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No.35776の一覧
[0] Muv-Luv Lunatic Lunarian; Lasciate ogni speranza, voi ch[カルロ・ゼン](2012/12/05 03:39)
[1] プロローグ[カルロ・ゼン](2012/12/05 03:39)
[2] 第一話 地獄への道は、善意によって舗装されている。[カルロ・ゼン](2012/12/14 04:50)
[3] 第二話 善悪の彼岸[カルロ・ゼン](2012/12/14 04:52)
[4] 第三話 Homines id quod volunt credunt.[カルロ・ゼン](2012/12/05 04:02)
[5] 第四話 最良なる予言者:過去[カルロ・ゼン](2012/12/05 03:59)
[6] 第五話  "Another One Bites The Dust" [カルロ・ゼン](2012/12/13 02:31)
[7] 第六話 Die Ruinen von Athen[カルロ・ゼン](2013/02/19 08:41)
[8] 第七話 Si Vis Pacem, Para Bellum[カルロ・ゼン](2013/02/27 07:44)
[9] 第八話 Beatus, qui prodest, quibus potest.[カルロ・ゼン](2013/06/26 09:01)
[10] 第九話 Aut viam inveniam aut faciam (前篇)[カルロ・ゼン](2013/03/08 07:24)
[11] 第一〇話 Aut viam inveniam aut faciam (中篇)[カルロ・ゼン](2013/03/12 05:11)
[12] 第一一話 Aut viam inveniam aut faciam (後篇)[カルロ・ゼン](2013/04/25 09:45)
[13] 第一二話 Abyssus abyssum invocat.(前篇)[カルロ・ゼン](2013/05/26 07:43)
[14] 第一三話 Abyssus abyssum invocat.(中篇)[カルロ・ゼン](2013/08/25 08:38)
[15] 第一四話 Abyssus abyssum invocat.(後篇)[カルロ・ゼン](2013/08/25 08:37)
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[35776] 第三話 Homines id quod volunt credunt.
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/12/05 04:02
難民政策問題。
ユーラシアの失陥という可能性。

その何れも安全保障に関わる人間にしてみれば、無視しえない重要な要素だ。
だから、事が米国の安全保障に深刻に影響すると見做されたがためにJASRAが呼ばれた。
はっきりといえば、デグレチャフ事務次官補の評価は合衆国内部でも完全に割れている。

少しばかり、新聞をよく読む人ならば月面戦争の英雄として彼女を知っているかもしれない。
だが、世間での彼女の評判というのは取り立て話題に上るほどというものでもない。

しかし、ことを合衆国の枢機にあずかる面々に限れば話は真逆。
デグレチャフ事務次官補と耳にするだけで、なにごとやあらんと顔面を変えるほどである。
誰もが、彼女の長期的な分析・戦略形成と月面以来の対BETA専門知識は評価する。
特に、知っている人間は『ルナリアン』と一種の畏怖すらこめて敬意を払う。

同時に、知っているからこそ彼女の言動を彼らは恐れる。
小柄な女性事務次官補の穏やかな能面の裏に、どのような激情が渦巻いているか。
月面で月に魅入られたとまで評される激変を見せたという個人的な経歴。
カシュガル以来、悉くBETA戦争における主要な事象を分析してのけた偉大な知性は同時に恐るべき狂気の産物。

彼女は、100を救うためならば、99まで捨てられる。
いや、最悪の状況において100のためならば100を捨てることも平然とやってのけるだろう。
言葉にするのは、簡単かもしれない。

だが、実際にやってのける人間というのはまったく別種の存在である。

まして。

合衆国のために難民数億人を平然と切り捨てようと政策提言の場で言葉にできる人間は異常だ。

「さて、余談はその程度して本題に入ろう。」

だが、居並ぶ高官らをして頭を抱えさせるような政策すら今日は前菜。

「デグレチャフ事務次官補。パレオロゴス作戦に対する評価分析を。」

「はっ、こちらになります。」

配布される資料の束。
それが意味するところは余りにも大きい。
安全保障会議。

そこに籍を置く人間にすら、事前に配布しえないほどの機密性。

意味するところは、無視しえない重さを持つ。

「お手元に配布した資料は、JASRAによるソ連が提案したパレオロゴス作戦の分析です」

そして、悪魔よりも悪魔的な連中が邪悪な頭脳でもって行ったソビエト政策のペーパーだ。
マトモな良心では、読むに堪えないえげつない分析が行われていることだろう。
率直に言えば、それだけで外聞が悪くなるほどに。

「何故、リアリスト揃いのコミーどもがパレオロゴスなどというばくちに出たのか?単純です。」

だが、彼女は知っている。
米国の政治家というのは、どうであれ利害計算にだけは長けるということを。
語るべき言葉というのはツールだ。
しかるべく語れば、それは理解される。

なればこそ、彼女は極々生真面目な官吏としての立場を保つ。
そして灰色の死んだ魚のように濁った瞳を、職務用の笑顔で誤魔化しつつ彼女は言葉を紡ぐ。

「ソ連は、時間がソ連の敵と判断したようです。」

ああ、素晴らしいかなコミーども。

本心で笑みが浮かび牙をむき出しにして笑い出しそうになる。
あの自己中心的で倒錯した世界観に浸るパラノイアどもは、実に愛おしい。

自分を自制しながらターニャは、それでも思わず微笑んでしまう。

「時間?」

ソビエトには時間が無いのだ。
一体、なぜパレオロゴスという一大反攻作戦が強行されたのか?
単純だ、ソビエトにはそれ以上待つことが利益にならないのだ。

「ご存知のように、ソビエトはBETAの波状攻撃によってモスクワ方面を喪失いたしました。残念で仕方ありません。」

ソビエトに余裕はない。

お陰で、溝鼠の様にこそこそとご自慢の首都から逃げ出す始末。
共産主義的革命的敢闘精神とやらに期待したかったのだが。
まったく、おかげでヨーロッパ防衛の盾に使える親衛師団は遥かハバロフスクへ逃げ出す始末だ。

連中、同じコミーの尻拭いもできないと見える。

「本当に、まったく残念です。私がやりたかった…っと、失礼いたしました。」

戦争なぞ人的資源と経費の浪費。
ただ、個人的趣向としてはコミーが溝鼠の様に惨めに駆逐される姿は自分で見たかった。
モスクワを平地にするのは、ぜひとも自分がやりたかった。

まさか、このご時世でハバロフスクを襲撃するわけにもいかない。
実に、実に残念だった…まあ、ハバロフスクを焼くだけならば機会はあるだろう。
気長に次を待つしかない。

「なりふり構わず国土において核を用いた焦土戦術に移行したにもかかわらずです。」

メインモニターに映し出されるソ連の地図。
カシュガル以来、その国土はひたすらに北西に進路を取るBETA群によって蹂躙されている。
衛星写真が明らかにするのは、ユーラシア中央部にぽっこりと湧いた灰色のエリア。
核とBETAに蹂躙されつくされた地域は、完全に不毛地帯と化している。

「ウラル以西の重工業地帯を悉くソビエトは喪失しつつあります。経済的な打撃は天文学的な規模に至るでしょう。」

そして、ソビエトはその軍事力を養っていた主要工業地帯をBETAの進撃によって喪失している。

「移転は難航しているようです。辛うじて工場の部分的な移設にこそ成功していますが影響は絶大かと。」

視線を受けた情報官らは、ソビエト情勢に関する分析を提示。
全体的に産業基盤の移転に遅々として成功していないのは、諜報機関らが悉く同意する事実だ。
官僚主義的に硬直しすぎて柔軟性を欠いたことも大きい。
だが、なによりインフラストラクチャーが貧弱なことが工業基盤移転を阻害していた。

移転が間に合わなかったご自慢の戦車工場や兵器廠の多くは今頃BETAに更地にされているところだろう。
よしんば、機械を移転したところで部品供給網の混乱は深刻だ。
ハバロフスクで国家機能を再建するまでの間、補給は相当に混乱するだろう。

「資源地帯の喪失の影響も小さくはないでしょう。特に、穀倉地帯を失った影響は致命的だ。」

「深刻な飢餓の可能性が示唆されています。…すでに、内々ではありますが穀物輸入の増量要請が。」

「欧州方面への兵站は確実に絶望的です。」

各方面の情報官らも、ソビエトの状況が決して楽観視を許すものではないことは理解している。
入手している統計によれば、状況が悪化しつつあるということは明らかなのだ。
それらが奏でるのは、ソビエトという冷戦の一角が朽ち果て行く断末魔。

これが、BETAでなければ乾杯でも言祝ぎたいところだろう。

だが、相手は人類を生命体として認識しえない欠陥土木ユニット。
お陰で、盛大に文明人が苦労して相手する羽目になっている。
文明でもって、野蛮に対抗するために野蛮を為すのだ。

狂っているが、致し方ない。

「現在のWTO軍は遊兵もよいところ。NATOで正面配置していたカテゴリー1師団がです。」

対ソ連諜報の結果として入手されているソ連軍戦力。

間抜けなソ連軍と笑うべきか。
BETAの進軍速度が速すぎるというべきか。
ソ連の正面配置は完全に裏目に出ていた。

欧州方面を主戦場と想定し、その対応のために整備されていた赤軍の配備。
対して、カシュガルから北進してくるBETA群はその脆弱な側面を食い破った。
行動策定者らにしていれば、完全な想定外もよいところだろう。

そして、軍事国家ですら想定しえないBETAの侵攻能力は専門家らをして愕然とさせるに足るもの。
劣悪なインフラに加え焦土作戦で敵兵站線を破壊するという伝統的なソ連の縦深作戦。
本来ならば、脆弱な横腹を突かれようとも敵が兵站に手間取る間に再配置が十二分に可能だ。

そう、もしもBETAに兵站線という概念さえ存在すれば。

ひたすら、悪路をものともしない走破性を発揮し軍団規模のBETAが突進してくるのだ。
兵站破壊以前に、破壊すべきBETA兵站線が存在していなかった。
どころか、本来ならばソ連に味方すべき劣悪なインフラの悪影響を撤退するソ連が蒙る始末。

なまじ、モスクワ方面の防衛を意識してしまったことが致命的だった。
重装備の部隊を逃す機会を逸したがために、ウラル以東へ逃がすことに失敗。

お陰で、欧州にソ連と衛星諸国のWTOが依然として外壁という形で残っている。
どころか、モスクワ防衛用に動員された部隊まで押し込まれている形だ。
ソ連にとっては、忌々しいことにウラル以東の防衛戦に一切貢献しないWTOだ。
彼らにしてみれば、持て余しているというのが一番的を射た表現だろう。

「加えて、加盟各国の性質を考えれば抑えのソ連軍だけ引き抜くことも困難でしょう。」

なにより、好き好んで共産主義国家となったわけでもない東欧諸国の忠誠心は期待するだけ無駄だ。
ソ連の後退と連絡線遮断を幸い、露骨ではないものの徐々に距離を取り始めている。
無論、共産党党員らの既得権益問題や内部抗争も苛烈であるのは事実。
其れに助けられ、辛うじてソ連が影響力を保っているという構造だろうか。

「ソビエトと、その衛星諸国との関係の議論に深入りすることは避けますが…」

「さぞ、盛大に内輪もめしていることでしょうな。」

「まあ、構造上そうならざるをえないでしょう。」

冷戦構造化において、長らく対ソ戦略に悩まされていた面々にしてみればそれは自明の事実。
好き好んでソビエトの一翼になりたい国家というのも多くはないのだ。
剣によって屈服を強いられたある主権国家の国民が、圧制者の剣が朽ちてなお支配される道理もない。

「ともかく、はっきりといえば時間をかければかけるほど影響力を喪失しかねない事態です。」

故に、情報機関が秘密裏に非公開情報を探るまでもなく衛星諸国が独立の動きを強めているのは公然の秘密だ。
彼らにしてみれば沈みゆくソ連という泥船から逃げ出し、アメリカが差し出す救命ボートに飛び乗りたい。
そもそも歴史的経緯からして、彼らはソ連という泥船に乗りたくて乗っていたわけでもないのだから。

「対して、ソ連の主戦線である中央アジア戦線の激化は深刻です。ソ連軍は深刻に押し込まれております。」

そして、逃亡しつつある連中を体制に押しとどめるブレジネフ・ドクトリンはもはや維持しえない。
なにしろ、WTO軍の編成比率において在東欧ソ連軍は兵站・規模においてかつての圧倒性を持ちえていないのだ。
戦術機に至っては、なんと東ドイツに部分的にライセンス生産を委託する始末。

本国との兵站が断たれ、かつ復旧の見込みの乏しい彼らで東側衛星諸国を蹂躙するのは望み薄だろう。

その一方で、ソ連の現主戦線である中央アジア戦線は泥沼だ。
兵站を部分的とはいえ、欧州に割かざるを得ないのは遺憾の極みだろう。
そもそも、ソ連の利益にならない欧州防衛にWTOを使われているという事も彼らの精神を逆なでしている。

彼らにしてみれば、WTOなどソ連の手足の一つ。
それが、自分勝手に本国の思惑を離れようとしていることが許しがたく思えているらしい。

「この状況下において、ソビエトにとってのWTOという機構の有効活用が望まれていると判断します。」

だが、まだ辛うじてではあるが自分の手駒。
米国に干渉されない手駒であるのだ。

ソ連の思考を考えれば、単純明快に理解できる。

思想的に『汚染』された疑いのある将兵らと、『叛逆の意を見せた衛星国』将兵。
対するは、ソビエト存亡にかかわる中央アジア戦線。

後者のために、前者を犠牲にするなど呼吸と同じ程度に自然な結論だ。

「それらを考慮すれば、ソ連側の戦略目的は余りにも明白です。」

ソ連式の思考法を考慮し、地図を見れば後は自明だろう。

メインモニターに映し出された地図でハイヴを指しながらターニャは淡々とソ連の構想を追って解説する。

「ミンスクの攻略により、ウラリスク・ヴェリスクを挟撃。戦略目標は最低でも、BETA東進牽制か。」

そして、軍人らにしてみればそれらは理解できる発想だ。
BETAという相手に二正面作戦を強いるための、東西双方からの牽制体制の確立。
その為の、一か八かのミンスク・ハイヴ攻略計画。

「はい。すでにエキバストゥズを失陥しているソビエトです。東進阻止は至上命題でしょう。」

そして、ひっ迫している中央ユーラシアの情勢がソ連に時間的猶予を与えない。
今、BETA東進をけん制できなければソ連はその広大な国土中央を喪失することになるだろう。
はなから国土死守など考えず、縦深に引き込み損耗を最小化するドクトリンとはいえ限度がある。
それは、相手が距離で摩耗する場合にのみ有効だ。

二度目の夜逃げという事もあり、国家機能や工業地帯の移転は過去の経験を活用できているとしても、だ。
極東より東には、ソビエトと雖も逃げ場はないのだ。
そろそろ、国土の残された面積が気になってくる頃合いではあるだろう。

「この場合、欧州方面においてNATOを助攻として使用しうるミンスク攻撃は理にかなっています。」

そんな時に、主戦線を支援しえる計画を誰かが窮余の策として思いついたのだろう。
役に立っていない遊兵と、ソ連にだけ激戦を押し付ける西側の軍事力。
それらを、有効に活用しつつ自国の負担を僅かなりとも軽減できるという合理的な思考。

いやはや、まったくもってソ連という国家のことだけを考慮したならば完璧な計画だ。
BETA西進を深刻に危惧しているスカンジナビア・中央ヨーロッパ諸国が同調しかねないのは自明。
なにより、ポーランド以西に整備されて広大な平野が広がっているという事はBETA相手の防衛困難を意味している。
開けた土地で防衛線を構築し、突破されるよりも攻勢防御を希望する世論も少なくない。

お陰で、NATO加盟国の一部は酷く攻勢に乗り気となっている。

だが、そこまで口にした後でターニャはゆっくりと簡単な爆弾を投下。

「これに関連して、JASRAは、第三計画が行っている大規模陽動実験のデータに深刻な隠匿の疑義を有しています。」

メインモニターに映し出されるのは、いくつかの地点を捉えた衛星写真。
それが、一日ごとにどう動くかの推移を見ていた軍人らは嫌でも気が付く。

「疑惑にとどまりますが、BETA増援を欧州方面に牽引することで中央アジア戦線の再編を図る時間的猶予を得ることも計算しているのでしょう。」

第三計画で申告されているという対BETA陽動実験。
それの効果を、ソ連側報告ではなく国家偵察局が観察したもの。
当然、偵察衛星の能力など国家機密にかかわるという部分もあるため詳細は公表されない。
だが、それでも。

解像度以前に、地図を見れば誰でも理解できるだろう。
これは、『戦略規模』での陽動実験だ。

「ソ連側の発表するデータは、戦術レベルでの陽動に終始しております。」

だが、国連の計画であり国際社会に対し報告義務を持つソ連が提出しているレポート。
その中身は個別の戦術次元での研究にとどまっている。
曰く、戦術レベルでの対BETA陽動有効性を認める、と。

「ですが、国家偵察局の報告では戦略規模での陽動実験も複数回行われたとのことです。」

多額の国連予算と、資源を投じての第三計画。
その第三計画の運用を担うソ連側の意向は、まあ、自国利益を至上とするものだ。
当たり前すぎることではあるが、レポートにはソ連にとって都合の悪いことは書かれていない。

だが、ちょっとばかり注意して観察してみれば複数ハイヴへの陽動攻撃が何を意味するかは分かる。

「疑いの一つにすぎませんが、ハイヴを西側から攻撃することでソ連正面戦線の安定化を図る陽動の可能性があります。」

証拠は、一切ない。
あくまでも、偵察衛星の写真から導き出された仮説。
もっともらしく見えるだけの仮説だ。

状況証拠ばかりで、明示的な証拠などどこにもない。

だが、ソ連の意図を危惧し疑うには十分すぎるだけの材料でもある。

「また、ソ連衛星国の各軍は自軍の欧州外転用を望んでおりません。」

そして、本来ソ連にとってみれば壁として用意しておいた衛星国が役に立っていない。
なにしろソ連が多額の費用を投じ、援助し続けた衛星国は本来欧州への壁なのだ。
完全にソ連本位の防衛計画であるのはいうまでもないこと。

はっきり言えば、衛星国が殴られている間にソ連が体勢を整えるための生贄。
だが、衛星国よりも先にソ連が殴られているのだ。
ある意味では、ソ連にとって本末転倒もいいところだろう。

自分たちの壁にしたはずの衛星国は役に立たず、それどころかWTO主力がソ連から切り離されてしまっている。

「はっきりと申し上げれば、ソ連離れの傾向もみられているかと。」

そして嫌々壁にされていた国家群が、自国防衛のためならばともかくわざわざソ連に義理を尽くして死ぬ気もない。
故に、彼らは欧州の対BETAの防壁として機能している。

ソ連にしてみれば、ムダ金を遣わされたという思いだろう。

「この状況下、例外的にWTO諸国が協力的たりうるのがミンスクの攻略です。」

だから、せめて持ち駒を有効活用できる局面を模索したのだろう。
圧迫されているポーランド・東ドイツらがミンスク・ハイヴ攻略による戦線の安定化を望むのは道理だ。
自国防衛のために、最寄りハイヴを攻撃、可能ならば破壊ないし制圧したいと欲しても不思議ではない。

「さらに重要なこととして、攻勢頓挫の影響が中央アジア戦線へは限定的ということです。」

加えて、ソ連の中央アジア戦にとっては失ったも同然の戦力で攻勢に出るのだ。
喪うものは少なく、期待できるリターンは渇望している戦線の安定化につながる。

「既に失われたも同然の師団と、反骨心を抱いた衛星諸国。ソ連にとって掛け金としては、高くありません。」

むしろ、嬉々として銃殺隊を送ってきても驚かない。
師団単位の脱走兵をモスクワ防衛戦だけで射殺した実績を持つソ連軍だ。
その程度、すり潰して平然としていることだろう。

いや、すり潰さないほうが本来どうかしている。

「故に、ソ連は反ソビエト戦力の摩耗と自国戦線の安定化を攻勢の成功如何にかかわらず実現可能と分析した模様。」

ソ連の立場に立ってみれば、パレオロゴス作戦は実に合理的だ。
実に、実利的かつ理性的ですらあるだろう。
極端な話、彼らはそこまで失うものがない。

最善は攻略が叶い、BETA由来技術の鹵獲に成功すること。
そうすれば、間違いなくソ連の中央アジア戦線は安定するに違いない。
そうでなくとも、G元素などBETA由来技術には喉から手が出るほど渇望しているソ連だ。

攻略できれば見返りは果てしないだろう。

本当に落とせれば、だが。

だから失敗しても、欧州に負担を押し付け自国の防衛に専念できると踏んでいる節がある。
無論、大規模反抗に出る以上は勝利を期待し、勝利へ努力を行うだろう。
しかしながら、WTO軍が使用できるうちに使ってしまえという発想が垣間見られるのだ。
仮に使えなくなった場合、あとの欧州に対する配慮が彼らには見られない。

それは、米国の仕事だと押し付ける意思が感じられる。
いや、押し付けるというよりも彼らのパラダイムは単純に欧州を米国勢力圏と認識しているだけなのだろう。
だから、米国と欧州の問題と考えている節がある。
早い話が、人類への義務とは無縁の感覚。

「連中、どちらにも賭けています。勝とうが、負けようが取り分はきっちり取るつもりでしょう。」

加えて、NATO・WTO加盟諸国の正面装備が摩耗した場合どうなるか?
ただでさえひっ迫している戦術機需要は暴騰することだろう。
其れこそ、西側・第三世界においてソ連製が競争力を持ちえるほどに。

そうなれば、彼らの国際的な影響力はある程度回復しえるに違いない。
なにしろ、急ピッチでソ連が行っている戦術機の研究・配備はそれなりの規模。
質でこそ米国に劣るとはいえ、一定の供給は可能なのだ。

当然、それを交渉のカードに新たな同盟国をアフリカ・アジアに求めることが可能だろう。

そう、ソ連としてはそれで正しい。

「問題は、我々が攻勢に加味するかどうかでしょう。」

問題は、それが合衆国にとって利益たりえるかという事だ。
いや、合衆国の利益にならずとも自分の利益になるならばまだ我慢もできよう。
しかしながら、史実はパレオロゴス作戦が欧州崩壊の引き金だ。

「JASRAとしては、断固反対いたします。」

第一世代という水準。
明らかに戦術機の質は問題が多く改善が必要だろう。
こんな世代の機体で、ハイヴ制圧が可能ならば人類は30年も延々追い込まれることはなかった。
いや、そもそも第一世代では光線級吶喊すら重荷に過ぎることだろう。

物量に至っては、BETA相手に物量戦をやらかす気だ。
正直に言って、低コスト大量生産可能な土木作業用ユニット相手に挑む気にはならない。

それだけでも頭が痛いのに、ハイヴ攻略に関して誰にも計画がないとなれば完全にお手上げだ。

行って、制圧すればよいとおっしゃるが、どう制圧するのか?が完全に抜け落ちている。
要塞攻略戦と同じ感覚で、敵守備隊を包囲し砲兵で締め上げれば事足りると考えているのは危険な誤算だ。

「我らの弾除けが死ぬのは惜しいですが、はっきり申し上げて自殺に付き合ってまで引き止める謂れもないでしょう。」

唯一の問題にして、最大の問題。
それは、そんなことを何処で知ったかという事を暴露することが絶対に不可能なことにある。

ハイヴ内部の構造など、今次作戦で突入する部隊が出るまで人類には未知。
まして、BETAの規模や行動原理といったものも未判明の部分が多すぎた。

故に、ターニャは現時点で判明していることに限りながらも懸命に攻勢計画に反論を、異議を提唱せざるを得ない。

それは、酷く曖昧な警告とならざるを得ないことも意味するのだ。

ターニャとしても、それは自覚している。
自覚していればこそ、せめてもの足掻きとして散々警告を発し続けてきた。

それなればこそ、彼女は最後に付け加える。

「私的見解を敢えて付け加えるならば、これは成功の見込みがない自殺です。攻勢への参加は、断固反対いたします。」

「ご苦労、デグレチャフ事務次官補。」

ねぎらいの言葉。
だが、それはターニャが望んだものとは少し違う。
それは、儀礼的な言葉なのだ。

言い換えるならば、私的見解の尊重という範疇にとどまる解答。

『国連』の『事務次官補』と『合衆国』の『軍人』ら。

そこには越えがたいパラダイムの差が厳然として存在する。
無論軍人らとて無能ではなく、無能とはむしろ程遠い類の部類。

だが、だからこそ。
有能であり、事態を認識していればこそ彼らは困惑するのだ。

その問題は、デグレチャフ事務次官補の強硬なまでの反対をどう解釈するかにある。

彼女は、パレオロゴスを分析しソ連の政治目的による出兵だと見做していた。
それは解説されれば高級軍人や政治家にしてみれば納得のいく分析だ。
改めて、ソ連ならばさもありなんとわかる。

問題は、動機ではなく実現性の部分だ。

デグレチャフ事務次官補は戦略的視点から、断固反対を唱えている。
それは、一つの見解だろう。
だが肝心の理由は、酷く曖昧な代物。

曰く、物量・質・兵站のいずれにおいても貧弱。
曰く、数的優勢の確保が見込めない。
曰く、ハイヴ突入ドクトリンの不備。

NATO・WTOの総力戦で、物量に不備があり得るだろうか?
質的改善は、大量に配備されつつある戦術機で航空戦力不在をかなりの程度補いうるレベルにまで到達。
兵站も、フル回転している。
この情勢下、数的優勢は確保されていると参謀本部は判断している。

まして、ハイヴを守る野戦軍を撃滅してしまえば孤立した拠点の包囲戦。
突入制圧ドクトリンなど、手間取ることがあってもそう困難でもないと判断されているのだ。

彼らは、ただ知らない。

ハイヴへゲートを潜り突入することが、いかに絶望的な物量のBETAを相手にせねばならないかという事を。

ただ、彼らは経験していないだけなのだ。

だから、彼らは既存のパラダイムで判断するしかない。

そして、だからこそ。

デグレチャフ事務次官補はカッサンドラと自嘲する羽目になるのだ。




あとがき


すまない、すまない(´;ω;`)ウッ
やっつけ仕事なんだ。

コメント欄で、議論する余裕はあるくせにと言われたらそれまでかもしれない ( ̄□ ̄;)

でも、本作は、というか自分の書いているものは極力ファンタジーの世界としてのルールを守りながらも、『ご都合主義』を排していきたいという矛盾を抱えているんです。

合理性と現実性からの乖離反対。でも、作中設定には原理主義的厳格さでもって従順に。それが、本作でのルールです。どこまで守れるかは分かりませんが。

あんたの書いてるもの、意味が分からんとか、その展開ありえんという合理的批判・議論は大歓迎。真摯に応じます。なので、今後もぜひお付き合いください。

とりあえず、下準備としてパレオロゴスの背景的な導入を。

コメント返し、修正などは近いうちに。
ご容赦あれ。


地図も読めない無能なカルロ・ゼンはZAPされ、完全無欠な新しいカルロ・ゼンがロールアウトしました。前任の反逆者と異なり、彼ならば完璧に幸福にミッションを達成してくれることでしょう。


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