"盗まれた勝利"
光の軍勢が、駈ける。
光輝を背負った彼らは、暗黒に押し潰されようとする横浜ハイヴへと、何の躊躇いもなく奔る。白銀の火焔と、黄金の翼、半壊した外装を纏った希望号に率いられるは、百柱を超える神族。そして億単位の、精霊達。東南から北西へ――横浜ハイヴ地表構造物へと向かう、銀、金、青の煌きを、人々は見た。
学兵達は歓喜し、帝国軍人達は眼を疑った。
先陣を切るは、猫神族が一柱にして、他族介入権を有する英雄族。最強の戦神ブータニアス卿。赤い外套を纏った大猫は、その身の丈に合わない長大な剣を振り回し、BETAを撫で斬りにしながら進む。古来より、竜を斬るは猫の役回り。彼は素早い身のこなしで大型種の足下をすり抜け、要塞級の脚に突進する。体勢を崩す要塞級は崩れ落ちながら、その竜殺しの剣鈴で、裁断されてゆく。
猫神族が、続く。青の厚志に付き従う、精霊を用いてのシールド突撃。青白の盾が要撃級と突撃級を押し返し、いとも容易く駆逐する。横浜ハイヴへの道を、拓く。希望号と随伴する神族は、速度を緩めることなく疾走を続け、落下を続ける五次元効果爆弾直下、横浜ハイヴ地表構造物へと突き進む。この神々の進軍を邪魔しようとするBETAは、全て火の国の宝剣ヒノカグツチに情報分解させられた。堅牢で知られる突撃級の外殻も、元を質せばこの地球の土であり、土である以上はヒノカグツチに従属しており、故にヒノカグツチの刃に抵抗することは出来ない。
そして光の軍勢は、ハイヴ直上にまでようやく達した。
「五次元効果爆弾(あれ)を止める術はあるのか」
いつの間にか希望号の肩へ移動していた、猫神ブータニアス・ヌマ・ブフリコラが、青の厚志に尋ねた。
世界の危機に対応する最終防衛機構(よきゆめ)は、如何なる絶望的状況にも立ち向かう。……たとえ状況打開策を有していなくとも、だ。戦神ブータが考えるに、天空より墜ちるこの「何か」は、火の国の宝剣による斬撃や、リューンを用いた絶技で対応出来る存在ではないように思えた。一線を超越する御伽噺の存在――怪物や魔法といった存在に対しては、絢爛舞踏や神族、絶技は非常に優れた抑止力と成り得るのだが、どうも「何か」は人族の技術を突き詰めたものであるらしい。
『ブータは、何か策はあるの』
「ないな」
神族による援軍は、地上の混戦模様を一変させた。頭上のG元素反応に気を取られていたBETA達は、神族の格好の餌食となり、そして突撃行軍歌を斉唱する人類軍による激しい攻撃に晒され、その個体数を爆発的に減らしてゆく。
だがこの優勢も、後に訪れる破滅を止めることが出来なければ、何の意味もない。
展開したラザフォード場を以て光線級の照射を逸らし、地球の重力すら無視し、極めて緩慢な速度で迫るG弾は、既に地表から十数kmの高度にまで迫っていた。残された時間はあと10分とないであろう――地上の将兵が撤退するには時間が足りなさ過ぎるし、突撃行軍歌「ガンパレードマーチ」を斉唱してしまっている以上、そもそも撤退の選択肢さえない。
「あれが墜ちてくれば、我が守りでも防ぎきれるか」
となれば墜ちてくるそれを破壊するか、防ぎ止めるしかない訳だが、そのいずれも不可能だと、ブータは本能で悟っていた。
実際G弾は炸裂の瞬間までラザフォード場を発生させ、地対空誘導弾を初めとする通常兵器は勿論のこと、光線級のレーザー照射さえも防いでしまう。ラザフォード場が綿密な計算により展開されているのであれば、ラザフォード場に攻撃を集中させ、機関中枢に巨大な過負荷を加えることで、ラザフォード場を消失させることが可能かもしれない。……だが、G弾に採用されているML機関は、酷く単純であり緻密な計算を必要としていない。故に、通常兵器による迎撃は不可能。
ラザフォード場を展開し、炸裂後は物質消滅境界面を拡大させるG弾を無力化可能な兵器は、同じ物質消失境界面をもつG弾しか有り得ない――。
だが、それはあくまで「この世界」に限った話である。
『気は乗らないけど、僕にはある。――いくよ』
希望号が、構えた。
墜ちてくるG弾目掛け、両腕を突き出す――その両掌には、異世界の兵器が収まっていた。どりるみるきぃふぁんとむ直撃の衝撃波を受け、脱落したエースキラーの四肢。そこから回収した特殊兵器、「N・E・P」がそこにある。標的を問答無用で情報分解し、一般的な世界移動の際に働く法則を利用し、その物体・事象の時間軸に干渉――存在そのものを消し去るどころか、過去に存在したという事実さえも抹消し、歴史さえ書き換えてしまう凶悪な兵器が。
希望号の対消滅エンジンより、稼動に必要となる動力を得たN・E・Pは、既に発射準備を整えている。N・E・Pに対する防御手段は、事実上存在しない――N・E・Pが大規模運用された第6世界の戦争、異種間宇宙戦争「最低接触戦争」において、それは証明されている。迎撃不可能のG弾と防御不可能のN・E・P――矛盾の故事に近い関係であるが、両者がぶつかった際に起こる現象は、簡単に想像出来る。
……N・E・Pの効果範囲内に指定された物体・事象は、それがラザフォード場であっても時間遡行による時間軸への介入を受け、その存在が抹消される。
OVERSは躊躇もせず、希望号の選択に同意した。
事実上この世界(マブラヴ)における全ての事象を第三者視点で把握している彼らは、G弾投入による横浜ハイヴ攻略は、紛れもない史実であり、鑑純夏が白銀武をこの世界に呼び込む為の重大なファクターであることを知っている。だがしかしだからといって、この横浜ハイヴに集結した人類軍将兵を見殺しに出来るほど、OVERSは冷徹な存在ではなかった。
希望号が起動するN・E・Pは、G弾を穿ちその炸裂を阻止する――それが、世界の選択。
青白の閃光が、天を衝く。
天地を圧す偏向重力の塊は消失し、ただただ青い空が広がった。泥沼の地上戦を展開する人類軍将兵は、先程まで自身の頭上に在った存在が抹消されたことに誰一人気がつかず、またBETA達も直前まで頭上に存在していたG元素の爆発的反応など、最初からなかったかのように振る舞う。
セプテントリオンに奪取され、横浜ハイヴ攻略作戦に投入された五次元効果爆弾など、最初からなかったのだ――ML機関とG元素を構成する物質自体が最初から存在せず、故に弾体が製造されることもなく、横須賀基地にG弾が運び込まれることもなかった。
五次元効果爆弾投下阻止は、こうして成った。
あとは人類軍将兵の勇気が、BETAの暴虐に優るか否かの問題であった。
(歴史的補講)
1998年12月23日。
本土防衛軍・国連太平洋方面第11軍・生徒会連合義勇軍は、甲22号目標横浜ハイヴ坑内制圧及び反応炉爆破に成功。同日、本土防衛軍統合参謀本部は、甲22号横浜ハイヴ攻略作戦完遂の旨を発表した。人類史上初となる、ハイヴ攻略成功――失地奪還・人類勝利の一歩となる敵根源地の攻略成功に、帝国陸海軍将兵、国連軍将兵は感激に打ち震え、日本帝国領に暮らす人々の誰もが歓喜した。帝国臣民は自国軍の働きにようやく満足したし、ユーラシア大陸から叩き出された難民達は、現実ではそううまくいかないと分かっていても、自国再建の希望を抱かざるを得なかった。
だが市井の戦勝ムードは、そう長くは続かない。
1999年1月4日、年始祝賀に浮かれる街が無差別テロの標的となった。東京市、仙台市にてS-11弾頭炸裂。戦術核と同等の破壊力を誇る特殊爆弾による爆破テロは、破滅的被害を日本帝国にもたらした。死者行方不明者は10万人に達し、榊総理大臣を初めとする多くの閣僚が一瞬で絶命。
……幻獣陣営の報復は、なおも続いた。
主要都市は軒並み爆破テロに見舞われ、僅か一月の間に死者行方不明者は12万1019人にまで達した。問題は人的被害だけでなく、兵站を担う主要幹線道路や鉄道が寸断されたことも大きい。その後も巻き返しを図る幻獣陣営は、スキュラ編隊による絨毯爆撃を昼夜問わず実施し、日本帝国の継戦能力を奪い去りに掛かる。
また横浜ハイヴ攻略成功から1ヶ月の合間に、セプテントリオンが本格的に動き出し始めた。
1999年1月21日。日本帝国内に確固たる発言力・影響力をもつセプテントリオンは、日本政府に対して「オルタネイティヴ計画全成果の譲渡」を要求――榊総理大臣を先の爆弾テロで喪った日本政府に、これを突っぱねるだけの体力は残されていなかった。
国際連合直属計画であるオルタネイティヴ計画に干渉出来得るまでに、セプテントリオンは、日本帝国内における影響力を伸ばしていたのだ。
現状では帝国陸海軍が必要となる物資のほとんどを、七星重工が製造・販売しており、七星重工からの物資供給が途絶えれば、もはや本土防衛軍が立ち枯れることは間違いなかった。
数字を見れば、それは明らかであった。先の甲22号目標横浜ハイヴ攻略作戦に投入された燃料・砲弾の半分以上は、七星重工より供給されたものだった。例えば多摩川以南に持ち込まれた、戦術歩行戦闘機用補給コンテナ1981個の内、1319個(約66パーセント)が七星重工製。また比較的備蓄のあるはずの戦術機突撃砲機関砲弾(36mm機関砲弾)でさえ、使用弾数約480万発の内、180万発(約37パーセント)が、七星重工から供給を受けたものであった。……事実上、七星重工の支援がなければ、横浜ハイヴを陥とすことは不可能であったに違いない。
オルタネイティヴ計画の放棄・成果譲渡――セプテントリオンの援助なしには、対BETA戦が継続出来ないことを理解していた日本政府は、この屈辱的とも言える要求を呑まざるを得なかった。日本政府・帝国陸軍関係者の中には、これを良しとせず七星重工排斥を考える者も現れたが、結局のところ彼らも七星重工の重要性と脅威を無視することは出来なかった。
特に日本帝国側からの抵抗もないままに、1月25日にはオルタネイティヴ4計画管理下にあった、G元素を初めとするあらゆる物品がセプテントリオンの手に渡った。
そして。
地球の反対側――米国では五次元効果爆弾大量運用による、幻獣北米方面軍殲滅作戦が発動されようとしていた。幻獣北米方面軍の兵力は、10億はくだらない。通常兵器による抗戦は不可能であることは明らかであり、G弾実戦投入による形勢逆転案は、米国政府・米国軍にとって魅力的に過ぎたのである。
こうして米国は、地球人類に悲劇的結果をもたらすことになる。
1999年2月28日。
大海崩発生。
大西洋消滅、太平洋激減、南北米大陸水没。
大気移動。アフリカ大陸、大気消失。
G弾炸裂に伴う重力偏差発生がもたらした全地球規模災害は、米国から遠く離れた日本帝国にも甚大な被害をもたらした。
日本海を構成していた海水は全て北極海・北米方面へ誘引され、日本列島はユーラシア大陸と陸続きとなった。日本列島太平洋側には少しばかり海水が残り、完全に干上がるには至らなかったが、東北地方沿岸では艦艇が座礁・行動不可能となる程に海面が低下。東京湾――浦賀水道――相模湾――日本南海――東シナ海は、大海崩前後でも変化が見られず、帝国海軍連合艦隊全滅だけは辛うじて避けることが出来たのが不幸中の幸いであった。
大海崩に伴い、日本列島内陸部も手酷い打撃を受ける。海水が全て流出し、干上がった日本海から巻き上げられた塩と、大旱魃が日本列島全土を襲った。貯水池は瞬く間に塩気を帯び、程なく枯れ、日本列島に暮らす人々は飲料水を地下水に頼る他なくなった。
全地球規模の大災害は世界人口の8割以上を死に追いやり、更に残る人類から抵抗の術を奪い去った。南北米大陸に投入していた主力を、大陸ごと喪失した幻獣陣営は自軍の再建を優先せざるを得ず、侵攻の手を自然緩めることになったが、殆ど無傷のユーラシア大陸を策源地とするBETAにとっては、勢力拡大の絶好の機会となった。
1999年某月 甲23号目標オリョクミンスクハイヴ(旧ソ連領中東部)建設。
1999年某月 甲24号目標ハタンガハイヴ(旧ソ連領北部)建設。
1999年3月 甲25号目標ムートハイヴ(旧エジプト領中部)建設。
1999年3月 甲26号目標カルタゴハイヴ(旧チュニジア領)建設。
1999年5月 甲27号目標ロンドンハイヴ(旧イギリス領)建設。
1999年6月 甲28号目標セイジスフィヨルズゥルハイヴ(旧アイスランド領)建設。
1999年8月 甲29号目標アシアートハイヴ(旧グリーンランド領)建設。
1999年8月 甲30号目標モガディッシュハイヴ(旧ソマリア領)建設。
1999年11月 甲31号目標メダンハイヴ(旧インドネシア領)建設。
1999年11月 甲32号目標ハイヴ(旧大西洋上)建設。
1999年12月 甲33号目標バギオハイヴ(旧フィリピン領)建設。
1999年12月 甲34号目標ハイヴ(旧大西洋上)建設。
1999年12月 甲35号目標ハイヴ(旧大西洋上)建設。
1999年内だけでも、以上のハイヴが新設された。
その後も世界各地で人類軍の敗退は続き、ハイヴ建設は進行。
この間、幻獣軍は粛々と勢力圏を縮小し、インド方面・オセアニアにて兵力回復に努めるばかりで、対BETA戦を放棄し、ただただ人類がその勢力を縮小してゆく様を静観していた。
世界の危機に対応する希望号と神々の軍勢は、日本列島の防御のみで精一杯であった。彼らは無類の強さを誇るが、だがしかしあまりにも少数に過ぎた。世界中のハイヴと幻獣を滅ぼし尽くすには、到底手が足らない。
地球人類滅亡は、避けられないのか――?
そして奇しくも2001年10月22日。
横浜にて七星重工製新型戦術歩行戦闘機が、実用試験を実施する。
【横浜編】完。
完結編【真愛編】に続く。