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No.38496の一覧
[0] 【真愛編】Battle Over 九州!【Muv-LuvAL×ガンパレ】[686](2019/01/13 20:44)
[1] "BETAの日"(前)[686](2014/10/05 17:24)
[2] "BETAの日"(後)[686](2013/10/05 23:33)
[3] "一九九九年"[686](2013/10/22 23:42)
[4] "異界兵ブルース"[686](2013/10/04 11:47)
[5] "前線のランデヴー"[686](2013/10/27 21:49)
[6] "ヤツシロの優しい巨人"[686](2013/10/08 01:42)
[7] "光を心に一、二と数えよ"[686](2013/10/26 20:57)
[8] "天使のハンマー"[686](2013/10/22 23:54)
[9] "タンク・ガール"[686](2013/11/01 09:36)
[10] "青春期の終わり"(前)[686](2014/10/05 18:00)
[11] "青春期の終わり"(後)[686](2013/11/01 14:37)
[12] "岬にて"[686](2013/11/05 09:04)
[13] "超空自衛軍"[686](2013/11/16 18:33)
[14] "ベータ・ゴー・ホーム"[686](2013/11/25 01:22)
[15] "バトルオーバー九州!"(前)[686](2013/11/29 20:02)
[16] "バトルオーバー九州!"(後) 【九州編完】[686](2013/12/06 19:31)
[17] "見知らぬ明後日"[686](2013/12/10 19:03)
[18] "月は無慈悲な夜の――"[686](2013/12/13 22:08)
[19] "幻獣の呼び声”(前)[686](2014/01/07 23:04)
[20] "幻獣の呼び声”(後)[686](2013/12/30 15:07)
[21] "世界の終わりとハードボイルド・ペンギン伝説"[686](2014/01/07 22:57)
[22] "強抗船団"[686](2014/01/17 14:19)
[23] "異界の孤児"[686](2014/01/17 14:25)
[24] "TSF War Z"[686](2014/01/24 19:06)
[25] "暗黒星霜"[686](2014/02/02 13:00)
[26] "霊長類東へ"[686](2014/02/08 10:11)
[27] "京都の水のほとりに" 【京都編完】[686](2014/02/08 10:32)
[29] "あるいは異世界のプロメテウス"[686](2014/02/13 17:30)
[30] "地上の戦士"[686](2014/03/11 17:19)
[31] "メーカーから一言" 【設定解説】追加致しました[686](2014/03/16 20:37)
[32] "かくて幻獣は猛る"[686](2014/03/29 14:11)
[33] "地には闘争を"[686](2014/03/29 14:14)
[34] "火曜日は日曜日に始まる。"[686](2014/04/07 18:56)
[35] "TOTAL OCCULTATION"[686](2014/04/10 20:39)
[36] "人間の手いま届け"(前)[686](2014/04/26 21:58)
[37] "人間の手いま届け"(後)[686](2014/04/26 21:57)
[38] "きぼうの速さはどれくらい"[686](2014/05/01 15:34)
[39] "宇宙戦争1998" 【改題しました】[686](2014/05/10 17:05)
[40] "盗まれた勝利" 【横浜編完】[686](2014/05/10 18:24)
[41] 【真愛編】「衝撃、または絶望」[686](2014/05/15 20:54)
[42] 【真愛編】「ふたりの出会いに、意味があるのなら――」[686](2014/05/22 18:37)
[43] 【真愛編】「変わらないあしたなら、もういらない!」[686](2014/06/03 11:18)
[44] 【真愛編】「千の覚悟、人の愛」[686](2014/06/07 18:55)
[45] 【真愛編】「ふたりのものがたり、これからはじまる」[686](2014/09/06 18:53)
[46] 【真愛編】「終わらない、Why」[686](2018/10/19 03:11)
[47] 【真愛編】「最終兵器到来」(前)[686](2019/01/13 20:26)
[48] 【真愛編】「最終兵器到来」(中)[686](2019/01/13 20:44)
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[38496] "前線のランデヴー"
Name: 686◆6617569d ID:8ec053ad 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/10/27 21:49
"前線のランデヴー"



「黒田! 後ろ!」



 一目見ればもう間に合わないことは分かっていたが、それでも第2313独立機動小隊の水原小隊員は叫ばずにいられなかった。
 目の前に蹲る"鼻付き"の頭へ、とどめとばかりに拳を叩き込んだ同小隊の黒田は、背後に忍び寄る影――新手の"鼻付き"に気づかなかったらしい。水原の注意を受けて振り返ろうとした時には、既に黒田の首は"鼻付き"の象の如き鼻によってもぎ取られ、胴体から離れていた。
 宙に鮮血のアーチが架かる。水原はそれを見ながら躊躇することなく、同じ小隊の仲間であり同級生でもある黒田ごと、その影を撃ち抜いた。何の感慨もない訳ではなかったが、次は我が身となるこの戦場では、その死を弔ってやることは出来ない。

 最初の突撃から数えて、30分以上戦い通している第2313独立機動小隊は、苦戦を強いられていた。初めに交戦した小型幻獣(本職の自衛官は、"兵士級"と呼んでいた)は、一番の雑魚であったらしい。「新型幻獣は飛び道具をもたない雑魚」と当初は考えていた小隊員達も、中型幻獣や"鼻付き"、"赤蜘蛛"を撃退する度に、「白兵戦闘では無類の強さを発揮する厄介者」と認識を改めざるを得なかった。
 蠍を模した中型幻獣キメラに似た新型幻獣や、トリケラトプスの頭だけが走っているような新型幻獣は、40mm高射機関砲を運用する第2分隊の活躍もあり、そこまで恐れる必要もなかった。路上を駆け回り避難誘導を行い、小型幻獣を狩る第3・第4分隊にとって一番の脅威であったのは、"鼻付き"でありその敏捷性と怪力は、第6世代クローンを苦しめるのに足る性能であった。
 既に"鼻付き"の馬鹿太い鼻によって、第3分隊でも2名の犠牲者が出ている。だがその死を悲しんでいる暇はなく、彼らは押し寄せる群れをただの肉塊に換え続けなくてはならない。

『水原、1時方向』

 分隊長の言葉にそちらを見やれば、倒壊した建物と中型幻獣の骸の合間から、"赤蜘蛛"が湧き出すのが見えた。彼我の距離は200mあるかないか。"赤蜘蛛"の走力はかなりのもので、体感だが時速約100km前後は出るようだ。こんな距離などすぐに詰められてしまう。
 水原は舌打ちすると、自身の突撃銃を腰溜めに構えて阻止弾幕を張った。原種の人間では耐えられない反動を無理やり抑え込み、12,7mm弾が"赤蜘蛛"を全滅させることを祈る。
 だが。

(ジャムった! ……いや、弾切れか!)

 無傷の"赤蜘蛛"を2匹残して、突撃銃は火を噴くのを止めてしまった。
 水原の感覚的には弾詰まりではなく、単に弾切れである。今回の戦闘では敵の応射もなく、一方的に撃ち放題であったから弾薬の消費量が普段より激しい。既に換えの弾倉はなく、頼りの相棒はただの鉄棒と化したのだった。
 水原に、迷う暇などなかった。
 彼は突撃銃を投げ捨てると、左腰に吊った帯剣――超硬度カトラスの柄に手をやり、覚悟を決めた。火器を失っても刀剣が、剣折れても四肢がある。近接戦闘を得意とするのは、目の前の化物だけでなく、人間の姿をした怪物たる第6世代クローンも同じだ。

 自身目掛け突進する"赤蜘蛛"を冷静に見つめる水原は、そのまま突っ立っていればその体当たりを喰らった上で、転倒したところを前腕を以て解体され、巨大な口へと放り込まれていただろう。
 だが"赤蜘蛛"に触れるか触れないかの瞬間、水原は右へ跳んでいた。遅れて"赤蜘蛛"が左に傾き、かく座する。その左脚の数本には、鋭い斬撃が加えられた痕。第6世代クローンの剛力によって、抜刀からの一撃、返し刃、と振るわれた不可視の斬撃が"赤蜘蛛"の脚を断ち斬ったのである。

 戦闘の"赤蜘蛛"を行動不能にせしめた水原に、間髪入れず襲い掛かった2体目の"赤蜘蛛"の方は僅か数秒で粉砕された。水原の頭を掴もうと伸ばした腕は、廻し蹴りで千切れ飛び、胸部下でがちりがちりと音を立てていた歯は前蹴りで瞬く間に粉砕され、下顎は蹴り飛ばされて本体より分離した。
 1対1の状況ならば、超硬度カトラスを使うよりも蹴り殺した方が早い。水原の容赦ない蹴りによって、"赤蜘蛛"は全身のパーツを四散させて行動を停止した。

『お見事!』

 視界の端で水原と"赤蜘蛛"の格闘戦を捉えていた仲間が、ささやかな勝利に声を上げた。水原はどうも、と片手を挙げながら、左脚に痛手を負い行動不能となった一匹目の"赤蜘蛛"にとどめの蹴りを入れ、崩落しかけている雑居ビルへ叩き込んだ。

「こいつら本当に幻獣か?」

 水原はやってられない、とばかりに叫びながら今度は正面、瓦礫を乗り越えて現れた兵士級の群れに突進する。対する白い小型幻獣達は、向かってくる人間を喰らおうと腕を伸ばし、その口へ運ぼうとするがその意図は全く叶わない。先頭の兵士級の腕は瞬く間に斬り払われ、更に胴体を蹴り飛ばされて後続を巻き込んで転倒した。

(こいつらは消えもしないし、撤退の素振りも見せない……何しろ口がある。どうなっている?)

 水原だけでなく、この新型幻獣群と相対した小隊員の誰もが思っていることであった。火砲で、火器で、刀剣で、拳で、とにかく武器で殺せば、彼らは霞のように消え死骸は残らない。彼らが"幻獣"と呼ばれる所以である。ところが目の前の連中はどうだ?
 また幻獣は、理性なきただの怪物ではない。
 人類軍に比肩する戦略眼と戦術を持ち合わせ、全長数十kmにも及ぶ大型幻獣の投入、火砲による間接射撃や対地航空支援をこなす中型幻獣の運用、万単位での浸透作戦・兵站破壊を任務とする小型幻獣の統率。彼らは歴とした現代軍であり、今回の戦闘のように中型幻獣と小型幻獣を考えなしで混在させ、前線に押し出すような馬鹿な真似はしない。そして彼我の火力差によって被害が続出し、組織的戦闘が困難になると悟れば、撤退するのが常であった。
 そして幻獣には、感情がある。彼らがよくやる汚い戦術には、わざと捕虜に残虐な罰を加え、それを擲ち見せしめにすることで、陣地に立て篭もる歩兵を釣り出そうとするものがあり、少なくとも人間の感情を理解する知性があることは確かだ。それに自衛軍の火力が優勢なところへ、飛び道具も持たずに玉砕覚悟で突っ込んでくる幻獣などいない。そもそも(ヒトウバン等を除いて)口を持っていること自体が、幻獣としてはイレギュラーなのだ。もし幻獣達に口があれば、人類と幻獣間でとっくの昔に和平条約が結ばれているだろう。……勿論、人類側の譲歩に次ぐ譲歩によって。それはともかく彼ら幻獣は本来、こんな自殺的攻撃を仕掛けてはこない。



「ちっ、こっちも弾切れが近いか」

 水原にお見事、と声を掛けた小隊員も射撃の手を止めて、最後の弾倉交換。既に自身が銃殺した敵の数は、百では収まりがつかない。彼の経験上では、敵も撤退を考える頃合いである。だが目の前の連中は、先を往く同胞が殺されても殺されても、ただ無抵抗に突っ込んでくる。
 再装填を終えた突撃銃が火を噴き、白い幻獣の群れを文字通り薙ぎ倒す。自殺志願者の群れを捌いていく死神の気分。だがその死神も、到底捌ききれない数の自殺志願者どもが、彼の前に現れていた。
 ちくしょう、と小隊員は悪態をつく。弾薬が無くなったとしても、ウォードレスの稼動限界まではあと数時間はある。それまで白兵戦を挑めば、今まで殺した数の倍は打ち倒せるだろう。だがそれでもこの新型幻獣の群れを殺しつくせるかは、分からなかった。

『数の暴力か』

『98年を忘れたか? 八代会戦! 幻獣1400万対陸自50万! それよりはマシだろが』

『ハゲ! それでもたった28:1じゃねえか!』

 弾薬の欠乏が深刻な段階に達しようとしていた分隊は、第3分隊だけでなく、第123歩兵連隊の生き残りと共同して避難民を直接守る第1分隊、対中型幻獣戦を担当する第2分隊、同じく第3分隊と県道14号の線で機動防御する第4分隊もそうであった。
 新型幻獣の物量に任せた特攻戦術は、従来の対幻獣戦に慣れ、緒戦から大火力で敵を圧倒し、そのまま撤退に追い込む戦術をとってきた機動小隊に対しては衝撃的かつ効果的であり、この調子で戦闘が続けば彼ら小隊員は、全員で近接戦闘に参加する惨事となっていただろう。



 だが結論から言えば、そうはならなかった。対中型幻獣小隊の人型戦車の直掩を受けた第123普通科連隊第1中隊が、橋頭堡を確保。後続の第2・3中隊が県道14号の防衛線に合流したのである。

『引継ぎの時間だッ! てめえら無駄撃ちすんなよ!』

『トマホーク(※小型幻獣の投擲武器)なし! トマホークなし!』

『ひゃっはあああああ! 敵だあああああ!』

 遥か南で検問に引っかかり、動けないまま冷たい雨に打たれて醸成された鬱憤が爆発し、新型幻獣の屍山血河が出来上がる。新型幻獣達は飛び交う鉛弾の雨に負けじと、新しく現れた資源の山に向かうも、すぐさま機能停止へと追い込まれていく。
 対中型幻獣火器も、弾を惜しむことなく猛威を振るった。40mm機関砲弾と40mm擲弾が雨霰と小型幻獣の群れ、中型幻獣を問わずに降り注ぎ、平等に肉片へと換えてしまう。
 新型幻獣への憎悪の感情は、独立機動小隊第1分隊からの無線による報告や、それを盗み聞きしていた隊員と何も知らない隊員同士の噂話によって育まれていた。



 新型幻獣は無防備な民間人を貪り殺しているらしい――いや柔らかい女子供ばかりを喰らい、男は皆殺しにしているようだ――やはりゴブリンのように、捕虜を八つ裂きにしてオブジェにでもするんじゃないか――わざと四肢をもぎとって、そのまま殺さないって話もあるぜ――。



  既に新型幻獣は、学兵達の怒りを集める存在となっていた。
 元々彼ら学兵は青春を享受すべき、享受する権利の或る中高校生。義憤にも駆られやすくそれこそ理屈抜きで、避難民を残虐な方法で殺す侵略者を、そして自身の平穏な生活と青春の日々を奪い去った相手を、許すつもりは毛頭ない。
 正規軍を恨み、敵を憎み、銃後の為だけに戦う。それが学兵の存在意義だと云っても、過言ではない。







―――――――






 超大型台風は、本土防衛軍将兵の噴気にあてられたかのように、急激にその勢力を弱めながら、九州を通過していく。1時間前まで激しかった豪雨も今や小雨となり、激しい突風も生易しいそよ風におちこんだ。まるで事態が好転していることの証拠のように、帝国陸軍第123歩兵連隊第3中隊の生き残り達には思えた。実際、この自然災害さえ収まってしまえば、荒天によって中止を余儀なくされていた艦砲射撃や、NOE飛行で戦域に突入出来る攻撃ヘリの運用が再開されるであろう。ぐっとBETAの駆逐は進むはずだ。
 生き残りの表情は、僅かに明るさを取り戻している。
 彼ら帝国陸軍第123歩兵連隊第3中隊は、第2313独立機動小隊の増援を受けて、避難民の誘導、駅周辺の安全確保、防衛線の確立に奔走。そしてその1時間後には、陸上自衛軍第123普通科連隊を名乗る部隊と合流し、機械化歩兵装甲をもたない彼らは、普通科連隊本部と第3中隊本部が急遽おかれた八代駅前まで後退した。



「一本もらえるか」

「すまんね、うちは煙草の支給がないんだわ。未成年ばっかで」

「そうか」

 煙草をせがんだのは帝国陸軍第123歩兵連隊第3中隊の陸軍軍曹で、それを断ったのは第2313独立機動小隊第1分隊の分隊長。両者ともに前線で兵士を纏め、何遍も死線を越えた経験をもつ典型的な下士官である。陸軍軍曹の方は鉄帽を外し、89式小銃を置いて胡坐を掻き、分隊長の方もその長大な突撃銃を下ろして、屯する避難民の方をぼんやりと眺めている。
 駅前の光景は、見ているこちらが惨めになる思いであった。
 八代駅駅舎や防衛線の内側に存在する施設に収容出来た人数はごく僅かであり、その他の民間人は屋根のない路上に待機してもらう他ない。雨に打たれずぶ濡れとなった身体は、冷えと何よりも幻獣(BETA)への恐怖で震えている。彼らの中には、知人や友人、家族を、目の前で幻獣(BETA)によって失った者もいるだろう。時折、親族のそれだろうか、名前を呼ぶ声がふたりの耳にも届く。

「給養がしょぼくてさ。週給7500円(※十翼長の週給額)」

「……そりゃ大変だな」

「貧乏な懐事情とは関係ないけどね、申し訳ないけど避難民の食事もすぐには賄えないよ。とるものもとりあえず駆けつけたから。うちの普通科連隊が絶食したとしても、500食分用意出来るか出来ないかってとこ」

「地方の人(※民間人)はメシどころじゃないさ。それと通信科からの零れ話だが、やはり鹿児島本線は運休したままだ。避難民の移送に鉄道は使えない」

「棄民ってやつか」

「いや路線状況を確かめんことには動かせない、だそうだ。……物は言いようだ。レールの保守点検なんざ、全力でやりゃすぐ済むのによ」

「じゃあ車輌でえっちらおっちら運ぶしかないね」

「……そうなると問題になるのが、重傷者だ」

 命からがらBETAの毒牙から逃れてきた人々の中には、腕や脚を兵士級や闘士級に奪われ、あるいは重度の火傷を負った重傷者がいる。彼らは第123普通科連隊到着後、すぐに簡易の野戦病院に収容されたが、容態は思わしくなかった。

 すまん、と分隊長が呟いた。結局のところ第123普通科連隊は、敵を避難民から引き剥がす盾の役割を果たしているだけで、直接彼らに救いの手を差し伸べられている訳ではなかった。八代市街といえば先の八代会戦直前に、疎開が加速的に進んだはずの土地であり、避難民の人数を完全に読み間違えていた。糧食も天幕の数も、全く足りない。普通科連隊は当然、医療スタッフ(衛生兵・軍医)を引き連れており、重傷者の治療くらいは何とかなるのではないか、と一時は思われたが、それも全く駄目であった。
 普通科連隊の医療スタッフが所持している医療用器具・治療薬は、学兵部隊の根幹を為す第6世代クローンと自衛官(おとな)の世代である第4世代クローン用に特化した代物であり、不可思議なことに第4・6世代クローンでない避難民達には、到底使用出来なかったのだ。……医療スタッフは結局、最低限の止血や消毒といった、極めて原始的な治療しか行えずにいた。
 だが陸軍軍曹の方は手を振って、微笑んでみせた。

「いや、あんたらが謝ることじゃあない」

 確かにこの陸上自衛軍を名乗る連中は、少々理解出来ないところがある。恐らく軍令によって編成された後方支援軍組織なのだろうが、それ故か対BETA戦に不慣れであったりするところが目立った。……だが彼らが駆けつけなければ、今頃重傷者も避難民も陸軍将兵も皆、連中の胃袋の中であったろう。
 色々と腑に落ちないこともあるが、現在はとにかくこの奇妙な戦友と情報を交換し、生き延びる可能性を少しでも上げることが先決だ。

「そうだ、5,56mmNATO弾は余ってないか? 89式小銃(こいつ)の弾が心許ないんでね」

「後方部隊が持っている97式突撃銃(やつ)か。だいじょうぶだ、すぐ用意出来るよ」

 前線の下士官は横の連携を強めなければ、情報収集も弾薬・食料の融通もままならない。兵もそうだ。故に一度でも共同戦線を張った陸自部隊と陸軍部隊の関係は、少なくとも下士官・兵のレベルでは良好なものになっていた。



 下士官が弾薬共有や情報交換に勤しんでいる頃、第123普通科連隊本部では両軍士官が避難民を如何に後送するかで頭を悩ませていた。
 連隊長は勿論、中隊長クラスが軒並み行方不明となり、第1・第2中隊がほぼ(文字通りの意味で)全滅した帝国陸軍第123歩兵連隊の最先任は、第3中隊で中隊長の副官を務めていた北上静陸軍中尉。
 一方で第123普通科連隊側から話し合いに臨んだのは、補給担当幕僚(第4科)と情報担当幕僚(第2科)である2名の千翼長(中尉・大尉に相当)である。

「帝国陸軍第46師団(そちら)の本部はなんと?」

「鹿児島本線の運行を認める訳にはいかない、とのことです」

「そうですか」

 前述の通り、第123普通科連隊本部はとんだ思い違いをしていた。
 97年の朝鮮半島失陥(仁川防衛戦)と98年の幻獣九州上陸以降、九州全県で民間人の疎開は進んでいたし、九州地方を脱出出来なかった各県民は熊本市内に収容されていた。まさか復興途上であるはずの八代市街に、万単位の市民が残留しているとは考えていなかったのである。本部幕僚の想定では、保護すべき避難民は約300人前後といったところで、これならば仮に鉄道が不通であっても、手持ちの車輌を往復させれば輸送可能な人数だ。ところが、駅周辺に集まった民間人の数は、その30倍はくだらないように思える……。

「現在我が第106師団本部は、混乱の中で熊本県内の交通機関を掌握出来ていません」

「我々の避難民の規模想定に、致命的な誤りがあったようです。車輌による移送が可能であると考えていたのですが……。とんだ間違いでした」

 申し訳ありません、と頭を下げたふたりの千翼長を前にして、北上中尉は「いえ、市民の安全と財産を守るのは、我が本土防衛軍の大任。本来ならばこちらが謝るべきです」と尤もらしいことを言ってみせたが、内心、(この陸上自衛軍という組織、どこか抜けている)と呆れると同時に、警戒心も抱いていた。

(八代市は熊本県内でも有数の人口密集地だ。しかも折から疎開が進んでいない状況で、更に北部九州の避難民が流入していた。到底車輌での輸送なぞ適わないに、決まっているではないか!)

 そもそもまず北上中尉は、陸上自衛軍という組織を知らない。
 最初は自衛軍という名称から、BETAの九州上陸を受け、退役した在郷軍人を集め急遽編成した、銃後を守る組織であろうと彼女は考えた。だがしかし彼らの装備は正規軍たる本土防衛軍に劣らず、また帝国陸軍が採用していない機械化歩兵装甲をも運用している。そして聞いたこともない階級が、彼らの中で罷り通っている。銃後の守り、後方支援が任務とはいえ、本土防衛軍将兵と共同して物事にあたることがあろう、そうした時に階級が一致していなければ、命令系統に齟齬が発生すると、上層部は考えなかったのだろうか?

 陸上自衛軍側は北上中尉が何を考えているかなど、思いもよらない。
 話題を切り換えたのは、情報収集と分析を担当する幕僚であった。

「では鉄道輸送が出来ず、車輌による輸送も適わないとなれば、もはや敵を撃滅するしか道はないですね」

「個人としては、異論ありません。ですが……千翼長、本土防衛軍――第46師団本部は、球磨川以北の八代市街は放棄する旨を知らせてきています。増援は期待出来ないかと」

「学兵部隊(われわれ)と正規軍(あなたがた)の間では、原則的に指揮権はそちらが優越します。ですがそれはあくまでも、正規軍たる熊本鎮台の判断。第106師団司令部は、第5戦車連隊及び数個歩兵連隊を4時間以内に八代入りさせます」

「そうですか」

(……この陸上自衛軍なる組織、話もろくに通じん。勿論、彼らの増援がなければ、我々は全員奴らの腹の中だろうが)

 千翼長の発言を北上中尉流に解釈すれば、「本土防衛軍の命令に、陸上自衛軍は従わない」というところである。本土防衛軍統合作戦本部の決定は、即ち征夷大将軍・皇帝陛下のご意思であり、これに叛逆することは本来許されることではない。
 だがなんにせよ第123普通科連隊本部が、第106師団司令部と独自のパイプを有し、第106師団が八代市民の救出に動いてくれるのであれば、これに優ることはない。現場の判断による戦闘行動は戦後に弾劾されるであろうが、一度見捨てられかけた身だ、もはや帝国臣民をひとりでも多く南へ逃すことが出来れば、悔いはなかった。



「少々宜しいでしょうか」

「なんでしょう」

 北上中尉は、陸上自衛軍の両士官に話しかけられ、思考の海から意識を引き揚げた。第2科の小磯千翼長、第4科の大山千翼長、といっただろうか、やはり特異な階級名である。二人はあまりにも若いし仕事が出来る人種には見えないが、連隊本部付の士官のことだ、それなりに頭は切れるのであろう。
 口を開いたのは、情報収集と分析を担当する第2科の士官、小磯だった。

「帝国陸軍、帝国陸海軍とはなんでしょう」

「何を……謂わずと知れた、我が日本帝国の正規軍。現代まで帝国領と帝国臣民を守護してきた――」

「やはり、どうやら我々、認識が根本から間違っていたようです」

「は?」

「我々日本国自衛軍は、壊滅的被害を蒙った大日本帝国陸軍に換わり発足した、極東における人類軍の中核として対幻獣戦争に臨む軍事組織です」

「……ま、待って下さい。陸上自衛軍とは、軍令によっておかれた陸海軍協同の大陸派遣軍、本土防衛軍のような軍組織ではないのですか! いまの話では……所属する国体自体が異なるように聞こえました」

 今更ながら北上中尉は混乱した。
 彼女は"日本国陸上自衛軍"を、軍令によって編成された"本土防衛軍"に並ぶ軍組織のひとつであると考えていたのである。だがまるで小磯千翼長の話を聞く限りでは、異なる国体の軍事組織のようにしか聞こえなかった。

 北上中尉が真剣に思考を巡らし疑問点をまとめる一方で、陸上自衛軍の両幕僚は何となくそういう予感を捉えていたこともあって、くだらないことしか考えていなかった。



(うわあああマジかよ!)

("戦国自衛軍"じゃねえんだぞ!)

(これパラレルワールドか? 週刊マガデーの打ち切り漫画みたいだ)

(道理で検問に引っかかる訳だ!)



 ふたりは別に頭が切れる訳でもなんでもなく、第2科・4科に務めるただの17歳の学兵である。勿論仕事に対する熱意、判断・事務能力は本職の自衛官にも負けないが、思考は男子高校生に限りなく近い。彼らは顔にこそ出さないものの、細かいところの疑問点も払拭され、内心では酷く興奮していた。

「お、お答えいただきたい」

 顔色を変えずに押し黙ったままの両千翼長を前に、北上中尉は自分が何かまずいことでも言ってしまったかと考えた。結論から言えば、何もまずいことは言っていない。
 ただ両千翼長は……否、両男子高校生は(ってことはこの人、マジもんの帝国軍人かよ)とか(厳しそうな人だなって思ったけど、案外慌てる姿はかわいいな)とか、そんなことを考えていたのだ。

 士官レベルの相互理解は、あと暫くかかりそうであった。







―――――――
以下私見。








 第6世代クローンが装備している外世界の珪素生命体、多目的結晶体の存在をBETAの上位存在が関知するには、時間が掛かりそうです。私はBETAの指揮系統・連絡手段については詳しくないのですが、第6世代クローンを捕食し、多目的結晶体を体内に収めたBETAがハイヴ反応炉に接触し、上位存在へその結晶体の存在が伝わる……という形をイメージしています。少なくとも九州に上陸したBETAが大陸のハイヴに撤退するか、横浜にハイヴを構築するまでは、結晶体の存在が上位存在に伝わることはないのではないか、と考えています。多目的結晶体には意思があり、ESPによって意思疎通が可能であることが明らかになっていますが、確か同調能力が高いののみタイプですら、「敵ではない、味方である」ことくらいしか分からないという設定があった……気がします。上位存在が見做す生命体の条件が未だはっきりしていない以上(私が知らないだけかもしれませんが)、対話が出来ないことから多目的結晶体を生命体と見做さない、あるいは気づかない可能性もあるのではないでしょうか。

 この作品のタイトルは、北海道稚内に上陸を果たし南侵するソ連軍に、在日米軍の援護なしで立ち向かう自衛隊の奮戦を描いた、小林源文先生の「バトルオーバー北海道」からとりました。また各話タイトルは感想掲示板でお話が出た通り、SF小説のタイトルからつけています。"BETAの日"はモンスターパニックのはしり、殆どの人類がめくら(※原文まま)となった世界で、自走する食人植物トリフィドの恐怖を描いた「トリフィドの日」からとったのですが、最近は全く違う邦題がついているようです。

 NEPについては、「この世界に本来存在しない異物を、別世界へ放逐する道具」、そういう認識が一般的です。しかし第6世界の宇宙戦争(最低接触戦争)で異星人に対してNEPが乱用されたことも、Aの魔法陣掲示板で示唆されています。……どういうことなんですかね。


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