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No.38496の一覧
[0] 【真愛編】Battle Over 九州!【Muv-LuvAL×ガンパレ】[686](2019/01/13 20:44)
[1] "BETAの日"(前)[686](2014/10/05 17:24)
[2] "BETAの日"(後)[686](2013/10/05 23:33)
[3] "一九九九年"[686](2013/10/22 23:42)
[4] "異界兵ブルース"[686](2013/10/04 11:47)
[5] "前線のランデヴー"[686](2013/10/27 21:49)
[6] "ヤツシロの優しい巨人"[686](2013/10/08 01:42)
[7] "光を心に一、二と数えよ"[686](2013/10/26 20:57)
[8] "天使のハンマー"[686](2013/10/22 23:54)
[9] "タンク・ガール"[686](2013/11/01 09:36)
[10] "青春期の終わり"(前)[686](2014/10/05 18:00)
[11] "青春期の終わり"(後)[686](2013/11/01 14:37)
[12] "岬にて"[686](2013/11/05 09:04)
[13] "超空自衛軍"[686](2013/11/16 18:33)
[14] "ベータ・ゴー・ホーム"[686](2013/11/25 01:22)
[15] "バトルオーバー九州!"(前)[686](2013/11/29 20:02)
[16] "バトルオーバー九州!"(後) 【九州編完】[686](2013/12/06 19:31)
[17] "見知らぬ明後日"[686](2013/12/10 19:03)
[18] "月は無慈悲な夜の――"[686](2013/12/13 22:08)
[19] "幻獣の呼び声”(前)[686](2014/01/07 23:04)
[20] "幻獣の呼び声”(後)[686](2013/12/30 15:07)
[21] "世界の終わりとハードボイルド・ペンギン伝説"[686](2014/01/07 22:57)
[22] "強抗船団"[686](2014/01/17 14:19)
[23] "異界の孤児"[686](2014/01/17 14:25)
[24] "TSF War Z"[686](2014/01/24 19:06)
[25] "暗黒星霜"[686](2014/02/02 13:00)
[26] "霊長類東へ"[686](2014/02/08 10:11)
[27] "京都の水のほとりに" 【京都編完】[686](2014/02/08 10:32)
[29] "あるいは異世界のプロメテウス"[686](2014/02/13 17:30)
[30] "地上の戦士"[686](2014/03/11 17:19)
[31] "メーカーから一言" 【設定解説】追加致しました[686](2014/03/16 20:37)
[32] "かくて幻獣は猛る"[686](2014/03/29 14:11)
[33] "地には闘争を"[686](2014/03/29 14:14)
[34] "火曜日は日曜日に始まる。"[686](2014/04/07 18:56)
[35] "TOTAL OCCULTATION"[686](2014/04/10 20:39)
[36] "人間の手いま届け"(前)[686](2014/04/26 21:58)
[37] "人間の手いま届け"(後)[686](2014/04/26 21:57)
[38] "きぼうの速さはどれくらい"[686](2014/05/01 15:34)
[39] "宇宙戦争1998" 【改題しました】[686](2014/05/10 17:05)
[40] "盗まれた勝利" 【横浜編完】[686](2014/05/10 18:24)
[41] 【真愛編】「衝撃、または絶望」[686](2014/05/15 20:54)
[42] 【真愛編】「ふたりの出会いに、意味があるのなら――」[686](2014/05/22 18:37)
[43] 【真愛編】「変わらないあしたなら、もういらない!」[686](2014/06/03 11:18)
[44] 【真愛編】「千の覚悟、人の愛」[686](2014/06/07 18:55)
[45] 【真愛編】「ふたりのものがたり、これからはじまる」[686](2014/09/06 18:53)
[46] 【真愛編】「終わらない、Why」[686](2018/10/19 03:11)
[47] 【真愛編】「最終兵器到来」(前)[686](2019/01/13 20:26)
[48] 【真愛編】「最終兵器到来」(中)[686](2019/01/13 20:44)
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[38496] "世界の終わりとハードボイルド・ペンギン伝説"
Name: 686◆6617569d ID:8ec053ad 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/01/07 22:57
"世界の終わりとハードボイルド・ペンギン伝説"



 くたびれたスーツ姿にカンカン帽子、市井に紛れ込めるだけの凡庸な風貌を備えたひとりの男は、年貢の納め時かと呟きながらも、先程まで路地にてひとり泣いて立ち尽くしていた少女の手をしっかと握り締めたまま疾走した。

 もう一方の掌にはシグ・ザウエル、これまで絶対に懐から抜いたことのない自動拳銃が収まっている。
 現場第一主義を特別に信条としている訳ではなかったが、彼は情報省外務二課課長に就任した後も情報を自らの足で稼ぐことが多く、そうした都合から一応持ち歩いている代物だった。
 撃てば当たるくらいの腕はある、そう男は自負している。
 だがそれだけで自身と居合わせた少女を守り抜くことが出来るかは、わからなかった。
 相手がアラスカ経由の人間ならば幾らでも切り抜けられただろうが、今回はおとぎ話の世界から飛び出してきたような醜悪な怪物どもが相手であり、非常に分が悪かった。

(怪物退治は王子様、と相場が決まっているはずだがねえ)

 そう思った途端、長年の汚れ仕事の中で研ぎ澄まされた勘が警鐘を鳴らした。
 男は立ち止まるなり少女の手を引いて、少し戻って裏路地へと入ると古ぼけた自動販売機の後ろに隠れる。

「キョーキョキョキョキョキョキョ!」

 暫くすると先程まで自身が走っていた表通りから、もう大分聞き慣れた鳴き声が聞こえてきた。
 傍らの少女が息を呑み、生存本能に従ってか叫び出さないように口に手をあてるのが感じ取れる。
 少しずつ大きくなる生理的な嫌悪感を誘う声に、BETAとは鳴き声ひとつにつけても心底地球人類に嫌がらせをする存在なのだな、と男は思った。
 男は表通りの喧騒から少しでも少女の気を紛らわせてやろうと、彼女の耳元で囁いた。

「……きょうは一段と暗いからね、だいじょうぶだよ」

 いまここ青森市街は、怪物達が闊歩する異界へと姿を変えていた。
 空には白く輝く星々を押し退けるように漆黒の月が君臨し、どこまでも黒い水面があるはずの青森湾は見渡す限り赤い光点が浮かび、そして路地という路地には怪物――BETAの影。
 男が異変に気づいたのは、21時を少し回ったあたりであった。
 表立っては到底話せない大陸絡みの問題があり、日中は青森湾沿岸に存在する旅客船・フェリーに関係する企業等を探る情報収集活動にあたった彼は、20時には情報省が用意したホテルの一室で休憩、予定通り同じく情報収集にあたっていた部下と21時から話し合うつもりで、資料等を整理していた。
 だがしかし21時を過ぎても部下は一向に現れず、どうもおかしい、もしかするとこのセーブハウス自体が何かの策謀によって準備されたものではないか、とまで思い始めた頃、尋常ではない震動と何かが引き裂かれる音を聞いて窓の外を見やれば、もうそこは異世界であった。

 表通りから聞こえる甲高い声は、遠ざかろうとしている。
 ただどこからか聞こえてくる呻き声や押し殺した悲鳴、遠雷の如く聞こえる砲撃音や建築物の倒壊音は止むことがない。凌辱と破壊の宴はまだ始まったばかり、大した武器も持たない男と貧弱な少女のふたりが乗り越えるには、この夜は危険を孕み過ぎていた。
 だがしかし生き残ることを男は諦めていなかった。
 その根拠は当然ある。
 男はあくまで情報畑をゆくベテランであって軍事に精通している訳ではないが、知識として帝国陸軍第105歩兵連隊が、青森市内に駐屯していることを知っていた。
 彼らが反撃を開始すれば、BETAとて市街地の破壊活動に集中してはいられなくなるであろう。
 交戦に巻き込まれる可能性もあるだろうが、そこは紛争地帯をも渡り歩いてきた自身の経験で乗り切るつもりであった。

(……しかし、私も甘くなったものだ)

「お嬢ちゃん、お名前は」

「……」

「このハードボイルドなおじさんの名前はね、左近というんだよ」

「……しらないひととはおはなしするな、っておとうちゃんにいわれてるの」

 男は柔和な表情を顔面に張り付けたまま、しくじったか、とまで思ったがそれ以上までは考えないことにした。
 既に崩壊していた警察署を前に踵を返し、目的を市外への脱出に切り換えた際、男は路上で泣きながら立ち尽くすこの少女を見つけ、その時ばかりは彼のよく回る頭脳は十全に働くことなく、気づけば彼女の手を引いて逃げ始めていたのである。

 客観的に考えれば少女は、完全に男にとって足手まといの存在だ。

 それを彼自身も分かっていたが、さりとて今更彼女を見捨てるつもりはさらさらなかった。
 時には同僚をも切り捨てることを強要される汚れ仕事さえやってきた男ではあったが、今日だけは何故か駄目だった――脳裏に半年前に見たきりのひとり娘の顔が浮かび上がっていた。
 男はぽん、と彼女の頭に手をおいた。

「お父さんは一緒だったのかい?」

 切り揃えられたおかっぱ頭に、白地に水玉の浮かぶワンピース。
 風体から察するに彼女の歳はだいたい小学校低学年――6歳くらいだろう、と男はあたりをつけていた。
 当然、ひとりで夜の街を歩くような歳ではない。

「くらげをみにったかえりでね、すごいおとがして、そのあと……っ……べーたがっ……ひっぐっ」

 嗚咽しはじめた少女を掻き込むように抱いた男は、その後涙声混じりとなった少女の言葉から事情を飲み込んだ。
 要は水族館に行った帰りに、少女の一家はBETA襲撃に遭遇、逃げる最中に彼女はひとりはぐれてしまったらしい。

(家族、父親を捜索すべきか? だがこの混乱の中、この娘の父が無事である可能性はほとんどない……)

 実際に父親からはぐれた彼女が無事であったのは、ほとんど奇跡に等しかった。
 情報省が準備したホテルを出て状況確認の為に警察署へと向かう道中で、男は幾つもの暴虐を見てきた。
 この青森市街は、既に人間の存在が許されない空間へと変貌を遂げており、男が途中に見た数少ない「生きている人間」も既にどこかが欠損していた。
 ……正直なところ少女の家族が、現在もなお人間の尊厳を保っているかさえ怪しいところであった。

「水族館はどうだったんだい、楽しかったかい」

 また「キョーキョキョキョ」という耳障りな声が戻って来ていたこともあって、行動を再開するタイミングを失った男は、少女の気を紛らわすつもりで水族館の話を振った。

「……っ……しろくまが、おおきかった……」

「ホッキョクライオンは?」

「そんなのいないよ。……"ペンちん"もいなかった」

 少女の答えに男は、ふっと表情を緩めた。
 男の言った"ホッキョクライオン"は少女を気遣ったジョーク、当然存在しない動物であるが、一方で少女の言う"ペンちん"も非実在の動物だった。
 "ペンちん"とは商売柄満足に娘の傍にいてやれない男も目にしたことのあるような、就学前児童を対象とした雑誌「月刊児童」に登場する大人気キャラクターのことだ。

「今度また行けばいい、お父さんとね。"ペンちん"に会うためにも、まずはBETAから逃げなきゃ駄目だよ。いいかい、ついてきてくれるかい……よし、いいこだ」

 少女が頷くのを見ながらも男は周囲に気をやっていた。
 既にあの耳障りな鳴き声は消えており、BETAの存在は感じ取れなくなっている。
 男はまた少女の手を引いて、歩き始めた。



 このとき幻獣軍による津軽海峡の封鎖は、殆ど成功していた。

 北海道・青森間で多くの水棲幻獣が実体化し、通行中の船舶に対して無差別攻撃を開始。
 更に陸奥湾・青森湾沿岸一帯には、中・小型幻獣を主力とした幻獣群が実体化、中型幻獣は港湾施設の破壊を、小型幻獣は市街地への攻撃を開始した。
 ……前者は通商破壊を、後者は人的資源の漸減・人と幻獣の混濁状態を生み出すことで人類軍の反撃を遅延させる、そういう目的で実施された作戦行動であった。
 対して北海道側には、幻獣軍は陸上戦力は一切揚陸させていない。
 陸上自衛軍最強と目される機械化師団、第7師団を恐れての処置だった。

 一方で帝国陸軍としては寝耳に水、といった状況であった。

 津軽海峡にて大型船が転覆している、対岸に火が見えるといった民間人からの通報により異常事態が発生していることをまず北海道・青森県警が認知したものの、その時点ではそれが武力攻撃であることなど全く分からない。
 その異形をはじめて視認したのは消防ヘリという有様、初動は酷く遅れた。
 青森市内に駐屯する歩兵連隊は勿論、青森県内の各部隊は幻獣軍の攻撃に即応することが出来ない。
 せめてもの救いは幻獣軍が内陸部への浸透を考えていない、あくまで沿岸地域の破壊のみを考えていたことであった。



 ふたりの逃避行はそう上手くいかなかった。
 全周警戒を得手とする男としても、いまや100万の赤目が蠢くこの街を駆け抜けるのは酷く難しい。
 小型種達による解体場に出くわすことも多く、その度に男は迂回を余儀なくされ、また屋根の上に立つ歩哨役のBETAの視界を避けることの出来る死角を探しながら進まねばならない。
 そして暫くも行かない内に、彼らの頭上から怒声が降ってきた。

「ごろしでぐれえええええええ!」

「掴まって、眼を閉じろ!」

 言うなり男は少女を抱えあげ、跳んだ。
 それに遅れて人頭くらいの大きさの怪物が上空から急降下、一瞬遅れて男の背を捉え損なった。
 それでも人間の頭部の一部を自身に張り付けて飛翔する性悪な小型幻獣、ヒトウバンはその犠牲者が叫ぶままに任せ、諦めずに男と少女の人としての尊厳を奪わんと空翔る。
 ヒトウバンを撒くことは難しいことではない、問題は彼の絶叫にあった。

「キョーキョキョキョキョ!」

 ヒトウバンの叫びを聞いた小型幻獣ゴブリン達は、哀れな犠牲者を解体し自身の芸術へと昇華する手を止めて空を仰ぎ、すぐさま同調能力によって男と少女の存在を認知した。
 そして一斉に、駆け出す。

(1匹居れば32匹居る、とはゴキブリのことだが、まさかこうなるとは……)

 ちらと背後を見やれば、そこは既に赤目と褐色の洪水。同胞の背をも乗り越え乗り越え、ただ一心不乱に男の背へと腕を伸ばそうとする亜人の群れがそこにあった。
 オブジェ作りに興じた為に真っ赤に染まっている彼らの腕、それに捕らえられればどうなるかは簡単に想像出来る話だ。
 少女を片手で抱えながらも人間離れした身体能力で跳び駆ける男と、敏捷性だけで言えば第6世代クローンにも負けぬ小型幻獣ゴブリンの追いかけっこはそう決着がつきそうになかった。
 背後のゴブリン、頭上のヒトウバンを避け続ける男は、ともすれば悲鳴を上げそうになる脚を叱咤しながら駆ける。

「ころじでえっ! ころ」

 シグ・ザウエルが火を噴き、前面のヒトウバンをお望み通りに射殺してやった男は、だがしかし次の瞬間に2体、3体と増援に現れたヒトウバンを目撃することになる。
 だが諦めない、彼は最後まで諦めるつもりは毛頭なかった。
 真正面のヒトウバンを撃ち殺し、自身に鞭打ち更に加速することで右手左手から突っ込んでくるヒトウバンの合間をすり抜ける。

「キョーキョキョキョキョキョ!」

「く……先回りしていたか」

 だがしかしすり抜けた向こう側には、数体のゴブリンが屯していた。
 ……ゴブリンに対して、頭みっつよっつも抜きん出た体躯をもつ怪物さえもそこにいる。
 巨大な戦斧を抱え、瞳に残忍な赤を纏わせたそいつは、ここまでだ、とでも言いたげにそこに佇んでいた。

 それでも前進する他なかった。

 後ろは既に亜人と人頭の群れが、迫ってきている。
 男自身はここまでか、とは微塵にも思わなかったが客観的に見れば既に追い詰められた状況だった。

(戦斧と亜人の腕を避けて進む他ない……!)

 男は自身が歯軋りしていることにも気がつかないまま、無謀にもそのまま突っ込んでいく――。
 その時またもや頭上から、今度は重低音が如き声が響き渡った。



「ぶるわぁあああああああああっ!」



 頭上から降ってきた怒声に戸惑い、一瞬硬直した幻獣達は次の瞬間には弾け飛んでいた。
 男に掴みかからんとしていたゴブリンの頭頂部を拳銃弾が粉々に砕き、後続の小型幻獣達も何も出来ないままに頭蓋を貫かれて幻へと還り、それなりの装甲をもつゴブリン・リーダーだけが空から降ってくる影に一撃をくれてやるべく、戦斧を構えて迎撃の姿勢をとった。

 影を狙って振るわれる必殺の一撃。

 だがしかし並のウォードレスの装甲をも叩き割るその斬撃は、影を捉えることなく空振りに終わる。
 そうして次の瞬間には空中で身を捻って刃を避けた影の、人間にしてはあまりにも短すぎる脚から繰り出された一撃がゴブリン・リーダーを夜の闇に溶かしていた。

「だいじょうぶか」

「……動かないで頂きたい」

 大量の薬莢と共に着地し、こちらに歩んでこようとする影に対して、男は胸ポケットに挟んだペンを模したカメラの電源を入れつつ拳銃を向けていた。

「……」

「驚きましたなあ、喋るペンギンとは。BETAの新種、さしずめ"愛玩(ペット)級"といったところでしょうか」

 内心の動揺を隠しつつ、男は平時の余裕ぶった口調で言った。
 銃口の先に立っていたのは灰色のトレンチコートを纏い、両手に黒光りする軍用拳銃を持った影――だがしかし袖口から出ているのは羽先、帽子の下から覗くはクチバシ、身長80cm前後のペンギンであった。

「……"ペンちん"?」

 ペンギン、という単語に反応してか、それまで必死でまぶたを閉じていた少女が顔を上げる。
 対してペンギンの方は、ばつの悪そうな声色をしながら、男との会話に集中しようと言葉を続けた。

「なぜペンギンかは、聞くな――この世界では"あしきゆめ"をベータと呼称しているのか?」

「"あしきゆめ"とは初めて聞く言葉ですがねえ……まずペンギンさん、貴方はなんなのですか? BETAではないのですか。新種のキングペンギンが発見された、という話を聞いたことがありませんがねえ」

「俺は見ての通り、ハードボイルドだ。職業は探偵。いちおう昔は横浜で事務所をもっていた」

 そういう次元の話をしているのではない、と男は内心で突っ込んだ。
 どうやらBETAでもペンギンでもなく、あくまでも探偵らしいペンギンは、小首を傾げながらクチバシをぱくぱく開閉し時折「クワックワッ」と啼いてやって少女を楽しませている。

「失礼、喋る動物に出くわすことが今までなかったもので」

「気にするな。最近は動物の声を聞ける者が、随分と少なくなった――ところで銃を下ろして貰えるか? いや、別に下ろさなくてもいい。ちょっと喫わせてくれ」

「ただでさえ短命な鳥類、喫煙は体に毒だと思いますがねえ」

「言ってくれるな、いいだろう。小さなこどももいるからな」

 と言いながらも残念そうに肩を落とすペンギンを前に、男は軽い眩暈を覚えていた。
 常識というものが、粉々になる幻聴さえ聞こえそうだとも思った。
 拳銃を得物としてBETAを打ち砕き、人語を解し、(あの口の形状では不可能なはずだが)人語を操るペンギンに男はともすれば自身のペースを崩されそうになっていた。

「……そういえばお礼がまだでしたな。危ないところを助けて頂き、ありがとうございました」

「ペンギンさん、ありがとう!」

「いや礼には及ばない。もとより"あしきゆめ"と戦うは、我々"よきゆめ"の宿命だ」

「先程から口にされる"あしきゆめ"、とは何でしょうか。我々はああいった手合いの怪物を、BETAと呼称しているのですが」

「あれは憎悪、嫉妬、怨嗟、人の厭らしいところが寄り集まった掃き溜めのようなものだ。人族はあれを幻獣、と呼んでいた」

「幻獣?」

「ああ――」

 ペンギンは喋りかけ、男が銃口を突き付けていることを忘れたかのように、男と少女にくるりと背を向けた。
 自慢の自動拳銃をホルスターにしまい、夜闇をどこまでも見通す青い瞳でじっと遠くを睨みつける。
 ……赤目どもが迫っているのを、彼は感じ取っていた。

「どうしました?」

「……"あしきゆめ"が来る。ここは俺が食い止めてやる、だからさっさと往け」

「一緒に逃げるべきでしょうな。貴方は自身が絶滅危惧種とだということを自覚した方がいい」

「ぶわっははははは」

 ペンギンが笑った。

 男はこの独特な笑い方と喋り方、どこかで聞いたことがある、と思った。
 確か国連軍関係者、南アジア系の参謀――パウル・ラダビノッドがこんな笑い方をしていたような気がする……パーティ等で酔いが回ると「まぁ~すおくん」だのなんだのと、意味不明なことをのたまうのでよく覚えていたのだ。

 だがいまは関係ない。

「人間よ、お前も中々よく茹で上がったハードボイルドだな。地面に叩き付けられても、踏みつけられても挫けないガチガチの茹で卵だ。……だが今日は、その娘のためにも往け。そしていまお前とその娘という希望の火を消さない為にも、俺はここに残らせてもらう」

 話をしている内に闇に慣れた男の眼にも、ハードボイルド・ペンギンが睨みつける光景がおぼろげながらも見えてきた。
 恐らく中型種・大型種とも見える影と、ともすれば星と勘違いしてしまいそうになる程の、大量の赤い目があらゆる場所を埋め尽くしていた。

 確かにこれでは、誰かが囮にならなければ逃げられそうもない――。

 殿を申し出るということは、このペンギンがあの怪物に対して有効な戦術をもっていることは間違いないかった。

「何故そこまで私たちを助けてくれるのですか?」

「お前は少女を助けるのに理由を必要としたか? 俺も同じだ」

「……わかりました。後日お暇でしたら、日本帝国情報省へ。その受付に"ペンギンだ、外務二課の鎧衣に用がある"と申し付け下さい。すぐにお話させて頂きます」

「わかった。それと"熊本と芝村を頼め、北斗七星(セプテントリオン)を信ずるな"」

「まったく意味がわかりませんね。それが辞世の句とならないことをお祈りしますよ。さあお嬢ちゃん、ペンギンさんにご挨拶して」

「ばいばいっ、ペンギンさん!」

 少女が言うが早いか、男は駆け出す。
 正直な話ペンギンがどうなろうと知ったことではなかったが、鎧衣左近は、この夜を忘れることは絶対あるまい、と確信していた。







「行ったか」

 齢3200歳、冬の神にして少年の護り手、ハードボイルドペンギンはニヒルに笑うと、港湾施設の破壊を終えて内陸へと侵攻を開始した小・中型幻獣の群れと正対し、自身の得物――琴弓を執った。

「これは闇夜が深ければ深いほど、燦然と輝く一条の光!」

 世界の意志そのものに喩えられるリューンによって精製された、「い」の矢がつがえられる。
 魔法とも呼ばれる絶技の行使は、ハードボイルドペンギン自身あまり好むところではなかったし、少年たちにも「ガンプ・オーマが強いのは、絶技が使えるからではない」と説いてきた彼であったが、今日は出し惜しみしている場合ではなかった。

――何せ目算で、迫る連中は万はくだらない。

 実際、このときハードボイルドペンギンの前面に押し寄せた幻獣の数は、8000を優に超えていた。
 彼らは青森湾沿岸の港湾施設を破壊し、大いに気炎をあげて南下を開始。
 光砲科幻獣キメラ、ナーガを中核に多くの小型幻獣達がこれに追随していた。
 この異形の群れ前にして、たった一羽の男は宣戦布告となる言葉を紡ぐ。

「屈さぬ人の心が、闇を裂く!」

 彼は久しぶりに良いものを見た、と彼は思っていた。
 掛け値なしに他者を救おうとする、なかなかのハードボイルド、鎧衣と名乗った男との出逢いは久しぶりに彼の心を高鳴らせた。
 まだまだ人族も棄てたものではない。

「あしきゆめよ、覚悟しろ――これは、悲しみが深ければ深いほど、絶望が濃ければ濃いほどに、心の中より沸きあがる暗闇をはらう意志の弓!」

 ハードボイルドペンギンは琴線が如きその弦をぎりぎりまで引き絞り、地球外起源種と異界兵の暴虐に怒るリューンを掻き集めていく。
 暴虐の赤目を喰らい尽くさんと集まり、その密度のあまり可視化さえした幾千万の白青のリューンが嘯いた、「使え」と。

「この手は弓もつ手! この心は闇をはらう心! この矢は――つなぐ一矢! 完成せよ、"いろはの弓"! ――この矢は"異"形を砕く!」

 闇夜と赤目が支配する青森市街を、解き放たれた一条の閃光が疾駆した。
 まず最初に放たれた「異」形を砕く矢は、既に勝った気でいた幻獣軍の最前線、中型幻獣キメラの頭部をいとも容易く貫通。
 小型幻獣が崩れ落ちるキメラの下敷きとなり、中型幻獣達は突如の攻撃に慌てふためき狙撃手の捜索を開始する。
 だがしかし幻獣の視力を以てしても距離にして2000、身長80cmの狙撃手をそう簡単に見つけ出すことは不可能だ。

「この矢は"路(ろ)"を絶つ矢――この矢は"刃(は)"となる矢――この矢は"荷"となる矢――この矢は"火(ほ)"が如き矢――この矢は"減(へ)"ることない矢――この矢は"屠(と)"殺せんが矢――この矢は"智"もつ矢――この矢は我に"利"する矢――」

 ハードボイルドペンギンは、ひたすらに光条を曳く魔法の矢を連射し続ける。
 いろはの弓から放たれる矢は、敵の退路を断つ矢となり、敵を切り刻む矢となり、敵を生かしたまま痛手を負わせる矢となり、敵の内部で爆裂する矢となり、敵群の目前で分裂して多くの敵を射殺す矢となり、敵の急所をぶち破る矢となり、脆弱な敵を確実に仕留める矢となり――いろは歌の歌詞に対応した効果しか矢に付与出来ないという制限はあるものの、とにかく様々な用途を以て、幻獣へと殺到した。
 その光条が赤目の山に到達する度に中型幻獣が粉砕され、小型幻獣がまとめて幻に還っていく。
 「輪」を描く矢が横殴りにゴブリンの群れをなぎ倒し、「牙(が)」となる矢がミノタウロスの頭部を叩き潰す。
 このままではいろは歌に対応した全ての矢が打ち尽くされるまで、幻獣軍は手酷い打撃に耐えなければならなかったろう。

 だがしかしようやく狙撃手の位置に目星をつけた光砲科幻獣が、半ばあてずっぽうにレーザー照射を開始した。

「この矢は――ぬう゛っ!」

 主力戦車の正面装甲をも溶解するその破壊光線、防御力に関してはただのペンギンとさほど変わらない彼はすぐにいろはの矢を中断し、跳ばざるを得なかった。
 おそらく擦過するだけでも重傷となることは間違いない中口径光砲は、平屋建ての建築物を蒸発させながら狙撃手を求めて乱射される。
 数撃てば当たるとはよく言ったものであるが、とにかくまぐれでも当たりさえすればハードボイルドペンギンも無事ではいられない。

「むうっ」

 遠距離戦の不利を悟ったハードボイルドペンギンは、彼我の距離を一気に詰めるべく疾走する。
 あしきゆめに対して絶大なまでの威力を発揮する絶技も、詠唱に時間を要し、更に自身の位置を暴露してしまう欠点がある為、敵の手数が多い場合はどうしても不利になりやすい。

 だがしかし一羽の男は、決して諦めない。

「大嘘つきの少女に告げる、今宵もまた俺はその嘘を突き通す!」

 そのちいさな足で幾千もの修羅場を越え、そのちいさな背中で圧し掛かる闇を撥ね返してきた男は、己の誇りに賭けてこの夜も踏破してみせる。
 いや賭けるのは、己の誇りだけではないか。

「白にして黄金の我は、万古の契約の履行を要請する!」

 掛け値なし、伊達酔狂でもない。

「我は世界の尊厳を守る裁きの鳥! ただの鳥より現れて、歌を教えられし一翼の誇り!」

 正義の味方という職業はない故に、仕方なく探偵となったと嘯く男は、鎧衣と名乗った男と少女を逃がす為の時間稼ぎどころか、この期に及んでもあしきゆめを殲滅するつもりでいた。

「我は絶望と戦う命の輝き! 我は号する、子に明日取り戻す鳥の拳!」

 おそらくこの世界で初めて紡がれるであろう、精霊を掻き集めるべく謡われる太古の文句。
 この25年間を無為に漂ってきたリューン達が、遂にハードボイルドペンギンの手羽先へと集結する。
 怒りに震えるリューン、彼の右手に集まるそれは一千万を優に超えていた。
 闇夜を引き裂いて殺到する赤い閃光に対抗するように、ハードボイルド・ペンギンの右手は青白く輝く。
 古来より人々を導いてきた北極星の如き、白青の煌きはキメラからすれば格好の目標でしかなかったが、それでも彼は駆けた。
 鮮血を連想させる閃光で形成された弾幕の合間を潜り抜けて、彼は走り続ける。
 進めば進むほどその光線の数は増えていくが、そんなこと彼は今や意に介していなかった。

「我が拳は暴虐防ぐ鳥の拳! 我は悪意斥けん者なり!」

 彼はもはや何も考えていない――この拳を叩きつけてやること以外には!

「希望繋ぐこの翼、いま魔術を使役する!」

 ハードボイルドペンギンが跳躍した。

 彼の光輝く右手が残光を曳く。
 空中に飛び出した目標に一瞬呆気に取られた幻獣であったが、その誰もが(愚かな)と思ったに違いなかった……空中では回避のしようがないではないか。
 光砲科幻獣達はすぐに光砲の仰角をあげて、対空戦闘を開始しようとする。
 だが破壊光線が放たれるより一瞬早く、その原初の魔術は完成していた。







「完成せよ――精霊手(しょうろうしゅ)!」







 あらゆる汚濁を分解する光輝の奔流が、幻獣の群れを呑み込んだ。
 右手から放たれたリューン達は怒りのあまり吼え、その場に居合わせた幻獣達をその身体が取り得る最低の単位、分子や原子といったレベルにまで情報分解していく。
 対する幻獣達のあらゆる装甲は、無意味だった。
 防御力如何に関わらず、リューンをぶつけることでその装甲を構成している情報を分解する、つまり防御不可能な打撃を与えるこの原始的な絶技に対抗出来るとすれば、同じく絶技の他ない。
 幻獣どもを喰らい尽くしてもなお荒れ狂うリューンが、プロミネンスのように高空まで立ち昇り青森市街を照らした。












 だがしかしこの希望の光も、終わりゆく世界そのものに抗おうとする僅かな輝きに過ぎない。

 いまはまだいい。

 だが物理的に他国との連絡が不可能となり、国際連合もが実質その機能を停止し、幻獣・BETAの脅威に単独で立ち向かわなければならなくなる全世界の人類国家は、どうなるというのか。
 国連のくびきから解き放たれ、大量破壊兵器を集中運用し地球環境を今までに無いペースで破壊する国家も現れるであろう。
 幻獣群によって物流を遮断され、そのまま立ち枯れていく国家も現れるであろう。
 偵察衛星が喪失したことで、国内にてハイヴが建設されていることも察知出来ないままに蹂躙される国家も現れるであろう。

 先の精霊手の一撃も、日本国陸上自衛軍の力戦も、約30年にも及ぶ人類の敢闘も、ただ人が滅ぶその瞬間を後延ばしにしただけであったのか。

 その答えがどうであろうと、戦う他はないのだが。


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