四時間後、シャワーを浴び、さまざまな検査を受けた武は、夕呼の部屋にいた。「―――あれだけの検査のあとだって言うのに、ずいぶんケロっとしているのね」 この部屋に入って夕呼の正面の椅子に座ると、突然そんなことを言われた。「ええ、まあ……慣れたもんですし」 武はそう答えた。すると、夕呼は唇の端を持ち上げ、「へぇ、ずいぶん面白いこと言うのね」 そう言って白衣のポケットに片手を突っ込んだまま、数歩歩き、机の上にあるゲームガイを手に取った。 ゲームガイは武が横浜基地に入った時に、一緒にいた女性―――ピアティフ中尉に夕呼に渡すように言ってあった。まあ、いきなりわけのわからないものをこの基地の副司令に渡すわけにはいかないだろうから、夕呼の手に渡る前に検査を受けただろう。おそらく、そのときに、このゲームガイがこの世界に存在する技術以外で作られたものだと気づいたはずだ。そして、夕呼にもその知らせは入っているはずだ。「ひとつ質問いいですか?」 武は夕呼に問いかけた。「……質問したいのはこっちなんだけどね……いいわ、言ってみなさい」 夕呼はため息をつきながらも武の質問を許可してくれた。「今日は、2001年10月22日ですか?」「?ええ、そうだけど……」 やはりそうか。武は再び2001年10月22日へとループしてきたのだ。 さて、どうやって話を切り出そうか、と武が考えているとき、夕呼が先に口を開いた。「―――あんた、さっきの戦術機と無関係ではないわね」「……へ?」 いきなりそんなことを言われた。武は夕呼から口を開くならそれは、自分の正体は何なのか、オルタネイティヴ計画をどこで知ったのか、または『理論』に『間違い』があるとはどういうことなのかなどを聞かれると思っていた。 しかし、「伊邪那岐(いざなぎ)」との関係を第一に聞かれるとは考えてなかった。「しらばっくれても無駄よ。所属不明の戦術機の襲撃の数時間後に訪れるオルタネイティヴ計画を知る男。偶然にしては出来過ぎているわ」 まあ、確かにそうだろう。武としては、それは隠すつもりもなく、順を追って話すつもりだったのだが、夕呼が聞きたがっているのなら、今話しても問題ないだろう。 武はそう判断した。「ええ、さっきの戦術機を操縦していたのは俺です」「―――っ!あんたが!?」 ひどい驚きようだった。 武としては夕呼が驚く姿を見るのは楽しい。心の中でだけ笑っておく。 しかし、夕呼としては当然の驚きだった。自分の精鋭ぞろいの直属部隊A-01部隊が目の前の20歳にも満たないだろう少年に敗れたのだ。この少年の衛士としての腕はいったいどれほどのものなのか。いずれにしても謎が多すぎる危険人物だ。さきほどの検査結果から体内に起爆物や武器を仕込んでいないことなどは分かっているし、病原菌なども持っていない。自分を暗殺するにもどうにも様子がおかしい。 夕呼は白衣のポケットから手を引き抜いた。その手には黒光りする一丁の銃が握られていた。その銃口を目の前の武に向ける。「あなたが何者か。なぜ、あんなことをしたのか正直に答えなさい!」 大丈夫、先生は絶対に撃たない。武にとっては、この状況もまた、慣れたものだった。銃を突き付けられても武は冷静そのものだった。「―――それじゃ俺が何者か、ということから話します。今から突拍子もない話をしますが、最後までしっかり聞いてください」 武は説明した。自分はもともと、BETAなどいない世界に住んでいたこと。ある日気がつくと、BETAなどというわけのわからない存在に人類が脅かされる世界にいたこと。そして、その世界には自分の知り合いが全く違う役割でそこにいたこと。そこで、なし崩し的に国連軍に入り、訓練生となったこと。オルタネイティヴ計画を初めて知ったのは今年の12月24日だということを。 それを聞いた時、夕呼の眉がピクリと動いたが、気にせず話を続けた。 オルタネイティヴ4は失敗。理由は何の成果も出すことができなかったため。計画は5へ移された。そのオルタネイティヴ5とは、G弾集中投入によるハイヴ殲滅作戦と全人類から選抜された十万人を他星系移住させる作戦。その後、自分は地球に残りBETAと戦い続けたが、気づくと2001年10月22日に戻っていた。―――つまりループしたということを。「……それが今だって言うの?」 黙って話を聞いていた夕呼がそう問うてきた。武は首を振って否定する。「話を続けます」 ループしたあと、自分はもう一度2001年10月22日から今度こそは人類を救うためにと最初からはじめたこと。そして様々な経緯があってついに年内にオルタネイティヴ4が完成したことを。そのオルタネイティヴ4計画とは対BETA諜報員育成計画―――量子脳搭載の00ユニットによる情報入手を目的とした作戦であること。そして00ユニットには―――鑑純夏を利用したことを。 そこまで、話して一息ついた。 依然、夕呼が手にした銃は武に向いたままだ。「……先生、いい加減つかれませんか?銃を構え続けるのって結構筋肉に負担きますよね?」そう言って、夕呼の顔を窺うと、「……そうね」 夕呼は硬い表情をふっと緩め、銃を下ろした。「え……」 これには武も驚いた。試しにと、言ってみたのだが、まさか本当に銃を下ろすとは思わなかった。 夕呼は銃を机の上におき、椅子に座りこんだ。そしてこちらに話を促がす。「続きを……」「!あっ、はい」 武は話を再開した。 オルタネイティヴ4が完成したことで人類はついに反撃に出た。そして、佐渡島ハイヴを攻略することに成功した。「まあ、そのときにもいろいろあったんですが、今はいいです」 しかし、その後人類はとある事情より、次の作戦目的を甲1号目標―――喀什(カシュガル)ハイヴにした。自分を加えた少数精鋭でハイヴ内に突入し、ついに戦略呼称、「あ号標的」―――「コア」とも呼ばれる存在を撃破することに成功。その後生還した武は、その世界から消滅するはずだったのだが、なぜか気付けばまたこの2001年10月22日にループしていた。 そこまで話したとき夕呼が声をあげて笑った。「ずいぶんと壮大な妄想話ね」 無論、夕呼には武の言っていることが、妄想話かどうか、判断することができる。 ―――社霞。オルテネイティヴ3によって生み出されたリーディング能力者。彼女の力を使えばそんなことは容易にわかる。「そもそもなんであんたが世界をループなんてしてるのよ?」「―――それは俺が、『因果導体』だったからですよ」「!」「そして、俺を『因果導体』としていたのは純夏でした……」「あいつは―――あんな状態になっても、ずっと俺に会いたがっていたんです」 あの脳髄が置いてある部屋の方向を見ながら言った。 『武ちゃんに会いたい』 脳髄の状態で、すべての感覚が閉ざされた闇の中でずっと願い続けた純夏。 明星作戦によって、G弾二発が爆発したとき、爆発で発生した高重力潮汐力の複合作用と、反応炉の共鳴で、時空間に深く、鋭い歪みが発生。その時、ほんの一瞬だけ、比較的分岐が近い世界との道がつながってしまった。そこに、反応炉によって変換、増幅された純夏の思念が作用した結果、大量のG元素の消失と引き換えに、武はこの世界に連れてこられた。「これが、俺がループする原因、『因果導体』となった仮説だそうです……信じてもらえますか?」 自分の正体についてある程度、話し終えた武は夕呼を見た。「……突拍子もない話なんて言ってたけど、私にとっては十分信じられる内容だわ。だって‘あり得ないことじゃない‘もの……」 時空間理論。エヴェレット解釈。因果量子論。そんなこと呟きながら椅子から立ち上がる。「しかも、そんなご立派な仮説まで説明されちゃあ、ね」「これは俺じゃなくて純夏の話を聞いた、前の世界の夕呼先生の仮説ですよ」「あら、そうなの?」 片手でキーボードを叩く。そして画面に表示された結果を見て、薄く笑う。「……」 武はじっと、夕呼の次の言葉を待っていた。 夕呼はパソコンから目を離し、机の上に置いてあるゲームガイに手を伸ばした「それに、この装置……まったくもって興味深いわ」 夕呼の指が、ゲームガイの側面部に位置する電源に触れる。電源を入れる。次の瞬間、突如大音量がゲームガイから発せられた。それを聞いた夕呼の体全体が驚いたようにビクリと動いた。そして、ついゲームガイを落としてしまう。(あ……音量マックス……) 起動したバルジャーノンのBGMを聞きながら、武は落下したゲームガイを見ていた。しかし、あのような夕呼の姿、初めてみた。これはよいものをみた。この世界で、夕呼とある程度親しくなったらこれを使ってからかってみようか、などということを考える。こうして、武の夕呼に対するカード(にしてはくだらなすぎるもの)が一枚増えた。 武は、床に落ちたゲームガイを拾い、音量を下げて夕呼に渡してやる。 それを受取り、夕呼は何事もなかったかのように話を続けた。「……それで、あなたの目的は?」「オルタネイティヴ4を完遂させてBETAに勝利すること」 その目的ともうひとつ。「みんなを救うことです」「……」 夕呼がまっすぐに武を見る。武も顔をそらさず正面から見据える。 しばらく両者無言の時間が続く。武としてはさっき言った言葉は本音だ。 いったい今夕呼は何を考えているのか。 やがて、夕呼はこう言った。「あなたの知っていることをすべて話しなさい」 さて、そう言われても言うことが多すぎる。とりあえず武は思い出したことを一つずつ上げていった。 まずは、オルタネイティヴ4を完成させるには、今の理論では決して不可能なこと。そしてそれを可能にする理論は、武がもといた世界の夕呼が持っているということ。前の世界の夕呼の実験により、武が元の世界に戻ることができ、無事のその理論を回収できたこと。「元の世界に?それはどんな実験だったの?」「えっと、詳しいことはわからないんですけど、俺を確立の状態に戻す実験って言ってました」「!……なるほどね、」 それでわかったのか。さすがは天才。続けなさい、と夕呼に促される。 武の持ち帰った理論により00ユニットは完成。だが、00ユニットには重大な欠点を抱えていた。横浜基地の反応炉からオリジナルハイヴへと人類の情報が漏れていたのだ。「驚いたわね。反応炉がそんな役割も持っていたなんて」「これを解決しないことには、BETAに人類の情報が筒抜けになります。それにもしかしたらG弾さえ無効化されてしまうかもしれません」 無論、これからの世界でG弾など使わせるつもりなど毛頭ない。 とりあえずは、このぐらいでいいだろうか。今すぐ与えておく情報はすべて与えたと思う。あまりに多くの情報を与え、夕呼に余計な負担をかけたくない。まずは、武を元の世界に戻す実験と反応炉の情報漏えいに対する対策をどうにかしてほしい。それ以外の情報は必要な場面で与えればいい。「とりあえずは、こんなところですかね。それ以外の情報も後々教えます」 夕呼はパソコンに何かをすごい勢いで打ち込んでいる。 さっき与えられた情報を整理でもしているのだろうか。しばらく部屋の中にキーを叩く音だけが聞こえる。武はその間することもなく、ただ座ってじっと待っていた。やがて、夕呼が一息ついて、キーの音が止んだ。「そう言えば、いつのまにか最初の問いからずいぶんとそれていったわね」(最初といえば……ああ、そうか「伊邪那岐」のことか) そうだった。「伊邪那岐」のことを話すのをすっかり忘れていた。それにXM3のこともそうだ。 武は、先ほどのこの基地を襲った戦術機の名は「伊邪那岐」だということを教える。なぜかはわからないが、自分とともにこの世界はループしてきたことも含めて。「戦術機が?どういうことよ」「さあ?そういうことは先生のほうがわかるんじゃないですか?」 それもそうね、と夕呼は何か考えるそぶりを見せたが、すぐに顔をあげ、「いいえ、今はそんな些細なことはどうでもいいのよ」と、考えることを放棄した。「そもそもなんであんなことをしたのよ?あたしに用があるなら最初からさっきみたいに訪ねてくればいいじゃない」 あんなこととは、この横浜基地を「伊邪那岐」で強襲したことか。確かに、夕呼に用事があるだけなら、正面ゲートから訪ねてくればよい。一見したら、被害だけをだしただけの無駄な行為に思える。しかし、夕呼の声には非難の色合いはなかった。「そうですね……あの襲撃のあと、この基地の空気がすこし変わりませんでしたか?」「……」 特に驚いた様子もない。やはり予想した答えだったのか。「これからの数日の間に、それはより顕著になっていくはずです。そうなれば、この基地がいついかなる時にBETAに襲われたとしても、この基地の人間は迅速に動くことができるでしょう」 夕呼が笑った。どうやら予想通りの答えだったらしい。(今回は先生の手を煩わせることなんてしませんよ)「でも、もう少しうまくはやれなかったわけ?あんたに壊された武器もだけど、特に速瀬と伊隅の機体あんたがいろいろ叩きつけてくれるもんだから、数か所がいかれて、数日は整備のため使用ができないって整備班から連絡をうけたわ。諸々合わせて結構な被害なのよ?」「前の世界じゃ、この基地のみんなが今と同じような状況になるために、死者も多数、大破した戦術機も数機あったんですから、この程度の代償は安いものと思ってくださいよ」 衛士も戦術機も失うことなく、基地のみんなの認識を変えることに成功したのだ。その程度の被害には目をつぶってもらいたかった。「ま、考えてみたらそうね」そう言って納得し、夕呼はそれ以上その件については追及してこなかった。「先生、あとで輸送車両か輸送ヘリを俺に回してください」「……ああ、その『伊邪那岐』をこの基地に運ぶのね。いいわ。でも、輸送するだけならあんたがやらなくても兵士にやらせとけばいいんじゃないの?」 まあ、確かにそうなのだが、武には考えがあった。「なるべくあの機体はこの基地の人間に知られずに運び込みたいんです」「それはまたなんで?」「あいつにはやってもらうことがあるんですよ。今は夕呼先生の負担になるんで言いませんが、時期が来たら教えます。とにかく、それを実行するときにこの基地―――いや、国連軍にこの機体があるということを内にも外にも知られたくないんです」 それはこの世界を以前の世界よりも、より良い方向へ導くために必要なことだ。武が目指すのは、ただBETAに勝つだけではない。犠牲をなるべく減らしての勝利だ。そのためにできることはすべてするつもりだ。 その目的のために、あまり多くの人間に知られたくないのだ。幸いなことに、今の武にはヘリの操縦記憶もある。一人でもなんとかなるだろう。「……それは分かったけど、ハンガーに入れたらみんなにばれるんじゃないの?」「ああ、あいつは90番ハンガーに収納してください」「っ!―――……そう、そんなことも知ってるのね」 武にとって、この基地のこと、オルタネイティヴ計画についてわからないことなどないだろう(理論などを除いて)。 地下に広がる広大な90番格納庫。セキュリティレベルも高い場所であるから、「伊邪那岐」を隠すには最適だ。「XG-70用の整備チームを用意してますよね?そのうちの何人かにみてもらえますかね?」「ああ、もう勝手にしなさい」 極秘存在であるはずのXG-70のことまで知っている。こいつが知らないことなんてあるのかしら、と内心夕呼は思う。 確かに、90番ハンガーなら最適だ。さらにXG-70用の整備チームは、極秘存在であるXG-70を整備する関係上「Need to Know」をしっかりとわきまえた軍人だ。そこから「伊邪那岐」の情報がもれることもないだろう。「けど、あの機体ってあんたが言うには未来のものなんでしょ?こっちに用意してあるパーツで大丈夫なの?さっきの戦闘でもずいぶん飛んだり跳ねたりしてたから、関節部にかなり負担がかかってるんじゃない?」 「伊邪那岐」は見た目、不知火とも撃震ともかなり違う。一番近いと言えば斯衛軍の武御雷だが、それでもまだ違いがある。そんな機体に、こちらのパーツを流用できるとは思えなかった。「その辺は大丈夫です。さっきの戦闘でも各部間接ユニットに負担をかけない近接戦闘をしてましたし、ある程度の衝撃も接地の瞬間に跳躍ユニットと背面スラスターで緩和しています」「あ、あんたあの戦闘中にそんなに機体に対して気を使ってたの!?」「んーなんていうかあれは癖みたいなものですね。すこしでも長く戦場で戦うことを考えるうちにいつのまに身についたんですよ」 まったく底の知れない奴だ、と夕呼は考える。 武はこれを、前の世界で近接戦闘を得意としていた者―――つまり彩峰の機動から学んだ。「それにあいつを今度使うのは20日ぐらい後になると思うんで、その間に少なくとも脚部の消耗パーツさえ用意してもらえれば」 そもそも「伊邪那岐」の驚異的な性能を支えているのは、高度な整備環境である。この世界においては「伊邪那岐」の100パーセントの性能を発揮するなど到底無理だろう。「……壊さない限りは、自由に見てもらって構いませんから」「そりゃ整備兵が泣いて喜ぶんじゃないかしら?寝る間も惜しんでその戦術機にかじりつくでしょうよ」 これで、『伊邪那岐』に関しても問題は解決だ。「それで?あんたはほかに、私に何を要求するの?」 そうだ。この世界で武は死んでしまった人間だった。夕呼にいろいろ便宜を図ってもらわないと軍人になることすらできない。「そうですね。とりあえずA207B訓練小隊に入れてください」「はぁ?今更、訓練部隊?あんたほどの腕なら多少無理しても大尉相当の位につけてやることも可能なのよ?」 確かに、今の武には基礎からの訓練など必要ない。それにしても、いきなり大尉とは破格の提案だ。しかし、武は今その地位を必要としていない。 武は説明した。前の世界でオリジナルハイヴへ突入したのは、その元207小隊の者たちだということ。彼女たちの協力なくは、あ号標的の撃破などできなかったということ。「あいつらは強くなりますよ」 しかし、それには彼女たちをいろいろなしがらみから解放してやる必要がある。そのためには、同じ訓練生というのが一番都合がよいのだ。これが、教官という立場なら、彼女たち―――特に榊や冥夜は、階級という壁に邪魔されて、彼女たちの内に入り込むことができない。 桜花作戦では、全員死んでしまった。今度はそんなことがないように彼女たちをもっと強くしなければならない。「ふ~ん……まあ、わかったわ。でもね、あんたほどの衛士を遊ばせておくほど今の人類に余裕はないのよ」 そんなことは十分承知だ。そのため、武はもうひとつの要求を口にした。「俺にA-01部隊を鍛えさせてください」「伊隅たちを?」「ええ、訓練部隊との関係上、夜のみになると思いますが、それだけでも今の彼女たちより数段強くしてみせます」 横浜基地襲撃の際にも言ったが、今の彼女たちでは次の作戦があるたび、一人また一人と部隊から去っていくことになる。 桜花作戦後も戦い続けた記憶には、衛士の強さを示したランク分けというものがあったが、そのランク表に彼女たちを当てはめると、平均してB+といったところだ。ちなみに当時の武はAA+。最低でも全員Aランクまでにはなってほしい。その資質を彼女たちは持っている。「でも、衛士としての強さなんて、そんな飛躍的に上がるものなの?今の彼女たちの強さも長い訓練で培われたものよ」 だから、その分「伊邪那岐」に手も足もでなかったことに受けたショックも大きかっただろう。 夕呼が疑問に思うのも仕方なった。しかし、それを可能にするのが、「XM3です」「えくせむすり~?」 XM3とは前の世界で武が基礎概念を考え、前の世界の夕呼の協力のもと作り上げた新OSだということを説明する。「コンボ、キャンセル、先行入力」に加え、「パターン認識と集積」といった独自の戦術機動概念を実現するためのOSシステムである。 最終的には、世界中の機体にXM3は搭載された。その結果BETA防衛戦においては初陣衛士の平均生存時間「死の八分間」を大幅に塗り替え、戦死者は3割以下にまで落ち込んだ。「……すごいわね。さすがはあたし―――いや、あんたか」「あのOSを作ったのは先生ですよ。俺一人じゃOS作るなんて無理ですからね」 XM3は「伊邪那岐」に搭載されている。これによってXM3を開発するまでの期間が短縮される。これで時間的にかなり余裕ができるはずだ。「わかったわ。『伊邪那岐』がついたらすぐにその作業にとりかかるわ」 再びパソコンに向かう夕呼。邪魔したら悪いかと思ったが、必要なことなので話かける。「あと、A-01部隊との訓練のとき、オレが仮想敵(アグレッサー)として戦いますが、オレのことは秘密にしといてくれますか?」「何でよ?」「オレのことをどう説明するつもりですか?それに訓練部隊に入ってることも不審がられるでしょう。面倒なことは避けるべきですよ」 実を言えば、これはただの建前だ。もし、武が面と向かってA-01部隊を指導することになれば、大尉以上の階級が必要になる。そうすると、A-01部隊全員が彼に上官に対しての態度をとるのだ。伊隅大尉や速瀬中尉などに敬礼されたり、敬語を使われたりするのは、何というか―――嫌だった。本音はこれだ。ちなみに207訓練部隊に訓練生として入るのも、まりもに対する似たような理由が少しはある。 そんなことを言えば、『ずいぶんガキ臭いこと言うのね』などと鼻で笑われるだろう。 幸いにも夕呼は、「確かに面倒なことはあたしも好きじゃないわ……あんたの言う通りにしましょ」と、武の提案を受け入れてくれた。「じゃ、訓練部隊の件はまりもに話を通しとくわ。でも今日はさっきのあんたの襲撃で訓練が中止になってるの。ほかのメンバーへの挨拶は明日にしなさい」「……わかりました」 そうだったのか。ほかのいろいろなことは前倒しにできたが、207訓練部隊への合流は一日遅れになるのか。一刻でも早く、みんなに会いたかった武はガックリと肩を落とした。 その後、夕呼にこのフロアへのIDカードと輸送ヘリの使用許可をもらい、武は「伊邪那岐」を回収するため、夕呼の部屋を後にした。「っと、やべっ!」 夕呼の部屋からしばらく歩いた後、純夏と霞に会っていないことを思い出した。慌てて、来た道を引き返す。 相変わらず暗い廊下だった。左右の床から青白い光が不気味に廊下を照らしている。周囲から音は何もせず、相変わらず妙に自分の足音が響く。 とてつもなく厳重なセキュリティーと恐ろしく頑丈なフロアに守られた部屋。 目の前のスライドドアが開いたさき、‘彼女たち‘はいた。 部屋の中央で青白く光るシリンダーの中に収められた脳髄。 その手前、銀髪の少女がゆっくりとこちらに振り返った。「……」 社霞と鏡純夏。 一歩近づく。―――ススッ。また一歩近づく。―――ススッ。 もう一歩―――。―――ススッ。「……こら、逃げるな」「……」 ようやく、霞の動きが止まった。無表情でこちらを見ていた。「はじめまして。オレは白銀武。君の名前は?」「……」 相変わらずだな。日本語は話せるんだ。しばらく待ってみた。「…………霞……社霞です」「よっしゃ、名前聞けた!ほら、握手しよう、握手!」「……握手?」 そう言って、霞の手をとり、自分の手を握らせた。「うわっちっちゃい!あったけぇし」 二度三度手を上下させた。「よろしくな、霞……って名前で呼んでいい?」 ゆっくりと頷いた。「よしっ!次はお前だな、純夏!」そう口にしたとき、霞の顔が驚きにそまり、頭のうさ耳がピョコンと動いた。 武はシリンダーに近づいていく。片手でシリンダーに触りながら、脳髄にむけて語りかけた。「今度はみんないっしょのハッピーエンドを目指すんだ。お前だって例外じゃない。BETAがいなくなった世界でいっしょに笑うんだ」 そうしてしばらく、目を閉じ、シリンダーに額をあてじっとしていた。その間、霞は何も言うことなく、ただその様子をじっと見つめていた。「うし!じゃあ、オレは用事があるからそろそろ行くわ!」 スライドドアの前に立つ。振り返って霞に向けて、「またな」「…………バイバイ」「ま・た・な」「……」「……」「…………………………………………またね」 武は笑って部屋を出て行った。 つづく