<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

Muv-LuvSS投稿掲示板


[広告]


No.35776の一覧
[0] Muv-Luv Lunatic Lunarian; Lasciate ogni speranza, voi ch[カルロ・ゼン](2012/12/05 03:39)
[1] プロローグ[カルロ・ゼン](2012/12/05 03:39)
[2] 第一話 地獄への道は、善意によって舗装されている。[カルロ・ゼン](2012/12/14 04:50)
[3] 第二話 善悪の彼岸[カルロ・ゼン](2012/12/14 04:52)
[4] 第三話 Homines id quod volunt credunt.[カルロ・ゼン](2012/12/05 04:02)
[5] 第四話 最良なる予言者:過去[カルロ・ゼン](2012/12/05 03:59)
[6] 第五話  "Another One Bites The Dust" [カルロ・ゼン](2012/12/13 02:31)
[7] 第六話 Die Ruinen von Athen[カルロ・ゼン](2013/02/19 08:41)
[8] 第七話 Si Vis Pacem, Para Bellum[カルロ・ゼン](2013/02/27 07:44)
[9] 第八話 Beatus, qui prodest, quibus potest.[カルロ・ゼン](2013/06/26 09:01)
[10] 第九話 Aut viam inveniam aut faciam (前篇)[カルロ・ゼン](2013/03/08 07:24)
[11] 第一〇話 Aut viam inveniam aut faciam (中篇)[カルロ・ゼン](2013/03/12 05:11)
[12] 第一一話 Aut viam inveniam aut faciam (後篇)[カルロ・ゼン](2013/04/25 09:45)
[13] 第一二話 Abyssus abyssum invocat.(前篇)[カルロ・ゼン](2013/05/26 07:43)
[14] 第一三話 Abyssus abyssum invocat.(中篇)[カルロ・ゼン](2013/08/25 08:38)
[15] 第一四話 Abyssus abyssum invocat.(後篇)[カルロ・ゼン](2013/08/25 08:37)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[35776] 第七話 Si Vis Pacem, Para Bellum
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/02/27 07:44
「欧州は、もはや実在しない防衛戦力によって防衛されているにすぎない。」 1980年5月 国連軍統合代替戦略研究機関








そう、何時になく寒いある朝のことだった。
朝から、駆け足で行われた施設課による滑走路の除雪作業。
手伝いで雪まみれになった私は、同じような状態の部下をPXで泥水のような珈琲で労っていた。

そんな時だ。

ステファン少佐が、私を呼んでいると顔見知りの事務官に告げられた。

「戦術歩行戦闘機?なんです、それは。」

呼び出され受け取ったのは、『戦術歩行戦闘機』なる新型戦闘機への機種転換に関する辞令。
それにしても、聞き覚えのない兵器だ。
思わず、一体なんなのかと私は疑念の声を上げていた。
それに答える当時の上官も良く分かっていなかったのだろうと思う。
新型の戦闘兵器に関する実験的な命令だとしか説明されなかった。

とまれステファン少佐の命令で、私は配備されたばかりのF-4を受領する試験部隊へ配属されることになった。

初めてみたときは、愕然としたものだった。

ロボットだ。

SFの世界に出てくるずんぐりとしたロボットがなんとも驚くべきことに愛すべき合衆国の基地に並んでいたのだ。

信じがたいことに、このデカブツは『戦闘機』として空軍と海軍は認識し『歩行』だから歩兵用装備として陸軍と海兵隊が管轄権を主張する代物だった。
お陰で最初に受領した時の混乱は今でも覚えている。
小隊や中隊規模での戦術など全く研究されていない時点で各軍が全く違う操典で運用しようとしたのだ。
しかも、良く分からない兵器を、である。

お陰で、実戦配備に至るまで散々使い物にならない試作品相手に試行錯誤を繰り返す羽目になった。

それが1974年の夏場頃までの話だ。

戦術機がようやくある程度使い物になり始めかけたころ、私は対BETA戦における戦術歩行戦闘機の初期研究のために国連へ出向せよと命じられる。
理由は単純で、ようやく使い物になりつつあった戦術機が実際にBETA相手にどのような戦術を取るべきか研究する人員が必要だったのだ。
そのために、加盟国間の軍事行動を視察しうる国連軍への出向が最も適しているというのが上の判断である。

その最中、10月にはハイヴが分化するという当時においては驚愕の事実が発覚する。

…意味するところは明瞭そのもの。
前線が押し上げられる可能性を世界は否応なく認識せざるをえなくなった瞬間だった。

その混乱と衝撃から関係者が立ち直りつつあった11月。
私は、正式に国連軍統合代替戦略研究機関(JASRA)へと配属された。
そこで、私は月面帰りの『ルナリアン』に遭遇する。



こうして、1977年の晩春まで私は月面帰りで『常識』を月面に置いて帰ってきたと語られる『ルナリアン』の下で働くことになる。
与えられたのは、国連の事務次官補殿への軍から派遣される補佐官という役職。
実質的に、合衆国の主導する対BETA戦略策定の一環であると同時に実働部隊のノウハウ蓄積を兼ねた任務だった。
得難い経験であり、同時にそれは私に思わぬ余得を経験させてくれたといえるだろう。

例えば、武骨な輸送機とは別次元の旅客機。
与圧されたキャビンで、格式高いコース料理まで出されたときは思わず呆れたものだ。
これが、米軍では一介の少佐相当である補佐官に平然と付与された権利だというから笑うほかにないだろう。
国連軍は軍というよりも、官僚機構の一面が強いと批判されるも無理はない。

だからこそ、時にお上品な官僚組織に少しばかり毒を吐きたくなることがあったのだろうか。

「キャセイ・パシフィクでPRC近くを飛ぶのはぞっとしないな、少佐。」

皮肉気に、こんな話を持ち出すあたり複雑な感情を覗うしかないだろう。
まあ、我々は招かれざる乗客などではなく中国政府からの正式な招聘と許可を受けている身なのだが。
とはいえ、撃墜されるかもしれないという上司のブラックジョークは中々神経に来るものはある。

「…ご冗談を。事務次官補。」

「本音だよ。仕事とはいえ、せめてマニラから香港は艦艇にしたかった。」

見渡す限り、空席が目立つ機内での他愛もない愚痴。

「仕事なればこそ、もう少し国連は緊張感を持つべきだとは思わないかな?少佐。」

だが、無理もない話だった。

中国大陸の戦局は悪化の一途を辿っており、ステイツからマニラを経由しての香港行きの便は軒並み運航を減らしていたのだ。
尤も、大陸本土から脱出する人口も増加する一途で帰路は常に満席に近い状態だったのだが。
そんな状況下で、現地情勢の視察と銘打って派遣される人間は軍服ではなく国連指定のスーツ姿。
戦争の観戦に行くというよりは、なにか文化や外交に関連して現地調査へ派遣されるような気分になったことを覚えている。

なにしろ、外交官らからなる国連の機構と慣習を持ちこんだまま初期の国連軍制度が形成されてしまったのだ。
そして初期国連軍に出向した合衆国軍人でも、対BETA戦の経験が有ったのはあのデグレチャフ事務次官補ぐらいだろう。
故に、実戦経験の乏しい国連軍という機構は肥大化しつつも現実の課題である対BETA戦における経験を一向に蓄積できないというジレンマに直面していた。

「まあ、経験不足の組織ということは否めないが…、呑気なものだ。」

ある意味では、おそらく今次BETA大戦の究極の問題を当時の国連は認識しえていなかったということだ。
そして、それを当時の国連機構の中では辛うじて組織的に取り扱っていたのは(皮肉なことに今日でも、なお批判され続けている)JASRAだけだった。

「まあ、いい。どのみち、次かその次位からは否応なくそうなる。」

「は?」

「光線級、あれは本当に厄介だ。飛行機の時代は、終わったのだろうな。」

苦笑いと共に書類鞄から取り出された中ソ合同軍の戦闘報告概要。
英訳されたそれは、膨大な報告のごく一部を抜粋したものに過ぎなかったがそれでも示されているのは航空機が完全に駆逐されてしまった戦争の報告だ。
航空機が猛威を振るった第二次大戦以来、当たり前のように存在していた航空戦力の急激かつ完全な無力化。

「実感できませんが、或いはそうなのやもしれません。」

「空軍だったな?ならば、今のうちに戦術機をものにしたまえ。運が良ければ、君も生き残れるだろう。」

「心しておきます、事務次官補。」

当時、既存のドクトリンは須らく航空戦力を盛り込んだ三次元戦闘を前提にしたものだった。
言うまでもなく、航空優勢を確保することが前提とされていた米軍のドクトリンは重大な変化に直面せざるを得ない。
そんな情勢下にあって、デグレチャフ事務次官補の言う様に戦術機は数少ない代替策として熱い注視を集めていた存在だ。

今なお、重要な対BETA戦略のカギである戦術機。

だが、少なくとも1975年の初頭においてはいまだ人類には十二分に行き渡ることも始まっていない状態だった。
大急ぎでライセンス生産までもが東西の陣営を超えて行われ始めていたにも関わらず、である。
主要な重工業地帯を蹂躙されつつあった中ソは工業基盤の移転で安定的な生産は難航していた。
合衆国ですら、自国防衛用に加えて複数の同盟国に供給するに十分な量の戦術機を揃えかねていたのだ。

しかし、同時に事態が難しくなったのは単純な生産能力云々の問題だけではなかったことも無視はできないだろう。

「しかし酷いものだよ、少佐。この報告書を国連に出させるまでにどれだけ中ソがごねたと思う?」

「…想像いたしかねます。」

主権国家間の枠組みと、東西に依然としてくすぶっている相互不信。

「いっそ、北京とハバロフスクがBETAに蹂躙されでもしない限り差し出さないかと考えかけたほどだよ。」

あれでは、統一的な国連軍の元での対BETA戦など望むべくもないだろう。
何よりも現実的な問題として、1978年以前の主権国家間の壁は果てしなく強固だった。
国連軍は名目的な存在に過ぎず、欧州・地中海における大規模作戦はNATO・WTOが管轄。
当時は主戦線とはみなされていなかったウラル以東のアジア戦線は中ソ合同軍が時折衛星諸国や第三国の支援で戦っていたに過ぎない。

ヨーロッパで計画されていた、大規模反抗作戦にしても主導したのはソ連だ。
遺憾ながら、国連はこの反攻作戦において確固たる指導力を発揮しえていない。
国防の不安に駆られていた東西ドイツが乗った形だった。
逼迫するウラル戦線の情勢と、欧州に対する重圧の排除を求める各国の要望がそれに続く。

その計画に関する各所の協議の一環として、世界中を飛び回らされる事務次官補殿。
彼女に付き従う私は、前線国家と合衆国や他の後方国家に深刻な断絶が存在することを実感する。
だからこそ、絶対に人類は宇宙人が攻め寄せてこようとも団結などありえないのだよ、とは嫌な答えだろう。

もっとも、発言者たるデグレチャフ事務次官補殿の名誉のために断っておくと、彼女は心底この内輪揉めを嫌われていたのだが。


次にお会いしたのは、欧州大反抗の興奮が官民ともに沸き上がりはじめていた1977年の初冬だった。
新編されたF-4からなる第16戦術機甲連隊の練成に励んでいた私は、統合参謀本部の急な呼び出しで再びデグレチャフ事務次官補の下に就くことになった。
ただし、今回は事務官としてではなく名目だけとはいえ国連軍の連隊指揮官としてであるが。

「やあ、君か中佐。昇進おめでとう。」

「ありがとうございます、事務次官補殿。」

常に不機嫌そうな表情。
だが、少々長く下で働いた人間にならば不機嫌さというよりも、軽い疲労と憤りだと理解できただろう。
招き入れられた執務室を埋め尽くしていたユーラシアの戦局図。
そこに書き込まれた怒りのような赤い朱筆が、忌々しい現状へ如何にかかりっきりになっているかを物語っていた。

「仕事の話を優先しよう。中佐、君は対BETAの実戦経験はあるかね?」

「いえ、派遣されてきた部隊に対BETA経験のある衛士はいないように記憶しております。」

欧州総反攻作戦とぶち上げられたNATO・WTO合同の大規模反抗作戦。
それに際して、在欧米軍を除いた米軍では基本的に実戦経験を蓄積するいい機会だと考えている節すらあった。
幸運にも、最前線たることを免れた北米においてはそれがBETAに対する理解だったのだ。

「・・・では、私が唯一の実戦経験者か。馬鹿げた話だとは思わんか。」

「無理もありません。月面帰りでも除けば、我が国は後方でしたので。」

他に言葉の選びようがあったのではないか?
自分でもそう思わないでもないが、少なくともその時自分は仕方ないと答えたと記憶している。
そして、次の瞬間に皮肉気な笑みを浮かべていた事務次官補がほとんど疲れ切った表情で漏らした言葉も、だ。

「やれやれ、ジョン・ウォーケン准将閣下とでも呼ばれる身になりたいのか?中佐、洒落にならんよ、これは。」

一抹の不安を呼び起こす言葉。
その意味は、誤解の余地のない現実として私にやがて突きつけられる。

約2か月にわたるパレオロゴス作戦が最終的に頓挫し戦線が瓦解した時。
私は、それを否応なく理解する羽目になった。

その時、私はなんと叫んだか今でも思い出す。

「馬鹿な!?前線部隊は何をしていた!」

ミンスクハイヴを含む突出部を完全に包囲し、制圧しつつあったはずの反抗作戦。
ソ連軍第43戦術機甲師団、『ヴォールク連隊』による突入と失敗。
その直後から始まったBETAによる全戦線でのこれまでにない大規模な反撃。

全軍の主力、その30%という多大な犠牲を払い討ち尽くしたはずのBETA。
それが、これまでの努力を嘲笑うかのように膨大な規模で湧き出てきたとき前線は完全に混乱してしまっていた。

お陰で、遥か後方で友軍の撤退支援に備えていたはずのJASRAが部隊は突然矢面に立つはめに陥る。
友軍の撤退を支援するはずが、気が付けばいつの間にか自分たちが最前線で撤退の必要性に迫られる状況。
当時、BETAの進撃速度の速さは完全に既存ドクトリンの想定した如何なるケースにも当てはまらない規格外の速度だったのだ。

「地中侵攻でもあるまいに、なぜここまで発見が遅れた?…ふう、これは索敵網の再構築も今後の課題だな。」

「…作戦放棄を提案します。事務次官補、これでは陽動など。」

咄嗟に口から出たのは撤退を促す言葉。
囮となって、BETA先鋒集団を誘引する以前に自分たちが孤立しかねない状況。
雲霞のごとく押し寄せてくるBETAの衝撃は初見ではそれほどの威圧感があるものだ。

…あるいは、ありすぎると言ってもいい。

「却下だ。迎撃しろ。ここで抜かれるわけにはいかない。」

「しかし、BETA侵攻速度が速すぎます!このままでは、孤立は避けられません!」

焦った私は、おそらく最高に間抜けな顔で上司に撤退を促していたに違いない。
今でこそ、私がそんな新任の士官を嫌々宥めるのだ。
だから、デグレチャフ事務次官補がその時心底呆れ果てた顔で自分を睨み返した気持ちが良く分かる。

「ウォーケン君、君はアホかね?」

「は?」

「そんな速度の敵相手に防衛線を再編する時間的猶予があると思うか?ここで止めるか、食われるかだ。」

単なる事実。
そう、BETAが押し寄せてくるのは規定の事項なのだ。
物量でBETAが圧倒しているのは、当たり前。

単純に、それを踏まえたうえで如何に対応するかという次元の問題なのだ。

そうできなければ、混乱し、動揺したまま圧倒的な物量と速度のBETAに蹂躙されるだけ。
単純過ぎる実に分かり易い構造だ。
蹂躙されたくなければ、進撃してくるBETAを所与の前提として対応せざるを得ない。

「幸い、地雷原は健在だし砲兵隊が喰われたわけでもない。迎撃は容易だ。さっさと行動を開始せよ。」

航空支援や、航空優勢など望むべくもない戦場。
ならば、せめて入念に構築した陣地で防衛しつつ縦深を活用するしかない。
そして少なくとも地雷原と砲兵隊が健在ならば、対BETA戦における必要最低条件は満たしている。

「失礼、取り乱しました。…了解です。」

「構わんよ。新任のパニックには慣れきっているからな。」

皮肉なことに、今日では私も事務次官補同様に慣れきってしまっている。




『古参衛士の覚書…パレオロゴスへの道』

著者:合衆国欧州派遣戦術機甲連隊指揮官、ジョン・ウォーケン大佐
※国防機密保持規定により、民間での出版差し止め済み





手に取ったかつての部下から送られた書籍を閉じ、ターニャ・デグレチャフ駐アテネ国連軍司令部付准将相当官はため息を漏らす。

部下が描いているように、人類は今なお一丸となりえていないのだ。
それを、今、ターニャ自身がいやというほど実感している。

黒海方面への橋頭堡として想定したアテネの要塞化。
非効率と、非能率に、サボタージュで悪名高いギリシャの労働慣習は当初から問題視されてはいた。
なればこそ、軍の工兵隊、出来ればステイツのシステム化され高度に分業化された能率的なものをターニャは望んだのだ。

ごく短期間に、アテネを要塞化して防衛するために必要な工事を滞りなく完遂するためには必要不可欠だ、として。

なにしろ、人類の持ち時間は有限であり時間こそが全てなのだ。
要塞化が遅れることが意味することは、実に単純かつ明瞭だろう。

幾ら山岳地帯や火山帯とはいえ、所詮地形というのは活用しなければ意味がない。
ある程度は備えていたはずのインペリアルジャパンが京都以西をBETAに奪われた原作。
それを思えば地形に設備、そして訓練は不可欠なのだ。

そして、忌々しいことに後方国家意識の抜けないステイツから送られてくる戦力は『ある程度』レベル。
常識の範疇に留まり、地中海艦隊の支援を受けられるとしても防衛にはやや不安が残るレベルだ。

だが。

「最早工期の遅延は我慢の限界です!主権の問題があるというならば、貴国の工兵でも構いません。とにかく、前倒ししていただきたい!」

理解しがたいことに、パレオロゴスの大惨事があってなおギリシャ当局は悠長にことを考えているらしい。
いや、彼らにしてみれば平常運転なのだろうか。
兎も角、状況としては時間だけが無駄に過ぎているのだ。


呆れた話だが、当初は工兵隊では『数に限り』があるために民間の大規模動員による要塞化という話で国連とギリシャは交渉をまとめたはずだった。
国連軍の見積もりをはるかにオーバーするであろう民間委託には危惧する声もないではなかったが、時間の問題が優先される筈だったのだ。

本来ならば、時間を優先するために民間を動員するはずだったというのに。

「デグレチャフ事務次官補、残念ながら民業への配慮や契約の問題もあり要請にはすぐには応じられません。」

「国防の危機に、貴国は、民業へ配慮なさると!?」

「…内政干渉ですぞ。」

だが、工期の計画とは裏腹に予算ばかりが消えていき要塞化の度合いは遅々として進んでいない。
否、進んでいないどころか深刻な予算の流用や目的外使用が続出している。
お役所仕事で呑気に構えているはずの査察部門が、珍しくアテネ要塞化に投じられた予算を洗って愕然としたという話をターニャは耳にしている。

NATO軍の一翼を担うギリシャ軍が、事態を理解し、認識できていないはずがないにもかかわらず、である。

「ならばせめて、直ちに、立ち退かせて頂きたい!何故、補償論争で執行が遅れているのですか!?」

「内政問題です。我々としても、最善を尽くし鋭意問題の解決に努めているところですが…中々に複雑な問題で。」

スターリン曰く、死が全てを解決する。人間が存在しなければ問題は起こらない。
だが、今やBETAが加わり、かつ人間は相変わらず内輪揉めの真っ最中。

『貴国の王党派・軍閥・共産主義者の内輪揉めはいい加減にしていただきたい』

思わず、外交儀礼も内政不干渉の原則も投げ捨て叫びたいほどの醜態だった。
全くもって度し難い状況というほかにないほどギリシャ当局の対応はお粗末なのだ。

失業率対策と、民間へのばら撒く原資としてアテネ要塞化に民間を動員しようという意図は苦々しいがまだ我慢できる。
結局のところは、要塞化さえ為せれば軍事戦略上の問題はないからだ。

そして、要塞化に伴う立ち退き補償の問題も重要ではあるしないがしろにできる話でもない。
合衆国は私有財産権を無視しうる国家ではないし、そうあってはならないのだ。

だから、国連の予算編成に際しても補償額については大甘に査定することで立ち退きを促すべく配慮してあった。
それこそ、合衆国の基準で考えても厚い配慮がなされた、といえるほどの額だ。
勿論、札束ですべてが解決できるならば市場の原理が働かない世界など存在しえないだろう。
当然のこととして、感情や個々の事情があることは理解し、尊重するつもりだった。

だが、だからと言って『全く』進んでいないにもかかわらず『渉外費』だけが怒涛の勢いで消費されていれば怒鳴り声の一つも上げたくなる。
ステイツやインペリアルジャパンはなるほど、後方国家だ。
そんな国から、国連が吐き出させた分担金から用意された予算がどう使われるかというのはなるほどギリシャ国民にとってはあまり重要ではないだろう。

「…内政事情は極力配慮しますが、現実問題として軍事的な危険性が増大しつつあるのです。この情勢下、対応しないわけにはいきません。」

地中海ルート、特にジブラルタル・スエズのルートを防護する要衝なのだ。
何としても、アテネを確保しつづけることで黒海以北への大陸反攻の基地機能を維持したかった。
だから、だからこそ、戦局の悪化が著しい欧州主戦線から苦しい中予算を割かせているのだ。

それが、こんな遅々として進まなければどう考えても我慢の限界に到達するに違いない。

こんなことならば、地理的状況を勘案せず初めからクレタかキプロスにでも防衛拠点を構築した方がまだマシだったといえるほどだ。

「仰る通りですが、戦局の激化もあり各種物資の値上がりが激しく予算の増額がない限り難しいかと。」

それを。

それを、連中はどこまで認識しているのだろうか。

「貴国の深刻なインフレ事情を勘案し、米ドルで初めに必要な建材は確保したはずですが。」

「現実問題として、足りない以上、対応せざるを得ないのです。」

横流ししたからだろう、と叫びたい気持ちを抑えつつターニャは分かりましたと頷き辛うじて礼節を保ったまま退室してのける。


…これは、もう駄目だな、と呆れながら。




あとがき
ちょっと色々と忙しくて、更新が滞ってましたが私は思い付きで更新するぞーと更新。

割と勢いで書いたので、修正が必要かもしれません。
ありましたので、ZAPしときました。

まあ、本家の幼女戦記改稿せなあかんのでこっちは気分転換がてらの更新になると思いますが…。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.022601127624512