世界の謎、裏設定についての解説を前話の最後に追加させて頂きました。
感想掲示板でもお話している方がいらっしゃったのですが、彼らの製品、某オルタにOVERS(とそれに類する代物)がインストールされていた可能性もなきにしもあらず、といったところでしょうか。第7世界のプレイヤーに、「白銀武が世界の延命に成功する」シミュレートを反復させることで、「白銀武が世界の延命に成功した」情報を、かの世界に送信し続けることで世界の運命を変えようとした可能性もあります。
"かくて幻獣は猛る"
篁唯衣は、頭を下げた。「能登和泉は私の同期でした」の言葉の後、篁唯衣は頭を下げて、もうその後は何も言えなかった。ゆっくりと彼女は、面を上げることも出来ないままにそっと拳を出して、目の前に座る青年でそれをひらいてみせる。
そこには先の京都防衛戦で戦死した、斯衛軍少尉能登和泉の遺品があった。彼女が肌身離さず、最後の時まで所持していたそれが、斯衛軍少尉篁唯衣の掌にあった。能登和泉は、篁唯衣と同期――同じ衛士訓練学校に通い、京都防衛戦の折に繰り上げ任官した少女である。そして、京都市における市街戦で叛徒が操る戦術歩行戦闘機、瑞鶴に撃墜されていた。
京都市街で破壊活動を行った戦術機群に対抗した嵐山中隊の内、生き残ることが出来たのは篁唯衣ただひとりであった。そして彼女はただひとり、生き残った者としての責任を果たそうとしていた。
対して篁唯衣の正面に座る青年も、どうしてよいのか戸惑っているようであった。能登和泉の戦死を、彼は既に知っていた。突然の来客、見覚えのある少女の遺品――どこにでもあるようなロケットを前に、彼も何と言っていいのか分からないらしい。
能登和泉と交際していたこの青年――田上忠道は、帝国陸軍東部方面軍に属する人間である。階級は陸軍少尉。BETAが本土上陸を果たした7月時点では、彼は帝国陸軍西部方面軍に属し、九州中部戦線においてBETAとの戦闘に臨み、九州中部戦線では我が身を省みない活躍ぶりをみせ、戦闘終結後には連隊長から感状を受け取っている。
そんな"勇猛果敢"な彼も、言葉に詰まった。
能登が最期までお世話になりました、ありがとうございました、とでも言えばいいのか。本土防衛の任務の最中の戦死、能登も本望だと思います、とでも言えばいいのか。……どれも違う気がする。
そもそも田上は、自身が生き残り、彼女が鬼籍に入るという状況を想定していなかった。
最前線九州地方の防人と、帝都の護りにつく衛士、どちらが先に斃れるかを考えれば、前者が先に散るが道理ではないのか。
「悔しいですね」
田上は、ただ一言そう呟いた。
詳報に載った戦死者名簿に、能登和泉の名前を見つけた時の、衝撃と遅れてやって来た悔恨の念が、いまここでまた彼の心中で復活した。もしも俺が、一匹でも多くのBETAを殺していれば、九州中部戦線に惹きつけてさえいれば、能登は死ぬことはなかったのではないか。嵐山中隊も、手酷い損害を出さずに済んだのではないか、とさえ思ってしまうのだ。
勿論、そんなことは幾ら考えても詮がないことだ。
これが戦争か、とだけ田上は、思う。戦争ならば、仕方がない。あらゆる理不尽が許される戦場、運がなかった、の一言で全てが片付けられてしまう戦争ならば。
だがしかし、田上は東部方面軍に転属してから、聞き捨てならない噂を耳にしている。
「能登は、叛徒が操る戦術歩行戦闘機との戦闘の最中に、戦死したと耳にしました」
「それは……」
「本当のところはどうなのですか。緘口令でも敷かれているのか分かりませんが、京都から逃げ帰ってきた避難民の方には、"戦術機が京都を焼き払った、青い戦術機もいた"とお話している方もいます」
実は日本政府と帝国陸海軍・斯衛軍は、青い武御雷が率いる戦術機と攻撃ヘリによる京都空爆をひた隠しにしている。"敵機"と対決した嵐山中隊や、これを撃退した第19斯衛大体には緘口令が敷かれ、"敵機"の存在が他部隊に、とりわけ地方(民間)に気取られないような処置がとられている。
理由は単純だ。
人類の剣たる戦術歩行戦闘機が、友軍を撃つなど"ありえない"ことであり、これが明らかとなれば国内を騒擾せしめることは間違いない。国連軍に参加する各国軍の将兵にも申し訳が立たない。
斯衛軍としても、これはなんとしても隠蔽しなければならない一件だった。
京都市街を炎上せしめた賊軍を率いていたのは、"青藍の"戦術歩行戦闘機。
嵐山中隊の篁機と第19大隊大隊長斑鳩機のガンカメラが捉えた機影は、紛れもなく試験中の最新鋭機「武御雷」――五摂家仕様。識別信号から、第3斯衛大隊、祟宰機であることは間違いなかった。
五摂家仕様の"青い"戦術機は、起動・制御に生体認証が必要となる。
通常の戦術歩行戦闘機とは異なり、フルチューンが為されたそれは専用機として、他人は絶対に搭乗出来ない。つまり、祟宰恭子本人が戦術歩行戦闘機武御雷を駆り、無辜の臣民を殺害した、ということになる。
陣頭に立ち日本臣民を守る征夷大将軍、それを輩出することが許される家柄の五摂家、その人間が駆る機体が都民を虐殺した――征夷大将軍を精神的支柱とする斯衛軍将兵にとって、これほど衝撃的な事実はなかろう。また斯衛軍の存在意義自体が問われることになる。最悪、斯衛軍の解体さえも現実となるだろう。
実際には、人間が操る戦術歩行戦闘機が京都の街を襲ったのではなく、幻獣が寄生した戦術歩行戦闘機が大虐殺を行った。それが真実である。だが帝国陸軍・斯衛軍は、BETA新属種(幻獣)が戦術機に寄生するなど考えもしない。戦術歩行戦闘機は人類の剣であり、訓練を受けた将兵しか搭乗出来ない、これがこの世界の常識であった。
「それは……お答え出来ません」
篁唯衣は、田上を正視することが出来ず、俯いた。
篁唯衣は、能登和泉の友人である。同時に、斯衛軍少尉でもある。
斯衛軍の命令には従う他無く、また斯衛軍少尉の身でも仮にこの話が国内に流布されれば、どうなるか容易に想像がつく。
国防省や城内省の要職に就く人間も辞職を余儀され、国連軍に参加する多国籍軍の将兵は、帝国軍を猜疑の目で見るようになる。民衆の心は本土防衛軍と斯衛軍から離れ、武家の求心力は失われるであろう。……決して隠し通し、後回しにしていい問題ではない。ではないが、この熾烈な本土防衛戦の最中にこれが公表されれば、日本列島に集う人類軍将兵の足並みは大いに乱れる。
半ば噂話が真実であり、また立場上それを篁唯衣が話せないということを確認した田上は、「そうですか」と頷いて追及を止めた。
田上の個人的な感情としては、能登の最期をもっと詳しく知りたい、との思いがあったが、彼も帝国陸軍という組織に属して戦う戦士だ。篁唯衣の立場は、よく分かっている。組織の保身が大事か――檄しそうな思いもない訳ではないが、それを目の前の少女にぶつけたところでどうにもならない。
彼は心中で、(能登の最期が公表される時まで、せめて生きて延びてやろう)と決心するに留め、「ありがとうございます、そのロケット受け取ります」と言って、篁唯衣の掌に載ったままの能登の遺品を受け取った。
「お義父さんお義母さんの反対を押し切って、無理矢理にでも籍を入れてやれば良かったんでしょうけどね」
田上はもう余裕を取り戻し、冗談さえ口にしてみせた。
徴兵対象年齢は16歳からだが、既婚者はその限りではない。武家ならば継嗣の問題もある、16歳なりたてで結婚することも別段おかしいことではないであろう。無論、周囲からは「あの家は娘を戦地に行かせまいと躍起になって」と陰口を叩かれるかもしれないが、それで命を拾えるのならば安いものだったのではないか――それが田上の考えだった。
「……和泉はいつも、田上さんが送ってくださるお手紙を大事そうに読んでいました」
「それはこっちもです。彼女は筆まめで。篁さん達同期や教官のことや、衛士訓練学校での出来事、いろんなことを逐一書いて来て」
田上が篁から受け取ったロケットを開くと、そこには自分自身が写った写真が収められていた。任地の問題から、98年に入ってからはまったく会えず終いであったことを、今更ながら田上は寂しく思わざるを得なかった。
それから彼は時計も見ずに、早口で篁唯衣に告げる。
「わざわざ来て頂いて、ありがとうございました。申し訳ありませんが、この後中隊員を集めての対人戦研究会がありますので」
「こちらこそ、ただお時間を使わせてしまって……では失礼致します」
篁唯衣は能登和泉のことを思い出したのだろう、暗い表情をして、帝国陸軍松戸基地の面会所から出て行く。
「いや……本当にありがとう! 篁さんの武運、祈ります!」
彼女の背中にあまり効果のない励ましの言葉を送った田上も、その背中を見送るなり、すぐに面会所を出、周囲の人間が二度見するほどの早足で廊下を歩き出した。
田上は嘘をついていた。
篁唯衣に言った、中隊員を集めての対人戦研究会など大嘘であり、そんなものは予定されていない。
田上が向かった先は、個室トイレであった。
そこで田上は、嗚咽を押し殺してひとり、泣いた。
―――――――
幻獣にとって、BETAは邪魔でしかない。
彼ら幻獣がこちらの世界に転移した際、BETAに対して抱いた感情は、嫌悪、あるいは憎悪であった。同じ人類と対峙する存在としての、親近感のようなものは一切ない。幻獣の眼には、彼らは醜悪な怪物にしか見えなかった。自分たちの第2の故郷となる世界の資源を喰い尽くし、あくまでその過程で共通の敵――人類を食い尽くしてゆくBETAの存在を、幻獣は肯定するはずがなかった。
幻獣が異世界への侵略を開始した理由には、未曾有の危機に晒されている自身らの世界から人々を脱出させなければならないという切迫した事情がある。具体的には幻獣の世界で、生物を異形へと退化(あるいは進化)させる郷土病(所謂ヤオト化)が猛威を振るっており、これを放っておけば、自身らの世界はいずれ終焉を迎える。幻獣達はただ単純に人類を滅ぼす為に戦っている訳ではなく、移住先を求めた、自身達の存亡を賭けた戦争をやっているのだ。
つまり人類を滅ぼせばいい、という訳ではない。重要なのはむしろ、人類滅亡後に幻獣達が居住するに足る地球環境が残っているかが問題なのだ。
BETAは確かに人類滅亡を促進している。利用する手もない訳ではない。
だが彼らは、人類滅亡に働くだけでなく、地球の自然環境を破壊し、欧亜大陸を荒涼たる砂漠に変えようとしている。
かつて第5世界(ガンパレ世界)、近代において北海道の開拓と防御を目的に派遣された屯田兵が如く、異世界の地球環境回復と占領後を見据えた対人類戦を遂行する幻獣にとって、BETAは――邪魔だ。
「特に横浜ハイヴ」
ひとり海岸に佇む少女は、ぽつりと呟いた。
小笠原諸島を根城にいよいよ東京を攻撃せんとする幻獣軍としては、BETAの策源地、横浜ハイヴは特に邪魔だった。同じ日本帝国内であっても、佐渡島ハイヴの存在は、人類軍の戦力を日本海側に惹きつける意味で、幻獣軍としてはむしろ歓迎したいくらいだが、一方で横浜ハイヴは場所が悪かった。
小笠原諸島から戦略目標東京を攻撃するには、陸上に橋頭堡を築かねばならない。
人類軍の池とも呼べる東京湾に水棲幻獣を展開し、陸自第1師団――否、帝国陸軍第1師団をはじめとする精鋭が待ち構える東京湾沿岸に、直接幻獣を揚陸することは絶対に避けるべきであった。東京湾は高速哨戒艇が緊密な警戒網を張っており、多摩川防衛線の支援任務の関係もあり、大小艦艇が常時存在していることは分かっている。仮に東京都(東京府)に直接戦力を送れば、陸上戦力に足止めされている間に、海上から一方的に叩かれ、敗北することは間違いない。
では千葉県南端、房総半島に橋頭堡を築いてはどうか。……それも駄目だ。まず千葉県南部の丘陵地帯で、人類軍はゲリラ戦を仕掛けてくる。幻獣軍が山岳戦、対ゲリラ戦を不得手とする、ということは先の九州戦、山地を活かして人類軍が立て篭もった、佐賀・大分両県を陥とせなかったことで証明済みだ……。そこを抜けたとしても千葉県中部・北西部には木更津基地、松戸基地、習志野基地、下志津基地――人類軍最精鋭とも呼べる陸上戦力が収容されている施設が集中している。
幻獣軍は、横浜ハイヴが存在する神奈川県側に、橋頭堡を築かざるを得ない。
「東海・甲信越の敵戦力が、希薄だということは分かっています。挟撃されることはない。私達としては横浜で手持ちの戦力を整え、多摩川防衛線を破るのが一番やり易いんです。だから横浜ハイヴが、邪魔になる……わかりましたか、みなさん」
少女は、三浦半島の海岸で、ひとり砂を蹴る。
その正面。百メートル先で、少女の存在に小型種BETA達が気がついた。
兵士級と闘士級が、久しぶりに見る種類の資源を認識し殺到する。彼らにとって人類とは、再利用可能な資源であり、原始的な生命体(戦術機)に寄生する"何か"であり、自身達の活動を妨害する"災害"に関係している何かであった。
少女からすれば、BETAとはただの醜悪な怪物であった。人間と変わりない。
「害虫駆除、といったところでしょうか」
少女の背後――三浦半島の海岸全域を覆い尽くさんかという規模の、靄が揺れる。
だがそれをBETA達は、脅威と認識することが出来なかった。
出来ないままに、次の瞬間小型種の群れは薙ぎ倒されていた。
異形へと姿を変えた少女は、掌に生成した赤い瞳から何ら躊躇することなく生体光砲による砲撃を繰り出し、こちらを認識している小型種を吹き飛ばし、こちらに気づいていなかった小型種の群れ、そして戦車級、遠目に見える要撃級を貫いてゆく。
本来幻獣を滅ぼすべく開発・製造された第5世代クローンは、幻獣と同等の能力を有する。
それは、強力な同調能力を活かした生体兵器の"実体化"と――。
「来てください」
――幻獣の指揮能力。
少女の背後で、それまで霞、霧といった自然現象として存在していたそれが、急速に実体を得る。夜闇に燈った一対の赤い灯火は、爆発的にその数を増やし、その怒りに燃える瞳の下では、靄が凝固し分厚い生体装甲が生成され、次々と実体を得た異形の足が三浦半島の砂浜を踏みしめる。
BETAは従来の物理法則を超えたその現象を、未来永劫理解することは出来ないであろう。大気中に蔓延する人類のBETAに対する憎悪、敗北に伴う諦観、そういった負の感情――あしきゆめを掻き集めて、今宵実体化した幻獣の数は約2万。そして彼らはBETAに対する宣戦布告として、生体噴進弾9万発による制圧射撃をお見舞いした。
10月1日、神奈川県三浦半島。
重光線級と光線級は、幻獣を脅威として認知することが出来ない。
彼らの迎撃優先順位は第1に曲線を描いて降下する"災害"、第2に高性能電子機器を積んだ"災害"であり、未だ彼らはこの宇宙で未だに観測されたことのない、資源にもならない「よくわからないもの」をどう処理していいのか分からないでいる。
だがそれでも、三浦半島南端に上陸した幻獣群が放つ生体弾を、彼らは正確に撃ち落さんと天を仰ぐ。……そしてそのまま生体弾の直撃を受け、吹き飛ばされていく。数の限られる重光線級と光線級、一照射後に次発を照射する為に掛かるインターバルは、前者が36秒、後者が12秒。これでは物量任せ、幻獣軍の容赦ない制圧砲撃を捌ききれるはずがなかった。
砲兵役の中型幻獣ゴルゴーンが、夜闇を貫く閃光を目印に、積載している90発の生体噴進弾を叩き込む。幻獣軍は、光線級を脅威と見做していた。一発必中のレーザー照射、人類軍がBETAに苦戦している理由も、この光線級の存在が大きい。
故に、最優先に潰す。
曲射軌道で突っ込んで来る生体弾を認識した重光線級は、その巨大な瞳から正確無比の精度を誇るレーザーを放ち、空中でそれを蒸散させた。だが照射が終わった途端に、その足元に新手の生体噴進弾が着弾し、破裂した弾体から弾け飛んだ強酸に足回りをとられて転倒する。……そして強酸の池の中に、遂にその胴体、瞳まで沈んでゆく。
「武御雷の情報によれば、光線級の照射インターバルは12秒。……消し飛ぶまでに、いったい何回照射出来るのでしょうか」
ミノタウロスの肩に腰掛ける少女は、同調能力で矢継ぎ早に周囲の幻獣に命令を下していく。
ゴルゴーンの激しい砲撃の下、中型幻獣ミノタウロスと中型幻獣キメラが横陣を敷き、その脚の合間にはゴブリン達が小隊を組んで突撃の準備を整えた。
ゴブリンの群れの中、下士官役のゴブリン・リーダーは目前の光景を見、自軍の勝利を確信する。彼の赤い瞳には、生体弾が着弾の際に巻き上げる砂煙だけが映る。閃く光は、いっさい眼に出来ない。幻獣軍は僅か数分で、敵の砲兵(光線級)を叩き潰したということだ。
あとは物量任せ、一気呵成に叩き潰すだけだ。
そんな楽観的な思考と戦斧を携え、突撃命令を今か今かと待ち侘びるゴブリン・リーダーは、次の瞬間土煙の中から巨影が出現するのを見た。
ゴブリン達が恐慌に駆られて、キーキーと鳴く。土煙の中から現れた巨影は、一体だけでない。百は下らない数の怪物の、横隊が迫ってくる――ゴブリン達は、キーキーと鳴いたまま、彼らは巨影に轢き殺された。全高10m以上にもなる怪物は、時速200km前後の速度で小型幻獣達を吹き飛ばし、幻獣軍の堅陣を蹂躙しに掛かる。
「目標、突撃(デストロイヤー)級。全軍、全力で阻止射撃お願いします」
少女の言葉と同時に、中型幻獣キメラが前腕の光砲を突撃級に指向し、中型幻獣ナーガの群れが、自身の横側面に備えられた複数門の光砲を食らわせるべく、陣地転換を開始する。
……だが、間に合わない。
光線級のそれと同じく、中小口径光砲も発砲には溜めを要する。人類軍との悠長な砲撃戦に慣れた光砲科幻獣にとって、突撃級の蹂躙突撃は速すぎた。蠍めいたキメラの頭部を一撃で踏み抜いた突撃級は、そのままキメラの背、尾を踏み潰して後続の幻獣を潰しに掛かる。迎撃に有利な隊形を取ろうと、陣地転換を開始したナーガ達は、複数体まとめて跳ね飛ばされ轢き殺されていく。
「光砲科は即時射撃を開始してください。陣地転換をやっている時間はありません。前衛は突撃級を抑えつけて――後衛、ゴルゴーンを守ってください」
ミノタウロスと突撃級が衝突する。
その勝敗は、五分五分といったところであった。
生体誘導弾と肥大した前脚で突撃級を迎撃するミノタウロス、堅牢な正面装甲と優速を武器に突撃を掛ける突撃級。一方ではミノタウロスが突撃級を殴り飛ばし、他方では突撃級がミノタウロスを押し倒し踏み潰す。
その足元ではゴブリン・リーダーが、同調能力で部下を纏めながら逃げ回っていた。
自身がもつ戦斧や、部下の集団戦術では到底突撃級にはかないようがない。自分たちの相手は、この後にやって来るであろう、敵の随伴歩兵役だ。
張り出した装甲の下に隠れた双頭をミノタウロスの拳に潰された突撃級が、止めの一撃を喰らい、横転する。廃墟を巻き込み、押し潰して転がる突撃級を横目に、ゴブリン・リーダーは集結させた部下を、次々と遮蔽物の陰に隠した。
その頭上を、赤黒い破壊光線が閃く。
遅ればせながら陣地転換を終えたナーガ達が放つ、生体レーザーは後続の突撃級、そして遅れて押し寄せる要撃級の群れに殺到する。突撃級の正面装甲を射貫することはかなわないが、体高の低いナーガはその脆弱な脚を狙うことは出来た。
たまらず擱座する突撃級。
その横合いを、戦車級の群れが駆けてゆく。
これに対するは、ゴブリン・リーダー率いるゴブリンと、幾許かの犬を模した小型幻獣コボルト。時速80kmは小型幻獣からすればあまりにも速すぎる突撃速度だが、それでもやるしかなかった。
「キョーキョキョキョキョ!」
ゴブリン・リーダー達の指揮の下、コボルトが額の眼から放つレーザーで弾幕を張り、敵の進撃路を限定する。彼らの生体レーザーは貧弱だ、貧弱だが戦車級の頭部生体ユニットを破壊するには充分な威力を有していた。そしてゴブリン・リーダーは、鋼鉄をも易々と引き裂く戦斧を実体化させた傍から投擲してゆく。
そして下っ端、兵卒の役回り、ゴブリンは無謀にも戦車級に飛び掛り、何とかしがみつきしがみつくことに成功した個体は、その貧弱な腕力で、戦車級を殴りつけ、その外殻をひっぺがさんとする。
ゴブリン・リーダーは駄目だ、とだけ思った。相手は人類軍の主力戦車と同程度の速度を有し、素手ではどうにもならない装甲をもつ――ゴブリンには荷が重過ぎる。
彼は正面に迫る戦車級の頭部と胸部を投擲した戦斧でかち割り、その後も惰性で前進を続けるそれを斬り捨てると、ゴブリン達に撤退を命じる。だがしかしその撤退命令を聞くことが出来たゴブリンは、あまりにも少なかった。多くのゴブリンは、戦車級の前腕に捉えられ、その毒牙に掛かり幻に還ってゆく最中にあった。
ゴブリン・リーダーに口腔があれば、舌打ちをしていたであろう。
「小型幻獣は退きなさい」
ゴブリン・リーダーのそれよりも遥かに強力な同調能力が、小型幻獣達の行動に干渉する。引き波が如く、意地を張ることもなく後退する小型幻獣の頭上を超えて、中型幻獣が放つ生体弾と生体光砲の乱打が、小型種BETAをただの肉塊へと変えた。だがその弾雨を前にしてもなお、BETAは遮蔽物となる突撃級や要撃級の死骸を縫うようにして、ひたひたと幻獣群に迫る。
生体光砲の斉射を突撃級の外殻の裏側で凌いだ戦車級は、中型幻獣ナーガやキメラに喰らいつき、その装甲板を引き剥がさんとする。それを見た小型幻獣達は、むざむざと中型幻獣をやらせはしないと再び戦車級に立ち向かってゆく――。
ここまで幻獣実体化から数十分間の戦闘は、BETA側が優勢であった。愚かにも思える拙速は、逆に幻獣にとっては想定外であり、その勢いに呑まれる形で幻獣軍は厳しい戦いを強いられた。だがしかし幻獣軍に強みは、その物量にある。
夜の闇が凝固し、際限も無く彼らは現れる。
それまで人類をその物量で圧していたBETAは今日、物量で競り負けようとしていた。