"バトルオーバー九州!"(前)
東京湾から海坊主の如く現れた人型兵器は、手近に居合わせた警備任務中の在日米軍所属機F-15Eの胸部、股下、左主腕を引っ掴み、背負い投げの要領で数秒前まで自身が潜んでいた海面へと放り投げる。重力に捉えられたまま海面を割り、為す術もなく海中へ没するF-15E。
哀れ海の藻屑となった相棒とエレメントを組んでいた僚機は、突如として現れた強襲者に突撃砲を向け、零距離射撃を試みる。だが36mm機関砲弾が弾き出されるよりも数瞬早く、無謀にも徒手空拳の人型兵器は彼に襲い掛かった。
右主腕で保持する機関砲と滑腔砲が一体化したAMWS-21の砲身を巨大な掌で押さえつけられたF-15Eは、すぐさま空いている左主腕で膝部装甲から格納されている近接戦闘短刀を引き抜いたが、その左主腕にも巨大な掌が襲い掛かり、その動きを封じてしまう。そうして両腕を押さえつけられたことで近接戦闘は勿論、後退も出来なくなったF-15Eはその異形と相対することとなった。
F-15Eを拘束した人型兵器は、米国衛士がこれまで一度たりとも見たことがない機体であった。彼は慌てて、対人戦を想定している関係上、全米軍機にインストールされている戦術機データベースから該当する機体情報を呼び出そうと必死になった。
だが結果は該当なし。地球人類の盟主たる米国が誇る情報網は、あらゆる国家の運用する戦術機の情報を取り揃えているはずだというのに!
彼を嘲笑うかのように、国籍不明機の頭部の前面と後面に取り付けられたふたつの顔は古拙の笑みを浮かべたまま、F-15Eに引導を渡そうと動き始める。突撃砲を保持する右主腕、短刀を保持する左主腕を封じたその人型兵器には、まだ腕が6本余っていた。正体不明の人型兵器は前面に4本、後面に4本の腕をもつ怪物であった。
『両主腕がロックされた! 逃げられない!』
『全機、火力を集中しろ!』
『HQ、帝国海軍横須賀基地(おとなりさん)にさっさと応援を要請してくれ!』
国連軍太平洋方面第11軍横須賀基地中央飛行場にハワイから到着した輸送機――正確にはその積荷――の護衛任務にあたっていたF-15E一個中隊、その全機が突撃砲を8本腕の怪物に指向し、遠慮なく引き金を弾いた。だがしかし闇夜を易々と引き裂いた10本の火線は、その怪物が纏う白色の装甲を貫徹することは出来なかった。36mm機関砲弾の効果の程は、鋼鉄に小石を叩きつけるようなもの、120mm砲弾でさえその磨き上げられたかのような装甲板の表面を少々曇らせる程度の効果しか見せなかった。同じく警戒任務にあたっていた機械化装甲歩兵達が、対戦車榴弾と対戦車誘導弾を雨霰と怪物に撃ち込むが、外世界で発掘・製造されたその試作兵器の反応といえば僅かに身動ぎしただけで、何の痛痒も感じないらしい。
敵火力の程度を知った怪物は周囲に脅威が存在しないとでも考えたのか、悠々と自身が捕らえたF-15Eを高々と掲げてみせ、そして余裕の表れであろう、残りの空いている腕を用いて解体を開始した。腕の関節は順・逆両方向に稼動するのか、前面後面の腕がフル利用される。3本目の腕でF-15Eの頭部を叩き潰し、4本目の腕で左脚を、5本目の腕で右脚を、6本目の腕で跳躍ユニットを、7本目の腕で腰部を引きちぎった怪物は、最後8本目の腕で腰に佩いている超硬度長剣を引き抜き、胸部正面装甲に突きたてた。
『リチャード、いま助ける! ――剣を保持する腕を狙撃しろ!』
砲撃戦に長ける在日米軍の衛士達は、目標を敵胴体から超硬度長剣を保持する8本目の腕へと移して撃ちに撃った。36mm機関砲弾が腕部装甲の表面を舐め、直撃した120mmAPFSDS弾が装甲板を侵徹せんと運動する。だが比較的脆弱とも思われる関節部でさえも抜くことが出来ず、遂に8本目の腕が保持する剣はストライクイーグルの胸へと押し込まれていく。
『助けてくれ……こんなの、こんなのあ』
刃自体が振動することであらゆる物体を破断する高周波剣は、いとも容易く胸部正面装甲を分かち、その奥に格納されている戦術機管制ユニットを貫いて内部の衛士を絶命せしめた。この8本腕の怪物の厭らしいところは、胸部正面装甲に切っ先を突き当ててから衛士を殺すまでの一連の動作を酷く時間を掛けて行ったところにある。
まるで死の恐怖をF-15Eの主に与えようとするかのように。
『リッチャアアアアアド!』
頭部と四肢を破壊され、所謂達磨となったF-15Eの背面装甲から機械油と鮮血に塗れた刀身が露となるのを見た米国衛士達は激昂した。8本の腕を用いて長剣からF-15Eの胴体を外した次の瞬間にはその微笑を湛える顔面に120mm弾が激突したが、その表情が歪むことはいっさいなかった。
8本腕の怪物は地面にその残骸を叩き付け、続けて足蹴にすることで周囲を取り巻く米軍機を挑発してみせる。
『お安い誘いに乗るなあっ! 遠距離からケツにどでかいのをお見舞いしてやれ!』
だが米軍機はあくまで距離を取り、全火力を叩きつける。例え装甲板を一撃で貫徹出来ずとも、それが兵器である以上はいずれ限界が来るものだ。……これが単なる野戦ならば気の長い悠長な砲撃戦も許されただろう。
周囲を駆け巡り、豆鉄砲を撃ち続ける戦術機に対する興味を、8本腕の怪物は早々になくしたらしい。どちらにしても高速機動する戦術機を足止めする術を、彼は持ち合わせていなかった。この8本腕の怪物――後に世界の謎を探求する多くのエース達を撲殺せしめることになる"エースキラー"は、如何なる敵をも一撃で粉砕する必殺武器を有しているが、一方では機関砲といった敵の機動を阻害させるような防御火器を一切持たない。
だが怪物の目標は戦術機の殲滅でも、横須賀基地の破壊でもない以上、周囲を跳びまわるうるさいハエを叩き落す必要はなかったのだ。
『くそがっ! 無視すんな!』
『国籍不明機、前進中! 中央飛行場B滑走路――駐機している"グランド・マザー"に向かいます!』
『狙いは輸送物だ! 止めろ! やつの脚を止めろ!』
怪物の目的はハワイのオルタネイティヴ5計画関連施設から、空輸によって到着した輸送物の奪取にあった。怪物の主は輸送物がハワイから横須賀基地に空輸された後、第7艦隊所属艦艇に搭載され西部戦線に投入される予定だという情報を掴んでいた。輸送物奪取を狙う怪物の主にとってすれば、九州・中国地方の悪天候が味方した結果となる。九州・中国地方が雨雲に覆われていなければ、この輸送物はわざわざ艦艇に搭載されることもなく、衛星軌道上から投入されていただろうからだ。
怪物の数km前方、中央飛行場B滑走路には着陸したてで未だ積荷を降ろせていない輸送機が、無防備なまま駐機している。
この場に居合わせた護衛役の衛士・歩兵、誰もが知らないことであった。
輸送コンテナに収められているものは、オルタネイティヴ5遂行に欠かせない新型爆弾――五次元効果爆弾、通称G弾であることを。
そして8本腕の怪物が、世界移動組織"セプテントリオン"が派遣した試作兵器であることを。
『撃てッ! 撃て!』
『滑走路はどうなっても構わないそうだ! これ以上進ませるな!』
緊急事態発生の一報が飛び交い、飛行場に駆けつけた増援の機械化歩兵と主力戦車がこれもまた持てる限りの火力を怪物に指向した。世界最強と目される主力戦車エイブラムスとレオパルト2の長砲身120mm戦車砲が火焔を噴き、騎兵・歩兵戦闘車と自走対空車輌が大小口径機関砲による弾幕を張る。
だがそれでも怪物を止めるには、火力不足に過ぎた。世界外の技術が多用され、不可視の障壁さえ装甲表面に張り巡らしたその怪物を打倒するには、陸戦兵器のみでは最低でもエイブラムス等が有する長砲身120mm戦車砲や所謂重MATと呼ばれる対戦車誘導弾による飽和攻撃しかない。しかも瞬間的に最大火力を叩きつけるのではなくて、瞬間的に出し得るレベルの最大火力をぶつけ続けることが出来なければ、怪物の撃破は不可能であった。
120mmAPFSDS弾と対戦車榴弾が怪物に殺到し、中には目標を逸れて基地施設を破壊したが、基地司令はそれでもあらゆる火器の使用を許可した。基地司令だけは空輸されてきた積荷がどういった種別のものかを認知しており、何としても怪物の阻止を優先しなければならなかった。
『積荷を載せたままでいい、輸送機を再離脱させられないか!?』
『無茶言わないでください!』
『こちらHQ! 第110機甲連隊は敵進路に割り込み、防衛線を張れ! 第43歩兵連隊は戦闘を継続せよ――ハク(迫撃砲)を使え! ハクを! 上面からの攻撃なら破れるかもしれん!』
『第92航空隊のアパッチ(攻撃ヘリ)を出せ!』
命令を受けて40輌あまりの主力戦車とそれを援護する騎兵戦闘車や自走式対空機関砲、併せて62輌が怪物の進路上に立ち塞がり、彼の正面装甲を乱打する。結果から言えば、これは効いた。正面に集中した62本の火線は、8本腕の怪物の足を止めた。……たった2秒だけだが。
怪物に鬱陶しい、邪魔くさい、と認識されたのが第110機甲連隊の将兵に悲劇をもたらした。前面最上段の2本の腕を怪物は機甲連隊に所属する車輌に向けるや否や、数瞬遅れて二の腕に備え付けられている160mm擲弾発射器から死神を撃ち出した。世界外では既に廃れつつある実体弾による攻撃だが、この世界では未だ有効であった。初速の遅い擲弾でも装甲の薄い主力戦車砲塔上面をぶち抜くことは容易であり、更に装甲の薄い騎兵・歩兵戦闘車の車列は、発生する爆風と飛び交う破片によって滅茶苦茶に蹂躙されてしまった。
160mm擲弾の洗礼を生き延びた車輌も、今度は前腕下段2本の腕が有する大口径レーザー砲――99式熱線砲のスケールアップ版――によって次々と撃破されていく。1秒ないし2秒程度の照射で主力戦車の正面装甲は、いとも容易く溶解し貫徹されて、中の乗員は蒸発する運命を辿った。
まるで怪獣さながら第110機甲連隊を僅か数十秒で無力化した怪物は、そうして悠然と輸送機にまで接近し、その後部ランプを引っぺがすなり格納されていたコンテナを引き出してみせる。
この時には周囲の砲火は止んでいた。仮にG弾が格納されているコンテナが流れ弾で破壊され、未だその機能が全て解明されているとは言い難いG元素が漏れることを避ける為に基地司令が戦闘を中止させたのである。
こうしてセプテントリオンはまず、G弾なる兵器を解析する為の第一歩となる小さな勝利を収めた。あとは洋上での事故を想定し耐圧加工が施されているコンテナを抱えたまま、東京湾へ離脱し世界外へ繋がるゲートへ帰還するだけであった。世界移動組織セプテントリオンは、重力偏重等を引き起こすという新型爆弾、G弾が如何なるものか興味をもったのだが、恐らく合法的に接触し武器・技術取引を行ったとしてもG弾供与や情報提供を望むことは出来ないであろう。……そう判断した彼らは、絶好の機会を逃さず活かし、G弾奪取に動いたのであった。
G弾強奪さるの一報に、在日米軍司令部は震撼することになる。
だがその情報は当然ながら帝国陸海軍に伝わることはなく、本土防衛軍は新型爆弾の影に脅えるあまり、戦況好転の為の博打に出る。
―――――――
九州中部戦線が、爆発した。
再補給を終えた陸上自衛軍第106特科連隊、第206特科連隊、併せて200門あまりの火砲が弾薬量に糸目をつけず155mm榴弾を撃ちかけ始め、それに遅れる形で普通科連隊の重迫撃砲中隊が120mm、81mm迫撃砲弾を5秒に1発のペースでリズミカルに撃ち出す。
絢爛舞踏が撃ち洩らした光線級によって、空中で蒸発させられる大小砲弾も現れるがそれでも多くの砲弾はBETAの頭上に降り注ぐ。その様を光線級によって、封じられた大空から見下ろす存在があった。
全長3m、全幅8mにもなる巨大な猛禽。
陸上自衛軍が運用する動物兵器89式隼、彼は遺伝子操作を受けた"兵器"であったが、同時に動物であるが故に光線級の照射を免れることが出来ていた。腹部に取り付けられている偵察ユニットを用いて、砲兵たる特科連隊に光線級の所在や敵群が密集している地点を送信するのが彼の任務である。偵察機材も電子機器である以上は89式隼が光線級の目標になってもおかしくはないが、電子機器自体の程度が極めて低いのと、戦場においては落下する砲弾が優先的に迎撃されるためか、動物兵器は投入から向こう照射を受けた例はない。
「"コタカ"より入電です! "G-7、F1、L9"――グリッドG-7に要塞級1、光線級9です」
「"オオタカ"より入電、"D-5、F2、HL3、L3"!」
「帝国陸軍の砲兵連隊にデータ廻してやれ! 連中の瞬間火力頼みだ!」
動物兵器の運用によって光線級の所在を割り出した陸上自衛軍特科連隊本部は、すぐさまその情報を帝国陸軍砲兵連隊本部へと転送する。
そうしてようやく真打の大火力が投射された。
"鋼鉄の嵐"とも形容される破壊力をもつ最新式のMLRSは、北部戦線に抽出されてしまっているものの、中部戦線における帝国陸軍砲兵連隊は、旧式とはいえ30発の130mmロケット弾を連続発射出来る75式130mm自走多連装ロケット弾発射機改を有しており、その他にも203mm自走榴弾砲といった大口径火砲をも運用している。弾薬備蓄量の問題から、長時間に渡る集中砲撃は実施出来ない帝国陸軍だが、短時間ならば陸上自衛軍を超える大火力を発揮することが出来る。
360発の130mmロケット弾がまず一区画を飲み込み、一瞬で灰燼にせしめる。先の榴弾と迫撃砲弾を迎撃した直後のことで、光線級は再度の迎撃が出来ないままに炸裂したロケット弾になぎ倒され、その巨体を蠢かせ前進を続けていた要塞級は、その上面に多数の直撃弾を受けその重撃に耐えかねて崩れ落ちた。
陸上自衛軍特科連隊と帝国陸軍砲兵連隊の激しい砲爆撃が、敵前衛から後衛へと破壊をもたらし始めると、遂に両軍戦線の押し上げ始められた。
本土防衛軍統合参謀本部から九州中部戦線早期決着を打診された帝国陸軍西部方面軍司令部は、やむなく中部戦線全部隊を南進、BETA撃滅を期す作戦を発動したのである。有機的に組み合わさった火網を形成し、BETAを効率よく撃退出来る防衛線が形づくられたところでそれを放棄することになる反攻作戦は、無謀というか愚かにしか思えない。だが在日米軍司令部から戦術核やG弾の運用を提案された本土防衛軍は、早期に九州戦線の安定化を図ることで「帝国陸海軍は大量破壊兵器に頼らずとも、通常兵器で本土防衛を達成出来る」と国連軍に主張出来る材料を手に入れようとしていた。故に本土防衛軍統合幕僚本部は西部方面軍に、攻勢に出るよう要請したのだった。
帝国陸軍西部方面軍司令部は、上位組織たる本土防衛軍統合幕僚本部の意向に逆らうことは当然出来ず、出来ないままに小康状態を破る形で九州中部戦線においての攻勢を開始させた。
特科連隊と砲兵連隊の準備砲撃が過ぎ去った後の前線に、鉄の巨兵が立つ。平安武士さながらの鎧兜姿、大きく張り出した肩部装甲と烏帽子の如く屹立する頭部レーダーユニットが印象的な鋼鉄の武者――5121小隊1番機が、九州中部戦線における一番太刀の栄誉を得た。
士魂号重装甲仕様は両手で保持する一振りの超硬度大太刀を大上段で構えたまま、要撃級に急接近、一撃の下で尾部の感覚器から頭部までを両断する。古流剣術を極めた1番機パイロット壬生屋未央の技量と、刃自体が振動することで如何なる装甲をも破断する超硬度大太刀に施された技術力の相乗効果が如実に現れた結果であった。
更に新手、新手の要撃級が現れるが、士魂号重装甲仕様は一歩も退かずにその場に留まり、斬り殴られるの激しい格闘戦を演じ始めた。退こうにも避けようにも1番機が纏う519番式重装甲は、あまり重すぎる。故に壬生屋の駆る士魂号は、要撃級の打撃を超硬度大太刀で受け流し、刀身で以て防ぎきれないものは肩部に備え付けられた展開式増加装甲によって、真正面から受け止める他なかった。
漆黒の大鎧は要撃級の前腕による打撃に抗堪し、すぐさま練りに練られた斬撃を以てこれに報いる。打撃に次ぐ打撃に耐え、斬撃に次ぐ斬撃によって敵を撃破する、熊本戦の頃から何も変わっていない壬生屋未央の流儀であった。
だが傍目から見れば、それは死地にひとり身を置いて敵と殴り合う無謀な戦術だ。いい加減にしてくれ、と続く2番機パイロットは呟きながら、1番機目掛けて前進する小型種の群れに2丁のジャイアントアサルトを指向する。引き金が弾かれると共に回転を始めるふたつの砲身は、20mm機関砲弾を吐き出しはじめ、戦車級を肉片へと変えていく。
「だから突っ込みすぎんなって!」
操縦席でお決まりのように声をあげる、5121小隊2番機を駆る滝川陽平。1番機を駆る壬生屋とは共に熊本戦を戦い抜いた相棒だが、その戦闘スタイルにはいつも肝が冷える思いがする。結局のところフォローをするのは、いつも彼の役周りだ。
1番機とは異なり、古代において九州の守りについた防人の如く、飾り気のない甲冑を纏った巨人は、前方を遮る要撃級を蹴り殺すと自身も最前線に立ち、機関砲弾をばら撒き続ける。フルオートで砲弾を吐き出すジャイアントアサルトを振り回し、四方八方に蹴りを食わしながら敵を寄せ付けない。
これが5121小隊のやり方だった。常に最沿線に立ち彼と壬生屋の2・1番機が派手に戦って、敵の目を惹きつけ、敵群を周囲に集中させる。
そして。
『ありがとよ鈍亀さん!』
「うっせえ! さっさと片付けてくれ!」
2機の人型戦車に集るBETAどもを一網打尽に片付けたのは、戦術歩行戦闘機の一個大隊であった。敵の大群と対峙していた人型戦車が後ろへと飛びのくと同時に、制圧支援の任務を負うF-15J陽炎が、肩部に装備した92式多目的自立誘導弾を全弾投射する。先程の砲兵連隊の砲撃には到底及ばないが、前面に押し寄せるBETA群を駆逐するには十分過ぎる破壊力が発揮される。撃ち出された誘導弾は密集する小型種の群れや要撃級の胴、遠方に居合わせた要塞級等に直撃し、跡形も無く吹き飛ばしてしまう。
押し寄せた敵群が誘導弾で一掃される光景を、滝川は懐かしい思いで見ていた。熊本戦時、5121小隊においてこの役目を負っていたのは、同じく多連装誘導弾を背負う士魂号服座型であったが、いまはパイロットの厚志も芝村もいない。そして跳躍装置なる装備を有する友軍機には、鈍亀呼ばわりされる始末だ。
「援護よろしくお願いいたします」
『まかせときな侍さんよ!』
今度は超硬度大太刀を下段に構え、相変わらず猪突猛進ぶりを見せる1番機、その脇を固めるように主脚走行で前進しながら87式突撃砲を撃ち続ける陽炎。その陽炎の膝部装甲の上からふたつの影が、地面へ降り立った。
「申し訳ないけど、ボクにも稼がせてもらうよ!」
「新井木! 調子に乗るなよ!」
5121小隊の誇る戦車随伴歩兵のペアであった。随伴歩兵は使い捨てのロケットパックを運用する他には自身の脚で移動する他なく、やはり機動力に欠ける。それを補う為に経験豊富な戦車随伴歩兵は、よく人型戦車等に掴まって適当な移動手段とすることがある。
地面に降り立った新井木は案の定呼吸するが如く、さも当たり前のように脚技を以てBETAを屠りはじめたし、若宮は新井木と人型戦車、戦術機に集中する小型種の群れに機関銃弾を浴びせていく。
『てめえら化けもんか何かかよ!』
全弾撃ち尽くした92式多目的自立誘導弾ユニットを切り離しながら、制圧支援の戦術機の衛士は素直に感嘆の声をあげた。この時彼は、身近まで戦車級がBETAの死骸と廃墟を縫って、接近していることに気づいていなかった。
『アステカ11、4時方向! 戦車級!』
『な――!』
制圧支援機に飛び掛かる戦車級の群れを目撃した僚機の衛士が注意喚起したが、除装に伴い機体が硬直状態にあった陽炎は回避機動をとれない。取り付かれる――と制圧支援機の衛士も、僚機の衛士も思った瞬間であった。
『驚くのはまだ早いけんねえ……じゃなかった。まだ早いな』
ひとりの男が、空中で全ての戦車級を叩き落した。
衛士は今度こそ驚愕したであろう。白い学生服に身を包む小太りの男は、口の端を歪ませながら着地すると両手に持ち合わせた得物を以て戦車級の脚を砕いていく。機械化歩兵装甲すら装備していなければ、その男の両手にあって猛威を振るうそれは、一般常識でいえば"武器"ですらなかった。白い、白い靴下。BETAの返り血を浴びても、その純白を失わない靴下を彼は手にしていた。
それが彼の、得物だった。
『コールサインはソックスバトラーだ』
5121小隊整備士のひとり中村光弘――ではなく、小さな星の、小さな島国の、更に小さなひとりの人間、靴下をこよなく愛するただひとりの人間、ソックスバトラーは両手に保持する装甲靴下を振るい、戦車級の脚をただひたすらに砕いていく。砕く度に装甲靴下に用いられている、尚敬高等学校で採集された1年物靴下の繊維から激臭が迸った。その度に、ソックスバトラーの行動速度は桁違いに跳ね上がっていく。
常人ならば耐えられないその激臭を、中村み……ソックスバトラーは力にすることが出来る特異体質をもっていた。出鱈目ではない。これでもBETAの死骸が発する硫黄臭によって、まだ身体機能の向上が抑制されている方であり、条件に恵まれれば彼は光速の攻撃さえも捌けるまでになるのだが、いまは無理であった。
『むちゃくちゃだ……』
衛士の呟きに、ソックスバトラーは口の端を歪めたまま答えた。
『限界、とは超えていくためにある。俺たちは人間の限界を何度か超えてしまっている、ただそれだけだ』
脚を失って擱座した戦車級の群れを、ソックスバトラーは粘着靴下爆弾を放り投げて始末する。そして遅ればせながら更に第2、第3のソックスハンター達が現れ、ソックスバトラーに続いて戦闘を開始した。
5121小隊とは、何でもありの戦闘集団であるということを、直掩の戦術機甲大隊の衛士達は思い知ることとなる。
続く
あと1、2話で九州編は終了、舞台は京都へと移っていきます。
ソックスバトラーが靴下の臭いを嗅ぐことで身体能力を強化出来る理由は、彼がクローニングされる際用いられた遺伝子情報・設計に何らかの欠陥があったからではないかと筆者は推測するのですが、こればっかりは靴下に魅せられたソックスハンターにしか分からない物理法則が働いているのかもしれません。ソックスバトラーが光速の攻撃に対応可能というのは、レーザー光線を対レーザーコーティングされた靴下で偏向させることが出来る、程度のものです。