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No.38496の一覧
[0] 【真愛編】Battle Over 九州!【Muv-LuvAL×ガンパレ】[686](2019/01/13 20:44)
[1] "BETAの日"(前)[686](2014/10/05 17:24)
[2] "BETAの日"(後)[686](2013/10/05 23:33)
[3] "一九九九年"[686](2013/10/22 23:42)
[4] "異界兵ブルース"[686](2013/10/04 11:47)
[5] "前線のランデヴー"[686](2013/10/27 21:49)
[6] "ヤツシロの優しい巨人"[686](2013/10/08 01:42)
[7] "光を心に一、二と数えよ"[686](2013/10/26 20:57)
[8] "天使のハンマー"[686](2013/10/22 23:54)
[9] "タンク・ガール"[686](2013/11/01 09:36)
[10] "青春期の終わり"(前)[686](2014/10/05 18:00)
[11] "青春期の終わり"(後)[686](2013/11/01 14:37)
[12] "岬にて"[686](2013/11/05 09:04)
[13] "超空自衛軍"[686](2013/11/16 18:33)
[14] "ベータ・ゴー・ホーム"[686](2013/11/25 01:22)
[15] "バトルオーバー九州!"(前)[686](2013/11/29 20:02)
[16] "バトルオーバー九州!"(後) 【九州編完】[686](2013/12/06 19:31)
[17] "見知らぬ明後日"[686](2013/12/10 19:03)
[18] "月は無慈悲な夜の――"[686](2013/12/13 22:08)
[19] "幻獣の呼び声”(前)[686](2014/01/07 23:04)
[20] "幻獣の呼び声”(後)[686](2013/12/30 15:07)
[21] "世界の終わりとハードボイルド・ペンギン伝説"[686](2014/01/07 22:57)
[22] "強抗船団"[686](2014/01/17 14:19)
[23] "異界の孤児"[686](2014/01/17 14:25)
[24] "TSF War Z"[686](2014/01/24 19:06)
[25] "暗黒星霜"[686](2014/02/02 13:00)
[26] "霊長類東へ"[686](2014/02/08 10:11)
[27] "京都の水のほとりに" 【京都編完】[686](2014/02/08 10:32)
[29] "あるいは異世界のプロメテウス"[686](2014/02/13 17:30)
[30] "地上の戦士"[686](2014/03/11 17:19)
[31] "メーカーから一言" 【設定解説】追加致しました[686](2014/03/16 20:37)
[32] "かくて幻獣は猛る"[686](2014/03/29 14:11)
[33] "地には闘争を"[686](2014/03/29 14:14)
[34] "火曜日は日曜日に始まる。"[686](2014/04/07 18:56)
[35] "TOTAL OCCULTATION"[686](2014/04/10 20:39)
[36] "人間の手いま届け"(前)[686](2014/04/26 21:58)
[37] "人間の手いま届け"(後)[686](2014/04/26 21:57)
[38] "きぼうの速さはどれくらい"[686](2014/05/01 15:34)
[39] "宇宙戦争1998" 【改題しました】[686](2014/05/10 17:05)
[40] "盗まれた勝利" 【横浜編完】[686](2014/05/10 18:24)
[41] 【真愛編】「衝撃、または絶望」[686](2014/05/15 20:54)
[42] 【真愛編】「ふたりの出会いに、意味があるのなら――」[686](2014/05/22 18:37)
[43] 【真愛編】「変わらないあしたなら、もういらない!」[686](2014/06/03 11:18)
[44] 【真愛編】「千の覚悟、人の愛」[686](2014/06/07 18:55)
[45] 【真愛編】「ふたりのものがたり、これからはじまる」[686](2014/09/06 18:53)
[46] 【真愛編】「終わらない、Why」[686](2018/10/19 03:11)
[47] 【真愛編】「最終兵器到来」(前)[686](2019/01/13 20:26)
[48] 【真愛編】「最終兵器到来」(中)[686](2019/01/13 20:44)
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[38496] "一九九九年"
Name: 686◆6617569d ID:8ec053ad 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/10/22 23:42
"一九九九年"



「それで貴方はこの事態を、どう考えるのかしら?」



 九州軍統合幕僚本部がおかれている私立開陽高等学校生生徒会室。
 日本全国より集められた高校生――学兵を指揮し、半年に及ぶ熊本戦を指導し抜いた女傑、林凛子九州軍総司令は、向かいに座る肥満体の男に問いかけた。

 "この事態"とは、約1時間前……〇九〇〇時より目下進行中の難題を指す。

 〇九〇〇時、熊本県外の陸海空自衛軍及び外国各軍の諸部隊との通信が途絶。隙あらば横槍を入れてきた、九州地方における純粋な大人の軍隊たる陸上自衛軍第6師団(熊本鎮台、所在は福岡市)は勿論、対幻獣戦において緊密な連携をとっていた陸上自衛軍第5師団(広島鎮台)とも連絡が取れず、海上自衛軍の一大拠点である佐世保・呉とも交信が行えない状況に陥った。当然、"東京"――日本国国防委員会とも通信は途絶。
 また熊本県外に繋がる軍用回線の断絶に加え、国営放送・県外放送局の電波さえも傍受出来ない(傍受出来たのは怪電波ばかり)という半ば非常識な事態に、幕僚達の頭は揺さぶられた。

 そして、すわ幻獣共生派テログループの仕業か、と色めきたった九州軍統合幕僚本部を襲った次の一報は、「師団規模の新型幻獣群、熊本県八代市に強襲上陸」。
 1400万の幻獣軍を迎撃し、38万の自衛官が骸を晒すこととなった1998年の八代会戦を連想させる急報に、幕僚達はその瞬間、凍りついた。――海上自衛軍連合艦隊、航空自衛軍西部航空集団との連携は勿論、陸上戦力も熊本県外の諸部隊は掌握出来ていないこの現状で、師団規模の幻獣群を撃滅出来るのか?



「中国・韓国海軍とも不通か! 艦隊・個艦単位で呼び出せるか?」

「熊本空港より緊急発進した"紅天"2機、宇城地区上空で光砲科幻獣の迎撃を受けました!」

「第123普通科連隊の前川・球磨川渡河と北進を前倒しさせろ、2313独機がもたないぞ」

「一〇二〇時、第5戦車連隊動員完了です」

「第106特科連隊、宇土市に展開完了。八代市より北上する敵幻獣群に突撃破砕砲撃を開始します」



 結局のところ林凛子以下幕僚達の出した答えは、手持ちの戦力で何とかする、であった。
 幸いにも福岡・宮崎・鹿児島が陥落する凄惨な九州戦の余波もあり、陸上戦力は熊本県内に未だ集中したまま残っており、航空戦力も少ないながらも熊本空港に展開していた部隊を掌握出来ている。一定範囲に存在する幻獣を対象に、時間を遡りその存在自体を否定することで消滅させる戦略兵器も九州軍は保有している。客観的に見ても、初動さえ誤らなければ勝算は十分にあった。



「芝村は幻獣共生派を囲っていることくらいは公然の秘密。どうせ泳がせているのも相当いるんでしょう? もったいぶらずにその方面のことを話してもらえる?」

「……」



 幻獣軍を包囲殲滅すべく、矢継ぎ早に指示を飛ばす幕僚達の声を背中に、林凛子九州軍総司令に向かい合う男は、その潰れた両生類の如き顔に不愉快そうな表情を張り付けたまま黙っている。彼が不機嫌そうにしている理由は、幾つか想像出来る。彼は公園で野宿することを最上の娯楽としている人間であり、今日は一日をそうして過ごすつもりであったが、幻獣軍八代上陸の一報でそれがふいになってしまった。あるいは生徒会連合風紀委員会に露見すれば、銃殺か一生幽閉となる裏の仕事に邪魔が入ったか。そんなところであろう。



「熊本県内の幻獣共生派に目立った動きはなかった」

 実際のところ肥満体の男も全知全能ではなく、そういった兆候は何も掴めていなかった。彼の情報網・諜報網は広範かつ深深であり、かつて彼が熊本城にて幻獣軍と雌雄を決する作戦(熊本城攻防戦)を立案した際には、幻獣軍を誘き寄せる餌として「熊本城地下にて幻獣の原種(オリジナル)が発見された」と幻獣共生派に嘘の情報を流し、狙い通り人類軍と幻獣軍の決戦を誘発させたこともある。だが幻獣陣営内部まで伸びるその触角は、今回は機能しなかった。



「だが県外通信途絶、自然休戦期を破っての幻獣軍電撃上陸、これを偶然と見做すほど我らはお人よしではない」

 ただ単に幻獣勢力が巻き返しの為に、乾坤一擲の大勝負に出たという解釈、それ最も常識的な解であろう。
 幻獣陣営に立って大勢を俯瞰すれば、焦るのも分からないでもない。人類を日本列島・南北アメリカ大陸・南アフリカ共和国に押し込め、勝利を目前に1998年の八代会戦で大打撃を蒙り、また熊本戦によって足止めどころか更なる損害を重ね、本州上陸に二の足を踏んでいる合間に、人類軍は逆転を可能とする特殊兵器の運用と、体高50mの巨大人型兵器(第7世代クローン)の投入を本格化させようとしているのだ。
 45年の幻獣出現より夏期――日本列島では6月下旬頃から8月一杯は、幻獣は実体化せず、人類側はこの時期を勝手に自然休戦期と呼んできたが、もはや休息する間も惜しいというのが、幻獣側の本音なのだろう。



「奇襲効果を望める自然休戦期を選び、現状打破の一手を打ってきた。更に奇襲効果を増大させる為に、部隊移動・部隊間通信の妨害に乗り出した。……芝村にしては、常識的な答えね」

「ああ、実に理解しやすい。熊本県内の学兵10万に説明するのに、丁度良いくらいだ。だが現実はもっと難解で不条理だ。一族の言葉に、超展開、というものがある。取り巻く情勢は、まさにそうだと言えよう」

「私達が体験しているのは"タイム・マシン"? それとも"発狂した宇宙"?」



 "タイム・マシン"は未来や過去を自由に行き来する機械を用いて主人公が冒険するSF小説であり、"発狂した宇宙"もまた、主人公が偶然に平行宇宙、つまり元々いた世界とは別の世界に転移してしまうSF小説である。
 これが九州軍総司令の口から飛び出すのだから冗談かと思うだろうが、彼女の口調は真剣そのものであった。実を言うと彼女は学生時代に、ハードボイルドペンギンといった神族や仲間と共に幾度か冒険小説の如き活躍を見せ、世界の危機を救ったことさえある。非常識的事態にはある程度耐性があり、かつ九州軍総司令としてはどんなにあり得ない状況であろうと、それを正確に把握し指揮を執る責任がある。馬鹿げている、ふざけているの一言で片付けることなく、ひとつひとつの可能性を吟味するのが彼女の仕事だ。



「空に黒い月が浮かび、怪物が実体化し、クローン兵士が闊歩するこの世界、今更何が起こっても驚きはしないつもりだったがな」

 肥満体の男――芝村勝吏幕僚長(参謀長)は、そこで初めて微笑し、すぐ破顔した。

「どうやら第123普通科連隊の行く手を遮った連中は、帝国陸軍を名乗っていたそうではないか。それも帝国陸軍・本土防衛軍なる組織を名乗る者どもは、熊本県内外に数多いる。そして新型幻獣群と交戦中。我らは1946年前後に時間跳躍したのではないか――俺は、前者に賭ける」

 靴下三年もの1kgを賭けても構わない位、芝村勝吏は時間移動説を確信していた。
 歴史を踏まえればあり得ない話でもないのだ。第二次防衛戦争(アジア太平洋戦争)は、東京原爆投下・江戸幕府滅亡、続く幻獣出現によってなし崩しに終結を迎えた。その後大日本帝国陸海軍は日本列島に出現した幻獣軍と刺し違える形で、歴史上から姿を消す。戦後すぐの九州地方に熊本県内の学兵部隊が時間移動したのであれば、現在の状況にも一応の説明がつく。新型幻獣の一報も、40・50年代に主力であった旧型幻獣を目撃し、見たこともない新型、と判断してしまっただけであろう。

 しかし林凛子の考えは違っていた。



「私は、ここが平行宇宙、別世界。つまりパラレルワールドだと思うわ」

「ここは江戸幕府・旧軍が存続しており、幻獣と戦い続けている世界か。どうせならば剣と魔法の世界に来たかったものだ」

「時間移動よりもよっぽど現実的な話よ」



 世界の謎を追う者は、人類が幻獣と戦う世界の他にも、幾つかの世界があることを知っている。行き過ぎた科学技術によって資本主義が崩壊した世界、高度な情報技術によって誰もが通信を楽しめる世界――。林凛子とてそれらの世界を実際に目で見た訳ではないが、そうした世界が実在するのならば、旧軍が壊滅せずに、幻獣と戦い続けている世界が存在していてもおかしくはあるまい。



「面倒な話だ」

「ええ、本当に。どちらにしても帝国陸軍なる組織と接触をもつべきだと思うの。この世界・敵幻獣の情報を踏まえて、そして私達が何をするべきかを考えなくてはいけない」

「何をするべきか、か。確かに我々は慈善団体ではない。また転移した原因が分からず、いつ何の拍子で元の世界に戻るかも分からない。戻ったときに"異世界の戦闘で兵力が尽きました"は許されないからな」

「そういうこと」

「旧軍の駐屯地でもあたるつもりか?」

「こちらが解析出来ない電波の送受信が集中している場所。短絡的に思えるかもしれないけれど、そこは間違いなくこの世界の軍隊、帝国陸軍に関係する施設のはずよ」

「帝国陸軍か。また正規軍の連中とやり合わねばならないと思うと、寿命が縮まる思いがするが。では当分は、我々を向こうが無視出来ないように、新型幻獣を相手にして大目立ちすればいいのだな」

「まずは第123普通科連隊に大暴れしてもらう。次に現在、監視部隊が張り付いている北上中の幻獣群――それを全力を挙げて撃滅すること」



 対中型幻獣戦に特化した独自装備を採用・導入し、練度の低い寡兵で以て熊本決戦に望んだ過去から、賭博師とも渾名される林凛子九州軍総司令。
 そして世界を守る為ならば合法・非合法問わず、まさに手段を選ばない――清濁併せ呑む芝村幕僚長(参謀長)。
 幾度となく世界を救済し、熊本戦を指揮し抜いたこのふたりは、再び学兵10万を導き、死地たる九州を戦わねばならなくなったのである。







―――――――






 熊本市内。尚敬女子高等学校校門前には、50輌以上の戦闘車輌が大行列をなしていた。
 第5戦車連隊の有する装輪式戦車士魂号L型や、ホバークラフトに似た構造を持つ対戦車自走砲モコス(熊本弁で頑固者の意)と、熊本県内でしか見られない独自の戦闘車輌は勿論、陸上自衛軍熊本鎮台から供与されたお下がりの74式戦車改や61式戦車改の姿も見られる。
 鋼鉄の獣達は静かに作戦行動開始の命令を待っていたが、その乗り手達はそうもいかなかった。彼らを制御するのは尚敬女子高等学校の女子生徒――14歳から18歳の少女達であり、熊本戦を戦い抜いたとはいえ、現実をすぐに受け入れるのは酷な話である。



「本当にまた戦争をするのでしょうか」

「大丈夫だって! どうせまたドッキリだよ」



 そこかしこで彼女達は、もしかしたら最後になるかもしれない自由なお喋りに興じていた。興じざるを得なかった。数分後、いや極端な話、1秒後には作戦開始の命令は下り、もう戦車を動かすひとつの歯車、戦車兵として活動しなければならないと思うと、もう黙っていることは出来ない。
 第5戦車連隊は、敵中型幻獣の攻撃を一身に集めそれに抗堪し、その圧倒的な火力で敵を叩きのめして戦線を押し上げる、学兵部隊の最先鋒。故に、死の機会は彼女達ひとりひとりに、平等かつ頻繁に降りかかる。戦車と言えば、厚い装甲に護られ強力な戦車砲をもつ兵器であり、歩兵よりは安全に思えるかもしれないが、結局程度の問題であり、危険なことには変わりない。
 むしろ戦車兵の戦死者は、大抵悲惨な姿となることで有名であった。図体がでかい分逃げも隠れも出来ず、狭い車内に押し込められたまま、光砲を受けて蒸発させられるか、生体誘導弾の直撃を受けて超高温の鋼鉄片を全身に浴びるか。あるいは……。



「いやだ」

 忌むべき愛車から降り、その影でげえっと嘔吐した装填手は、以前に同級生の遺体を見たことがあった。その同級生達の死に様が、今更になってその彼女の頭から離れようとしない。
 忘れもしない4月22日。一心不乱の戦闘が一旦終了し、生存者を探す段になって、彼女は中型幻獣に踏み潰されて、ぺしゃんこになった駆逐戦車士魂号L型を発見した。その撃破された戦車に乗っていたのは、同じクラス、同じ中隊の同級生達――のはずであった。だがしかしそこに在ったのは、鋼鉄片と一緒くたになった肉塊と血溜り。捻じ曲がりながらも奇跡的に残っていたドックタグだけが、人間が乗車していたことを示す唯一の証拠であった。人間は血液の詰まった風船みたいなものだ、という誰かの言葉が思い出されたほどだった。



「ねえ、桐嶋さん。だいじょうぶ?」

「あ゛、あい……」



 嘔吐する影に気がついた戦車長の呼びかけに、装填手の桐嶋は吐き気を堪えて返事をした。大丈夫ではなかった。ここにいれば死ぬ、今回の戦闘を切り抜けたとしてもいつ除隊になるか分からない現状では、希望なんて持つことが出来ない、というのが本音だった。
 だいたい桐嶋が乗る車輌は、近代化改修もろくにされていない61式戦車。戦死の確率はより増している。1961年に制式採用された主力戦車、と言えばいかにこれが旧式の車輌か分かるであろう。



「申し訳ないけど、がんばって」

 桐嶋と同じ車輌の戦車長、鐘崎春奈は彼女の事情を知っていた。ハンカチを取り出して、桐嶋の切り揃えられた前髪や額に付いた嘔吐物の跳ねっかえりを拭ってやる。桐嶋は実戦経験は豊富であり前線には是非とも必要な人材であるが、軽度のPTSD(軽度の、というのは軍医の診断である)に悩まされており砲手や操縦手は任せられない。そこで自動装填装置のない旧式戦車の装填手に、彼女は丁度いいのではということで、鐘崎の車輌に廻されてきたという過去がある。

「はい……」

 嘔吐の苦しさか、瞳を潤わせた桐嶋はまた力なく返事をした。
 本当は逃げたくて仕方がないが脱走すれば、まず家族がその責を問われるだろうし、憲兵に逮捕されれば即時銃殺もあり得ない話ではない。国を敵に回して逃げおおせる自信など有りはせず、結局実行するどころか考える勇気すら起きなかった。



「皆噂してるよ。どうせ訓練だ、ドッキリだって。まだ戦争だって決まったわけじゃないんだからさ、もうちょっと気楽に考えようよ」

「はい……」



 間違いなく作戦行動であることを両者理解しているが、それでも希望的観測に縋ってしまうのが人の心理である。鐘崎も(あたしって無責任だな)と思いながら、「それに5121小隊みたいなスーパーエースが、ばばーっとやっつけてくれるかもしれないよ。そうすればあたしも桐嶋さんも出番なしで終わりだから!」と力説した。
 桐嶋は、髪を束ねたポニーテールを揺らしながら拳を振りかざし、幻獣を叩き潰すポーズをとる戦車長を前にして、少しだけ明るい声で「はい」と返事をする。私ひとりの為にここまでさせてしまって申し訳ないな、という思いから無理にでも明るい声を出したのだった。

「そう! その調子だよ!」

 鐘崎戦車長は青い眼を光らせて、無邪気に笑った。
 このままで桐嶋さんが装填手の役割を果たせるのか、このまま放っておけば砲弾の装填速度は落ちに落ち、私達は桐嶋さんに殺されるのではないか、それは何としても避けたい――そんな打算的な気持ちが、鐘崎にない訳でもなかったが、同じ車輌の仲間として助けられる範囲では助けてあげようという思いがやはり強かったのだ。

「やつらをやっつければ、今度こそ自然休戦期で夏休みのはずだからね!」

 結局彼女はお人よしであった。呻く桐嶋の背をさすりながら、励ましの言葉を掛ける。本日7月9日は本来ならば自然休戦期、幻獣は現れない時期に当たるはずだが、向こうの都合など一学兵になど分からない。だが今回は間違いなくイレギュラーな事例であり、恐らくこれを乗り切れば、暫く幻獣は出現しないだろう、と鐘崎は思っていた。
 一方で人心地ついた桐嶋は、遂に心中でずっと考えてきた問題について、他人に聞く好機が来たことに気が付いていた。楽観主義を地で行く戦車長は、私の質問にどう答えるのだろうか――?



「戦車長、聞いてもいいですか?」

「彼氏ならいないよ。うちは女子高だしねえ」

「……戦争はいつ終わるんでしょうか?」



「え?」と戦車長は面食らって、一瞬黙り込んだ。が、すぐに「うーん、すぐには終わらないんじゃないかな」と適当な答えを返した。ユーラシア大陸は勿論、オセアニア・アフリカ方面も幻獣軍の勢力下におかれている現状では、数年で戦争が終わるとは思えない。45年の幻獣出現以来、半世紀掛けて奪われた土地を奪い返すには、同じく50年前後は掛かるのではないかと単純に鐘崎は考えた。

「そんな未来のことまでは考えたことないよ」

「それってつまり、私達は死ぬまで戦い続けるってことですか」

 戦争終結が遠い未来だとすれば、その記念すべき日に自分は生きていないだろう、という確信が桐嶋にはあった。
 学兵に除隊の期間等は、特に定められていない。法整備もろくに済んでおらず、高等学校卒業後には、徴兵されたまま自衛軍入りになるのかもしれなかった。そうなると仮に40歳で退役が認められるとしても、あと20年弱は戦い続けなくてはならない計算になる。勿論、戦線が安定し正規軍たる自衛軍が再生し、学兵・徴兵が廃止される可能性もあるだろうが、それは希望的観測であろう。一会戦で8割が死ぬ組織(八代会戦では陸自全兵力約50万が参加、うち38万が戦死)に、誰が好き好んで志願するというのか。



「仕方ないんじゃないかな」

 だが当然自身も学兵のひとりである、鐘崎戦車長は特に逡巡することもなく、そう言ってのけた。

「仕方ないって……」

「だって私達が戦争しなかったら、戦う人はいなくなる。小学生に銃は持たせられないよ」

「……」



 鐘崎の正論に、桐嶋は黙った。
 どこかの誰かの未来の為に戦って死ね、とは突撃行軍歌が斉唱される際、指揮官がよく絶叫する台詞であるが、それがまさに学兵の存在意義であり、真理だ。自分達の世代が戦わなければ、小学生が銃を持って戦争に行くことになるし、いまこの瞬間戦うことをやめてしまえば、日本人は無抵抗のまま殺されて海に追い落とされることになる。



「頑張ってみます」



 ……そんなことはわかっていた。







ーーーーーーー









 一般学兵からすればいい迷惑です。本来ならば7月9日は自然休戦期、幻獣との戦闘は惹起しない時期にあたり、僅かとはいえ青春を謳歌出来る期間。それがふいになってしまったのですから。彼らは帝国軍人のような精神は持ち合わせておらず、精神的にはかなり脆弱です。それでも前線に立ち続ける理由は、大人の軍隊が壊滅した現在、自身が最後の一線であることが分かっているからだと思います。


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