<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

椎名高志SS投稿掲示板


[広告]


No.7464の一覧
[0] オクルス・デイ[蟇蛙を高める時間](2010/02/01 23:42)
[1] 二話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:28)
[2] 三話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:30)
[3] 四話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:36)
[4] 五話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:39)
[5] 六話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:42)
[6] 七話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:50)
[7] 八話[蟇蛙を高める時間](2009/10/30 21:34)
[8] 九話[蟇蛙を高める時間](2009/10/30 21:55)
[9] 十話[蟇蛙を高める時間](2010/02/01 23:46)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[7464] 八話
Name: 蟇蛙を高める時間◆a7789959 ID:24cb0056 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/10/30 21:34

「はっはっはっ、残念だったなクソ親父め」
 久しぶりに戻った東京の自室、留守番電話のメッセージを聞いた横島が高笑いを上げる。
 ナルニアから帰国する際に、レアメタル鉱山事業の決算報告を行うという名目で大樹も一緒に日本に一時帰国することになったのであるが、その前にTV放送で横島の上司、美神令子の姿を目にした時の大樹の様子から、その理由は怪しいものだと横島は疑っていたのである。
「わはは、なにを言ってるんだ忠夫。せっかく父さんがいるんだから、大いに頼ってくれて構わんのだぞ。仕事先まで車で送って行ってやろうじゃないか。お前の雇い主や同僚に挨拶もしたいしな」
 期限付きの仕事のために今日にも地方の山に出かけるという美神のメッセージを聞いた時には、期待が外れたと少々落胆してしまったものの、せっかく息子の関係者に素晴らしい美女がいて、しかもここは百合子の監視がない日本なのだ。大樹も折角の機会を諦める気はまったくなかった。
「やっぱり、それが目的か。てめえ、スチュワーデスさんに電話番号貰ってたくせに、美神さんにまでちょっかい出そうってのか。母さんのことも考えろよ」
 口では倫理を問題にしながら、横島は「うらやましいぞ、ちくしょー」と、心の中で怨嗟の声をあげている。
 きちんと入国手続きをしていないので帰りも愛子の中だったことがなくとも、ナンパについぞ成功したことがない横島にとって、大樹が数時間のフライトの間にスチュワーデス――それも二人も――を口説き落としていたのは信じがたい奇跡だったのだ。
「……まったく。お前は愛子ちゃんか小鳩ちゃんが好きなんだと思ってたんだがな。美神さんが駄目だっていうんなら、彼女たちなら口説いても良かったのか?」
 本心を隠せていない横島に大樹は呆れるが、「良いわけあるかっ! いい大人が女子高生に欲情してんじゃねえっ」と、横島も負けじとやり返す。
「わはは、年の差なんか気にしてる辺りがまだまだ子供だな、忠夫は」
 ようするに、どちらも欲望に忠実なだけという辺り、実に親子である。
「そういう問題ちゃうわ。ほんとに母さんに言いつけるぞ」
「――やってみるか?」
 電話に手を伸ばした横島に、大樹が唇を歪めて笑いかける。その手には胸元から取り出した鈍く光るナイフがあった。
「こいつはゲリラから巻き上げたんだ。何人も殺してる呪われた業物だぞ」
「……」
 来歴はともかく、ナイフ自体に霊的問題がないことは分かったのだが、かといって冗談ではあろうが武器を持った相手に歯向かう勇気もない横島は、悔しげに舌打ちして伸ばした手をゆっくりと引っ込めるのだった。


「賑やかですねー、横島さんたち」
「二人とも青いんやな。あいつの親父も、ほんまに横島をそのまま大きくしたみたいな節操なしやし」
 福の神がやれやれと小鳩に肩をすくめてみせる。
「……ねえ、母さん。まさか横島さんのお父さんに口説かれたりしなかったよね?」
「ふふ、どうかしら」
 まさかね、という小鳩の問いに、からかうようにつぐみが答えをぼかした。
「ちょ、ちょっと、母さーん!」
「あら、家族ぐるみのお付き合いは嫌なの? 小鳩は横島さんに気があるんじゃなかったかしら」
「それとこれとは話が別――って、家族ぐるみの付き合いってそういう意味じゃないでしょう!」
 騒がしい両家のやり取りをよそに、すでに死津喪比女の花粉の影響も消え旧に復した東京の夜は穏やかに過ぎていった。



Purrfect Solution



「なるほど、開発会社の人間が来るたびにこれなわけね」
 美神とキヌの前にあるのは、ぐしゃぐしゃに破壊された車。他にも少し離れた場所に同じように破壊された車が何台か放置されている。
「開発会社さんですかー。のどかでいい所だと思うんですけど」
 「私の田舎みたい」とキヌは言うが、「ここに住んどる人間からしたら、そうも言っとられんです。おるのは年寄りばかりで、こったら不便な田舎じゃ、日々の生活も大変じゃで。出来るだけ早くゴルフ場に来てもろうて、金を落としてインフラを整備してもらわんことには……」と、美神除霊事務所への依頼主である村長は大きなため息を零す。
 開発関係者が来る度にこうしてこの山に住む妖怪が邪魔をするため、このままではゴルフ場の建設計画そのものが流れてしまいかねないのである。今はまだ人的被害が出ていないからいいものの、今後そういったことが起きればそれは確実となるだろう。
 おまけに村長は美神に依頼するための金の捻出方法などにも連日頭を痛めていたこともあり、その顔に疲れが色濃くにじみ出ている。
「それもそうですよねー。今の都会はとっても便利ですし」
 300年のブランクのために、恐らく都会の発展と利便性の向上に一番衝撃を受けた人間であろうキヌが素直に村長の言葉に相槌を打つ。
「まあ、私が来たからには大丈夫よ。大船に乗ったつもりでいてちょうだい」
 早速様々な調査道具を車から降ろして、美神は大破した車の検分を始める。
「この跡は鉤爪かしら。車をたやすく切り裂いてるし、相当鋭いわね。……おまけにこうして投げ飛ばして木に叩きつける力もある、か」
「これ、動物の毛でしょうか?」
「みたいね。おキヌちゃん、これにしまっといて」
 キヌが自分の霊波で干渉してしまわないようにしつつ、専用のふた付きプラスチック試験管に、慎重に試料をピンセットでしまっていく。宿泊地――村長の家――に戻ってから、詳しい分析をするのである。
「……こんなものかしら。ここで見れるものは大体見たし、後は分析が終わってからだわ。行きましょ」
 美神が促し、一行は今度はベースとなる村長の家に場所を移していく。
「おキヌちゃん、これよろしく」
 渡されたボストンバッグを持ってキヌがふわふわと家の中に飛んでいく。荷物を車から運び込むのも意外な重労働なのである。
「こういう時、あいつがいないと困るのよね」
 様々な霊具を使いこなす美神だけに、荷物持ちがいないとその運搬に支障が出てくる。本人は身軽でいなければならないし、恐らく今回は車の使えない森の中に分け入っていく必要もあるのだ。
「それがなければ、さっさと横島君に荷物全部背負わせて、あそこから相手の霊波を追っていけばお終いだったのに。
 こないだの死津喪比女の時といい、肝心な時にいないんだから……。もう時給下げようかしら」
「そんなことしたら、いくら横島さんでも死んじゃいますよ」
「じゃあ、おキヌちゃんの後輩だから、日給20円ね」
「もう、いくらなんでも可愛そうですよー。それなら私のお給料の方を上げてもらっても――」
 二人とも横島がやめるという発想をしない辺りに、強い結びつきと絆が感じられないこともない――かもしれない。
 そしてそれなりの夕食を村長にご馳走になった後、美神は採取したサンプルの解析に取り掛かり、分かった事実を依頼人に告げて行く。
「化け猫、ですか?」
「ええ、そうよ。何かのきっかけで猫が変化した妖怪。元から猫は魔性に敏感で、それ自体が魔の素質を持ってもいるの。だから化け猫は一般に霊力が高くて頭も良く、その動きは敏捷。様々な超能力を持っている場合もあるわ」
「な、なんだかとっても厄介そうな相手ですね」
 不安そうなキヌに「大丈夫よ」と声をかけ、村長にも「私にまかせときなさい」と自身ありげに微笑む。
 相手によってはここで更に謝礼を吹っかけたいところであるが、向こうの懐具合からそれは無理だろうと、笑顔の裏で少し残念そうな美神であった。


「……畜生か、あの親父は」
 大樹がスチュワーデスを口説き落としたのは目の当たりにしたものの、自分の知り合いの女性にちょっかいを出されるという考えが不快だっただけで、横島は大樹ごときに美神がどうこうできるなどとはまったく思っていなかった。
 なにせ大樹は家では情けなく百合子の尻に敷かれているのだし、美神はあの通り唯我独尊で男など――というか大抵の人間を――便利な道具くらいにしか考えていないように見える。
 だから大樹の考えが面白くはなくとも安心してもいたのだが、一緒に訪れた村枝商事――大樹の勤める会社。百合子もここの元社員――で、その気持ちは盛大にぐらついてしまった。
「まずは仕事を片づけてから出かけよう。ちょっとそこのラウンジで待っててくれ」
 そう言われたのを無視してこっそりと後をつけてみれば、横島の目に飛び込んで来たのは思いもよらぬ光景の連続。
 大樹の姿を見かけた女性社員のほぼ全てが、彼とかつて関係を持っており、今でも未練を残し思いを寄せていると分かる素振りを見せたのである。
「こ、こいつは底が見えん。お袋の前ではただのダメ親父なのに……。美神さんは大丈夫……だと思うが、この親父が相手じゃ、下手したらぽやぽやした幽霊のおキヌちゃんなんかは危ないかも知れんぞ」
 横島は自分を基準に考えるので、幽霊であることはあまり関係ない――本当に大樹もそうかもしれない。
「どうした、忠夫。用は済んだから行くぞ」
「あ、ああ」
 「ナルニアなんかじゃなく、月の裏にでも飛ばしとくんだったーっ」という怨嗟の声が後ろから聞こえてくる辺り、ナルニアでの仕事の方も問題なく利益を出しているのだろう。
 大樹は笑顔で颯爽と会社を後にする。
 このとき横島は決意したのだ。
 「俺が先に目を付けたねーちゃんたちに、わずかな危険の可能性でも近づけてたまるか。男なら考えつく限りの手を尽くし、父親をぶっ殺してでも乗り越えて一人前になるのだ」と。


「ピート君たちも大変だったのね。とにかくみんな大事が無くてよかったわ」
 学校で無事の再会を祝し、愛子たちはお互いの体験談を話していた。
「ええ。しかも政府の方から死津喪比女退治の報奨金が出たので、無事に教会の再建も目処が立ちましたからね。すぐに突貫工事に入れそうです」
 「こういったことに人狼の村で教えてもらった資金を使いたくはなかったですし、本当に良かったですよ」と、一時帰省中のシロを思い浮かべるピート。学校に行けるのをとても喜んでいた彼女を、出来るだけ早く呼び戻してやりたいのである。
「横島なら、うちに泊めてやるとか言いそうやけどな」
「取り返しがつかなくなる可能性があるので駄目です」
 福の神の言葉を言下にピートが否定し、「たしかに危険すぎるわね」と愛子も笑う。
「横島君なら絶対に――どうしたのタイガー君。そんな寂しそうな顔して」
「どっちでもいいから、ワッシにも声をかけて欲しかったですジャー」
 タイガーはこのメンバーで唯一、花粉で覆われた東京で麻痺して倒れた被害者である――雇い主のエミは自宅に高レベルの結界を張っていたためにほとんど被害なし。
「ごめんねー、誰もタイガー君の連絡先知らなかったんだもん」
 改めて全員に電話番号と住所を教えつつ、「横島さんには前に教えたことがある気がするんじゃが……」とタイガーはぼやく。
「ハハ、あいつが男のことなんか覚えとるかいな」
「もう。駄目よ、貧ちゃん、そんなこと言ったら」
 小鳩は一応いさめるが、さもありなんといったところである。
「その横島君は、今日も美神さんのところなのかしら」
「いえ、お父さんと朝早くに出られたみたいですよ」
「へー、横島さんのお父さんですか。どんな方なんです?」
 ピートの問いに、愛子も小鳩も「あの二人はすっごく似てるわよね」と頷き合う。しかもあまりほめられるべきではない所が、とまでは言わない辺りが二人の優しさだろう。


 そのそっくりな横島親子はといえば、現在お互いに胸に一物抱きつつ、美神除霊事務所に依頼をしてきた村を目指している真っ最中であった。
「これがお前のいる事務所が手がける事件なのか?」
 昨日美神たちの調べたのと同じ現場に車を停めた大樹が、横島が破壊された自動車の前に佇むのを見つめる。
 横島は「ああ、間違いないと思う」と頷いた。
 既に昨日の美神とキヌの霊波は捉えている。その痕跡からも、今回の依頼はこの車を襲った相手だろうとほぼ確信出来たのだ。
 工事も中断し、人の行き来がほとんどなくなっていたために、残留霊波を見出しやすい条件が整っていたおかげである。
「うーん……これ、かな?」
 さらに心眼で周囲を探り続けた横島が、今度はあまり自信なさげにそうつぶやく。
 これだけ派手に車を破壊しているのだから、相手は襲うときにかなりの霊波を発したはずであるが、大分時間が経っているためにさすがの横島もはっきりとはその名残を捉えられなかったのである。
「親父、こっちだ。合流しよう」
 それでも横島はそう告げて、かすかな霊波を追いながら森の中に分け入っていく。
 横島の目的は大樹に言ったように美神たちと合流することでも、まして事件を解決することでもなく、両者を会わせないことなのだから、間違いでもちっとも構わないのだ。
 むしろ大樹が今回の除霊対象に襲われてしまえばいいと、横島は密かに期待をかけてさえいる。
 そこで攻撃的な地縛霊の霊波をみつけた時には、横島はさり気なく大樹をそちらに誘導していったりもしてみた。
 もっとも大樹がその地縛霊を殴り飛ばすのを目の当たりにすることになり、「こりゃ駄目だ」と早々に小細工は諦めることになったが。
 「本命が強い相手だといいな」横島は小さくつぶやく。
「何か言ったか?」
「いや、何も」
 除霊仕事で慣れた横島と、陣頭指揮に立ってジャングルの中の鉱山で仕事をしていた大樹は、お互いに確かな足取りで森の奥へと進んでいった。


「美神さーん。いい加減に起きてお仕事しましょうよー」
 もう何度目になるか分からない声をかけながら、キヌが布団にくるまる美神をゆさゆさと揺する。
「うー……朝ごはんいらないから、もう少しぃ……」
「朝ごはんって――もう、お昼なんですってば」
 ふあぁ、とまだ眠そうにしながら、美神がようやく起きだして化け猫捜索のための準備を始める。
 村長には「念のために周囲の霊波に気を配りながら眠っていたから、普段より睡眠時間を多くとる必要があったのよ」などと説明していたが、美神の朝はいつもこんな感じである。
「ほんとにそんなかっこで山に入りなさるのかね」
 心配する村長に「ちゃんと登山靴を履いてるわよ?」と美神は返すが、気にされているのは体にぴったりした腕がむき出しのボディコン服である。下も迷彩柄ながら短パンなのだ。
 これが美神さんの勝負服なんです、と慣れているキヌが除霊とはそういうものだと説明する。
「ま、そんなとこよ。はい、これ持って」
 美神がある程度以上の霊波に反応するように調整した見鬼君をキヌに渡し、自分は神通棍を手にする。
「なんだか、ふらふらしてますけど」
 森を進んでいくうちに、ピコピコと見鬼君はあちらこちらを指し始めた。
「ああ、原因は――こいつらね」
 美神が「俺の話を聞いてくれ……」と呼びかけてきた自殺者の霊に、かまわず破魔札を叩きつけて成仏させる。
「こんな森じゃ、こういう雑霊もそれなりにいるのよ。化け猫が力を抑えてた場合のことを考えると、これ以上見鬼君の感知レベルを上げたくもないし……
 ほんと横島の奴、肝心な時にいないんだから」
 鬱憤を晴らすかのように「次に会ったら、まず一発ぶん殴ってやるわ」と吐き捨て、別の地縛霊を神通棍でぶった斬る美神。
 まだまだ、化け猫を見つけるには時間がかかりそうである。


「生まれる前から愛してましたーーーっ!」
 時代がかった茅葺の家の扉を引き開けながら横島が叫ぶ。
「えっ」
 目の前にはぽかんと口を開けた女性。不意の出来事には慣れてしまっているものの、いきなり愛を叫びながら飛び込んでくる相手などさすがに初めてのことで、彼女は一瞬思考が止まっていた。
 一方の横島はといえば、こちらはもうこれ以上ないくらいに焦っていた。
 いつもならば、ここで間髪をおかずに目の前の女性――年の頃は三十前後に見え、決して太っているわけではないがむっちりとした大人の色気を醸し出す肉体を、山奥の古ぼけた家にはあまりにも不釣合いなボディコン服が包んでいる――に飛びかかるところであるが、横島の足は土間でピタリと止まったまま。
 横島にはこの女性が強力な妖怪だと分かっているのだから。
「ああ、この高性能な心眼が憎い。こんなよだれもんの美女を見ちまったら理性なんか飛んじまうに決まってるじゃねーか。そりゃ、あんなわずかな霊波を辿れるわけだよ。俺の本能的な部分が美女の存在を感じ取って霊能力を引き上げでもしたに違いねーな、こりゃ。
 あ、奥に子供が。そうか、このむんむんと漂ってくるのは人妻の色気って奴なのか。相当強い妖怪だって分かってるから飛びかかれないけど、あまりの魅力に引くことも出来ないーっ。まさに蛇の生殺しやないかーっ!」
 例によって例のごとく、横島は心の中で葛藤しているつもりが全部口に出して喋っていた。
 妖怪の女性――美神とキヌが探している今回の除霊対象の化け猫――は正体を知られていると分かって子供のいる奥を庇うように移動したが、「ちくしょう。むっちゃ、ええ女やー」などと戸口で涙を流して葛藤している横島のことはどう扱っていいものか決めかねている様子。
 そこへ、いきなり走り出した横島に置いていかれていた大樹がようやく追いついてきた。
「まったく、急にすっ飛んで行ったと思ったら――横島大樹です。GS助手の息子の付き添いで来たんですが、まさかあなたのように美しい女性とここで出会えるとは思ってもみませんでしたよ」
 女性を見るなり、大樹は横島を軽く無視してアプローチを始める。そもそもは美神を狙ってきたはずであるが、節操なしなのは横島と変わらない。
 しかし化け猫の方は途端に目つきを鋭くして殺気を放ち始めた。
「――うわ、しまった」
 これはまずいと横島の背筋が凍る。
 「親父が狙われるなら構わない。むしろ目の前で自分が目をつけた美女を口説くようなクソ親父やられてしまえ」と思ってはいるが、相手はきっちりと「GS助手の息子」という言葉を聞き取って反応しているのだ。
「俺は横島忠夫です。あなたのお名前をお訊きしてもいいですか?」
 横島は今にも襲いかかって来そうな相手に怯みながらも、敵意はないと両手を挙げて、引きつりそうな喉から必死に声を絞り出していく。
 大樹も相手が放つ殺気に反応しかけていたが、横島の態度を見て専門家の端くれに任せるかと一歩引いた。
「妖怪退治がそんなことを訊いてどうするというのです」
 強い不審の口調で問われ、横島がわずかに後ずさる。ちなみに入り口は大樹によって塞がれているのであるが。
「母ちゃん?」
 その時、不穏な雰囲気に戸惑った様子の子供が、奥から姿を現して女性の足にしがみついた。
 この状態なら襲いかかるにも間ができると踏んだのか、横島はもう一度勇気を振り絞って説得を始める。
「確かに俺はGS――妖怪退治の助手だけど、どんな相手も問答無用で除霊しようなんて考えちゃいないんです。俺の友達には妖怪もバンパイア・ハーフも神様みたいな奴もいるんスよ。人間じゃないからって理解し合えないわけじゃない。そういう相手と共存するための道を探していくのがGSの仕事だと俺は思うんです。
 だから、まずはお互いに自己紹介しませんか」
「……私は美衣。この子はケイといいます。あなたが見抜かれた通り、猫の変じた妖怪です」
 人間をそうたやすく信じる気はない美衣であったが、化け猫の超感覚でも横島の言葉に嘘は感じられず、少しだけ警戒を解いてそう教える。
「うーむ、彼女が猫とは信じられないな」
「これでどうでしょう?」
 大樹の言葉に応じるように、美衣が分かりやすく耳と尻尾をひょこっと出してみせる。この時点で横島が「大人の色気と小動物的可愛さのギャップがたまらんっ」と思わず飛びつきかけたが、さらに長い鉤爪と獰猛な牙も出した美衣を見て慌てて足を止めた。
 そんな滑稽な横島を見てふと美衣はかつての飼い主を思い出し、ほんのわずか顔をほころばせた。
 「かつては私も人間をあやめたことがあります。でも今はこの子のためにも静かに暮らしていきたいだけなのです」ケイの頭を優しく撫でながら美衣が穏やかに話す。
 変わった髪型に見えなくもないケイのそれは、きっと完全には隠し切れない耳なのだろう。
「それじゃ、道路で車を襲ってたのは……」
「はい。私たちは幾度も幾度も棲み家を追われ、ここを追い出されてはもう他に行く場所がないのです」
「美衣さん……」
 人間だろうが妖怪だろうがそこまで気にはしないというのも本心ではあるが、共存するための道云々は先だって愛子の中で友情論・青春論を叩き込まれたのが残っていただけで、「では具体的なプランは?」と問われれば何があるわけでもない横島は、それを聞いて同情と美衣を庇っては美神と対立することになってしまうだろうという思いの間で板挟みになって苦しんでいた。
 美衣は子供のためにも引けないだろうし、美神も大金のかかった仕事を放棄するとは思えない。なぜか横島は、どちらをとっても自分の命が危ないという状況に追い込まれていっているような気がしてならなかった。
「それなら、こういうのはどうかな?」
 救いの手は思わぬところから伸ばされた。


「こんのバカッたれがーっ!」
 出会い頭に思い切り殴り飛ばされて、横島がきれいな放物線を描く。
「つぅー、いたた。
 ちょっと、美神さん。いきなり何するんすか!」
 危うく沢に落ちかけた横島が抗議するが、美神は一向に気にしない。
「こないだから大事な時にいなかったあんたに、文句をいう資格があるとでも?」
「ま、まあまあ、美神さん」
 そう間に入ってなだめながらも、久しぶりにまた横島に会うことができてキヌはとても嬉しそうである。
「そうだ、美神さん。横島さんが来たなら、化け猫のこと探せるじゃないですか」
 そうキヌから話を向けてくれたことに感謝しつつ、横島は今回の詳しい依頼内容を二人から聞き出すことにした。
 なにせ依頼内容が必ず美衣たちを除霊することであったりしたならば、横島は口を閉ざして先の出来事を誤魔化さなければいけないのだ――その危険も考えて、大樹と美衣たちには先に急ぎ山を降りてもらっている。
 正しいこと、いいことをしたとは思っているが、それで美神の仕事を邪魔したとなればまた話は別である。横島としてはまず自分の身を大事にしなければいけないのだ。
「――そういうわけで、期限までに開発を再開させないと私のギャラも出ないのよ」
「あ、それなら大丈夫です。明日からでも工事はできますよ」
 あからさまにほっとして横島がそう告げる。
「はあ?」
「実はですね――」
 横島は得意げに先ほどの美衣たちとのやり取りのことを教えた。もちろん話の中の横島は、実際とはかけ離れた冷静沈着で慈悲深いGS助手である。
「横島君の活躍は話半分に聞くとして、ともかくその化け猫を横島君のお父さんが雇ったってことなのね。確かにゲリラ事件が頻繁に起こるような場所なら、化け猫の超感覚はいろいろ役に立つだろうけど……。妖怪を連れて帰ろうなんてとこは、さすが横島君の血筋らしいわね」
 「だってすごい美女だったんスよ」という言葉はぐっと飲み込んで、「人間と妖怪だって分かり合える。素晴らしいことじゃないですか」と横島が語る。
「まあ、私は楽にすんだからいいんだけどね。これで横島君の罰はチャラにしてあげるわ」
「罰はチャラにって、俺なんにも悪いことしてないんスけど」
「何もしてないことをよ」
「もう、美神さんもすんだことはいいじゃないですか。
 それと横島さん。私、横島さんに聞いて欲しいことがたくさんあるんですよ」
 漠然としか知らなかった死津喪比女事件の顛末をキヌの口から聞きながら、横島たちはのんびりと山を降りていく。
 今回の一件では珍しく横島の計画が最終的にも上手くいったといえるだろう。美神やキヌと大樹を会わせないという最初の目的に成功したのだから。
 美衣のことでは大樹に美味しいところを持っていかれた気もするが、そこまで横島は落胆していない。
 大樹は「美衣さんとケイは、多少環境は違うが新しい自然いっぱいの場所に引っ越せて大満足。そして父さんも彼女を秘書にして大満足。これぞまさに完璧な解決法って奴さ。ぐふふ、感謝の思いはいつか危険な愛へと……」などと横島によく似た妄想を展開させていたが、向こうに戻れば百合子がいるのだ。
 そうそう上手くいくもんかと、容易に想像できる母にボロボロにされる父の姿を頭に浮かべて、横島は一人笑い出す。
 「どうしたんですか」と不思議そうに訊ねるキヌに「なんでもないよ」と答えつつ、念のため電話のあるところに出たら、早速ナルニアの百合子に一報を入れておこうと思う横島であった。





Purrfect : Purr(猫などが満足げに喉を鳴らす)+Perfect







前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.025856018066406