(先にアルファ・システム公式サイトで公開されているweb小説、みんなのガンパレードより「瀬戸口くんのガンパレード」を読んで頂ければ、内容をより理解出来ると思います。なお感想掲示板で岩田の立ち位置が分からない、との話が出ていましたが、「瀬戸口くん~」に登場する"岩田"とは5121小隊員岩田の、"父"であったと私は記憶しています)
「芝村準竜師は"九州中部戦線の光線級なる新型幻獣を全て駆逐されたし"と要請してきています。……いいのですか? 貴方に戦う理由はもう――」
「いいや。無償の愛ってやつを、いつだってだれかひとりくらいは、振り撒いていなきゃ駄目なのさ」
男は豪華絢爛たる戦装束に身を包むと、破顔一笑。
白い歯がみえた。
そして史上四番目の絢爛舞踏章受賞者は、再び戦場へ赴く。
"青春期の終わり"(後)
「畜生、戦車級来ます! 8体!」
「こちら第3中隊随伴歩兵、応援求む! 繰り返す、応援も求む!」
12の車輌の残骸が転がる第3中隊の墓場では、生き残った随伴歩兵が押し寄せる小型種を撃ち殺すのに必死になっていた。彼らの携行火器は12,7mm重機関銃であるから、にじり寄る小型種どもを撃退するのは難しくはなかった。だが要撃級はともかくとして、突撃級はどうしようもない。突撃級や要塞級が現れれば、現地点を放棄する他ないであろう。
だが現時点では、後ろに退がることも出来なかった。数体の光線級が周囲に未だ健在であり、生き残った学兵達は戦車の残骸やBETAの死骸から離れれば、すぐさま照射を受けることになるからだ。
「くそっ、煙で視界が……」
大破炎上する74式戦車改から上がる煤煙が、兵士級や闘士級の姿を隠す煙幕となり、学兵達を悩ませる。状況は最悪で、気を抜けば小型種の浸透を許すことになる。生き残りの随伴歩兵達は、躍起になって重機関銃を振り回し、弾幕を張るのに必死になっていた。
12,7mm弾が戦車級と闘士級を一緒くたに粉砕する中、生き残ったひとりの戦車長は、レーザー照射で大穴の空いた車体前面から車内に侵入した。操縦席だったスペースには、殆ど何も残っていなかった。微かに香る焼肉の臭いを無視して、戦車長は這いつくばって車内を進み、装填席でうずくまるひとりの少女の肩を掴んだ。
「はやく出てっ!」
鐘崎の言葉に対し、桐嶋は意味もない呻き声で返事をして、肩に掛けられた鐘崎の手を身じろぎして外そうとする。彼女の頭の中では、車内は絶対安全だという妄信がこびりついてしまっているらしい。実際は逆である。操縦席が破壊され、かく座した戦車に執着する戦車兵ほど死に易いものはあるまい。
それよりは外に出て、押し寄せる小型幻獣を殺す方が、遥かに生存の可能性は高まる。戦車兵の着用するウォードレスは筋力増幅率が低く抑えられている為、随伴歩兵のような白兵戦は出来ない。だがしかし彼女達は、降車後の自衛用火器として短機関銃や銃身を切り詰めた97式騎兵銃を携行している、小型幻獣とやりあうことは幾らでも可能だ。
「……ここにいたら、死んじゃうよ!」
鐘崎は桐嶋を、そして自分を鼓舞し、桐嶋の小柄な身体を抱き締めると全力で車内から引きずり出した。勢いをつけ過ぎて尻餅をついてしまったが、ともあれ鐘崎は桐嶋を装填席から引き離すことに成功した。
「鐘崎戦車長、ここは離脱すべきでしょうね」
車体に空いた大穴の傍らでは、鐘崎と桐嶋と同じく生き残った砲手が、短機関銃の引き金を引き、お世辞には分厚いとは言えない弾幕を張っていた。目標はハイエナの如く、どこからか沸いてきた兵士級と闘士級の群れに対してである。
鐘崎戦車長は、その通りだ、と思った。出来ることなら光線級に照射される危険を冒してでも、すぐに後方に退がるべきである。
だがその前に、やらねばならないことがあった。
「ごめん、もう少し待ってて! ……桐嶋さんをお願い!」
鐘崎は地面に座り込み、ただただ泣きじゃくる桐嶋の腰から携行火器とその弾倉を抜き取り、砲手の足下に置いてやると、手近な戦車の残骸に向かった。生存者が居ないか確認するつもりであった。死者を悼む暇は時間は必要ないが、生存者を探す時間は幾らでも欲しかった。
だが車輌の損害は軒並み激しく、中には車体側で爆発を起こし、車体も砲塔も吹き飛んだような残骸も転がっている有様であり、とても生存者がいるようには思えない。
「おいッ、そっちは駄目だ! そっちは大型種の死骸も、戦車の残骸も無い! 光線級に狙われる、迂回しろ!」
また真っ直ぐ残骸に向かおうとすれば、光線級の視界に入ることになる。その度に迂回を余儀なくされ、途中には浸透してきた兵士級とかち合い、短機関銃を振り回しての接近戦を演じる羽目にもなった。そうして残骸と残骸の合間を駆け巡るも、見つかったのは捻じ切れたドックタグや腕や脚、あるいは鋼鉄の破片を全身に浴びた死体であった。
厭な焼肉の臭いに耐えながらも、諦めきれずに向かった7両目の残骸で、ようやく鐘崎は、一人目を見つけた。
「ぶじ、だったの」
既に死に体であった。
吹き飛んだ砲塔に倒れこみ、いままさに生命の灯火が尽きんとしている少女の名前を、鐘崎は知っていた。比和栄子。最後のブリーフィングが始まる直前に、鐘崎に桐嶋の状態を聞き、心配の色を見せた少女だ。鐘崎と比和の関係は、戦車長同士の付き合いだけではない。いつでも強気で頑なな性格を発揮する、鐘崎のクラスメイトでもあり、親友とはいかずとも、良好な友人関係を築いていたのだ。
「大丈夫? 立てる?」
「わけないでしょ……!」
と、口では言いながらも比和は、言うことをきかなくなった両脚に力を入れようとしたが、両脚は萎えたままであった。その様子を見ていた鐘崎は、しょうがないなあ、と呟いて、比和を背負おうとする。だがその行動は、他ならぬ比和に押し止められた。
「……もうむりって、わからない?」
それでも鐘崎は比和の身体を背負った。すぐに夥しい量の血液が背中を汚し、荒い呼吸音が死を告げる笛の音を掻き消して、鐘崎の耳に届く。本当は動かしてはならない容態であろうが、一刻でもはやくこの死地から逃げなくてはならないのだ。比和には耐えてもらう他なかった。
「最後まで諦めちゃ駄目だから」
「またそんなことばっか」
「本当だよ、嘘じゃないよ!」
鐘崎春奈の本心だった。
だが戦車長として分析する現状は、最悪そのものだ。光線級にこの辺り一帯は睨まれている上、爆発炎上した車輌に引き寄せられるかのように、兵士級や闘士級、戦車級が集り始めている。こうなるともはや、独力での後退は困難だ。帝国陸軍は分からないが、光線級の威力を前にして、続く第5戦車連隊の車輌が応援に来るとは到底思えなかった。
つまり比和が持とうが持ちまいが、この場所に釘付けにされたまま、物量に押し潰されるのが最期となろう。それでも戦友の生命の為に抗ってやるのが、鐘崎戦車長の流儀であった。
だがその努力も、水泡に化そうとしていた。
既に重機関銃の弾も尽き、手榴弾と素手で兵士級の奔流を押し止めていたひとりの随伴歩兵が、BETAの死骸越しにどうにもならないものを見た。体高60m、全身を堅牢な外殻に覆われ、溶解液を滲出させる衝角を振り回す怪物を。
「……要塞級だ! 12時の方向、距離400!」
多目的結晶に送信された情報が正しければ、要塞級を撃破するには対戦車火器を以て、限定された脆弱な箇所を狙う他ないはずだ。だが随伴歩兵は、主力戦車に接近する小型幻獣を駆逐することを任務とする関係から、対中型幻獣ミサイルといった火器をもたない。第6世代クローン得意の格闘戦も、挑むだけ無駄であろう。結末は、脚部に吹き飛ばされるか、突き殺されるか、はたまた衝角で殴り殺されるか、といったところだ。
「96式手榴弾ならいけるか?」
「無理だ……大型幻獣と同等のサイズだぞ!」
大型幻獣、という言葉に学兵達は震えた。体高50mから全長200kmまで、とにかくデカい幻獣がカテゴライズされる大型幻獣に、45年以来人類軍は敗北し続けてきた過去をもつ。砲爆撃を無力化する障壁を張るG・トード、大口径光砲と生体爆弾を以て友軍陣地を灰燼とするオウルベア、共生する100万単位の幻獣を揚陸するヘカトンケイル――彼ら大型幻獣に抵抗した人類軍が得た教訓とは、偏に"大型幻獣が現れたら逃げろ"だったのだ。
「ちくしょおおお」
「馬鹿! 撃たれるぞ!」
ひとりの学兵が恐怖に駆られ、周囲の学兵の制止も聞かずに、BETAの死骸と車輌の残骸の山から飛び出した。だが30m走ったところで生き残りの光線級の照射を受け、瞬く間に蒸発してしまう。
「……だがどうする? 俺達がもっている最大火力は、馬鹿でかいこの手榴弾だけだ! 到底要塞級は……」
将棋等で云うところの、詰み、というやつかと学兵達は思った。要塞級を撃破する手段も、光線級を撃破する手段もない。こうなれば何人かが照射を受けることを承知で、全員でここから後退する他ないのかもしれない。そうすれば、1人、2人は生きて後方へ退けるだろう。
……だが、それでいいのか? 全員が生き残る可能性のある術は、何かないのか?
リーダー格の戦車随伴歩兵は、つぶやいた。
「全員が無事に離脱出来る方法なんて、ない……」
絶望わだかまる戦場に、死振り撒く饗宴の始まりを告げる笛の音が、響き渡った。
突如としてBETA群の一角が崩れた。
脚を粉砕された要塞級がバランスを崩し、要撃級と小型種の群れを巻き添えにして倒れ込んだかと思えば、全速突進で戦術機甲連隊の向かっていた突撃級の大群、その先頭集団が絶命し、後続が二の足を踏まされる。小型種の群れは、限りなく音速に近い速度で振るわれた四肢によって、血飛沫と肉片を撒き散らした。
帝国陸軍第73歩兵連隊の前面に迫る、戦車級と要撃級の群れを剣鈴の一薙ぎで喰らい尽くし、第23戦術機甲連隊の周囲に押し寄せる大型種の群れを、すれ違いざまに物言わぬ肉片へと換えてゆく。
そして黒い影は、駆け、駆けに駆けて、小型種を粉砕しながら、第5戦車連隊第1大隊第3中隊前面に現れた要塞級へと向かった。火器をもたない黒い影を認めるや否や、要塞級は数本の衝角を以て、それを迎え撃つ。だが黒い影は衝角の軌道を見切っていた。衝角の全てを、敢えてTVゲームで喩えるのであらばドット1つの差で回避し、その懐に入るや否や、跳びあがる。
要塞級が崩れ落ちた。
そして勝者――巨人は悠々と、倒れ伏した敗者の上に立つ。
死を告げる笛の音が、低く重苦しく響き渡った。私こそが戦場の王、お前達は――人は、幻獣は、BETAは、等しく無力な存在なのだ、と宣言するかのように。絶望わだかまる戦場の空気を揺り動かし、対等な彼我が殺し合う空間を、絶対的存在が一方的に大鉈を振るう屠殺場へと換えていく。
要塞級の外殻の頂点に立ち、笛を吹き鳴らす巨人を、その場に居合わせた全ての存在が注視した。西洋の騎士を連想させる重厚な甲冑を纏い、鉄兜からは一対の角が伸びている。その鉄兜の下には血肉通わぬ髑髏、眼窩にはあるべき眼球はなく、口元に巨大な角笛があてがわれ、死と絶望を振り撒く舞踏の開始を告げている。
「……なんだ、あれは」
「こちらエエカトル・リーダーよりCP……所属不明機が戦場に侵入! 友軍部隊に問い合わせてくれ」
「黒木大尉はあれが友軍とでもお思いですか……」
かつて夜な夜な現れては幻獣を殺し続け、整備する間も惜しんで殺し続け、血飛沫と錆で赤茶けた黒鉄の甲冑。それはこの世界にあってはならないものに、衛士達には思えた。あれが友軍のはずがない、一瞬で眼前の敵を駆逐したそれは、友軍機というよりは、死を望む怪物。対等な決闘すら望まず、殺戮すら楽しまず、生物の死だけを好む化物にしか思えなかった。
死霊の如き騎士の背面装甲には、この世界の者には読めない字で、こう刻まれていた。
"我は豪華絢爛たる死を呼ぶ舞踏。我は世界の総意により世界の尊厳を守る最後の盾。朝を迎える間際、闇の中でひときわ量濃を増す暗黒。絶望を内包し、汚辱を忌避せず、あらゆる災禍を汚濁で塗り潰す絢爛舞踏"。
血塗れた騎士の主は自身に集まる視線に気付いていたが、特別どうといった感情をもたなかった。絢爛舞踏とはそういうものだ、謗りを受け、妬まれ怨まれてなお、敵を殺し続ける存在。恐怖するならば恐怖しろ、それでいい。恐怖されるということは、それは俺に敵を殺戮することによってこの街を救う力がある、という証明に他ならないのだから。
学兵達が「死を告げる舞踏だ」とつぶやいた時、夕闇迫る空に眩しい光が迸った。まるで暗闇に抗おうとするかのように光線級が放った数条の閃光は、呆気なく巨人の正面装甲を溶解させ、貫いてみせた。
だが、笛の音は止まない。
騎士装束を模した甲冑を纏う巨人――士魂号重装甲西洋型の正面装甲は確かに溶解し、その胴には風穴が空いていた。では何故、死霊の如き騎士は未だ立っていられるのか。何のことはない、光線級の照射を回避出来ないと悟った絢爛舞踏は、その閃光を急所を外して受けた、ただそれだけだ。
そして絢爛舞踏仕様である士魂号重装甲西洋型は、踊り始めた。
光線級に次射の機会は訪れなかった。夕闇と一体化し、瞬間移動するが如き視認し難い高速で、彼は光線級に襲い掛かる。限りなく音速に近い速度で放たれた蹴りに、光線級の矮小な身体は弾け、空に血飛沫のアーチを架けた。
過去と未来を見据える筈の両眼をもたない眼窩は、それを一瞥することなく、次の目標を定める。屈辱と殺戮に彩られた過去も、糾弾と畏怖に塗れる未来も、何の価値ももたない。絢爛舞踏に必要なのは、現在だ。人を殺め、街を焼く敵が存在するいまこの瞬間に、全力を振るわねばならないのだ。だから眼球など必要ない。
体高9mの巨人にしても長大に過ぎる剣鈴が、高速でBETAの間を行き来する。要撃級の前腕を受け流し、頭部を叩き斬り、後背に迫る新手の要撃級をも斬り刻む。飛び掛かる戦車級の群れに剣鈴を薙げば、数十の肉塊が地面に転がった。その剣鈴の刃が唸る度に、先端の鈴が鳴り響く。剣鈴が振るわれる度に血塗られた甲冑が軋み、万の怨嗟の声をあげる。
大型種の中核を成す突撃級と要撃級が、絢爛舞踏の駆る士魂号重装甲西洋型へと突進するも、如何なる打撃も届かない。届かないまま、剣鈴によって斬り捨てられていく。元を正せば作業用ユニットである彼らが、人よりも少し速く動き、人よりも少し多く殺すことを積み重ね続けて戦闘に特化し、遂には人であることを辞めた絢爛舞踏に敵うはずがないのである。絢爛舞踏の戦闘力が1だとすれば、BETAの戦闘力は0だ。0が幾ら集まろうと、1を超えることはないのは自明の理であろう。
髑髏が笑っているように、みえた。
かつて人々の裏切りに逢い人間を見限った絢爛舞踏は、1000年の間、失望と濁流の中に身を置き、あらゆる汚濁を吸っていまここにいる。全身から撒き散らされる圧倒的なまでの死は、百、千のBETAを殺すに足りた。
盾としても機能する角笛で以て要撃級の横殴りを受け止め、既にここまで百単位のBETAを屠っている剣鈴で以て反撃する。
一薙ぎすれば十が、十薙げば百の死骸が士魂号の周囲に生まれる。仮にBETAに感情があれば、その同胞の壮絶な最期を前にして後退したに違いなかった。事実、かつて絢爛舞踏が駆る士魂号重装甲西洋型に相対した幻獣軍の幻獣達は、彼を前に後退し続けた。尤も後ずさりした幻獣は突き殺され、背中を見せた幻獣は袈裟懸けに斬殺されたのだが。
剣鈴によって転がる肉塊が増えるに従って、次第にBETA達は絢爛舞踏を捕捉することすら困難になっていた。黒い影は大型種の死骸と死骸の合間を走り抜け、まごつく突撃級の背面に現れこれを斬り殺し、更に駆け、感覚器を動かして索敵中の要撃級の脇腹を抉る。幽鬼の如く死骸と死骸の合間から現れては殺し、殺しては消える士魂号に翻弄され、BETA達は手も足も出ない。
長大な射程を誇り陸戦兵器に対しては無敵であるはずの光線級も、前を往く要撃級と突撃級に射線を阻まれ、また死骸と死骸の合間を縫って死を振り撒く士魂号をその視界に収めることが出来ない。
一瞬だけ動き回る黒い影を認めた重光線級は、次の瞬間には背面に回り込んだ士魂号に蹴り殺されていた。戦車の発展兵器たる人型戦車士魂号の真骨頂は、その機動。近くに居合わせた光線級が予備照射を開始した時には、もう絢爛舞踏は廃墟と死骸の中に隠れてしまっている。そして数秒後にはまた光線級の背後に、血塗られた騎士が剣鈴を振りかぶって現れる。
『……こちらCP、敵中に斬り込む所属不明機は、陸上自衛軍九州軍総司令部芝村参謀長(幕僚長)直属機と判明。コールサインは、”ゴージャスタンゴ”。但し援護は不要とのこと。ゴージャスタンゴが光線級を駆逐する、貴官らは、前面のBETAを引き続き撃退されたし』
『了解! ……元よりあんなの援護出来やしねえよ』
絢爛舞踏を初めて見た帝国陸軍将兵の思いは、あの怪物に援護など必要あるのか、逆に我々の援護は邪魔にしかならないのではないか、というところだ。まるで息をするかのように歌うかのように、働き続ける殺戮機械。BETAをただひたすらに殺し続けるその姿は、心強いというよりは、むしろ恐ろしい。
ゴージャスタンゴと呼称される異形の戦術機は、それを動かす人間は、まさしく人類の境界を越えた向こう側にいる。全く以て異質、異形の存在。
『絢爛舞踏(ゴージャスタンゴ)……ダンサーなんかじゃねえ、あれは鬼神(オーガ)だ』
誰が彼と轡を並べて戦えようか、そんな思いに帝国陸軍将兵は駆られたのだ。
それもそのはずであった。絢爛舞踏は人であることをやめた、最も新しき伝説。未だ人間であることを辞めていない彼らでは、到底並び立つことなど出来ない存在。それ故に人は、絢爛舞踏を畏れ、謗り、拒絶する。
いつしか学兵も帝国軍人も、死骸の海に消えた絢爛舞踏を捕捉することは出来なくなっていた。ただ戦場の随所で赤い巨柱がぶち上がり、要塞級が崩れ落ちる。士魂号重装甲西洋型が、未だ死を告げる舞踏を続けていることだけは、分かった。
「本当はソファーとかが良かったんだけど……」
BETAが絢爛舞踏によって駆逐された後、鐘崎は未だ形を保っていた民家に押し入ると、敷布団を拝借した。息も絶え絶えの比和を運ぶ、担架の代替にしようと考えたのである。砲手に添え木や即席担架を作る上で必要な補強財を探してもらい、大破した車輌から持って来た救急医療キットで比和に出来るだけのことをした鐘崎は、徴発した敷布団に彼女を移した。
そしていざ運ぶ段になって浮上したのは、運び手の問題であった。担架の片方を鐘崎が持つとして、もう片方はどうする? 道中、撃ち洩らした兵士級や闘士級に襲われないとも限らない、それを考えると砲手には護衛について貰った方がいい。小型幻獣を狩ることが仕事である、随伴歩兵にも頼めない。
となると、もう彼女に頼むしかなかった。
「桐嶋さん、手伝って!」
だが桐嶋は、車内から鐘崎に引き出された場所から、うずくまって動こうとしない。もう一度彼女は、自車の装填手に「比和さんは自分で動けないから、運ばないと駄目なんだよ!」と呼びかけたが、桐嶋は全く身じろぎひとつしない。それを見た鐘崎は、何に差し置いても怒りを覚えた。
「ふざけるな!」
表面的には平静を保っていても、鐘崎春奈は既に限界であった。視界曇らせる煤煙は、かつて第3中隊車だった鉄塊から巻き上がるものだ。鼻を衝く異臭は、かつて同級生だった焼死体から発せられるものだ。だがしかし自分達はいま、生きている! 戦友達を悼んでいる時間があるのならば、生きる為に時間を費やさなくてはならない。
なのに何故、桐嶋装填手は動こうとしないのだ?
鐘崎戦車長はつま先で、うずくまる桐嶋装填手の喉元を蹴り上げて仰向けに叩き起こした。
ふざけるな、ともう一度、戦車長は言った。それが最後通牒であることに気がつかなかったのか、一切動きを見せなかった桐嶋は、続いて戦車長の一方的な私刑を受けた。それは、砲手が鐘崎戦車長を止めるまで続くことになった。