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No.7464の一覧
[0] オクルス・デイ[蟇蛙を高める時間](2010/02/01 23:42)
[1] 二話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:28)
[2] 三話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:30)
[3] 四話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:36)
[4] 五話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:39)
[5] 六話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:42)
[6] 七話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:50)
[7] 八話[蟇蛙を高める時間](2009/10/30 21:34)
[8] 九話[蟇蛙を高める時間](2009/10/30 21:55)
[9] 十話[蟇蛙を高める時間](2010/02/01 23:46)
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[7464] 七話
Name: 蟇蛙を高める時間◆a7789959 ID:24cb0056 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/03/16 23:50

「俺は死にたくなかったんだーっ」
 地上数十階のビルの屋上。その隅に横島とキヌを追い詰めて悪霊が叫ぶ。
 「気持ちは分かるぞ。俺たちは君の理解者だ」と横島が落ち着かせようと試みるが、悪霊は聞く耳を持たない。
 かといって、キヌのように「あなたはもう死んでしまってるの。こんなことをいくら続けても、悲しみと苦しみが大きくなっていくだけですよ」と本当のことを言ってしまうと、「うるせえ!」と逆切れした悪霊に強力な霊波砲を放たれてしまう。
「おキヌちゃん、頼む」
 左右に逃げ場がなく避けられないと瞬時に判断した横島が、柵を越えて飛ぶ。
 その間に、下の階の悪霊退治を終えた美神と総司が屋上に現れ、後ろを見せる悪霊目掛けて神通棍と刀を振り上げた。
「斬る斬る斬るーっ!」
「極楽に逝かせてやるわ!」
「――ギィアアアアアッ」
 二人に切り裂かれあっけなく消滅する悪霊。
 心眼でその様子を捉えていた横島が、キヌに抱きかかえられ屋上に戻ってくる。
「あの人、すごくかわいそう。……死にたくない、消えたくないってずっと叫んでた」
 キヌが悲しそうに呟く。
「ああいう悪霊と、おキヌちゃんや伝次郎、その他GSが危険視しない浮遊霊たちの違いがわかる? それは自分が死んだという事実をしっかりと受け止めてるかどうかよ」
「つまり悪霊は自分の死が認められずに、他の奴を殺したりすることで自分の苦痛を紛らそうとするけど、おキヌちゃんたちは自分が死んだことをちゃんと認めて、その上で何が今の自分に出来るかを考えてるわけっすね」
 幽霊として再度歌手デビューしたジェームス伝次郎などはその典型である。
「まあ、他人に迷惑をかけない限り、幽霊だって元は人間なんだから悪とされるべき存在じゃないわ」
 気にしている様子のキヌに美神が優しく声をかける。
「そうそう。おキヌちゃんはずっと成仏しないでいてくれていいから。――いや、いてくれないと」
「ふふ。みなさん、ありがとうございます」
 美神たちの言葉に頷く総司を含めた全員に礼を言い、その場は一緒に家へと帰ったキヌであるが、その日の夜、一人空を散歩しながら再び自分のことを考え始めていた。
「美神さんも横島さんも私を大事にしてくれるし、ここでこうして働くのはとっても楽しいわ。……でも私、死んじゃってからずいぶん経っちゃったなあ」
 幽霊にも寿命はある。おかしな話であるが、事実である。例えば、原始人の幽霊とまでいかずとも、江戸時代の幽霊ですら見ることは珍しい。人口比の問題も少しはあるが、幽霊とはいっても長いこと存在していると、現世への執着が徐々に消えていき、何もせずとも成仏してしまうからである。
 もちろん様々な要因や霊の意志の強さなどで例外もあり、その例外の一つがキヌである。
「三百年かあ……生きてた時のこと、もうほとんど思い出せないや」
 その時、唐突に上空から降ってきた光がキヌを包み込んだ。
「え、なにこれ――きゃあああっ!」
 そしてそのまま光はどこかへと飛び去っていってしまう。
 キヌをその中へと包み込んだまま。



315



「愛子、頼みがある」
「よ、横島君。それにみんなも。こんな夜中にどうしたの?」
 真夜中というよりも、もうしばらくで朝日が昇るという時間に学校の教室にやってきたいつものメンバーを見て愛子が驚く。
「ちょっと話とかなきゃいかんことがあって集まってもらった。――あ、タイガーは連絡先知らんから放置だけど」
 電話帳でも見ればエミの事務所くらいは載っているだろうが、この時間に繋がるかはわからないし、わざわざそこまでする気はないということである。
「よくみたら、ピート君の服破けてるじゃない。何があったの」
「教会が……崩れました」
 ピートが悲しそうに声を落とす。唐巣神父ほどではないが、教会は愛着のある我が家だったのだ。
「もしかしてさっきの地震? そんなにひどくなかったと思うけど。あの教会そこまでボロ――って、ごめんなさい」
 「いや、見た目の割にはしっかりした造りだったぞ」と、横島が落ち込むピートにフォローする。建築のことは門外漢であるが、霊的な加護と建物自体の調和が上手く取れているように感じられたのである。
「ともかくピートさんも唐巣神父もシロちゃんも大怪我なく無事だったですし、そのことに感謝しましょうよ」
 不幸慣れした小鳩がポジティブに励ます。
「そ、そうよね。……ん、あれ? もしかして小鳩ちゃんや横島君たちのアパートも潰れたの? あっちはもしかしたらって気も……」
「……愛子、ひどいな」
「横島さん、負けちゃ駄目ですよ。屋根があるだけで幸せなんです」
「そやで小鳩。今はこんな暮らしでも、いつかワイらは大きな御殿を建てるんや」
 愛子のからかいや横島たちの落ち込みは――少なくとも小鳩の運は上向いていることだし――仲間内でのジョークのようなものになりつつある。安アパートとはいってもそこまでひどい環境なわけではないのだから。
「とにかく、今回の事件は霊障らしいので、一般の家には被害はほとんどないと思います。横島さんから攻撃的な霊波動を感じたと聞いて、先生も調査を始めているところです」
 「犯人を見つけたら……」とぶつぶつ呟きながら時折暗い笑いを浮かべる唐巣神父は怖かった、と小鳩が思い出して身を震わせる。今その神父は他のGSなどと連絡を取りながら調査中で、索敵能力の高いシロも念のためこちらについている。
「それって唐巣神父の教会が狙われたってことなの?」
「違うな。協会に限らず寺とか神社とか、ともかく霊的に重要なポイントは根こそぎやられてると思う」
「桁違いのパワーやな」
 横島が感じた近くのもののみならず、速報ニュースなどで確認したところ、関東を中心に多くの県に被害は及んでいるようである。しかもピンポイントに各地の霊的ポイント狙っているのである。こんな真似は神魔族でもかなりの力を持った一部にしか出来ない。
「それで私に頼みって何なの。私はただの学校妖怪よ」
 教室に入って来たときの横島の言葉を思い出し、愛子が眉をひそめる。
「あー、こっから先はあくまで俺の予想っつーか想像なんだけど、犯人はなんで霊的なポイントを潰したんだと思う?」
「そうですね……神社や教会などに盲目的な恨みがある。あるいは、霊的な守りがあっては困る」
「そう。さっきの地震は単なる第一陣かも知れない」
「守りが薄くなったところをドカンとってことかしら」
 可能性としては教会などへの攻撃で力をだいぶ使ってしまっているということも考えられるが、甘く見ていい相手だとは誰も思っていない。
「相手は信じられない力の持ち主だ。そこで愛子に頼みたいのは――俺たちの避難に手を貸してくれ」
「へ?」
 まさか戦うために力を貸せと言われたりはしないだろうと思っていたが、その真逆の逃亡に手を貸せというのも予想外だった愛子が呆けた表情で固まる。
 「横島さんらしくはありますけど」とピートも複雑な表情である。
「横島だけの話やないで、ワイらと小鳩の母親も一緒や」
 こちらは話しがついていたのか、小鳩と福の神が揃って愛子に頭を下げる。
「待って。ちょっと、待ってよ。話がよく見えないわ」
「俺はヒャクメ様から多くのことを教わったが、その中でも座右の銘とも言えるのがこれだ。『こりゃあかんと思ったら迷わず逃げるのねー』」
 いくら心眼のスペシャリストになったからといって、それはすごく良くいろいろなものが見えるようになったというだけのこと。GSにでもなったつもりで調子に乗っては駄目だと、ヒャクメがきちんと横島に釘を刺した上で告げたのがこの言葉である。危険なGS助手を続けるのをやめろとは言わないが――それだと、折角教えた心眼が本当に単なる覗きの道具になってしまうし――やはり可愛い弟子には命を落として欲しくないという優しさのこもった助言。ちなみに「こりゃあかん」の部分は、横島に分かりやすく感覚的に伝えようとした結果である。
「いや、横島君の信条っていうか生き方は分かったけど、そういうことじゃなくて、一体私に何を求めてるのよ」
「だから――入れてくれ」


「この先なんだね」
「ええ、おキヌちゃんとはここの仕事で出会ったんです」
 特定された地震の震源地、御呂地岳近辺へ、唐巣・美神という久しぶりの師弟コンビがやって来ていた。荷物持ちはシロとピートで、念のために総司が警戒しながら先を歩いている。
「人骨温泉ホテルですね」
 地図を見ながらピートが確認する。
「そこで話を訊くのでござるな」
 以前の横島は山道と荷物の重みに途中でへばったものであるが、この二人はまだまだ元気で足取りも軽い。美神の道具だけでなく、崩壊した教会に置いておけない荷物までひっくるめて二人が持っているというのにさすがである。
「まったく、昨日の地震は霊的なトラブルの可能性が高くて、震源地から連れてきたおキヌちゃんはそれ以降行方不明だってのに、あいつときたら……」
「おキヌ君のことは彼も知らなかったんだろう。家庭の事情で休みを取るのは仕方ないさ」
 唐巣とピートは横島が実際には逃げたも同然なことを知っているが、それを態々美神に告げはしなかった。家庭の事情で休むというのは、ピートに横島が頼んでおいた美神への言い訳である。
「ふむ、わずかだけれど、この辺一帯から妖気が感じられるでござるな」
「妖気……。そ、そいつは、斬、斬ってもいいんですよね」
 本来は好戦的でないはずの唐巣が、総司の問いに力強く頷くことでそれを肯定する。
「せ、先生?」
「……あの教会は本当に苦労して建てたものだし、思い出もたくさんあったんだ」
「そ、そうですよね」
 美神もピートも今の唐巣は刺激しない方がいいと分かっているので、それ以上は聞かずに歩を進めることにした。
 その後、一行は美神のことを覚えていた人骨温泉ホテルの人間に話を聞き、ホテルの裏手の山にあるという祠近くまで送ってもらうことになる。何を祭っているのかなどはホテルの者も知らなかったが、地元民たちの間ではそれなりに有名な場所らしい。
「とはいうても、ここ十数年は誰も近づいとらんようじゃから、気をつけなさい」
 そういうとホテルの従業員の車は帰っていった。
 唐巣たちは僅かに跡の残る道を通って、森の奥深くへと分け入っていく。
「――っと、行き止まり。先は切り立った崖になってます」
 落ちかけて刀を突き立てて体を支える先行の総司が告げ、続いてシロが崖から身を乗り出して鼻をうごめかす。
「崖の中ほどから何か感じるでござるよ」
 「見てきましょう」と、ピートが荷物を降ろして飛んでいく。
「――祠があります。ホテルの人が言っていたものでしょう。それと、上からは見えませんが、細い道がありますね」
 とはいえ、そちらの道を回ると大分遠回りになりそうだったので、ピートが順番に崖の中腹へと皆を降ろすことになる。
「だいぶ崩れてるな。昨日の地震が原因か」
「掘ってみるでござる」
 総司とシロは、最後の唐巣が降ろされている間に、入り口付近を塞いでいる岩を退けていった。
「ぶるっ。なんだか寒いでござ――おキヌ殿!」
「おキヌちゃんが!」
 シロの叫びに、美神も慌てて祠の中に駆け入って来る。
「これは……」
 唐巣もそれを見て言葉を失った。
 祠の奥には数メートルはある巨大な氷の塊があり、その中でキヌの遺体が凍りついていたのである。
「これも先の地震で岩が崩れて剥き出しになったみたいだね。しかも……ただの氷ではないようだ。強力な呪がかけられている。地震、直後に消えたおキヌ君、祠に祭られたその遺体。何かないと考える方が難しいね」
 そこへ、「まんず、そこで何さしてる!」と少女の強い詰問の声が入り口からかけられた。
 最高峰のGSたちが彼女に気づかなかったのは、彼女が悪意や攻撃的な霊波を持っていなかったことと、感覚の鋭いピートやシロが氷の調査に気を取られていたせいである。
「ここはわたすの家が管理してる神聖な場――」
 そこまで言って、高校生ぐらいに見える巫女服姿の少女は、凍りついたように体と表情を強張らせる。明るいところから入ってきたことで最初は薄ぼんやりとしか見えていなかった祠の中が、徐々によく見えるようになって、キヌの遺体に気づいたのである。
「ひっ、人殺しーーーっ」
 少女は転げるように祠を飛び出して逃げていく。
 まあ、こういう状況でなくとも、血走った目で顔に狂気を湛え、荒い呼吸をしながら抜き身の刀を下げている男と出くわしたら、ほとんどの人はそうするだろう。
「……今の娘、ここの管理者の家だって言ってたわよね」
「そうだね。彼女や家族の人に話を訊いてみよう」
「――そういうことだから、さっさと刀を仕舞って後ろからついてきなさい」
 細い崖沿いの道を「こんなところを走っていって怪我をしていないといいが」などと先の少女を心配しながらゆっくりと歩いていくと、道は山の中の開けた場所に出て、少し先には大きな鳥居が見えた。
「こんな山奥にしちゃ、ずいぶんと立派な神社ね」
 石段を登っていくと、上の方から興奮した少女の声が響いてくる。
「先ほどの方ですね。
 まずは誤解を解かないと」
 幸いにも石段を降りてきた少女の父親が冷静な人だったので、唐巣らによってすぐに人殺しという濡れ衣は解けた。
「そうだったんか。わたす早とちりなもんで、まんず勘弁してけろ」
 少女――ここ氷室神社の一人娘、氷室早苗――も照れながら総司に謝ってくれる。
 早苗は、垢抜けてはいないが明るくさっぱりした美人であり、「横島さんがいたら彼女に飛び掛っていて、もっと誤解を解くのに苦労したでしょうね」とはピートの言葉。
 美神もきっとそうねと笑う。
 しかし鳥居をくぐって神社の中に入ろうとした唐巣たちは、強力な結界によって侵入を拒まれてしまった。
 その凄腕の霊能力者である唐巣や美神を易々と弾いた結界は、『やめて。その人たちはお友達よ』という微かな声が聞こえたかと思うと、ふっとかき消える。
「今の声は……」
「おキヌ殿?」
「あの、この神社はいつもこんな結界を張っているんですか?」
 ピートの問いに早苗の父の神主はまさかと首を振る。
「でも、外では残らず崩壊した神社がまったくダメージを受けていないわ。さっきの結界のおかげね」
 美神が「やっぱりここには何かがあるわ」と確信を込めて告げ、一行は神主と霊障の可能性が高い地震のことと、この土地・神社の伝承についての話を交換する。
 神主が古文書を紐解きながら話してくれた郷土史によれば、この地には300年ほど前に強大な地霊がいたそうである。
 その名は死津喪比女。
 この地脈からエネルギーを吸い取る妖怪を退治するために、藩主が招いた高名な道士が取った方法が、地妖を封じる装置を作り、その装置の要となる霊的部品にするために一人の巫女を人身御供に捧げることだったのである。
「その人身御供にされた少女がおキヌちゃんってわけね」
「だが、彼女は少なくとも最初は成仏を望んでいたんだったね。過去のことを覚えてもいないようだったし、長年のうちに装置が問題を起こしていたのかも知れない」
 美神はきっと最後の引き金は自分がキヌをただの地縛霊だと思いワンダーホーゲルの霊と入れ替えたせいだと気づいたが、口には出さず唐巣の説に乗っておいた。
「それではその装置を直せばいいのでござるか?」
「おキヌさんのこともありますし、300年前の道士が作った装置が現代の僕たちに扱えるかも……」
「とにかく調べてみよう」
「そうね。呪的メカニズムを解明して、死津喪比女を倒し、おキヌちゃんを連れて帰る。
 まったく、ただ働きもいいとこだわ。帰ったら役立たずの自給下げないと」
 これはここに心眼使いの横島がいれば調査が楽になっただろうということで、その評価はきちんとしている美神であった。


「あの、横島百合子さんですよね?」
 ナルニア空港のロビー、人を探している様子のぴしっとしたスーツ姿の三十代くらいに見える女性に、花戸つぐみが声をかける。百合子はつぐみが横島に聞いていた年よりもずっと若く見える、エネルギッシュな雰囲気の黒髪の女性であった。
「始めまして、花戸つぐみといいます。息子さんにはお世話になっています」
「横島百合子です。息子から電話をもらってます」
 百合子はつぐみの荷物らしい古ぼけた机が気にはなったけれど、この場でいろいろと追求することはせず、まずは「ウチに行きましょうか」とつぐみを自宅に案内する。机の運搬と運転は、クロサキという百合子の夫――横島大樹――の会社の部下が行った。
 百合子たちの住まいは、街外れにある緑に囲まれた一軒家である。
「素敵なところですね」
 ジャングル近くというか、ほとんどジャングルの中ではあるけれど、家の中は快適で過ごしやすそうだった。安アパートを転々としてきたつぐみにはうらやましい家である。
「詳しいお話を伺えますか。電話ではあなたがいらっしゃるということ以外は要領を得なくて」
 リビングで茶を入れながら、息子からの電話はつぐみの迎えを頼むということだけだったと百合子が愚痴を零す。
「そうでしたか。詳しいことは――愛子さん、お願いします」
 呼びかけに応えるように、玄関脇に置かれた机がとことこと器用に四足でつぐみの元へやってきた。
 それを見ても僅かに目を見開いただけの百合子は相当に肝が据わっている。ナルニアに来てからさらに物事に動じなくなったようである。それでも机が、んべっ、と自分の息子と小鳩、それに福の神を吐き出した時には、さすがに茶を噴き出しかけていたけれど。
「忠夫! あんた、一体――」
「お袋、久しぶり」
 言いながら、横島はいきなり百合子にぐいと抱きつく。
「あ、えっ……」
 予想外で、はっきり言うと少し気持ちの悪い息子の行動に、百合子は言葉が上手く出てこない。
 横島が抱擁を解くと、今度は小鳩と福の神、そして机から生えた少女の姿へと変わった愛子が自分たちの自己紹介を始めた。それは簡単な名乗りに留まらず、自分たちのことを詳しく説明していく。
「……つまり、あなたたちとウチの息子は、人間と人外の存在を繋ぐ架け橋になりたいと思ってるってことなのかい?」
 口々に熱く語られた内容は、要約するとそういうことらしいが、百合子は少なくとも自分の息子がそんな立派な目的意識を持って行動しているとはとても信じられない。愛子も小鳩も美少女であるから、至極妥当に色香に惑わされているのかとも考えるが、横島の態度からはそんな様子も感じとれないのである。
 それでも探りを入れてみようと、「どっちなの?」と詰問してみれば、「そりゃあ二人とも可愛いし、すごくいい娘だけど、そういうこと以前に二人ともとっても大切な仲間なんだ」と照れたように返されてしまう。
「……せ、青春してるのね」
 百合子がやっとそれだけ搾り出した言葉に、その通りなんですと4人全員が声を揃えて同意した。


 美神たち五人と神主は、六本の石柱に支えられた巨大な石球――直径二メートルほどで、ぐるりと注連縄のようなものに取り巻かれている――の前に立っていた。
 ここは建立されたのが300年前と聞き徹底的に嗅ぎ回っていたシロが見つけた氷室神社から通じる地下道の奥。これこそが、恐らくは江戸から招かれたという道士が作った死津喪比女を封じるための霊的装置なのだろう。
「おキヌちゃん、いるんでしょ」
 美神の呼びかけに、石球が発光し、中心のわずかに浅く円形に窪んだ部分からキヌの上半身が現れた。以前の巫女服はおろか何も纏わぬ霊体となっているキヌの姿に、ピートがわずかに顔を赤らめて目線を逸らす。
「美神さん! 皆さんも!」
 あれっ、とおキヌの視線が辺りをさまようのをみて、「あの馬鹿は急な都合で休んでるわ」と美神が告げる。
「そう……なんですか」
 「横島さんにもきちんとお別れをしたかったんですけど……」とキヌが悲しそうに俯く。
「お別れ?」
 非難めいた意思を込めた口調で美神が問い返す。
「はい」
「――その説明は私からしましょう」
 装置の脇に今度は神主とよく似た姿の男性の姿が現れた。
 その顔を見て、「もしや、ご先祖様」と神主が息を飲む。
「あなたは……霊体ではありませんね」
 腰から上だけの時折ちらつく姿から生きた人間でないのはわかるのだけれど、かといって霊波も全く感じないことから、そう唐巣が声をかける。
「さよう。私は万が一の時のために記録された過去の人間の人格の再生に過ぎませぬ」
 そう言って、かつて死津喪比女を封じた道士の映像は、詳しい過去の出来事から語り始めた。
 死津喪比女を鎮めるためにこの地へやってきたこと。
 そのために地脈の堰を作って、死津喪比女への力の供給を食い止めようとしたこと。
 その装置を動かすために必要な霊体部品となってもらうために、人身御供を領地内のその年15になる娘たちから募ったこと――これがキヌ。
 しかしそのために若い娘の命を奪うことには躊躇があり、水脈内にしっかりと遺体を保存しておくことで、いつの日か完全に死津喪比女が祓われた後には、反魂の術で蘇ることが出来るようにと考えたこと――残念ながらこの事実は三百年のうちのどこかで伝承が途絶えており、無駄骨折りに近いものになっていたが。
 儀式を完成させる直前に死津喪比女――地脈に根を張り、花や葉の一部を地上に出して人を襲える――の切り離された一部に襲われ、詳しい説明をする前にキヌがみなを救うためにと水脈内に飛び込んでしまったこと――キヌが自分のことをよく覚えていなかったのはこのため。ただでさえ幽霊の記憶はぼけやすいものなのである。
 いまや死津喪比女はキヌの霊体が失われ装置が稼動できなかった間に複数の地脈へと根を伸ばしてしまっており、一刻の猶予もないこと。
 こうなっては、死津喪比女を祓うのに本体を直接攻撃するしかないこと、などである。
「ちょっと、待ってよ! それって――」
「おキヌ君の霊体を武器に、ミサイルに使う気ですか」
「なっ……。おキヌさん。おキヌさんはそれでいいんですか」
 人身御供の話のときから顔をしかめていたピートが抗議の声を上げる。
「私、ようやく思い出したんです。昔のことも、みんなを守りたいっていう思いも」
「おキヌちゃん。それなら……なんでそんなに辛そうなのよ!」
「そうでござる。きっと何か他にも方法があるでござる」
 シロも叫ぶが、道士の記録はゆっくりと首を横に振る。
「奴は地底深くに潜んでいる。位置を突き止めるのも困難なのだ。地脈で増幅させた霊体を武器にする以外に方法はない」
「確かに霊体ならば地中でも自由な追跡が出来るのだろうが……」
「それに、必ずしもおキヌが消滅すると決まったわけではない。地脈の力で気を回復させていけば、あるいは――」
「消滅しかけた霊体を復活させるなんて、数十年、いえ数百年後になるわよ」
「それでも……美神さんたちにはきっともう会えなくなるけど、美神さんたちの子孫になら会えるかもしれません。私、楽しみにしてま――」
「駄目よ! おキヌちゃん、忘れたの? あなたには給料二ヶ月分を前貸ししてるってことを。私本人への返却を難しくするような行動は絶対に許さないわ!」


「これが、東京なのか」
 大樹が食い入るようにTV画面を見つめて、ほうっと息を吐き出す。
 画面の中に映し出されているのは、黄色い霧の様なもの。その中にうっすらと高層ビルの立ち並ぶ姿が見えている。
 この霧には人を麻痺させる性質があり、中へ入っていくことは不可能だとアナウンサーが叫んでいる。
「……日本の放送も入るんだな」
「ちょっと、横島君。なんでこの状況見て感想がそれなのよ」
 愛子たちの小声のくだらないやり取りを他所に、画面が避難出来た人たちへのインタビューへと変わる。
 「右半身が痺れて上手く動けない」「自動車の動きにも影響があった」「緑色の怪物が人を殺している」等々。
「この人の言ってる怪物っていうのが、あんたが言っていた神社なんかを壊したっていう存在なのかい?」
 百合子が横島へ振り返って訊く。
「確信はないけど、タイミング的にたぶん」
「あそこにいたらと思うとぞっとしますね」
「本当に、横島さんのおかげです」
 こうして東京が大規模に襲われたのをみると、手っ取り早く日本から逃げようと考えた横島の行動は正解だったのだと小鳩が改めて礼を言う。まだ完全には復調していないつぐみには、あの霧は致命的なものになったかもしれないのである。
 横島も「これが霊感って奴さ」と応じている。
「だが、お前はGSの助手をやってるんだろう?」
 横島は自分のバイトのことを、美神は業界の最高峰であり、ミーハーや打算で寄ってくる人間も多いので厳しい労働条件で助手希望者をふるいにかけてはいるが、認められなくてもその元で学べることは多いから師事しているのだと説明してある。
 真面目にGSの元で学んでいるのなら、逃げ出したりしてよかったのかと暗に問う大樹の言葉に、横島は「足手まとい」とだけ簡単に答える。
「その通りやな。美神はんとこには、代わりに唐巣はんたちが行っとるはずやし、シロでも十二分な変わりになるやろ」
「荷物持ちとしてはシロのほうが上だし、霊的探査に関してもあいつは優秀だからな」
 ニヤリと笑う福の神に横島も特に反発はしない。
「わが息子ながら情けないな」
 大樹にもそうからかわれる横島だが、小鳩や母、福の神や愛子も感謝の視線を向けてくれるので、気にはならない。
 彼女たちを危険な目に会わせずにすんだのだという自負があるのである――もちろん、我が身可愛さで自分だけでも逃げただろうことに変わりはないが。
 そんなことを話しているうちに、画面は専門家のコメントへと移り変わっていく。
 霧を形成しているのは未知の植物の花粉らしいと生物学者が言えば、GS協会の人間がそれが霊的な毒を帯びていると伝える。
 さらに、東京がこの状態なのだから首都機能を移すべきだという気の早い議論を始める者たちも登場し始めた辺りで、横島の注意は放送から離れていった。
 普通なら残してきた人々の心配でもするところであるが、横島の知り合い達は、何があっても死にそうにない連中である。
 愛子や小鳩はクラスメートや学校関係者の心配をしているようであるが、横島が零すのは「大丈夫かな、シロやおキヌちゃん」という、親しい中でわずかに安全に不安を感じるのが人狼と幽霊という、ずいぶんと交友関係に偏りが伺える言葉であった。


 横島はまったく心配していなかったが、業を煮やした死津喪比女が東京と結界の範囲外の地元の人間の命を盾に、氷室神社へと地脈の堰を解放するように脅しをかけてきたために、実のところ美神もまったく余裕を失くしていた。
 だからといって、美神が素直に脅しに屈することなどあろうはずもなく、「上等よ!」という美神の合図と共に地脈のエネルギーで極限まで増幅された霊体が発射される。
 増幅された霊体は凄まじいスピードで死津喪比女の本体の球根へと向かっていく。
 当然死津喪比女もそれに気づくが、いくら地中に潜む妖怪とはいえ、霊体ほど自由に地中で動けるはずもない。
 そして激しい爆発音と共に山の麓の森――そこに本体が潜んでいたのである――が吹き飛んだ。
 豊富な養分を与えられていたのならともかく、地脈の力を断たれた状態では最小限の養分のみを与えて本体からコントロールするしかなかった花や葉たちも、次々と後を追うように枯れ落ちていく。
「ありがとう。これで私の念願も叶った」
 それを確認した道士の記録も安心したように消え去り、今度はそれと入れ替わるように別の姿が美神たちの前に現れた。
 それを見て唐巣やピート、シロなどははっと身構えるが、その顔に覚えのある美神は「肝心な時にどこ行ってたのよ」と溜め息を吐くだけである。
「そう言われても、地脈があの状態だったんで、地の神になってた自分は身動き出来なかったんスよ」
 かつてキヌと入れ替わりに地脈に括られたワンダーホーゲルは、そう言って山の神らしく豪快に笑う。
「ともかく、山を愛する自分はこの地の神としてどんどん力をつけてるんスよ。今だって、分球した弱っちい方の死津喪比女を抑えてるんすから」
 あっけらかんと言われた言葉に一同は驚くが、都市を襲うほうを優先したために、分けられた球根はほとんど力を持たず、遠からずワンダーホーゲルによって完全に滅されるだろうと保障されたので、再び胸を撫で下ろす。
「これでもここの神様なんすから、ちょっとは信用してくださいよ。なんなら、おキヌちゃんの復活にも手を貸せますよ」
 それを聞いて、「それでは、早速」とシロが霊波刀で氷の中からキヌの遺体を掘り出そうとするが、そこへ「待ってください!」とキヌが慌てて制止の声をかけた。
「どうしたんですか、おキヌさん」
「あの、私、今すぐ生き返らなくても……しばらく幽霊のままでいられないでしょうか?」
「えっ。せっかく生き返れるんでござるよ」
 父親を亡くしたシロの前で生を拒むのは申し訳なかったけれど、キヌは道士から生き返る場合に起こり得ることの話を聞いており、それはどうしても避けたかったのである。
「……記憶のことだね」
「先生?」
「霊の体験というのはとても儚いもの。夢のようなものなんだ。目覚めれば夢は泡のように消えてしまう」
「そっか。それに300年間も氷漬けになっていたんだもの。生きてた時のことさえ覚えていられるか……」
「みんなのこと忘れるなんて……私、横島さんとちゃんとお別れもしてないのに」
 キヌは俯いて必死に涙をこらえる。
「――だったら、別にいいんじゃないの? ちょっともったいないけど、おキヌちゃんはそれで構わないんでしょ」
「へ?」
 美神からの意外な言葉に、キヌは驚いたように顔を上げる。
「今のおキヌちゃんをおキヌちゃん足らしめてるものが消えちゃうかもしれないっていうのに、それを無理強いするほど私はひどい人間じゃないわよ」
「み、美神さんっ!」
 抱きついて来たキヌの頭をよしよしと美神が優しく撫でてやる。
「帰りましょ。一緒にあの馬鹿を怒ってやらなきゃ」
 その様子を優しく見守りながらも、ピートが良いんですかと一応唐巣に訊ねる。
「まあ、315年というのはとても重いものだよ。おキヌ君の霊体を持っただけの別の人間が生まれることになる可能性が高い以上、それでも確かな生の方が重要だなんて私には言えないさ。
 人間、妖怪、幽霊。あらゆる存在が、等しく幸せになれるよう希求していくのがGSの役目だと私は思うんだよ」
 そうやって唐巣が理想を語る一方、美神は「大体、そうなったら借金踏み倒されちゃいそうだしね」と、身も蓋もないことをキヌに言っていた。


 ちなみに、美神は死に花も咲かせてやったし、いい厄介払いが出来たと思っていたのであるが、後にシロとキヌにせがまれて横島がレンタルしてきた映画の中から総司は復活することになる。
 そもそも絵画などと違い、映画館で上映されるフィルムはオリジナルから何十本、何百本とプリントされるもの。故にキャラクターの魂は、映画という創作物を含んだ媒体の中に普遍的に存在していたのである。
 全く同一の存在ではないけれど、確かに彼らと一緒に過ごした存在でもある総司は、意外とダイ・ハードなのであった。








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