※本編で詳しく語られなかった部分は作者が自分勝手に独自設定にしているので、その辺りをご理解ください。もうなんか帝都城の内部なんか作者が勝手に改築しちゃってます。毎度のことながら、その辺りの事情を理解してお読みください。 ――武と沙霧大尉が箱根で対面する数時間前。 帝都でひと暴れした武は、「伊邪那岐」を箱根まで飛ばした。そして塔ヶ島城から数キロ離れたところにとめてあった輸送車両に「伊邪那岐」を収容。整備兵たちに機体を任せ、武はまたすぐに別の目的地へ移動を始めたのだった。ちなみに整備兵たちは武がどこへ何をしにいっていたかは知らない。ただ、自分に課せられた仕事をするのみだ。 さて、武が今現在いるのは塔ヶ島城の地下。城と言えど、ここは離城。警備の数もそう多くはなく、ここまで侵入するのは楽だった。それに、武の記憶ではこの塔ヶ島城に幾度となく侵入している。警備の数も見回りルートも把握している武にとってここは鼻唄を歌いながらでも侵入できる場所だった。 そんな地下の一角。ある壁の前で武は立ち止った。壁のあらゆる場所を手で触る。「お、見つけた」 くぼみがある。そこに手を引っ掛け、引っ張ると、壁の一部が剥がれ、そこに0から9までの番号が書かれた装置が現れる。そこに迷いなく数値を打ち込む武。 すべての数値を打ち込むと同時、入力のキーを押すと、なにか重いものが動く音とともに横の壁が移動し始めた。完全に音が止むとそこに現れたのは地下へと続く階段だった。 そこに足を踏み入れる武。中に入ると壁に先ほどと同じような装置があった。そこにも同じように番号を打ち込む武。すると、さきほどの入口がゆっくりと閉まり始めた。完全に閉まるとそこは闇の世界。武は持ってきていたライトをつけ、慎重に階段を下りていく。やがて、ある扉の前にたどりつく。その横には直方体の何やらレンズのついた装置。武はこの装置を知っている。これは認証装置だ。しかし、こいつが認証するのは人の網膜でも指紋でも音声でもない。 武は首にかけてあった鎖をはずす。これは「伊邪那岐」とともにきた強化装備の中に入っていたものだ。その鎖には当時の武の軍における識別票であるドッグタグが付いている。それともう一つ―――銀色の指輪がぶら下がっていた。宝石も何も埋め込まれていないシンプルな銀のリング。それを鎖から外し、その装置の前にかざす。あやしげな機械音を放ち、なにやら動き出す装置。しばらくするとピーという音とともに目の前の扉が開いた。 ――そこは広大なトンネルだった。地面を見ると線路が敷かれている。 この線路が続く先には帝都城が存在する。これは帝都城の地下から各地の鎮守府や城郭の地下へとつながる極秘建設された地下鉄道なのだ。前の世界でクーデターのとき、殿下たちが脱出するときに用いたのもこれだ。これを利用すれば、警戒の高い地上ではなく、一気に地下から帝都城に侵入できる。 武はさきほどの指輪を見つめる。何の装飾もない指輪だが、その内側には「煌武院悠陽」という名が彫られている。「また役にたったよ……悠陽」 桜花作戦のあと、殿下に冥夜の最後を伝えにいった武。そのときから彼女との個人的な親交が始まった。政威大将軍でなく、煌武院でもない悠陽本人との親交。 この指輪は未来の世界、桜花作戦後もこの世界に残り続けたとき悠陽本人から授かったものだ。煌武院悠陽がこれと信頼するものにのみしか渡されない指輪。未来の世界でもこれを持っているものは片手の指に満たなかった。本来、これがあれば帝国軍の師団の一つや二つを軽く動かせるぐらいの力があるのだが、武は結局この指輪をそんなことには使わなかった。 唯一使うのは先ほどの装置のみだ。 いくら悠陽本人が望む親交であろうと、政威大将軍に正面から面会を求めれば、毎度毎度それなりの手続きがとられる。それに政威大将軍である悠陽にそうたびたび会えるものでもない。それを嫌った武はこっそりと地下からの侵入を考え付いたのだ。この地下鉄道を用いての離城からの侵入。これを用いることで、武は悠陽にたびたび会っていた。今回もこれを使わせてもらおう。 そばにおいてある列車に向かう武であった。 帝都城。その地下の一角の壁がゆっくりと開いていく。人一人が通れるほどの隙間ができると、そこから何かが飛び出した。武だ。忍者のように足音を殺し、周囲を警戒しながら疾走する。時計を確認、それと同時に、この時間における警備状況を記憶から掘り起こす。これは未来の世界で武が必死に覚えたものだ。もちろん帝都城の警備情報など極秘中の極秘。悠陽の協力もあってなんとか手に入れることができたものだ。 未来の世界では見つかると、あの侍従長や斯衛の軍人に3時間は正座して説教されたものだ。それを避けるために必死になって頭に叩き込んだ。しかし未来の世界はある意味その程度ですんだが、今回はそうもいかない。慎重に進む。 帝都城内部の地図も武の頭の中には入っている。目指すは、悠陽の寝室だ。 深夜二時。ここは日本帝国、政威大将軍、煌武院悠陽の寝室。その日も激務を終えた悠陽は安らかな寝息を立てながら眠っていた。 ――カタリ。 それはほんの些細な音だった。しかし、その音で悠陽は目覚める。(?……風が、窓は閉まっていたはずなのに) うっすらと目を開く悠陽。やはり窓が開いてそこから夜の少し肌寒い風が流れてきていた。なぜ、と思う前に窓から入る月光をさえぎる者の存在に気づいた。「―――っ!何者です!?」「うおっ!起きてる!」 一瞬で意識が覚醒する悠陽。すぐに布団からでて、立ちあがる。そして月光をさえぎっていた者と対峙した。それは男だった。自分と同じくらいの年齢だろうか。見たこともない強化装備に身を包み、窓から身を乗り出していた。 どうやってこの禁裏に。ここは帝都城。この帝都においても一番警備が厳重な場所であるのに。警備の者を呼ぼうと、壁に備え付けの緊急警報用のボタンに手が伸びた。「待った、待った!」 男が瞬時に間を詰め、今にもボタンを押そうとしていた手を掴まれた。「っ!?」 あまりの速さに反応できなかった。この男只者ではない。腕を振りほどき、近くにかけてあった薙刀を手に取る。将軍と言えど、男一人取り押さえるぐらいの力はある。薙刀の刃を男に向ける。「そなたは何者です! ここがどこで、私が誰かを知らぬわけではないでしょう!」 すると男は、刃を向けられているというのに少しも動じることがなく、一歩身を引きゆっくりと膝をついた「殿下、自分の名は白銀武と申します。此度、このような形で殿下と見える無礼をお許しください。とある理由により自分は正面からの謁見は不可能な者でして、今宵このような方法をとったのです」 そう言って頭を下げる白銀という男。「ご、御尊顔を拝し奉り……えー、恐悦至極?にございます」 何やら、言葉使いがおかしい。名前を聞く限り日本人のようだが、それはどこかほかの日本人と違い、悠陽に――政威大将軍に接する態度ではなかった。「……すいません。丁寧な言葉遣いなんて慣れてないものでして、ここからちょっと話し方を変えますが、その無礼を許しください」 そう言って、「自分」という一人称を「オレ」に変えて話し始めた。「今回、オレがここに来たのは殿下にある人物を説得してほしいからです」「説得、ですか……?」 うなずく白銀。「はい。その人物はこの日本において近いうちにクーデターを企てている者です」「!」 クーデターとは穏やかでない言葉が出てきた。「しかしクーデターといっても、彼らは今の日本の現状を憂いて立ち上がろうとしている者たちです。殿下や国民に害する者たちではありません」「……どういうことですか」 白銀は説明した。 今の日本は政府や軍が殿下の御尊名のもと行われる政策や作戦が、彼らにとって効率や安全のみが優先され、国民と殿下の間に浅からぬ溝ができ始めていること。それを憂いた者たちが、そういった行為を行っている政府や軍のものたちを逆賊とみなし、彼らを滅っし日本をあるべき姿にもどそうとしているのだということ。 その事実に驚愕する悠陽だった。「……そんなことが」「殿下が知らないのも無理はありません。意図的に隠されていたのですから」「……それが事実として、私がその者たちのところに赴き、説得せよと、そういうことですか?」「いえ、殿下本人が公式に動けばそれは公の事実となってしまい、沙霧大尉――今回のクーデターの首謀者たちはクーデターを画策したものとして処刑されてしまいます」 確かに先の話が真実なら、彼らが決起したのも、すべてはそもそもこの煌武院悠陽の不徳から招いたものではないか。わが身の至らなさ、未熟さを痛感する限りだ。国を、民を思って立ち上がったものたちが処分される謂われはない。 ならばどうすればよいのか。「――ここは非公式にお願いします」 その言葉の意味することは一つ。「……それは私に、この帝都城を人知れず出よ、と……そういうことですか?」 白銀は、悠陽の目を見ながらゆっくりと頷いた。 無理だ。この帝都城から人知れず出ていくなどできるわけがない。帝都城も相当な警備だが、城を出た後も周りには何人もの歩哨、熱源感知センサーを装備した戦術機までいるのだ。しかも今日は謎の戦術機に帝都を襲われたということで、城の周囲はいつもの何倍もの警備がついているのだ。その警備に当たるのは精鋭の斯衛軍だ。この包囲をぬけられるはずがない。 そこまで考えて思い出した。そういえば、この白銀、どうやってこの場までやってきたのか。現在、帝都城内部はおろか、帝都城周辺に近づくことすら困難なはずなのに、どうやって。白銀を見た瞬間浮かんだ疑念が再び浮上してきた。「……白銀、ひとつ尋ねますが、そなたはどうやって私をこの城の外に出すつもりですか?」「帝都城地下の鉄道を使います」「!」 あれの存在を知っている!?あれはこの帝都に危機が迫った時の緊急脱出用に極秘建設されたものだというのに。この帝都城においても限られた人物しか知ることを許されていない。 待て、それにあれへと続く道は将軍家ゆかりの品がないと開かない仕掛けになっているではないか。悠陽自身が持つ銀の指輪、各五摂家の宝刀などだ。白銀はそれを持っているというのか。もしそうならば、この白銀はだれか将軍家ゆかりの者に信頼された者ということになる。あれはそう簡単に偽造などできる類のものではないのだから。「……白銀、今一度問います。そなたは何者ですか?その強化装備、どこの軍の命令で動いているのです」 今一度、薙刀を突きつけて問うた。すると白銀は首を振りながら答えた。「今のオレは軍人として動いてるわけじゃないんです……ただ、一人の日本人として動いているだけです」 真偽を見定めるため、白銀の目をじっと見る。目は口よりも多くを語ることがある。いくら口達者な大うそつきでも瞳の奥の嘘は隠せないものだ。それを見抜くことぐらいできる。白銀も視線をそらすことなくまっすぐみつめてくる。そんな白銀の顔をじっと見ていると、ふいに白銀の唇の端がかすかに持ち上がった。「? ……白銀、何を笑っているのです」 こちらが気分を害したとでも勘違いしたのだろうか、白銀は慌てたように答えた。「あっ、す、すみません……真面目な顔があまりに冥夜そっくりだったんで、やっぱり双子なんだなって」「冥夜!?」 まさかこの者からその名を聞くとは思わなかった。この世に生を生まれた瞬間に忌み子の烙印を押され、煌武院の家を追われたもの。この世で唯一血のつながった妹。たった数日しか一緒にいることを許されなかった妹。冥夜。「そなたは冥夜を知っているのですか!?」「ええ、よく知ってますよ……あいつとは‘長い付き合い’ですからね」 目を伏せ、穏やかな声でそう言った。 冥夜と長い付き合いとは、白銀は国連軍の人間か。いや、それがわかったところで白銀は現在の行動を軍とは関係ないと言っている。瞳もそう語っていた。 ―――いやいやそのようなことより、先ほどの冥夜のことを語った白銀。何やら冥夜に対する並々ならぬ想いを感じさせるものであった。声が、瞳がそれを語っていた。この者と冥夜、一体どのような関係であるのか。「殿下」 白銀が強化装備の中から何かを取り出した。小ぶりの箱だ。それをこちらに差し出してきた。それを警戒しながらも受け取る。「今回の話、嘘偽りは一切ないとその品に誓います」 悠陽にあけるように促してきた。白銀が誓うといった品物。いったいどのようなものなのか。ゆっくりとその箱を開けた悠陽は、中に収められているものをみて息が止まった。 ――そこに収められていたは刀の鍔だった。 光り輝く金色で、誰が見ても立派なものであるとわかる。間違いない。これは冥夜の皆琉神威の――! 目の前の薙刀の切っ先が気持ち下がったような気がする。 武は、地に膝をついた状態で悠陽の顔を覗き込んだ。先ほどから刀の鍔を見て微動だにしていない。おそらく頭の中では今の状況を整理しようと必死なのだろう。まあ、仕方ない。侵入者がいきなり妹の名を口にして、その妹がもっているはずの刀の鍔を差し出してくるのだ。ちなみにこの刀の鍔はこの時代のものではない。桜花作戦のあと、みんなの遺品を整理しているときに、武がいくつかもらったものの一つだ。武はそれらのいくつかを「伊邪那岐」のコックピットに置いていた。そうすることで自分の戦いをかつての仲間たちが見てくれているような気がしたから。「伊邪那岐」とともにこれらの品もやってきていた。一回目の世界で冥夜から送られたこの鍔。これは冥夜の武に対する信頼の証であり、武はその信頼を裏切るつもりなど毛頭ない。だからこの鍔に誓った。「白銀……そなたと冥夜は……その、どのような関係なのですか?」 ようやく悠陽が口を開いた。「関係、ですか……そうですね、冥夜がオレのことをどう思っているかはわかりませんが、オレにとって冥夜は護るべき大切な人です」 大切な仲間。今度こそ守り抜いてみせる。「……そうですか」 そこで悠陽が薙刀を引いた。こちらに再び突きつける気配はない。薙刀を立て、再び問うてきた。「もう一つ……『冥夜』という呼び名は、あの者がそなたに呼ぶことを許したのですか?」「ええ、そうです……あいつもオレのことは『タケル』と呼んでいます」 わかりました、と冥夜は薙刀をもとの場所にゆっくりと戻した。そしてこちらに向き直り、政威大将軍らしく堂々としたふるまいで言った。「白銀、先ほどの話、嘘偽りないともう一度誓えますか?」「はっ!天地神明、その鍔に誓って!」「冥夜が……あの者がそなたに名を呼ぶことを許したのはそなたを信頼してのことでしょう。その信頼を裏切ることはないと誓えますか?」「はっ!」 そして、一度大きく息を吸い、言った。「―――わかりました。そなたの話、信じます」「ありがとうございます」 そう言って深く頭を下げる武。(……!) その時、この部屋の襖が開く音が聞こえた。だれかがこの部屋に入ってきたのだ。これはまずい。幸いこの寝室にたどりつくにはあと二つ襖を開けなければならない。まだ、武がいることはわかっていないはずだ。「では、支度をしてきます」 しかしそのとき、悠陽がそう言って襖のほうへ歩き始めた。慌てて、悠陽の手を取り、止める。いきなり手を握った武に悠陽は驚愕の目を向けてくる。武は唇に人差し指を当て、静かにというジェスチャーを伝えた。それを見て、ようやく悠陽もこの部屋にやってくる者の存在に気づいたようだ。 悠陽に部屋の奥へ行くように指差し、武は襖の陰に隠れる。 やがて、その人物が襖の前へとやってきた。ここまで足音はほとんど立てていない。それは侍従としての立ち振る舞いの類ではない。ほぼ無音、肉体を鍛え上げた者がなす歩き方だ。そのことから相手が相当な手練であるということがわかる。「――殿下、お休みのところ申し訳ありません」 その声は女性だった。その人物はそう言ってゆっくりと襖をあける。部屋は暗い。武の位置からでは顔は見えない。ゆっくりと部屋の中に入ってくる。「? ……窓が……殿下、起きてらしたのですか?」 その人物が開いている窓に気を取られたとき、白銀は飛び出した。一瞬で距離を詰め、背後から腕をとり一瞬で関節を決める。「!?」 そして、足を払い、地面に組み伏せた。「な、何者だ!」 そこでやっとその人物の顔を見ることができた。月光が照らす。(月詠中尉?……いや)赤い斯衛の軍服を身にまとった非常に月詠中尉に似ている女性。髪の色と、眼鏡をかけていることだけが違う月詠中尉にそっくりなこの女性は、「つ、月詠大尉!?」 ――斯衛軍第二連隊所属月詠大尉こと月詠真耶(まや)だった。「白銀、その手を離しなさい」「あ、はい!」 奥から悠陽が出てきた。武は悠陽に言われたとおり、ゆっくりとその手を離す。 手を離した瞬間、月詠大尉は一瞬のうちに立ち上がり、こちらに蹴りを放ってきた。それをなんとか防ぐ武。強化装備のおかげで痛みはないが、その衝撃でいくらか後ろに下がる。月詠大尉はそのまま悠陽の盾になるように移動した。「貴様、何者だ!?」 敵意丸出し血統書つきの番犬よろしくガルルと睨みつけてくる月詠大尉だが、そんな月詠大尉に悠陽がそっと言った。「真耶さん、良いのです。この者は信頼のおける者ゆえ」「悠陽様!?」 その言葉に驚愕の表情で後ろの悠陽に振り返る月詠大尉であったが、すぐに武に向き直り、「この者は何者です!?」「えっと、白銀武です」 ――キッ! 何者かと聞かれたから素直に自己紹介したら睨まれてしまった。どうやら名前を知りたいわけではないらしい。「真耶さん、私はこの者としばらく城を離れます」「悠陽様!?」 ここからが大変だった。月詠大尉に武のことを話す悠陽。しかし、月詠大尉は斯衛の軍人として不審人物とともに将軍殿下を外に出すわけにはいかない。殿下、お考え直しくださいと何度も言う。しかし、悠陽は頑として譲らず、その意思を貫き通す。もう、武そっちのけで二人は言い合っていた。その会話はこんな感じ。「――なっ! 冥夜様の!?」「そうです。そのことからも、このものが信頼のおけるものだとわかるでしょう?」「い、いえしかし、それにしてもこの者が冥夜様に気づかれず盗んだということも」「真耶さん……あの者がそのようなところにあの皆琉神威を置いているわけがないでしょう。聞く話によると私には冥夜がそのような者には思えないのですが?」「た、確かにそれはそうですが……だからといって素性の知れない者の言うことなど」 こんな感じ。 しかし、いいかげんここを離れないと沙霧大尉との約束の時間になってしまう。武は恐る恐るといった具合で口を開いた。「あ、あのー心配なら、月詠大尉も一緒にどうですか?」 その言葉に話を止める二人。そしてなんとも言えないような顔で悠陽と武の顔を交互に見る月詠大尉――おそらくこのとき、彼女の中では激しい葛藤があったに違いない――しかし、結局は悠陽の「私なにがあっても白銀についていきますよ」という瞳に折れた。「……わかりました。せめて私が同行します……白銀とやら、もし万が一にでも殿下に」「真耶さん!」「はっ、失礼しました」 なんとなく背中に注意しとかないとな、と思う武であった。 帝都城を抜け、塔ヶ島城までやってきた。ちなみに、地下鉄道へと続く扉は悠陽にあけてもらった。警備の目を盗み、三人は城の外へ出る。「貴様、なぜ警備のルートを知っている?」 今にも飛びかかってきそうな目で、睨んでくる月詠大尉だった。月詠大尉のような美人はめったにいないが、その美人にここまで警戒の目を向けられるのも珍しい体験だろう。しかし未来から来たからですなどと答えられるはずがない。だから、武は未来人であるが故、こう答えた。「禁則事項です」 ――キッ! こわっ! しばらく森の中を歩く。そしてある程度城から離れると、その場に悠陽と月詠大尉を待たせ、武は「伊邪那岐」をとりに輸送車両のところまで急ぐ。まだ機体整備中だったが、別に戦闘をするつもりなどないのでそのままの状態でいいことにした。急いで、二人の待つところまで戻る。 戦術機の熱源感知センサーが反応した。どうやらここだ。その近くで膝を折る「伊邪那岐」。 それを見た悠陽の反応は、「白銀……なのですか?」 その隣の月詠大尉はそんなものではなかった。「この機体は!?」 コックピットを開いて、そこから身を乗り出す武。そんな武に月詠大尉が銃を突き付けてきた。「真耶さん!」「殿下、お下がりください!やはりこの者信用できません。この機体、先ほど帝都を襲ったものと同じです」「!……それは本当ですか、白銀?」 その問いに武は、「あとで説明しますよ。まずは二人ともこの機体に乗ってください」と、二人に向かって手を差し出すのだった。そのとき、コックピットでは「伊邪那岐」のレーダーが一機の戦術機が近づいていることを知らせていた。 そして時間は現在へと戻る。「伊邪那岐」のコックピットから出てきた悠陽に沙霧大尉は言葉をなくしている。「沙霧尚哉」 悠陽がその名を口にする。 すると撃震のコックピット部分が開き、そこから帝国軍強化装備を着用した沙霧大尉が出てきた。そして慌てたように膝をつき、「で、殿下!此度、このような形で拝謁の栄誉を賜るとは」「良い。面をあげるがよい」 それを悠陽が遮る。「はっ!」 顔をあげる沙霧であったがその顔はまだ混乱しているようだった。何故、帝都を襲った戦術機に殿下が乗っているのかなど、考えることは多いだろう。また、さきほどの話を殿下本人に聞かれたことも関係しているだろう。 悠陽の後ろでは「伊邪那岐」のレバーをにぎった武と、その横に月詠大尉がいる。さすがにコックピットに三人はきつかったが、この美人たちのいろんなところが触れるわ当たるわで嬉しいやら苦しいやら大変な武だった。乗った当初は武に銃をつきつけていた月詠大尉だったが、沙霧大尉の通信が始まってからは、その銃を下ろし、真面目な顔でその言葉を聞いていた。「此度、そなたたちが決起せんという旨、この白銀から聞いておりましたが、改めてそなたの口から聞くと、わが身の至らなさを嘆くばかりです」「殿下……!」「そなたが先ほど言ったように、帝国議会や軍のあり方と私の意志との間に浅くない溝ができてしまっていることは事実のようです。されど、彼の者たちは彼の者なりに、国と民とそして世界を想い、それを救うために力を尽くしているに違いありません。政策と言えど、民すべての想いを汲むは不可能。だが民を想う心が純粋であるがために、そのような結果を生みだしてしまったのでしょう」「畏れながら殿下!彼らのその行いが殿下の行いと偽っていることこそ許されざることなのです。民たちの『殿下のおっしゃることならば』という忠誠を彼の者たちは利用して、己が目的のために、民たちを蔑ろにしてしまっているのです。 もちろん殿下がおっしゃったように民すべての想いを汲むことは不可能。しかし、殿下の名において偽命を発するなどという殿下を冒涜するが行為!どうして許されましょうか! 奴らはすでに腐りきっています。その耳に民たちの苦しみの声など入ってこないでしょう。殿下が御心を痛める由は微塵もございません」「……沙霧、そなたの申すことはわかります。しかし、この帝国においてそのような有様……これが将軍である私の責任である由は何ら変わるところではない。私はそなた達を斯様な立場に追い込んでしまった、自らの不甲斐なさが口惜しいのです」「……殿下の潔く崇高な御心に触れ、万感交々到り、心洗われる思いにございます」「ですが沙霧……」 そこで悠陽が一歩前に出た。「そこまで国を……民を……そして私、この煌武院悠陽を想うのならば……何故そなたは人を切るのです」「!」「先ほど申しましたね、『それが必要なら仕方無い』、と……しかし、そこで散った血は、また新たな血を呼び、争いは争いを生みます。そなたが手にかけようとしている者たち、彼らの家族、友。その者たちがそなたたちを憎まないとでも思っているのですか?そなたは新たな憎しみの連鎖を生みだそうとしているのです。 ……将軍と言えど人の身。私の言うことに絶対などということはありません。将軍の意志を民に正しく伝えることが、そなた達の本意であるとしても……それが伝わらぬ者、それを阻む者を斬ることが許される道理であろうか。 それを許すのなら先程そなたが申した者とどこに違いがあろうか」「……」「民の意志を語る資格があろう筈がない……」「悠陽様……」 となりで月詠大尉がつぶやいた。「事を起こせば、この国を想う多くの将兵が散っていくことでしょう。そのような外道を行く前に、そなたの志、そのものに賛同する者たちを一人でも多く救いなさい。 日本の行く末を憂うそなたの想い……その志はしかと受け止めました。 私も、これまでの関係を正すよう、より一層尽力する所存です。煌武院悠陽の名にかけてそなたに誓います」「……し、しかし、彼らの目を覚ますが行い、そう簡単には―――」 まだ納得できないといった沙霧大尉の言葉。それをさえぎるものがあった。「――それはオレがどうにかしますよ」「「「!」」」 そこで今まで黙っていた武が口を開いた。それは悠陽も予想外だったようでコックピットの武に振り返った。「……貴様は一体何者だ?」 沙霧大尉の声。「白銀武です、大尉」「その機体のこと、何ゆえ殿下と共にいるのか。聞きたいことは山ほどあるが、白銀とやら、どうにかするとはどういう意味だ?」「その人たちの目を覚まさせるんですよ」「どのようにして」「――二カ月以内に佐渡島ハイヴを落とします」「「「なっ!?」」」 このとき、軍人である沙霧と月詠は何を馬鹿なことをと思ったことだろう。それもそのはず。人類とのBETAの戦いの歴史においてハイヴを攻略できたことは、一度もないのだ――G弾を使用した横浜ハイヴは除く。あれはG弾使用で、横浜を植物も生えぬ土地にしてしまったのだ。人類の勝利とは言えない。 日本の脇腹にささった鋭い刃、佐渡島ハイヴ。確かにそれを攻略できれば、いつも死の恐怖にさらされている日本の民の心は安らぐだろう。そして、政府の者たちの心の中にも幾ばくかの余裕が生まれるかもしれない。しかし、それが何年も不可能だったから、彼らの心は病んでしまったのだ。それをたった2ヶ月たらずでやるとは。「そのような虚言、軽々しく口にするな!それができれば苦労はしない!」 沙霧大尉が怒気をはらんだ声で言ってくる。まあ、これが軍人としての普通の対応だ。「まあ、当然の反応ですね」 武は網膜に映された現在の時間を確認した。よし、ピッタリだ。「けど、オレの言うことが絵空事でない、と……じきに、あなたの仲間が証明してくれますよ」「なにっ!?」 その時けたたましい警報音とともに撃震の緊急回線が開いた。『沙霧大尉!』 ひどくあわてた声だった。「どうした?」『先ほど0620に佐渡島ハイヴから出現した旅団規模のBETA群が海底を南下! 同0627にて帝国海軍日本海艦隊が守る海防ラインを突破した敵は新潟へ上陸! ただ今帝都にて第三防衛基準体制が発令されております! 至急、帝都にお戻りください!』 その声を沙霧は最後まで聞いていなかった。その目は、向かい合った機体のコックピットの奥、白銀にまっすぐと向けられている。「貴様! BETAの動きを読んだというのか!?」 先ほどの白銀の自信に満ちた態度と緊急回線。とても偶然とは思えない。 沙霧は信じられないといった表情で白銀に問うた。殿下も似たような様子で白銀のほうへ振り返っている。もしかして、殿下は白銀のことをよくご存じないのか? 殿下の後ろに見える白銀は、さきほどの知らせに驚いた様子はない。それはBETAの動きを予測していたということ。やつらが佐渡島ハイヴを出る前に。しかし、そんなことはありえない。BETAとの戦いが始まって数十年。奴らの動きの予測に成功した例は一つもない。奴らは不定期に、人間の都合などおかまいなしに襲ってくるのだから。奴らの思考をよむことなど不可能だとあきらめられていた。 しかし、白銀はそれをやってのけた。 卓越された衛士としての腕。謎の高性能戦術機。そして、BETAの動きを予測するなどという天地をひっくりかえすが如くの行い。まさか、この者……本当に―――。 撃震のコックピットを開いていたせいか、さっきの緊急回線は「伊邪那岐」のほうにまで聞こえていた。 目の前の悠陽がゆっくりと口を開いた。その唇はかすかにふるえている。武のとなりの月詠大尉も目を見開いて武を見ていた。「……白、銀……そなたは、一体……?」 そんな悠陽に武はただほほ笑むのだった。「―――大丈夫。人類は勝つよ」 つづく