"ヤツシロの優しい巨人"
かつて熊本市内で神話が復活したように、またここでも伝説の再現が行われようとしていた。崩れ落ち廃墟となった八代市役所庁舎に、そのおとぎ話の旗手が仁王立ちし、超硬度大太刀とジャイアントアサルトを振り回している。
対空防御を担当している新型光砲科幻獣を求め、随伴歩兵を置き去りにして斬り込んだはいいが、敵の数が予想以上に多く、進むどころか退くことも出来ない状況に第2301独立対中型幻獣小隊は陥っていた。
だが3機、たった3機の人型戦車は危なげなく敵を屠り続けている。
――JRSVGTWJFS(右跳右斬回避転換前跳刺突)。
1番機は要撃級の横殴りを右に跳躍し避け、着地点にわだかまる小型種をまるで雑草でも斬り払うかのように、右手の大太刀で一掃する。そのあまりにも大雑把かつ、大威力の斬撃から何とか逃れた戦車級が喰らいつこうと飛びかかるが、1番機はこれを半身になって避けつつ方向転換。今度は前方に跳躍し、要撃級の上に圧し掛かると、大太刀をその無防備な背中に突きたてた。
――GAGWGPWJBB(射撃摺足殴打後跳)。
要撃級を大太刀で貫いた1番機が一瞬硬直し、隙が生まれる。
その隙を埋めるべく2番機は援護射撃に動いた。519番式ジャイアントアサルトの銃身が回転し、20mm機関砲弾が吐き出され、1番機に集ろうとする要撃級の下腹を貫く。撃ち終わるや否や、脇から飛び出してきた戦車級を銃身で殴りつけ、小型種との距離を置く為に一旦後ろに跳んだ。
コマンドの先行入力と所謂コンボによる行動実行時間の短縮化は、人工物たる人型戦車に生身の侍と同等の動きをさせている。その働きぶりは、"士魂号"の名に決して恥じない。
『ヘルキャット01よりヘルキャット03、援護求む』
『ヘルキャット03、受諾』
3番機は跳躍と疾走を繰り返し、射点を確保するとその両手に保持した92mmライフル砲で、1番機を取り囲む要撃級を捕捉する。発砲。瞬く間に尾の如き感覚器が吹き飛び、地表へ血肉の雨を降らせた。
感覚器が頭上で弾ける中で、1番機は瞬く間に周囲の要撃級を蹴り飛ばし、叩き潰し、斬り捨てていく。感覚器を破壊されたこともあってか、要撃級の前腕は空を掴むばかりで、回避と攻撃を一体化させた鋼鉄の侍を捉えるには至らない。それどころか接近した瞬間、頭を蹴りで潰されるか、胴を叩き斬られるのか、多くの要撃級が迎える末路である。
飛び掛かる戦車級を空中で蹴り殺し、前腕を振り上げる要撃級を射殺せしめ、肉薄する突撃級を紙一重で回避しつつ、脚に斬撃を加える。突撃級の殻を盾として要撃級の前腕を防ぎ、斬り落とした要撃級の前腕を蹴り飛ばして、その先に固まっていた小型種の群れを押し潰す。
仮にこれを帝国陸軍の衛士が見ていれば、「機械とは思えない」と評したであろう。
そうとも、士魂号は機械ではない。
悔恨と憎悪に絡めとられた虜囚、太古の眠りより叩き起こされ、殺しを強要されし巨人族の末裔。
彼らの存在意義は、どこまでも殺しにある。
いや、そうではない、と1番機の足首にしがみついている猫神が呟く。
おまえは守るために戦うのだ。純粋なる殺しの存在が、どうしてここまで戦えようか。おまえがいま戦い続けていられる理由は、ただひとつだ。うらみつらみの声をあげながらも、あすをわらって生きたいと思うものどものを守ろうという意思があるからではないか。
彼らはその魔法の如き言葉に、肯定も否定もせず、沈黙したままである。苦悶と絶望の声もあげず、士魂号はただひたすらにもの言わぬBETAを殺していくだけだ。
2番機は新手の要撃級に20mm機関砲弾を浴びせ、瞬く間に蜂の巣となった姿を曝すそれを見ている余裕もなく、側面に迫る小型種の群れに鉛弾のお裾分けをくれてやった。だがGAGWAG(連射)のコマンドは、士魂号に硬直する時間を僅かにでも強いる。
その隙を、衝かれた。
死角より躍り出た要撃級の横殴りに振るわれた前腕の一撃が、2番機を見舞った。クリティカルヒット――脚一本どころか腰を捉えた要撃級の前腕は、士魂号の下半身全部をもっていく。
残った2番機の上半身が、虚空に浮くのを僚機である1番機は見るや否や、自身の五感に没投入された操縦者の意識を、強制的に戻した(士魂号の操縦方法は概ねふたつ、士魂号に意識を没投入し、操縦者は士魂号の補助装置となって士魂号自身に行動を任せるか、もう一方は意識を保ったまま手動によって、士魂号に命令を与えるかのどちらかである。前者が主流)。
意識を回復した1番機パイロット空見ひなた百翼長は、戦闘行動の主導権を士魂号から受け取ると同時に、かく座した2番機パイロットの名前を叫んだ。
「胆振っ! いま助ける!」
白い血液を撒き散らしながら地に叩きつけられた2番機は、既に機能を停止したらしく、指一本動かさない。下半身を失い屍となった士魂号に群がろうとする戦車級を、1番機は手早く駆逐し、その骸に寄り添う形で防戦を開始した。戦友であり同級生である同僚を守るには、2番機に敵を寄せ付けてはならない。
「馬鹿!」
ペリスコープから外の様子を覗いていた2番機パイロットの胆振勲十翼長は、無線通信が奇跡的に生きていることに気がついて怒鳴った。
「馬鹿、退けッ! ばか空見――おまえがやられるぞ!」
空見の腕ならば、例え単機で100の幻獣を相手にしても、幾らでも戦い続けることは可能であろう。だがそれは自由に機動が出来ることが前提条件であり、かく座した僚機を守る為に一点に留まって戦えば、数分ともたない。それを士魂号パイロットである胆振は、よく知っていた。故に叫んだ。腰骨が粉砕され背骨が断絶した死に体、再生も望めない士魂号と道連れになる必要はない。
だが1番機は決して退かなかった。要撃級の前腕を超硬度大太刀で受け止め、脚で頭部を蹴り潰すと方向転換しながらジャイアントアサルトを振り回し、戦車級の群れを一掃する。死角に迫る要撃級や突撃級は、3番機の放つ92mm砲弾が無力化していく。
『ヘルキャット03よりヘルキャット02へ意見具申。脱出を推奨』
『さっきから試しているが、脱出出来ない。俺はいいから、お前らは随伴歩兵が来るまで粘れよ!』
『胆振ぃ、心配ご無用! 悪いけど、撃墜数を稼がせてもらうよぉっ!』
なんのこれしき、と1番機パイロットである空見は強がってみせた。
左側面に迫った小型種の群れへ、弾倉に存在する残り僅かな20mm機関砲弾を全弾ぶち込んだ後、ただの鉄塊となったジャイアントアサルトを投擲し、正面に迫っていた戦車級の群れを押し潰す。そうして作った僅かな間に、空見機は倒れ伏す2番機の掌から武器をもぎ取った。
『ここからは、銀剣突撃章、月従軍章、そしてすぐに黄金剣突撃章を貰う予定の、空見ひなた百翼長が相手するぞ!』
外部スピーカーより吐き出される不退転の宣言と共に、1番機は死骸の山の上に立つ。2番機より得た超硬度大太刀を保持する左手を前に突き出し、半身となって右手の超硬度大太刀を上段に構える。装甲した二刀の巨人は、向かってくる敵を全て斬り殺すつもりでいる。
啖呵を切ってみせた空見機へと、周囲のBETAは引き寄せられる。その数は大型種だけでも100、200はくだらないであろう。
足首にしがみついていた猫神は、そろそろ頃合いか、と呟いて歌を編みはじめた。
「口より出づ。体より発す。我は我の身命を――」
だがその必要はなかったらしい。
猫神のリューンへの呼びかけは途中でやんだ。
空見機に縋るBETA群が、一気に弾けた。
36mm機関砲弾を弾き出す突撃砲の憤怒の唸りが、BETAを威圧し、駆逐していく。周囲の小型種は勿論、空気を圧して迫る大型種までもが、36mm機関砲弾のシャワーと、狙いすました120mm砲弾の一撃に斃れる。
空見機が正面の要撃級を斬り殺し、何事かと後ろを見やれば、そこには人型戦車とは異なる外見をもつ巨人たちが存在していた。腰からは翼を連想させる噴射装置を生やし、後背にも補助腕をつけたその巨人は、士魂号では到底出せない高速を以て、敵を撃破する。
空見機と士魂号3番機はガンカメラでその機体を捉えると、友軍としてIFFに登録した。3番機が92mmライフル砲の弾倉を交換しながら、その増援に会釈をする。7機の空翔る人型戦車――否、77式戦術歩行戦闘機撃震は、答礼する間も惜しみ、36mm機関砲弾を小型種の群れにご馳走していく。
『すまない、遅れた!』
『胆振機かく座! 繰り返す、胆振機かく座!』
『前方、新型幻獣……個体数測定不能!』
そして人型戦車に置いてけぼりを食らっていた随伴歩兵達も、ようやく行動を停止した2番機を取り囲むBETA群を射程に収める位置まで辿り着いた。人型戦車ですら進むも退くもままならない状況下、彼ら随伴歩兵もやっとの思いでここまでやって来たのである。ところが、かく座した2番機と彼らの間には、未だに数え切れない異形が屯していた。
『射線気をつけろ! ……あの新型には絶対当てるなよ!』
『よォし、撃てェえッ!』
だが次の瞬間には、道が拓けた。
まるで最初からそこにBETAなど存在しなかったかのように、突撃級も要撃級も戦車級も等しく消滅していた。
随伴歩兵2名により運用する、自走式120mm電磁投射砲による全力の火力投射。大火力主義の結晶であり、純粋な破壊力ならば熊本最強のそれが、前方のあらゆる障害を吹き飛ばしたのである。普通科連隊が運用する関係から、この電磁投射砲は携行弾数が少なく、また砲身強度に問題があり連射は出来ない。だが1発1発の破壊力だけは、この世界で後に試作される電磁投射砲に比較しても遜色ないもので、戦車砲ですら歯が立たない突撃級の正面装甲をも貫徹し、貫徹するどころか四散させてしまうそれは、小型種相手ならば擦過するだけで群れごと蒸発させる威力をもつ。
『質の悪い冗談だ』
人型戦車の危急に駆けつけた第59戦術機甲大隊第2中隊(ブラウンベア)の衛士達は、もうレールガンの大威力を前にしても驚きはしなかった。新型兵器の開発に成功したのだ、という形でもう脳内で処理が終わっている。あるいはもう正気が失われていたのかもしれない。何せ衛士達の目には、僚機の肩や担架にしがみつく動物達が映っているのだから。
『中隊長、機械化装甲歩兵より手旗信号! "ら・ゆ・う・ぐ・ん・な・り"――こちら友軍なり! こちら友軍なり、です!』
『B小隊は機械化装甲歩兵を援護! A小隊は新型戦術機の直掩に回れ!』
了解、と唱和した衛士達は愛機を駆り、要撃級の前腕と戦車級の体当たりを低空滑走で器用に避けながら、新型兵器を運用する友軍の援護を開始する。
『こらぁ! 獲物をとるなあ!』
両手共に超硬度大太刀を保持した1番機は、外部スピーカーから怒りの声をあげた。空見ひなたの中型幻獣単独撃破数は、現在61。黄金剣突撃勲章授与条件は、中型幻獣単独撃破数75、空見は自分で言っていた通りこの戦闘で75の壁を越えるつもりだったのである。ところが火砲をもつ友軍が現れたものだから、白兵戦に臨まんとした空見機にはてんで敵が回ってこなくなった。
不満そうな空見を、2番機に閉じ込められたままの胆振が注意する。
『馬鹿言ってんなよ! 命あっての物種だ!』
「……それはこっちの台詞なんだけど」
――JFSVJLSVFS。空見は呟きながら、手動で自身の士魂号を前に出した。前へ跳躍し、着地先の要撃級を叩き斬ると、今度は左へ跳び小型種の群れを蹂躙してみせる。そして後背に迫る要撃級にTWGFS――振り向きざまの斬撃を加えようとした時、戦術機の突撃砲が彼女の超硬度大太刀よりも早く、その要撃級を撃破していた。
「うわぁっ、横取りぃ?!」
空見がちぇと拗ねると同時に、突撃砲の主である戦術機は何も保持していない拳を突き出し、親指を立ててみせる。戦術機側とすれば、助けたつもりなのであろう。しょうがないなあ、と空見は笑って――次の瞬間には新しいコマンドを入れ、小型種の群れを蹴り飛ばしていた。
航空技術の発達したこの世界の対BETA主力兵器、戦術歩行戦闘機はその特殊性――敵中へ他兵科を置き去りに斬り込み撹乱・誘引する、独特の地形をもつ敵本拠たるハイヴに進入するといった任務――により、機械化装甲歩兵や主力戦車の援護を受けられる機会が少ない。
逆に日本国の存在する世界、第5世界においても、人型航空兵器"紅天"は存在するものの、敵の火網を掻い潜り高速で低空侵入を果たせる兵器――人型戦車の手の届かないところを叩ける兵器は存在しなかった。
装甲車輌と同等の火力を持ち、戦術機に追随出来る人型戦車と、敵地に斬り込み敵砲兵を叩くことが出来る戦術機。時空を超えて、ようやく互いを補完し合える存在に戦術歩行戦闘機は、そして人型戦車は出会うことが出来た、と言えよう。
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以下、設定改変点等
勲章授与条件の基準を、原作より変更しています。機甲科の学兵の場合は、「単独・あるいは共同での中型幻獣撃破数(共同の場合は0,5ないしそれ以下)」によって勲章が授与されることにします。原作のように小型幻獣も無条件でカウントしていると、戦車乗りは一発りゅう霞弾を撃つだけで撃墜数を荒稼ぎ出来ることになり、運さえ良ければ300撃破なんて簡単に出来てしまいます。……もちろんこの世界で軍部が勲章授与のハードルを上げなければ、黄金翼突撃勲章授与者(撃墜数150)はぽこじゃがぽこじゃが生まれることになりそうですが。絢爛舞踏章は単に撃墜300を数えるだけでなく、戦況に多大な影響を及ぼした人物に授与されるということにします。
人型戦車もOPにあった噴進装置さえあれば、戦術機に追随出来ます……出来るはずです! 人型戦車は、基本的にBETAとの相性はいいです。大型種の主力たる要撃級に体格では劣ります(士魂号は体高約9m)が、生体部品を多用したことで得られた人間の如き動作により生み出される、優れた回避性能と格闘能力は対BETA戦において非常に有利です。光線級との対決も後々描きます。