"異界兵ブルース"
熊本に拠って防戦を展開する学兵部隊は、防護力や機動力、整備性、そういったものを切り捨てた装備品を多数運用してきた。
彼らが優先するのは、何をおいても最大火力・瞬間火力。12,7mm重機関銃を歩兵に携行させ、重ウォードレスを着用した歩兵には40mm高射機関砲どころか、フルスケールの120mm砲をも背負わせる。そして戦車駆逐車には長砲身の120mm戦車砲、あるいは整備性の悪い電磁投射砲(レールガン)まで積載させ、人型戦車には160mm無反動砲(ジャイアントバズーカ)まで運用させている。
過剰とも思える大火力は、堅牢な装甲と生体光砲・噴進砲を備えた中型幻獣を撃滅することだけに火砲を特化させていった結果であり、寡兵の学兵部隊が熊本戦を戦い抜く上で大きな一助となった。
勿論、普通科連隊の装備も、この火力偏重主義の例に漏れない。
第123普通科連隊が前川・球磨川を渡河する際、彼らの対岸に屯していた新型幻獣達は不幸であった。重ウォードレス可憐D型が後腕に保持するフルスケール120mmリニアキャノンが、弾薬の消費量に糸目を付けず稼動し、歩兵用対中型幻獣火器――腰部に装着する噴進砲や対中型幻獣誘導弾が宙を引き裂いた。
比喩でもなんでもなく殺到した鋼鉄の雨に、新型幻獣の群れは無慈悲にも遮蔽物ごと吹き飛ばされていく。火力を狂信して止まない彼らは、橋頭堡を確保する為にひたすらその大口径弾を弾き出し、廃墟を平坦なただの荒地に換えた。携行弾数と消費弾量、砲身状態、そんなことには頓着せず、動く目標があればそこに弾を叩き込む。弾薬貯蔵のない末期戦ならいざ知らず、現在は休戦期の真っ只中、母校に帰れば幾らでも砲弾はある。
「撃ち方やめ!」
普段ならばここで幻獣側からの反撃を避ける為に陣地転換するのだが、新型幻獣は光砲科を対空防御に運用しているだけで、誘導弾や噴進弾を装備している中型幻獣の所在を暴露させない為か、それとも砲兵の役割を果たす幻獣を運用していないのかは分からないが、火砲による反撃は一切しない。
それを連隊長や、連隊本部の将兵はむしろ不気味に感じた。
第二次防衛戦争中(アジア太平洋戦争)、島嶼における戦闘で旧日本軍は火砲の位置を暴露させないように巧妙に隠蔽し、米軍が着上陸した後に散々に撃ちまくり、上陸軍に出血を強いる戦術をとったことがある。幻獣軍の意図は、旧日本軍のそれかもしれない――わざと火砲をもつ中型幻獣の存在を隠し、油断したところを一気に吹き飛ばすのだ。
可能性は拭えない。普段ならば航空偵察を実施し、敵幻獣群の布陣を見定めるところだが、空を光砲科幻獣に押さえられている上、現在は何よりも時間がなかった。先行投入した独立機動小隊の限界が近い以上、二の足を踏んでいる訳にはいかない。
『我らが直協の人型戦車は何処ですか?』
『さっき偽憲兵に足止め喰らった時に、連中士魂号を派手に動かして大騒ぎしてたろ? あの時、捻挫したらしい』
『エッ、じゃあ整備中ですか』
砲爆撃を受ける可能性も捨てきれない中、前川・球磨川に架かる国道3号北進の先頭を任されたのは、第3中隊第1小隊である。この2331小隊は重ウォードレスを運用する部隊であり、敵の抵抗と反撃を粉砕する尖兵としては、まさに最適の戦闘集団といえた。
ところが彼らに随伴し、直接援護する予定だった人型戦車は、検問を敷いていた偽憲兵を恫喝した際に故障したままで、この場にはいない。
『……そういうことだ。歩兵の勇気を見せるしかない』
言ってから、小隊長は歯噛みした。
こういう肝心な時に限って、連中は出てこない。整備性の悪さや限られた稼働時間の関係からか、奴ら人型戦車を駆る対中型幻獣小隊が登場するのは、だいたい彼我入り乱れての乱戦となり、もう少し、ここ一押しで勝てる、というタイミングなのだ。良いところばかりを掻っ攫っていく。勿論、結果として勝利を収めることが出来るのだし、助けられたことも一度や二度ではないが、歩兵としては敵味方がぶつかり合う緒戦から、最後まで戦い通して欲しいのが本音である。
小隊員も約半年戦い抜いた勇士揃いだが、流石に敵を駆逐して橋頭堡を確保する任務を前に、全く緊張しない訳ではない。彼らは行動開始の命令が出るまで、作戦が有利になりそうな材料を探していた。
『熊本鎮台の連中は?』
『あいつらか?』
前川・球磨川の南沿岸に展開している部隊は、第123普通科連隊だけでなく熊本鎮台の将兵と思われる連中もいた。何故か彼らは奇異の目でこちらを見つめてきていたが、言葉をかわす必要もない。
『平常運転だろう』
もう慣れた、というのが小隊長だけでなく小隊員達の共通した思いであった。
陸上自衛軍第6師団。通称熊本鎮台は、未だ純粋な自衛官によって構成されている、稀有な大人の軍隊であり、それでいて学兵達の間では役に立たない組織の代名詞になっている。彼らは橋頭堡確保や退却戦の殿といった、ともすれば大損害を蒙る恐れのある任務には絶対に参加しない。幻獣軍の砲火を一身に浴びるのは学兵から構成される第106師団の役割で、第6師団は学兵を盾として自身の損害を減らし、確実に戦果を挙げる。これが"平常運転"、である。
今回もそうなのであろう。第106師団隷下第123普通科連隊が血路を開き、そこを彼ら大人の軍隊が悠々と行進する。そういったビジョンがいとも容易く想像出来てしまう。
実際には前川・球磨川南岸に展開している部隊は、BETA南進を阻止せよ、と死守命令を受けた帝国陸軍諸部隊であり、命令さえあれば彼らは自身の命を引き換えにしてでも、避難民の保護とBETAの駆逐に全力を挙げたであろう。だが帝国陸軍の存在は、未だ前線の一般学兵までは降りていない。大人の軍隊=熊本鎮台という考えに陥るのも仕方がないと言えた。
『こちら委員長。行動開始です。クールよりホット。繰り返す、クールよりホット』
『よし前衛抜刀! 一気に突破するぞ!』
何の脈絡もなく発信された作戦行動開始の命令に、すぐさま小隊長は反応した。お喋りや希望的観測に縋る時間は終わった。
前衛の阿修羅が、前腕で保持する二枚の大盾を掲げ、後腕で二振りの軍刀を構えた。熊本鉱業高等学校より貸し出されている重ウォードレス可憐A型、その9機が横隊で肩を怒らせる姿は、見る者を圧倒する。可憐A型は火器運用を考えず、前腕に盾を、後腕に剣を固定武装として運用する。火器は一切運用出来ないが、白兵戦においてはまさしく最強、敵陣に斬り込む部隊の先鋒としてはうってつけである。
国道3号線上に転がる死骸を盾で押し退け粉砕しながら、悠然と前進する可憐A型の後に続くのは、重機関銃を4丁携行する可憐通常型と120mm砲を装備する可憐D型、過剰なまでの火力を有した四本腕の怪獣どもだ。生半可な抵抗線ならば、簡単に打ち崩す陣容だが、彼らも彼らに続く部隊も気は抜けなかった。
『敵幻獣来ます!』
『受け止めろ、押し返せッ!』
蜘蛛の如き小型幻獣の群れの突進を、前衛が辛うじて前腕の盾と驚異的な膂力で押さえ込み、赤い奔流を受け止める。足を止めた小型幻獣は次の瞬間には、頭部や上顎部を可憐通常型の射撃によって粉砕されて、物言わぬ死骸となった。
彼らにとっての難敵は生きている小型幻獣ではなく、死んだ後の小型幻獣だった。
『くそ、邪魔だ!』
『軍刀を放棄しろ! 後腕で死骸を川へ投げ棄てろ!』
『前衛が丸腰になりますよ!』
『後衛に片付けさせればいいんだ! このままじゃ射線が確保出来ないどころの話じゃねい! 引っかかって前進出来ないぞ!』
斃れれば霧か霞のように消失する怪物。その姿がまるで幻影そのもののようであったから、人類の敵は幻獣と名づけられたのであり、死骸が残る幻獣と交戦するなど学兵達は始めてであった。
勿論前進を開始する前から、熊本鎮台(帝国陸軍)が敷いた防衛線によって、国道上には死骸の山が気づかれていたが、特に問題視することなく普段の感覚でいたのが失敗だった。殺した先から小型幻獣はそのまま障害物となり、射線を塞ぎ視界を遮る。
それどころか、大口径火器の保持や後腕を採用した構造上から両肩が張り出し、全幅の広い重ウォードレス可憐は、死骸と死骸の合間をすり抜けることが出来ない。白い小型幻獣の死骸は別に問題にはならないが、赤い蜘蛛型幻獣の死骸は前進の邪魔になる為に、排除して進まなければならなかった。
小隊長の命令に、前衛の可憐は惜しげもなく後腕に保持する軍刀を棄て、その腕を以て死骸の排除を開始した。確かに唯一の武器を棄てることで、非武装、丸腰の形にはなるが怪力を誇る後腕による格闘は中型幻獣にも通用する。可憐A型の強みが失われる訳ではないのだ。
『まずい!』
『"鼻付き"が飛び越えたぞ!』
もうひとつの誤算は、"鼻付き"と呼ばれる小型幻獣の存在であった。これまで二次元的な近接戦闘を経験していた彼らにとって、跳躍力と俊敏性のあるその新型幻獣は厄介な相手だった。前衛を務める可憐A型の後腕は、命令と実行にラグが殆どない為、大方の小型幻獣に対応出来るが、"鼻付き"にだけは攻撃が追いつかず、頭上を飛び越すのを許してしまうこともしばしばあった。
こうなると後衛を務める可憐、否、可憐そのものの欠点が浮き彫りになる。
『撃つなよ、撲殺しろ!』
『こいつ……ちょこまかと』
重ウォードレス可憐は、火力偏重主義から生まれた装備であるということは前述の通りであり、開発者は大火力さえ運用出来ればそれでいいと考えていた節があったのであろう
。通常型は重機関銃を4丁、D型は120mm砲を後腕に2門を固定武装として備えている。可憐用の火器はそれ以外には殆ど開発されておらず、また近接格闘用装備は一切ない。
後衛の可憐はつまり接近されれば最後、懐の敵を効率よく駆逐する武器は持ち合わせていないのだ。何もない平地ならば、後衛の可憐通常型が重機関銃で反撃すればそれで済む話だが、ここは狭い橋上。しかも前にも横にも味方がいる状況で、発砲すれば間違いなく味方撃ちになる。
くそっ、と小声で悪態をつき、可憐通常型を纏う学兵のひとりは重機関銃を保持したまま、その前腕を"鼻付き"の顔面に振り下ろす。ぐしゃり、という確かな感覚に遅れ、目の前の怪物は崩れ落ちた。
『拳銃が欲しいくらいだ』
目の前の小型幻獣を殺せ、かつ味方の装甲板を貫通しない手頃な護身火器が欲しいところであったが、無い物ねだりは出来ない。やれることといえば弾倉を脱落させ、重機関銃を暴発の恐れがなくなった純粋な鈍器として、"鼻付き"を殴ってやることくらいだ。だが火器ではなく、近接格闘で敵を捕捉することは難しい。
自身らの大口径火器が、戦場と相手にそぐわないことを思い知ったひとりの学兵が同級生でもある小隊長に意見具申しようとした。
『駄目だッ、小隊長! 状況がわるっ』
彼は言い切ることは出来なかった。
状況が悪い、いったん退くべきだ、と言う前に彼の頭部は宙を舞っていた。横合いに着地した"鼻付き"への対応が遅れ、その鼻に首ごと持っていかれたのである。これが肩や腕ならばその驚異的な膂力で、逆に"鼻付き"を地面に叩き潰してしまうことが出来ただろうが、首ではどうしようもなかった。
『どうした!』
『た、田口小隊員戦死! 田口小隊員戦死です!』
『士魂号はまだかッ!』
これが新型幻獣の新戦術か、とまでは思わないが、予期もしない事態に小隊員達は動揺を隠せなかった。物事に相性があることくらいは分かっているが、大口径火器がここまで不利に働くとまでは、この瞬間まで彼らは思いもしなかったのである。対中型幻獣戦では一騎当千の働きを見せる鬼神の群れも、その得物が巨大過ぎて十全に動くことが出来ない。
前進は、頓挫した。
―――――――
足下の小型種を無視し、前傾姿勢で街中を駆け抜ける7機の撃震は、球磨川方面に向かおうとする突撃級群の無防備な背後に躍り出ると、主腕の突撃砲を向ける。同時に兵装担架が水平に起き上がり、マウントされた突撃砲が背後に屯する要撃級の群れを照準に収めた。
巨人の腕と背中が、火を噴く。
突撃級は背後に現れた災厄の源に気が付いたかもしれないが、旋回性能の低い彼らは脆弱な背中を向けたまま、砲弾がその身を貫く時を待つ他なく、また要撃級は突如として張られた弾幕に突っ込み、その硬質な前腕を除いて全てがただの肉塊へと還元される。
主腕と副腕ともいえる背面兵装担架を利用した同時射撃は、その精度は落ちるものの砲弾をばら撒き、面制圧するには丁度いい。通常ならば主腕と兵装担架の双方に突撃砲を装備する機体は、ポジションが限られている。しかし現在、第2中隊では現場の判断で、どの機体もポジションに関係なく、補給の際に主腕に1門、副腕たる担架に1門ずつ、最低2門の突撃砲を保持することにしていた。第2中隊で5機、大隊全体では約半数の戦術機が撃破されており、喪失分の戦術機が有していた火力を取り戻すには、単純に携行する突撃砲の数を増やせばいい。そういう判断であった。
『長居無用!』
『ちっこいのは無視だ!』
第2中隊(ブラウンベア)各機は、大型種を駆逐し終えたと判断するや、また匍匐飛行でBETAの海から離脱する。
補給を終えた第59戦術機甲大隊は中隊単位に分かれて、大型種を優先して狩る機動防御の任務を継続していた。球磨川沿いに防衛線を張る友軍は、第147歩兵連隊・第51/52歩兵旅団が主力であり、対戦車火器といえば無反動砲や使い棄ての対戦車ロケットしかもっていない自動車化歩兵に、大型種を相手にさせるのは荷が勝ちすぎる。要撃級ですら一匹たりとも通す訳にはいかなかった。
また彼らが大型種を優先して撃破していると、同時に小型種の死骸もいつの間にか積み上がっていく。これは標的である大型種を外れた突撃砲の流れ弾が、小型種の群れに突っ込んだから跡では決してなかった。その死骸の創傷を見ればよく分かるが、1匹1匹が小火器で胴体を撃ち抜かれている。
『大尉……』
『どうした』
『もう考えるのをやめます』
『それがいいさ』
犯人は、兎であった。
兎が第2中隊3番機(ブラウンベア3)の肩に立ち、サブマシンガンを振り回して撃震の足下や廃墟に蟠る小型種どもを撃ち殺している。頭を抑えられているとはいえ、水平噴射跳躍で目まぐるしい機動を見せる撃震の肩に、仁王立ちしている兎の姿を見れば、誰もが驚き自身の正気を疑うであろう。そしてその兎が前足で火器を振り回している姿を見れば、もう思考を停止して「そういうものなんだ」と受け入れる他はない。
"猫がBETAを三枚卸しにするところ見た"と語った、新人衛士も最初こそ「言ったじゃないですか! 動物が助けてくれているんですよ!」とはしゃいだが、兎のファンタジーの欠片もない得物を見ると、幻滅したのか黙ってしまった。
兎神族は太古は弓を、中世には火縄銃を用いて"あしきゆめ"を退けてきた。現代においても絶技戦を展開する際は、自身のオーマがもつ武楽器を以て戦うが、基本的には小火器や重火器を用いて人族を助けている。彼らは先進的な、新しいモノが好きな性格なのかもしれず、実際この撃震にしがみつく兎神族は「甲冑纏い天翔る巨人族を援護しようではないか」と意気込んでそこにいる。
『ウォーベア・リーダーよりブラウンベア・リーダー。12時方向、距離2000。要塞級をやれ』
『こちらブラウンベア・リーダー、了解。……聞いていたな、正面のデカブツを狩るぞ』
撃震駆ける先の2000mの距離に、体高2000mの怪物が蠢いていた。その脚を以て建築物を貫き路面を踏み抜き、その外殻で雑居ビルを破壊しながら、球磨川方面へ向かうのがブラウンベア各機から確認出来た。主力戦車の戦車砲でさえ、当たり所が良くなければ撃破は難しいその化け物を、歩兵主体の防衛線に到達させる訳にはいかない。
だがまずは要塞級に対して有利な位置を占位する為に、随伴する要撃級と戦車級を駆逐しなければならなかった。
『A小隊が射点確保、B小隊が120mmで片付ける!』
『了解!』
全周を堅く厚い装甲で覆われた要塞級の弱点は、頭部や尾節の結合部であり、そこを狙撃する為には、側面からでは脚が邪魔となる。確実に要塞級を撃破することを考えれば、7機の撃震はBETAの群れを掻き分け、正面に射点を確保する他ない。
先行するA小隊(第1小隊)が撃ち出す120mmキャニスター弾と36mm機関砲弾が、一筋の道を切り拓き、B小隊はその後を追随する。駆り尽くせなかった脇や廃墟の裏から要撃級や戦車級が飛び掛るも、その醜悪な腕が撃震の肩に掛かるより、突撃砲が火を噴く方が早い。
『前200で?』
『200なら外さん!』
『よっしゃ――行け! B小隊!』
A小隊が前面に火力を集中させる。数発の120mmキャニスター弾が、要塞級の前方200mの位置に射点となる空き地をつくってみせた。チャンスは5秒あるか、ないか。6秒後にはこの120mmキャニスター弾で敵を吹き飛ばして作った空間に、小型種の群れが押し寄せ、死骸を乗り越えて要撃級達が集ってくるであろう。
『任せろ!』
B小隊はその時間制限付きの射点へ着地し、突撃砲を200m先の要塞級に向けた。
『当たれ!』
『この化けもんが!』
必殺の一撃が弾き出された。
弾種は戦術機が携行する砲弾の中でも、最も貫徹力のある120mmAPFSDS弾。それは撃震と要塞級の合間で後部から火焔を噴出して再加速すると、要塞級の胸部や脚部の接合部へと消えた。
尾節が胴から脱落し均衡を失ったのか、約60mの巨体はゆっくりと傾げ、後ろのめりに崩れていく。
それはB小隊(第2小隊)が放った徹甲弾が、化け物を打ち倒した証であった。
『よっしゃああああああ』
『よし、離脱するぞ! 急げ……』
『ああ゛っ!』
思わず歓喜したブラウンベア中隊の衛士は、崩れ落ちた要塞級の死骸から覗く巨大な瞳と眼を合わせた。凍りつく心臓、一瞬で冷えついた頭脳、予備照射を受けて響き渡る警報音。光線級の予備照射を感知した撃震が、己の御者に危険を知らせた。
回避だ、と誰かが叫んだが、中隊長はそれに被せるように「撃て!」と怒鳴っていた。
どちらも間に合わない、と第2小隊の佐伯少尉は思った。周辺に遮蔽物となるものはなく、また7機の撃震が密集している状態での咄嗟の回避や、乱数回避は機体同士が衝突する危険性がある。射撃には自信があるが、光線級はその下半身を要塞級の外殻に隠し、その瞳だけを回転砲塔の如く露出している。目標にして直径1mはない。狙撃出来るはずがないではないか。
そして次の瞬間、佐伯は光線級の眼が輝くのを見た。
「え?」
何故、見ることが出来ている?
佐伯は、ブラウンベア中隊の衛士全員は、生きてその白閃を見た。
高空を超音速で飛翔する航空機ですら撃ち漏らさない光線級の破壊光線は、何故かこの時だけ7機の撃震を中空で逸れ、見当違いの場所――具体的にはブラウンベア中隊に再び集ろうとしていた、大型種や小型種の群れを直撃していた。多くの戦術機を一撃で行動不能にするその閃光は、要撃級を数体まとめて貫き、主力戦車の正面装甲を溶解させる熱量は、容赦なく小型種の群れを焼き殺す。
「はあっ?」
『馬鹿、撃てッ撃て!』
中隊長が叫んだ。仮にBETAが感情を持ち合わせていれば、友軍誤射の衝撃に茫然としたであろう。衛士達もあまりの幸運に驚愕したが、感嘆している暇はなかった。
光線級が再照射に掛かる時間は、12秒。呆けている時間はない。撃震の突撃砲が雁首を揃え火を噴く。殆どばら撒かれるように吐き出された数十発の砲弾の内、運の良い数発が要塞級の外殻と外殻の合間を縫って光線級の瞳を穿ってみせた。
『離脱する、俺に続け!』
ツキすぎている、と佐伯は思ったくらいだった。7機の撃震が、匍匐飛行で光線級の残骸の上を通過し離脱する。光線級のレーザー照射が中空で逸れる、そんな事例は座学でも、ベテラン衛士からも聞いたことがない。勿論、噂にも。光線級の瞳と本照射の両方を見て、生きて帰った衛士は殆どいないだろう。
「ラッキーでした」
ね、と佐伯が言おうとした時、彼は前を往く中隊長機の後頭部に何かが乗っていることに気がついた。……和服の少女が腰掛けている。彼は叫びそうになりながらも、「いやいやもう驚かんぞ」と彼女を注視してやると、そのおかっぱ頭の少女は電子の瞳越しに見られていることが分かったようで、薄く笑って見せた。
―――――――
以下私見。
基本的に熊本戦に投入された学兵達の装備品は、一に火力、二に白兵戦を重視しており、重ウォードレス可憐がその典型的な例となります。幻獣軍は切り札として、まさに存在そのものが災害ともいえる大型幻獣をもっていますが、基本的に主戦力は強力な火砲と装甲をもつ中型幻獣と数頼みの小型幻獣です。通常の軍隊ならば中型幻獣に対しては主力戦車や航空機を以て対抗するところですが、学兵部隊は錬度が低く、また戦車兵や航空兵の育成にも時間が掛かります。そういった事情もあって、歩兵の携行火器の大口径化は進んだのかもしれません(図書館資料には林凛子が、対中型幻獣戦に特化するよう主導した、という記述があった気がします)。
光線級のレーザー照射を逸らしたのは、蜘蛛神族の一柱です。彼らは人族や他神族と交流をもつ際は人の姿を借りて現れます。
そこまで書けるかは分からないので、マブラヴとガンパレの技術交流について触れておきたいのですが、第5世界(ガンパレ世界)の基幹技術はご存知の通り生体技術であり、第6世代クローンをマブラヴ側で再現出来るかは分かりませんが、それでも戦線好転の一助になりそうな技術・概念はありそうです。対BETA戦線では人的資源が枯渇しかかっている印象を受けるので、年齢固定型クローンの大量生産はどうでしょうか。第5世界では様々なタイプの年齢固定型クローンが就役しており、割と普遍的な技術のように思えます。またガンパレに登場する下士官、若宮は確か陸軍関係の教育機関を95年前後に卒業していたはずです。人口が激減したかの世界において、養成期間がたった数年の兵士ほど魅力的なものはありません。ただしマブラヴ側では未だ宗教が力を持っている為に、倫理的な騒動を巻き起こしそうではあります(オルタネイティヴ5計画において重要な役割を果たすG弾が、キリスト教関係団体を刺激したように)。
またマブラヴ側がリードしている技術は、戦術歩行戦闘機や再突入駆逐艦に用いられている航空技術であると思います。ただ第5世界の軍隊が、戦術歩行戦闘機を対幻獣戦争に投入することはまずいかもしれません。最初の半年は幻獣を圧倒出来るでしょうが、そのうち撃震ゾンビ、陽炎ゾンビが出現し、最後には対戦術歩行戦闘機用幻獣が万単位で就役することになるからです(人型戦車士魂号の対策として出現した、誘導弾を装備し中距離戦に対応、更に厚い装甲・前腕により格闘能力を高めた中型幻獣ミノタウロスが好例)。機械化装甲歩兵の噴射装置をウォードレス兵が導入出来れば、使い捨てのロケットと併用して機動力が増しそうです。
ぶっちゃけた話、マブラヴとガンパレは敵に合わせた形で科学技術がとんでもない発展の仕方をしてしまっており、また戦争に関係しない面の技術はかなり似通っていて、その世界に一番合ったやり方が採られているようなので、技術交流によって革新的な何かが開発・導入されるということはないと思います。
御指摘頂きました、――(ダッシュ)については順次、修正していきます。御指摘ありがとうございます。