笑い事ではないのですが、我ながら爆笑しました。現在は修正しましたが、感想欄でもお話が出たとおり、米軍基地の所在を広島県岩国市としていました。正しくは山口県岩国市です! ご指摘ありがとうございます。それと某作品の復活もありそのSSを書きたい方の中に、"686"のHNを使いたいよ、という方がいらっしゃったら、感想掲示板まで。すぐに改名致します
"天使のハンマー"
新発見の彗星が、地球に激突するよりも遥かに低い、低い、まさに天文学的な数字の壁を乗り越えてか、あるいは必然の作用か。人類が対BETA戦に臨む平行世界へ、突如として放り込まれた日本国陸上自衛軍(生徒会連合九州軍)と、強襲上陸したBETAより国土を死守せんとする本土防衛軍(厳密には帝国陸軍西部方面軍)。
両者は、互いを求めていた。
既に九州軍総司令部では、自身らに起きた非常識的事態を呑み込んでいたし、本土防衛軍――九州地方を管区とする帝国陸軍西部方面軍司令部も、八代市街における一戦を通し、日本国陸上自衛軍の存在を認知した。
特に北部九州に着上陸したBETA群と相対し、そして中部九州に現れたBETAへの対応を迫られた西部方面軍にしてみれば、突如熊本県内に出現した謎の武装集団は、まさに天の助け。
指揮系統の不具合による共闘は誤算であったが、八代市街での戦闘経過を第58戦術機甲連隊及び、他師団隷下の部隊より聞き取る限り、陸上自衛軍なる組織は正規軍と同等の戦力を持ち合わせているらしい。正体なぞどうでもいいから、彼らを九州中部戦線に加えたいというのが本音であった。
ファーストコンタクトへの道は、八代市街における戦闘により、非常に平易なものとなっていたのである。
7月9日1430時。
九州軍総司令林凛子、第106師団長、陸自第106師団司令部の幕僚達と、極少数の護衛から成る日本国陸上自衛軍の代表は、帝国陸軍西部方面軍司令部が存在する北熊本駐屯地(熊本市北区)内にて、西部方面軍司令部の参謀と顔を合わせ、九州中部戦線に関係する話を進めていた。
会談が手早く実現したのには、事前に互いの存在を認識していたこともあるが、何よりも地理的に彼我の距離が近かったことが大きい。九州軍総司令部がおかれているのは、熊本市南区に存在する開陽高等学校内であり、熊本市北区の北熊本駐屯地とは、目と鼻の先の距離に等しかった。会談の申し入れは、前線部隊(帝国陸軍第123歩兵連隊や臨時戦闘団として共闘した部隊)を通して行い、北熊本駐屯地に軍用車輌で乗りつければ、それで林凛子以下陸自の人間は、西部方面軍司令部の人間に会うことが出来た。
「正直なところ、我々は九州北部戦線を支えるだけで精一杯」
西部方面軍司令部作戦部長は、現状を有りの侭に話した。
それはこの西部方面軍独力では、九州死守は到底不可能である、と宣言することと同義であり、これを本土防衛軍統合参謀本部や、中国・近畿地方の防衛を担任する中部方面軍司令部の人間が聞けば、「誉ある帝国軍人が何を言うか」と激怒したであろう。
だが無敵皇軍の矜持では、迫るBETAには抗しきれないのが現実であった。
九州地方に拠る帝国陸軍野戦師団は十数個存在するが、その師団の内容と錬度は均一ではない。来るべき時に備えて、装備の充実と定数充足が万全の師団もあらば、本土派遣軍として大陸で辛酸を舐め、錬度は高いが未だ再編途中の師団もある。そして朝鮮半島の陥落と鉄原ハイヴの建設を契機に、有り合わせの装備を以て、新編されたばかりの師団もある――。
第106師団長には、作戦部参謀達の心中を察した。前線部隊というのは辛いもので、政治に振り回され、大抵は万全とは言えない状況で戦闘しなければならないものだ。彼は激励と、自身への戒めの言葉を口にした。
「いえ……化け物との戦争に、恥も外聞もないでしょう。ここで勝てなければ、更なる醜聞を晒すだけです。我々の二の舞にだけは、ならないで頂きたい」
第106師団長は元々予備役の老齢将官(おとな)であり、生徒会連合に出向している身であった。敗者の身に降り掛かる惨たらしさは、身にしみている。正規軍を失った日本国は学生を根こそぎ動員し、厳しい戦況を前に、九州軍は熊本県下の中学校卒業を一年繰り上げ、中学生をも戦線に投入した。元正規軍の人間として、一個の人間として、師団長は自身の非力さを嘆いたほどだ。
対する作戦部長は、小さく頷いた。
既に日本国陸上自衛軍や学兵動員、敵性勢力幻獣についての説明は受けている。別世界の存在など、どこまでも狂人の夢物語に思えたが、作戦部の人間にとって、真偽はどうでも良かった。彼らの語る陸上自衛軍のように、九州において大敗を喫し、学徒を出陣させる事態だけは回避しなければならない。
「お心遣い痛み入る。……貴軍には九州中部戦線、熊本県内のBETA群を撃滅して頂きたい」
「我が帝国陸軍の一個軍団が現在、八代郡内から宇城地区(宇土市・宇土郡・下益城郡の総称)にかけ、BETA2万と交戦中です。但し旗色が悪く、既に一部戦線では小型種が浸透、彼我で接近戦が展開されています」
作戦部長の言葉に続き、作戦部の参謀が、机上に広げた野戦図を陸自側の人間に示した。専門用語が書き連なる野戦図からは、3個師団が北上するBETA群を抑え込もうとするも、八代海海岸線側の守備を担当している、右翼(つまり西側)の一個師団が、逆に押し込められている状況が見て取れた。
それを見た陸自側の若い幕僚が、ずけずけと聞いた。
「右翼がこっ酷くやられているのに、何か理由があるのですか?」
「着上陸した敵BETA群の主力を相手取っているからです。水上艦の支援はなく、要塞級・光線級ともに未だ多数健在」
世界有数の大艦隊を擁する日本帝国のこと、海岸線沿いに北上するBETA群なぞ、本来ならば容易に吹き飛ばすところだが、まだ艦艇が活動出来るほど天候は回復しておらず、また荒天を無視して活動出来る大艦揃いの第一戦隊や第二戦隊は、残念ながら八代海にいない。
「ひとつお聞きしても? 敵性勢力の光砲(レーザー)の威力・精度・射程について教えて頂きたい。我が軍は未だ、この光線級とやらと未交戦でして」
「光線級は小さい個体でも距離にして約200km前後離れている移動目標を、命中率9割以上の精度で狙撃し、威力は主力戦車の正面装甲をも溶解させます。これは、地対地・地対空の両用レーザーです。重光線級と呼ばれる個体となると射程はほぼ無制限となり、主力戦艦の装甲さえ射貫します。詳しい情報は、後で纏めて差し上げます」
「それほどの威力となると、とても荒天や煙幕では減衰しなさそうですね……照準方法は? 幻獣軍光砲科は、"眼で見て"敵を捕捉・攻撃する為、煙幕が有効だったのですが(※実際は光砲科幻獣の生体光砲が、煙幕で無効化出来る理由は別にある)」
「光線級の照準方法は不明です。勿論、我々とて対策を怠ってきた訳ではない。それも後でお教えします」
参ったな、と陸自側の幕僚は顔をしかめた。
学兵部隊が誇る大火力は、直接照準の火器(戦車砲や機関砲等、砲弾が水平に飛ぶ火器)に支えられており、間接照準の装備(自走砲や迫撃砲等)は、帝国陸軍のそれと変わらない。幻獣を駆逐するように、この光線級と直接照準の火器で殴り合えば、間違いなく全滅するのは学兵側だということは明らかであった。
ちなみに日本国陸上自衛軍は、この帝国陸軍をはじめとする諸国軍が装備する、所謂AL弾のような、重金属雲によってレーザーを減衰させる装備は保有していない。技術的には熊本県下の高等学校でも開発・製造が出来たであろうが、前線では目晦ましの煙幕で事足りていたし、使用すれば重金属粉による汚染が問題となったろう。
「対光線級のノウハウについては、後でご教授願います。……話を元に。我が日本国陸上自衛軍は、九州中部戦線に派兵します」
光線級の能力に驚きを隠せない幕僚達の中、ひとり涼しい顔をしていた林凛子が話を元に戻した。
「現在の防衛線が破られれば、我々の本拠たる熊本市が危うくなる。それは日本国陸上自衛軍の継戦能力が失われることになりますから、我々としては絶対避けたいところ。中部戦線のBETAに対しては、我が陸上自衛軍第106師団、全力を以てあたりましょう」
両者の利害は一致していた。
帝国陸軍西部方面軍としては、これ以上BETAの闊歩を許してはおけないし、また中部九州のBETAを叩き潰すことが出来れば、戦力を北部九州に集中することが出来る。
また日本国陸上自衛軍としてはこのままBETAの北上を許せば、自然休戦期明けを見据え、備蓄と能力の強化を継続してきた、熊本市内の兵站を喪失することになる。特に熊本鉱業高等学校や開陽高等学校等を失えば、ウォードレスは勿論、武器弾薬の新規開発もままならなくなってしまう。
両者は何としても、北上するBETAを撃滅しなければならないのである。
「協力感謝する。……ところで現在、貴官の指揮下にある日本国陸上自衛軍の規模は――?」
「一個軍団・軍規模、と考えていただいて結構。この第106師団には、特殊な事情がありまして」
一個師団と言えば、戦時においても定数は2万程度であるが、陸自第106師団はその実、10万に達しようとしていた。これには壮絶なる九州戦の経過と、その後に控える自然休戦期における部隊再編の遅れに原因がある。
九州戦は全体を通してみれば、戦術的には人類の大敗と言えた。
1999年3月末、九州南部戦線瓦解(鹿児島・宮崎両県陥落)。4月上旬には福岡県が陥落し、福岡県を介した連携が取れなくなった北部九州戦線――佐賀・大分両県の人類軍は、優勢なる幻獣との決戦を避け、ゲリラ戦に徹する。そして幻獣軍に制海権を奪われ、補給がままならなくなった長崎県内の人類軍は、継戦能力を失っていた。
この過程で九州南部戦線や九州北部戦線で、組織的抵抗が不可能となった部隊が、小隊・中隊規模で続々と第106師団に合流した。気づけば第106師団は軍団規模に膨れ上がり、最後には熊本城攻防戦で幻獣軍に対して、一矢報いたのである。
この九州戦中に合流した部隊は、自然休戦期に入ってからも再編待ちとなり、熊本市内に駐屯していたところを、やはり第106師団と同じく転移に巻き込まれている。更に自然休戦期中には、駐留部隊の再編成も終わっていない段階で、国防委員会の指示によって増援部隊が続々と派遣され、既存の指揮系統――第106師団の下に入った。かくして第106師団は、師団の名に似合わぬ大兵力を擁する軍団と相成ったのである。
「我が陸上自衛軍は、既に1個戦車連隊と4個普通……4個歩兵連隊、2個砲兵連隊の動員を終え、一部は宇土市(熊本市の南に位置)に展開を終えております。これらの部隊はすぐにでも、帝国陸軍と共同戦線を構築可能です」
「貴官の協力に感謝する。では担当戦区は、如何しよう」
「我々は九州中部戦線における作戦行動に関しては、西部方面軍司令部の指揮に従います。その代わり派兵する際に、西部方面軍にお願いしたいことが幾つかあるのですが」
なにかね、と聞き返しながら、作戦部長は半ば安堵していた。恐らく、参戦に対する見返りの話であろう。正直言って作戦部長は、交換条件や取引の色を全く見せず、話を進めてきた林凛子九州軍総司令以下に、恐怖めいたものさえ感じていたのだ。彼らの話が真実ならば、陸上自衛軍は異世界の軍隊の為にタダで血を流すことになる。
だが、ここに来てやっと、リターンの話が出てきた。
結局のところ、林凛子は西部方面軍司令部で、幾らでも実現可能なことしか要求しなかった。
「まず我々陸上自衛軍は兵站が貧弱であり、武器弾薬は都合がつくのですが、戦闘糧食の方が間に合いません。九州中部戦線に参戦しているで構いません、幾らか糧食を融通して頂きたい。ふたつ目は帝国陸軍憲兵に、陸上自衛軍の存在の認知、これを徹底させること。そして最後は西部方面軍と九州軍総司令部間で、数人ずつ将兵を交換し、助言役をつくりたいのです。我々は対BETA戦に関しては殆ど無知ですし、失礼ですが貴軍は、我々学兵部隊の戦術をご存知ない。そこで互いの士官を交換し、それを助言役とすることで相互理解に努めよう、という提案です」
作戦部長は、頷いた。
最初の糧食の件に関しては、兵站部と相談になるが幾らでも都合がつくであろう。大量生産される合成食品は弾薬とは別で元々余裕がある、また死傷者の増加に伴い、いずれ余剰分が出る。これを幾らでも廻すことは可能だ。
帝国陸軍憲兵と学兵部隊のトラブルの回避、そして互いの司令部で士官を交換し、助言役を作る、というのは要求よりも、作戦行動を円滑に進める上で絶対必要となる提案である。これに反対する理由はない。
「戦闘糧食の件に関しては、兵站部と相談する必要があるが、恐らく融通出来る。また続く二件は全面的に賛成である」
戦闘糧食で一個軍団・軍が援兵となってくれるのならば、悪い取引ではなかろう。作戦部長が満足げに微笑んだ。他の幕僚達も、概ね明るい表情である。八代市街における戦闘での陸上自衛軍の活躍を聞き及んでいる者もいたし、例え正体が理解出来ずとも一個師団以上の戦力が、自身の指揮下に殆どタダ同然で転がり込んできたのだ。
「では仔細を――」
「作戦部長!」
作戦部長が話を詰めていこうとしたところで、会談に用いられている会議室に、ひとりの参謀が飛び込んできた。すぐに周囲の人間がたしなめようとするも、その尋常ならざる様相を前にして彼らは硬直してしまった。おそらく間違いない、戦況の急変を知らせに来たのであろう。陸自側の幕僚達も、何事かと浮き足だった。
件の参謀は作戦部長の耳に口を近づけ、小声で急報を知らせた。
尤も過度な興奮によって、声のボリュームを絞ることに失敗していたが。
「山口県下関市・長門市、島根県出雲市に、BETA群強襲上陸。いずれも規模は師団相当――!」
―――――――
中国地方、1500時。
主力戦車の正面装甲をも溶解させる何条もの破壊光線が、山陰本線を走る列車を貫き、乗客達を一瞬で昇天せしめた。この光の奔流の中で消滅することが出来た乗客達は幸いであり、生き延びて車輌から脱出した生存者達は、すぐに内陸へと侵攻する突撃級と戦車級の大群に蹂躙された。BETA群着上陸の警報が遅れた為に、山陰本線は運行を中止しておらず、海岸沿いを走る山陰本線の車輌は、人々を拘束し死へと誘う棺桶になったのである。
BETAが着上陸した市町村の人間は、誰もが驚愕した。「警報も流れていないではないか」「戦場は九州ではなかったのか」「帝国海軍は、連合艦隊はどうしたのだ」と。
彼らにしてみれば、BETA九州強襲上陸は対岸の火事であり、普段より帝国陸海軍将兵と懇意にしている者は、「帝都への玄関口たる中国地方には、皇軍も米軍も精兵揃い。心配することはない」という言葉を聞いていたし、それを信じて周囲に吹聴していた。すわ敵が現れれば、すぐさま連合艦隊が、呉の陸戦隊が、岩国の米海兵隊が叩きのめしてくれるはずであり、まさか自分達非戦闘員がBETAを目にすることはあるまい、とたかをくくっていたのである。
全山口・島根両県民にとって、この7月9日は試練の日となり、そしてその多くが試練を乗り越えられないまま、BETAの腹の中へ収まってしまった。
まさに電撃的といえるBETAの侵攻速度は、民間人の避難速度を大いに上回っており、市街地の通りという通りでは人怪一体の有様を呈している。
「ふざけんな! くそがっ」
避難民の間では、無慈悲な生存競争が始まっていた。
老若男女が後背に迫るBETAを振り切らんと駆ける中、長身の男がひとりの老人を突き飛ばす。後続の避難民は、悲鳴を上げながら前のめりに倒れこむ老人を見たが、手を貸すこともせずにその脇をすり抜けていく。
彼らは分かっていた。
落伍した老人を捕まえたBETAは、彼を処理している間は足を止める――つまり時間が稼げる。老人ひとりの犠牲によって、自分達は生き残る可能性が上がるのだ。逆に自身が立ち止まって、いちいち老人を助けていれば、間違いなくBETAからは逃げ切れない。
ごめんなさい、と謝りながらまた別の女性が、老婆を引き倒した。勿論、後ろめたい思いはある。だが、おばあさんはこれまで生きてきたのだし、老い先だって短い。恐らく事故がなければ、私よりも先に亡くなるだろう。ならばその短い命、皆の為に……と、彼女は老婆を倒す際に、心中でそんな理論をぶち上げていた。
老婆は何の抵抗もなく、地に伏した。
顎をしたたかに打ち、くぐもった悲鳴をあげる。と同時に、腕をぶん回して自分を引き倒し、そのまま走り去ろうとする女性の足首を絡めとった。
老婆を引き倒して走り去ろうとした女性は、予想外の出来事と老婆の腕力に驚いた。彼女は無言のまま、足に絡みつく老婆の腕を振り払おうとしたが、とてもかなわない。まるで老婆は、地獄から天国に通ずる蜘蛛の糸にしがみつくかのように、女性の足首を離さずにいる。
「ねえ、おばあさん! 離して! 離してよ!」
老婆を振りほどけなければ、女性は老婆と共に避難民の流れから落伍する。つまりBETAの手で無抵抗に殺され、時間稼ぎをする側になるのだ。半ば錯乱して老婆を怒鳴りつける女性は、すぐにやり方を変えた。このくそ婆ァ、と女性は怒鳴ると空いている側の足で、思い切り老婆の頭を踏みつけはじめる。だが老婆はその暴力の嵐にもめげず、女性の足にしがみついたままであった。
「ちくしょおおお! 婆ァ、離せえ! ……誰か! 誰かこの人を殺してえ! この婆あを! ――おい無視すんなよ!」
その脇を駆け抜ける避難民は、女性と老婆を道端の石のように無視した。
当たり前であろう、こんな狂人コンビに付き合っていれば間違いなく自分達も、"時間を稼ぐ側"になってしまうのが、目に見えていたからだ。
「くそがあああ」
絶叫しながら狂ったように老婆を踏み続ける女性、もはや女性の足首を捉えたまま絶命したかのように動かない老婆は、その後すぐ兵士級の群れに捕まり、避難民達に僅かな時間を与えた。
ともあれ逃げ惑う避難民達も、先は長くはなかった。
女性と老婆が兵士級に解体された頃、ようやく市街地大通りの一端に、鋼鉄の巨兵が姿を現した。スーパーホーネットだ、米軍機だ、と誰かが叫び、それが伝播して人々の快哉へと繋がる。
大海原に合わせた迷彩色、所謂ネイビーブルーのカラーリングが施されたF/A-18Eは、山陰地方の市民にも馴染み深い。極東における米国軍海兵隊の一大拠点が、山口県岩国市に存在する関係で、訓練や移動するF-18Eを、帝国陸海軍機以上によく見かけるのである。
この時ばかりは、戦術機や戦車といった正面装備を愛する軍国少年から、普段海兵隊機の騒音被害に悩まされていた市民らも、それは歓喜した。助かった、と思ったであろう。メディア露出も多く、その姿形が浸透している帝国陸海軍機F-4EJ撃震に較べれば、一見して華奢に見えるが、目の前で戦闘行動を取ろうとするF/A-18Eは、制動に確かに力強さがある。
きっとすぐさま、BETAどもを駆逐してくれるに違いない……。
彼らはそう考えたであろう。そう考えたまま、死んだ。
F/A-18Eスーパーホーネットは、主腕に保持した突撃砲をBETA群に向けると、小型種の群れを一掃するのに最適な120mmキャニスター弾を弾種選択し、何の躊躇いもなく発砲した。
空中で分散し、広範囲に広がった散弾は、横殴りの暴風雨の如く民間人をなぎ倒し、かつ貫通し、兵士級と闘士級の大群を一挙に屠る。
まだだ、撃て、と海兵戦術機甲部隊の指揮官が命じた。
120mmキャニスター弾が、市街あらゆるところで炸裂し、戦術機の存在に気づいた大型種の群れに対して、注意喚起の意味で36mm曳光焼夷弾が投射される。火焔を噴きながら要撃級に突き刺さった砲弾は、弾け飛び周囲の可燃物――主に逃げ遅れた人々の死体に、火をつけた。
市街地特有の視界の狭さと、赤く塗り潰されたレーダー画面の所為で、大型種の存在に気づいていなかった第2中隊が、曳光焼夷弾の閃光と火焔によってその位置を把握した。
彼らは足元など頓着せず、主脚移動で建築物と建築物の合間を縫うように移動し、彼我通じる射線を確保するや否や、36mm機関砲弾をばら撒いた。
次々と砕け散る大型種。
長距離砲撃戦に秀でる、米軍衛士の面目躍如である。だがやはり命中率は100パーセントという訳ではなく、敵を駆逐する過程でどうしても流れ弾が出る。目標を外れた36mm機関砲弾は、高層建築物の外壁を抉り、貫き、大量の瓦礫を地に降らせた。
『光線級の座標は?』
『こちらCP、ちゃんと掴めてるよ! サムライはそのエリアから前進しないでね、そこから出ると高層建築物群が切れて黒こげになるよ』
『もうデータリンクに反映されてら、ありがとさん!』
人類が運用するあらゆる兵器を無力化する光線級は、未だ揚陸しきれておらず、また建築物が立ち並ぶ市街地は、戦術機の機動を制限する反面、遮蔽物に恵まれた良い狩場にもなる。戦術機甲部隊各機は、ここで持てる弾薬を全てばら撒くつもりであった。
この戦闘に巻き込まれながらも、生きながらえた人間も一握りいた。
だが彼らは、もう身動きが取れなかった。
落雷の如き爆音と飛び交う各種砲弾、濛々と立ち上り周囲へ流れる黒煙、弾けるBETAの死骸、引き倒される電柱と千切れ飛ぶ電線、雨の如く降り注ぐ建築物の破片。避難民達は最早、路上の端で蹲り耳を手で押さえながら、じっとうずくまることしか出来ない。
ひとりの少年は、何が戦術機だ、何が軍隊だ、と胸中で呪詛を紡いでいた。彼は主脚移動する戦術機が、人を蹴り飛ばしては押し潰す場面を、はっきりと目撃していた。その時、彼は理解したのだ。戦術機というのは、軍隊というのは、敵を倒すために存在しているのであって、人の命を守るためにあるものではないのだ、ということを。
戦術機は市街にあって、破壊神として君臨していた。一方で少年はどうであろう、やめろと鋼鉄の巨神の前に飛び出ることも、勿論制止することも出来ない。無力――。
米軍衛士とて、民間人をBETAごとを撃ち殺していることに気づいている。
それでも平然と作戦行動を続けていられる理由は、黄色人種を蔑視しているからだとか、民間人は帝国臣民で自国民でないからだとか、そういうことではない。
撃つことを躊躇ってはならない。避難民がそこにいるからといって、撃つことを躊躇っても何の解決にもならない。撃とうと撃つまいと、避難民は死ぬ。撃たなければ避難民はBETAに食われて死ぬだろうし、そうした結果小型種の浸透を許せば、最早収拾がつかなくなる。多くの市民が死ぬ。
岩国の米国衛士の中には、在韓米軍の部隊に身をおき、朝鮮半島での戦闘に参加した者もいる。彼等は幾度となく、こうした市街戦を経験してきた。突撃砲によって、主脚によって、跳躍装置の噴射によって殺戮せしめた民間人の数は、百はくだらないであろう。彼等は幾度となく悲歎したが、後悔したことはなかった。
10人殺せば、100人が。
100人殺せば、1000人が助かる。
彼等はそう信じ、そこで思考を停止させて、戦い続けている。
民間人とBETAを纏めて扼殺する市街戦は、九州地方、中国地方のあらゆる場所で生起していた。そしてすぐに四国や近畿にも、戦禍は広がっていく。
―――――――
以下後書き。
書き方の問題で誤解をさせてしまったかもしれません、中国地方に激震走る、とはBETA上陸を指す、緑の章等が関係してくるということではないです。申し訳ありません。次回より九州中部戦線が舞台です。「一九九九年」で登場した、陸自第5戦車連隊が登場します。
1999年時点で召集され、九州へ投入された(重点は熊本)学兵は10万。その後、戦術的敗北が続き、熊本県内・熊本市内へ退却する部隊が続出し、熊本戦終盤には陸自第106師団は大兵力となっていた、という設定です。
九州軍が転移したことで、第5世界の九州は空白地帯となっていますが、転移が発生した日時は自然休戦期にあたり、幻獣は出現していません。自然休戦期が明けるまでに学兵部隊が戻らなければ、国防委員会はおそらく第7世代と年齢固定型クローンの大量就役で、急場をしのぐでしょう。
林凛子が糧食がやばいから支援してくれ、と発言しましたが、実際は自然休戦期に陸路・海路が復活している為、かなりの量の食糧と弾薬が備蓄出来ています。熊本市内に農業プラントを新規に建設し、食料生産をせずとも数ヶ月はもつ……ということにしておいて頂きたいです。
(BETA大戦世界では、高度な化学技術によって人工的に合成した食品が普及しており、燃料等は未だ生きている産油国から輸入していますが、一方で第5世界の食料・燃料事情はどうなっているのでしょうか。これは私見ですが、第5世界の基幹技術はバイオテクノロジーですから、食料問題は、徹底的に改良されて促成栽培が可能になった農作物を、工場において大量生産することで解決し、また燃料は、炭化水素を生成する藻類を用いて生産していると思われます。燃料に関しては、もはや産油国は、アメリカを除いて全滅していますし、自然休戦期の短い期間で海外より賄うことは、まず不可能だと考えます)