かってくるだろう。
 自分の訴えを聞いて欲しいと。
 この無念を理解して欲しいと。
 だから俺は、彼らと目を合わせないように注意しながら、慎重に市街地だった場所から離れた。
 足早に、俯きながら、耳に届く死者の声を聞こえない振りをして。
 街から出ると、ようやく視界に入ってくる霊はいなくなった。

「情けねえな。命が惜しくなった途端に逃げ腰かよ」

 適当な場所に座り込んで安堵すると。思わず自嘲が零れた。
 今日、やっと俺にもワルキューレやアシモト総理の懸念が理解できた。

 復興活動をする者は、否応なく死者の魂の群に直面させられる。
 普通ならその姿は一般人には見えず、幽霊の方も人間に対して何かすることは出来ない。
 だが全ての霊が無害なわけではない。
 現世に強い未練や怨念を残して霊になった者や、生前は霊能力者であった者は、おキヌちゃんの様に人に触れたり物を動かす事ができる。
 そしてその中に見境なく生者を怨んでいる霊がいれば、救助活動に当たっているレスキュー隊員や警察官に襲い掛かってくるかもしれない。
 だからこそ少しでも復興を円滑に行うためには、彼をガードする者が必要なのだ。
 そしてアシュタロスと戦っていた時の俺の力ならば、確かにその役目を果たせるだろう。

「でも、悪いけどマジで役立たずなんだよな、俺」

 力なく笑うと俺は腕に霊力を込めてみた。
 俺が最初に発現できた霊能、サイキック・ソーサー。自在に形を変えられる栄光の手。そして文珠。
 イメージそのものはスムーズに出来るけれど、掌の中の霊力は相変わらず何の変化も無い。
 霊能を発現させるための手順には何の問題も無い筈なのに。
 ならばやはり精神的な問題なのだろう。それさえ解決すれば、おそらくすぐにでも俺の霊能力は戻る。
 けれど俺には、自分がそれを望んでいるのかどうかすらも分からなかった。








 今日は、久しぶりにゆっくりと夕日を見た。
 街に行くのをやめた途端、やる事のなくなったから。
 夕暮れ時になる少し前に誰もいない小高い丘を見つけた俺は、そこに寝転がって空を見ていた。

「綺麗だな」

 俺の視界に広がっている空は、俺とルシオラが眺めたあの日の様に、残酷な程に美しく。
 同じ空の下で起きた悲劇や今も苦しみもがく人間の存在など関係なく、ただひたすらに儚くて。

「こんな時でも、夕焼けって綺麗なんだな」

“ええ、本当ね”

 昼と夜の一瞬の狭間の光景はこんなにも美しく、けれど赤から黒へと移り変わる終焉はこんなにも心を痛ませる。
 夕日を見ると何故かはっきりと思い知る。
 美神さんがいて、おキヌちゃんがいたあの日々が、一瞬で過ぎ去っていく夢の様に、もう俺の所から消えてしまったのだと。

「本当に、綺麗だ」

 俺達は何も言わずに夕日を眺めていた。
 遥か彼方まで広がる茜色の空。すぐに消えてしまう宿命を背負った紅の色に心を奪われて。




 しばらくして、不意にルシオラの声が聞こえてきた。

“ヨコシマ。美神さんの事、好きだったの?”

 その問いが余りにもさり気なく、尋ねてきた彼女の口調が全くいつもと変わらなかったから、自然と俺は答えていた。

「ああ………」

 身勝手で、傲慢で、周りの思惑なんか歯牙にもかけなくて。
 でも…………それでもあの人はギリギリの場面では、誰かの命と想いを大切にしてくれた。
 たとえ現世利益が絡んでいる時でも────誰かの命を踏みにじってまで金に執着するようなヒトじゃなかった。 

「ルシオラに感じているものとは違うかもしれないし、おキヌちゃんに感じていたものとも同じではないだろうけど」 

 俺をしばく彼女の一撃は、とても痛かったけれど。
 強引に我が道を往くあの人の後を追いかけて、いつもしんどい思いをしたけれど。
 何度も何度も困らされ、挙句の果てに死に掛けた事も一度や二度では済まなかったけれど。
 嫌いになんてなれる筈がなかった。そんな無茶苦茶な所を含めて、俺は美神令子というヒトが好きだった。
 何度も死ぬような目に遭い、散々こき使われてきたけれど、それでも美神さんが時には優しさを見せると知っていた。

「きっと俺は美神さんが好きだった」

 あの日、美神さんに時給250円で雇われてから始まった日々。
 目に見える存在と見えない存在。幽霊という存在を知り、そして仲良く過ごすようになった日々。
 瑞々しく溢れた彼女のオーラや他の場所では決して得られない経験は、空っぽの自分を確実に満たしてくれたから。

「何より俺にとってあの人は特別すぎたから」

 ただの荷物持ちとしてあの人の後姿を追いかけている内に、いつの間にか俺はGSの資格を手に入れていた。
 そして彼女たちと過ごすようになってから、ただの高校生だった俺の前に見た事もない世界が広がっていく。
 悪魔が棲みついた人工衛星。竜神と猿神の住む霊峰。時の流れから隔絶した机の中の異空間。魔界と化した香港の洞窟。不老不死を体現した天才が活躍していた中世。因縁の魔族と命懸けで戦った月面。魔神が待ち構えていた南極。そして東京湾。矮小な世界の中にいた平凡な高校生だった俺は、美神さん達によって色んな場所に引きずりまわされ、多くの人と出会い、そしていつの間にか霊能力者となっていたのだ。
 楽しかったと、間違いなくあの人の傍で働けて良かったと思えた。
 だからこそ生きていて欲しかった。俺の事をしばいたっていい。高飛車に笑っていたって構わない。ただ生きていて欲しかった。

 それなのに。
 俺の前に広がっていた世界は消え去って、もはや追憶の中にしか存在しない。
 その無情な現実は、ナイフを突き刺さしたかのような鋭い痛みを俺の胸に奔らせる。
 無念だった。死なせたくなかった。

「俺はこんな結末の為に戦ったんじゃねえんだよ!
 こんな終わりが見たくて結晶を破壊したんじゃねんだよ!
 なあ、頼むよ、神様。アシュタロスにだって出来たんだから世界を元に戻すくらいできるだろう!?」

 信仰心など一欠けらも持ち合わせていなかったけれど、それでも俺は心から彼らが奇跡を起こす事を願った。
 助けてくれ、誰でもいいから誰か何とかしてくれと。
 けれども祈りの言葉は届かない。

 ………当然だ。デタントの目的はあくまで人類全体の発展と変化を見守る事。
 その為に、宇宙の対立と秩序を保ちながら最終戦争が起こらぬようにと腐心する最高神が一個人の願いになど耳を傾けるはずがない。
 彼らは人類を滅亡させないために姿を現す事はあっても、寄る辺なく流離う迷い人に手を差し伸べはしないのだ。
 そんな事は百も承知で、それでも俺は叫ばずにはいられなかった。

「てめぇら、少しぐらい俺達の為に奇跡を起こしてくれたっていいじゃねえか!!」

 やがて憤りは自分自身へと向けられる。
 強くなれたと思ったのに。
 俺にも何かできるんじゃないかと期待したのに。
 なのに……それなのに!
 無念さに突き動かされた俺の手は何度も何度も地面を叩き、俺の舌は搾り出すように声を出す。

「バカ………バカめ!!
 バカめ………バカめ………バカめ!!」

 両手からは鈍痛が伝わってきて、叫び続けて枯れた喉はひりつく様な痛みを伝えてくる。
 だが、たいしたことはない。
 確かに痛いけれど、この程度の痛みはどうという事はない。
 美神さんの折檻は死ぬほど痛かったけれど、傍にいられる事を思えばいくらでも我慢できた。
 だが本当に痛いのは俺の胸が負の感情に激しく揺さぶられる時だった。
 消滅するのも覚悟でおキヌちゃんの霊体が死津喪比女に体当たりした時、我を忘れた俺は目の前の危険に対処する気力さえも奪われた。かけがえのない人を救えぬ無力感に襲われて。
 魂の結晶を破壊してしまった時、俺の中の絶望は目に映る世界から彩色と美しさを飲み込んで真っ黒に塗りつぶした。
 そして今、行き場を失くした憎しみが劫火となって胸焦がす。まるで俺の心を壊そうとするように。
 この耐え切れぬ痛みに比べれば、肉体の痛みなどうららかな春の日に吹くそよ風に過ぎない。

「俺は手も足も出なかった。
 アシュタロスを倒す切り札だって美智恵さんから言われたのに、みんなが死んでいくのを何もしてやれなかった。
 こんな………こんなちっぽけな力が、何の役に立つっていうんだよ!!」

 不意に疑問が湧いてくる。
 俺が弱かったから、みんな死んでしまったのだろうか?もしも俺がもう少し強かったら俺達は勝てたのか?
 『そうだ、己の未熟さを恨め』と俺を責める声。
 『思い上がるな、たった1人で何かもかもやれるわけがないだろう』と俺を嗜める声。
 そして少し呆れたように、けれど無限の優しさが込められたルシオラの声。

“駄目よ、自分を責めたって。
 ヨコシマは知ってる筈よ。群れて力を結集できるからこそ、人間はアシュ様達を止められるほど強いんだって。
 あの時、みんな最善を、いいえ、それ以上に頑張ったわ。
 南極で段違いのパワーのパピリオを人間だけで止められた事。
 ヨコシマや美神さんがアシュ様を出し抜いて逃げ出せた事。
 コスモプロセッサーを破壊してアシュ様の宇宙改竄を阻止できた事。
 そして究極の魔体を足止めして世界の崩壊を阻止した事。
 表面だけ見れば、それのどれもが奇跡よ。でも美神さんがアシュ様に言っていたでしょう?
 『天は自らを助くるものを助ける』って。
 あの時、コスモプロセッサーの宇宙改竄を阻止できたのも偶然や運だけじゃないわ。
 みんなが自分達の力で未来を切り開こうと頑張ったからよ。それは決してヨコシマの力だけじゃ不可能だったでしょう?
 それともヨコシマはみんなの力なんて取るに足らなかったって思う?”

「そんな事、思うわけ、ねえよ」

“なら認めてあげて。美神さんのした事も、私が選んだ決断も、おキヌちゃんの覚悟も。そしてヨコシマが生き残れた事も”

「しかし!しかし!!」

 本当は分かってる。
 あの時、俺達は最大限の力でやれる事をやってアシュタロスの野望を阻止した。
 限りなくゼロに近かった勝算を奇跡的に手繰り寄せる事が出来たのは、俺達の奮闘と諦めの悪さが宇宙意志の追い風を受け、アシュタロスの予想を遥かに超える悪運を呼び込んだからだ。
 けれどコスモプロセッサーが壊れた瞬間、宇宙意志の追い風は消えた。
 それ故に運の介在しない戦いになった最終決戦で、俺達は埋め難い圧倒的な実力差によって負けた。

 あの時、ほんの少しでも歯車が違っていれば別の結果が待っていたかもしれない。
 宇宙意志があと1つだけでも幸運を齎していれば、俺達は誰も死なずに究極の魔体を倒せたかもしれない。
 勝敗は時の運。つまりはそういう事だ。

 だがその運の天秤を俺達に傾かせてくれなかった宇宙意志などという曖昧で分かりにくい概念の様な存在を恨めるのか?
 否だ。
 宇宙意志とは大きな川の流れのようなもの。そこに俺達の様な人格はない。美神さんから聞いた言葉だけでも、それぐらいはイメージできる。
 だからこそ俺にも言える。
 川の水が高い所から低い所から流れ、堰き止められれば障害物を押し流そうとする。そんな科学の法則のような現象を怨んで何になるのか。
 何よりも俺達は昔からその枠組みの中で生きてきたのだ。

────おまえのやっている事は、宇宙のレイプよ!
      世界の中で戦い、自分の目的を達成しようとするのでなく、宇宙を自分の思いどおりに修正しようとするなんて………。
      宿題やるのがイヤだからって、学校に火をつけるガキとどこが違うの!?
      おまえはわがままな子供と同じよ!

 あの時、美神さんはアシュタロスに向かって言い放った言葉が、戒めとなって俺の胸の中に去来する。
 あの人は20年という時間の中で、戦い続けながら生きてきた。
 そんな美神さんだからこそ、己の生き様に対する誇りに懸けてきっぱりとアシュタロスを否定できるのだ。
 そして俺は、たとえそれがどれほど強引で、傲慢で、身勝手だったとしても、そんな風に生きる彼女の姿が好きだった。

 故に世界を怨む事は出来なかった。
 宇宙意志のシステムを含めた宇宙のあり方を、そして自分が生きてきた世界そのものを否定すれば、俺はアシュタロスと同じになる。
 己のエゴの為だけに、途方もない数の人間の命を奪ったあの男と変わらなくなってしまう。
 それだけは、何があろうとも、絶対に受け入れられない。
 ………分かっている。それは分かっているのだ。

 ならば誰が悪かったというのだろう?
 俺は一体誰を恨めばいいんだろう?
 自分ではもう制御できない感情の塊をどこに向かって吐き出せばいいのだろう?

 唐突にある情景を思い出す。 
 確か俺がまだ中学生だった時、誰かが冗談交じりに言っていた。
 都合の悪い事が起きた時や、抗い難い現実が突如立ちはだかった時、人間は神様か悪魔のせいにするのだと。

 一部とはいえ神様にも悪魔にも会った事がある俺は、その言葉にどれほどの信憑性があるのかを知っている。
 それでも今だけは誰かのせいにしてしまいたくて堪らなかった。
 アシュタロスが反乱を起こした事を。
 南極や東京で共に戦ったみんなが究極の魔体に殺されてしまった事を。
 ルシオラの復活と引き替えにコスモプロセッサーを破壊してさえも、この悲劇の連鎖が終わらなかった事を。
 アシュタロスの怒りに満ちた声が蘇る。

─────だが、それがどうだと言うのだ?
       世界は過去も現在も未来も、腐臭を放ち続けている。

「黙れよ。
 てめえの勝手な物差しで俺達を評価するんじゃねえ」

─────何故だか分かるか!?
       そもそも始まりからこの宇宙が腐っているからだ!
       それを正すのに私には躊躇いなどない!

「黙りやがれ、糞野郎!
 人類はてめえの玩具じゃねえんだよ!」

─────お前ら人間は!!
       1人残らず道連れに………!!

 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!

「アシュタロス!!!」

 美神さん、いやメフィストを、そしてルシオラたちを生み出した男。
 俺の前世を殺した男。
 やつが何を考えてこんな戦いを始めたのかなんて知らない。
 何を求め、何を願って、人間や神族だけでなく魔族もろとも従来の宇宙を改竄しようとした理由など分かる筈もない。
 でもきっと俺は死んでも許さない。
 やつにどんな事情があろうが、やつがどれほど高邁な思想を持っていようが、俺から大事な人達を奪っていったあの魔神を絶対に許さない。

「嘲笑えよ。霊能の使えねえ俺と、この世界のみじめったらしい哀れな姿を!!
 てめぇの望みどおり、人間は死にまくったよ。
 きっと人間が食物連鎖の頂点に立ってから、てめぇよりも多く他人の命を踏みつけたやつはいねえだろうよ!!
 精々勝ち誇れよ、わがままなガキそっくりの自己中魔神さんよ!!
 地獄で高笑いでも上げてやがれ、下衆野郎!!」

 叫んでいるうちに込み上げてくる怒りのせいで目の前が真っ白になった。
 最後はもう支離滅裂で自分でも何を言っているのか解らなかった。
 やがて汗びっしょりになって俺は力尽きて大の字になった。
 緋の中に木霊する俺の叫びは虚しく消えたけど、それでも胸の中に毒々しく巣食っていた憎悪は少しだけ軽くなる。
 深紅の光が眩しくて、思わず目を細めると俺の視界が陽炎の様に揺れた。

“落ち着いた?”

 ささくれ立った俺を包み込むような穏やかな声。
 その途端に恥ずかしさがこみ上げる。
 見っとも無く怒鳴る所を恋人に見られるのは予想以上に苦かった。

「………ごめん、ルシオラ」

“肉体がないって不便ね。こんな時にヨコシマを抱きしめてあげられないんだから。あっ、でも”

 急に俺の中で霊力が膨れ上がった。
 ルシオラ、何を!
 思わず叫びそうになった俺は目の前に現れた天使に心を奪われた。
 ネグリジェを着た彼女がはにかんでいた。
 ショットカットの髪が少しだけ風になびいている。
 その髪から二本の触覚がピョコンと突き出している。
 慈愛に溢れた眼差しが一直線に俺に向けられている。

「ルシオラ………」

 その瞬間、不意に在りし日の記憶が蘇ってきた。
 それは地獄に落ちても決して忘れぬと確信した光景。

 目を閉じればあの日の事は今でも鮮明に思い出せる。
 夜闇に覆われた森の中。空には星が瞬いて。
 俺の前には、鮮やかなショートカット黒髪を揺らしながら、左手に枕を抱えた少女の姿。
 薄手のネグリジェを羽織ながら切なげに瞳を潤ませた彼女は、命と引き替えにしてでも俺と結ばれたいと思い詰め。
 その気持ちが嬉しくて。心の底から嬉しくて。だから、俺はその少女の肩を掴みながら、約束したのだ。

────アシュタロスは、俺が倒す!!

 あの時、戦うと決めた。彼女を縛る魔神を倒すために。
 故に彼女と出会った意味を、彼女と交わした約束を、彼女に抱いた感情を拠り所に、俺は美神さん達の所に戻り、そして特訓を受け、文珠を操り、魔神を出し抜いて、最終的に魔神を敗北に追い込んだ。

───私1人の為に仲間と世界………全てを犠牲になんてできないでしょ!?

 けれど俺は護れなかった。
 絶対に守ると約束したのに。

───他の全部を引き替えにしても守りたいものがあるなら………私には何もいえないわ!

 ならばせめてルシオラの犠牲が無駄にならないように戦おうと思った。
 たとえ自責から目を逸らすための逃避だとしても、ルシオラが好きだったこの世界を守りたいと願った心は真実だった。

───来世でもまた、美神さんと、横島さんに……会いたい………です。

 でも勝てなかった。死なせないと誓った人達さえも護れなかった。一緒に死んであげる事すら出来なかった。
 人工幽霊一号の前でポロポロと涙を落としながら微笑んでいた少女は、そんな俺に向かって好きだといってくれた。
 俺に、そんな価値なんて、ないのに。

「こら、ヨコシマ。折角会えたのに、何で暗い顔のままぼぉっとしてるのよ」

 こつんと彼女の拳骨が俺の頭を打つ。
 伝わってくる微かな感触。

「どう………して?」

「幻術の応用よ。ヨコシマの霊力を使ってるの。あんまり長い時間は無理だけどね」

 さっと髪が掻き分けられる。
 それは確かに彼女がここに居るという証。

「流石に実体並とまではいかないけど、中からヨコシマの触覚にも干渉してるから触れ合ってるみたいでしょう?」

 たとえその姿を形作るのが幻であっても、俺はそこに彼女の魂を感じていた。

「ルシオラ。俺…………」

 彼女と築いた思い出は、この胸の中に燦々と輝いて、忘れられる事なんてできる筈がない。
 でも今の俺には彼女の姿は眩しすぎて、俺は惨めな気持ちで彼女から目をらすと項垂れた。

「ヨコシマ、大丈夫よ。大丈夫だから」

 そんな俺をあやすように彼女は俺の頭を抱きしめてきた。
 懐かしい感触に包まれる。

「ヨコシマがやった事も、ヨコシマできなかった事も、全部認めてあげる。
 その上で私は許すわ。誰が何と言おうとも、たとえヨコシマ自身が何て言っても関係ない。
 私は、ヨコシマを、許してあげる。お前のやった事を全身全霊で肯定してあげる」

 耳元で囁かれる許しの言葉。
 慰めでもなく、はぐらかしもせず、彼女は俺の弱さも情けなさも含めて俺を許してくれて。

────約束したじゃない、アシュ様を倒すって………。

 果たされなかった虚しい約束。
 それを取り戻す術はどこにもなく。
 あの日世界とルシオラの二択を迫られて、そして世界を選んだ事を俺は後悔し続けた。
 命と引き替えに俺を助けたルシオラに、己の手で止めを刺した事が、たまらなく惨めだった。
 そこまでしてもなおアシュタロスの狂気を止められなかったから、俺は結晶を破壊した決断をどうして受け入れられなかった。

 だがルシオラと俺が選んだ行動に間違いがあるなんて誰にも言わせない。
 エネルギー結晶を破壊したあの究極の選択を『正しくなかった』などと言うやつがいたら絶対に許さない。
 あの決断を本当の意味で否定も肯定も出来るのは俺と彼女だけなんだ!!

 そして彼女は正面からその結果を受け入れて、俺の選択を肯定してくれた。
 だからルシオラの想いに応えるのなら、俺はもうこれ以上自虐に逃げ込むわけにはいかないんだ。

「大好きよ、ヨコシマ。この気持ちはおキヌちゃんにも美神さんにも負けないって自信があるんだから」

「霊能力も失くしたこんな俺でもか?」

「ばっかね。私はヨコシマが霊能力者だから好きになったわけじゃないわよ。
 バカでやさしくて、スケベの一念で私を助け出してくれたお前が好きなのよ」

 そっと俺の肩に手を当てながら、ルシオラは俺の体にぴったりと寄り添って。
 そして重なる2つの影。
 交わした口付けの感触は霞の様に朧げで。
 けれどそれは、彼女だけが使える俺を世界で一番幸せな気分にしてくれる魔法だった。

「ごめん」

「いいのよ」

 それだけの遣り取りで俺の胸は満ち足りて、先ほどまでの激情が今はもう嘘の様に治まっていた。
 それで分かった。
 俺がどれほどルシオラが好きで、彼女の存在を求めているか。
 どんなに彼女が大切だったか。

 今なら誰の前でも胸を張って言えるだろう。
 誰にも言うつもりはないけれど、もし必要があれば何度だって言えるだろう。

────俺はルシオラを愛してる。

 抱きしめてくるルシオラの幻に縋るように、彼女の腰に手を回してお腹に顔を埋めるたまま、その事に気付いた俺は咽び泣いた。
 哀しいとか嬉しいとかそういった感情とは違う、何か大きな情動に突き動かされて。




 どれくらいそうしていただろうか。
 いつの間にか世界は闇に包まれていた。安寧と静寂を齎す漆黒の闇に。

「無理しないでいいわ。私達、こうして生き延びる事ができたんだもの。
 もう1年なんて時間制限はないの。だから互いを癒す時間ならこれからいくらだってあるんだから。
 ………今は眠りなさい、ヨコシマ。もしもまた怖い夢を見たら、今日から私が助けてあげる」

 その声に誘われるように猛烈な眠気が俺の脳を侵し始める。

「ルシオラ、ルシ…オ……ラ」

 堪えきれなくなって体から力が抜け、俺はずるりと地面に倒れた。
 瞼が落ちると同時に意識は真っ白に染まって消えていく。




 みんなの死を知ってから一週間後の日の夜。
 ルシオラの気配に包まれながら、俺は初めて穏やかな眠りについた。
 何故かみんなの夢は見なかった。


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