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No.7464の一覧
[0] オクルス・デイ[蟇蛙を高める時間](2010/02/01 23:42)
[1] 二話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:28)
[2] 三話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:30)
[3] 四話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:36)
[4] 五話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:39)
[5] 六話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:42)
[6] 七話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:50)
[7] 八話[蟇蛙を高める時間](2009/10/30 21:34)
[8] 九話[蟇蛙を高める時間](2009/10/30 21:55)
[9] 十話[蟇蛙を高める時間](2010/02/01 23:46)
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[7464] 五話
Name: 蟇蛙を高める時間◆a7789959 ID:24cb0056 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/03/16 23:39

「こうして見てもらう通り、GSが儲かる商売だという認識は間違っている!」
「わびしいですノー」
 学校での昼休み、昼食の時間。
 タイガーの弁当はおかずが梅干一つのドカ弁、横島の弁当は袋に入ったパンの耳のみである。
「揚げてお砂糖をまぶすとおいしいですよね」
「それはご飯というより、お菓子じゃないかしら」
 そんな寸評をする小鳩と愛子は、ごく普通の見た目の女の子らしい弁当を食べている。
「こんなんばっかじゃ、体が持たねえよ。愛子、ちょっと分けてくんない?」
「私もお金は持ってないから、これは本物じゃないわ。私の中の家庭科室にある材料で作ったものだから、食べても栄養にはならないわよ」
 そもそも愛子は食事を必要としない。昼休みに一緒にお弁当を食べるという青春の一幕に参加するためにやっていることである。
 「人間は大変ですね」と、同じく普通の食事のいらないピートは、こちらは人真似をすることなく悠然と薔薇の花から生気を吸っている。
「薔薇の花だってタダじゃないんじゃねーのか?」
「教会にも咲いてますし――」
「自給自足かいノー」
「――このことを話したら、たまに女の子が差し入れもしてくれるようになりまして」
「なんて余計なことを! だからピートに弁当差し入れる娘が最近減ったんだな。俺の蛋白源なのに」
 実際の理由としては、ピートに弁当を渡しても結局横島とタイガーが横取りして食べてしまうことの方が大きい。
 「よかったら私のを」と小鳩が横島に勧めるが、さすがの横島も似たような経済状況の女の子から貰うことには抵抗があるようである。
「そんなら特別にわいの特製バーガーをわけたろうやないか」
「いるかっ! つーか、まだそんなもん作ってたのかよ」
「改良に改良を重ねてるんや」
 今度のハンバーガーはさらに膾(なます)とカスタードをお好みで加えているらしい。
「それにお前らなら、幽体離脱したって問題あらへんやろ」
「味のことを言ってんだよ、俺は」
「しかも、幽体離脱効果は基本なのね」
 また試作品を食べたらしい小鳩が苦笑して頷く。
「それなら、いっそそっちを主眼にして幽体離脱バーガーとして売り込んだらいいんじゃないですか。GS相手の店なら需要はあると思いますよ」
「なるほど、厄珍堂とかか。確かにいけるかもな。
 美神さんみたいにバットでぶん殴るのが基本だってんなら」
「エミさんに訊いたら、実際にはきちんとした手続きを踏んで儀式を行うそうですじゃー。ただそれには時間と手間がかかって、専用の道具も使うみたいですノー。他に小鳩さんみたいに幽体離脱を得意とする霊能者もいるみたいじゃが」
 横島に食べさせられたこともあり、タイガーも興味を持っていたようでいろいろ調べている。
「『それが、このハンバーガーを使えば簡単に!』――売れそうじゃないの」
「そ、そうでしょうか?」
 突然の話に戸惑う小鳩を焚きつけて、横島たちは放課後全員で厄珍堂を訪れることにした。
 どんな所なのか? と行ったことがないタイガーや小鳩、愛子も興味を持って横島に訊ねる。
「うーん……。一言で言や、胡散臭い店だ。気をつけないと、買い叩かれそうだな」



Hunting



「坊主、面白い話があるアルが、教えて欲しいアルか?」
 美神と依頼人や厄珍との間のやり取りを見てきていた横島が中心となった粘り強い交渉により、幽体離脱効果のあるハンバーガー――商品名は小鳩バーガーになるらしい――の売込みが無事に終わった――生物でもあり、改めて月に何度か一定量を厄珍堂に渡すことになった――後で、厄珍が思い出したように声を潜めて切り出した。
「面白い話?」
「そう、今も続く連続殺人事件の話ネ」
「……それが面白い話なんですか」
 ピートや小鳩は顔をしかめるが、「ただの連続殺人じゃないネ。霊刀による辻斬りヨ」と厄珍は話を進める。
「霊刀ってどうしてわかるの?」
 疑問に思った愛子に訊かれるが、「さあ?」と横島は頼りにならない。
「判断基準は斬られた痕でしょう。一般に霊刀がもっとも鋭く切り裂くのは霊体で、次が肉体。無機物――衣服など――との間で切り口に差が出るんです」
 このメンバーで一番真面目にオカルト関係の勉強をしているピートが説明する。
「ほー、勉強になるノー」
「ま、そういうことネ。そして被害者たちにはなんの共通点もなく、ただ犯人が切り刻みたくて斬ってるみたいな無残な殺され方をしてるアル」
「でも、そんなニュースを聞いた覚えがないんですけど?」
「そやな。ワイも知らんわ」
 「誰か知ってます?」と小鳩が訊くが、全員が首を横に振る。
「まだ、表立っては報道されてないネ」
 「蛇の道は蛇、こういう情報は真っ先にウチに入るネ」と笑う厄珍。
 単なるオカルト道具の売買だけでなく、裏でいろいろとやっているせいかもしれない。警察関係の情報にも詳しく注意していないと、自分の手が後ろに回ってしまうのである。
「さて、坊主。ここで一つ気になることがアルね。確か、令子ちゃんのとこにいたアルな。そういう快楽殺人狂みたい剣士が」
「ああっ、勘弁してくれ!」
 横島が「思い出さないようにしてたのに」と頭を抱える。
 同じく以前会っているピートも額に冷や汗を浮かべた。
「あの、横島さん。念のため確認しておかれた方が……」
「そうする。さすがにそんなことはねえ……と思うけど」
 仲間の土方にさえ切りつけた総司であるが、あの時は映画のクライマックスで極度の興奮状態にあったからだと横島は信じたい。なにせ、連れ出した責任の一端は横島にあるのである。
「あいつがんな問題起こしたら、美神さんに殺されちまうわ」
 「小鳩ちゃんを頼む」と言って、横島は厄珍堂を走り出ていった。
「ほんとトラブル体質よね、横島君て」
「見てる分には飽きないアルよ」


「わざわざ、すみません」
 厄珍堂からの帰り道、小鳩が家まで送ってくれるというピートたちに頭を下げる。
「なに、ワッシらがいれば安全じゃケンノー」
「まあ、何もないとは思いますが、ああいう話を聞いた後で女性一人を帰すような真似は出来ませんよ」
 タイガーは力強く胸を叩き、ピートも優しく応じる。
「それじゃ、小鳩ちゃん家の後は学校までよろしくね」
「愛子さんは一人でも大丈夫な気がしますがノー」
「そんな……ひどいわっ。こんなか弱い私にそんなこと言うなんて、うぅっ」
 あからさまな嘘泣きなのだが、女性慣れしていないタイガーはおろおろして「すまんですジャー」と愛子に謝り始める。
「いいえ、いいのよ。所詮、私は机の妖怪だもの。小鳩ちゃんみたいな普通の女の子とは違うわ」
「あ、愛子さーん。この通り、許してつかーさい」
 タイガーがえぐえぐと泣き上げる愛子の前に膝をつく。
 その辺りで、「たしかに不用意な発言ですけど、そんなに苛めないであげてくださいよ」と、地に頭をこすりつけんばかりのタイガーをみて、さすがにピートが止めに入った。
「うふ、そうね。ごめんね、タイガー君。ちょっとやり過ぎたわ」
 愛子もすぐに悪戯な笑顔に戻る。
「私もちょっと普通の女の子とは違うような気もしますけどね」
 福の神と顔を合わせて小鳩が笑う。
「あら、女の子にはどんな子だって気を使わなきゃ駄目よ。タイガー君も女性恐怖症を完全に克服できたら彼女とか欲しいでしょ」
「わ、ワッシはエミさん一筋じゃけえ……」
 タイガーが胸ポケットに手を当てて恥ずかしそうに言う。
「そういえば、写真持ってましたね」
「相当ハードル高そうだわ」
 ほんのひと時だけれど会ったことのあるエミ――颯爽とした少しきつめの美女――を思い出して愛子が溜息をついた。
「でも霊能はともかく、僕らは剣術に関しては素人ですからね。霊刀の中には持ち主を達人にする能力を持ったものもあるそうですから、気をつけないと」
 そう話を戻したピートが、「七百年も生きてるんだから、浮いた話の十や二十あるんじゃない?」と愛子に次のからかいの対象にされた。
 一向はそんな話をしながらのんびりと歩き――結局ピートの恋愛話は聞き出せなかった。あるいは本当にそういう話がないのかもしれない――途中のスーパーへと立ち寄る。
「タイガーさんも自炊ですか?」
「いや、ワシは料理が出来んケン、ありものを買ってくだけじゃ」
 そう言ってタイガーは見切り品の牛丼をカゴに入れる。
「ワイのハンバーガーなら――」
「いらんです」
 「厄珍堂と契約したんやから、正規のルートで買ったら高級品やのに」と福の神がぼやく。
「その点、小鳩ちゃんはさすがね」
 カゴを覗いて愛子が褒める。別段変わった物は入れていないが、値段と相談しつつバランスの取れた食材が選ばれている。
「そうだ。愛子さん、よかったら今日ウチに泊まりませんか? 時間も遅いですし」
 学校妖怪とはいえ、夜の学校に一人というのは寂しい時もあるのではないかと思い、小鳩がそう愛子を誘う。
 愛子はそれを「青春ね」と快諾した。一人の学校――実際にはメゾピアノやその他の学校妖怪もいるらしいが――が寂しいと思ったことはないが、友人の家に泊まるというのは大きな憧れの一つだったようである。


 会計を済ませスーパーを出た一行であったが、小鳩の家の近く、少し寂れた薄暗い通りに入ったところでピートが異常に気づく。
「殺気だ!」
 このメンバーでは横島を除けばピートの霊感が最も鋭い。
 ピートが油断なく身構え、「うそっ、ほんとに辻斬り?」と愛子が小鳩を後ろに庇うようにタイガーの後ろに入る。
「そこかっ」
 ピートが慎重に電柱の物陰に近づいた瞬間に、小さな影が飛び出してきた。
 影はばっと大きく飛び上がり、ピートを飛び越えてタイガーに肉薄する。
「むうっ」
 思わずスーパーの袋を持った腕で薙ぎ払おうとしたタイガーの攻撃が、影の持つ木刀とぶつかり合う。
 影の振るう剣が軽かったのか、巨体から繰り出されるタイガーの攻撃が重かったのか、影は大きく弾き飛ばされた。
 すぐに体勢を立て直した影は、そのままもう一度タイガーへと向かってくるかと思われたが、なぜか一瞬タイガーが腕を払った拍子に袋から飛び出して転がっていた弁当の方に気をとられ、
「ダンピール「えいっ!」
「おおっ!」
「……やりますね」
 「本当に護衛はいらなかったのかもしれませんね」と、小さくピートが呟く。好機とみたピートがすかさず得意技を放とうとする前に、びろーんと長く伸びた舌が、影を絡めとってそのまま呑み込んでしまったのである。
「あ、あの、辻斬りを呑んじゃって大丈夫なんですか?」
「中で大暴れされたら困るかもしれないけど……、どう贔屓目に見ても十歳にもなってない子供よ。今は急に学校に放り込まれて戸惑ってるみたい」
 心配する小鳩を愛子が大丈夫、大丈夫と安心させる。
「――あっ!」
「ど、どうかしましたか?」
「この子、尻尾があるわ。どうも妖気があると思ったら……。でも、持ってるのは完全な木刀みたいね。さっきの話の辻斬りとは違うかもしれないわ」
「でも、いきなり襲い掛かって来たんやで」
 小鳩のさらに後ろに隠れていた福の神が油断するなと忠告する。
 話し合いの末、ピートも愛子の中に入ってこの子供を取り押さえることになった。愛子が子供の乗っている床をぐちゃぐちゃの泥沼のような状態に変えてサポートしたこともあり、それは比較的楽な作業であった。


「い、痛いでござる!」
 人狼――本人は犬神族と名乗った――の子、犬塚シロの頭に、愛子がごちんと拳骨を落とす。
「反省しなさいっ。お腹が空いたからって、いきなり人に襲い掛かるなんて馬鹿なことをして」
「し、しかし、路銀も底をつき、それがしは武士ゆえ物乞いは――」
「食べ物目当てに人を襲う方が武士らしくないでしょっ!」
 先ほどと同じ所に拳を落とされて、シロがきゃうんと鳴く。
「ま、まあ、愛子さんも落ち着いて」
 ここは愛子の体内の教室、事情を聞くために全員がここに入っている。――タイガーは結局自分の晩御飯をシロに食べられてしまい、どこか悲しそうだ。
「路銀がなくなったって、シロちゃんはどこかに向かってたんですか? 私たちでよければ力になれるかも知れませんよ」
 小鳩に優しく訊かれ、シロはしばし悩んでいたが、「大丈夫よ」と委員長の愛子に促されると、腹を決めたように話し始めた。この空間内では愛子の影響力は絶大なのである。
「それがしは訳あって、父の仇をおっております。奴は犬神族の秘宝「八房」を持ち出して人間を襲っているのでござる」
「ちょっと、待ってくれ。その八房というのは――」
「犬神族の天才刀鍛治が、大昔に一本だけ造った無敵の剣でござる」
「ほな、そっちが辻斬りなんやな」
 思いがけず辻斬り事件の犯人を知った一同は各々驚きの声を上げる。
「人狼の武士の辻斬りとは、手強そうじゃノー」
「どうしましょう、警察に行った方がいいんでしょうか?」
「でも警察では対応できないでしょう。結局は警察からつながりのある――例えばエミさんのような――GSへと依頼が行くことになるはずです。でもその間にも被害者が……」
 「こういう時にこそ、日本にもオカルトGメン支部があるといいのですが」とピートが歯噛みする。
「ピートさんとこの唐巣神父なら協力してくれるんじゃないですかノー」
 小鳩は自分たちを心配して励ましてくれた人の良さそうな唐巣神父が狼男と闘っている様子が思い浮かばないようであるが、ピートはきちんと武器を用意した上で唐巣神父とことに当たればなんとかなるのではないかと考える。
「でも銀の銃弾は、今教会にはなかったかもしれません」
「さっきの厄珍堂ならどう?」
 その愛子の提案は、シロの「駄目でござる」という強い調子の言葉で否定される。
 銀にはわずかながら退魔の力があるとはいえ、狼男を銀の銃弾で倒せるという話はハリウッド映画発である。妖怪とはいえ人狼自体の属性が魔というわけでもないので、銀の銃弾は普通の銃弾よりわずかに効力があるというだけで、人狼の生命力の前ではよほど当たり所がよくなければ致命傷とならない。ピートが言及したのは、単に飛び道具であり且つ普通の弾丸よりは効果が上なためである。
 そのうえ、「八房はただの妖刀ではないのでござる。切ったものからあらゆるエネルギーを吸い取るのみならず、一度振るえば八つの斬撃が飛び、銃弾も確実に切り伏せてしまうでござるよ」という問題がある。
 奴には霊波刀しか通用しないのでござると言って、シロが自分の手からビュンッと霊波の刀を生み出してみせる。
「霊波……刀?」
 みなが沈黙する中、愛子がぼそっと口にする。シロの手から生み出されたそれは、せいぜいが小刀という大きさで、ジジジジと霊波の質も安定せずにぶれているものであった。
「せ、拙者、人間状態ではこれが限界で」
 そういうシロに「じゃあ、狼状態になってみてくれます」と、わくわくした様子で小鳩が頼む。人間から狼への変身を実際に見れる機会など滅多にない。
「う、申し訳ない。そう自由にはならないのでござるよ」
「映画によくある狼男の設定とは逆に――まあ、満月が近づくと力を増すのは本当ですが――人狼は昼間は普通の狼の姿になって、夜になると人間の姿になるんです」
「そっか。外は夜だもんね」
 いま居る愛子の中の時間設定は昼間であるが、シロは人間の姿のままである。といっても、その理由は判然としない。愛子が言うように単純に外部時間が夜であるせいかもしれないし、魂という本質の形が人間であるせいかもしれない。あるいは月の魔力ではないけれど、愛子の中には妖気が満ちているからかもしれない。
「ということは、その犬飼という奴も昼間は狼になっとるんですか」
「都会ではずいぶん目立つやろな」
「それに夜の人間のときでも、シロちゃんが人相とかを教えてくれれば……」
「どうでしょうかね。相手は用心深い野性の獣で、超感覚まで持っていますから」
 「ですから、拙者が――」と言いかけるシロを愛子が優しく諌める。
「あなたの気持ちはわかるわ。でも、自分でも勝てるかどうかくらいは分かってるはずよ。武士としてお父さんの仇を自分の手で打たないとっていう意地があるんでしょうけど、そうやってシロちゃんが死ぬことなんか、お父さんも絶対に望んでないはずよ」
 シロは悔しそうに俯いて握ったこぶしを震わせる。
「その辻斬り、犬飼を捕らえるのに君が力を貸すことは出来るよ。他にもその犬飼という奴について何か情報はないかい?」
 ピートがくしゃっとシロの頭を撫でながら、「狼だって狩りは群れでするよね」と慰める。
「そうで……ござるな。一人で暴走している犬飼は、すでに狼としての本能も失っているのでござる」
 そもそも狼が社会性を持ち、群れの秩序を大切にして、狩りを群れで行うのは、狼――人間も――が蹠行性だからである。足の裏全体をぺったりと地面につけて歩く歩き方なので、安定はするがスピードはあまり出ないのである。歩く際に指先のみをつかう趾行性である犬と比べても、スピードや俊敏な方向転換などの能力で狼は劣っている。その上完全な肉食である狼は、群れで協力しない限り本来は餌が取れないのである。道具も使える人狼たちにおいてはその限りではないが、やはり受け継がれてきた本能的なものは消えずに残っている。その連綿と受け継がれてきたルールを犬飼は踏みにじってしまった。
 仮に犬飼がなんらかの目的意識を持っていたのなら、八房を盗んだりせずに、秩序にのっとり群れのリーダーである長老に挑戦すればよかったのである。
 もちろん、その実力がなかったのかも知れないが。
「そういえば、長老が言っていたでござる。犬飼は人間を殺して狼王になろうとしているのだと」
「狼王ってなんなんですか?」
「拙者もよく知らないのでござるが、たしか太古の魔獣『巫怨吏竜(ふぇんりる)』のことだとか」
 それを聞いてピートと福の神が驚く。
「まさか神々と精霊の時代の魔獣へ先祖返りするいうんか!」
「……八房はエネルギーを吸い取ると言ったね。きっと犬飼は、多くの人間たちを殺してエネルギーを蓄え、それを一気に開放することで強引に人狼の血に眠るフェンリルの力を解放しようとしているんだろう。人間が農耕を始めて以来、人間と人狼は対立してきたから、その恨みを晴らしたくもあるのかもしれない」
「たしかにそういう者もいるのは事実でござる。しかし本来の人狼は優しい種族でござる。犬飼のような奴は本当にごく少数派でござるよ!」
 シロの叫ぶような言葉に、「人狼みんなが悪いなんて思わないですよ」と小鳩がしっかりと応じた。
「なんにせよ、これは大事ですじゃ」
「そうなる前に止めないとまずいんじゃない」
 特殊ではあっても高校生に過ぎない彼らにはなんの義務もないのであるが、事情を知ってしまった以上放っては置けないと考えてしまう面々なのである。


 ピートが急いで教会へと帰っていった後、残りのメンバーは小鳩の提案でドクター・カオスに助力を仰ぎに来ていた。
 フェンリルほどではないといえ、古き強力な不死者――早い話がピートの父――を追い詰めたことがあると自慢げに話していたことや、花戸家のために手を貸そうとしてくれていたことから、小鳩のヨーロッパの魔王への評価はかなり高かった。タイガーや愛子もドクター・カオスのことは知らなかったので、その評価に異を唱える者も居ない。
 幸福荘の入り口で、「ずいぶん庶民的なところに住んでるのね」と愛子が口にしはしたが、カオスが何百年も前に作ったというアンドロイドのマリアに出迎えられると、すっかりすごい錬金術師だという認識が固定されてしまった。
「――ほう。フェンリル狼とはのぉ」
 愛子たちに話を聞いたカオスの瞳が輝く。最近ボケが進行しているものの、興味をかき立てられる事柄に出会えば、まだまだ天才と呼ばれたころの熱さが戻ってくるのだ。
「厄珍の所に被害者の写真があると言ったな? もし詳しい現場の状況や犯行パターンが分かれば、マリアに分析させて行動を予測できるかも知れん」
「おお! いけそうやないけ、爺さん」
「ハッハッハ、わしを誰だと思うとる。ヨーロッパの魔王、ドクタ――」
 そこへ、カオスの高笑いを遮るようにドンッと部屋のドアが内側に吹き飛んできた。
「な、なんじゃ!」
「クックック、珍しい同族の臭いがすると思えば……お前、シロか」
「貴様、犬飼っ!」
「えっ! まだ探し始めてもいないのに」
「ま、まったく、心の準備が……」
 実は犬飼は元々あまり深く考えずに円を描くように場所を変えながら犯行を続けていたのだが、自身と同じ人狼の臭いをたまたま嗅ぎつけたことから、それを辿ってこうしてカオスのアパートまでやって来たのである。
 シロが小さな霊波刀を出して身構え、愛子と小鳩はわずかでもと部屋の隅へ逃げ、それを守るようにタイガーが立つ。
「こいつはまずいの」
 さすがのドクター・カオスも、なんの準備もなく強力な人狼と事を構えることになって焦る。
 抜き身の八房を手に殺気を隠そうともしない犬飼。夜の人狼は本来なら人間と同じ姿形なのであるが、犬飼の顔は狼の特徴が色濃く出た歪んだものになっている。
「うおおっ! 犬飼ーっ!」
「……ふ」
 仇を目の前に頭に血が上ったシロがいきなり突っ込み、それをみた犬飼が無造作に八房を振るう。
「危ない・シロさん!」
「マリアーーーっ!」
 唯一八房の剣速に反応できたマリアがシロを庇うが、その左腕はすっぱりと切り落とされてしまった。
「マ……マリア殿……」
「人間ではないのか。詰まらんものを斬ったな」
 犬飼がなんでもないことのように言う。絶頂期のカオスが製作したマリアの腕をあっさり破壊することなど、強力な近代兵器でも難しいことなのであるが。
 しかし、人間ではなかったことがここでプラスに働く。
 マリアの斬り落とされた腕に仕込まれていた煙幕発生器が、その衝撃で誤作動を起こしたのである。
「引くんじゃ!」
 唐突に噴き出した煙に犬飼が思わず後ずさった隙を逃さずにカオスが叫び、阿吽の呼吸で部屋の薄い壁をマリアが右腕のエルボー・バズーカで吹き飛ばす。
 その間にタイガーと小鳩、福の神にシロをまとめて呑み込んだ愛子をカオスがつかみ、そのカオスをさらにマリアが掴んでジェット噴射で外へ飛び出す。
「おのれ、逃がさん」
 めちゃくちゃに振るわれる八房から無数の斬撃が飛び、その一つが必死に回避行動を取るマリアにかすった。人間を連れていなければともかく、カオスたちを連れた現状ではあまり無茶な飛行が出来なかったせいである。
「推力・減少」
「高度を下げるんじゃ! 奴との間に遮蔽物を入れろ」
 カオスの指示で八房の攻撃が直接飛んでくることはなくなったが、しばらく飛んだ後に「もう、大丈夫かしら?」と訊いた愛子に対してカオスは首を横に振る。
「奴はついて来とる。わしらを獲物と定めたようじゃな。この速度では完全には振り切れん」
「そんな……。えと、ピートく――美神除霊事務所まで行けますか? あそこならなんとかなるかも知れません」
 最初は唐巣神父の教会を考えた愛子だが、美神除霊事務所には剣士がいると厄珍が言っていたことを思い出し、さらに話に聞く限りでは直接的な戦闘力でも美神令子の方が上ではないかと考えてそう告げる。
 そして行く先が決まった後は注意を中へと向け、愛子は呑み込んだ全員のいる教室へと姿を現した。
「愛子さん、外はどうなっとるんですか?」
 呑み込まれてからは何が起こっているのか分からなくなったタイガーが不安そうに訊く。
「今は犬飼から逃げながら美神除霊事務所に向かってるわ」
 簡単に状況の説明をしながらも、愛子は教室に来たときからの責める様な視線をシロから外さない。
「うっ……」
「私の思い上がりだったのかしら? 私たちは、一緒に犬飼を何とかしようっていう仲間だと思ってたんだけど」
「愛子殿……。拙者は――」
「群れのみんなが、お互いを思いやって一つのことを成し遂げるために努力する。まさに青春だと思ってたんだけどな」
 「シロちゃんも悪気があったわけじゃ」と小鳩が庇うが、愛子は厳しい追及の手を緩めない。
「勝手な行動をして、結果的に群れの仲間を傷つける。それじゃ、犬飼と変わらないじゃない」
「――っ! 申し訳ござらん! 拙者の身勝手な行いでマリア殿やみなさんを危険な目に合わせてしまいました。本当に申し訳ありません!」
 愛子に指摘されて自分の言動にショックを受けたシロが、がばっと床に頭をつけて謝り始め、それをふわりと愛子が優しく抱きしめる。
「そうやって反省できるなら、大丈夫よ。きっとシロちゃんは、自分が望むような立派な武士になれるわ。だけど、困ったことがあったなら私たちを頼っていいのよ。マリアさんがシロちゃんを庇ったように、みんなあなたを大切な仲間だと思ってるんだから」
「そうですよ。人間だとか妖怪だとか神様だとか、そんなのは関係なんかないんです。私たちは友情を育める。同じゴールを目指す、素敵な仲間なんです」
 二度目だったこともあり、早くも青春ドラマモードに切り替わっている――耐性がつくということはない様である――小鳩も、シロに熱く友情の素晴らしさについて語り始める。
 結局、美神除霊事務所につくころには、シロの青春汚染も完了していた。


「困りましたねぇ。今、美神さんいないんですよ。みなみあふりかとかいうところで、精霊石のオークションがあって、せっかくだからちょっと早く行って冥子さんたちとばかんすするんだそうです」
 事務所には横島と総司、キヌが居たが、肝心の美神令子はいなかった。
「人狼の武士か……斬る斬る斬るーーーっ!」
 総司は非常にやる気になっているようであるが、どこまで役に立つかは分からない。
「とりあえず真犯人が見つかったのはいいんだが――なんでそこに俺を巻き込むんやーっ」
 横島がすっぱり斬られたマリアの腕をみておろろーんと泣き叫ぶ。
「……すみませぬ。横島殿にはご迷惑をおかけします」
「あ、いや、まあGS助手なんかやってる以上、こういうこともあるからさ。そんな気にすんな」
 相手が男なら怒鳴りつけて追い出したい所ではあるが、シロのような子供に心底すまなそうにされると自分が悪者のような気がしてくる横島であった。
「いま、横島さんのために夕御飯作ってたんですけど、みなさんどうしますか? 食材はありますけど」
「いや、おキヌちゃん。そんな場合じゃ――ねえわ」
 心眼が事務所へ近づく犬飼を捉え、横島は事務所の道具の中から銃――銀の弾丸入り――を持ち出す。
「銃弾も斬り落としちゃうらしいわよ」
「ないよりはあった方がいいだろ。死角から撃ち込めば当たるかもしれないし」
「超感覚を持つ人狼にそんな手が通じますかいノー?」
「気落ちするようなこと言うなよ。とにかくこっちが嫌だっつっても向こうは絶対どこまでも追っかけて襲ってくるんだろ。戦力が揃ってるうちにやるしかねえじゃねえか。ほんとはピートたちが間に合えば良かったんだが、向かってくれてるとはいうし、今はカオスとマリア、それに総司……あとタイガーにちょびっと期待しよう。福の神はなんとか小鳩ちゃんと愛子とおキヌちゃんとシロと俺を守れ」
 横島はカオスたちや総司をドア付近に配置し、さりげなく自分は入り口から遠い非戦闘員組に入る。
 最初、シロは「拙者にも戦わせてくだされ」と頼み込んだが、シロの霊波刀を見せてもらっていた横島の「お前の霊波刀じゃ、真っ向からやりあうのは無理だ。俺と一緒に、何とか誰かが隙を作ってくれたらそこへ仕掛ける役をやれ」という言葉に、素直に引き下がる。
 愛子内の青春教室で、各々が見合った役割を担い、一つの群れの力を最大限に生かすことの大切さを理解したらしい。
「でも、ここで迎え撃つの? 外の方がいいんじゃない?」
「あれ? 刀とかを使う奴って室内じゃ戦いにくいとかいわないっけ?」
「聞いたことはありますけど、八房ってむしろ飛び道具に近いみたいですから、こっちの避ける余裕がなくなるかもしれないです」
 戦闘知識のない女の子二人に作戦の欠点を指摘されるGS助手。
「い、いや、他にも理由はあるぞ。なんてったって、ここには脱出用のシュートがあるからな」
 横島がぽんぽんと本棚の一角を叩く。横島としてはさっさと小鳩たちと一緒にここから逃げたくもあるのだが、カオスの話からここで臭いを覚えられたらどうせ追い続けられると理解しているために、へっぴり腰ながら銃を入り口に向け続けている。
「愛子さんが小鳩さんたちを呑み込んでおくというのはどうですかノー」
「逃げる時は上手くいったけど、中に他の人を入れた状態で私がやられたら、どうなるかわかんないわよ」
 「俺はそれでもいいかなぁ。どうせ死ぬならその瞬間まで何も知らずにいられるし」と後ろ向きなことを言って横島が全員に睨まれる。
「相手はフェンリルへの復活を目論む人狼。となると、なにか有効な手段があったような気もするんじゃがな……」
 「はて、なんじゃったかのぉ」と首を捻り出したカオスの胸倉を掴んで、「思い出せえーっ!」と横島が思い切り前後に揺さぶるが、残念ながら脳を振れば記憶が戻るほど世の中甘くはない。
 そうこうしているうちに、
「ねえ。これ、来たんじゃない」
 ビルに犬飼が押し入ってくる爆音を聞きつけた愛子が身震いする。
「別にビルのドアぐらい普通に開けられるだろうに……」
 きっとこの部屋のドアも破壊されるんだろうなと横島は考えたが、意外にもそうはならなかった。
 マリアが犬飼に向けて壁越しにマシンガンを連射したためである。犬飼はわずかにそれに驚いたようであるが、特別性の弾丸ではなかったこともあり、特に傷は受けずにお返しとばかりに八房を振るう。これで完全にドアの脇の壁が崩壊した。
「獲物が増えたか」
 犬飼は不敵に笑って八房を縦横に振るう。
 ばっと胸元を開けたカオスの皮膚に描かれた魔法陣から放たれる霊波光線、マリアの重火器、タイガーの振り回す重たげな高級家具、総司の振るう刀――存在自体が霊体なのでその刀も広義の霊波刀――が、飛んでくる斬撃をなんとか受け止めるが、防戦一方ではいつまでも持ちはしない。
 ついに危機に陥ったカオスを守ろうと、マリアがカオスに体当たりするようにジェットで窓から飛び出す。
 結果的には逃げたのと変わらず戦力も大幅ダウンであり、「こりゃあかん」と、横島がシュートの入り口を開けるが、その様子を見た犬飼が「逃がさん」と集中的に八房の斬撃を横島たちに集めてきた。
 咄嗟に小鳩だけは横島がシュートに投げ込むが、直後に総司とタイガーが止め切れなかった斬撃が二つ到来する。
「うわっ……………………あれ?」
 一番近かった愛子を押し倒すように身を伏せた横島だが、衝撃は訪れず、そっと顔を上げる。
「大丈夫でござるか」
「怖かったですー」
 八房の斬撃はシロの小さな霊波刀と、料理からの流れでキヌが護身用に握っていた包丁――元妖刀シメサバ丸――に防がれていた。
「それは――妖刀か?」
「斬る斬る斬るーっ!」
 思わぬ伏兵の包丁に気を奪われた犬飼に、好機と見た総司が突っ込む。
 小癪なと犬飼は慌てて八房を振るうが、大きく腹を抉られながらも踏み込みを止めなかった総司の太刀によって、左肩から胸へかけてを切り裂かれる。致命傷ではないが、かなりの大怪我である。
「――貴様っ」
「総司殿!」
 とにかく相手を斬ることしか考えていない総司だけに、仕掛けた後の隙は大きく、斬られながらも狼狽えなかった犬飼の攻撃を防げる体勢にはない。そこに強引に割り込んで八房を受け止めたのがシロである。
 本当はここぞと犬飼に仕掛けるために飛び出してきたのであるが、こちらは人狼の本能か、思わず仲間を庇いにいったのである。
「シロちゃん!」
 総司は守ったものの攻撃は止めきれず、血まみれになって吹き飛ぶシロをみて愛子が悲鳴を上げる。
「これならどやっ」
 そこへやけくそになった福の神が手持ちの小鳩バーガーを全て投げつけた。
 もちろん犬飼によって反射的に八房で全て斬り飛ばされるが、その際にあんことチーズとシメサバ、その他の混ざった異臭が部屋中にあふれ出す。
「ぐおっ」
 その臭いに思わず犬飼は鼻を押さえる。床に転がったままのシロもピクピク痙攣しているのは、先ほどの攻撃によるものか、この臭いによるものか。
 そしてその隙を逃さず、キヌから包丁シメサバ丸を受け取っていたタイガーが集中して――跳んだ。
「ぐ……ふ」
 あるいは小鳩バーガーに感覚をかき乱されていなければ対応できたのかもしれないが、背後に現れたタイガーに肺へとシメサバ丸を突き通された犬飼は、満足に悲鳴を上げることもできず、ついに前のめりに倒れた。
「や、やったですじ――うわぁっ」
 余韻に浸ろうしたタイガーだが、タイガーを気にかけずに倒れた犬飼へと横島が乱射を始めたために慌てて飛びのく。
 そこへジェット燃料が切れたためにカオスと入り口から戻ってきたマリアがとどめの火炎放射を放ち、ここで犬飼は完全に息絶えた。
「終わったか。――やったぜ、シメサバ」
「確かに小鳩さんのハンバーガーとこの包丁のおかげ――ワッシには犬飼に通じる攻撃がないですケン――とはいえ、ひどいんですんじゃー」
 落ち込むタイガーだが「すごかったですよー」とキヌに抱きつかれると、今度はのぼせ上がって硬直してしまった。
 まあ、暴走しないだけ、少しはマシになっているのだろう。
「横島君、シロちゃんの怪我がひどいわ」
「そ、そうだった。誰かヒーリングは?」
「――おおっ、思い出したぞ。ワシにはヒーリングは出来んが、あるいはこれなら」
 カオスがシロを抱え上げて屋上へと早足に向かい、全員がカオスの意図が分からないながらもその後に続く。
 そして広い屋上につくと、カオスはマリアに何事かを耳打ちをし、マリアがプログラムを起動させた。
「魔法陣・製作用プログラム・AL-87・実行・します」
 マリアの右手の指先から特殊なインクが射出され、屋上の床に巨大な魔法陣を描いていく。
「斬りおとされたのが左手で良かったわい」
 実は数十年前にマリアを調整・整備していたカオスがこの装備をつけ間違えたおかげでもある。
 見る見るうちに作業は進み、人間が手書きすれば数日以上はかかるような魔法陣が瞬く間に完成する。
「この魔法陣、何なんですか?」
「ふはははっ、これこそ人狼族の守護女神アルテミスを呼び出す魔方陣じゃ。
 はるか星霜のかなたに去りし古き神よ。今ふたたびここに形をなすがよい」
 横島たちはそんな女神が呼び出せるなら最初からそうしておけば、犬飼も苦労せずになんとかなったのではとも思ったが、今は口を噤んで静かに見守る。
 カオスの呪言に応えるように魔法陣が神々しい光を放ち、中央に女神がその姿を現す。ただその姿はぶれており、声も不思議と遠くから響いてくるかのようであった。カオスの言葉にもあった通り、アルテミスはこの世界からすでに去っていった古い神なのである。
 ところがシロの傷をつけたのが犬飼という人狼の「男」だと話した途端、アルテミスはしっかりと実体化してシロに力を注ぎ込んでくれた。
 映像が逆回転していくかのようにシロの傷が消えていき――
「ちちしりふとも「やめなさいっ!」
 ボロボロの服を引きちぎりながら成長を始めたシロの体に飛びかかろうとした横島の足を掴んで、愛子がそのまま地面に押さえ込む。
「な、なんでこんなに大きくなっちゃたんですか」
 キヌが訊こうとした時には、すでにアルテミスは消えていた。どうやら男嫌いなようであるアルテミスに横島の暴走を見られなかったのは良かったかもしれない。
「たぶん、人狼の超回復じゃろうな。怪我を治そうとする人狼の回復力と、人狼に相性のいい女神の力が大量に注ぎ込まれた相乗効果でこうなってしまったんじゃな」
 シロの肉感的な姿に、タイガーも鼻血を吹きながらどこかへ走っていってしまい、愛子は横島を押さえつけるのに精一杯なので、すでに枯れているカオスがマントを脱いでシロの体を包んでやる。
 裸の肉体が目に入らなくなったことで、ようやく横島も少し落ち着いた。
「そうだよな。よく考えりゃ、体はもう俺らと同じくらいの年っぽくても――愛子よりもスタイルはいいけど――こいつは子供なんだよな」
 言葉の途中から愛子に耳をつねり上げられつつ、横島が苦笑いする。
「そうよ。手を出しちゃ駄目だからね」
「仕方ねえな。んじゃ、一般常識と女性としての知識を教え込んだ後で――」
「何をする気よ!」
 「まったく、もう」と机で横島を殴り倒して愛子がため息をつく。
 愛子が横島を引きずり、カオスがシロを抱いて一行はビルの中に戻っていく。その廊下では「ワッシはエミさん一筋じゃ。ワッシはエミさん一筋じゃ。ワッシはエミさん一筋じゃ」とタイガーが壁に頭をぶつけながら叫び続けていた。少し横島に影響され、似てきたのかもしれない。
「ところで、さっきのはテレポート(瞬間移動)でっか? あんさん、テレポーターなんかいな?」
「いえ、ワッシはジョウンター(精神感応移動者)ですじゃ」
 ようやく正気を取り戻したタイガーが自分の能力を説明する。テレポートとジョウントの線引きは難しいのであるが、自分の現在の「位置・高度・状況」と、移動先の「位置・高度・状況」をはっきりと意識して集中する必要があるのがジョウントと考えればいいかもしれない。行ったことのない場所に跳べたり、自分がどこにいるかわからなくても跳べたりすれば、テレポーターである。
「ふむ、なかなか珍しい能力者じゃな」
「タイガー君って、けっこうすごかったのね」
 横島は「そういや、これでボーナスもらえるかも」と、こっそりほくそ笑んだ。――もっとも、数日後に帰国した美神には事務所で戦ったことでこってりと絞られ、ボーナスどころではなかったが。ビルのオーナーからも苦情が来たらしく、今回の事件ではビルを追い出されなかっただけ御の字のようである。


「一体、何がどうなったんですか! 総司さん、しっかりして下さい。横島さーん、愛子さーん、タイガーさーん、カオスさんにマリアさーん、シロちゃん、貧ちゃん、おキヌさーん! みんな何処へいっちゃったんですかーっ!」
 その頃、小鳩――シュートのつながっていた下水道に突っ込んだ後、幽体離脱でぐしょぐしょの自分の体を持ち上げて飛ぶことでシュートから戻ってきた――は、黒焦げの犬飼の死体と瀕死で倒れている総司を前にして、一人途方に暮れているのであった。







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