"京都の水のほとりに"
7月20日正午。
先の戦術機ゾンビと攻撃ヘリゾンビの大虐殺を生き延び、続く亡者と斯衛の戦闘に巻き込まれずに済んだ京都市民は近江大橋(県道18号)と国道1号線を伝い、琵琶湖運河を越えて東日本へと向かう。
彼ら避難民の装束は、異様であった。
晴天だというのに誰もが傘を携帯し、帽子や適当な布で頭髪から首までを覆いつくし、長袖・長ズボン、あるいは合羽を着用して、まるで宗教上の理由でもあるかのように皮膚を晒すことを極端に恐れていた。あまりの暑さに赤ん坊が泣き出す。乳母車に乗せられた彼もまた、顔全体を布で覆われ、目だけが出ている格好であった。この日、正午の気温は35℃前後にまで達している。この過酷な炎天下でも、そういった格好をしなければならない理由が彼らにはあった。
既に帝都一円には、白い粉が降り積もっていた。
それは核放射線を発する代物であり、中国地方における人類軍勝利の代償でもあった。
不幸なことに核爆発直前まで、南から北へと流れていた爆心地上空の空気の流れは、徐々に南西より北東、西より東へと変わり、その核爆発に伴って生み出された死の灰は東へと流され、近畿地方へと降着しはじめたのである(BETA占領に伴うユーラシア大陸環境破壊と、幻獣による気象衛星の破壊により、日本列島を巡る気象状況の予想は困難を極めている)。
鋼鉄の巨兵同士の戦いを間近に見、もはや帝都が安全でないことを知って避難を開始しようとしていた都民達は、これによって自宅や公共施設での待機を強いられた。
死の灰が降りしきる中での避難は危険であるし、官公庁としては最低限の除染を実施して、気休め程度でも安全となる避難経路を確立しておく時間が欲しかったからだ。かつての冷戦時代に製作された、「帝都上空核弾頭炸裂直後ニ於ケル避難誘導要綱」なる古ぼけたマニュアルを引っ張り出され、官公庁――特に警察・消防・本土防衛軍が一体となって、最低限の避難準備が為された。
「申し訳ありませんが、この子に水を――」
「分かりました。どうぞ――この暑い中、大変とは思いますが頑張ってください。運河を渡った後は、岸辺の緑地で飲料水と食事が準備されています」
「ありがとうございます――」
本土防衛軍は限られた幹線道路でのみ、民間人の避難を許した。
車輌を持たない人々が持てる食料はたかが知れているし、水道水も汚染の可能性がある以上、口にさせる訳にはいかない。炊き出しや安全なボトル詰めの水、灰に汚された身体を洗浄する仮設施設、汚染された衣服を処理して新たな衣服を支給するテント、そして内部被曝のリスクを軽減する薬剤等の配給――官公庁が用意した支援を、集中させ易くすることを狙った処置であった。
またこの方策は、治安維持等にも役立つ。
避難路にはジュラルミン製の盾や自動拳銃を携えた警官が要所、要所に立ち、略奪や暴行を働く輩が現れることを抑止している。また普段から市民と接する巡査級の、所謂お巡りさんと呼ばれる警官も多く動員されており、こちらはともすれば避難を諦めそうになる老人を、物的にも心的にも励ましに掛かっていた。
「この天気が暫くもてばいいんですが」
「だがご老体や子供たちには苦しい天気だ」
普段は恨めしいばかりの無風の真夏日だが、今日ばかりは風がないことを、避難路に立つ警官達は喜んだ。既に近江大橋や国道1号線とその周辺に降着した灰は、多少の被曝をもろともしない人海戦術で片付けてしまったが、それでも未だ近畿地方全体を見れば莫大な量の死の灰が積もっている。もしも強風に晒されれば、それらは舞い上がって避難民を襲うことは間違いなかった。
薄々、警官達は感づいていた。
既にこの近畿地方は、守るに値しない土地となっていることを。
中国地方における核爆発直後、核放射性物質を大量に含んだ雨が中国地方と近畿地方の一部に降り、土壌に深く染み渡り、おそらく核の灰を含んだ水は近海へ流れ込んで、酷い放射能汚染をもたらしたであろう。
そして広範囲に渡って降り注いだ、放射性降下物。放射性核種の半減期は、一般的にヨウ素が8日、セシウムとストロンチウムが約30年、プロトニウムが24000年とされている。科学的な知識をそれほど持ち合わせていない一般警官にしても、年単位のそれは恐ろしい数字であった。
とにかくその死の灰に汚染されてしまった土地は、どうにもならない。対BETA戦線が接近する関係もあって人は住みたがらないだろうし、農作物の生産にも使うことは出来ず、また海洋汚染の問題から漁業や、プランクトンを掻き集めて合成食品を生成する食品工場を操業させることも難しい。
「あっ! 戦艦だ――戦艦紀伊だ!」
視線を落として歩く避難民の中、子供たちが人差し指を琵琶湖の方向へ向け、また無邪気に手を振ったりしている。
その先には確かに、超大和級とも呼称される紀伊型戦艦2番艦尾張が浮かんでいた。傍には大和型戦艦3番艦信濃、同4番艦美濃もそこに在った。彼ら大和ファミリーは、帝国海軍連合艦隊において最強の艦艇群であり、メディア露出の機会も多い。戦術歩行戦闘機や主力戦車、主力戦艦に憧れる軍国少年にとっては、まさにスーパースターであった。
だがその姿は、よく見れば対BETA戦参加前に比べ、酷く変貌してしまっている。
一言で言えば、満身創痍。
大阪湾にて爆撃級(中型幻獣スキュラ)の大編隊と交戦した連合艦隊第2艦隊は、手酷い打撃を受けた。大口径生体光砲と生体誘導弾は容赦なく所属艦艇を叩き、旗艦尾張と大和級戦艦の脇を固める水雷戦隊の駆逐艦・巡洋艦の悉くを撃沈し、超大和級戦艦の尾張と大和級戦艦信濃、美濃へ襲い掛かった。
爆撃級の編隊に対して、その長大な50,8cm主砲・46cm主砲、15,5cm副砲は無力であり(対空榴弾は用意されていなかった)、超ド級戦艦は76mm速射砲を以て彼らに抗う。だがしかしその物量には、かなわない。
生体弾の雨が尾張、信濃、美濃の艦上構造物を薙ぎ倒し、1隻あたり数十本の閃光が常時照射される。対地支援に活躍した巨大な主砲は、溶解し、折れ曲がり、生体弾の迎撃に躍起になっていた高性能20mm機関砲(CIWS)は、一瞬で蒸発した。その巨大な艦橋は折れることこそなかったが、やはり大なり小なり被害を受けた。それでもこの鋼鉄の怪物は、沈むことはなかった。
航空機の攻撃では、戦闘行動中の主力戦艦は沈まない。
大東亜戦争から常識は、遂に潰えることはなかった。
大和型戦艦の就役まで最強と謡われ、連合艦隊旗艦まで務めた戦艦長門、そしてソビエト連邦の誇るソビエツキー・ソユーズ型戦艦がもつ41cm主砲に堪える、超大和級・大和級戦艦の装甲は、幻獣軍の攻撃では決して破れない。
だがしかしその不沈艦も、艦上に存在する艦砲を失ってしまえば、ただの浮かべる鉄屑となるだけだ。それが爆撃級の狙いであった。彼らとしてみれば、とにかく厄介な三連装主砲を沈黙させることが出来ればそれで良かったのだ。
「あっちには他の軍艦もいるよ!」
「……」
無邪気な眼差しを向け、興奮した様子を見せる少年たちに対して、主力戦艦とそれに随伴する補助艦に向ける大人たちの眼差しは、どこか冷たい。
『視線が痛いですね』
「やむをえんさ」
避難路周辺を固めるのは、何も警官だけでない。
本土防衛軍としては自身の面子に掛けても、先の敵対機の攻撃(この時本土防衛軍は、戦術機が幻獣の手に陥ちている実態を理解し切れていない)を二度と許す訳にはいかない。元要所要所には虎の子の87式自走高射機関砲や、牽引式40mm機関砲等が配置され、また帝国陸軍第1師団と斯衛軍第1斯衛連隊が、協同して警戒にあたっている。
特に約18mの全高を誇る戦術機はよく目立ち、避難民達の視線を集めた。
……やはり、その視線もどこか冷たい。
「臣民を守るべき帝国軍人が、その守護すべき対象に牙を剥いた。中国戦線における敗戦に続いて、この不祥事――地方人(民間人)の不信感は募って当たり前だろうな」
帝国陸軍第1師団が擁する戦術機甲連隊の衛士は、電子の瞳を通して避難民の群れを見下ろしながら言った。しかもこのザマでは、大方戦術核を運用して中国戦線にケリをつけたのは間違いない、と彼は思った。通常兵器で対処かなわず、ならば大量破壊兵器を運用してでもBETAを叩き潰す、その姿勢は間違ってはいない。積極的に理解されることはないであろうが。
事実、避難民達の多くは「裏切られた」という思いでいた。
日本帝国の財政を常日頃から圧迫してきた戦艦紀伊は、戦術機は、いったい何をしていたのか。帝都の護りを題目に、実際に必要かも分からない戦術機を買い漁ってきた斯衛軍は、あまりにお粗末すぎやしなかったか。そしてまさかの造反、何がどうなっているのかさっぱり分からないまま、隣人が、家族が戦術機によって殺された。
勿論、それが自分勝手な不満であることは、彼らにも分かっていた。
もしも戦艦紀伊がなければ、今頃は京都はBETAに蹂躙されていたかもしれないし、戦術機が配備されていなければ中国戦線はもっと早く崩壊を迎えていたかもしれない。都民を虐殺する不審機を撃退し、追い散らしたのも斯衛軍だ。
……だがやはり、もう少しなんとかならなかったのか、という思いを彼らは隠すことが出来ないでいた。
幻獣軍の戦略は、ある程度成功していた。
友軍が友軍に、他国軍が自国軍に、民間人が軍人に、不信感を抱く。
一枚岩になってもかなわない人類軍が、心底に友軍や民間人に対する不信感や後ろめたさを抱えて戦って、勝てるはずがない。
―――――――
本土防衛軍統合参謀本部内は、酷く混乱していた。
従来型BETA群新潟上陸、新種BETA群津軽海峡占領、新種BETA群小笠原諸島占領――そして、在日米軍による対中国戦線戦術核弾頭集中運用が、本部に詰める参謀達を恐慌の坩堝に巻き込んだ。
実を言えば戦術核の集中運用は、中部方面軍司令官と在日米軍司令部スタッフの独断によって実行に移された作戦だった。中国戦線とされている場所に配置されていた部隊は消滅し、既に"戦線"など無くなっていることを理解していた中部方面軍司令官は、本国との通信が途切れる以前より、米大統領から全権を渡されていた在日米軍司令部に、戦術核集中運用を打診。両者が結びついて、それは実行された。
内閣や国防省を初めとする文官は勿論、本土防衛軍参謀本部の人間にもこの作戦は一切相談されることはなかった。
「言い訳はすまい。もはや中部方面軍司令官として打てる最善手は、これしかなかった」
「在日米軍から戦術核の運用を提案された際は、あれだけ強硬に反対されておられたのに……!」
「……」
中部方面軍司令官に、数人の参謀が「なぜこんな馬鹿なことを」と詰め寄っていた。
戦術核の運用しか手がなかったのならば、何故内閣に――いや、同志とも言える我々参謀に一言相談してくれなかったのだ。そう彼らは思っていた。彼らとて、もはや百万を超える敵群を通常兵器だけで、押し止められるとはまったく考えておらず、どこかで逆転案を、それこそ大量破壊兵器の運用をも視野に入れた作戦を模索していたのだ。
「一言ご相談くだされば、我々も共に」
「良いのだ……」
額に脂汗を浮かべ、尋常ならざる中部方面軍司令部の形相に、参謀達は黙る他なかった。
「これより、俺は、国防省にでも行って一言詫びてこなければならん――ではな」
彼の腹は、既に一文字に断たれていた。
比喩表現ではない。
彼は、陰腹を切っていた。軍服の下では幾重にも巻かれたさらしの下では、内臓や筋繊維がいまにも脱落しそうになり、大量の血液が流れ出そうとしている。予め腹を切り、詫びて回る――これは中部方面軍司令官の贖罪であり、我侭でもあった。
彼は生きて、国賊と罵られることに耐えられそうになかったのだ。
「上越にBETA群上陸! 従来型、師団規模(約2万)!」
「帝国陸軍第52師団、第93師団に水際防御を命じろ!」
「上越、柏崎、新潟――合計の個体数は最低でも5、6万。連中が新属種でないだけ幸運か」
その隣室では帝国陸軍東部方面軍司令部の参謀達が、新潟防衛線の維持に追われていた。数日前に佐渡島は陥落し、危惧していた通り本州へのBETA上陸が開始された。最初は大隊規模(約1000体)での散発的上陸でしかなかったが、現在ではその規模は師団規模にまでなっている。
対する帝国陸軍東部方面軍は、思うような迎撃体制を構築出来ずにいた。
日本帝国が抱える戦線が新潟防衛線だけならば、太平洋方面の部隊を日本海側に矢継ぎ早に動かして、新潟防衛戦の強化を図るところであるが、実際には現在、新種BETA群推定10万(実際には100万)が、小笠原諸島に陣取っている。この個体群はいつ北上を開始するかも分からず、東京湾沿岸の防御を疎かにすることは許されない。また津軽海峡にも新種BETA群が居座っており、東北地方の戦力を抽出することは出来なかった。
「水際防御を諦めてはどうでしょうか。海岸線付近でまとまった数を相手にするには、限界があります。敵を内陸に誘引し、勢力を分散させながら――」
「内陸への進出を許せば、もう取り返しがつかなくなるぞ……弱気な考えは捨ててくれ。それにまだ非戦闘員の避難は完了していないんだ」
「新潟県警より通報! "BETA小型種30、魚沼にて確認せり! 警邏隊が交戦中! 救援求む!"」
「馬鹿なッ! 小型種はそこまで浸透していたか!」
実際にはかなりの数のBETAが、この時点で内陸への進出を果たしていた。
幻獣によって偵察衛星を破壊されたことで、帝国陸軍はBETAの正確な上陸地点や進出位置を掴みづらくなっている。
……佐渡島にてハイヴが建設されつつあることも、まったく分からない。
7月21日、BETA群は新潟防衛線を蹂躙。
その後彼らは分派。
一方は新潟――魚沼――前橋(群馬県)――秩父(埼玉県)――。
もう他方は上越――松本(長野県)――甲府(山梨県)――八王子(東京府)――。
そして、横浜にて両BETA群は合流を果たした。
―――――――
「あぁ~イイっ! 最高ォです!」
全身白タイツ、更に道化めいた化粧を顔面に施した男は、酷く無邪気な笑みを浮かべていた。幾何学的な模様が走り、紅白の色に染め抜かれた奇怪な部屋にて、男はその身をソファーに沈みこませながら壁に引っ掛けられた大モニターに視線を注ぐ。
世界間移動組織セプテントリオンにおいても、ある程度の発言力をもつ男、岩田は、けらけらと笑いながらそれを視聴していた。
画面の中では、少女が、解体されていた。
幾本もの触手が彼女に備わる穴という穴に抜き差しされ、電気信号の伝達・認識に必要ないと判断された部位が、脱落させられていくさまを、彼は見ていた。
少女から四肢が消え、脂肪が消え――あらゆる部位が次々と削ぎ落とされていく。
その画面の右上には、「横浜ハイヴLIVE」と小さく字幕されている。これはセプテントリオン製の超微細偵察機を用いて、甲22号横浜ハイヴより中継されている映像であった。決して、作り物のビデオなどではない。いままさにひとりの少女が、BETAによって解体されていく最中を映している。
それを岩田は、最高、と評しながら鑑賞を続ける。
勿論これがただの動物解体ショーならば、岩田は大した評価をこれに下すことはなかったであろう。彼を興奮させているのは、少女が解体される直前にあった出来事が関係している。
横浜ハイヴ建設後、BETAの捕虜となった人間達はひとりずつ連れ去られ、彼らの生体実験に供される。現在解体されている少女と、その幼馴染らしき少年はBETAの捕虜となった後、脅えながらも励ましあって恐怖に耐えていた。タケルちゃん、と少女に呼ばれていた少年は、何度も何度も「俺が守るから、大丈夫だ」と少女に言い聞かせ、そして実際に少女が兵士級なるBETAに連れ去られる際、その異形に反撃を試みたのである。
愚かでしかなかった。
この世界を支配する法則は、愛と勇気ではない。
絶技も持たず、銃器も持たないただの少年は、当然のことながら兵士級に殺された。少女の目前で四肢を引きちぎられ、芋虫のような姿になってなお意識を手放さず、少女を取り戻そうとした少年は、頭部を踏み潰されて終いには食われた。
残ったのは、少女の絶望。
そして岩田は歓喜した。
「彼女は最ッ高ォの竜になりますねえええええ! かぁがあみ、すぅみいかあああああ!」
"竜"。
絶望と悲しみの海から生まれ出て、憎悪と怨嗟の声をあげながらあらゆる不可能を可能とする存在。かつて死の商人セプテントリオンが手許に置こうとして、失敗した存在。その"竜"となる素材――鑑純夏を、岩田は偶然見つけたのだった。鑑純夏はBETAの実験機材に凌辱され、四肢を奪い取られ、自身の肉体がそぎ落とされる度に、憎しみを募らせた。
絶命したタケルなる人物への思いは、いつしかBETAに対する憎悪と殺意へとすりかわり、彼女の心中を最終兵器に相応しい構造へと変えてゆく。
気づけば、快感に喘いでいた少女の声は止んでいた。
鑑純夏から、既に顔面や発声器官は失われていた。それよりも先に、肺が切除されていたかもしれなかった。
……実際の順番は、どちらでもいい。
彼女には既に、脳髄しか残っていなかった。
それだけになってなお、BETAの実験機材は執拗に電気信号を送り続ける。
岩田はその光景を、飽きもせずに眺め続けた。
暫くしてから、岩田が篭る部屋に部下の声が響く。
『ただいまお時間よろしいでしょうか』
「構わない」
『既に我が工廠では、77式戦術歩行戦闘機"撃震"、89式戦術歩行戦闘機"陽炎"、94式戦術歩行戦闘機"不知火"の量産体制が整いました。現在は試験的な意味合いを込めて、日産100機体制に留めていますが、その気になれば日産10万機を製造可能です』
「わかった。生産ライン数は、据え置きで頼む。撃震を36機、陽炎を36機、それと1個戦術機甲連隊(定数108機)が満足に運用出来るだけの保守部品、武器弾薬を寄越してくれ。これを手土産にして接近を図るつもりだ」
『不知火は――』
「警戒される。あれは日本帝国が独自に開発した、謂わば機密の塊とも言える代物だ。連中にも、プライドというものがある。当面は世界的にライセンス生産が行われているF-4EとF-15Cの改修機――撃震と陽炎を格安で売り込み、連中の心を掴んでやろう」
『はっ』
「……アルファ・システムとアルファ・フジオカの動きはどうだ」
『彼らも自身の生産ラインを稼動させている模様ですが、恐らく生徒会連合九州軍の兵站を支えるので精一杯、我々のように帝国陸軍に売り込みをかけるだけの余裕はないと思います』
「連中は一点モノを送り出すことにだけは長けている。気を抜くな――!」
『はっ』
世界間移動組織セプテントリオンは、遂に表立っての行動を開始する。
第6世界に工廠をもつ彼らの工業力を以てすれば、戦術歩行戦闘機の量産など容易い。岩田はこちらの世界では考えられない格安価格で、撃震と陽炎を帝国陸軍に売ってやるつもりであった。10000機でも100000機でも、構わない。戦術歩行戦闘機だけでない。主力戦車でも装甲車でも熱線砲でもウォードレスでもラウンドバックラーでも、何でも売ってやるつもりだった。どうせならば無料でもよかった。
だが当然、その投資の対価をセプテントリオンは望む。
「さあ商談のお時間ですよ……日本帝国ぅうううううっ!」
その対価とは、オルタネイティヴ計画の成果であり、BETA由来の素材であり、そして鑑純夏であった。
【京都編】完、【横浜編】へ続く
―――――――
本編に搭乗させた岩田とは、5121小隊に属するイワッチの父です。
【横浜編】は、三つ巴の戦いを描かせて頂きます。小笠原諸島から北上する幻獣軍は伊豆諸島に上陸後、横浜ハイヴ周辺にてBETAと戦闘を開始。それを察知した帝国陸海軍と国連軍、そして四国・近畿・東海を経て援軍に駆けつけた学兵部隊から成る生徒会連合義勇軍は、乾坤一擲、横浜ハイヴ攻略作戦を発動する――そんな筋を考えています。
次回は秋の撃震10円祭り開催です!