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No.7464の一覧
[0] オクルス・デイ[蟇蛙を高める時間](2010/02/01 23:42)
[1] 二話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:28)
[2] 三話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:30)
[3] 四話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:36)
[4] 五話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:39)
[5] 六話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:42)
[6] 七話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:50)
[7] 八話[蟇蛙を高める時間](2009/10/30 21:34)
[8] 九話[蟇蛙を高める時間](2009/10/30 21:55)
[9] 十話[蟇蛙を高める時間](2010/02/01 23:46)
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[7464] 三話
Name: 蟇蛙を高める時間◆a7789959 ID:24cb0056 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/03/16 23:30

「おはようございます、横島さん」
「おう、ピート――って、愛子はどこ行ったんだ?」
 横島が朝早くから他の生徒たちに交じって登校してきてみれば、いつもの場所に自分の机がなかった。
「横島君がこんな時間に来るとは愛子ちゃんも思わなかったんでしょ」
「やかましわ。まあ、荷物は全部中の異空間に入れてくれるし、便利な机なのは確かなんだが、こう学校に来て机がないってのはいじめにあってるみたいだぜ」
 「見た目もぼろいし」と結構ひどいことを言う横島に、「愛子さんは真面目だから、もうすぐ戻ってきますよ」とピートが時計を見て言う。もうすぐ朝のホームルームの時間である。
 その言葉通りに、ほどなく愛子がぱたぱたと教室に駆け込んできた。机状態でも動けるようであるが、今は少女型の全身を現して本体の机を頭の上に両手で掲げている。
「ニュースよ! この前言ってた転校生がついに来るらしいわ」
「おおっ! 女か? 美人か? 人間か?」
 鼻息を荒くして横島が愛子に詰め寄る。
「さ、さあ、そこまでは……」
「でも、人間かどうか訊くのが最後なのが、いかにも横島さんらしいですね」
「そうね」
 ピートと一緒に苦笑しながらも、「私は嬉しいけど」と、愛子は小さな声でそっとつけ足した。
 そこへがらりと教室のドアが開き、学生服から噂の転校生なのだろうと思われる人物が現れる。屈んで身を縮める様にしてドアを通ってくる巨体――身長は二メートル近く、体重は少なくとも150kgはあるだろう――の持ち主だ。
「……とりあえず、女の子ではなかったわね」
「一応、人間……ではある……と思うが」
 優れた心眼で見る限り、この大男は確かに人間のようなのであるが、横島の口調にはあまり自信が感じられない。
 クラス全員の視線が転校生に集まる。高校生離れした巨体のみでなく、その顔にまで生えている剛毛が虎の顔のような模様を描いており、人間というより獣人と言った方がぴったりくる青年である。もっとも、その目はきょときょとと落ち着きなく教室内をさまよっており、野生の虎の恐ろしげな眼光とは比べ物にならなかったけれど。
「お、おなご! クラスの半分がおなご! わ、わっしは……わっしは、まだ心の準備が出来とらーーーん!」
 そう叫ぶと、大男は振り向きざまに教室から逃げ出してしまった。今度は注意を払われることのなかった教室の扉が見るも無残にひしゃげている。
「……一体、今のはなんだったの?」
 愛子の漏らした一言が、クラス全員の気持ちを代弁していた。



TIGER! TIGER?



「ん? 転校生はどうした?」
 壊れたドア――修復しようとした努力は見られる――を怪訝そうに見て教室に入ってきた担任教師が、教室内を見回して訊く。
「叫び声を上げて出てっちゃいましたけど」
「んー、困るな。
 そうだ、オカルト関係の三人。ちょっと探して呼んできてくれ」
 当然のように担任の教師から横島、ピート、愛子の三人にお鉢が回される。
「えっ、あれを?」
「まあまあ、きっと彼も緊張してただけですよ」
 あからさまに嫌そうな顔をした愛子をピートが宥めるが、「ほっときましょうよ」と横島もあまり乗り気ではない。美少女ならともかく、むさ苦しい大男などいないならいない方がいいといった様子である。
「いいからさっさと行って来い。次も私だから少しぐらい遅れてもいいから」
 他に行きたがるクラスメイトもおらず、結局横島たち三人が転校生――タイガー・寅吉という名前だと担任に教えられた。「まさに名は体を現すね」とは愛子の台詞――を迎えに行くことになった。
「どこに行ったのかしら?」
「ん……あっちだな」
 横島の案内で一行は歩き出す。
 そして体育館の横、校舎からは陰になっている場所で一行はタイガー寅吉を見つけた。タイガーは懐から何かを取り出して、熱心に見入っている。
「おお、エミさんの写真だ」
「この距離でよく分かるわね。それで、そのエミさんて誰なの?」
「なんてったって、修行自体がそんな感じだったからな。んでエミさんてのは、小笠原エミっていって……まあ、美神さんのライバルだな」
 呪術師で、一度生贄にされかけたこともあるんだと横島が愛子に説明する。
「横島さんがよく内容を確かめずに契約したせいだと聞いてますけどね」
 よくエミから声をかけられていたピートが、生贄にされかけたと聞いて怖がる愛子にそうフォローする。
「いや、別にエミさんのこと嫌いじゃないんだぜ。なんてったて美神さんに負けないくらいいい体してるし、美人だしな。そういやブラドー島ん時なんか、一緒の棺桶で寝てたんだぜ。なんも出来んかったけど、あれは幸せだった。あれだけはブラドーと依頼持ってきたピートに感謝してるぜ」
「なんだか複雑な気分ですが……」
 「それに、あれから僕はエミさんに誘われるようになったんですよね」と、「自慢か」と絡む横島に閉口しながらピートが話す。
「あっ。もしかしたら、タイガーがエミさんの新しい助手なのかも知れませんよ」
 ピートが自分で言った通りに、ブラドー島での事件で知り合って以降、エミはピートによく自分のパートナーにならないかと誘いをかけてきていた。これはプライベートはもちろん、GSとしての助手にもという誘いである。なにせピートはバンパイア・ハーフであり、人間とは比べ物にならない力を持っているのだから。しかし、ここ最近はそのピートへの勧誘がなくなったというのである。
「僕が神父の下を離れる気がないとようやく分かってくれたのかとも思っていたんですが、もしかしたら代わりの人材が見つかったからなのかもしれません」
「エミさんはあんなのが好みなのか? ピートと全然タイプが違うぞ」
「GSの助手としてってことでしょ。……別に彼がモテそうにないとは言わないけど」
「ほんとにそう思ってるか?」
 横島の問いに愛子は聞こえない振りをした。
「意外とひどいな、お前」
「ま、まあまあ。それでは、同じGS助手だという辺りから話しかけてみればいいですかね」
「そうだな。あいつ霊力も高いみたいだし、その線でいこう。
 おーい、タイガー! お前、エミさんの助手なのかー?」
 いきなり呼びかけられたタイガーは、声をかけた横島たちの方が驚くほどビクッとしたが、同じGS関係者として話をしていくうちに徐々に打ち解けていった。教室でも叫んだ通り女性が怖いようで、愛子との間には常にある程度の距離をとっていたけれど。
「にしても、女性恐怖症でよくエミさんの助手なんかやれるな」
「エ、エミさんはわっしの恩人ですケン。だからわっしは一生エミさんについていくと決めたんジャー!」
 タイガーが横島の問いに返すというより、自分の決意を新たにするかのように大声で空に向かって叫ぶ。
「なんていうか、女性恐怖症がどうこう以前に、精神的に不安定なんじゃないかしら」
 タイガーの行動をみて愛子がぼそっと辛辣なことを口にする。
「さ、さあ、どうなんでしょうね……。でも、霊力はかなりのものがありますよ。エミさんが助手に選んだのも分かります」
「ピートさんにそう言ってもらえると嬉しいですノー」
 未熟な自分から見てもはっきり分かる実力者であるバンパイア・ハーフのピートの言葉に、頭をかいてタイガーが照れる。
「それじゃ、そのエミさんが恩人っていうのはどういうことなの?」
「いやあ、わっしは女性恐怖症のせいでついつい暴走してしまうことがあって、しかも霊能力者ジャケン、周りにずいぶん迷惑をかけてしもうたんです。身よりもないし厄介者扱いじゃったわっしを、エミさんは助手として引き受けてくれたんですジャー」
「へえ、そうだったんだ。ところでタイガー君ってどんな霊能力使えるの?」
「わっしは「そこまでよ!」


 エミは非常に焦っていた。新しい助手のタイガーは、エミが使いようによっては対美神令子用の秘密兵器になるかもしれないと考えていた能力者である。それがついに来た美神令子との対決を前に、転校初日で悪いと思いつつ学校に迎えに来て見れば、あろうことか美神令子の助手の横島たちと和気藹々と歓談していたのだ。さすがのエミも、まさか選んだ学校が横島たちと同じだとは思いもつかなかった。
 それにここにいる面子も悪い。
 エミはタイガーを南米でスカウトした後、さらに完璧を期すべく、自分の力の底上げも行おうと妙神山に修行に赴いたのであるが、そのための紹介状を書いてもらう際に、唐巣から横島も管理人とは別のヒャクメという神族に気に入られて修行をつけてもらったという話を聞いていた。詳細は唐巣も――美神とエミの確執を知っているので――教えてくれなかったけれど、横島を以前のような役立たずと考えるのは危険かも知れないとエミも認識している。
 そして現に今、件の横島はエミが気づくよりも先にこちらに気づいていた。エミが彼らを見つけた時にはまだかなりの距離があったにもかかわらず、既に横島は歩み寄るエミのことを注視していたのである。
 それでも横島一人ならば、タイガーに縛り上げて連行しろと命じられたかもしれない。さすがにタイガーとエミを相手に抵抗出来るほどの力はないだろうから。
 しかしここには、横島以外にピートと妖怪の少女がいる。妖怪の少女のことは知らないが、ピートがいるだけでも力押しの作戦は不可能である。
「あまり簡単に自分の能力について話すべきじゃないわ。例え同じGSでも、今は共同戦線を張っているわけじゃないんだから、商売敵よ」
 エミは強い口調でタイガーを叱る。実際には、他のGSと現場で争う可能性があるエミのような仕事をしている者や、家に伝わる秘密の奥義があるなどでない限り、あまり能力の秘匿ということを考えているGSはいないのであるが。商売敵といっても、普通それはあくまで営業上の問題である。
「す、すまんです。これから気をつけますケエ」
「そうしてちょうだい」
 そうしてまずはタイガーに注意を与えながら、エミは必死に頭を回転させる。
 すでに美神の呪い封じの札を破ったことで、地獄組の組長――エミが警察に頼まれた今回のターゲット――から美神に依頼がいったことは確認してある。一旦仕切り直しをする時間はない。ここで引けば美神から逃げたと見做され、エミの負けである。
「――そうだわ!」
「え、エミさん?」
 よく考えてみれば、幸いにもまだタイガーの能力も、今エミが相手にしているのが美神令子だということも横島たちには知られていない。ならば、この件に巻き込まなければいいだけのことだとエミはようやく気がついた。
「行くわよ、タイガー。急な仕事が入ったの」
 「学校にはよろしく言っといてくれるかしら」と、横島に頼んでおく。
「おたくらもこんな商売に関わってる以上、いつこうやって急に呼び出されるかわからないワケ。出られる時にはしっかり授業を受けときなさい」
 それだけ言うと、さっさとタイガーを連れてバンに向かう。後ろから「ほら、横島君。やっぱり、真面目に学校に来なきゃ駄目なのよ」と、妖怪の少女が言っているのが微かに聞こえた。
「タイガー、さっさと終わらせるわよ」
 美神がエミのように助手に手伝わせようとするかはわからないけれど、どちらにしろなんの介入も受ける前に終わらせてやるとエミは決意したのである。
「ほんとは令子を叩き潰したかったんだけど、不確定要素がこうも出てきちゃ、しょうがないわ。仕事優先、一気に乗り込んで組長を自首させるワケ」
 現場に向かいながら、依頼主である警視庁にも連絡して身柄確保のための手配も行った。後は時間との勝負である。


「しくじったわ。くっそ、エミの奴……」
 ぎしぎしと音が周りに聞こえるほどに、美神が歯軋りをする。
「間に合わなかったみたいですねー」
 キヌの言う通り、美神が愛車のコブラを駆ってやって来た地獄組のオフィスにはすでにたくさんの警官が出入りしており、一台のパトカーの中に手錠をかけられた組長の姿が見えている。その顔は不思議と安らかで、自分から逮捕を望んだのだということが美神にはわかってしまった。
「ほーほっほっ、遅かったわね」
 勝ち誇った笑い声が美神たちにかけられる。ゆったりとした勝者の足取りで現場から歩いてきたエミである。エミは呪術用の衣装に身を包んでおり、その後ろに虎をイメージしたかのような迷彩服に身を包んだタイガーを従えている。タイガーは露出の多いエミの衣装に、やや目のやり場に困っているようだ。そのエミを凝視した横島はいらつく美神に殴られた。
「……七勝六敗よ」
 美神が搾り出すような声で告げる。
「まだ私が勝ち越してるわ」
「フフ、すぐに逆転するでしょうね。その時のあんたの顔が楽しみなワケ」
 優雅に去っていくエミとどこか横島にすまなそうなタイガーを、美神は燃えるような目で見送った。
「まさか、エミみたいな呪術師が直接現場に乗り込むとは思わなかったわ。確かに遠隔地から仕掛けるよりも効力は高いでしょうけど……」
 怒りを押し殺して、美神が冷静に分析を始める。
「タイガーっていったかしら、あの横島君のクラスメイト――高校生には全く見えないけど。エミはあいつが以前のグリーンベレー上がりの助手たちより、直接戦闘になっても役に立つと考えたわけね」
「なんかの能力もあるらしいっすからね」
 美神は横島を迎えに行った判断が正しかったのか考えてみる。
「現場には間に合ったかも知れないけど、あいつの能力によっては――」
 新しい優秀な助手がエミにいるという横島の情報なしに対決していれば、自分でも危なかったかもしれないと美神は必死に自分を納得させる。
 問題はこれからである。
「横島君、あいつと同じクラスなんでしょ。次にエミとぶつかる前に、あいつの能力を探り出しなさい。次こそエミを叩き潰してやるんだから」
「探り出すっても、どうすりゃいいんすか?」
「そうね……。とりあえず、喧嘩売ってみれば?」
「な、無茶言わんでくださいよ」
 美神は軽く言うが、相手がなんらかの能力者であろうことを差し置いても、あんな大男に喧嘩を売りたくはないと横島は必死に断る。なにせ横島の能力は見ることだけである。おまけに絶望的な体格差。
「普通に素手で殺されますって」
「ちっ。……女性恐怖症っていってたわよね。それはきっと女好きの裏返しよ。色仕掛けで迫れば――」
「美神さんがっすか?」
「私は嫌よ。なんで私があんな奴に」
 キヌも当然のように嫌がり――タイガーが幽霊の女性にどう反応するかは知らないが――横島は愛子に頼んでみようかともちょっと考えたけれど、すぐに無理だろうなと諦め口にはしない。
 その後もいろいろと意見は出たけれど、現実味のないものや、合法ではないもの――美神の提案のほとんどはこれだった――ばかりであった。
「はぁ。ぐだぐだ言っててもしょうがないわ。横島君はとにかくタイガーの行動に注意してて。上手く能力を探り出したらボーナスあげるわよ」


「――美神さんが、ボーナスですか」
「よっぽど、エミさんに出し抜かれたのが悔しかったんだろうな」
 翌日の学校で、横島はピートたちに昨日のことを話していた。
「ふーん。それで、タイガー君のこと探るの?」
「いいや、別に。美神さんも今はかっかしてるけど、しばらくすれば忘れるだろうさ。それにあの二人は、心底憎み合ってるくせに仲がいいっつー不思議な関係なんだから大丈夫だろ。
 そういうわけだから、とっとと入って来い」
 横島の言葉に遠慮がちにドアが開かれ、タイガーが教室に入ってくる。
「さすが、横島さんジャー。わっしに気づいていたんですノー」
「ふふ、横島君だけじゃなくて、みんな分かってたと思うけどね」
 愛子が感心するタイガーにそう言って笑いかける。
 まだ転校二日目のタイガーは、その体格もあって校内で非常に目立っている。廊下のざわめきと周囲の生徒の様子から、タイガーの登校してきたことは心眼の使い手でなくてもよく分かったのである。
「昨日はすまんでした。しかし、わっしもエミさんの助手として――」
「だから、そんなに気にすんなってのに。能力云々も、無理に訊き出す気もないぞ。たまたまそういう機会があれば――まあ、学校で霊能力使わなきゃいけないような状況にはならんだろうけどな」
 机と愛子をじろじろと見て、「滅多に」と横島が付け加える。
「もう。でも、横島君なんだか優しいわね」
「まあ、エミさんの助手とはいえ、こいつもそんなにモテそうにないしな。むしろイジメの対象としてはピートの方が――ぐへっ!」
 飛んできた教科書が後頭部に直撃し、横島は机の上に突っ伏した。
「ちょ、横島君!」
「あ、ああ、大丈夫だ。ちくしょう、あいつら――」
「そうじゃなくて、私を血まみれにしないでよね」
「お前もかーっ! みんなみんな、美形を贔屓しやがってーーーっ!」
 横島は鼻血と涙を撒き散らしながら教室を飛び出していった。
「……行っちゃいましたね」
「これも青春よ」
 ピートが苦笑いしながら、ハンカチを濡らしてきて愛子の本体を拭く。
「顔の前に、こういう気遣いが大事よね。ありがと」
 愛子が満足そうにピートに礼を言う。
「横島さん、ほっといていいんですかいノー」
「どうせちょっとしたら戻ってくるでしょ」
 結局、横島は二十分後に戻ってきた。例によってトラブルと一緒に。


 ピアノの音が音楽室に鳴り響く。しかし、そのピアノの前には誰もおらず、ただ鍵盤だけが自動ピアノのように動いて、メロディーを生み出しているのである。
「朝からこうなのよ。授業にならなくて困ってるの。早いとこ、何とかしてね」
 先ほど廊下で横島を捕まえた音楽教師はそれだけ言うと、職員室に帰っていく。
「すっかりオカルト担当にされちゃったわね、私たち」
 すでに学校内に横島やピート、愛子、タイガーのことがオカルト関係者として知れ渡っているので、こういう事件が起きたときにまず彼らに話が来るのは仕方ないことかもしれない。GSによってはちょっとした相談だけでも高額の報酬を要求されるし、何より学校として手続きを踏んでいると時間がかかるのである。
 「なんで学校に来てまでオカルトと関わらにゃならんのだ」とぼやく横島を、「みんなで何かをするって青春じゃない」と愛子が励ます。
「ポルターガイスト現象というヤツですかノー」
「ポルターガイストの定義はよくわからんが、ピアノの前に変な奴がいるぞ。長髪で尖った耳。紫のスーツに薔薇くわえてるアホだ」
 その言葉にピートとタイガーは感嘆し、愛子はちょっと考え込む。
「それって……メゾピアノ、あなたなの?」
 愛子の呼びかけに、すっと誰にも見えるように姿を現す妖怪メゾピアノ。
「久しぶりだね、愛子クン。ここしばらく姿を見なかったけれど、ここにいたんだ」
 「知り合いか?」という横島の問いに、愛子が同じ学校妖怪のメゾピアノだと説明する。同じ学校妖怪なので面識がないこともない。
「夜中に学校に入り込んで、ピアノを弾く。ただそれだけの妖怪なのよ」
「お前も、昼間の学校で授業を受けてるだけの妖怪だけどな」
「私は誘拐とか洗脳もしてたもん」
「愛子さん、あまり自慢されることではないかと……」
「えっ。あはは、ついね。ともかく、学校という空間で仲間たちと青春を味わってる私を、こんな寂しいナルシストと一緒にしないで欲しいわね」
 愛子の言葉に、「凡人には僕の美意識は理解できないさ」とメゾピアノは見下したように返す。
「くぅー、むかつく野郎だ。
 とにかく昼間のピアノは止めとけ。これ以上続けるなら、ナルシスト一号が黙ってねえぞ」
「……もしかして、それ僕のことですか」
「その通り。こっちにはさらに秘密兵器のタイガーもいるぞ」
「嫌だね。ここは居心地がいいから、僕の好きなときにピアノを弾かせてもらうよ」
 そう言うと、メゾピアノはするりとピアノの中に入ってしまった。
「くそ、ダンピール・フラ――」
「駄目よっ!」
 得意技を放とうとするピートを愛子が制止する。
「それじゃ、ピアノを壊しちゃうだけだわ。こいつは弱いけどしつこいのよ。お札を使ってもピアノから引っぱがせるかどうか……」
「お前の能力で何とかならんのか?」
 横島がタイガーに訊く。
「ワッシの能力でもこういうのは難しそうですノー」
「そっか」
「あら、もっと絡むかと思ったのに。素直ね、横島君」
 愛子が驚いたように声を上げる。
「フフ、引っ張るだけ引っ張って、それから発表する方が辛いだろ。さんざ期待させといて大して意外性のない能力ってわけにはいかないもんな」
 横島がニヤっと意地の悪い笑みを浮かべる。
「そ、そんな、横島さん。ワッシは実は――」
 タイガーが何か言いかけるが、それを遮るように再びピアノの音が鳴り響き始めた。
「おっと、タイガー弄りでこいつを忘れてたぜ」
「ううっ、ひどいんですジャー」
「愛子さん、説得できませんか」
 ピートが期待をかけるが、愛子は無理無理と首を振る。
「性格が全然違うしね。同じ学校妖怪といっても、仲がいいわけでもないもの」
「困りましたね……」
「おい、ピート。ちょっと耳貸せ」
 腕を組んで悩むピートに、横島がそっと耳打ちをする。
「は、はい、わかりました。むんっ」
 気合を入れて、ピートがエビル・アイを発動させる。
「なるほど、確かに。――ダンピール・フラッシュ!」
 力を抑えたピートの攻撃がピアノに飛んでいく。
「ぐあああっ!」
 そして、片手を押さえたメゾピアノがピアノから転がり出た。ピアノ自体には傷一つついていない。
「あら。どういうことなの?」
「あいつはピアノに入り込むことは出来ても、あくまでピアノを『弾く』妖怪なんだろうな。ピアノを弾くには手だけは出さないと駄目みたいだったから――」
「横島さんに言われて、僕が手を狙ったんです」
「その通り。これ以上昼間も騒ぎを起こすようなら、二度とピアノを弾けんようにしてやるからな」
 ぼきぼきと指を鳴らしながらの横島の脅しに、怪我を負ったメゾピアノは手を庇いつつ大人しく頷く。ナルシストだけあって、自分の身体に傷がつくのはことの他ショックだったようである。
「一件落着だな。……ただ働きだけど」
「プロなら、特に美神さんのような人ならたっぷり絞り取るでしょうね。まあ、除霊具は何も使っていませんから、唐巣先生だったら、受け取っていい僅かなお礼も受け取らないかもしれませんけど」
「確かにピートはなんも使ってないんだよな。俺の唯一の特技の心眼も、お前のエビル・アイにお株奪われちまったし」
「いえ、そんなことはありませんよ、横島さん。僕のエビル・アイは行使するのにかなり魔力を使います。それに絶対に目で対象を見る必要がありますけど、心眼はそうじゃなくて全方位に対応出来るじゃないですか。それに使っていることも相手から分かりづらいとか、たくさん長所がありますよ」
 未だ修行中の横島であるが、普段無意識に使っているくらいの心眼なら、霊能者でもそうそう感知は出来ないのである。なにせ、覗きの神様ヒャクメ直伝の能力である。
 もっとも未熟故に、気合を入れてさらによく見ようとすると、いまだコントロールが甘い霊力の急上昇ですぐにばれてしまうけれど。
「横島さんはすごいんですジャー」
「そ、そうか?」
「そうよ。横島君はもっと自信もってもいいと思うわ」
 慣れていない賞賛に横島はすっかり照れてしまった。
「――さ、問題は解決したって先生に伝えに行きましょ」
 メゾピアノにもう一度念を押してから職員室に向かおうとする愛子。
 しかしそれを、ちょっと待ったと横島が止める。
「ここは上手く話を持ってて、せめて音楽の単位ぐらいは都合してもらわんと」
「ちょ、横島君」
 張り切って先頭に立って歩き出す横島の後を、仕方ないなあと、顔を見合わせてから残る全員が追いかけていく。


 これ以降、この学校でピアノが鳴るのは真夜中だけになったそうである。








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