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No.35776の一覧
[0] Muv-Luv Lunatic Lunarian; Lasciate ogni speranza, voi ch[カルロ・ゼン](2012/12/05 03:39)
[1] プロローグ[カルロ・ゼン](2012/12/05 03:39)
[2] 第一話 地獄への道は、善意によって舗装されている。[カルロ・ゼン](2012/12/14 04:50)
[3] 第二話 善悪の彼岸[カルロ・ゼン](2012/12/14 04:52)
[4] 第三話 Homines id quod volunt credunt.[カルロ・ゼン](2012/12/05 04:02)
[5] 第四話 最良なる予言者:過去[カルロ・ゼン](2012/12/05 03:59)
[6] 第五話  "Another One Bites The Dust" [カルロ・ゼン](2012/12/13 02:31)
[7] 第六話 Die Ruinen von Athen[カルロ・ゼン](2013/02/19 08:41)
[8] 第七話 Si Vis Pacem, Para Bellum[カルロ・ゼン](2013/02/27 07:44)
[9] 第八話 Beatus, qui prodest, quibus potest.[カルロ・ゼン](2013/06/26 09:01)
[10] 第九話 Aut viam inveniam aut faciam (前篇)[カルロ・ゼン](2013/03/08 07:24)
[11] 第一〇話 Aut viam inveniam aut faciam (中篇)[カルロ・ゼン](2013/03/12 05:11)
[12] 第一一話 Aut viam inveniam aut faciam (後篇)[カルロ・ゼン](2013/04/25 09:45)
[13] 第一二話 Abyssus abyssum invocat.(前篇)[カルロ・ゼン](2013/05/26 07:43)
[14] 第一三話 Abyssus abyssum invocat.(中篇)[カルロ・ゼン](2013/08/25 08:38)
[15] 第一四話 Abyssus abyssum invocat.(後篇)[カルロ・ゼン](2013/08/25 08:37)
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[35776] 第一話 地獄への道は、善意によって舗装されている。
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/12/14 04:50
1958
米国の探査衛星ヴァイキング1号が火星で生物と思しき存在を発見。
なれども、画像送信直後に通信不能となる。

なお、宇宙人とのコンタクトに沸き立つ人類社会において少数の軍人・学者らが警鐘を鳴らす。
主導したのは、合衆国戦略航空軍団所属のターニャ・デグレチャフ大尉。
融和と警戒の二方向の必要性を提唱し、新たな『脅威』としてレポートを国防総省へ提示。


1959
国連、特務調査機関ディグニファイド12招集
同年3月ターニャ・デグレチャフ大尉、合衆国航空宇宙軍より特務調査機関ディグニファイド12へ出向。

地球外生命体に対する安全保障環境というテーマの緊急報告書を提出。
余りに攻撃的かつ過激すぎる内容と状況想定として公開は見送られる。

1966
国連、ディグニファイド12発展解消しオルタネイティヴ計画へ移行。
ターニャ・デグレチャフ中佐、合衆国航空宇宙軍調査・観察グループよりオルタネイティヴ計画司令部付国連軍将校として出向。

科学者らからの強い反発にもかかわらず、合衆国航空宇宙軍は部隊の月面配備を強行。
同軍の調査・観察グループを中心に編成された『第203調査・観察』中隊を国際恒久月面基地「プラトー1」に配備。
指揮官、ターニャ・デグレチャフ中佐。

1967
月面、サクロボスコ事件
国際恒久月面基地「プラトー1」の地質探査チーム
サクロボスコクレーターを調査中に、火星の生命体と同種と推定される存在と遭遇。

付近にて実弾演習中であったデグレチャフ中佐率いる第203調査・観察中隊が此れを救援。

此処に、初の人類と地球外生命体の交戦が勃発。


人類史上、初の地球外生物と人類との接触であり、後の戦争(BETA大戦)の嚆矢である。

異星起源種、BETA:Beings of the Extra Terrestrial origin which is Adversary of human race
――『人類に敵対的な地球外起源生命』と命名される

米国、対BETA宇宙兵器の基礎研究開始
米国国防省が在来宇宙兵器の決戦能力に疑問を提示
実際に交戦したデグレチャフ中佐、在来型宇宙兵器に対する前線からのレポートを提出。
曰く、在来宇宙兵器は火力・継戦能力・コスト・生存性のいずれにおいても欠陥だらけ。

米軍の4軍(陸・海・空・宇宙)共同開発プロジェクト・NCAF-X計画発動


1968
国連、オルタネイティヴ計画を第二段階へ移行
月面方面軍第203調査・観察中隊は、国連軍オルタネイティヴ直轄中隊へ改編。
デグレチャフ中佐、月面における奇妙な地盤振動を報告。
地中侵攻の可能性を提示し、調査を行うも決定的なデータは収集できず。

国連、オルタネイティヴ3予備計画招集

1970
米国、月面より渇望されていた機械化歩兵装甲ハーディマンの実戦部隊を前線配備
人類初のFP(Feedback Protector)兵器を運用する実戦部隊を月面戦争へ投入。
一定の戦果を収めるものの、数的劣勢の挽回には至らず月面各所で後退を強いられる。

1971年
デグレチャフ中佐ら「プラトー1」所属の国連軍人ら、独断で月面陥落を警告するレポートを提出。
通称『ルナリアン・レポート』。

これらは安保理に対し、即時増援ないし撤退を進言。
並行して、月面崩壊後の戦略想定を行うべき必要性を提唱。

地球における対BETA戦略の必要性が現実になりつつある旨の発表。
これを受け、月面戦線への大規模増援を安保理は可決。

同日、第2計画司令部、越権行為を理由にデグレチャフ中佐を解任。
合衆国、国防省戦略研究室へ転属。

1972
異星起源種との戦争という状況に後押しされる形で欧州、EU統合及びNATO軍再編。
米国、同盟各国に試作戦術機の存在を公表
政府の情報公開を受けて、開発メーカーであるマクダエル社が、同盟各国に売り込みを開始。

1973


04.19:中国新疆ウイグル自治区喀什(カシュガル)にBETAの着陸ユニットが落下。

PRA軍航空部隊が即応。
着陸BETA群との交戦開始。
オリジナルハイヴ(H1:甲1号目標)の建設を開始。

『ルナリアン案件』発覚。


04.23:『ルナリアン案件』鎮圧
『ルナリアン案件』:国家安全保障委員会指定第427号機密。閲覧には、委員会の承認を必要とする。



1974
安全保障理事会において、米国提唱の国連軍統合代替戦略研究機関(JASRA)設立を議決。

初代局長、ターニャ・デグレチャフ女史。
国連人事階級上は、Assistant Secretary-General(ASG)相当官としての特命人事。
相当のゴリ押しを断行した挙句の、米国主導の戦略模索に加盟各国からの強硬な反発が発生。

だが、それとてJASRAの第一次報告書が公表された時の反発と比較すれば霞むだろう。

JASRAが大急ぎで纏めた対BETA戦略のレポート。

機関の編成からして、対BETA戦略における米国スタンスを如実に反映することは想定されていた。

それはそうだろう。
局長以下、主要機関員が米国の意向で選抜された研究機関の報告だ。
誰だって、そんな機関の提案ならば米国による提案と見做すに決まっている。

そんな米国所属も同然の軍事戦略研究機関が出す報告書。

初夏の近づきつつある6月に公表された同報告書。

内容は、衝撃的だった。
その余りの過激さが齎した衝撃。
ユニテラリストですら思わず愕然する極論の塊。

敵光線級により主戦力である航空戦力・大陸間弾道ミサイルの有用性が著しく削がれた情勢という前提認識。
これは、軍関係者にとって異論がない。

詳細に論じられている紅旗作戦以降、核攻撃すら迎撃されている情勢を分析した部分はマトモな見解だろう。
BETA分析は、第二計画以来の資料と戦地で回収されたサンプルからの科学的知見に基づく報告。
敵情理解としては有用な纏めという程度に留まる、研究必要性の提示という点では高く評価される。

対抗兵器の議論として新兵器と既存兵器の運用法模索というのも、前線から歓迎された提案だろう。
航空戦力の代替案として戦術機を高く評価しつつも課題に言及。
近接戦能力の向上・機動性重視の重要さ・対光線級装甲の研究の提案・戦術/運用未熟の指摘。

また、概念としての空軍の代替策模索。
その一環として宇宙軍の活用提案は活路を開きうるともろ手を挙げて宇宙軍からは歓迎された。
軌道上からの爆撃や、空挺戦術に代わる降下兵団構想というのは早速予算が付けられ始めている。

同時に、従来型ドクトリンで運用されていた既存兵力の効率的運用必要性もよい指摘だとされた。
これらも、BETA相手に既存の戦術では苦戦を強いられている前線国家らにとって真っ当な提案。

とりわけ、砲兵隊と工兵隊の有用性提案は地味ながらも前線の経験を有用に取り入れたものとして評価されるべきだった。
光線級が飛翔物体を最優先に迎撃することなどを考慮し、囮としての砲弾の有用性を分析した点は高く評価されている。
これらを応用し、あえて迎撃される砲撃を行うことで地上部隊を照射から護るという概念は画期的と評される。

概ねにおいて実際に戦術機の運用に悩まされつつも希望を感じている各軍にとっても有用かつ堅実な内容。

これら、戦術論や兵器整備レベルの戦略論に関しては概ね歓迎されるか許容される範疇の提案である。

問題は、次の二点に含まれていた。

一つは、軌道防衛網整備計画の前倒しによる敵増援阻止の提言。

地球への降下阻止による戦域拡大の防止を目的とした整備計画を唱えるもの。
提案そのものには、大きな問題がないだろう。

着陸ユニットによって国土が戦火に巻き込まれることを恐れる各国にとっても望ましい提案だった。
問題は、そこに付託されたトリガー条項。

迎撃失敗時の『BETA着陸ユニットへの即時かつ無条件の核攻撃』という条件。

このトリガー条項は論議を招かざるを得なかった。

しかし、これらとてまだ戦略論として許容しうる範囲。
少なくとも、後者に比較すれば限度の一線で踏みとどまれていたとすら評しうる。


問題は、『ユーラシア放棄』という戦線再編成を兼ねて防衛線をいくつかに限定しようという提案。

今後10年の戦略情勢について、JASRAは『勝てない』と状況を分析。
勝てない以上、敗北を最小限度に留めるべしと同レポートは論じる。
曰く、当面の対BETA戦略というのは封じ込め戦略に徹し、損害を最小化しつつ遅滞防御に努めるべし。
曰く、反攻作戦に至るに必要な戦術機の数的・質的充実と各種支援兵装・新兵装の充実を待つべし。

と甚だ消極的。

しかも、これとてオリジナルに比較すれば比較にならないほど加工されていることが発覚。

原案では『ヒマラヤ以北・ライン川以東』の完全放棄と焦土作戦すら含む。
カシュガルのハイヴ一つに対し、ユーラシア中央部を放棄するという驚くべき提案。
これを考えた人間は、よほどBETAを恐れているに違いないと笑われるほど悲観的な戦局予想。

運が良ければ、人類はピレネーとアルプスで欧州を保ちえるやもしれない。
神々の御加護に恵まれれば、ライン川であるいは阻止しうることが叶うやもしれない。
或いは、ヒマラヤの山々がインド亜大陸を保持させてくれるやもしれない。

そんな悲観論というにも悲観的すぎる情勢予想は誰からも嘲笑すらされる分析だった。

なにより極東防衛の困難さを論じ、島嶼部によっての抵抗迎撃線構築の提案は前提条件を知った軍人らが愕然とするものである。
それは、大陸失陥を前提にした戦略論争であり如何にカシュガルを攻略するかという提案ではない。

勝てないという前提を踏まえたうえで、対ソ連ドクトリンの応用としての対BETA封じ込めドクトリン提唱。
勝てないならば、敵ごと大地を吹き飛ばせという割り切った作戦計画。

はっきり言えば、アメリカ本位も甚だしい提案だろう。

同盟国である西側諸国からでさえも、余りの割り切り具合に懸念の声がもたらされるほど過激な割りきりであった。

そこにある概念は、防衛できないか防衛に値しない土地は放棄するという利害計算だ。
そして、放棄するならば最大限損失を限定的にするために縦深地帯としてこれを活用しようというもの。

核地雷を含む、徹底した焦土作戦によりBETAの進撃を阻止しつつ工業地帯を断固防衛。
人類の反攻戦力充足までの時間を稼ぐために、絶対防衛線に兵力を重点配備。

これらは、正しい。

対BETA戦争としてだけ考えるならば、時間を稼ぎつつ反撃の時間をひねり出すという意味で合理的だ。

だが、同時に国土を焼かれ放棄される国々にしてみれば堪ったものではないだろう。
しかも、寄りによって米国が、ユーラシアの国々にこれを突きつけるのだ。
反米感情が安保理で噴出しなかっただけ奇跡的といえるだろう。

そして、7月6日。
北米、カナダにBETA着陸ユニットが降下。

カナダはこのドクトリンに従って行動した米国によって戦略核の集中投射を行うという通告を受けることになる。
通告を手交されたカナダ外務大臣が愕然とするまもなく、与えられた猶予時間は24時間。
その間に避難できない場合、合衆国は責任を取り難いという通告。

そして、通告は文字通り24時間後に戦略核の集中運用という形で成し遂げられる。
ヴァンデンバーグ空軍基地より投入された複数のW62弾頭搭載ミニットマンⅢにより外層を破壊。
さらに、ハイヴ根幹をたたくため地下施設破壊用のW53弾頭搭載のタイタンⅡを集中投入。
文字通り、着陸ユニットを根こそぎ合衆国は破壊してのけた。

これにより、人類は少なくとも着陸ユニットによる敵増援の阻止という目標は実現可能であることを証明する。

だが、同年10月にマシュハドハイヴ(H02:甲2号目標)の建設が確認され人類は恐怖する。
当たり前といえば当たり前だが、BETAは拠点を自分たちで作れるということが確認された。
ハイヴが分化するという事実は俄かに国土が深刻に侵されるという危機感を各国に齎すこととなる。

そして、それは事前にJASRAが提案していたユーラシア放棄計画の現実味が齎されるということだった。

米国はBETAと共にユーラシア中央部を焼き払いたいのでは?
彼らが、安保理が、発案者の真意を知らんと欲するのは当然だった。









厳しい表情の列席者。
特に、前線国家群の代表らは怒りを隠そうともしていない。
ばかりか、大半は心底憎悪の念を瞳に燻らせ不埒な発案者を睨みつけている程。

視線に物理的な力を込めることができるのならば、それだけで押しつぶさんばかりの視線をターニャは一身に浴びていた。


一機の戦術機でも、一発の弾丸でも。
とにかく何でもいいから、前線のために諸外国から援助をかき集めている最中の彼ら。

その外交官らの懸命の願いですらある反攻作戦。

こともあろうに、その反攻作戦を馬鹿馬鹿しいと握り潰し、ひたすらに持久を唱えるルナリアン。


『何々、欲張ってBETA着陸ユニットを独占しようとしたら国土が侵された上に大量の国民がお亡くなりになった?
ああ、無能な政府を持った国民は哀れですからね。それはそれはお悔やみ申し上げましょう。
おやまだ何か・・・ああ、反攻作戦?何故ステイツが馬鹿げた自殺的攻勢に加わる必要が?』

安保理によるJASRA公聴会前に開かれた非公式の晩餐会。
そこでオブラートに包まれ吐かれた言葉を三行に要約すると暴論もよい意見だった。

飛び掛からないだけ、彼らは理性的に違いない。

だが、幾多の憎悪が込められた視線を向けられようとも彼女は揺るがない。
一切合切をくだらないと斬り捨て、皮肉気な笑みを浮かべた表情。
慇懃無礼な口調と裏腹に、馬鹿馬鹿しいと嘲笑すら眼が物語っていた。

「つまり、貴官のプランは、ひたすらに耐えろということか?」

至極真面目くさった外交官が、いかにも遺憾であるという表情で愁いながら紡ぐ言葉。
端的に言えば、勝つ気があるのか貴様という言葉をオブラートに包んだ軽い嫌味だ。
真摯な声色でありながら、そこに込められた嫌味の言葉程度『行間』を読めば誰にでもわかるだろう。

「いいえ、貴国の持久作戦論同様に、反抗に備えて力を備えよと申し上げております。」

そして、嫌味を嫌味とわかったうえでPRCの外交官に対してターニャは糞真面目な表情と口調で答える。
この戦略を建てるにあたっては、貴国の戦略論に学ぶところが大でありました、と。

言い換えれば、議論を彼らのレジティマシーとリンクしての批判予防。それはそうだろう。
質問に立った彼は、一党支配体制国家の外交官であり党に忠実でなければならない。
そんな彼が、自国のドグマや党のドクトリンを持ち出されれて批判出来るはずがないのだ。

持久作戦理論。

戦争が長期化していることは軍を組織化することが可能な時間的余裕があることを意味する。
作戦方式も段階的に遊撃作戦から正規作戦へ段階的に移行することが可能というドグマ。

その条件は量的拡大と質的向上の二点。
前者は人民を動員して部隊に参加させ、また小部隊を大部隊に編成することで到達可能。
後者は遊撃戦争における部隊の戦闘能力の練成と優良な装備の入手によって達成できる。
至極、至極真っ当な戦略論である。

問題は、誰が時間を稼ぎ、誰が稼いだ時間で行動するかという点だけだろう。

まさに、歴史の皮肉であるだろう。
IJAに対して矢面に立ったのはKMTの軍。
両者が摩耗し疲弊し尽くした後で横合いからCCPがなぐりつけた。

オブラートに包まれた真実とは、そういうものだ。
時間を稼ぐというのは、自分以外を殴らせるということである。
そして、対BETA戦においてステイツがそれを再現させようというのだ。

BETAに対し、CCPを矢面に立たせた挙句にUSAが横合いから殴りつけるという構造は反共主義者にしてみれば中々に愉快なもの。
逆に言えば、単独で矢面に立たされる国家にしてみれば堪ったものではない。

そして、謹厳実直な表情で淡々と述べるデグレチャフ事務次長補は強烈な反共主義者として知られている。

『コミーの理屈で、コミーをすり潰し人類の利益に貢献させる。まさに、最高ではありませんか!!』

彼女が呟いたとされる言葉が、伝わってくることからして反共精神を隠す気すら彼女にはないらしい。
小柄な女性事務次長補だが、その悪意と存在感は威圧感すら身に纏い対峙する人間に無言の圧力をもたらす程。
彼女は、恐るべき効率至上主義者だ。

人類融和のお題目こそ唱えているものの、だからと言ってコミーのためにステイツの兵隊を死なせる意図は皆無。
はっきり言えば、彼女はカシュガルの件でCCPを心底罵倒したとまで言われている。
馬鹿が欲張ったが挙句に、人類を巻き添えにして滅びる気か、と。

そんな連中のために、ステイツの若者を戦地に送り出せと?
沙汰の外だろう、ありえないだろう、むしろ責任を取って連中が必要な時間稼ぎをすべきだろう、と。
せめて、責任を取らせるためにもコミーをすり潰しましょうと口にするほどだ。

そして、純粋な戦略論から言えばそれは決して間違いでないところが最悪だった。

戦術機の改良・兵員の増強・運用ドクトリンの研究。
いくらでも質的・数的改善のために行い得る点はあるだろう。
時間が必要なので、時間を前線国家が稼ぐべきだという主張はそういう意味では正しい。

ただし、使い潰される側にしてみれば絶対に受け入れられない正しさであるのだが。
彼女の怜悧な眼が、戦死者を数字で数えたとしよう。
だが、前線国家群にしてみればそれは彼らの若者の死なのだ。

損害を最小化するために、貴様らが死ねといわれて納得できる人間は多くない。
理性で理解し、感情で納得できないというならばまだマシだろう。

人間を、数でとらえて如何に効率的に活用してすり潰すかという終末思想。
そんな思想はまともな世界においては異端も異端だ。

「しかし、貴官の防衛構想ではかなり大部分を放棄することになる。」

故に、東側の外交官らにしてみれば攻め口を変えてでも米国側の譲歩を引きずり出さねばならなかった。
膨大な工業力を背景とした、砲弾・兵器・装備を山積みにしている人類の兵器廠こと合衆国。
その大半が、彼らが絶対防衛線と想定した地域の要塞化に注ぎ込まれ前線には殆ど届かないのだ。

明らかに時間稼ぎ程度の量しか送られてこない砲弾では、国土の奪還など覚束ない。
其ればかりか、加速度的に拡大しているBETA支配地域は東側の主要な工業拠点であるウラル工業地域すら危険にさらしている。
そして、ステイツは防衛困難故に極東へ疎開されるべしと放棄を提案してくる始末。
第三計画に至っては、アラスカにおいて米ソ共同でいかがですかと申し込まれた時点で彼らの立場が理解できるというものだ。

「ウラル以東まで後退し、欧州方面はポーランドでの遅滞戦闘を想定。挙句にインドはヒマラヤ山脈を絶対防衛線とせよ?」

実質的にそれは、WTOの解体を意味しかねない。
つまるところ、米国は米国にとっての仮想敵国でもってBETA相手に時間稼ぎを行わせたいのだ。
そして、自らはその時間で国力の増強に努めるという行動原理。

それを、人類生存圏確保のための行動原理などと謳われてはたまったものではない。
宗主国から切り離された衛星諸国にしても、その支配体制を維持することは到底かなわないだろう。
つまるところ、大損するのは東で、丸儲けするのは西という構造が見え透ける提案。

敗北主義だ、と批判する外交官らの背後には深刻な危機意識も横たわっている。
使い潰されるのではないのか、という危惧だ。

目の前で、平然としている銀髪の悪魔。
カナダという最も近しい同盟国すら焼いたのだ。
奴が、心底嫌いぬいている共産主義諸国のために犠牲を払うだろうか?

よしんば払うとしても、それは彼女の国の利害のために他ならないだろう。
そして、それは彼らの祖国を焼くことになるのだ。

誰が、祖国を思わざるものだろうか。

誰が、思い出の地を自ら焼くことを欲するだろうか。

誰が、祖国を灰燼に帰すために、軍に志願しようか。

「はい、カシュガルを初期に制圧しかねた以上やむを得ないかと。」

だが、それはターニャにしてみれば単なる感傷だ。
彼女は異邦人であり、同時に傍観者の立場にすぎない。
よって立つところが違う以上、郷土愛という感情はノイズなのだ。
無論、内心の自由を尊重する以上、如何なる心情だろうとも干渉する気はない。

だが、合理的戦略形成を阻害するならばノイズなのだ。
対BETA戦争に、そんな余裕はない。

ターニャにしてみれば散々月面時代から警鐘を鳴らしてきたのだ。
あんな連中の技術鹵獲のために『人類種』を危機に落とされますな、と。
言い換えれば、貴様らが国益を追求するか、それとも人類種の共通利益を追求するか選ぶべき時なのだ、と。

だから、国連を介してカシュガルへの介入を東側が拒否した時点でターニャは割り切っている。
彼女が考慮すべきは、西側資本主義社会の利益であり、よしんばそれを外れるとしても人類種の利益だけだ、と。
個別のコミー?それは、コミーの政府が主権国家として『主権』によってお守りになればよろしい、と。

良く分かりもしないものを、無理に欲張って手に入れようとするからそうなる。

自業自得もよいところではないかと内心で嘲笑いつつも、ターニャは表向き遺憾そうに答えていた。

それは仕方がない提案だというスタンス。
心底悲しげに端麗な眉を歪め、涙すら流しかねんばかりに嘆いて見せる。
ああ、悲しいかな、人類に選択肢はないのだと言わんばかりの姿勢。

ある意味では、これはターニャの本心でもある。
もちろん、内実は自業自得もいいところで滅びてしまえと思う気持ちがないといえば嘘になるだろう。
だが、ほかに選択肢がないというのも彼女にとっては真実だ。

「絶対的な確信と共に申し上げます。」

嫌悪の情を抜きにして考えてもそれは防衛がぎりぎり可能かどうか微妙なラインの問題。
率直に言って、パレオゴスで戦力を消耗せずに防衛に全てのリソースを投入して実現可能かどうかの水準。

90年代まで持ちこたえられたヒマラヤ防衛線は兎も角欧州はパレオゴス以後一気に瓦解している。
ピレネーあたりに絶対防衛線でも構築できれば随分と反攻が楽になるのだろうが。
スペイン保持どころか、ジブラルタル以南の心配をする羽目になっているのだから笑えない。

「これは最良の封じ込めが成功したとして、人類が防衛戦を維持できるぎりぎりのラインでしょう。」

知っている世界では、ユーラシアは陥落した。
辛うじて、欧州でイギリスとイタリア半島最南端分の確保に成功しているがしがみ付いていると評するのが限界だろう。
インド亜大陸戦線は崩壊し、辛うじて戦線が残っているのはカムチャッカ程度。

其れに比較すれば、欧州を保ちインド亜大陸を保持できるのは最良の未来だ。

ただし、それは最悪と比較すればにすぎない。
現在と比較すれば、それは最悪だろう。

そして、知っている人間からすれば失陥した土地でも、今は厳然たる領土として存在するのだ。
どのみち落ちるならば、せいぜい損切りしようという発想は現在に生きる人間にも浮かばない。
彼らにとっての問題認識というものは、いかに防衛するかである。
如何に、損害を最小化し戦力を温存するかという発想は前線国家のものではないのだ。

故に、そもそもターニャの戦略案は受け入れられがたかった。

「では、最もあり得るのは?」

「ユーラシアの失陥であります。」

淡々と吐き出すユーラシア失陥という懸念。
本人にしてみれば、ありうる可能性の高い未来予想のつもりだ。
だが、吐き出される側にしてみればあまりに飛躍した予想。

「貴官は、現状を知っているのか?我がWTOに貴国のNATO、そして中国の大陸軍に加えて、ユーラシア諸国すべてがBETAに降されると?」

「現状を放置すれば、20年後にはアフリカ大陸や北米大陸が最前線となるでしょう。」

誰もが、誰もがここに至ってなおBETAという敵を理解していないのだ。
その恐ろしさは、奴らの物量一点に尽きるという真実を。
あの汎用性が異常にずば抜けた土木機械はだからこそ、人類を駆逐しうる。

全くもって、効率性だけ見れば羨ましいことこの上ない。
連中、無能な足の引っ張り合いとは完全に無縁だ。
システムに支配されているが故の弊害か、ワンパターン化するというものがあるとしても学習機能つきである。
コミーよりは、BETAの方にまだ親和性を感じられるというものだ。

有能で効率的な敵よりも、無能で非効率な味方ほど恐ろしいものもない。

「つまり、失敗すればユーラシアから駆逐されると?」

「BETAと物量戦を行った場合、人類が先に摩耗して戦線が崩壊します。断じて攻勢など取りえましょうか。」

あんな連中相手に、此方から不利な戦闘を仕掛ける必要は皆無。
せいぜい遅滞戦闘に努めて時間を稼ぐべきなのだ。
というか、それすら史実では人類はできていない。

反攻だの、奪還だの大言壮語を悲願とする前に許容しがたい現実を受け入れるべきなのだ。

第三世代、第四世代の戦術機を充足させて反撃しうるだけの鉄量用意。
それができるようになるまで、人類は耐え忍ぶべきしかないのだ。
そうでなければ、反撃どころか全滅が待っている。

間違っても、カシュガルを落すか全滅するかのばくちを打つような瀬戸際にまで追い詰められるべきではない。

「彼我の損害率を認識しているのかね?」

「数値上はこちらがやや優勢かもしれませんが、物量で押す相手には絶望的に不足しています。」

BETAは代替可能性がきわめて高い。
なにしろ、工業製品に近い性質を持つのだ。
歴戦の兵士に自軍の戦力をこちらが育てる間に、コンスタントにBETAは量産されている。

話にならない。

「対応策を持ち合わせているかね?」

「戦力向上による最終的な反攻開始まで、現戦線で持久に努める以外にありません。」

故に、コミーをすり潰すというのは副次的な目的。
封じ込めを行わなければならないというのは、ある意味では文字通りそれしか選択肢がないからだ。

「ふむ、我々としては、貴官による研究機関の設立は支持するがそのように、及び腰では成果が望みえるのか?」

「失礼、多角的な視点から議論するという意味では・・・。」

だから、彼女は焼いてしまえと、塵芥としてしまえと主張する。
守れない土地ならば、核地雷でBETAもろとも吹き飛ばしてしまえ、と。

そして、彼らは守りたいと願う。
彼らの故郷を、生まれた町を、思い出の土地を。

故に、両者は絶対に理解しあえない。
相手の主張に耳を傾け、議論することは可能だ。
しかし、そもそも事の始まりが違う。

彼らにしてみれば、祖国を守りたい。
そこにおいて、不合理と呼ばれようとも彼らはそこに立っているのだ。
守るべき人々、守るべき故郷。
彼らが戦うのは、そのためだ。

デグレチャフにしてみれば、人類圏が最優先。
言い換えれば、自分自身のために戦っているにすぎない。
それは、一種の生存闘争という認識だ。

個別国家の事情など、有利になる事情でない限り斟酌するだけ無駄だと割り切っている。

故に、JASRAのレポートは拒否される。
狂気の沙汰と。
論ずるに値しない暴論と。

そうして、それは投げ捨てられる。
その行くつく先は、故郷を取り戻すための大規模反抗作戦。

かくして、善意によって地獄のパレオゴスへの道は舗装される。


あとがき
取りあえず、一心不乱の大戦争のために下準備。
準備は大切だよね、少佐殿も50年以上かけてたし。

適当につえーやるだけじゃ、オリーシュ蹂躙もの。
キチンと、苦戦させて、苦闘させて、足引っ張り合わせて、しかもお互いが正しいというジレンマ経験させて、相互理解のむずかしさを経験させて、失敗させて、責任の押し付けあいさせあって、敵前でもめさせて、混乱させて、蹂躙される末期戦もきちんと描写しないとね。

新兵器や画期的な新戦術?
そんなもの程度で挽回できれば、苦労はないよね的な。
未来知識があれば、戦争に勝てる?
んなわけないでしょうと。

戦術で、局地戦で勝利してそれがどうしました?
戦略的劣勢を挽回しうるだけの知見があると思いますか?
たった一度の機会があったとすれば、それは1973年4月19日でしょう。ですが、彼女は失敗しました。故に、もはや戦術で戦略を挽回しうる局面はないのです。

さあ、大戦略を!
一心不乱の大戦略を!
この劣勢を挽回しうる、大戦略を!


大丈夫、本作はカルロゼン印の末期戦です。

政治というもの大好き人間が、政治の失敗を嬉々として描写するための病膏肓に入る人間による、病膏肓に入った方々へお届けするフレッシュな末期戦です。

間違っても主権国家が、非ウェストファリア的自己犠牲の精神に目覚めることはあり得ません。非政府アクター?パワーポリティクスの世界ですよ?ご冗談でしょう?

とまあ、皮肉たっぷり悪意満載の本作。

次回、『パレオゴス作戦、人類の反撃はこれからだっ!』

ご期待ください。

なお、パレオロゴス作戦前の準備段階でZAPが第一話付近でも吹き荒れております。渡航に際しましては、十分にZAPにご注意ください。


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