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No.35776の一覧
[0] Muv-Luv Lunatic Lunarian; Lasciate ogni speranza, voi ch[カルロ・ゼン](2012/12/05 03:39)
[1] プロローグ[カルロ・ゼン](2012/12/05 03:39)
[2] 第一話 地獄への道は、善意によって舗装されている。[カルロ・ゼン](2012/12/14 04:50)
[3] 第二話 善悪の彼岸[カルロ・ゼン](2012/12/14 04:52)
[4] 第三話 Homines id quod volunt credunt.[カルロ・ゼン](2012/12/05 04:02)
[5] 第四話 最良なる予言者:過去[カルロ・ゼン](2012/12/05 03:59)
[6] 第五話  "Another One Bites The Dust" [カルロ・ゼン](2012/12/13 02:31)
[7] 第六話 Die Ruinen von Athen[カルロ・ゼン](2013/02/19 08:41)
[8] 第七話 Si Vis Pacem, Para Bellum[カルロ・ゼン](2013/02/27 07:44)
[9] 第八話 Beatus, qui prodest, quibus potest.[カルロ・ゼン](2013/06/26 09:01)
[10] 第九話 Aut viam inveniam aut faciam (前篇)[カルロ・ゼン](2013/03/08 07:24)
[11] 第一〇話 Aut viam inveniam aut faciam (中篇)[カルロ・ゼン](2013/03/12 05:11)
[12] 第一一話 Aut viam inveniam aut faciam (後篇)[カルロ・ゼン](2013/04/25 09:45)
[13] 第一二話 Abyssus abyssum invocat.(前篇)[カルロ・ゼン](2013/05/26 07:43)
[14] 第一三話 Abyssus abyssum invocat.(中篇)[カルロ・ゼン](2013/08/25 08:38)
[15] 第一四話 Abyssus abyssum invocat.(後篇)[カルロ・ゼン](2013/08/25 08:37)
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[35776] 第一四話 Abyssus abyssum invocat.(後篇)
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c 前を表示する
Date: 2013/08/25 08:37

それは、誰が言い始めたことだろうか?

米国発、欧州行き、片道航路。

帰ってくるものは、みな、『名誉の』ドーバー帰り。


生者として祖国を発ち、ドーバーに棺で帰国。
誰もが欧州情勢を危惧する日々の中で、彼らは欧州を支援する。
しかし、同時に送り出した若者が棺に入り物言わぬ骸として欧州から帰国するのだ。
遺族の泣き悲しむ声は、居合わせる誰もの心をざわつかせざるをえない。

それは、小さな囁き声から始まりやがては止めようもない巨大なうねりのざわめきと化す事象。

だが、それは、まだ、起きていない。


まだ。



軍葬とは、たいていの場合ごくごく内輪で行われるものだ。
一人の戦死者は遺族にとっての悲劇でありながらも、メディアにとっては平凡に過ぎるもの。
欧州で連日の激戦が報じられる中で、戦死者というのは珍しくもなくなってしまっているのだ。

が、今日この日。
ドーバー空軍基地には珍しくカメラが複数台持ち込まれていた。
それも、全国のキー局のみならず海外の主要メディアでさえも、だ。

今日、弔われる一人の軍人。
その名を、ジョン・ウォーケン。

合衆国戦術機甲部隊の創設期を担った高級軍人の一人にして、パレオロゴス作戦以来の古参衛士。
そして合衆国欧州派遣戦術機甲連隊指揮官にして、壊滅した戦術機甲部隊の指揮官だった。

将官級の戦死者、と言う意味では珍しいだろう。
しかし、それでも普通ならばこれほどまでにメディアが注目することはなかったかもしれない。
パレオロゴス作戦の頓挫以来、人類は屍の山を晒しているのだ。

遺骨も回収できず、野ざらしになっているであろう戦没者に比べれば珍しい存在とは言い難い。

だが、それにもかかわらず集まったメディア関係者は各局の最精鋭ばかりだ。
何しろ、彼らは、何かが起こるであろうと予期している。
否、確信しているといってよいだろう。

安保理でのごたごた。
近年まれにみる壊滅的な損害。
巻き添えを喰らって、前線で頓死する羽目になった将官。

そして。

それが、合衆国の肝煎りである国連軍統合代替戦略研究機関(JASRA)の要員だとすれば。
葬儀は、故人を悼むものであると同時に…酷く政治的なものとならざるを得ないだろう。


そう確信すればこその、カメラとリポーターの大群だ。
だが、驚くべきことに彼らはそのカメラを構えることは叶わない。
なにしろ、直前になって遺族の希望により全てのカメラは室外へと追い出される。
辛うじて、記者らが残ることこそ許されるも、そこにあったのは厳粛な葬儀を保ちたいという軍の意向のそれだ。

意味するところは、非常に明瞭其の物。
プロパガンダには使われたくないという現政権の意向の反映・

意外なことに、アンクルサムは此処に至ってもなお極力余計な問題を起こすことなく国際協調路線を保ちたいのだろう。
ベテランの記者らが、暗に込められた連邦政府の意図を読み取りはじめていた時、それは起こった。

聖書の一節を唱えた従軍牧師が壇上を下り、弔辞を求めたときのことだ。
弔辞を読むべく、壇上に上がったのは酷く小柄な年齢を掴みかねる国連軍将官用礼装を身に纏った女性だった。

「…今日、ここにお集まり頂いた諸氏、戦友諸君。」

壇上で、感情を伺わせないロボットのような抑揚で口を開いた彼女の年齢はようとして悟りようもない。
本来ならば、指揮系統上JASRAか在欧合衆国軍司令部の上級将校が読み上げるべき弔辞を読んでいるのだ。
ソレナリの立場だとは察することが出来ようが、少なくとも彼らの大半はその人物を知らなかった。

「私には、一人の戦友が居りました。我が戦友同胞諸君、遺族の皆様、どうか今一度、彼の在りし日を語ることを許されたい。」

淡々と、しかし、居並ぶ記者陣を完全に黙殺したその言葉。
そこに込められているのは、酷く単純な意図。
少なくとも、連邦政府の意図を汲んで行動しているという事実。

煽るな、と厳命されているのだろう。
声も何処か妙に押し殺しているような印象が付きまとう。
音程が、どこか、妙に抑制的だ。

「今日、ここに集った皆が惜しむ一人の戦友。その名を、ジョン・ウォーケンと彼の親はなづけました。」

呟かれるのは、ごくごく有り触れた言葉。
それが、荘厳な儀式の一環として行われていることは理解できる。
だが、記事にするには在り来りすぎだろう。

「祖国への献身。無垢なまでの献身でもって、彼は、祖国を、人類を、そして、家族を守るべく戦い、今眠りについています。」

決まりきった定型文。
そして、有り触れた言葉の羅列。

「合衆国のために、そして、我らが背後の護るべき人々のために彼は義務を完遂しました。」

故人の業績を語らず、単純な言葉で終わらせるという時点で大よその関係性を記者たちは推察している。
大方は、都合のついた高級将官辺りが儀礼的に弔辞を読んでいるのだろう、と。

「善き夫であり、善き父であり、善き友であったジョン・ウォーケンよ、安らかに眠れ。」

そう考えつつも、彼らとて礼節は理解している。
アメリカのために戦った戦士の葬儀、ということを理解しているのだ。
だからこそ、表面上はどこまでも礼節を保って拝聴していた。

その瞬間までは。

「私が、ターニャ・デグレチャフが命じて死なした我が戦友よ、赦せ、とは断じて言わぬ。」

淡々と吐き出された言葉。
それは、まるで意味のない文字の羅列を読み上げるかのような口調。
だが、ふと音が意味を為す文字となり、その文字の意味を解した時。

「先に逝った我が戦友よ、君の骸に誓おう。我らは、私は忘れない。断じて、忘れない。」

彼らは、無意識のうちにペンを走らせていた。

「あの日、あの場所で、あの時。君に、貴様らに、死ねと命じた日のことを。」

…JASRA実働部隊は酷く機密の多い部隊だ。

在欧国連軍に組み込まれているとはいえ、碌な取材許可も下りていない。
研究・開発部門ということで、一般向けに公開されることはないとされる部署。
安保理直轄の名目で国連に提出されている彼らのレポートはいくら申請しても開示許可が下りてこない。

が、ある一定以上の政府高官ならば必ず意識しているJASRA。
その、実働部隊を動かせる将官級の弔辞。
それが、酷く『感情的』なのだ。

声だけ聴けば、それは、棒読みに等しい単なる音の羅列にすぎないだろう。

「余人がなんと言おうとも、私は誓おう。あの時の屈辱を忘れない、と。」

だが、教会の暗がりでよくよく見れば語っている人間も、参列している人間も。
激情を抑えかねる様に固く、固く握りしめている拳の揺れが内心を語っている。

それは、百万の言葉よりも雄弁。

「戦友よ、その無念は、断じて忘れない。断じて、断じてだ。」

単調な語り口で、単調に紡がれる言葉。
そこに込められたものは、外から待ち構えているカメラでは絶対に拾えない。

「その大義のために究極の挺身を成し遂げた我らが先達よ、我らが戦友よ、その骸にかけて我らは誓おう。」

それは、まるで弔辞ではなく宣言であった。

「この糞忌々しい国連軍の軍衣にかけて誓おう。二度と、二度と君の悲劇は繰り返さないと。」

否、それは宣言ですらない。
宣戦布告だ。

「あの不法入国者どもには、寄生虫と劣化ウラン弾頭を腐るほどに食らわせてやると。」

怒りに満ちた言葉。

「非効率と、無能に打ち克ってみせる。人類も守って見せる。我々は、合衆国は、その義務を果たして見せるだろう。」





「こんなことになるならば、初めから国連の枠組みなど使わずにNATOと在欧米軍の枠組みで対応すべきでした!」

呆れ果てたように事の顛末が記された書類を投げ捨て、猛然と国連批判を唱える共和党上院議員ら。
彼らが共通して指摘するのは、余りにも旧態然とした国連の運営機構と、官僚機構をそのまま移設したような国連軍の構造だ。
挙句、散々浪費するそれらの財源は加盟国から個別に徴収され、使い道の監査もろくに行われずに際限なく請求額のみが増加している。

「合衆国は、世界に対する使命があります。間違っても、その手足を縛られるべきではありませんな。」

「国連が、数の暴力でもって効率的な対BETA戦を阻害するというのならば対応せねば。」

「少なくとも行動の自由は担保されるべきでしょう。戦争をしているのですぞ、会議を悠長に重ねて居る場合とは思えません。」

なにより、彼らの多くは極々単純な事実として敗戦と死傷者の山の責任を取りたくない。
それ以前に、彼らの祖国の若者が無為に戦死していると聞かされて嬉しい政治家は居ないだろう。
莫大な戦費を浪費し、戦死者を量産し、挙句それがBETAに対して人類間のごたごたで起きました?

我慢の限界に達しようともいうものだ。

「バンクーバー協定、否定しようとは思いませんが・・・指揮権と兵站の混乱を招くようではね。」

「あれはあくまでも軍事作戦の展開に関する国際的な協約に過ぎず、予算面での独立性は別途確保すべきでしょう。」

国連と言うお付き合い。
忌々しい不良債権の山を築くばかりの国務省。
伝統的に、連邦政府の肥大化を好まない彼らにしてみれば悪夢だ。

これで、共産主義との対峙という大義があればまだしも共産主義者と共闘する不可思議な事態ともなれば。
散々リソースを食いつぶすだけの連中とは、悉く利用価値が存在しない。

「有志連合での国連軍形式で、自律財源を合衆国が担う方がよほど効率的では?」

「さすがに負担が大きすぎる。我々がソ連のオムツを交換してやる道理はありますまい。」

「最低限、支援は必要でしょうが…。」

合衆国には、合衆国の国益を追求し、その安全保障を万全たらしめる権利が存在する。
それは、間違っても他国の国益によって左右されることがあってはならない厳粛な合衆国の誓いだ。

というよりも、当たり前の原則と言うべきかもしれないのだが。

「そもそも、対BETA戦略の観点から見れば既存の国連組織機構は余りにも無駄が多すぎませんか?」

物事を決める際に、利害関係者は少ない方が議論は簡潔にまとまる。
各国の利害が食い違う以上、行動を起こす前の国連運営は相当に揉めるのが常だ。
それが、どうでもよい次元での議論ならば我慢のしようもあるだろう。

合衆国にとって名目だけでも各国の平等を尊重し、国際社会とやらに良い顔をするのは悪いことではない。
…それが、安全保障の問題に直結していない限りにおいては、との但し書きが付くが。

「やはり、独立させるべきでしょう。国連の旗の下で戦うのは結構ですが、せめて安保理で全てを管理すべきです。」

だからこそ、共和党で外交畑に精通したベテランらは匙を投げて国連加盟国間の利害調整の手間を省くしかないと結論付けている。
二年越しの予算交渉で、地道に各国の合意を形成していくのも手順としてはまあ、悪くはないのかもしれない。
それが、刻一刻と前線の状況が変化していく『戦争』でさえなければ。

「予算と軍事参謀委員会は常任理事国がそれぞれ管轄すべきでしょうな。…方面を分けて、ユーラシア中央を中ソに。欧州正面を我々と。」

少しでも、合理的に考えれば統合は必然。
戦争は一つの頭で、手足を効率的に動かすことを出来なければ戦争にもならない。
頭が3つで、それぞれ手足に違う事を命じれば勝てる戦いにも勝てないと決まっている。

「ならば、分担金は此方に注ぎ込みましょう。…ソ連の第三世界援助額は激減しつつありますし、これ以上、不良債権を抱える必要もありません。」

同時に、それは合衆国の国益と優先課題が変化することを踏まえねばならないだろう。
国連外交という観点から、しぶしぶ反共のためにもと垂れ流している資本の投資効果は最早望みえなくなりつつあるのだ。

…無能な独裁政権を支援し、ソ連と手を組みBETAと戦い、そして合衆国の若者を死なせるとすれば、これほど馬鹿げた話はない。
そして、BETAと戦わざるを得ないとすれば、切れるところは一つしかないだろう。

国連への分担金は、もはや、あまりにも無意味だ。
政治的な名分を考えれば、それは、国連軍に注ぎ込むべきであった。

「OAUへの支援金は如何しますか?」

「それこそ、人類普遍の人道支援として加盟国に割り当てれば済む話だ。」

「まあ、余剰穀物の問題もありますし…穀物を別途提供すればよいでしょう。」

同時に名目だけとはいえ人道に配慮する姿勢でもってイデオロギーを慰撫しつつ、国内の有権者へも配慮を怠らない。
OAU諸国は、資金を他の国連予算から受け取ればよいだろう。
そこに、合衆国が合衆国のロゴの入った袋で食料を援助すれば写真写りも映えるに違いない。

「農業補助金を、国際人道支援名目に切り替えれば民主党とも連携がとりやすい。悪い話ではありませんな。」

なにより、財務省と民主党への説明も容易なのだ。
悪い話ではない。





誤解されがちだが、安全保障理事会が機能しないからと言って常任理事国が無能なわけはない。

…というよりも、彼らは世界の安全保障に興味がないだけだ。
言い換えれば、自国の安全保障には酷く真剣であるに過ぎない。

世界が平和であるに越したことはないが、同時に自分たちの安全が優先されてしかるべきという非常に分かり易い動機だろう。
相互確証破壊理論の世界に生きている彼らは、その意味では非常にシビアなリアリストの集団でもある。

「…国連軍の独立性確保、ですか。」

だからこそ、極秘裏に集まった彼らは理解しているのだ。
現状では、BETAと戦争など到底できない、と。

誰だろうと他人の足を引っ張るのは気にしないが、自分が引っ張られるのは我慢できない。

「大変結構な話でしょう。こういってはなんですが、現状ではあまりにも対応が遅すぎる。」

故に、総論としての合意はすぐに成立する。
自国が危機に瀕しているのだ、東西が国際協調の意図を示したところで驚くべきことはない。
イデオロギーは所詮、国益の前には虚しいもの。

「それで?肝心の管区はどのように?」

そして、肝心の国際協調も国益の前には無意味だ。

「目下の情勢を勘案すれば、インド方面並びに地中海は小康状態が期待できるでしょう。問題は、ユーラシア戦線です。」

ゆっくりと、しかし確実に欧州正面よりもユーラシアの状態を優先すべき。
行間にその意図をにじませるソ連代表部の言い分は、ある意味で正しい。
なにしろ、戦闘正面を限定できる欧州主戦線に比較してユーラシアは前線があまりにも広大だ。

地中海・インド方面も小康状態が期待できる以上、軍事的には圧力の厳しい中央ユーラシアへ増派することもありだろう。

「…北欧情勢を、イギリスは深刻に憂慮しておりますが。」

「パレオロゴスで浪費したツケ、払ってほしいものですな。」

が、英仏に言わせれば欧州正面を犠牲にしてソ連を掩護する道理など微塵もない。
北欧が失陥すれば、それは同時に英国の海上防衛線にまた再編が必要になりかねないだろう。
海洋長距離侵攻が可能性として存在するのであれば、英国としては北欧に戦力を注ぎ込みたいところだ。

そして、フランスにしてみればそもそもソ連を助けるためのパレオロゴスでがたがたになった欧州を支えているという憤りがある。
パレオロゴスをボイコットしたが故に相対的に損耗が低く余力があるとはいえ、そもそもNATOとWTOがすり潰されているのだ。
数的劣勢を考えれば、東独がすり潰されたあとのことは考えたくもない悪夢に違いない。

「東ドイツが抜かれるのも時間の問題となりつつあります。欧州中央への増派を優先していただきたいものです。」

だからこそ、フランスが口にするのは欧州防衛を優先すべきとの立場。
ある意味で、これもまた正しい。

なにしろ、欧州中央は人口密集地帯であると同時に経済・産業の基盤でもある。
人類の抗戦という視点に立てば、土地そのものの価値が乏しいユーラシアへの増派よりも産業基盤の維持が優先されてしかるべき。
これも、また道理である。

「カシュガルについては?」

だが、この中で一番の犠牲を払っているのはオリジナルに降着された中国本土だ。
幾ら犠牲を度外視しての防戦を行っているとはいえ、さすがに中国でさえもその損害には耐えかねる水準に入りつつある。
なにより、もともと常任理事国の中では一番工業基盤が脆弱なのだ。

「こう申し上げては失礼かもしれませんが、我々の支援なくとも『単独で対応可能』と伺っておりますが。」

「我々としては、状況が変わったという事実を申し上げるしかありませんな。」

そして、仏が嫌味を呟くように、彼らは当初国連を介しての西側介入を謝絶している。
結局、縁のある関係でソ連が支援に乗り出したときには既に時を逸していた。
当時こそ、支援する余力もあったソ連だがこの状況下では自国防衛で精一杯だ。

焦土戦と遅滞防御に徹している状況下では、そもそも掩護の部隊をソ連ですらひねり出せないだろう。

「遺憾ながら、我々も状況が変わっているのです。延焼する前ならば、いくらでも手助けできたのですが。」

そして、残念そうに呟くイギリスの腹は単純だ。
幸いにして、島国であるイギリスはアメリカ程有利な条件ではないにしても地政学的にまだマシ。
伝統的に、大陸の運命よりも自国の運命が確実であると確信しているイギリスは自国防衛に血眼を挙げることだろう。

欧州防衛と歌う英仏にしても、どこまで守るかはまた別なのだ。

「率直に行きましょう。我々は、欧州で手がいっぱいだ。さしあたり、アジア諸国にユーラシア戦線を負担してもらうのは如何ですか?」

だからこそ、仲介役を担う羽目になるアメリカは多少の妥協案を提案せざるをえない。
まあアメリカの立場としてはなるべく自分の血を流さずに欧州を防衛する、だが。

欧州失陥ともなれば負担が激増するであろうし…なによりもう一度ノルマンディーは大仕事だ。
同時に、共産主義との共闘というのは酷く国内での評判がよろしくないという問題も意識せざるを得ない。
大統領も共産主義を助けるために戦えと命じることは難しい、いや、不可能だ。

それ故に、アメリカは取りあえず激増している欧州への圧力へ対応しつつ、極力ユーラシアでの負担を避けたいというのが本音だった。

それならば、余力がある後方国家の中に負担を分担してもらいたい。
ある意味では、外部委託ともいえるだろう。

「それは…貴国が、動員してくれる、という事を?」

「無論、SEATOの会議では一票を投じましょう。」

「フランスも、それはお約束します。」

まあ、とはいえアメリカにしても微妙な問題だと理解しているのだ。
SEATO各国が全会一致で中ソ支援のために派兵するかは…あまり真剣に検討する価値もないだろう。

「せめて、太平洋協定程度を締結し、継続的な支援を頂けませんかな?」

「ご冗談でしょう?英連邦構成国に今抜けられては、欧州正面が維持できません。」

そして、有力な軍事力を有する太平洋上のオーストラリア・ニュージーランドなどの英連邦構成国はイギリスの命綱に等しい。
イギリスにしてみれば、ANZACを手放すなど微塵も考えたことがないに違いない。

「対岸の火事という訳にも行きますまい。日本、南北朝鮮、それにフィリピン、ベトナムは派兵に同意するかと。」

だからこそ、妥協案を提案するアメリカにしてみれば一先ずある程度の外交配慮として派兵が期待できる国々を挙げるしかない。
海軍を欧州方面に回しているとはいえ、陸軍が健在の日本帝国。
その周辺国も、ある程度は兵力が期待はできる。

なにしろ陸続きの国々も少なくないのだから、兵力を出すことは国防にも直結しているといえるだろう。

「それは、合衆国の明確な同意と指示のもとに推進されるのですかな?」

「好意的な立場をお約束できるだけですな。主権国家に内政干渉し、派兵を命じるなど…国連軍の枠組みを越えた問題です。」

が、それはどこまで行っても合衆国がゴリ押しすべき案件ではないのだ。
少なくとも、それを、アメリカがやらねばならない道理はない。
アメリカとその同盟国は、アメリカとその同盟国の共通利益のために戦うだけなのだ。

間違っても、収支の合わない派兵を強制するためのものではない。
特に、日本、フィリピンにしてみれば陸続きでない以上…頗る嫌がることだろう。
まあ、さすがに日本帝国も朝鮮半島がBETA策源地になっては主権線が危ういという理屈で動くだろうが。

内陸部への派兵は、費用対効果を訝しむことも予期してしかるべきだろう。

「結構。とはいえ、どのみち現状ではどうしようもないのだ。国連軍は、再編されねばなりませんな。」

「その点は、同意します。不良債権は、そろそろ切り捨てたい。」

とはいえ。

彼らは、リアリストだ。
エゴをオブラートに包んだ国家である。
少なくとも、各論に意義があろうとも総論では妥協を選ぶ。
「…では、予算は切り離すことで?」

「問題はありませんよ。ソ連は、同意します。」

「…各国に、支援できないのは残念ですが中国としても同意しましょう。」

「植民地に干渉するつもりはありませんよ。独立を言祝いだのですからね。自国防衛に励むだけです。」

「イギリス同様に我々は、我々の領土を防衛することを重視しましょう。最前線ですからね。」

「結構、では5大国共同提案をまとめることにいたしましょう。」


あとがき
祝理想郷復旧。
安堵しとります。

というわけで、少々滞りがちだったルナリアンへ投下。

『友情』の末に『努力』が贖われ、彼らは『勝利』という前回の予告通り、国連でいつも揉めている常任理事国が一致団結するという友情を見せ、大きな目標、即ち対BETA戦のための努力によって、どうしようもない官僚主義に『勝利』するでしょう。

素晴らしい!

なお、ルナリアンシリーズは世界各国の発展を真摯に応援しており、平和主義的観点からエドワード・ルトワック氏やポールコリアー氏の著作にふむふむと感心するばかりです。発想がパネェ…。

いえ、さすがにルトワックさんにはついていけないものも感じますが。


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