<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

椎名高志SS投稿掲示板


[広告]


No.7464の一覧
[0] オクルス・デイ[蟇蛙を高める時間](2010/02/01 23:42)
[1] 二話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:28)
[2] 三話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:30)
[3] 四話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:36)
[4] 五話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:39)
[5] 六話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:42)
[6] 七話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:50)
[7] 八話[蟇蛙を高める時間](2009/10/30 21:34)
[8] 九話[蟇蛙を高める時間](2009/10/30 21:55)
[9] 十話[蟇蛙を高める時間](2010/02/01 23:46)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[7464] 六話
Name: 蟇蛙を高める時間◆a7789959 ID:24cb0056 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/03/16 23:42

「夜の森ってのは、なんか嫌だなー」
「そう言いながら普通に歩いてるじゃないですか」
 ピートの指摘通り、横島はシロ――軽快にさっそうと森の中を進んでいく。大きくなって自分の視点や動きが変わったことが楽しくて仕方ないようだ――の後を問題なくついていっている。
 「でも、疲れるんだぜ。お前らは楽でいいなあ」と、心眼にいつもより霊力を使っている横島が笑う。霊的な存在を見るだけなら特別意識する必要もないのであるが、暗い森の中を歩くために心眼にいつもより霊力を使っているのである。
「僕はやっぱり横島さんだけの方がいいと思うんですけどねえ」
「今でさえ欲望を抑えるのに必死なんだぞ。俺を犯罪者にしたいのか、お前は」
 横島が先頭のシロにちらりと目をやる。
 人狼の里に戻るシロを一人で帰すのが危なっかしいしというだけなら、ピートの言う通り横島一人でもいいのであるが、急成長したシロの肉体的魅力に横島は参ってしまっているのである。
 おまけに今のシロは事務所に置いてあった美神の服を着ている。それは美神の趣味の露出度がかなり高いもの。夜の森を二人で行くようなことになれば、美神に負けず劣らずとまではいかないが、かなりのナイスバディになったシロを襲ってしまいかねない――成否は別にして――と横島は危惧しているのである。自分をまったく信じていないあたりの客観視だけは褒めてもいいかもしれない。
 「ちきしょー。これで性格や知識も大人になってれば、問題なく飛びつけるのに」と、涙を流して悔しがってみせる横島。最初こそ飛びつこうとしたものの、目覚めたシロ――すぐにタイガーの買ってきたドッグフードを貪り食い始めた。まるで急成長した分と同じ量を食べようとしていたかのように――と話すうちに、中身はまだまだ子供っぽいということがはっきりわかり、心にブレーキがかかってしまったのである。それも中途半端に外れかけのブレーキが。
 「それにやっぱ怖いしな」とも、横島はシロに聞こえないようにそっとピートに囁く。
 犬飼に襲われて、敵になったときの人狼の力と恐ろしさはわかっているのである。
 それなら尚のことバンパイア・ハーフの自分が行くのは問題になる可能性があるのではないか、とピートは渋ったのだが、「人狼も半吸血鬼も似たようなもんだろ。仲良くしろ」と横島に強引に押し切られた。
 「もし襲われたら、すぐに俺も一緒に霧にして逃げろよ」と念を押す横島に、ピートはこの人に霧化能力のことを教えるんじゃなかったと過ぎたことを悔やむ。別に文句を言う気はないが、貧乏神の時といい犬飼の時といい、横島に巻き込まれて自分や唐巣がいろいろ準備をしているうちに事件が解決してしまうために、割を食っている気もするピートであった。
 横島のいう「もし襲われたら」が、「もし(俺が人狼の美女に飛び掛って怒らせて)襲われたら」という意味だと知ったら、さらにがっくり来ることだろう。
「――お、あそこか?」
「そうでござる」
 「さすが横島殿でござるな」と感心しながらシロが懐から通行手形を取り出す。特別な呪を込められたそれが空間を歪ませていくのを見るうちに、ピートは通行手形にシロの写真がはめ込まれていることに気づく。
「閉ざされた隠れ里とはいっても、こうした通行手形も作られていますし、外の文明との接触は保たれているみたいですね、横島さん……横島さん?」
 横にいた横島はいつの間にか両手を挙げ、ご丁寧に小さな白旗までパタパタと振り始めていた。
「人狼ですか?」
「そう。さっきから見られてたんだ」
 ピートもなるほどと敵意はないと示し、現れた二人の人狼にシロが事情を説明する間おとなしく待つことにした。


「長年に渡る対立や頑固な迷信を打ち破るのは簡単なことではないはず。だがお主は上手くやっておるようじゃな」
 長老が感慨深そうにピートに話す。
「たしかにそういう目で見る人たちもいるのが事実です。でも、僕の先生である唐巣神父を始め、さっきの横島さんに学校の人たち、教会の近所の方々、他にも人外の存在を受け入れてくれる人もたくさんいるんです。僕はそういう人たちとの交流を通じて、人と人外との架け橋になりたいと思っています」
 長老の家でこれまでの経緯を話した後、父の墓に報告に行くシロに横島も付き添い、部屋にはピートと長老のみになっていた。
「あんた方には迷惑をかけ続けることになってしまうが、人狼と人間を結ぶ存在として、シロをあんたたちの元に置いてやってはくれんだろうか? もちろん狼は親を亡くした子供を見捨てはせんから、この村でもこの先シロが生活に困ることはないじゃろう。じゃが、ここには犬塚とシロが親子二人で暮らしてきた思い出が多過ぎるのも事実。むしろ若いシロは外で暮らした方が有意義でもあり、未来を見れると思うんじゃ」
 そう長老に頭を下げられ、ピートは困ってしまう。
 ピートの理想と長老の頼みは同じ方向を向いている。シロがそれを望むのであれば、長老の頼みをかなえてやりたいのは山々なのであるが、それには先立つものがいるのである。ただでさえピートが厄介になっている唐巣神父の教会に、果たしてシロを受け入れる余地があるだろうか。
 居住スペースならばないこともない。問題は食費――狼らしく、肉しか食べようとしないのは種族として当然なのか、シロの偏食なのかは後で長老に訊くとして――や学費――学問教育はいらないのかも知れないが、ピート自身の経験からシロにも友人たちとの学校生活を味わって欲しいと思う――である。
 そんな悩みを素直に告げたところ、長老は笑いながら隠し金山の在り処を一箇所ピートに教えてくれた。人狼たちが街に出るときに使うお金などは、こういった場所から出ていたようである。
 そこまでしてもらっていいのかと恐縮したピートであるが、教会に帰ってみると、犬飼と戦った際に部屋をぶち壊して追い出されたドクター・カオスとマリアまでもが転がり込んでおり、申し出を受けておいてよかったとつくづく思うのであった。



狼のいる生活



「横島君、大丈夫なの!」
 脚をがくがくさせて壁を伝うように教室に入ってきた横島を、慌てて愛子が支える。
「横島さん、除霊帰りですかいノー?」
 席まで連れて来てもらった後も、愛子に顔を擦りつけて離れようとしない横島を強引に引き剥がしながらタイガーが訊く。愛子はやれやれといった表情であるが、その顔は心もち赤くなっていた。
「いいや。昨日の仕事自体は楽なもんだったんだ。美神さんが神通棍で一撃だったからな。今の俺の惨状は――全部あいつのせいだ」
 横島がぎろりとピートを睨む。
「……もう少し手加減するように、僕からも言っておきます」
「もしかして、シロちゃん?」
「ああ。散歩という名のマラソンにつき合わされた。……とりあえず、チャリ買うわ」
 現在シロは教会に住んでいる。男所帯に女の子一人ということで横島が軽くピートをからかったりしたが、誰も本当にはそういう心配をしないあたり、唐巣神父とピートの人徳である。
 そのシロであるが、誰かと一緒に散歩――人間の全力疾走を超えるかという速度で数時間駆け回るのを散歩といえばであるが――することを趣味にしている。ピートも時間が取れれば付き合うのであるが、意外と唐巣神父の教会は忙しい。そこでリードと首輪を渡して、「横島さんのところへ行ってね」ということになったわけである。
 横島も朝早くから起こされて多少不機嫌だったものの、くーんと鳴きながら首輪とリードを咥えて差し出してくるシロにほだされて、つい一緒に散歩に出てしまったのである。
 そして懸命に走り続け、時に引きずられる横島には、「止まれ!」と叫ぶ余裕もなかった。
「でも自転車を買うってことは、またシロちゃんの散歩に付き合う気があるってことよね。なんだかんだ言っても優しいとこあるじゃない」
「昼間は単なる狼だが、夜は美女だからな。将来のために好感度を上げといて損はない」
「……はぁ。バイト先でもそんな理由で過酷労働してるんでしょ」
 「そのうち死ぬんじゃないかしら」と、愛子とタイガーが苦笑するが、それが横島の生き方。己の煩悩のためには、いくらでも身体を張るのである。
 その分削るところの一つが学業であり、こうして登校はしたものの体力を使い切っていたのか、この日の授業は全て眠って過ごす横島であった。


 「先生も人がいいんだから」と、今日は事務所までやってきたシロとじゃれ合う横島――すでに日も沈みシロは尻尾の生えた人間形態なのでいろいろ葛藤もしているようだが――を横目に美神が笑う。
「頼まれたら、片っ端から妖怪を飼ってあげる気なのかしら?」
「そういう美神さんだって、私たちを置いてくれてるじゃないですか」
 キヌはそういうが、美神は「あんな善意の塊と一緒にしないでね」とつれない。
「それにおキヌちゃんはともかく、こいつは完全な成り行きよ。給料要らずで除霊の役に立たなきゃ、とっくの昔に追い出すか祓ってるわ」
 そんな横島以下の扱いでも、総司は悪霊や妖怪に刀を振るえる美神除霊事務所をなかなか気に入っているようである。
「あ、忘れてたでござる。拙者、総司殿にお話が」
 シロが横島の顔を舐めるのをやめると、急にかしこまって総司の前に膝をつく。
「皆の協力があったとはいえ、総司殿は八房を持った犬飼にしっかりと太刀を浴びせた唯一の侍でござる。ぜひ拙者に総司殿の剣を教えてくだされ」
「お、おいおい。やめとけよ、シロ」
「目の前であんたの仇に一太刀浴びせたってのは聞いてるけど……よくこんなのに指導を頼む気になったわね」
 シロに頭を下げられた総司は、ニヤリと笑うと刀を抜き「斬る斬る斬る斬る……」と、果たして承諾したのかもよく分からない様子で素振りを始めている。
 熱に浮かされたように震える体と荒い呼吸。美神たちが知る限り総司は常にこの状態であり、たまに血も吐く。そういう設定のキャラクターとはいえ、よく疲れないものだとある意味感心もしてしまう。
「しかし、拙者は未だに霊波刀もこんな状態で……」
 「だから強い剣士に教えを請いたいのでござる」というシロの霊波刀は、以前と変わらぬ小刀様で霊波のぶれもひどいもの。肉体の成長と同時に霊力もとはいかなかったようである。
「でも総司さんも、そういう霊波刀は使ってませんからねぇ。シロちゃんへのあどばいすは無理なんじゃないでしょうか」
 そもそも教えられるほどにきちんとした剣術なのかしら、と美神も首をかしげる。
「斬る斬る斬る! こうだこうだこう「危ねえから、近くで振り回すな」
 一応、シロに教える気にはきちんとなっていたようであるが。
「それに大怪我をしながらもその犬飼って奴を斬ったらしいけど、そっちはアクション映画の特性じゃないかしら」
 アクション映画ではストーリー展開上、後に死ぬほどの大怪我を負った上でも、戦闘中はそれまでと変わらず、あるいはそれ以上の動きが出来ることが多い。
 現に犬飼の事件の時も、犬飼が倒された後は総司は瀕死でまったく動けなかった。
「はぁ……そうねえ。まずは心を無にしようとしてみて。それから全身の気を高めていくの。最後にそれを霊波刀に纏め上げるのよ」
 口ではいろいろ言っても面倒見のいい美神が、しゅんとするシロを見かねて手ほどきを始める。
「うぅー。難しいでござるよ」
 美神の指導に従ってやってみるものも、なかなかシロはイメージがつかめない。
 そこでキヌも思いつく限りのアドバイスをする。
「美神さんは、お金とかギャラのことを考えると集中力が高まってすごい力が出るんですよー。シロちゃんも、なにか自分に合った集中法を見つけたらいいんじゃないでしょうか」
「おキヌちゃん、あなたね……」
 なんとなく面白くなかった美神は、とりあえず「その通りだ」と笑った横島を殴った。
 一方のシロは集中法といわれ、すでに復讐は果たされているものの犬飼のことを頭に浮かべてみる。
「父の仇……マリア殿にひどいことを……」
 蘇った怒りの感情に意識が染め上げられ、霊波刀が出力を増していく。
「おお、これはいいんじゃないか」
「すごいですー」
 先ほどよりも霊波が安定し、長さも数十センチに伸びた霊波刀を見て、横島とキヌは手を叩く。
 けれど美神は苦い顔をしており、総司も「それでは……駄目だ」と素っ気無く告げる。
「む、どこが駄目なのでござろう」
「シロ、あんたは負の感情で霊波刀を作ってる。短期的に見ればそれでもいいんだけど、それじゃいつかあなたの身を滅ぼすことにもなりかねないわ」
「負の感情、でござるか?」
「そうよ。例えば群れの仲間を守りたいとか「違うっ」
 復讐心のようなものでなく、別の思いを力に変えなさいといったことを言いかけた美神を、総司が強い口調で遮る。
「そ、総司?」
「剣の極意は――斬りたい――斬るっ! 斬りたい――斬るっ! 斬りたい――斬るっ!」
 総司がシロを諭すようにそういいながら刀を虚空に振り始める。
「なんのこっちゃ」
「さ、さあ」
「わからないでござる」
「……そっか。なるほどね。理屈は分かるけど、あんたみたいな狂人向きだわ」
 首を捻りながら総司の狂態を見守る三人に対し、美神には総司の言いたいことがわかったようである。
「美神殿、どういうことなのか教えてくだされ」
「そうねえ。総司のいう極意っていうのは、あいつが言ってる通りのことなのよ。斬りたいから斬る。そこにはなんの理念もないわ」
 生前?のシメサバ丸に近いものがあるかもしれないが、あちらはまだ強い者との戦いを望んでいる節があった。総司は斬る相手の強弱に拘りを持たない。斬れればそれでいいのである。
「純粋に斬ることだけが望みだから、強いことは強いわよ。その境地に至れば霊力を相当に効率よく使えるんだから」
 憎しみ、友愛、信条、どんな思いを胸に斬りかかるよりも、斬りたいから斬るという行為は霊波刀の力を引き出せる。それはもっとも心をクリアに、その戦いに集中させることでもあるのだ。
 他の感情による霊力のブースト――例えば横島における煩悩のそれ――をしながらでも、雑念が邪魔にならない境地に至れれば別かもしれないが。
「えーと、つまりは殺人狂になれってことっすか?」
「傍目には変わらないだろうけど、目的は殺すことじゃなくて斬ることなのよ……たぶん」
「殺すために斬るのではなく、斬りたいから斬るということでござるか。よくは分からないでござるが、なんとなく剣士として目指すべきもののような気も……するでござるか」
 シロの最後の言葉は半疑問であった。
 後日、神父やピート、学校組などとも話をして、シロは斬りかかる時には余計なことを考えず斬ることに集中する剣士を目指すことにしたようである。ある程度収束して形を作る霊波刀とはいえ、出しっぱなしでは霊力を少しずつ消費する。シロのような性格では集中もそう続くものではない。それなら犬飼戦の時のように、戦いの場ではまず群れの一員として仲間全体に目を配り――この辺りは愛子の教育の賜物――自分の出番だと思った一瞬に賭ける戦闘スタイルを理想とすることにシロは決めたらしい。


 そして数日後の朝。
「なんかえらい真剣に決意を固めてたみたいだから、てっきりこれからは霊波刀の修行に打ち込もうとか考えてるんだと思ったんだがなぁ。
 ああ、いや、そんな顔すんなって。駄目だなんていってないだろ。せっかく自転車も買ったしな」
 横島はアパートのドアの前に伏せるシロの頭を撫でてやり、道路に出て首輪と自転車をリードで繋ぐ。
「よっし。今日はちゃんと止まれったら止まれよ」
「わぅん」
 シロが力強く駆け出した。
「おお、これはなかなか快適――でもねぇっ」
 徐々に加速がつき、横島が自転車ということもあって、先の散歩のときよりも後ろを気にしなくなったシロが全力で走り出す。
「カーブはもっと気を――ひきゃぁぁぁっ!
 ……シ、シロ。い、いま、ちょっと壁走ったぞ」
「わぉぉぉぉぉん」
 横島は悲鳴を断続的に上げているが、シロは心底楽しそうだ。
「もうちょっとスピード落とせってば――あれ? おい、シロ。ちょっと止まれ」
「わうっ」
 出発前のみでなく以前の散歩の時もきつく言い聞かせていたおかげか、横島の悲鳴は大して気にしていなかったシロが「止まれ」という一言に敏感に反応し、その場で脚をピタリと止める。シロも少し勢いで滑ったが、自転車の横島はそれどころではなく、必死にブレーキを握り込んだ結果――ぽーんと大きく宙に投げ出された。
「ぎゃあああっ」
「――きゃうん!」
「……ふぅ。お前、大丈夫か? よし。今度から、もっとゆっくり止まろうな」
 横島は「このやろう」と思ったが、落下点に走り込んでクッションになってくれたシロを怒鳴る気にはなれず、それだけ言うと転倒した自転車――当然シロが走った際に引きずられ傷だらけ。まあ、横島を助けてくれたのだし、途中でも何度も事故を起こしかけているだけに、今更そんなことで文句をいう気もない――を引き起こし、先ほどシロにストップをかけた原因へと足を運ぶ。
「くぅん」
 鼻をひくひくさせるシロに「お前も分かるか」といって、横島は目の前の家を見上げる。
 赤レンガ造りの洋風三階建ての洋館。敷地は鉄条網に囲まれ、全体に古びたその館の窓には全て板が打ち付けられていた。
「美神さんと一緒にいわゆる幽霊屋敷とかにもよく行くけど、これはちょっと違うな」
「わう?」
「建物自体が霊波を帯びてる。中はどうなってんのかね」
 横島が心眼を強めて建物を探ろうとしたとき、館の扉がぎぎぃっと軋みながら中から開かれた。出てくるのは長いコートを着込み、深く帽子をかぶって顔も見えない怪しい者。
 「シロ、いつでも逃げ出せるようにしとけ」と、横島が身を屈めて囁く。
「あなたは霊能者ですね」
「そういうお前は……この家か?」
 霊波がこの洋館全体から放たれているものとまったく同じであり、特にこちらへの敵意も感じられなかったので、横島が探るようにそう声をかける。
「私は優秀な霊能者に所有して欲しい。最上階にある権利書をご自分の手で手に入れられたなら、その方のものになりましょう」
 それだけいうと、その館の霊は家の中に戻っていってしまった。鍵をかける音がしなかったことから、挑戦者は入って来いという意味だと横島は理解した。
「よし。シロ、教会だ」
 自分にかけられた招待の言葉だとは微塵も考えず、横島はシロの引く自転車で教会に向かって出発する。
 「心当たりを紹介してやろう」と、館に向かって叫びながら。


「なるほど。ここか」
「旧・渋鯖男爵邸。現在の・持ち主は・渋鯖人工幽霊壱号・です」
「ワシ以外にも人工的に魂を作れるものがおったとはな。一度会ってみたかったわい」
 カオスは役所で唐巣が調べてくれた情報を思い返して残念がる。
 そして二人は入り口まで歩を進め、「ヨーロッパの魔王ドクター・カオスじゃ。朝ここに来た小僧と人狼の紹介で来た」と名乗りを上げた。
 館の扉はすぐに問題なく開き、中を見たカオスはほぅっとため息をついて感嘆する。
「確かに生きておるな。中の造りも悪くない。横島には感謝じゃな」
 その横島がカオスを選んだのは、ピートから教会に住み着いたカオスたちについてぼやかれていたことと、「最上階の権利書を手に入れられたらって、あからさまにこっちを試すぜってことだろ。んな危なそうなこと誰が自分でやるかい。危険には近づかんのが一番だ」というのが理由らしい。
 さらに、「無視してもいいんだが、それで付きまとわれても困るから、とりあえずどうなっても構わない霊能者を紹介しようと思ってな。ま、カオスにはマリアがいるし、たぶん大丈夫だろ」とも言っていたと、カオスは後でシロに教えられた。
 まだまだ素直な性格のシロである。
 そして横島の予想通りにいくつか試練は出されたものの、マリアの活躍でカオスはこの屋敷の所有者となった。肩書きこそ錬金術師であり、その頭脳が最大の武器ではあるが、カオスの霊力もそこらの半端な霊能者とは比べ物にならないレベルにある。渋鯖人工幽霊壱号――霊能者からの霊波放射を受けていないと消耗していく――も、この結果に大いに満足なようである。


「今日はいつもと違いますね」
「今朝もシロちゃんとお散歩に行ったみたいですけど」
「なんや、精神的に疲れとるみたいやな」
 別にクラスに馴染めていないわけではないが、昼休みは横島の教室で愛子たちと昼食をとるのが習慣になっている小鳩と福の神が指摘したように、横島はぐったりと消耗した様子で教室に入ってきた。
「横島くん、大丈夫?」
「……警察」
「へ、警察?」
「……警察に捕まった」
 その呟きを聞いたクラス中が「ああ、こいつはいつかそうなると思ってた」という雰囲気に包まれる。
「ちげーよ。覗きとかの時はちゃんと注意しとるわ!」
 どういう逮捕理由を想像されているのかわかる横島がそう怒鳴るが、この発言は明らかに自分の首を絞めている。
「捕まった方が社会のためじゃないですかいノー」
「僕もちょっとそう思います」
 クラス全員が大きく頷く。
「どうせ俺はーーーっ」
「自業自得でしょうが。
 それで、本当の理由は何なの」
「ああ、実は散歩の途中で冥子ちゃんに会ったんだ。教会に行くとこだったらしいんだけどさ」
「冥子さんて誰なんですか」
「六道冥子さんといって、十二神将という式神を使うGSです。以前美神さんたちと一緒に仕事を頼んだこともあります」
「美人?」
「え? ええ、まあ、そういえると思います」
「……はぁ。襲ったのね」
「横島さん、そんなことしたんですか」
 呆れたように言う愛子と、信じかけている小鳩。
「そしたら、今頃は病院だっつーの」
 愛子たちはピンと来ないようであるが、暴走した式神の恐ろしさを知るピートは、あはははと冷や汗を浮かべている。
「唐巣神父が冥子ちゃんとこの学校にシロを入れてやろうとしてんのは知ってるよな」
 全員がそれはピートから聞いている。本当はこの学校が候補の一番に上がっていたのであるが、どう頑張ってもシロの学力では、最低限の転入試験を通らないだろうということで却下になったのである。
 その点六道女学院には霊能科に特別枠があり、シロの学力でも入学可能なのである。しかしどちらにせよ、学校に通うためには昼間も人間の姿でいる必要性がある。そこで唐巣神父と冥子の母――六道女学院の理事――の間で、その為の精霊石のアクセサリー――精霊石の霊波が擬似的に月の魔力と同じ効果を生む――を借りるという話し合いが出来ており、冥子はそれを届けに行くところだったのである。
「それで折角だからその場でシロがつけたんだ。俺も最近はシロの中身は子供なんだからっていう自分への暗示が上手くいってたから、気にせずにそのまま散歩を続けたわけさ。そりゃちょっとはドキドキしたけど、四足でも二足でもなんでスピードがあんまり変わらないんだろうとか考えながら自転車のコントロールするのに必死でもあったしな」
「……つまり、見た目は私たちと変わらない美少女なシロちゃんに、首輪をつけて走り回ったってことね」
 傍から見ても横島の方が引きずられているということは分かったはずであるが、首輪美少女のシロに目を奪われ過ぎたか、ほとんどの通報は男が首輪をつけた少女を引き回しているというものだったそうである。
「帰ったらピートからも、唐巣神父にもう一回お礼言っといてくれ」
 横島を警察から連れ出してくれたのは電話を受けて署まで足を運んだ唐巣。GSとして人狼のシロのことを含めていろいろと警察に説明してくれたので、今度同じようなことがあった場合には、シロを狼の姿に戻せばその場で問題なく解放してもらえるはずである。
「でも六道女学院っていったら名門エリート校ですよね。シロちゃんも英才教育を受けてゆくゆくはGSになるんですか」
「本人はまだ将来のことをそこまで考えてはいないみたいなので、神父もとりあえず学校生活の中で人間世界のことをより深く知り、いろいろな人たちと関りを持って欲しいということだけを考えているようです」
「いいじゃんか、GS。シロならちゃんと霊能の勉強すりゃ楽勝だろ。神父みたいな感じで困ってる人の味方になるの好きそうだし、人狼たちが受け入れられる下地作りにもなるんじゃないか」
 ピートだけでなく横島も人狼族の長老から送り出される時に話は聞いているので、彼なりに気を使ってはいるのである。
「タイガー君もピート君もシロちゃんも将来はGSかぁ。小鳩ちゃんはどうなの。試験受けたりとか考えてみた?」
「いつまでもハンバーガーが売れ続けるとか甘いことは考えてませんけど、やっぱりGSというのはちょっと……」
「ワイがおるんや。危ないことせんでもすぐに大金持ちや」
 それは楽観的過ぎる予測かもしれないが、少なくとも生活に困ることはもうない……はずである。
「じゃあ、横島君は? 前にやる気はないって言ってた気もするけど、頑張って資格取る気はないの。そうしたら、私が助手になってあげるわよ。卒業後に仲間と同じ職場で働くなんて、青春だわー」
「愛子と一緒に仕事か。楽しそうではあるけどなー。ついでに小鳩ちゃんに事務仕事とかやってもらえば、おまけで福の神もついてくるから赤字にはならんだろう。両手に花で俺は大満足だ。そして除霊となったら愛子はいくらでも荷物を持てるから現場で俺はフリー。心眼の行使に集中できる。……まあ、それで解決できる事件なんて、百件に一件もないだろうけどな」
 ようするにサポート役しかいない除霊事務所なのである。しかも除霊事務所をやるなら、一人は必ず免許持ちが必要とされる。
「仮に試験受けたって、ピートみたいな奴らと試合しなきゃいかんもんを俺が通るわけないしな。というか、下手したらそこで死ぬ」
「そっか。残念だなぁ」
「横島さんの能力は相当なものなんですが、如何せん全く戦闘向きではないですからね。でも、助手としては欲しがる人もたくさんいると思うんですが」
「少なくとも労働基準法以下の扱いってことはないはずよね。助手なら助手としての誇りをちょっとは持てばいいのに」
 しかし横島がもっとも職場に求めるものは色気である。フェロモンを振りまく美神と可愛くて優しいキヌのいる現在の職場は、給料以外横島にとって理想的といえるのだ。
「やっぱりムチムチバイーンな――そうか、シロを所長にすりゃいいんだ!」
 肉体的特長以外にも、さっきの空想の事務所に足りない戦えるメンバーとしてシロは最適である。人狼としての優れた身体能力に、まだ修行中ではあるが強力な武器である霊波刀。超感覚にも優れている――この辺りを考えると横島のいる必要性は下がるが。
「それじゃ、今のバイトはやめちゃうんですか」
「いや、小鳩ちゃん。あくまでそんな未来もありかなって妄想だから。高校卒業までもまだまだあるし、もしかしらそれまでに美神さんが雷にでも打たれて俺を正式メンバーとして高給で雇ってくれるかもしれん。
 まあ、今のうちからシロの機嫌だけは取っとくけどな」
「まったく、もう。
 でも、横島君の場合は、まず進級できるかが問題よね」
 「駄目だったら、きちんと愛子先輩って呼んでね」という愛子の言葉にみんなが笑い、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。
 そして、一応ジョウントという特殊能力の他に霊的格闘――霊力を体に纏わせて戦う近接戦――も得意としているタイガーは、小笠原ゴースト・スイーパー・オフィス所属とはいえ全く触れられなかったことに一人涙を流すのであった。








前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.02649998664856