空翔ける桃色の閃光。衝撃。
上空に舞い上がった桃色の戦術機――純武号を、本土防衛軍将兵の誰もが見た。
赤桃(せきとう)の燐光めがけて発射される光線級のレーザーは、強力なラザフォード場に阻まれ、阻まれるどころか軌道を捻じ曲げられて反転させられる。
あり得ない。
万単位の敵を前に、その身を晒す。
まるでおとぎ話のヒーローではないか、と本土防衛軍将兵の誰もが思った。
「こちらはクラッカー1。貴機の所属とコールサインは」
満身創痍の本土防衛軍所属機が、畏敬の念を持ちながら誰何する。
「クラッカー1。こちらは国連軍オルタネイティヴ計画直属戦術機甲連隊A-01所属。コールサインは……」
対する白銀武は、万感の思いを以てこの世界に宣言する。
「……ヴァルキリー1ッ!」
もうこの世界には、自身の戦友はいない――否、純武号(ここ)にいる。
この世界と、国と、人々を守るために足掻こうとした戦乙女たちはいまこの純武号に宿っている。その武技と精神を、継承しているのだ。
ならばコールサインはヴァルキリー、これしかあり得ない。
「ヴァルキリー、ヴァルキリー1か。こちらクラッカー1。救援感謝する」
「あとは俺たちに任せて、後退してくれ。往(い)くぞ、純夏――」
急降下からのサーフェイシング機動。
BETAの大海が割れた。
全身から突出したスーパーカーボン製の仕込み刃は、大型種も小型種の群れも容易く引き裂いてゆく。
その後に第4世代戦術歩行戦闘機テュフォーンが続く。
欧州製第3世代戦術機に酷似した鋭角的なフォルムをしたそれは、全環境対応型突撃砲を乱射しながら純武号が生み出した突破口をさらに拡大させにかかった。
テュフォーンだけではない。新たな援軍たちはいま日本海側のあらゆる場所で、前線を押し上げようとBETAの群れに挑みかかる。
「数だけは多いッ」
反撃の最先鋒――純武号に敵の攻撃が集中した。
突撃級の壁、要塞級の衝角、光線級のレーザー。
対する純武号は突撃級を重力偏差で引きちぎり、要塞級の攻撃を回避して触手を斬り落とし、レーザーの軌道を変えて小型種の群れを蒸発させていく。
BETAの肉壁を一枚一枚突破する純武号だが、このとき彼と彼女らには主武装と言えるものがなかった。
日本海側防衛線の苦境を聞いた白銀武はいち早く前線に駆けつけるために、重量のある突撃砲や長刀を持たず、軽量化を徹底して出撃したためである。
故に現在、彼は固定武装の隠し刃を用いた近接戦闘のみで、BETAの最中を渡り歩いている状況だ。
純武号の機動に危なげはないが、確実に足止めを食っていることは事実であった。
「白銀武」
後部座席の社霞が声を上げ、白銀武の注意を惹いた。
それだけで彼には十分だった。
殴りかかってくる要撃級を純武号は躱(かわ)すと、サーフェイシングで疾駆。
BETAによる屍山血河の只中。崩れ落ちた陽炎の傍、要撃級の死骸に突き刺さる74式近接戦闘用長刀を引き抜いた。
逆手持ち。
途端に純武号は旋風と化した。
大地の塩と血飛沫を巻き上げながら、BETAの大波を打ち砕く。
そして順手に持ち変え、管制装置の記憶通りに純武号は構えをとった。
――無限鬼道流。
血道が、拓けた。