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椎名高志SS投稿掲示板


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No.7464の一覧
[0] オクルス・デイ[蟇蛙を高める時間](2010/02/01 23:42)
[1] 二話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:28)
[2] 三話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:30)
[3] 四話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:36)
[4] 五話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:39)
[5] 六話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:42)
[6] 七話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:50)
[7] 八話[蟇蛙を高める時間](2009/10/30 21:34)
[8] 九話[蟇蛙を高める時間](2009/10/30 21:55)
[9] 十話[蟇蛙を高める時間](2010/02/01 23:46)
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[7464] 九話
Name: 蟇蛙を高める時間◆a7789959 ID:24cb0056 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/10/30 21:55

「この前は気づかなかったでござるが、これは理事長殿の像のような……。そのうちこれが冥子殿に変わるのでござろうか?」
 「第四十八代六道家式神使之像」と銘打たれ正門前にでんと据え付けられている銅像を眺め、シロはしばし校門で足を止める。
「むっ――危ないっ!」
 すぐ近くで起こったバイクの転倒事故。シロは急なブレーキ音を聞いた瞬間に駆け出しており、バイクから投げ出された女学生を空中で見事に受け止めて着地する。
「こら、駄目でござるよ。きちんと道路では周りに気をつけなければ。中には見える者もいるのでござるから」
 キヌやジェームス伝次郎などと近所の浮遊霊の集まりに出たことがあるシロが「浮遊霊とはいっても好き勝手はいけないでござる」と、通りすがりにバイクの前を遮ってしまっていた女の子の霊に諭す。
「……うん、ごめんなさい」
「うむ。これから気をつけるでござるよ」
 ばいばいと手を振って女の子の霊はふわふわと漂っていく。
「あー、助けてくれたのはありがたいんだが、そろそろ降ろしてくれないか」
 女の子の霊を完全に見送ってから、呆気にとられてシロたちのやり取りを抱きかかえられたまま聞いていた女学生が恥ずかし気に言う。
「おっと、忘れてたでござる。申し訳ない」
「いや、助かったよ。ありがとな」
 降ろされて礼をいう彼女に、シロはたいしたことではないと謙遜する。
「なにせ拙者は、二輪車から投げ出された人をきゃっちすることにかけてはプロでござるからな」
 「拙者には優秀な学習能力があるのでござる」と胸を張るシロであるが、ここに何度も自転車から吹っ飛ばされている張本人の横島がいれば、「そもそも自転車を引きずりながら無茶しないことを学ばんかい!」と言うところであろう。
「おめーも霊能科なのか? 見ねーツラだけど」
「そうでござる。拙者、今日から――はっ、初日から遅刻はまずいでござるーっ」
 予鈴が鳴るのを聞いてシロは慌てて校舎へと駆け出す。一方の女生徒は遅刻などいまさらといった感じで、おかしな奴だとゆっくりとバイクを押して同じ方向へのんびりと歩き出した。



新しい群れで



「つ、疲れたでござる」
 授業終わりのベルと共に、だらしなく机に突っ伏してシロが呻く。愛子らの協力で必死に勉強はしてきていたものの、高校一年生の授業内容はまだシロにとって理解することの難しい領域である。
「一日目からお疲れみたいね。というより、一日目だからかな」
「まあ、ただでさえ人狼ということで霊力・体力に優れている上に、頭脳も天才だなんていわれたらほんとに私たちの立つ瀬がないですもの。申し訳ないですけれど、少しは欠点もあると分かって、ちょっと安心してしまいましたわ」
 「あんたは全然体力ないもんね」「余計なお世話よ」と笑い合っているシロの隣と斜め前の席のクラスメート。
「えーと、春日殿と――」
「栞でいいですよ。クラスメートに春日殿とか言われると、正直違和感がありますから」
「では栞殿と。そちらは確か……ミカエル殿?」
「わたしゃ天使かい」
 「ぷっ、キョンシー使いが天使って――」栞は笑いのツボにはまったのか机を叩いて笑っている。
「もう……、私はミシェルよ。ミシェル・リューね。
 ほら、あんたもいつまでも笑ってんじゃないの。犬塚さんをお昼に誘うんでしょ」
「ふふふっ……。そうでしたわね。
 こほん、犬塚さんも私たちと一緒に屋上でお昼を食べませんか。ちょうどこの時期くらいは暖かくて気持ちのいい場所なんですよ」
「ありがたく御一緒させてもらうでござるよ。それと拙者もシロでいいでござる」
 ミシェルがサンドイッチと飲み物を買うついでにシロに購買を案内してから、三人で校舎の屋上へと上がる。
 六道女学院の広い敷地の多くが緑地になっているせいか、屋上は空気も澄んでいて風が心地よい。
「うわー、ほんとにシロさんのお弁当ってそういうのなんだ」
 ミシェルがふたを開けたシロの弁当をみて感嘆の声を上げる。栞のごく普通の弁当箱と比べて数倍はあろうかというシロのそれの中身は、見事に肉のみ。調理こそされているものの、その分厚い肉にかぶりつくシロの様子は、傍から見てとてもワイルドだった。
「やっぱり、お肉以外は食べられないんですか?」
「食べて食べれないことはないでござるが、やはりこれが一番でござるよ」
 むしゃむしゃ、ぺろりとあっという間にそれを平らげていくシロ。
 その豪快な食べっぷりに、元気な時なら自分も食欲を増進されそうだけれど、疲れている時に目の前でやられたら食欲がなくなりそうだと栞は思った。
 どうやら唐巣神父らに止められて、人前でドッグフードを食べるのを止めたのは正解のようである。
「でも午後からは除霊実習なのに、そんなに食べちゃって大丈夫なの?」
「除霊実習、でござるか?」
 授業スケジュールや内容をまだきちんと覚えていないシロに、「霊脳科ならではの体育みたいなものでしょうか。結構ハードな運動をする場合もありますよ」と栞が説明する。
「では腹六分目にしておいて正解でござったな」
 「ええっ、これで六分目なの」呆れながらも、ミシェルはシロの胸やお腹を少し羨ましそうに見つめた。
「やはり燃費が違うんでしょうね。私ならすぐに余分なお肉になってしまいますわ」
 栞もミシェルも学年では平均より少し上といったボディラインをしているけれど、シロはすらっと背も高くグラマラスで、肉感的だけれど若々しいという少女たちにとって理想的ともいえる体形なのである。
 参考までにと訊いてみた生活習慣の「散歩」の詳しい内容を知って、とても真似できるものではないと即座にそこは諦めたけれど。


 霊能科ならではの授業、除霊実習を受け持つ鬼道政樹――夜叉丸という式神使いで、主に霊能関係の中でも実践的な授業を受け持っている。シロのクラス1-Dの担任でもある――が、今日の授業は模擬霊的格闘で、数週間後のクラス対抗戦出場者の選抜の参考も兼ねていると告げる。これだけで評価して選手を選ぶわけではないけれど、クラス対抗戦は生徒同士の実戦になるので、やはり霊的格闘に優れたものが選ばれがちである。
 もちろん例外もあって、その一人が鬼道の決めた制限時間二分間を結界の張られた魔法陣の中で逃げ切ろうと試みたものの、あっさりと人型簡易式神――式神ケント紙という特別性の紙を人型に切り抜いて霊力を込め具現化させたもの――に掴まり場外に放り投げられた春日栞である。
「体力がないというのは本当でござったな」
 鬼道の夜叉丸よりも早く壁に激突しかけた栞を受け止めに入ったシロが、飛んだ人をきゃっちするのは今日二回目でござるなと思いながら苦笑する。
「あの結界が狭いのがいけないんですわ」
 照れながら栞がそううそぶく。
 確かに結界は土俵より少し広い直径五メートル強の円といった大きさで、激しく動き回るのには向かないけれど、スピード自体も人型簡易式神の方が早かったのは栞も分かっている。これはちょっとした負け惜しみである。
「春日は道具使用なしやとほんとに駄目やな。何度もいうとるが、お前はもう少し基礎体力もつけんとあかんぞ。
 次はリュー、中へ」
「はいっ」
 シロたちに軽くウインクしてミシェルが魔法陣に入る。本来はキョンシー使い――といっても本来の死者を故郷に送り届けるためのものではなく、式神のようなものではあるが――の彼女は素手での霊的格闘が得意というわけではないが、今回のように簡易式神が相手ならば、霊力の流れを上手く読んで反撃することは難しくない。
 数回、相手の攻撃をかわし受け流してのカウンターを決め、無理なく相手を紙に戻すことにミシェルは成功した。
「よし。みんなもこういう効率のいい動き方を参考にしろ」
 ガッツポーズのミシェルと交代で今度はシロが呼ばれる――鬼道がどういう順番でやらせているのかは不明である。
「霊波刀は使っていいんでござるか?」
「ああ、自分の霊能力はOKや」
 結界に入ったシロの雰囲気が、すっと鋭い刀のように変わる。クラスメートたちもそれに気づき、張り詰めた空気の中、鬼道が切り抜いた式神ケント紙を結界に投げ込んで「始め!」と声をかけ――その瞬間に霊波刀を出して一気に踏み込んだシロが、実体化しきるかどうかというところの簡易式神を切り捨てた。
「あー、うん、さすがやな。
 次は――」
「さすがですわね」
 笑顔で帰ってくるシロと栞がパンと手を合わせる。
 「ちょっとずるいんじゃない?」という声も聞こえ、ミシェルがそちらを睨むが、シロは「いいでござるよ」と気にしない。
「拙者は不器用でござるからな。機会を捉え、ここと思った一瞬に賭けるしかないでござる。相手に力を出させずに勝てれば、それが一番群れにとっても良いことでござるしな」
 ミシェルたちは厳しい野生に生きる人狼の言葉としてしっかりとそれを受け止めたが、実はこの辺りは唐巣神父や愛子によるものを筆頭に最近の教育の賜物だったりする。
「それに集中を続けるのも苦手で……」
 「気を抜くとこうでござる」シロが笑って見せた霊波刀は、先ほどとは違い霊気のぶれまくった棒のようなもので、刀という感じですらない。出力こそ以前より上がっているが、それは逆に消耗が激しくなってしまったということでもあるのだ。
「一撃必殺ですか。私は補助系ですから、いいコンビが組めそうですわね。次は二人一組の水中戦の訓練ですから一緒にやりましょう、シロさん」
 そうして栞とがっちりと手を組んだシロであったが、次の水中戦訓練では実は泳げないことが発覚し――本人には自覚がなかった――あわや溺れかけたところを、慌てて飛び込んだクラスメートたちに救助されることになるのだった。


「ふーん。シロちゃん、泳げなかったんだ。意外な弱点ねー」
 そう言う机妖怪の愛子は、暑い時には自分の中のプールで泳いだりしていたために、意外にも泳ぎは得意だったりする。
「ええ。ですから昨日は日曜ミサの後、クラスの方たちとプールに練習に行ったらしいですよ」
 こちらも海に囲まれた島育ちのせいか、問題なく泳げるバンパイア・ハーフ。流水を越えられないどころか、体力的に泳いで海を渡ることさえ出来るかも知れない。
「なんだって! こら、ピート。なんで俺にそのことを教えんのだ。知っていれば、俺が手取り足取り腰取りでしっかりとシロに教えてやったというのに」
 昼時の教室で「女子高生の水着姿ぁぁぁっ!」と大声で叫び出し、周りからまたあいつかという生暖かい目で見られている横島。
 こちらも泳げはするが、海やプールに行く目的はほぼナンパと水着姿の美女を眺めるためである。
「シロちゃんには手を出さないんじゃなかったんですか」
 ぷうっとむくれる小鳩はあまり泳ぎが得意ではないが、いざとなれば人間のようには呼吸する必要のない福の神が支えてくれるだろう。
「や、やだなあ。まだシロに手なんか出さないさ。俺はあくまで純粋な善意から泳ぎを教えてやろうって言っただけだよ。手を出すなら、そのシロの友達の方に決まってるじゃないか」
 白々しく言い訳にもなっていない横島の言葉に、やれやれと愛子が首を振る。
「目の前にこんな美少女がいるっていうのに……」
「いや、お前の水着姿も見たいことは見たいぞ。ただ机を背負ってるイメージとセットだから、どうしても妄想の中でも笑いのほうが先に――ぶべっ」
 机から伸びた舌で横島を殴り飛ばし、「デリカシーを持ちなさい!」と愛子が怒鳴る。
「ま、まあまあ、愛子さんも落ち着いて」
「そうだそうだ。ということで、小鳩ちゃん。今度一緒にプールでも――ちょ、うわーっ」
 視線を小鳩の胸に向けて鼻息も荒くそんなことを言い出した横島を、愛子が飲み込んでプールの真ん中へと投げ落とす。しかも端が見えないほど大きく空間を歪めておいてである。
「なんじゃこりゃーっ! 愛子、助けてーっ!」
「だーめ。しばらく、そこで反省してなさい」
 結局、横島は一時間近くに渡って、大きな波まで起こしたプールの中で強制的に泳がされることになる。
 中の横島で遊んでいるらしい愛子の笑顔を見て、小鳩は少し残念そうだった。


「そうか、クラス対抗戦の代表に選ばれたのか。良かったね、シロ君。これはきっといい経験になるよ」
「いやー、先日の学校のぷーるでは醜態を晒してしまっただけに、選ばれるとは思わなかったでござるよ。泳ぎの練習にも付き合ってもらったし、栞殿とミシェル殿の足を引っ張らないように頑張らねば」
 六道女学院のクラス対抗戦。代表選考の基準は選ぶ人間によって多少変わることもあるが、今回は基本に忠実にある程度以上の霊力を持った実力者と、いろいろな能力者が選ばれている。クラス同士の対抗戦に危険もゼロではない試合形式を採っているのは、将来のGS資格試験や実際の除霊現場のことを見据えているため。だから、どんな相手とも戦えるように、バラエティに富んだ生徒同士を戦わせることが重要なのである。
 シロのクラスでいえば、選考の際にシロともう一人攻守にバランスの取れた実力のある生徒とで迷われたのであるが、そちらはオーソドックスな神通棍と破魔札を使うスタイルだったために、考慮の結果シロ――霊波刀使い、人狼――が選ばれたのである。
「今度、この教会にミシェル殿たちを呼んでもいいでござろうか? 唐巣殿の下にいると話したら羨ましがられたでござるよ」
 弟子の美神令子の方が知名度では上だけれど、現六道理事長の弟子でもあり、たまに講師もしている唐巣の実力も六道女学院では知れ渡っている。
「それと、ぜひピート殿にもお会いしたいそうでござる」
「えっ、僕ですか」
「やはり霊能科の生徒として、GS助手として現場で活躍している方のことは気になるようでござるよ」
 同居人はどんな人かと訊かれてシロがいろいろ話しているうちに、「横島殿の言葉を借りれば、金髪美形バンパイア・ハーフだそうでござる」と教えたことも大いに関係しているようであるが。
「そ、そうですか。でしたら、その時は横島さんとタイガーにも声をかけたほうがいいかも知れませんね。GS助手といっても様々ですから」
 学校で女の子たちのパワーに圧倒され、その後で横島とタイガーの嫉妬に晒されるという経験を重ねているピートは、念のために予防線を張る。
 シロも単純に賛成し、後で二人は横島たちに大いに感謝された。


「こんにちは。僕は唐巣神父の下で修行をしているピエトロ・ド・ブラドー、ピートと呼んでください」
 教会裏のテラスで、横島たち六人――横島・ピート・タイガー・愛子・小鳩と福の神――を代表してピートが口を開き、ミシェルと栞に自己紹介を始める。少し女の子は苦手だといいながらも、一番女性慣れしているのもピートなのだ。
 それに加え、生憎と今日は唐巣が急な仕事で出かけてしまったために、ピートが後を任されてもいるのである。
「まあ、GS助手とはいうても、六道女学院のエリートさんと比べたら――」
 まだ初対面の女性の前では緊張しがちなタイガーがそう萎縮しかけるが、「そんなことないですよ。単なるウチの卒業生より、やっぱり実際の現場に出ているGS助手の人の方が、業界内では評価が高いですから」とミシェルが屈託なく笑いかける。
 この巨体でありながら、普段は相手に威圧感をほとんど与えないというのも、ある意味タイガーのすごいところである。
 ちなみに業界内の評価というのは、助手などとして雇う場合の使い勝手の話であり、GS試験合格率などから考えれば、純粋な実力はみっちり三年間霊能修行に打ち込んだ六女卒業生の方が高い場合が多い。なにせ指導する側に長年のノウハウの集積があるのだから、霊的成長期にそれを受ける意味は大きいのである。
「機会があれば実際にGS助手の方のお話を聞いてみたいと思っていたんです。今日はわざわざありがとうございます」
 横島が「いやいや、そんな」と応じるが、栞がじっと目を合わせているのはピートである。
「えっと、そちらのお二人は……」
「あ、私は愛子。机の九十九神よ。こっちの娘は花戸小鳩ちゃん、ちっちゃいのは効果の薄い福の神ね。ちょっと興味があって、ご一緒させてもらったの」
 「同じ学校の学生として、横島君がセクハラしないかも心配だったし」と続けた言葉は、横島が慌てて愛子の口を塞いだもののしっかりと六女の二人に伝わっていた。
 栞は呆れたような、ミシェルはしょうがないなーといった顔になる。
「まあ、女性にはだらしないでござるが、悪い人ではないでござるよ」
「フォローになってないやんけ、シロ」
「そうそう、横島君たら実はこの前も――」
「やめてーーー。折角こんな可愛い娘達の前なんだから、頼れるGS業界の先輩を演出しようと思ってたのにー」
 そうやって横島を弄りながら、打ち解けていく一同。
 他愛無い話やピートたちの除霊現場での経験などを話していくうちに、話は今度の六女でのクラス対抗戦のことに移っていく。
「へえ。六人タッグマッチ、五秒フォールで勝利ですか」
「戦うのは一人ずつなんですかいノー?」
「そうなんです。タッチして交代、チームワークが大事ですね」
 「GS資格試験もそういうのだといいのになぁ」と横島がぼやく。
「拙者は試合を見たこともないのでござるが、どうすればいいのでござろうか」
「シロさんは一撃、速攻タイプよね。相手によっては先鋒で出て一気に決められるんじゃない?」
 ミシェルはそう勧めるが、シロはうーんと首を捻る。シロの基本は群れの一員として隙を窺ってからの攻撃である。体こそ成長したものの、まだしっかりと身構えている相手を圧倒的な力を持って正面から切り伏せるといった戦法がとれるほどの実力はないと自覚しているのだ。相手の実力を読むこともまだまだ未熟である。
「まずはミシェルがキョンシーで牽制しつつ攻撃も、というのがよろしいのでは」
 普段は式神符のようなものに仕舞われているが、彼女の使うキョンシーは式神と違いダメージが術者に返らないところも有利である。相手の出方を窺いつつ攻撃というのに一番向いているかもしれない。
 「ミシェルさんの使うキョンシーって、どんなのなんですか」という小鳩の問いに、ミシェルが使役する四鬼のキョンシーを呼び出してみせる。
 大きさは福の神と同じくらい。鋭いつめや牙を持ち、手に短刀も持っている。服装は映画などでみるキョンシーに似た――と横島は思ったが、もちろん映画の方が実物を真似ている――シンプルな黒い道士服のようなもので、頭には白い丸房のついた黒い弁髪帽を被っている。ちなみにミシェルの霊衣――霊的防御力を持っていたり、精神集中の助けとなる衣服。エミのシャーマン装束などもこれ――もキョンシーたちとお揃いのものらしい。
「ちょっと怖いですね」
 小鳩の言葉に、「慣れればみんな可愛いわよ」とミシェルが応じる。
「この子がイー、こっちがアルで、これがサンとスーね」
「いちにーさんよん?」
 適当だなぁという声を上げた愛子に、「名前は私が付けたんじゃなくて元からだから」とミシェルがちょっと気まずげに説明する。
「やっぱ、強そうだな。お前ならどう戦う?」
「……バンパイア・ミストで回り込みますかね」
「ワッシもジョウントで術者の後ろにですかいノー」
「普通の人は出来ないでしょ、それ」
 「いやいや、意外と六女にはそういう子がたくさんいるかも知れんぞ」という横島に、ミシェルたちはまさかと首を大きく横に振る。
 横島の周囲には変わった霊能力者が多いが、霊能者の多くは美神のように霊具を利用して除霊を行うのが普通である。それゆえに、そのスタイルの最高峰である美神は尊敬され、憧れられているのだ。
「たぶん一般的な対応としては、力押しでキョンシーを押しのけて私を倒しに来ようとするんじゃないかな。
 それとも能力がある人は私からコントロールを奪おうとするかも。この子達は半自律してるけど、やっぱり霊波で私と繋がってることに変わりはないから」
「ふーん。あれに干渉するのかぁ」
 横島が何気なく視線を動かしながら漏らした言葉に六女の二人は大きな衝撃を受ける。キョンシーたちとミシェルを繋いでいる霊波の流れが見えていると、特に集中している様子もない横島が言ったのだから。
 数の優位で死角から襲わせても、霊波の流れ自体が見えているのなら横島には通じないかもしれない。
 心眼使いと紹介され、分かってはいたけれど、こうして具体的な指摘をされるとまた違う印象を受けるものである。
 もっとも、見えたからといって横島側から何が出来るわけでもないことを知っているピートたちは、すごいとは思うけれどそこまでショックを受けることもないのにと心の中で苦笑していた。
「何かアドバイスしてもらえますか」
 横島への評価がそれなりに上がったらしいミシェルが、キョンシーたちと一緒に身を乗り出して訊く。
「そ、そうだなあ。冥子ちゃんは式神をたくさん出すほど不安定になってたし、数を減らして集中すれば、そうそうコントロールを奪われたりしないんじゃないか」
「でも、そうすると……」
「今度は攻め手不足になるんですよね、ミシェルの場合」
「後はあまり遠くまでキョンシーをやらないことでしょうか。ミシェルさんの霊波が効率的に届く範囲でなら干渉にも気づいて、それに対抗できるかもしれませんし」
 ピートもそう助言し、ミシェルはどうしたものかと考え込む。
「出来れば相手をあんまり近づけたくはないんですよね。でも取られちゃう危険を考えたら、その辺りが妥当かも。
 ――なあに?」
 戦略で悩むミシェルをつんつんと福の神がつついて、自分と小鳩を指差した。超一流のGSたちですら、普通の方法では引き離すことが不可能と匙を投げたコンビである。
「確かに私と貧ちゃんは、とってもしっかり結びついてるけど……」
「お互いの契約とかそういうものではなく、外部からとんでもなく強力な呪いで魂と魂を結び付けてしまってるわけですからね。出来たとしてもオススメは出来ない方法ですよ」
「……どうやるでござるか?」
「どうやるって、方法がわかったってやらないわよ! そんなこと、絶対に嫌!」
 幼い時からの付き合いであるキョンシーたちのことはミシェルも大好きだけれど、さすがに呪いで本格的に魂に結びつけるというのはごめんのようである。
 そしてシロの質問には、キョンシーたちの方もぷるぷると首を振っており、「何か私に不満があんのか」と、自分も拒否したとはいえミシェルはちょっと拗ねてしまった。
「ま、まあまあ。機嫌治してよ、ミシェルちゃん。
 そうだ、春日さんはどんな霊能使えるんスか」
「私は――」
「横島さん、なんで栞だけさん付けなんですか」
 まだ機嫌の直らないミシェルが、横島の言葉尻を捉えて口を尖らす。
「えっと、雰囲気の違い……かな? 気楽に接せる相手は呼び捨てとかちゃん付けで、落ち着いてる女の人にはさん付けみたいな感じで」
「つまり、栞は老けてると」
「横島さんはそんなこと言われていないでしょう!
 ――ふぅ。まあ、いいですわ。私の霊能の話でしたわよね。私が使うのは主にこれなんです」
 そう言って栞は一冊の聖書を取り出し、ぱらぱらとみなに見えるように広げて見せる。これは霊能者向けに作られた聖書に、更に一ページ毎に栞が自ら呪言を書き込んだものである。
「発動させると一枚一枚の紙がバラバラに舞い上がって、非武装結界空間――中の霊力を吸い取っていく力場みたいなものです――を形成するんです。私を中心に発動させられますから、まさに無敵の盾といえますわ」
「おおっ、いいなそれ」
 自分が危険な目に合うのが大嫌いな横島が羨望の眼差しを向けた。
「ふふ、そうでしょう。対抗戦では、相手が弱ったところでシロさんかミシェルに交代すれば終了ですわ」
「あれ、自分からの攻撃も出来なくなるんすか?」
「単にこの結界に頼りきりで、本人に攻撃力も防御力もないんですよ」
 ミシェルはちょっと呆れたようにいうが、「ますます親近感感じるなぁ」と横島は嬉しそうだ。
「それだと、飛び込んで来られて密着されてしまうとまずいのではござらんか」
「それまでに、全霊力を吸い取ってしまえばいいんですわ。それにこの結界は相手が攻撃しようと霊力を上げた場所から集中して力を奪っていくんです」
「それでも一枚の紙が霊力を吸い取る速度には限界があるのでは?」
「ええ、まあそうですわね。そこはなんとか数でカバーしたいと思うのですけれど」
 いつかはイージス(無敵の盾)を名乗ることにまったく恥じないようになるのが目標だと栞は話す。
「まあ、対抗戦当日はなるべくこっちの自陣に近いとこにいてよね。あんた一撃くらうだけでやばいんだから」
 最悪、ノックアウトされてしまっても自陣に引きずり込んで交代してやればいいと思っているミシェル。
「じゃが、対抗戦なんかはそれでいいとしても、GS資格試験でそれではまずいんじゃないですかノー」
 雇い主であるエミからそれなりに発破をかけられているタイガーはそう言うが、栞にとってはまだまだ先のことであるし――六道女学院では卒業以前のGS資格試験挑戦は禁止されている――、そこまで真剣には考えられないようである。
「それにこの三年間で、非武装結界で行けそうだというところまで自分を高められなければ、必ずしも資格試験を受けるとは限りませんし」
「へえ、六女の人ってみんなGS目指してるんだと思ってたわ」
 愛子のように考えている外部の人間も多いが、霊能力があっても実際にGSになれるのはほんの一握り。六道女学院はネットワークを作るための場でもあるし、学院側もいろいろ斡旋してくれるので、試験を通って自ら開業せずともGS事務所に所属して支えるだけで良しとするならば、補助系の霊能持ちにもそれなりに道がある。それに除霊にあたるGSが一番目立って儲かるというだけで、オカルトがしっかりと一般に認知されたこの世の中、霊能関係の仕事は少なくないのである。
 除霊関係でもGS以外に、日本では馴染みが薄いがICPO超常犯罪課(オカルトGメン)などが選択肢の一つに考えられるかもしれない。中にはピートのように、ここへの就職に有利だということで、難易度ではもっと上のGS資格を取ろうとしている変わった者もいるけれど。
 GS関係者でありながらこうした事実をほとんど知らなかった横島やタイガーは、さらにGS助手の給料の相場を教えてもらうと涙を抑えることが出来なかった。
 GS事務所の助手が立派な職業とみなされており、六道女学院が家の事情やすでに所属していたなどの特別な理由がない限り在学中のGS事務所への所属を禁じているのにはわけがあるのである。
 お互いの知識を交換し合ったこの日は、六女の三人だけでなく、横島たちにも大きな価値のある日となった。


 特に学校での毎日が新鮮な驚きと喜びに満ちているシロにとって、数週間はあっという間に過ぎていき、クラス対抗戦の日がやってくる。
「ほら見て、シロさん。あれ、次の対戦相手、B組の弓かおりよ」
 クラス対抗戦の一回戦を順調に突破したシロたちは、休憩時間に一回戦の分析や垣間見た他のクラスの情報について整理しようと、試合会場から離れた人の少ない校舎の方へ向かっているところ。そこで、精神集中でもしようというのか、一人同じ方向へ向かっていた対戦相手の後ろ姿を見かけたのである。
「……闇討ちは駄目でござるよ」
「そんなことしないって。ていうかシロさん、私のことどういう目で見てるのよ」
「さっきはキョンシーで嬲り勝ちという感じでしたからね」
「慎重に行けっていったのはあんたらでしょうが。
 ――って、そうじゃなくて、あの弓ってコはいっつも他人を小馬鹿にしてて気に食わなかったって言いたかったの。次の試合であの高慢な鼻っ柱を叩き折ってやるんだから」
「霊能者には、はったりも大事だと聞いたでござるよ」
 横島経由で伝わった美神の台詞である。心理的に相手を威圧し自分に自信を与えることは、精神状態にも大きく左右される霊能の世界では有意義である。
「あのコの場合は性格という気もしますけれど……とにかく、試合中に弓さんにこだわったりはしないでくださいよ」
「……ふん。いいんだ、いいんだ。さっきの試合で疲れたから、私、次の試合は休んでるもん」
 ミシェルもいい感じに気合を空回りさせられたところで、次の試合はシロが先鋒を務めると決まった。もちろん、アクシデントがない限り経験を積む意味でもこの二人は交代で行こうと予め決めてあったので、これは確認に過ぎない。
 その後、他のクラスの選手のこともある程度確認し終え、試合の再開される会場に戻ると相手チームの様子がおかしかった。
「……なんだか揉めている様でござるな」
 結界の向こうでは弓とシロがどこか見覚えのある少女が口論しており、別の少女が困ったように一歩引いている。
「ウチは仲良く行きましょうね」
 確認のように頷き合ってシロが結界の中に入る。戦略的な面も考慮して、審判――今回の対抗戦では一貫して鬼道が務めている――が「始め」の声をかけてから先鋒が同時に出るというのが暗黙のルールのようなところはあるのだが、先に出る分には問題ない。むしろ、相性を気にしたりせず誰が来ようがかまわないという、ちょっとした挑発と取る相手もいるだろう。
「弓殿でござるか」
 鬼道が開始を告げ、結界に入った弓が一気に距離を詰めてシロへと薙刀を振るってくる。
「ぐっ、さすがに重いでござるな」
 闘龍寺の跡取りで弓式除霊術の後継者だという弓かおりの振るう薙刀は、一撃一撃が相当な威力を持っており、霊波刀でそれを受け止めるシロは押され気味である。
「こうなれば――」
 じりじりと下がっていき元から近かった自陣の結界付近に詰められかけたところで、代わろうかという栞のアイ・コンタクトにわずかに首を振り、シロは手をそっと胸元に伸ばしながら横を抜けようとするかのように全力で相手の懐へと飛び込んでいく。
「甘いわっ!」
 絶好のチャンスと、決めるつもりで弓がさらに霊力を込めた薙刀を振るい、それがシロの眼前に迫って――変化していく彼女のわずかに上で空を切った。
「ぐぅっ!」
「それまで。KOでD組の勝利」
 意識は残っているものの腹を抱えてうずくまってしまった弓をみて、鬼道がそう宣言して追撃をかけようとしていたシロを止める。
「やったー。シロさん、最高」
「ちょっと心配していましたけど、見事に決まりましたわね」
「がうわうっ」
 喜ぶD組の面々を見ながら、「あれ、この前集まった時に横島さんが考えた作戦の一つですよ」と、特別審査員として唐巣と共に招かれていたピートがこっそり師に告げる。
 「美神さん直伝の勝つためのテクニックって奴を教えてやろう。一緒に対抗戦の作戦を考えようじゃないか」と横島が美神の名前を出しただけに、その提案に対する食いつきはかなりよかったのである。
「みんなで協力して戦法や手段を考えるのはいいことだね。ただ、あまり美神君のような性格になられては困るが……」
 「特に人狼の里から預かっている形のシロ君には、なるべく真っ直ぐに育って欲しい」そう願っている唐巣である。
「あら~、令子ちゃんはこの学校でも大人気なのよ~」
「だから余計に師として胸が痛むんですよ」
 悪人とまでいう気はないが、美神の生き方は唐巣の信条とは相容れないのである。
 特別審査員といっても、実際には二人は理事長とこうして試合をみてコメントしているだけであるが、学生たちには唐巣が見ているということが十分刺激になっているのを理事長はわかっているのだ。
「あぉーん」
「わっ。シロさん、顔舐めるのは駄目だってば」
「たまに普段もやってますけどね。親愛の情や喜びを示すごく普通の方法なんでしょう。その姿だと、そこまで違和感もありませんし。
 はい、精霊石です」
 「かたじけない」アクセサリーを付け直してもらい人間形態に戻ったシロが、「ちょっと切れたでござる」と髪の毛を撫でる。
「見たのは初めてでしたけれど、口から出したほうが強いみたいですね、その霊波刀」
「うっ。それは言わないで欲しいでござる。まだまだ修行中の身ゆえに」
 シロの霊波刀は出力も安定度も未だに狼形態の時のほうが高い。実は人間形態の時でも頑張れば口から出せもするらしい。
「ところで、薙刀が胴とか変身後も居る位置を狙ってきたらどうする気だったの」
「受けるだけならなんとか間に合いそうだと思ってたので、そのままこっちに吹っ飛ばされて栞殿と代わろうかと」
「今日、私はまだ出番がないですからね。せっかくピートさんにいいところを見せようと思っていますのに」
 そう言って栞が特別審査員席に軽く手を振る。
「あのね……。ま、いっか。この勢いで優勝目指すわよ」
 「えいえいおー」と手を重ねて、一行は昼食に向かうのだった。


「シロさんたち、優勝出来るでしょうか」
「やはり決勝に上がってくるだけあって、あのG組の子達も一年生ながらかなりの実力者だからね。どちらにせよ、シロ君たちにはいい経験になるだろう」
 解説席から唐巣は温かい目でシロを見守る。これから始まる三回戦が決勝戦、昼の休憩でどこまで霊力を回復させられたかも重要だ。――実はこっそりといつもより弁当の肉を奮発してやっていた唐巣である。
「……今更ですが、あの服装は試合の雰囲気に合いませんね」
「本人が気にしていないんだし、戦いやすい格好ならなんでも……とはいえ、和装の霊衣でも用意してあげるべきだったかもしれないね」
「あら~、健康的で可愛いじゃない。私は好きよ~」
 そんな理事長には好評のシロは、「落ち着いた雰囲気の方々でござるな」とG組を見て静かに闘志を燃やしているところ。その格好は、片足を大胆にカットしたジーンズに臍の出たTシャツというラフな私服。普段着で動きやすいし、制服と違って汚したり痛めてしまってもいいという理由らしい。
 ちなみに他の二人は霊能系統を意識した霊衣であり、決勝の相手方もそういった感じである。
「特に端の峰さんは要注意ね。スピードもパワーも申し分なしって奴よ」
「あの、神通棍を持った忍者っぽい黒装束の方でござるな」
「ええ。ここまでの試合ではあれしか使ってないですけど、他に特殊能力もあるはずですわ」
「なに、それでも向こうも同じ学生。拙者たちもこうして勝ち上がって来たからには強いのでござるよ」
 シロの言葉にミシェルと栞も力強く応じる。
「やってやりましょ」
 「始め」の声と共に両者先鋒が結界に飛び込む。D組は順番通りにミシェル、G組は神野――キヌのような巫女装束に長い黒髪という落ち着いた雰囲気の少女――である。
 ミシェルは試合前に出しておいたキョンシーで即座に自分の前に壁を作り、相手の出方を窺う。
 そんなミシェルににやっと笑いかけ、神野は袖から取り出した榊の枝を振るった。
「袖に入れてあったのに、水が吸われていませんね」
 特別審査員席からでも細かい所を見て取れるピートの言葉に、「あの水に浸した榊にはしっかりと霊力が通してあったようだね。飛ばした水もただの水というわけではないだろう」と唐巣が解説をする。
 その特別審査員席の言葉通り、大半はキョンシーたちが払ったものの、広範囲に飛んだ水滴はかわし切れずにいくらかを浴びてしまったミシェルは神野の術中に囚われてしまっていた。
 顔からは闘志が消え、穏やかな微笑を浮かべるミシェル。その目はどこか遠くを見ているようである。
「どうしたでござるか!」
「心理攻撃でしょう。たぶん幻覚を見せられているのですわ」
 瞬時に状況を判断した二人はなんとかミシェルに手を伸ばそうとするが、それよりも早く迅速に対処に動いたものがいた。
「ぎぃあああぁぁぁっ!」
「あら。アルさん、ナイスですわ」
 「何がナイスよ、この――くぅぅ」ほとばしる悲鳴と共に幻覚から目覚めたミシェルが、その原因――アルが足の甲に思い切り突き立てた短刀――の痛みに呻き声を上げる。
 一方、残りのキョンシーたちに梃子摺っていた神野は、この間に峰とタッチして交代していた。
「こっちも――あっ!」
 急いで自分も交代しようとしたものの、痛みに思わず足をもつれさせてしゃがみこんでしまうミシェル。
 そこへ前評判にたがわず、半自律しているミシェルのキョンシーたちによる攻撃を易々とかいくぐった峰の神通棍が振り下ろされ――
「審判っ! 今の反則でしょ!」
「武士にとって刀とは魂そのもの。つまりは拙者の一部でござる。拙者はただ単に倒れて届きにくいミシェル殿とタッチして交代しようとしただけでござるよ」
「完全な詭弁じゃないのっ」
 G組のメンバーは全員がシロを睨みつけ審判を窺っている。
 D組側も「侍という生き方を馬鹿になさる気ですか」と、やましい所などまったくないという態度で譲らない。
「……あー、その、うーん。試合権のない犬塚が手を出した今のD組の行為は、故意の反則ではないと認める。ただし、それがなければ試合は決まっとったというのも事実や。よって、この試合はG組の勝ちとする」
 少し悩んだ鬼道がそう答えを出し、理事長にいいですねと目配せして頷くのを見てからベル係に鐘を鳴らすよう指示する。
 カンカンカンと試合終了を告げるベルが鳴り響き、会場は一拍おいてわっと歓声に包まれた。
「くぅ、無念でござる。ミシェル殿、栞殿、申し訳ない」
「まあ、横島さんがこんなのどうよって言い出した時から、この作戦は無理があるなと思ってたからね。責任はあっさり幻術に嵌まった私の方が大きいわよ――痛いって! もっと静かに脱がせなさいよ。もしかしてわざとなの、アル?」
「ふふ。正直私も、さっきは向こうを睨みつけながら、笑ってしまいそうになるのを堪えていましたのよ」
 栞がミシェルの怪我の具合を確かめながら、「それにあの神通棍をミシェルが受けたらどの道終わりでしたし、シロさんの判断は正しかったと思いますわ」とフォローする。
「そうよ。栞なんか今日何もしてないんだから、頑張ったシロさんと私は胸を張っていいのよ」
「はいはい。いいから医務室に行きますわよ。立てますか?」
「たぶん――って、シロさん、だめぇーっ! こんなとこで足舐めないでーーーっ! おかしなものに目覚めちゃうー」
「――ぺろっ。大丈夫でござる。まだ拙者の霊力には余裕があるでござるから、安心してひーりんぐを、れろっ」
「そうじゃなくて――きゃははっ、くすぐったいー」
「……私は先に教室に帰っていますわね」
「ちょ、置いてくなーっ!」


「六道女学院にはエリートとして育てられてきた人間も多いから、敗北に挫折を覚えたりそれを引きずったりしてしまう子もいるんだけど、彼女たちに限ってそんなことはないようだね」
「ええ。ちゃんと悔しがってもいるようですし、これをきちんと成長の糧にしていけるでしょう」
 唐巣とピートは引き上げていくシロたちの様子を眺めて満足そうに頷き合う。
「覚えてなさいよ。公衆の面前で辱められた恨みは絶対に晴らしてやるんだから」
 なにやら彼女たちの方向性は少しおかしいかもしれないが。
「拙者もしっかり修行して、次はりべんじするでござるよ」
「じゃあ、体育祭が次の機会ってことになるかな」
「……それも霊力ありなんでござるか?」

 四つ足の方が速いと、雷獣に変化出来るG組の峯とD組のシロが演じた長距離走でのデッドヒートは、末永く語り継がれる名勝負になった。





注)春日栞とミシェル・リューは名前が出ていなかったので、こちらでつけました。峯は原作にいたG組の人ですが、原作表記とは漢字を変えています。







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