「タケル……豆腐――」「どうぞ!アーリャちゃん!」 再び豆腐に苦戦しているアーリャが、武にSOSを出そうとしたら、たまがスプーンを差し出してきた。笑顔が怖い。 あまりの迫力で一瞬引いてしまうアーリャ。恐る恐るながら、たまからスプーンを受け取り、それで豆腐を食べ始めた。「白銀さん……」「社、自分の分を武に差し出すとお腹がすくだろう……どれ、私がこのニンジンを分けよう」「私も分けてあげる……」 今にも自分の分のおかずを武に差し出そうとしていた霞だったが、冥夜と彩峰の提案にあわてて箸を引っ込めるのだった。「……怖い」 武がポツリと言ったその言葉。アーリャと霞は競い合うことも忘れて、ビクビクしながら朝食を食べていた。「……」 武が空になったグラスにお茶を入れてこようと立ち上がったときだ。二人の正規兵がこちらを見ているのに気づいた。(……またか) 武はその二人をみてうんざりした。そして、すでに空になっていた自分の食器を持って、「すまん、オレ夕呼先生にちょっと呼ばれてるんだ」 その言葉で顔を上げる霞とアーリャ。この二人は武が呼ばれていることなど聞いていない。「こいつらは置いてくから、ピーマンとニンジン嫌いをどうにかしてやってくれ」 その言葉で泣きそうな表情を作る二人。武はそんな二人を無視してカウンターのほうへ食器を持っていった。「おい訓練生」 あいつらは案の定、武に声をかけてきた。しかもどうとっても好意的には思えない態度で……。ちなみに訓練生といったのは武が白の訓練生の制服を身に着けていたからである。(理由は12話を見てもらいたい)「何でしょうか、少尉殿?」 武はわざと訓練生としての態度をとった。「聞きたいことがある」 相手のその態度で武の想像が間違っていなかったことを確信した。 「ここでは邪魔になりますから、ここを出てからでどうでしょうか?」 武がいるのはカウンターの前。視線を動かすと、食事を受け取ろうとするものや、武のように空になった食器を持ってきているものたちがいた。 正規兵二人もそれをみてうなずく。そして武を連れてPXを出るのだった。 「ここでいいだろう」 正規兵の言葉で歩みを止める武。確かにここなら多少騒ぎになってもPXまで届くことはないだろう。振り返りざま聞く。「で、なんでしょうか?」「あのハンガーにある帝国の新型だよ」 やっぱりか。「ありゃいったい誰のだ?お前の部隊の誰かなんだろ?」 こんなやつらをなくすためにあの日この横浜基地を襲ったというのに、こいつらには無駄だったようだな。 「……それはお前らが知る必要があるのか?」「ああ?」 突如訓練生らしからぬ口をきく武に怪訝な目を向ける少尉。「そんなことを知ってBETAに勝てるかって聞いてんだ」「おいおい、こいつはおもしろい訓練生だな~」 武に一歩近づいて、「フンッ!」 いきなりボディーブローを放ってきた。「……」 だが、それを予期していた武は、その一撃をなんなく受け止める。「!?」 逆に胸倉を掴み、足を払って地面にたたきつけてやった。「がっ!?」 そして怒気をこめた声で言ってやる。「あいつらはこの世界を守ろうと必死になってんだ……その邪魔をしないでもらえるか」 年下とは思えない、武の放つプレッシャーにコクコクと何度も声を出さずにうなずく男。それをみてから男を引っ張り上げ、もう一人の女のほうへ突き飛ばしてやった。そして視線だけで「行け」と命令する。 二人はこちらに振り返ることなく逃げていった。 完全に姿が見えなくなってから臨戦モードを解除。「ま、これであいつらも懲りるだろ」 さて、どうするか。彼女たちには夕呼に呼ばれていると説明したが、もちろんそんなことはない。こうなったら仕方ない。夕呼の部屋へといって、訓練が始まるまでコーヒーでもごちそうになるとしよう。足をそちらへと向ける武だった。 「……」 そのすぐ近く。曲がり角のそばで赤い軍服を着た女性が一人立ち尽くしていた。 ――サッ! サササッ! その日武の部屋に、三人の侵入者が入り込んだ。 斯衛軍第19独立警護小隊所属、神代 巽、巴 雪乃、戎 美凪の三人である。ここにいたるまでの道程、警戒を厳にし、誰一人に見つかることなくこの場までやってきたということから彼女たちの目的がただ事ではないと分かる。 彼女たちは今回、白銀武、その人の正体を探る物品を見つけるためこのような行為にでた。前回の尋問は思わぬ人物の介入により失敗に終わったからだ。ちなみに月詠には秘密である。斯衛の軍人にとって不審人物とは言え、相手は国連軍の将官。しかも少佐という地位だ。そのような人物の部屋に所属の違う軍人が忍び込むことは重大な規律違反だ。ばれれば国連軍から斯衛軍に正式に抗議がいくかもしれない。だが、彼女たちは「見つからなければどうということはない(ですわ~)」という結論に至り、この作戦を実行した。 誤解無きために言っておくが、彼女たちがこのような蛮行に及んだのも国を、月詠を、そして御剣冥夜を思うが故である。この世界の彼女たちはバカではないのだ。そう、バカでは……(大事なことだから二回言いました)。 この時間、白銀は207分隊の訓練を見ている。数日の調査で彼は朝食を食べた後は、部屋に戻らず訓練に赴くことが分かっている。万が一にでもこの部屋に帰ってくることはないだろう。 さっそく三人がかりで捜索を開始。なんとしてもあいつの正体を見破るものを見つけるのだ。三人は気合を入れて探し始めた。 ――探索開始から五分。たった300秒。それだけである程度この部屋のことは調べつくしてしまった。「物が少なすぎ!」 そうなのだ。白銀という男、部屋に私物が一切と言っていいほどないのだ。あるのは備え付けの机にベッド。なぜか折りたたみ式の簡易ベッドが二つ。正規兵と訓練兵の服のスペアがいくつか。なぜかサイズが極端に小さい女性物の軍服のスペアがいくつか。これ以外に生活必需品以外の物はほとんどない。「あの男、趣味とかないんですか~?」 戎が不満顔で、先ほど調べた軍服をハンガーにかけた。これにも特に怪しいものはなく、別段普通の国連軍支給の軍服だった。 物品から奴の正体を探るのは不可能か、とあきらめかけたその時、「ねえ、これ見て!」 机周辺を調べていた巴が声を上げた。すぐに近づく神代と戎。一体何事かと巴を見れば、彼女は見たこともない機械を手にしていた。「何だそれ?」 左に十字の形をしたボタン。右にはA、Bと彫られた丸いボタンがあった。その真ん中には何かを映すのか長方形の画面がある。「GAME、GUY……ですか?」 ちょうど画面の下に書かれてあった文字を戎が読む。「え?GAMEってあのゲーム?」 巴が不思議に思うのも仕方ない。彼女たちにとってゲームとは双六(すごろく)やトランプを言うのだから。こんな大層な機械でやるものがゲームだとは到底思えなかった。 ほかにも何か情報はないかと機械を弄り回していたら、いきなりスイッチが入ってしまった。突如鳴り響く音。「うわっ!」「なな、なんですか~?」 そして画面に浮かび上がる鮮明な映像。「なにこれ……すごい!」 それは三人が今まで見たこともない技術で移しだされる映像。様々なものが映し出された後、バルジャーノンという文字とともに、START、LOAD、OPTIONなどの文字が浮かび上がった。「なんです?これは……」「ん~、STARTでいいのかな?」 えいっ、と特に何も考えずにボタンを押す。ちなみにこのときAボタンを押したのはただの勘だ。「わっ!何か出てきた!」「戦術機、ですか?それにしては見たこともない機体ですけど~」 とりあえず何か押してみることとした。十字のボタンを押すと、押した方向に画面の戦術機が動いた。どうやらこれで操作するようだ。ほかのボタンも押してみる。「わわっ! 何かすごいの撃った!」「か、荷電粒子砲? でもそんなのどこでも実用化なんて……!」「あれ? 画面の端から別のやつがでてきたよ……って撃ってきた!撃って!」「敵ですよ!敵!さっきの荷電粒子砲で!」 あわてて戦術機を操作する巴。巴の操る戦術機の荷電粒子砲が命中。見事敵を撃墜することに成功する。「……なにこれ?新手のシミュレーター?」 この機械の正体について考える。しかし、画面上では新たな敵機の姿が、とても考え事する余裕なんてなかった。「こ、このー!」 連射連射、荷電粒子砲の嵐である。~30分後~「撃墜されちゃいました~」「はい、次は私」 例のゲームガイを戎から受け取る神代。「フフフ、二人の敵は私がとる!」~さらに30分後~「やったー! CLEARって出た!クリア!」 神代が歓喜の声を上げた。あわてて、神代の手元を見る巴と戎。「ホントですか~?」「うわっ! ホントだ!なんか悔しい……」「へっへ~……ってあれ?STAGE2?え、まだあるの!?」 混乱している間に、画面の戦術機は背景の違う別の場所に移動してしまった。「さ、さっきより難しい!……って、あ~あ」「はい、交代!さあ、覚悟しろ!」 このとき彼女たちが気づいていなかった。この機械のランプが赤く光っていることに。 ~そして30分後~ ――ブツッ……。「……あ、あれ?」 STAGE3の途中、いきなり画面が真っ暗になってしまった。ボタンを押してもうんともすんとも言わない。横の電源らしきものをいじっても画面は真っ暗なまま変わらなかった。それから数分思いつく限りのことをしてもゲームガイはまったく起動しようとしなかった。 ここで彼女たちは一つの可能性に考えが至る。つまり、「壊れちゃった……?」 そして三人で顔を見合わせた。次の瞬間、「「「どどど、どうしよう~(ましょ~)」」」 全員で青い顔になる。国連軍の仕官の部屋に無断で忍び込んだのも十分許されざることだが、さらに中にあったなにやら高価そうな機械まで壊してしまった。これはもう笑い事で済む事態ではない。下手すれば三人の首が飛びかねない。 修理? 無理。そもそも彼女たちは技術者ではない。それにこのような見たこともない機械。多少それらの知識があっても、到底直せなかったと思う。 ならばどうするか。思考タイム零コンマ三秒。三人は結論をだした。「逃げよう!」「うん!」「はい~」 目撃者はいない。後はこのゲームガイを元のところに戻して、急いでこの兵舎から逃げ――「見~た~ぞ~」「「「わひゃあ!」」」 突然の後ろからの声に叫び声をあげて飛び上がる三人。あわてて振り返ると、「「「しし、白銀武!」」」 そこに立っていたのはこの部屋の主、白銀武であった。(なにやってんだか、こいつらは……) あわてた様子の三人を見て武は心の中でため息をついた。207分隊の訓練を見ている途中、いきなりアーリャに服のすそを引っ張られ、何かと聞くと、「タケルの部屋に侵入者……」 と言ってきた。国連軍少佐の部屋に忍び込むとは一体どこのバカだと思いながら、部屋に戻るとそこに……バカがいた。 扉のほうに背を向け、三人そろってバルジャーノンに夢中。見事に三人ともが’はまって’いた。 が、突如あわて始めた三人。見ると、ゲームガイの画面が真っ暗になっていた。すぐに何が起こったのか理解する武。だが、目の前の三人は突然の事態で完全に混乱しているようだ。いきなり立ち上がって、「逃げよう!」「うん」「はい~」 ……おいこら。そこで武は見るのもこれくらいにしとくか、と声をかけるのだった。「「「しし、白銀武!」」」「こ、ここで何をしている!?」「いや、ここ……オレの部屋」 「うっ……」 さて、君たちさっき背中に何を隠したのかね。後ろに回ろうとすると、三人も移動。回る。移動。絶対に背後をとらせようとしない。「……おい」「な、何だ?」 いまさらしらばっくれようとする。 よーし、こうなったら。また背後にまわろうと移動する。やはり、三人も移動。そして自らが動くことで三人がドアに背を向ける位置に誘導する。そして、「アーリャ」「「「えっ!?」」」 その声とともに、彼女たちの背後からゲームガイを手にした。アーリャが現れた。アーリャを廊下に待機させておいて正解だった。アーリャからゲームガイを受け取る。「「「……」」」 冷や汗タラタラの三人。このとき三人の脳裏に浮かんでいたのは自らの首が飛ぶことではない。日本と国連軍の間に溝ができることでもない。もっと目先の恐怖……つまり月詠中尉の折檻だった。 「あれ、電源が入らない?」「「「っ!」」」「おっかしいな~壊れたか?」「「「~~~っ!」」」 それを聞いて顔の強張った三人を見て、これ以上いじめるのは可哀想かなと思う武。ゲームガイを横に置く。「心配するな。ただバッテリーが切れただけだ」「「「へ?」」」 その言葉で安堵の表情を浮かべる前に、呆けた顔になる三人。それほどその言葉が意外だったのだろう。壊れたという思い込みが相当強かったらしい。「だから、お前らが心配してるように壊れたわけじゃないってことだ。ま、これに懲りたら他人の部屋に勝手に入り込むことはやめるんだな」 そして、隙だらけの三人に近づき、その頭を軽くグーにした手で叩く。ポコン、ポコン、ポコン、と。「ほれ、今回はこれで勘弁してやるから早くいけ。今度こんなことしたらお前らのあだ名は’3バカ’にするからな」 そして、ようやく我に返る三人。その言葉に顔を真っ赤にすると、「「「こ、これで勝ったと思うなよ~(ですわ~)!!!」」」 そう言い残してあっという間に逃げていった。 もう一度言おう。彼女たちはバカでは……ない? ハンガー。「お待たせしました、月詠さん」「遅い!自分から呼び出しておいて遅れてくるとは何事だ!?」「すみません。自室にでっかい鼠が三匹もでたもんで」 なんかどっちが上官かわかったもんじゃない。「鼠?ふんっ、不衛生にしているからそうなるのではないか?」 攻撃的な態度をとる月詠だが、たまに武の隣にいるアーリャに目がいくと気まずそうに顔をそらすのだった。 だがあれだけ警戒されていたのに、よくこちらの願いを聞いてもらえたものだ。 「我らは国連軍に宿借りしている身だ。そちらからの要望を無下にすることはできん。それに貴様は一応上官であるのだ」 一応の部分を強調する月詠。「それに……」「?……それに、なんですか?」「……なんでもない」 一瞬何か言いかけた月詠だったが、すぐに言葉を引っ込めた。「で?今日わざわざ私を呼び出した理由は何だ?」 月詠が睨むのをやめ、聞いてきた。「月詠中尉にこちらが用意した相手と模擬戦をしてほしいんです」「模擬戦?」 ええ、と頷く武。「月詠中尉は武御雷でかまいません。そして模擬戦の後にその感想を聞かせてほしいんです」「その相手とは?」「それはまだ秘密ってことで……」 ふざけたやつだ、と月詠は不満顔だった。強化装備に着替えてくる、ときびすを反しハンガーを出て行った。 さて、こちらも月詠中尉の対戦相手に知らせに行かなくては……。「吹雪、か」 さて、ここは横浜基地第二演習場。市街地を想定した広大な演習場である。 そこに対峙する2体の戦術機。片方は月詠中尉の赤の武御雷で、もう片方はその対戦相手の吹雪である。 月詠は武御雷の中、機体と同じ赤の強化装備に身を包み、対戦相手である吹雪を見定めていた。正面から見てもなんら普通の吹雪であった。帝国軍でも使われている高等練習機である吹雪と別段変わりない。武装は背中に74式戦闘長刀、横腹と腕で挟むようにして構えた87式突撃砲である。 確かに練習機という役割でも武装を施せば実践での使用も十分耐えられるとはいえ、この武御雷の相手をするには少々役不足のように見えた。わざわざ模擬戦をする理由が見あたらない。模擬戦の理由は、機体ではなく衛士ということか?『準備はいいですか?』 網膜に映る白銀。その姿は黒い軍服姿である。どうやらあれに乗っているのは白銀ではなさそうだ。実を言うと、模擬戦を白銀から提案してきたとき、相手が彼ではないかと期待していたのだが、違うようだ。あの男の実力を測っておきたかったのだが……。「こちらはいつでもやれる」『相手の準備もいいようです』 気合を入れて、レバーを握る。模擬戦とはいえ、斯衛の者に敗北は許されない。 そして、白銀の合図で戦闘は始まった。 戦闘開始と同時、相手の吹雪は全力噴射で高く飛び上がった。ただし、飛び上がりながらもこちらに牽制として撃ってくる。 月詠は放たれた銃弾を交わしながら、吹雪を追うように突撃砲を撃つ。だが、敵機はビルの屋上まであっという間に到達し、すぐにこちらからでは角度てきに見えない位置に隠れてしまった。だが、ずっと隠れているわけではない。こちらの銃撃がやむと、すぐにそこから出てきて、道を挟んだ隣のビルに飛び移るのだった。 二機が対峙していたのは大通りだ。その脇にはいくつものビルが建っていた。月詠は大通りに沿って機体を移動させる。それを追うようにビルからビルへと飛び移る吹雪。「よく跳ぶやつだな!」『……』 音声だけの通信は開いているというのに相手は何も答えなかった。月詠は上からの銃弾の雨を避けながら大通りを進む。 だが、いつまでも逃げている月詠ではない。真正面にビル。ここからは道が二手に分かれている。月詠はギリギリまでビルに近づき、そこで一気に反転した。すぐに吹雪を視界に収め、その動きを予測する。そして、吹雪が次のビルへと飛び移ろうと足を踏ん張ったそのとき、その足場にありったけの銃弾を食らわしてやった。『!』 いきなり足場が崩れ、バランスを崩す吹雪。そして道路側へと前のめりに倒れていく。バランスを崩したことで、相手の吹雪が自動で受身を取るため、一切の制御を受け付けない状態になる。これはすべての戦術機に共通だ。後は、この隙にしとめてしまえばいい。「これで、終わりだ……」 新たに弾を装填すれば時間の無駄だ。月詠はパイロンから長刀を引き抜き、全力噴射で吹雪目掛けて飛んでいった。こんな簡単にケリがついてしまうと、白銀に言う感想とはどんなものがいいのか、とそんなことを考える余裕すらあった。 ――だが、すぐに月詠が驚愕の表情を浮かべることとなる。 一切の制御を受け付けないはずの吹雪が、足場が崩れ完全に体勢を崩した吹雪が、空中で上半身をひねり、その銃口をこちらに向けてきた。「!」 脳が危険を認識する前、ほとんど反射で跳躍ユニットの角度を変更する月詠。武御雷の下を銃弾が通り過ぎた。 どうしたあんなことができたかなんてわからない。確かに、すべての戦術機は受身体勢になると一切の操作を受け付けないというのに。 相手の吹雪の異常な動きはそれだけではなかった。なんと空中で跳躍ユニットの噴射と上体をひねることで、見事反転、そして向かいのビルの壁をけって、しっかりと道路の上に立ったのだ。 見たこともない機動。あのような動き、この武御雷でもできるかどうか。いや、アレは相手の力量が半端ないのか。 相手は冷静に分析する暇も与えてくれない。すぐに長刀を手に、跳んできた。「なめるな!」 上段から振り下ろされるそれを、自分の長刀で受け、力を逃がすようにいなした。そして、すぐに相手の胸目掛けて長刀を振るう。しかし、それは相手に上体をそらされることで避けられてしまった。 そこからは長刀対長刀の高レベル近接戦闘だった。幾度も刃を交えていくうちに、相手の力量に舌を巻く。「……ほう」 相手はよほど刀での戦闘になれているのだろう。間合いは常につかず離れずで自分の長刀に一番良い距離を保ち、こちらの攻撃も避ける受けると正確に判断している。おそらく国連軍でもなかなかの腕ではないのか。「だが、斯衛にはまだ及ばない」 最初こそ不可解な機動に驚かされたものの、冷静に戦っていくと、自分の力量のほうがはるかに上だということが分かった。相手はまだ人間という枠内に戦術機を捉えている。しかし、それは間違いだ。戦術機ならば人間にできない速度での踏み込みも、複雑な間接を利用した攻撃も多彩にできる。そこに気づかないうちは衛士としてさらなる高みに届くことはない。「そろそろ終わりにしよう」 武御雷を身を低く踏み込ませ、相手の懐に入ってから、下段から刃をたて、相手を股から引き裂くように切り上げた。だが、それは相手が機体を引かせながら長刀で受け止められる。「はあっ!」『!?』 それを機体の出力を最大にして持ち上げる。長刀を振り切ったとき、相手の前はがら空き。そこになだれ込むようにして体当たりを仕掛けた。『っ!』「これで終わりだ」 倒れこんだ吹雪に立ち上がる暇を与えず、胸の部分に長刀を近づけた。『くっ! ………………』 長い沈黙の後、相手が深い吐息を吐く。どうやら負けを認めたらしい。「ふっ、なかなか楽しい試合だった」『状況終了。月詠中尉の勝利です』「どうでした?」 武御雷から降りた月詠に近づいた白銀の開口一番の言葉がそれだった。月詠は同じくハンガーに入ってきた先ほどの吹雪を見上げながら、「なるほど、面白い相手だった。姿勢を崩した後、照準されたときは度肝を抜かれたぞ。しかも着地を捨てたわけではなく、その後も見たことのない機動で姿勢を立て直したときは、戦うのも忘れて感嘆したほどだ」 だが、と口にして、「相手の衛士はまだまだだな。先ほど刃を交えて分かった。才能はある。これから鍛えれば、BETAを蹴散らす我らが人類の牙となるであろう」 正直な感想を口にした。それはPX前の廊下で偶然目にした、冥夜へと降りかかるであったろう災難を事前に察知し、彼女に知らせることのないまま対処したこと、そしてその思いやりへの月詠なりの礼だった。 その感想を受けた白銀は、「だってさ」「?」 白銀が月詠から顔をそらし、吹雪を見上げながら言った。月詠もつられて見上げると、「――未熟者と評されても仕方ない。それは事実なのだから」「!」 白銀の言葉で吹雪のコックピットから現れた人物。白の強化装備に身を包んだその姿は、「冥夜様っ!」 彼女が忠誠を誓う御剣冥夜であった。「勝てなくて悔しいか?」 吹雪から降りてきた冥夜にそう声をかける白銀。「まさか、そんなわけないであろう。自らの未熟さを痛感するばかりの戦いであった」 そんな二人の前には混乱している月詠。まさか先ほどの吹雪の衛士が冥夜様であったとは。そしてそこに気づいて、先ほどの戦闘、自分がその冥夜様に向けた言葉の数々を思い出す。『よく跳ぶやつだな!』『なめるな!』『だが、斯衛にはまだ及ばない』『ふっ、なかなか楽しい試合だった』「~~~っ!」 思い返してみるとなんと無礼な言葉の数々であったろう。血の気がひくのが分かる。知らなかったとはいえ、「か、数々の身分をわきまえぬ言葉、真に申し訳ありません!」「良い。私としては先任衛士としての月詠からの自分に対する正直な評価を聞けてありがたい」「しかし……」「それに今回のことは私から志願したことだ。もちろん正体を明かさぬように言ったのも私……XM3を使った私が今の月詠とどの程度やれるか知りたかったのでな。まあ結果は散々なものであったが……」 苦笑しならが言う冥夜。しかし、その言葉の途中、聞きなれない単語が現れた。「エクセムスリー、ですか?」「ああ、月詠も不思議ではないか?まだ戦術機に乗りたての私があそこまでの動きができたことが」「!」 そういえばそうだ。彼女はつい先日、総合戦闘技術評価演習に合格したばかりではないか。もちろん戦術機に乗り始めたのはそれから。月詠は先ほど吹雪の動きをまだまだと評したが、それは正規兵に対して、また自分を基準にした評価であった。あれが戦術機に乗り始めて間もない訓練兵の動きならば、十分すぎるほどだ。いや、そこらの衛士より明らかに動きがよかった。「あれが武の考えた新OSの力だ」「!」 その言葉で白銀のほうを見た。「おいおい謙遜するな、お前の力だって十分すごいよ」「謙遜をするなというならそなたほうだ。あのOSがなければ私が月詠とあそこまでの戦いをすることはできなかった」 確かにただの訓練生が――例え冥夜といえど、斯衛軍の中尉とあそこまでの戦いを繰り広げることは本来ありえないことだ。しかも機体は練習機である吹雪だ。「冥夜、後はオレから説明しとく。お前は早く訓練に戻れ」 了解した、と駆けていく冥夜。月詠はそれを見えなくなるまで見送って、「一体どういうことだ?」「今日は月詠さんにあのOSの力を実感してほしかったんです」 そして、白銀があのOSの特徴について説明し始めた。キャンセルやコンボという概念の取り入れ。先行入力や30%増しの即応性。それらの説明を聞くと、そのOSはまさに夢の発明であった。吹雪が見せた空中での奇妙な姿勢制御もあのOSを用いれば誰でも再現可能らしい。これがただ、新OSを発明しましたという言われても、現役の衛士である月詠は受け入れがたかったであろう。しかし、訓練生があれほどの動きをしたならその力を認めざるをえない。 そして、極め付けに白銀の操る吹雪の映像を見せられた。それが100%XM3の力を出し切った機動であるらしい。それは本当にすさまじいの一言に尽きた。今の月詠でも勝てる気すらおきない。圧倒的な力。神代たちの力を借りても勝てるかどうか。 すべてを説明し終えた白銀が一息ついた。「貴様は……」「オレはあいつに死んでほしくありません」 何かを言おうとした月詠をさえぎり白銀は言った。「だから少佐という立場でありながら、彼女たちの教官をしていますし、このOSも与えました」「……私にこのOSを見せた目的はなんだ?」「帝国軍や斯衛軍にこのOSを渡す橋渡しとなってください。もちろん月詠中尉にだけは任せず、後々、帝国にオレ自身が赴きますが」 このOSが全軍にいき渡れば、命を落とす将兵の数は激減する、そんなことは月詠にも分かった。そして、このOSと目の前の白銀の教導が短時間で冥夜にあれだけの力を身につけさせたということも分かった。それは彼女が戦場に出ても一秒でも多く生きていられるということ。「オレを信頼なんてしなくていいです……あなたはオレを利用して冥夜を護ればいいんです」 しかし、ここまでしてくれる男にこれでは……。「……了解した」 結局、言うべき言葉が見つからなかった。それは、一人の軍人として、また冥夜を守る斯衛の者としての間で揺れ動く月詠だからであった。「月詠さん!」 去り際、白銀が後ろから大きく声を上げた。「オレは怪しい奴かもしれません。だけど…・…」「……」「――人として冥夜の気持ちを裏切ることだけは絶対にしません!」 ――私はなんで、あいつを疑っているんだろうな……。 つづく