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No.7464の一覧
[0] オクルス・デイ[蟇蛙を高める時間](2010/02/01 23:42)
[1] 二話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:28)
[2] 三話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:30)
[3] 四話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:36)
[4] 五話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:39)
[5] 六話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:42)
[6] 七話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:50)
[7] 八話[蟇蛙を高める時間](2009/10/30 21:34)
[8] 九話[蟇蛙を高める時間](2009/10/30 21:55)
[9] 十話[蟇蛙を高める時間](2010/02/01 23:46)
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[7464] 二話
Name: 蟇蛙を高める時間◆a7789959 ID:24cb0056 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/03/16 23:28

「はぁ? ジェームス伝次郎の幽霊?」
「そうなんすよ。何とかしてくれませんか?」
「たしか有名な歌手の人ですよね。亡くなったときにワイドショーで見ましたよ」
 美神除霊事務所のオフィスに来た早々、横島の口から出た愚痴。それは横島の住むボロアパートの近くで、数ヶ月前に死んだロック歌手――ジェームス伝次郎の霊が自身の歌を歌い続けているというものであった。
「おかげで朝から晩までずっとハードロックが聞こえてくるんすよ。もう、うるさくてうるさくて」
「それは大変ですねぇ。私からお話してみましょうか?」
 横島に同情したキヌがそう申し出るが、美神がそれに待ったをかける。
「え、もしかして美神さんが除霊してくれるんすか?」
「私はただ働きなんかしないわよ。そうじゃなくて、その伝次郎の声って他の人にも聞こえてるの?」
「んー……たぶん俺だけじゃないっすかね。他の住人も近所の奴も気にしてる様子は全くないし、おキヌちゃんみたいにちゃんと空気を震わせてるわけでもないんで」
 「目や耳がよくなるのもいいことばかりじゃないっすねー」と苦笑いする横島。
 ヒャクメの、「霊力が上がったことで霊たちと関わる可能性も増えたから、出来るだけ心眼は使いっ放しの方がいいわ」というアドバイスがあるだけでなく、修行の結果それが基本になってもいるので、知覚を絞ることがきちんと出来ない横島であった。
 美神はそれを聞いて「ちっ」と軽く舌打ちして手元の書類に目を戻す。
「いけるかと思ったけど……やっぱり他のGSにも声をかけて……いや、それだと私の取り分が……」
「どうしたんですか、美神さん」
 ぶつぶつと自分の世界に入り込んでしまった美神はキヌの呼びかけも聞こえていないようで、がしがしと頭をかきむしる。
「あ、あのー、美神さ――」
「よしっ! 決めたわ!」
 美神はばんと机を叩いて立ち上がると、そのまま部屋を出て行こうとする。
「何してるの、二人とも? さっさと行くわよ」
 美神の勢いについていけずにぽかんとしていた二人を振り返って、美神が早くしろと急かす。
「え、ど、どこへですかー?」
「決まってるじゃない。――歌い手のところよ」



芸術も楽じゃない



「本当に、本当にもう一度歌えるんだな!」
 取りつかれたようなジェームス伝次郎の言葉に美神が大きく頷く。
「ええ、自分でマイクを持って、その声を一般人にも聞かせられるようになるわ。
 私の厳しいコーチについて来られれば、だけど」
「もう一度歌えるなら、なんだってやるさ」
「それにちょっとした仕事も手伝ってもらうわよ。それと、また歌で稼げるようになったらそのギャラも全部貰うわね」
 美神の出す条件全てを唯々諾々と飲む伝次郎を見て、横島は「哀れやなー」と呟く。自分の雇用条件も相当悲惨であることは頭にないらしい。
「それじゃ、おキヌちゃん。この蝋燭に向かって歌ってみて」
 美神の指示通りにキヌが火のついた蝋燭に向かって子守唄を歌ってみせる。
「……この子の可愛さ限りない。山では木の数 萱の数。星の数よりまだ可愛、ねんねや ねんねや おねんねや」
 キヌが少し悩んで選んだ、昔の記憶にある歌である。
「おおー。どうせならこいつみたいな騒音じゃなくて、おキヌちゃんに近くで歌ってて欲しかったぜ」
 キヌの透明な歌声に癒された横島がパチパチと手を叩いてそう伝次郎を皮肉り、「俺の歌が騒音だってのか!」と伝次郎も怒鳴り返す。
「はいはい、喧嘩しないの。とにかく、今蝋燭の火が揺れてたのはわかったでしょ。それが実際に霊波が音波に変換されてるって証拠よ。さ、次はあんたの番」
「よ、よし。こんくりーと・じゃんぐーる どりーみん・はいうぇー」
 早速伝次郎も心を込めて自分の歌を歌いだすが、蝋燭はピクリともしない。
「霊力が足りないっ!」
 指摘と共に美神の神通棍が伝次郎に飛ぶ。
「ぐあっ! お、おい、何を……」
「私のコーチは厳しいのよ。それにごく普通の浮遊霊がおキヌちゃんレベルに至ろうっていうんだから、これくらいしないと」
 その後も美神は「集中しろ!」「念で歌え!」「魂を振るわせなさい!」と、神通棍で伝次郎を殴り続ける。
「あ、あの、横島さん。あんなにやったら、伝次郎さん成仏しちゃうんじゃ……」
「あれでも手加減はしてるみたいだけど……目つきもなんだか険しいし、美神さんのSな部分が全開に――ぶっ」
「誰がSよ! それに私でもこいつは見えにくいのよ。あんたはヒャクメ様の弟子である自分の異常さを少しは自覚しなさいよね」
 Sなのは本当じゃないか、と横島は思ったが、さすがに口には出さなかった。また伝次郎を殴った余勢でこちらまで殴られてはたまらない。
 キヌの方は、そもそもSという言葉の意味がよくわかっていないようである。


「それじゃあ、美神さんはずっとその歌手の幽霊を鍛えてるんですか?」
「ああ、中々上手く行かないみたいでさ」
 そのおかげで別の仕事がないからこうして学校に来てんだと横島が言うと、「学生なんだから、普段から学校にはちゃんと来なさいよ」と愛子が怒る。
「しょうがねえだろ。生活かかってんだから」
「まったく……。でも、夢を諦めずに歌い続ける。青春よね」
「お前はなんだって青春に結びつけるんだろが」
 学校妖怪のせいか、愛子は青春という言葉にこだわりがあるらしいことが最近横島たちにもよく分かってきているのだ。
「いいじゃないの。でも遅刻もしなかったし、一日ちゃんと学校に横島君が来るなんてほんとに珍しいわね」
 「ピート君もGSの修行があるのに、きちんと学校にきてるのに」という愛子に、「唐巣神父んとこは、美神さんほどがめつくガツガツ仕事してないみたいだしな」と、横島が肩をすくめてみせる。
「ええ、それはありますね。でも先生は人が良過ぎるせいか、あまり報酬も取らないので身体を壊さないか心配ですよ」
「もしかして食うにもこと欠いてんのか? 日本のトップレベルのGSの在り方じゃないよな、ほんとに。道具も美神さんほど使わないんだろ」
「……破魔札を一枚でも使ったら、ほとんどの依頼が赤字なんです」
「苦労してるのね。貧しい人たちのために身を粉にして働く。これも青春だわ」
 感動している愛子を横目に、神父の下でGSをやるよりも、公務員のオカルトGメンになった方がまだ儲かるんだろうなーと、横島はピートの将来に思いを馳せてみた。
「まあ、どっちにしても美形で報酬に拘らず人々を助ける正義の味方ってわけだ」
 なんとなく面白くなくて、横島はピートにヘッドロックをかける。
「いたた……。何するんですか、横島さん」
「どうせお前は将来さんざいい思いをするんだ。今のうちに恨みを晴らさせろ!」
「ええっ!」
「……言ってることがムチャクチャね」
 横島君も嫉妬心を剥き出しにするのと僻み根性をなんとかすれば、そんなに悪くはないと思うんだけどなぁ、と愛子は優しい目でじゃれ合う二人を見守っていた。


 数日後、横島は美神に前日頼まれたお使いをこなし、厄珍堂で破魔札や吸引札、霊体ボウガンの矢などを受け取って事務所に届けに来ていた。
「あれ? 開いてないな。おキヌちゃんは居てくれるはずなんだけど」
 少し心眼を強めてみるが、事務所にはやはり誰も居ないということがわかっただけ。数千万単位の道具をまさかドアの前に置いて行くわけにも行かず、横島は途方に暮れる。
「どうしたもんかな……」
 厄珍堂に戻ろうかとも思うが、事務所からはそれなりに遠い。わざわざ戻るのは少し面倒である。
「そうだ、ピートんとこに置かせてもらおう。あそこならそんなに遠くないし、後から美神さんが怒ることもないだろ」
 そう決めて横島は唐巣神父の教会に向かう。
「そういや破門されてるらしいけど、神父って教会やってていいんかな」
 横島がそんなことを考えながら十数分歩いて教会にたどり着いてみると、
「――は? 貧血?」
「いや、面目ない。私もまさか倒れるとは思っていなかったよ。……ああ、さすがに除霊具の管理はきちんとしているから、その荷物は預かれるよ。ピート君に案内してもらうといい」
 唐巣は栄養失調で倒れていた。
「なんつーか、美神さんを見習えとは言わんが、少しぐらいはきちんと依頼料取ったほうがいいぞ」
 横島は道具を仕舞わせてもらいながら、ピートに呆れた声をかける。
「それが出来る先生じゃないんですよ。今回は僕がしっかりした食事を必要としないもので、つい先生の状態に気づくのが遅れたのも原因ですかね――っと、すいません。電話みたいです」
 バタバタと駆けていくピートを見ながら、「なんつーか、生活能力のない二人だよなあ。ある意味いいコンビなんだろうが」と横島は笑う。
「それにしても、よく美神さんがこの神父の下で修行してたもんだ」
 横島は「昔の美神さんはもう少し素直で、金の亡者でもなかったのではないか」と妄想を試みる。
「……うーん。やっぱり、素直で優しく人に尽くす美神さんなんて想像も出来んな」
 そこへピートが横島を呼びに来た。
「あの、横島さん。新極楽シネマ座というところから電話で、おキヌさんが呼んでいるそうなんですが。美神さんの所にも電話したけど繋がらなかったそうです」
「おキヌちゃんが?」
 横島は慌てて電話を受け取りにいった。


「こちらです」
「ちょっと待った!」
 スクリーンの一つへと案内しようとするシネマ座の人間とピートを、横島が鋭い声で制止する。
「どうしたんですか?」
「妖気がある。それも結構強そうなのが」
「え、僕には――むっ。エビル・アイ!」
 ピートが目を光らせて、ドア越しに館内を睨む。
「なるほど。上映スクリーンの中、というか映画自体の中にいるんですね。さすが、横島さん。よく気づきましたね」
「ふふ、覗きと逃げることは俺の十八番だからな。つーわけで、洗い浚い吐いてもらおうか」
 横島がチンピラ風にシネマ座の男にすごむ。
「い、いえ、私どもも何が起こっているのかわからないんですよ。実は今朝から――」
 男の話によれば、昨日までは普通に映写できていた作品なのに、今朝の上映時から登場人物たちが消え始めたとのことである。映写技師の話では、本来映画に出ていないはずのピエロのような男が本来の登場人物を喰うところを目撃したともいう。
「映画の登場人物が消えるねえ……。ピート、わかるか?」
「それはたぶん、モンタージュという妖怪ではないかと。映画の他に絵画などに込められた製作者の魂も食い荒らすことがあるそうです」
「おキヌちゃんは何でだ?」
「僕たちを呼んだことからして、おそらく映画に込められた魂の方が自衛しようとして、霊能者を呼ぶためにおキヌさんを引き込んだのではないでしょうか。だとしたら僕らも中に入れるはずです」
「よし、わかった。
 1千万で退治しましょう」
「ちょ、横島さん?」
 突然シネマ座の男と交渉を始めた横島にピートは驚くが、「食い物もなんもねーんだろうが」という横島の言葉に沈黙する。
 美神が相場以上に吹っかけているにしても、これはずいぶん安いんだろうなと思いつつ、横島は神父たちには十分以上だろうと思われる額でモンタージュ退治を請け負った。ピートならば除霊道具も要らないし、これくらいあれば神父たちも当分は困窮しないだろうと思ったのである。本当は自分もおこぼれに預かりたいところであるが、唐巣神父たちのためというお題目ならともかく、美神に話を通さず勝手に自分が儲けようとすれば後が恐ろしすぎるので、そこは仕方ないと横島は諦める。
「じゃあ頑張れよ、ピート」
「え、横島さんは来ないんですか?」
「俺がいってどうすんだよ。何の役にも――」
「心眼能力があるじゃないですか。それにおキヌさんを助けたくないんですか」
「ぐっ! それを言われると……くそっ、絶対俺を守れよな」
 キヌの為と言われると、さすがの横島も逃げられない。いろいろと世話にもなっているし、幽霊とはいえ可愛い美少女なのだ。とんでもなく引け腰ながらも、横島はピートの後ろについて上映中の部屋のドアをくぐっていく。
「ピートさんっ! 横島さんっ!」
 そしてスクリーンの中にキヌと侍らしい男の姿を見た次の瞬間、横島たちは映画の中に――西欧風の路地にいた。
「ふぇーん、横島さぁーーーん」
 泣きついてくるキヌを横島がよしよしと優しく抱き締める。
「あなたが僕たちを呼んだんですね」
 警戒しながら問いかけるピートに頷いて、キヌと一緒にいた羽織袴に刀を差した男が土方歳三だと名乗った。
「土方歳三? つーことは――」
「歳三! 奴だっ!」
「近藤さん!」
 横島の言葉を遮るように、一人の男が走ってくる。その後ろには燕尾服に蝶ネクタイ、山高帽を被り、皮の手袋をはめてステッキをもった怪物――モンタージュがいる。その顔は白塗りで目も鼻も耳もなく、真っ赤で大きな口だけが存在を主張している。
「ギヒヒ……ギヒギヒッ」
 唐突にモンタージュの頭が大きく膨らみ、近藤さんと呼ばれた男を口に咥えたかと思うと、ぢゅるぢゅるとそのまま啜るように飲み込んでしまった。
「うげ、なんて野郎だ。ピートっ!」
「は、はいっ。主よ、精霊よ――なにっ!」
 唐突に彼らの居る場所が街中の路地から凍える雪原に変わり、モンタージュの姿も目の前から消えてしまう。
「惜しい。シーンが変わってしまったのだ」
「そんなのもありなのかよ。さすが映画の中だな、ちきしょう」
「ここは現実ではありませんから……。しかし架空の存在とはいえ、我らは多くの人間の手によって魂を与えられたもの。それをむざむざ喰われるなど……。お願いします、我らに力をお貸しくだされ」
 土方歳三ががばっと頭を下げる。
「そりゃまあ、シネマ座から引き受けたし――なんか、歪んだ魂を持ってる奴もいるみたいだな」
 横島の視線の先には、土方と同じ格好ではあるが、血走った目でこちらを見つめ、抜き身の刀を持って全身を熱病のように震わせている男がいた。
「歳さん、なんですかこいつらは? ボリシェヴィキだなっ! 不穏分子だなっ! 斬る斬る斬る斬るーーーっ!」
 切りかかる男を「やめんか、総司!」と、土方が後ろから組みついて必死に止める。
「歳さん、こいつら敵じゃないのか? げほっ、ごほっ」
 「……斬りたい……人を斬りたい」と、喀血しながら総司が荒い息で呟く。
「なんなんだよ、この映画は。つーか、舞台設定はどこなんだ?」
 横島がそのやり取りに呆れつつ、凍える寒風に身を縮こまらせて訊く。
「す、すまない。これは『レニングラード新撰組』という映画で、ベルリン忠臣蔵に感銘を受けた監督の手によって制作されたのだが、監督の心境に紆余曲折があったらしく随所に独自解釈と斬新な演出があるのだ」
「それは……。とにかくモンタージュを倒すにはある程度時間が必要です。長いシーンはないでしょうか?」
 映画のことに触れるのはやめて除霊に集中しようというピートの言葉に、うーむと土方が考え込む。総司は――
「……仲間ぁー、斬れないぃ……ぐはっ。ろ、労咳が」
 あまり役に立ちそうにない。
「オデッサ階段のシーンがいいかも知れんな」
「……もう、レニングラードですらないんですね」
 無茶苦茶ですね、とため息を吐きつつ「とにかく長いシーンはモンタージュにとってもいい餌場でしょうから、きっと現れるはずです。そこで倒しましょう」とピートが提案する。
「ようわからんがまかすぜ。
 ところで新撰組の他の連中はどうしたんだ。少しでも戦力があった方がいいと思うんだが、元からこんなもんなのか」
「それが……みんな食われてしまいました」
 横島の質問に土方が涙を浮かべる。
「あの、よくわからないんですけど、一体どういうことなんですか?」
「おキヌちゃんは説明してもらってなかったのか。モンタージュっていう妖怪がいて、そいつが映画の中の人間を食ってるからピートがやっつける。そうすりゃ、みんな無事に帰れるって事さ」
 横島が簡単に説明する間にもシーンは次々移り変わっていく。
「次のシーンです」
 土方が気合のこもった声をかけ、今度は横島たちは風の吹きすさぶ広くて長い石造りの階段の上に立っていた。階段の途中には大勢の民衆がいる。
 そのやや後ろの方、階段の中ほどに予想通りにモンタージュの姿も見えた。
「ここはどういうシーンなんですか?」
「本来なら我々新撰組がここへ斬り込んでいくのですが――総司っ!」
「横島さんっ!」
 土方とピートが気づいた時には、総司も横島も走り出していた。
「斬る斬る斬る斬るーーーっ!」
「女優ーっ、女優ーっ、女優うぅぅぅーっ!」
 それが合図だったかのように群集が算を乱して階段を駆け降りて逃げ始める。モンタージュの姿もその中に埋もれていく。
「くっ、これじゃ奴のところへ行けない」
 歯噛みするピートに、キヌが「吸血鬼の力で何とかなりませんか?」と声をかける。
「……吸血鬼の……力?」
 ピートは少し驚いた顔をした後で「そうか」とニヤリと笑い、体を霧に変えて群衆の中へ飛び込んでいく。
「ギヒィ?」
「遅いっ。ダンピール・フラッシュ!」
「ギヒィィィッ」
 さっとモンタージュの背後に実体化したピートが即座に強烈な霊波の一撃を叩き込む。昔のバンパイアの血を引くことにコンプレックスを持っていたピートならこれほど上手くは行かなかったかも知れないが、学校で不特定多数の人間にバンパイア・ハーフである自分を受け入れてもらったことで、ピートの自身への認識は大きく変わっていた。先ほども無意識に流れで吸血鬼の能力であるエビル・アイを使っていたし、キヌの言葉をきっかけにして、素直に力の認識と行使を行うことができたのである。
 さらにピートは世界の力を借りて闘う唐巣神父の弟子でもある。
「わが友なる精霊たちよ。この呪われた魂を封じる力を僕に」
「ギギィッ?」
 モンタージュの動きがピートに集められたエネルギーによって束縛されていく。
「土方さんっ」
「承知っ!」
「ギヒィィィィィィッ!」
 そして土方の渾身の一刀が、動けないモンタージュを真っ二つに切り裂いた。
「きゃー! やりましたね、二人とも! すっごいですー」
 キヌがきゃーきゃーと歓声を上げる。
「いや、ピート殿が「斬る斬る斬る斬るーっ!」はうっ!」
 騒がしいはずのシーンが、周囲の群衆が、その瞬間にしんと静まり返った。
 モンタージュを倒したことで気持ちが緩んだせいか、土方は見境いなく周囲の人間を斬りまくっていた総司の刀を受けてしまったのである。
「そ、総司……お前……」
 そのあまりの状況におろおろしながら、助けを求めようとキヌが横島の姿を探してみれば、「女優ぅー、女優うぅーっ!」と、こちらも当初の目的を忘れたかのように、危険の少なそうな離れた場所で好みの女優たちに飛び掛っていた。
「いい加減にしろーっ!」「いい加減にしてくださいっ!」
「「わ゛ーーーっ!」」
 土方に蹴られた総司とおキヌに体当たりされた横島は、見事に階段をごろごろと転げ落ち、その勢いのままスクリーンの外の観客席に突っ込んでいく。
「……ふぅ。見事な階段落ち。これでこの映画も少しはよくなるだろう」
 刀傷から血を流しながら、土方が悟ったようにいう。
「い、いいんですか? ただでさえ少なくなってるのに……」
 ピートの言葉に構わないと言い切って土方は階段の上へ歩き去っていく。それを見送るうちに、ピートとキヌはいつの間にか自分たちが客席からスクリーンのエンドロールをみていることに気づいた。
「おキヌさん、大丈夫でしたか?」
「あ、はい。不思議な体験でしたねー」
 そして笑いあう二人の横には、気絶した横島と総司が静かに横たわっている。
 幕が閉じ、場内が明るくなっても、二人はそのままだった。


「それで連れて来ちゃったわけね」
 申し訳なさそうなキヌから事情を聞いた美神が、はぁーと大きくため息をつく。
「こ、このおなごは誰ですか? 敵ですか? 斬りたい、斬りたいっ!」
「お前はすぐに刀を抜くなっ」
 殺人狂と色情狂か、と目の前の二人を見て美神は頭痛がしてきた。
「ところで美神さんは今日――んっ、これはかすかな潮の香り。しかもうっすらとした日焼け跡まで。海っすね。水着なんすね。なんで俺を誘ってくれなかったんすかーっ!」
「だーっ! くっつくな、嗅ぐな! 遊びじゃなくて仕事よ。
 ふふ。上手くいかなかったら面子集めて出直そうかと思ってたんだけど、伝次郎の歌が思った以上に使えたから、かなりの儲けになったわ」
 美神はほぼ経費ゼロで済んだと、事務所に現れた時のほくほく顔に戻る。
「伝次郎さんの歌、ようやく魂がしっかり乗るようになったって昨日いってましたねー。でも、お仕事ってなんだったんですか?」
「それは……」
 部屋の隅で「斬る斬る斬る……」とぶつぶつ言い出した総司にちょっと目が行ったものの、極力それを無視して美神が話を続ける。
「二人はセイレーンって知ってるかしら?」
「せいれーん?」
「聞いたことあるような……。船乗りを惑わす歌を歌うって奴じゃなかったですか。
 ん、歌?」
「そうよ。セイレーンの歌に魅了されれば船は沈んでしまう。それに海の上にいる相手だから攻撃も難しいの。だけど、歌で戦いを挑み、負かすことは出来るのよ」
 「なんかちょっと面白そうっスね」という横島に、「もちろん、負ければ魅了されるのと同じくこっちの船が沈むのよ」と美神が解説する。
「それは怖いですねえ。美神さんは大丈夫だったんですか」
「私は伝次郎をボートに乗せて別の船から見てただけだしね」
 しかも高速船で、いざとなれば伝次郎を見捨てて逃げる気満々であった。
「んで伝次郎が勝ったわけっすよね。あいつ意外とすごいんだな」
「まあ、勝負は物理的な肉体を持つセイレーンの声が潰れるのと、伝次郎の霊力が尽きるのとどっちが早いかが鍵だったからね。私が霊力をアシストした伝次郎が勝てたのは当然なのよ。ようするに、伝次郎の話を聞いた時にこれは使えると見抜いた私の発想力の勝利だわ。おーほっほっほっ」
 自分の才能が怖いわと美神が高笑いする。
「自画自賛っすねえ。
 んじゃ、あいつも使えそうですか?」
 全員の視線が危ない笑みを浮かべて真剣で素振りを始めた総司に向かう。
「使えようが使えまいが、あんまり近くにいて欲しくはないわね」
「同感っス」
「仕方ないから、明日にでも私が映画館に行ってスクリーンの中に蹴り返してくるわ。おキヌちゃんも気をつけてね。なるべく近寄らないように」
 やれやれと美神は仕方なくそうまとめる。


 ところが翌日映画館に行ってみると、すでにフィルムは映画館になく――さすがに主要登場人物のほとんどが食われたまま上映を続けることはできなかったようである――総司は美神の元に頭痛の種として取り残されることになってしまうのであった。








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