セプテントリオンとは世界間移動組織であり、自分達が開発した商品を殆ど無料同然で目につけた世界に売り込んでは、対価としてその世界の未来を頂く死の商人です。
具体的に説明すれば、優れた武器を供与することで、その世界に対する発言力・影響力を確保する、また工作員を利用しての権力者の殺害・恫喝といった非合法手段をも駆使することで、その世界を思いのままに運営していく。それが彼らのやり口になります。まさにその世界の未来を、セプテントリオンが手に入れてしまうのです。
第5世界(ガンパレ世界)でも、この死の商人セプテントリオンは暗躍していました。99式熱線砲(レーザーライフル)といった兵器は、セプテントリオンによって世界外からもたらされた技術によって生み出されたものです。
何故彼らは世界に介入するのか? 多数の世界を手中に収めることに何の意味があるのか? その目的は未だ謎ですが、とにかく彼らは市場拡大の好機を逃すことはしません。
"超空自衛軍"
7月9日2000時。
苦戦に次ぐ苦戦によって手痛い打撃を被った第5戦車連隊は、戦線維持を第113普通科連隊と第145普通科連隊に任せる形で、早々に九州中部戦線より撤退。現在は負傷者の後送と再編成の為に、熊本市南区にまで退がっていた。
先頭切って敵群へ斬り込んで行った第1大隊第3中隊を筆頭に、第1・第2中隊も被撃破車輌が続出。続く第2大隊も被害甚大の憂き目に逢い、終始強気であった各大隊指揮官も意気消沈、第5戦車連隊本部も作戦行動を見直すどころか、すぐさま前進を中止した上で撤退を決意せざるを得なかった。第5戦車連隊全体の被撃破数は41輌。戦車連隊に配備される戦車数が約120輌前後であることを考えると、戦力の約1/3を僅か3時間余りで喪失した計算になる。
だが何よりも痛かったのは41輌の車輌自体を喪失したことではなく、その被撃破車輌に搭乗していた戦車兵約100名を失ったことであった。
主力戦車が1輌全損するということは、最低でも2名の戦車兵が犠牲になる、ということを意味する。車輌は1ヶ月もあれば補充出来よう、だがそれを動かす熟練の戦車兵を養成するには、年単位の時を待たねばならない。九州軍としては、たまったものではなかった。やっと中堅レベルにまで練度が向上し、まだまだ伸び代ある戦車兵約100名が、緒戦の僅かな時間で戦死したのだから。
この世界において対BETA戦に臨む部隊が、たった一戦で戦力の3割を喪失することは珍しいことではない。だがしかしそれまで幻獣軍と現代戦を繰り広げてきた第5戦車連隊からすれば、たった一戦で3割の戦力を失うなどあってはならないことであった。彼らにとってこの7月9日は悪夢の日となった。
この大被害の原因は、どこまでもBETAがもつ性能の認識不足にあった。
強力な光砲を有する光線級は絢爛舞踏が片付けたが、結局光線級が全滅した後も、第5戦車連隊は酷く苦戦した。厄介であったのは、偏にBETAの機動力。時速150kmを超える速度で駆ける突撃級は勿論、掃いて捨てるほど存在する戦車級ですら、時速80km程の高速で接近してくるのだから、まさしくこれは脅威であった。
正面の要撃級に応戦している間に、側面から突っ込んできた戦車級の群れに食いつかれる、あるいは突撃級の突進に対応しきれず蹂躙される、そういったケースが頻発した。従来の幻獣のように組織的な攻撃はないが、それでもBETAは個々が優速であり鈍重な戦闘車輌では中々抗しきれないのである。BETAの脅威は物量である、と単純に語られることが多いが、実際には人類軍の車輌を遥かに上回る行動速度が彼らを脅威たらしめている。
とにかく彼らは今日、高すぎる授業料を払ってBETAの威力を学んだ。
戦闘を経験しつつも後退に成功した、あるいは戦闘自体に参加することがなかった第5戦車連隊の車輌達は、緩慢な動きで熊本市内を北上していく……。
(負けたんだ)
と、鐘崎戦車長は思った。
彼女のように自身の車輌を失いながらも生き残った戦車兵達は、友軍車輌の背に載せられて、惨めな撤退を経験する羽目になった。勿論車輌を失うことも無く、自身の愛車と共に引き上げる戦車兵達も敗北感に打ちのめされていた。……彼らの中には、僚車ごとBETAを撃退する経験をした者も少なくない。戦車級に集られ解体されようとしている友軍車輌に榴弾の集中射を浴びせ、恐らく未だ無事であったろう戦友共々小型種を一掃した小隊もあった。小型種の浸透を防ぎ、部隊全体の被害低減を考えれば間違った判断ではなかったはずだが、やはり味方撃ちの衝撃は大きい。悔恨の念も自然と湧き上がる。
鐘崎もずっと考えている。
何故、第3中隊は全滅しなければならなかったのか? 何故、装備も劣悪な第3中隊が先頭集団を務めなければならなかったのか? 何故、自分達は生き残ったのか――? 彼女にとって唯一の救いは、重傷を負っていた比和を早々に野戦救急車へと引き渡せたことであった。但し桐嶋に暴行を加えてから、比和を救急車へと連れ込むまでの間のことを一切覚えていない。
戦車長失格だな、とも彼女は思った。
温厚で頼りになる戦車長。それが彼女の理想であり、思い通りに動こうとしない部下に逆上し暴力まで振るうその姿は、"私の考える最高の戦車長"からはどこまでも乖離している。
一方で装填手の桐嶋はというと、鐘崎の隣で砲塔に身を預けて視線を下に落とし、無言のままぼうっとしていた。そんな彼女に鐘崎は、何の言葉も掛けられないでいる。
南下を急ぐ友軍部隊とすれ違う第5戦車連隊の車列は、較べて酷く短かった。
「第5戦車連隊長をただちに出頭させろ。第5戦車連隊第1大隊長は更迭する」
九州軍統合幕僚本部がおかれている私立開陽高等学校生徒会室の一角をどかりと占領している小太りの男、芝村準竜師は自身の部下にそう命じた。
第5戦車連隊は、熊本県内にて転移に巻き込まれた唯一の戦車連隊であり、まさに貴重な機動打撃戦力だ。これをさして重要でもない戦闘で損耗させることは、まさに愚の骨頂であった。異世界での戦争で多くの血を流すことを望んでいない芝村勝吏幕僚長(参謀長)は、第5戦車連隊第1大隊長に無能の烙印を押した。
「意見させて頂くと、第1大隊長は熊本鎮台からの出向者です。何の協議もなしにこちらの独断で処分を下すことは、避けた方が賢明かと」
対して慎重な意見を、部下は述べた。
未だ前線において戦闘が継続している最中、連隊長を召喚し大隊長クラスの指揮官の首を挿げ替えることは、士気に関わる恐れがある。また第5戦車連隊第1大隊長は、陸上自衛軍第6師団――つまり熊本鎮台(大人の軍隊)から指揮官として出向している人間であり、これを学兵部隊側の一存で罷免することは彼我の間で遺恨を残す結果になろう。
だが唯我独尊を地で往く芝村勝吏幕僚長(参謀長)は「それがどうした」と取り合わなかった。異世界転移によって熊本鎮台とは完全に連絡が途絶している以上、彼らの意向など考える必要はない。政治的な問題は、全て元の世界に戻ってから解決すればいいことであって、今は何があっても実を取るべきだ――そう彼は考えていたのである。
「この異世界で戦功を焦る将ほど有害なものはないわね」
西部方面軍司令部と共闘の話をつけた後、帝国陸軍北熊本駐屯地よりこちらへ帰還していた林凛子九州軍総司令も芝村準竜師に同調した。
あくまで九州軍の敵は転移前の世界に巣食う幻獣であり、この異世界に蚕食する宇宙生物ではないことを忘れてはならない。BETAと呼称されるこの世界の敵性勢力を幾ら打ちのめしたところで、元居た世界の日本国が救われる訳ではないのだから。それを理解しないままに目前の敵の駆逐に熱を上げる前線指揮官など、有害以外の何者でもなかろう。
転移前の世界にいつ戻れるのか、そもそも元の世界に再転移する――戻れる可能性自体あるのかも分からないが、逆に言えば原因が分からない以上、いまこの瞬間に元の世界――幻獣と人類が雌雄を決する世界に戻る可能性も0ではないのだ。
いままさに国家危急の秋を迎えつつある日本帝国には申し訳ないが、日本帝国九州地方から日本国九州地方への帰還を果たした後のことを考えると、対BETA戦に全力を挙げる訳にはいかなかった。熊本市内に備蓄されている弾薬も食糧も、転移を果たした学兵ひとりひとりも、幻獣軍を叩き潰す為に集積された日本国なけなしの物的・人的資源なのだ。林凛子九州軍総司令の使命は、あくまでも帝国陸軍と協同し、最小限の出血で九州地方のBETAを撃破、九州軍が有する戦力を保全することである。
「第113普通科連隊、第145普通科連隊の損耗具合はどう?」
「ほとんど死傷者は出ていない。……今のところはな」
「BETAに対しては普通科を当てた方がいいようね」
第5戦車連隊が大打撃を被った原因は、勿論第一には前線指揮官の独断専行と認識不足が挙げられるが、BETAに対する機甲戦力の相性の悪さもあろう。対幻獣戦において機甲戦力は、敵火砲に対してその持ち前の装甲力で抗堪しながら戦場を駆け、前線を突破し逃げ惑う敵を蹂躙する切り札であったが、どうも対BETA戦においては分が悪いらしい。
「先史以前より戦闘種族としての人類は、絶えず戦術を駆使して猛獣や幻獣を狩ってきた。戦術とは即ち、有利な位置を占位し続け、かつ敵を翻弄する機動のこと。……とすれば悔しいがな、優速であるあの怪物どもの方が戦術には長けていることになる」
「人類はネコ科の猛獣を撃退する為に、彼らよりも速く走ったりはしないわ。私達が負けているのはあくまで機動戦。猛獣を待ち伏せて嬲り殺しにする――普通科連隊の大火力を活かした集団戦を徹底させた方が良さそうね。主力戦車は、歩兵の直協任務に充てましょう」
幻獣に対して陣地や拠点に立て篭もっての抗戦は、瞬く間にその位置を特定されて、生体噴進弾や生体誘導弾、航空爆撃で潰されてしまう為に禁忌とされている。だがしかしBETAはただ突進を試みてくるだけの怪物集団なのだから、密集してでも強力な阻止火網を形成した方が良いだろう、という判断であった。
芝村幕僚長(参謀長)は苦い表情を浮かべている。熊本戦においては人型戦車を集中運用する5121・5122・5123小隊を創設し、自身の直轄部隊としたことから伺えるように、彼が好む戦術は機甲戦力を中核とした機動戦であり、歩兵による粘り強い持久戦ではない。
だが同時に靴下以外の物事に固執するほど、彼は愚かではなかった。
「……第5戦車連隊の再編成については、保留としよう。それと中部戦線の優勢なる敵群を片付ける火消し役を第5121小隊にやらせる」
―――――――
『こちらラピッド! 連中が食いついた!』
機械化装甲歩兵から成る分隊が、BETAの群れに背中を見せて逃走する。跳躍装置を全力で噴かした彼らは、背中に迫らんとする怪物どもから決死の敗走――否、誘導を試みていた。彼らを追跡するBETA群の内訳は戦車級が50、要撃級が8、9といったところか。先頭集団が戦車級の為に、進行速度は時速80km程で抑えられているが、とても機械化装甲歩兵の貧弱な跳躍装置では振り切れない。
敵BETA群の誘引。
それが帝国陸軍に所属する機械化装甲歩兵達に与えられた役割であった。彼らは跳躍装置を備えており、地べたを這いずり回ることしか出来ないウォードレス兵と比較すれば、優れた機動力を持っている。BETA達を友軍が形成した強力な火網へと誘い込むのに、その(歩兵科にしては)高い機動性能はうってつけであった。
『了解! お前ら、絶対誤射だけはするなよ! いまだ――撃てッ!』
そして機械化装甲歩兵としては生きた心地のしない追いかけっこは、BETAの蒸発によって終わりを迎える。
それまで直線的な動きで背後のBETA達を誘き寄せていた機械化装甲歩兵達が、左右に掃けると同時に、磁力によって高初速を得た120mm砲弾が一斉にBETAの群れに襲い掛かり、要撃級の装甲されている前腕をも粉砕し、戦車級を擦過するだけで解体してしまった。重ウォードレス可憐D型が、2門ずつ保持するフルスケールリニアカノンによる一斉射。この大威力の前では、如何なる装甲も紙に等しい。
ウォードレス兵は、機械化装甲歩兵とは真逆の存在であった。主力戦車・戦術機にも負けない瞬間的火力を有するが、機動力が著しく低い。特に120mmクラスの火砲を有する四本腕の重ウォードレス可憐D型や、40mm高射機関砲を保持した一般ウォードレス兵は、どうしても動きが緩慢になってしまう。腰を落ち着けての火力戦は得意だが、彼我の位置がめまぐるしく変わるような戦闘は苦手なのだ。
こうして自然と、機動力を有する機械化装甲歩兵と大火力を誇るウォードレス兵との間で、役割分担が成立していた。前者が敵を誘引し、待ち構える後者は大火力を以てこれを一網打尽にする。殺到するBETAに対して、人類軍が編み出した新たな戦術であった。
結局のところ九州中部戦線で最も活躍した兵種は、歩兵であった。体高のある戦術機とは異なり光線級の標的になり難く、また視界・射界が制限される市街戦においても小型種に即応出来ることが大きい。
12,7mm重機関銃と数に限りのある対戦車榴弾で武装した、従来の機械化装甲歩兵では量においても性能においても優る大型種は手に余る相手だったが、大火力を有するウォードレス兵の登場によって、ようやく歩兵科は対BETA戦の主力としての地位を取り戻そうとしていた。
『こちらラピッドよりサイモン、敵の殲滅を確認!』
『こちらサイモンだ。すまんが引き続き、援護を頼む。闘士級がきやがる』
『了解、お前らついてこい!』
機械化装甲歩兵は後退を止め、主脚走行によって射撃ポジションへと前進する。
重ウォードレスが最も苦手とするのは、何よりも小型で機動性の高い闘士級であった。見晴らしのいいところを群れで固まりとなって突っ込んでくるのであれば、大火力を以て叩き潰してやればいいだけだが、彼らは散開してBETAの死骸と崩落した廃墟の合間を縫って、接近を果たさんとする。一体一体を撃破するのに、120mmフルスケールリニアカノンや40mm高射機関砲を用いるのは弾薬の無駄であるが、懐に入られれば彼ら対戦車火器を持つウォードレス兵は、苦手とする白兵戦に臨まなくてはならなくなってしまう。
『ラピッドB、撃ちます!』
そこですばしっこい闘士級を狩るのに活躍するのが、機械化装甲歩兵である。跳躍装置によって素早く有利な位置を占位し、7,62mmと12,7mm機銃弾の雨を闘士級に浴びせかける。幾ら瞬発力のある闘士級といえども、連射される小口径弾を回避しきれるはずがなかった。
『黒澤、右ッ!』
『っと、危ねえ!』
廃墟の影から飛び出してきた闘士級に気づいた機械化装甲歩兵は、短噴射で素早く後退して象の如き触腕を避け、次の瞬間には7,62mm機関銃で目の前の敵を肉片に換えてしまう。
『サンクス、すまねえな』
難を逃れた機械化装甲歩兵――黒澤は戦友に礼を言うなり、すぐに次の獲物を探し始める。
彼は任官から向こう九州備えの一兵卒であり、実戦はこれが初めてであったがよく落ち着いていた。
座学でも教わっていたが闘士級は距離さえとっていれば、機械化装甲歩兵の相手ではない。自動小銃を携行火器とする生身の歩兵からすれば、一度だってお目にかかりたくない敵であるが、機械化装甲歩兵は威力も装填数も連射速度も小銃を上回る軽・重機関銃を携行している。遠距離で闘士級を捉えれば、まず確実に撃退できる。
また主力戦車や戦術機に較べて申し訳程度の厚さしかないが、機械化装甲歩兵は全身を装甲板で覆われている。特に上半身は非常に分厚い装甲が張られており、仮に闘士級に取り付かれたとしても連中が引っぺがせるのは、肩部等にマウントされた擲弾発射器くらいのものだろう。装甲が比較的薄い腕部や下半身は危ないが、それでも気休めの防弾チョッキのみで前線入りする歩兵よりは遥かにマシである。
「ちっ」
黒澤はすぐさま新手を見つけた。
今度は7,62mm機関銃ではなく、片腕にマウントされた12,7mm重機関銃を指向する。その先には恐らく群れをはぐれたのであろう、一匹の戦車級が単独で疾走していた。戦車級は基本的に直線的な動きしか見せないため、対処しやすい敵ではあるが、機械化装甲歩兵よりも優速だ。しかも戦術機や戦車をも解体してしまうその前腕に捕まってしまえば、もう醜悪な大口に運ばれる未来が確定するのだから恐ろしい。
ドドドッと火を噴いた重機関銃は、優れたFCSの助けもあってすぐさま戦車級を蜂の巣にしてしまう。
我ながら冷静にやれてんな、と黒澤は自分を評価した。電子の瞳やナイトスコープ越しに見るBETAは、何遍も繰り返したシミュレーション映像のそれと変わらないように思える。現実感がないのが、大きいのかもしれない。恐らく自動車化歩兵としてここにいれば、こうは冷静にはいられないであろう。
『こちらセバスチャン。突撃級4をご招待だ!』
『こちらサイモンよく見える、すぐに片付けるぜ!』
ここまで冷静でいられるもうひとつは、心強い援軍の存在もあろう。
突然前線に現れた、新型の機械化装甲を駆る歩兵達。黒澤の知る限り最新の機械化歩兵装甲は97式機械化歩兵装甲であるが、それとは似ても似つかない外見をしている。ごてごてと装甲板を備え付けた従来のそれとは異なる、衛士専用の強化服に近い非常にスリムなフォルム。それまで影も形もなかったそれは、恐らくは試作・試験段階のものなのだろうが、何故かその非制式歩兵装甲が百・千単位で運用されているのだから驚きだ。
彼らの正面に突っ込んできた突撃級は、すぐさま側面や脚部を40mm高射機関砲に射抜かれ、民家や雑居ビルを押し潰しながら前のめりに崩れ、すぐに擱座してしまった。
巨大な体躯を誇る突撃級が前進を阻まれる一部始終が、黒澤からも見えた。
彼が何よりも頼りにするのが、新型機械化装甲歩兵が有するこの大火力であった。
連中は信じられないことに、確実に20mm以上の口径をもつ機関砲を両腕で保持して運用しているのだ。また四本腕の機械化装甲歩兵は、後腕を使って戦車砲まで担いでいる。
彼らのお陰で本来ならば手も足も出ない大型種をも、歩兵科は相手出来ているのであった。
(もしもあの機械化装甲歩兵が普及すれば、BETAなんぞ敵じゃなくなる)
黒澤は次の目標を血眼になって探しながら、そんなことまで考えていた。
その前線遥か後方。
第145普通科連隊第3大隊本部にて周辺警備にあたるふたりの学兵は、他愛も無い噂話に興じていた。戦時にしてはあまりにも緊張感に欠けている雰囲気だったが、大隊本部の警備は直接に生命が危険に晒されることのない任務であり、まあ仕方の無いことであった。
「何でもいま戦っている相手ってのは、幻獣じゃあないみたいだね」
「幻獣じゃない、か。じゃあなんなんだ?」
「ベータとか云うらしい。何でも殺しても死骸が残るって噂だ」
「……黒い月も出てねえ。どうなってやがんだ」
1945年の幻獣初実体化に前後するように姿を現した天体、黒い月。
それが今日、空を見回してもどこにも見つからない。
「でもいつもと変わりないよね」
「ああ……それどころか力が漲るほどだ。ここの空気は――最悪最低だ。人間の悪意と絶望が染み付いちまってんだ」
「5121小隊が前線に出るそうだよ……千載一遇のチャンスだよ。これは」
彼らの無駄話は、その後も暫く続いた。
学兵の眼は、どこまでも赤い。