「新種BETA群は従来のBETAとは一線を画す、まったく別種の存在よ」
「俺には両方、救いようのない下等生物にしか思えませんが。ただ戦術めいたものをもつ新種BETAが多少上等ってだけで」
「新属種"兵卒(プライベート)級は戦闘員・非戦闘員問わず、暴行を加えて殺害した者を目立つ位置に放置、あるいはオブジェ化するそうよ――まるで示威行為、あるいは挑発行為にも思えるわね。それだけじゃないわ、前進一辺倒だった従来のBETAとは異なり、強固な陣地があればそれを迂回、あるいは一旦後退することもある、と報告が上がっているの」
「はあ」
「腑抜けた返事ね。つまり彼ら新属種は、感情や知性を持ち合わせているんじゃないかしら」
「BETAが知性を? ちょっと信じられないですよ、そいつは」
「示威や挑発といった行動を鑑みるに、少なくとも新属種は人類がもつ"感情"を理解している、と考えてもおかしくないわ」
「そういう奇天烈な発想を臆面もなく口にするから、博士は白い目で見られるんですよ」
「これよりオルタネイティヴ計画直属部隊であるA-01連隊第6中隊"ファンブル"には、正式な命令が下されることになるわ。新種BETA群に対して情報収集を行う偵察機の護衛任務よ。絶対に失敗は許されないから、そのつもりで宜しく」
「人の話を聞いちゃいませんね博士」
"TSF(戦術機)War Z"
1998年7月16日深夜、中国地方某所。
闇夜は、人類に有利に働く。
歩兵達は廃墟に身を隠し、携行火器を以て幻獣達の思いも寄らない方向から攻撃を加えることも出来るし、戦車や装甲車も幻獣の赤く輝く眼を目印にすることで目標を見つけ易い。
逆に幻獣達は、廃墟と化した市街地にわだかまる闇の全てを敵に回すことになる。大型幻獣ならば些細な反撃など無視して蹂躙することも可能ではあるが、幻獣軍の中でも大型幻獣の運用数は極めて少なく(2万体の1体の割合)、どの全線に渡って投入出来る訳ではなかった。仕方なく彼らは奇襲に脅えながらも、廃墟のひとつひとつを占領し、歩兵と装甲車が出入りする拠点を虱潰しに制圧していかなければならなかった。
小火器が連射する軽い銃声と小型幻獣ゴブリンが頭蓋を震わせて発する「キョーキョキョキョ」の声が響く旧市街地を前に、新手の小集団が突撃準備を開始する。ゴブリン・リーダーの指揮の下でゴブリン達が戦列を組み、それを支援するキメラが要所要所へ前進。そうして前面に広がる、狂気と闘争の坩堝へと足を踏み入れんとする。
だがその直前に、12の巨影が彼らの側面目掛けて突っ込んだ。
36mm突撃砲が弾き出す火線がゴブリンの戦列を舐め、比較的装甲の薄いキメラの側面を直撃したかと思えば、近接戦用長刀を携えた不知火が肉薄して慌てて回頭する中型幻獣を斬り伏せる。突然の奇襲に小型幻獣達は逃げ惑い、中型幻獣の迎撃は遅れた。敵を認識したキメラは、前腕に備えられた眼球を発光させレーザー照射を開始するも、至近距離を駆け巡る不知火を捉えることは出来ない。
『このくそったれサソリを先に潰せ! ただブリーフィング通り、兵卒級(小型幻獣ゴブリン)は無視しろ』
キメラ達は一旦後退し、砲戦に有利な距離を稼ごうと試みるがかなわない。94式戦術歩行戦闘機不知火は、後退速度を遥かに上回る速力で彼我の距離を詰めるとその長刀を胴部、あるいは昆虫めいた頭部に突き立てていく。戦車砲に抗堪する正面装甲も、この世界の工業力の結晶たるスーパーカーボン製白兵戦用武器の前では紙に等しい。
観測用に働く眼球がついた尾と生体光砲を抱えた前腕が振り回され、赤い閃光が幾筋も飛び交うがどれもが虚しく闇夜を引き裂いただけだった。余裕綽々で避け、閃光の照り返りを受けながら不知火は次々と幻獣達を無に帰していく。
その不知火の肩には、UNの文字。日本帝国2600年の歴史が生み出した傑作機、そして多くの機密を抱える94式戦術歩行戦闘機不知火は、国連軍の通常部隊では一切運用されていない。日本帝国はオルタネイティヴ計画招致の際に必要機材を提供したが、戦術機は大多数が77式戦術歩行戦闘機撃震、そして少数の(そもそも調達数自体が少ない)89式戦術歩行戦闘機陽炎であった。
『こちらファンブル5、こっちは粗方片付いた!』
『おいッ、まだ前衛(バンガード)級が残ってやがるぞ!』
ただしオルタネイティヴ計画直属部隊、A-01連隊はその限りではない。
周囲のキメラを撃破し尽した小隊が次に襲い掛かったのは、外見を直立歩行する牛とでも表現しようか、全身に生体装甲と生体誘導弾を纏った怪物、前衛級(中型幻獣ミノタウロス)であった。数は僅かに4体。人型戦車に対抗すべく開発されたこのミノタウロスは、九州地方外ではキメラほど配備が進められていない。
『散開(ブレイク)! 生体弾来るぞ!』
不知火が散る。
遅れてミノタウロスの腹部が弾け、各々数十発の小型幻獣バカが解放された。後尾で化学反応を起こして推進力を得たバカ達は、跳躍装置を全開に飛び上がった不知火目掛けて飛翔する。
だがファンブル中隊の衛士達は、既にこの生体誘導弾への対策を事前に練っていた。不知火達は全力噴射で直線機動を取り、自機を狙って追い縋るバカを見定める。そして主腕に保持する突撃砲で以て、これを撃墜し無力化せしめた。一見無茶な戦術にも思えるが、ミノタウロスの対地誘導弾は超音速にまでは達しない。撃震ならばいざ知らず、優れた機動性と火器管制装置を備える不知火ならば――そしてオルタネイティヴ計画直属部隊に抜擢されるような、優れた衛士が乗り込んでいれば――不可能ではなかった。
『この下等生物がッ!』
人間の物真似をしやがって、と叫びながら中隊長は自機を垂直方向に跳躍させ、120mm砲弾をミノタウロスの後頭部へと叩き込んだ。頭部が潰れて空中に四散したミノタウロスは倒れながら、瞬く間に闇夜に消える。
本土防衛軍に新属種前衛級と呼称されている中型幻獣ミノタウロスは、人類が運用する戦車と同じ思想をもっており、基本的に後面の装甲は薄い。ミノタウロスに対して戦術機はとにかく第一撃を避けた後、その機動性を以て背面に回りこんで叩くことを基本戦術としていた。
戦術機と比較すれば遥かに鈍重な人型戦車との殴り合いを想定し、誘導弾による中距離戦闘と肥大化した前腕による白兵戦に特化したミノタウロスでは、戦術機には抗しきれない。残るミノタウロス達も、120mm砲弾、あるいは36mm機関砲弾の乱打の背面に受けて、漆黒の闇に溶けるように消えてしまった。
『デカブツは片付きましたね』
不知火を駆る衛士達は、そこでようやく自機を休ませた。周囲には未だに小型種(小型幻獣)の群れが蠢いているが、彼らはそれをまるっきり無視する。勿論、衛士達は彼らの存在には気づいているが、今回の任務では彼ら小型種を殺すことはご法度であった。
『調度いい小規模の群れを見つけられて良かったよ。――こちらファンブル・リーダー、HQ聞こえるか? 大型種の排除に成功した。バケネコを進入させてくれ』
『こちらHQ、了解した。特殊偵察機を進行させる。ファンブル中隊は引き続き周囲の警戒、接敵あれば大型種を優先的に駆逐せよ――大ポカをやらかすなよ』
『こちらファンブル・リーダー、了解した。まあ任せておけよ、このコールサイン結構気に入ってんだ。オーヴァー』
そうして交信を終わらせたA-01連隊第6中隊中隊長の脳裏には、いつでも余裕ぶった表情を浮かべる忌々しい顔が浮かんでいた。人類救済へ繋がる糸口を見つけ出すことを目的にぶちあげられたオルタネイティヴ計画、その責任者である香月博士はまったく以て人使いが荒い。また特殊任務の性質上、その目的がどこにあるのかを当事者である衛士達も知らされないこともある。最近は部下のモチベーション低下防止に、苦労することも多かった。
『今回は中隊規模が相手でしたから良かったですけど、新手が来たらあの特殊偵察機(バケネコ)、守りきれないですよ』
『レーダーに大型種の影はない、大丈夫だろう。連中が連隊規模かそれ以上で救援にやって来たとしても、こっちの方が逃げ足は速いんだ。例のバケネコだって、腐っても第2世代機の雄猫だぜ……さあいらっしゃった』
第6中隊の衛士達が"バケネコ"と渾名している戦術歩行戦闘機は悠々と巡航速度で戦場に現れると、逃げ惑う小型幻獣の群れを掻き分けて中隊長機の傍らに着地した。
その姿は、かなり異質である。
主腕や背面担架には一切の武装が施されておらず、その代わりに各種情報収集に活用する巨大なセンサーと、また無線通信が困難となるハイヴ内でも情報の送受信が可能なように改良された通信装備が全身に取り付けられている。まさに偵察任務をこなすことを目的に、その他は――自衛戦闘すら放棄した外見だ。
正式名称を、F-14AN3マインドシーカーという。
この機体はかつてソビエト連邦が主導していたオルタネイティヴ3計画の下、米国製第2世代戦術歩行戦闘機F-14をベースに生み出された特殊偵察戦術機であり、専らBETAの思考を読み取ることを目的に養成されたESP発現者を搭乗させての情報収集、あるいはハイヴ内へ侵入させての偵察任務にあてられてきた。護衛機が援護するとはいえ敵中へ偵察を敢行する、しかも偵察機材のせいで戦闘がままならない関係もあって損耗も激しかったが、貴重なデータと少数機はオルタネイティヴ3計画終了後、オルタネイティヴ4計画へ引き継がれた。
A-01連隊第6中隊の前に現れたこの機体は、おそらく以前も特殊偵察任務に用いられたであろう僅かな生き残りの内の一機なのである。
『こちらファンブル・リーダー、あんたを歓迎するぜ。すまないがさっさと終わらせてくれ』
『……』
中隊長の言葉に対して、特殊偵察機を駆る衛士から返答は帰ってこない。ただマインドシーカーの全身に取り付けられたセンサー類は、それぞれ青白く発光して唸りを上げ始めている。どうやら居眠りをしている訳ではなさそうだった。
第6中隊中隊長は、特殊偵察機に搭乗している衛士のことをまったく知らない。正確には知らされていない、が正しい。オルタネイティヴ4計画最高責任者である香月博士は、特殊偵察機の搭乗者について一切の情報を彼に与えなかった。
『こちらファンブル2、中隊長なめられてますよ』
『帰投したら奴さんの顔、拝んでやりましょう』
『ただ仕事熱心なだけだろうよ。お前等もちょっとは見習った方がいい』
第6中隊は帝国陸軍から香月博士が強引に引き抜いた熟練の衛士から成っており、そういう理由で腕前を買っていても国連軍外との繋がりを警戒しているのかもしれないな、と中隊長は思った。任務完遂を第一に考えるのならば、護衛役である衛士達と特殊偵察機に搭乗させる衛士を引き合わせても、プラスにこそなりはしてもマイナスにはならない。
中隊長は不知火のメインカメラで、ゴテゴテした偵察機材をまるで拘束具の如く取り付けられたF-14をしげしげと見つめ、最低限の警戒心と共にただ無為に流れる時間を思索に費やすことに決めた。
護衛役の第6中隊に詳細は説明されていなかったが、今回の任務は新種BETAの思考リーディング実験であった。第6中隊が脅威となる大型種を駆逐した後、ESP能力者が搭乗するF-14AN3マインドシーカーが小型種と接触し、思考を読み取ろうという計画である。もしもこれが成功し、新種BETA群に思考や知能が存在することが判明すれば、元々地球外生命体(BETA)とのコミュニケーション方法の確立を目的に発動されたオルタネイティヴ計画は、大きな前進を見せる。対BETA諜報を成し遂げるべく日本帝国が主導しているオルタネイティヴ4計画自体も、国際的にアピール出来る実績を残せる。
香月博士は新種BETAの出現を人類の危機として捉えると同時に、ひとつの好機とも考えていたのだ。人類のもつ感情を理解し戦術を組み立ててきた新種BETAは、謂わば従来の機械が如きBETA側から一歩、人類に歩み寄った存在である、とさえ思っていた。
実際にF-14AN3マインドシーカーの偵察活動は、順調にいっていた。
新種BETAもとい幻獣は口がない為に、人間と安易なコミュニケーションを取ることが出来ないだけで、知性や思考は人類並に備わっている。幻獣と同じ同調能力、つまりテレパスの類の超能力さえあれば、彼らが考えていること思っていることを読み取るだけでなく、会話をすることも不可能ではないのだ。……相手が応じるかは別として。
不知火による幻獣の殺戮劇を前にして、恐怖に駆られた小型幻獣達はみな口々に哀訴と悪態、祈り、そういった声をあげるのがF-14AN3マインドシーカーのESP能力者には、手に取るように分かった。分かることは、ひとつの興奮でさえあった。座学で教わった怪物達にも、人並みの感情はあったのだ。
だがその時、マインドシーカーの前部座席に搭乗するESP能力者の脳内に、強く、明瞭な声が響き渡った。
(――私の声が聞こえていますか?)
『こちらファンブル2! レーダーに感あり。11時の方向、距離1万、数は4。時速約150km、こちらに向かってきます』
第6中隊の不知火が有するレーダーが、幾つかの機影を捉えた。
だがしかし衛士達の声に、緊張感はあまりない。レーダーが映し出す光点は、IFF(敵味方識別装置)により所属部隊がはっきりと表示されていたからだ。不知火が捉えたのは、戦術歩行戦闘機である。
『こちらでも捉えた。どうやらBETAじゃなさそうだ。……サード・インペリアル・バタリオン? 第3斯衛大隊所属機らしいな』
『斯衛大隊? この辺りに展開していましたっけ?』
『よく分かんないけど、連中なら自分勝手に斬りこんで行って適当に戻ってくるなんてことも有りえるんじゃないかね』
口々に勝手な推理を並べ立てる部下達を半ば無視して、第6中隊中隊長は上級司令部に問い合わせることに決めた。彼自身は政治については無知に等しいが、オルタネイティヴ計画を快く思っていない勢力もいることは想像がつく。機密性の高い任務に就いているという自覚はあり、計画を巡ってはまた暗闘も繰り広げられることさえも有りそうな、きな臭ささえ感じ取っている彼は、嫌な胸騒ぎを覚えた。
『こちらファンブル・リーダー、HQ応答せよ』
『こちらHQ、どうかしたか』
『第3斯衛大隊所属の4機がこちらへ向かってきている。だが当該作戦域に斯衛大隊は、展開していたか? ちょっと確認してもらいたい』
『こちらHQ、了解した。すぐに確認を取る』
『ああ、頼むぞ――全機、迎撃準備を取れ。いいかオルタネイティヴ計画には、何かと敵が多そうだからな、気を付けるに越したことは――』
中隊長が迎撃準備の指示を下すのと、光点が急加速するのはほぼ同時であった。
時速150kmという低速で接近してきていた光点は、レーダー画面の中で加速して今や時速400kmを超えようとしている。これは第1世代戦術歩行戦闘機の最大速度に近く、決して燃料や電池が節約出来るような経済的な速度ではない。要は、戦闘中に出す速度だ。
『目標急加速! 真っ直ぐ来ます、距離7000!』
こちらと合流を企図するには、速度が速すぎる。
『ファンブル2、斯衛大隊機に交信を試みてくれ』
『こちらファンブル2、第3斯衛大隊機応答せよ! 繰り返す、こちらファンブル2! 聞こえているならば応答せよ……当方は国連軍所属の特務部隊である!』
第6中隊機の呼びかけも虚しい。
通信機が壊れているのか、第3斯衛大隊機は応答しない。
『距離4000! 高度20mで来ます!』
『全機兵装使用自由、但し彼らが明確な敵意を――こちらを捕捉照準(ロックオン)してきた時点で反撃を認める。いいか、12対4だ。分隊単位(エレメント)で叩けば余裕だ』
『くそっ……応答しろッ、何をやっているんだ!』
『マインドシーカーは退がれ! 交戦になれば即時退去!』
もはや戦闘は避けられない。
そんな雰囲気が生まれ始めた最中、遂にHQが彼らの意志を固めさせた。
『こちらHQ! 第3斯衛大隊は、14日付で全滅している! それは所属を偽装した部隊だ!』
『距離2500!』
中隊員の報告と同時に第6中隊機の操縦席内を、警告音が襲った。自機が敵機に照準されたことを通告する警告音に、第6中隊の衛士達は何よりも反射的に機体を操り、噴射装置を全開にして散開する。もはや敵意が有る無しは関係ない、捕捉照準された状態でまごついていれば次の瞬間には36mm機関砲弾でずたずたに引き裂かれてしまう可能性がある。
実際に火を曳いて奔る36mm機関砲弾が、一、二秒前まで第6中隊機が存在していた場所を通過する。
『撃ってきた?!』
『退がるな、前に出ろ! マインドシーカーをやらせる訳にはいかない! 巴戦(ドッグファイト)に持ち込んで奴の足を止めるんだ!』
火線を避けた不知火は各々分隊単位で前進し、偽の第3斯衛大隊機を迎え撃つ。12対4、数の上では圧倒的、想定外の対人戦に戸惑いはあるがそれでも負けはしない。自身のもつ技量にも自信のある衛士達であったが、だがしかし次の瞬間に信じられないものを見た。
『――ファンブル3、ファンブル4、大破ぁ!』
『馬鹿な、何をやっている!』
先頭を往く3・4番機は、突如として急加速――おそらく時速800kmにも達しようかという高速で単機突進してきた敵に、すれ違いざまの一撃で叩き落されてしまった。失速して地面に叩きつけられた両機をよく見れば、操縦席が格納されている箇所に大穴が空いているのが分かっただろう。しかも驚くべきことに敵機の主腕には、武器が保持されていないように見えた。
すぐさま他の中隊機がその単機に突撃砲弾をお見舞いしようとするが、その影は照準に収まらない。
有り得ない、と不知火を駆る衛士は思った。第3世代戦術機である不知火を超える機動性をもつ戦術機など、日本中探しても有りはしない。アメリカ・欧州ならば高機動性を誇る戦術機もあろうが、それでも不知火に機動性で優るということはほとんど有り得ないはず――。
そう思った瞬間、衛士は絶命していた。
彼が最後に見た光景は眼前一杯に広がる蒼と、主腕から伸びて閃く隠し刃であった。
『武御雷、だと――』
自身も撃震と思われる敵機と交戦しつつ、部下の最後を横目で見た中隊長は思わず呟いていた。
斯衛軍向けに開発中と噂されている、第3世代戦術機武御雷の存在は衛士達の間では知れ渡っていた。不知火を大きく引き離す高機動性、新素材の採用により関節強度を増すことで得られる高い継戦能力、全身に配された隠し刃――嘘か真か分からないところも多かったが、制式採用された後はなんとか一度搭乗してみたいと評判の機体だったのである。
その武御雷は、すぐ目の前にいた。
しかもその塗装は青。青藍一色に染め上げられた機体は、即ち征夷大将軍さえも輩出する家柄である五摂家出身者が駆っている代物である。当然大量生産されるものではなく、ふんだんに金と時間を掛けて製造される高性能機だ。
『隊長ォ、こっちは瑞鶴ですよ!』
『こいつら……っ……動きが違いすぎる!』
『武御雷は俺がやる! お前等は瑞鶴を片付けろ!』
第6中隊中隊長は回頭して武御雷に正対するや、すぐさま右主腕に保持する突撃砲で以て先制射撃を加える。だがしかし武御雷は射撃を予期していたか、対BETA戦に慣れきった衛士にとって死角となる垂直方向に跳躍することでこれを避け、急降下と共に再三の接近戦を中隊長機に仕掛けた。
望むところであった。
中隊長は左主腕に保持する接近戦用長刀を以て、これを迎撃する。
武御雷の固定装備である隠し刃は、長刀に比較すれば酷く短い。最初から砲戦を考えずに有利な条件で接近戦に臨めば、勝機はある――彼がそう考えるのは、当然であったろう。
だが結果は、惨憺たる有様だった。
横薙ぎに払われた接近戦用長刀の一撃を、武御雷はまるで一個の生物のように見切り、上半身を大きく逸らして回避すると隠し刃を突出させた右主腕を一気に突き立てにきた。
『反則だろ!』
中隊長は素早く後方へ噴射跳躍し、その凶刃を逃れる。
退きながらも副腕と右主腕で保持する突撃砲で以て、弾幕を張ることを忘れない。かなりいい加減な照準で吐き出される36mm機関砲弾ではあったが、突撃砲2門による弾雨の中を突進しようとまでは武御雷はしなかった。
……もはや武御雷が手を下すまでもなかったからであろう。
『隊長! 左ッ!』
『――なあ゛っ!』
間に合わない。
だが幸運なことに左側面から襲い掛かった36mm機関砲弾は、不知火の左主腕と背面担架をぶち抜いただけで、操縦席や跳躍装置、主脚等、致命傷となる箇所への被弾は避けることが出来た。
『くそっ、新手――なに?』
機首を廻らして9時方向、撃ってきた敵を見定めようとした中隊長はそこに有り得ないものを見た。
不知火であった。
こちらに突撃砲を向けていたのは、瑞鶴でも武御雷でも、他の機体でもない。
国連軍のカラーリングに身を包み、肩部にはUNの文字が存在するよく見知った不知火が――武御雷によって操縦席を抉られ、搭乗している衛士が絶命したはずの不知火がそこに平然と立ち、こちらに突撃砲を指向していたのであった。
『馬鹿な――そんなはずが――』
『こちらファンブル11! ファンブル3、ファンブル4、ファンブル5が再稼動――! 来ます! 攻撃して来ます!』
武御雷によって抉られた胸部をそのままに、再稼動した不知火はまるで操られるかのように突撃砲と接近戦用長刀を以て、未だ一度目の死を経験していない不知火に襲い掛かる。まるで機械とは思えない滑らかな動き、武御雷に負けず劣らず一個の生物を思わせる動きで迫る彼らは、どこまでも脅威的であった。
不知火12機と武御雷・瑞鶴4機の戦闘は、国連軍所属不知火9機と斯衛軍――否、幻獣軍所属不知火ゾンビ・武御雷ゾンビ・瑞鶴ゾンビ7機の戦闘に様変わりしていた。
非骨格群体属寄生科の幻獣達は、ようやく戦術歩行戦闘機の構造を理解して仕事をはじめたのである。機体内を神経を模した役割を果たす寄生科幻獣を張り巡らせ、また腰部の跳躍装置には誘導弾に使用されているような化学反応によって飛翔する小型幻獣を配置すれば上手くいくことに気づいた彼らは、すぐさま戦術機の残骸に取り付き始め、これを幻獣陣営の戦術機として再就役させた。戦術機に対しては戦術機ゾンビをあてる、少なくとも対戦術機幻獣が就役するまではそれが幻獣陣営の基本戦術となった。
結論を言えば、この日幻獣軍は珍しいカラーリングの不知火ゾンビを、一個中隊分も手に入れることに成功した。
F-14AN3マインドシーカーは、捕らえられた。
前部座席に登場していたESP能力者とともに。
―――――――
以下後書き
後で加筆します。撃破から寄生、再起動が早いのは演出です。
【京都編】はあと2、3話で終わりにする予定であり、また見通しとしてはあと2編、【横浜編】【真愛編】を以て終わりにしたいと考えています。事情もあって2月から3月に掛けては更新が滞りますが、とりあえずそれまでは現段階の投稿速度を落さずにやっていこうと思います。