感想掲示板でご指摘頂いた通り、私の方で地名・行政区分について検証が不足しており、誤った舞台設定を採用していました。90年代には宇城市は存在しない為、過去に投稿した話("一九九九年"等)で宇城市と記述していた箇所は、宇城地区や宇土市に修正・変更致しました。またアドバイスして頂いた通り、今回投稿した"タンク・ガール"においても、第5戦車連隊は"宇城市入り"ではなく"下益城郡入り"、と修正させて頂きました。
"タンク・ガール"
7月9日1545時。
1100時に熊本市を出発した陸自第5戦車連隊は、1530時、ようやく下益城郡入りを果たした(位置関係は、北より熊本市――宇土市――下益城郡――(八代郡)――八代市)。
こうも時間が掛かった理由には、民間人の避難経路が把握出来ておらず、行軍に使える道路を見つけることに苦労したのと、やはり帝国陸軍憲兵なる者の制止を受けて、暫く足止めを喰わされたからだ。
現在は各中隊・大隊に分かれ、郡内の小中学校や近隣市町村の運動公園等にて大休止。前線は既に八代市との境にまで迫っている関係から、ここで中隊・大隊単位で各車長を集めた最後のブリーフィングが行われることになった。
公立中学校のグラウンドに乗り入れた、陸自第5戦車連隊第1大隊第3中隊も、各車輌から戦車長達が集められ、第3中隊の中隊長から作戦行動の計画を伝えられることになっていた。
その中には当然、車内にPTSDの症状をもつ装填手、桐嶋を抱える戦車長、鐘崎春奈十翼長もいる。
ブリーフィングに使用されるのは、ほんの少し前、もしかすれば昨日までは、授業が行われていたかもしれない空き教室であった。
高校生にとっては、少し脚が短い椅子に座り、中隊長らが現れるのを待つことになった戦車長達は、正規とはまた異なる情報筋から得た、与太話を交換するのに必死となっていた。
やれ南では、演習中の部隊が敵をさんざんにやっつけたらしい、だとか、特科連隊は民間人を巻き添えにするような砲撃戦が実施されている、だとか、そういった噂話が飛び交う中で、同じ車輌の戦車兵達を気遣うことで精一杯になっていた鐘崎は、特にこれといった情報は持ち合わせておらず、しかし持ち前の明るさで「それじゃあ挟み撃ちに出来るかもね!」だとか、「あくまでそれは噂だよ!」だとか、話を合わせていく。
すると同じく出所も分からない噂話に対して、「ふーん」だの「ほーん」だのと、適当に相槌を打っていただけの少女が、突然、鐘崎の肩を叩いた。
「それよりあんたんとこ……だいじょうぶなの?」
「えっ、何が?」
微笑して返事をした鐘崎に、桐嶋のことよ、と少女は言った。
実を言うと第1大隊第3中隊の戦車長は全員、鐘崎が指揮する車輌の装填手が、PTSDの症状を呈していることを知っていた。表には出さないが、鐘崎に桐嶋を押し付けてしまっている、という負い目を皆は持っており、いま話しかけた短髪の少女も、桐嶋というよりは鐘崎の心配をして話しかけたのだった。
すると鐘崎は「ああ、桐嶋さんのこと?」と笑った。
「だいじょうぶだよ。さっきも話をしたけど、頑張れそうだって」
「頑張れそう、って……」
「うん、戦闘になってもだいじょうぶだ、って!」
短髪の少女――鐘崎と同じく、第3中隊が車輌のひとつを預かる戦車長、比和栄子十翼長は頭を抱えたくなった。
僅か半年に満たない軍隊生活であるが、比和は、戦闘等々がきっかけとなって罹った精神病は、平時に本人が大丈夫だと言っていても、肝心要の戦闘時にどうなるか分からないものだ、ということを知っている。そして同僚の足を一番引っ張るのは、平時は平常にやれても、戦闘となるとてんで駄目になるタイプの人間だ、ということも。
桐嶋のミスで、桐嶋だけが死ぬのならばいい。
「楽観し過ぎ! 桐嶋のせいで、あんた死ぬかもしんないのよ!」
比和は激しやすいタイプであり、ついつい怒鳴るような形になってしまった。
噂話で盛り上がっていた教室が、しんとなり、すぐに比和の言葉が、例の装填手に関係している、と分かった戦車長達はバツの悪い表情を浮かべていた。
だがしかし比和が、怒鳴るのも無理はなかった。事実、桐嶋のせいで、鐘崎が死ぬという可能性は大いにあるのだから。
同じ戦車内の戦車兵は、一蓮托生だ。ひとりのミスが、全員を殺す。
操縦手が昏倒すれば、戦車は動かない鋼鉄の棺桶となるし、砲手が戦闘不能となれば、これを戦車長が交代しなければならず、戦車全体の戦闘能力は落ちる。そして装填手が自分の役割を果たせなければ、戦車は一発も撃てないまま、ただの的として戦場に現れることになる。
比和をはじめとする戦車長達の視線が集まる中、鐘崎はうん、と頷いた。
「確かに私は、桐嶋さんに殺されるかもしれない」
「……」
当たり前の事実を確認させただけの結果となった比和は、あたしバカだ、と思った。わざわざ地雷を掘り起こして、それをぶち抜くようなものであった。実際に、教室内の空気は最悪となった。前述の通り戦車長達は全員が、鐘崎に桐嶋を押し付けている、という負い目を感じているからだ。
だが鐘崎は、「これは戦争なんだし、しかたないよ」と言ってから、更に続けた。
「まだ半年くらいしか戦ってなくて――何言ってんだって感じだよね! でも同じ戦車に乗り合わせた戦車兵は、家族みたいなものだと私は思ってるから」
「まだなんとかなるわよ……最悪の手段だけれどね、桐嶋さんを逃走したことにして、撃てばいい」
誰かが低い声で言った。
戦車兵は家族――綺麗事に潜む本音ほど、見抜きやすいものはない。鐘崎さんだって、怖いに決まっている、と戦車長達は思っていた。出来ることならば桐嶋さんを降ろして、他の装填手に交代させたいだろうし、戦闘自体に出たくもないであろう。
戦車長の誰かが言った、最悪の手段を実行することは不可能ではなかった。
ブリーフィングが終わった後、戦車兵達を戦闘配置につかせ各車輌内に押し込める。戦車兵達には、戦車長だけで最後の話し合いをやるように思わせておく。こうして目撃者を最小限に留めておいて、戦車長達は桐嶋を連れ出して銃殺。取調べでは、逃走を企てたので殺した、ということにすれば良いだけだ。軽度のPTSDという軍医の診断書も有利に働くだろうから、間違いなくこの作戦は成功する。
鐘崎の指揮する61式戦車は自動装填装置をもたない為、装填手がいなければ戦闘は不可能。よって桐嶋さえ消えれば、鐘崎は今回の戦闘には参加せずに済むのだ。
だが鐘崎はかぶりを振った。
「桐嶋さんは――ほんとにだいじょうぶだって! 私だって、最後まで部下の面倒を見てやるのが、戦車長のリュウギってやつだと思うしね! それに――」
鐘崎が言い終わる前に、教室の扉ががらりと開いた。
戦車長達は一斉に口を噤んで、前を向く。入ってきた中隊長は、教壇に立つなり、戦況図を黒板に張り付け、端的に戦況の説明と作戦行動についてを説明した。詳細な作戦行動のタイムテーブル等は、最終的に左掌に埋め込まれている多目的結晶体を通して、各戦車長の元に行くようになっている。ならばどうして、部隊長がわざわざ顔と顔を合わせるブリーフィングをやるかと言えば、部下の状態の観察や、質疑応答の時間が後になってからでは取れないからである。
第5戦車連隊の任務は、宇城地区西南部(八代海沿岸)に展開する、帝国陸軍第19師団なる友軍部隊の支援。相対する敵兵力は、新型幻獣8000強と想定されている。第1大隊は、第2・第3大隊に先んじて、現地友軍と協同する。我が第3中隊は大隊の先頭集団として、あらゆる障害を跳ね除け、敵を撃滅する。新型幻獣の性能に関しては、後に多目的結晶体を通じ、追って知らせる……。
鐘崎春奈は、結局どこまでも優しい少女であった。
桐嶋を謀殺するなど論外であったし、彼女を装填手とし共に戦場に臨む以外に、選択肢はもとよりなかった。中隊長に桐嶋の症状を大げさに申告すれば、事前に彼女を装填手から外すことも決して不可能ではなかったはずだ。それをしなかった理由は、ひとつ。桐嶋を仮に装填手から外せば、もう彼女は戦車兵としてはやっていけなくなる。
戦車兵でなくなれば、彼女は次にはかなりの確率で、歩兵となるであろう。だがPTSD等の精神的な傷を負った人間が生き残れるほど、普通科は甘くない。あまりに足手纏いとなるようであれば、後ろ弾――つまり人為的な友軍誤射で殺される可能性だってあるのだ。
その一方で同じ車輌の操縦手や砲手を務める少女は、桐嶋のことをどう思っているだろうか。これは自分ひとりの独り善がりに過ぎず、操縦手や砲手のふたりは、桐嶋のことを快く思っていないのではないか、と不安に思っていたし、実際に桐嶋を抱えるということは、操縦手や砲手の命が、危険に晒されることと同義であった。
仮に桐嶋のせいで、操縦手と砲手の少女が命を落とせば、それは桐嶋を罷免しなかった鐘崎の責任である。……無論、責任も何も3人が死ぬ時は、鐘崎も死んでいるだろうが。
鐘崎とて死にたくない。いつも自信満々で明るく振る舞ってはいるが、それはどこまでも虚勢であった。実際には内心の思いを抑え付け、発言と行動には、自分が考える最強の戦車長、理想の戦車長をイメージしてから、取り掛かるのである。
桐嶋を励ます行動は、本来ならば理想の戦車長の立場から出たものであった。だがしかし実際には、生き残る可能性を上げたい、という自分の"打算的な気持ち"が働いていた。桐嶋と相対するとき、一瞬だけ卑怯な自分の気持ちが滲み出ていたのだ。
(限界、ってやつなのかな)
押し寄せる圧倒的な死の予感。そして桐嶋との会話で意識させられた、自分達が生きている間は戦争は終わらないという現実。
戦車兵として、死ぬしかない。
その酷烈たる事実を実感してしまえば、鐘崎戦車長はともかく、中身たる鐘崎春奈は打ちのめされてしまう。
彼女とて女子高生だ。戦争さえなければ、勉強はそこそこに放課後の部活動やサークル活動に全力で打ち込み、文化祭や体育祭で同級生と共に準備や練習に励んでいただろう。友人達と帰路に寄り道したり、アイドルや恋愛の話で盛り上がったりもしたであろう。そして他高校の男子学生と、彼氏彼女の関係になることだってあり得た。
だが現実はどうだ!
彼女は学籍のまま前線に放り込まれた学兵であり、授業数の半分以上を埋めるのは軍事教練、放課後の時間は、専ら車両整備や部隊運営に関係する雑務に忙殺される始末。当然、文化祭といった行事は、戦闘に次ぐ戦闘で中止となろう。対中型幻獣戦に臨めば、その帰り道には両手で収まらない数の、同級生の認識票を手にしている有様だ。友人間の話題と言えば物価や戦況、部隊における配給量、そんな話ばかり。
――これが一生続くのだ!
その後、随伴歩兵は付かないのか、航空支援はないのか、との質問に、「第3中隊には、第113普通科連隊より一個分隊が協同する。航空支援はなし」と中隊長が答え、ブリーフィングは終了。その後戦車長達は、自身の車輌へと戻り、部下である戦車兵達に、作戦行動の概要を伝えはじめた。
「……という訳で、私達の任務は本隊に先行、敵と適当に戦うことだね!」
暗澹たる心中を覗かれないように、全身から陽気さを放射した鐘崎戦車長に対して、やはり戦車兵達の反応は芳しくなかった。自然休戦期の戦闘ということで士気も奮わないし、未だ交戦したことのない新型幻獣では、これまでの経験が通用しない。所謂ゲームセルで言うところの、"初見殺し"――知っていれば回避出来るが、事前に知らなければまず確実に殺されるような戦術をとる新型幻獣もいるかもしれない。
「一番手ですか、フラグが揚がりましたね……」
「チュー太(※中隊長を指す)の日頃のポイント稼ぎが足りないんだよ! 胡麻すり袖の下がちゃんとなってれば、うちの中隊が先頭に廻されることなんてないんだよ!」
「……」
そして、その戦術・性能共に未知数の新型幻獣に、戦車連隊で一番最初に相対するのが、自身らであるとなれば、それは勿論たまったものではなかった。
砲手と操縦手は不満を口にし、装填手の桐嶋は血の気の引いた顔で、口を真一文字に結んでいる。もう模擬訓練という可能性は完全に消えたいま、彼女に残っているのは実戦に対する恐怖だけである。
「ごめんね、私にもっと発言力があれば」
「61式戦車じゃあ戦死確実だっての」
「明るい面に目を向けませんか? 先陣を任されたということは、敵には困らない。20体を単独撃破し、銀剣突撃章(シルバーソード)をとれるチャンスかもしれません」
それは無理だから、と操縦手を務める少女は思った。
彼女達の愛車、61式戦車は前述の通り1961年に制式採用された主力戦車であり、中型幻獣とソ連製中戦車T-34やT-54/55に対抗する為に開発された。旧軍の貧弱な中戦車が未だ機甲連隊の中核を成していたその当時は、61式戦車は攻・守・走がよく揃った兵器であった。
だがそれも昔の話だ。
40年の月日の中で中型幻獣の性能は急激に上昇し、61式戦車の90mm戦車砲では、中型幻獣ミノタウロスの正面装甲を射貫することは難しく、また敵の生体誘導弾等の性能向上は著しく、こちらの装甲はあまりあてにはならない。
それを鐘崎戦車長も知っている。
「あんまり無理しないでいこうね」
中型幻獣を単独で20体撃破した戦車兵に与えられる勲章、銀剣突撃章(シルバーソード)なぞ夢に見たこともない。第1大隊第3中隊が得意とする戦術は、小隊単位で同一目標を狙う伏撃だ。しかも一発撃ち込み、こちらの所在が敵に露見した時点でさっさと逃げるものだから、あまり戦果はあがらない。せいぜい中隊全体、一度の戦闘で中型幻獣を10撃破出来ればいい方である。
だが、それでいい。
鐘崎戦車長や戦車兵達が普段思っているのは、手柄を立てての立身出世ではなく、ただ明日を生きたいということだけなのだから。
―――――――
「ここまでありがとうございました」
少女は降車するなり、自分を尚敬高等学校校門前まで送迎してくれた高機動車の運転士に、一礼してみせた。運転席の学兵は、「いや、それより遅くなっちまってすまない! ……急いだ方がいいぜ!」と人懐こい笑顔と共に、尚敬高等学校校舎の方を指差した。実際、到着予定時刻――1600時を5分程、超過していた。
たしかにまずい、とは思いつつも、高機動車が走り去って視界から消えるまで、彼女はその場に留まり見送っていた。この律儀な性格の為に、少女は遅刻することになったのだが、これは他の学兵にはそうそう見られない、古武術を伝える道場で鍛えられた、彼女の美徳である。
だが何にせよ、遅刻は遅刻。
少女は袴の裾を踏みつけないように気をつけつつも、全力疾走で尚敬高等学校の敷地内へ踏み入った。
恐らく目的地に待っているであろう人間は、どんな事情があっても「バカヤロー! 戦争じゃあ、5分の遅刻が命取りなんだよ! おめーらが5分ごとにポロポロ戦場に来たって、ひとりずつぶち殺されるのがオチだ!」と遅刻者を怒鳴りつけるであろう。以前は何度かその恩師と衝突することもあったが、結局のところその教師の言うことは合理的だったのだ。
いま振り返ると、懐かしいばかり。
知らないうちに少女は、微笑んでいた。
少女は校舎内には入らず、日もあたらないぬかるんだ校舎裏を走ってゆく。緋色の袴の裾が汚れるのも、気にはしていられない。
花壇も舗装路もないこの校舎裏も、彼女にとっては思い出の場所であった。
ここは街を守った英雄が、女子高生達に囲まれる花道であり、対人戦技の授業が行われる場所でもある。そしてよりよい結果を求めて、衝突する小隊員同士が拳で決着をつける決闘場。少女も、ここで小隊内一の軟派な男をしばいたことがあるほどだ。
校舎裏を駆け抜けると、少女の目にいよいよ目的地が飛び込んできた。
校庭に連なるトレーラーの列と幾つかの仮設テント、そして建材が立てかけられている二階建てのプレハブ校舎。二階手すりから掛けられた小隊横断幕はなくなっていたが、すぐに新しいものが掛けられることになるであろうことを、彼女は確信していた。あの芝村さんは、この地震があらば崩れそうなプレハブ校舎を、粗末な即席整備キャンプを、正義最後の砦と呼んでいた。なるほど名前負けしない威容をもった、堅牢なる要塞である。どんな逆境にあろうと、小隊員の心は決してここから離れることはなかった。
熊本城攻防戦において幻獣軍を完膚なきまでに叩きのめし、その後幻獣軍の新型兵器と目される敵機を撃滅せしめ、その正義を守り通した最後の小隊、第5戦車連隊第1大隊第2中隊第1小隊――通称、5121小隊の本拠が、彼女の前にそびえるこのプレハブ校舎である。
そして自身も5121小隊1番機を任され、黄金剣翼突撃勲章を保持する剣神、壬生屋未央はプレハブ校舎の外階段を駆け上がる。
もう一度、伝説を戦友と打ち立てるために。
5121小隊は熊本戦後まもなく、解体された。英雄を輩出したこの伝説的部隊が解散の憂き目に逢った原因は、半ば芝村の私兵部隊となっていた5121小隊の作戦遂行能力を脅威と捉えた国防委員会の横槍である。自然休戦期に入り、国防委員会と対立してまで5121小隊を存続させる必要はない、と考えた林凛子と芝村勝吏は、要求を容れて5121小隊を解体し、小隊員を熊本県内の各部隊に再配属させていた。
だが記念すべき7月9日1600時。プレハブ校舎1組教室に、熊本県中に散ったかつての小隊員達が再び集められた。
異世界転移、未知の敵勢力・人類軍との遭遇というこの非常事態において、自身の手先となり、更に対新型幻獣(BETA)戦の切り札ともなる存在を欲した芝村準竜師は、1000時の時点で熊本県内各地の部隊より、機材と元5121小隊員を徴発し、かつて最強の名をほしいままにした小隊を、即時復活させることにしたのだ。
「壬生屋、壬生屋! ひさしぶりじゃねーか!」
1組教室に入った壬生屋に声を掛けたのは、5121小隊2番機パイロット滝川陽平であった。
熊本戦を通して自身の過去と決別し、本物の元気さ、陽気さを取り柄とした滝川は、かつての戦友との再会に胸を躍らせていた。一方の壬生屋もそうだ。教室を見回せば、約1ヶ月しか離れていないというのに、懐かしく思える顔ぶれがある。
「いよいよ復活けんね!」
「あっ壬生屋さんちょっとええか!? 今度、加藤屋ゆうてな、なっちゃんとごつい商売はじめるさかい、是非とも協力を……」
「お、おいっ! いまはいいだろ!」
加藤祭と狩谷夏樹の痴話喧嘩を横目に、みなさんお変わりないようで嬉しいです、と壬生屋は挨拶してみせた。
「みっちゃんも何も変わってないね! ボク少し安心したよ」
壬生屋のことをみっちゃん、と気安く呼んだのは新井木勇美である。田辺真紀のことをマッキーとあだ名をつけ、森精華をモリリンと呼んでみせる親しみやすい彼女の性格も変わっていないらしい。
だが、彼女を見ておや、と壬生屋は思った。身長が低いのはあまり変わらないが、筋肉がついたのか、以前より体つきがよくなったように見える。
「新井木さんは、5121小隊解散後はどこに?」
「ボクは解散するとき、戦車連隊じゃなくて、普通科連隊に配属を希望したからね。て・ん・こ・う、ってやつ! らしくないって思うでしょ、それがさあ……」
新井木勇美は小隊解散後は、普通科連隊の前線部隊に配属されたらしい。彼女は5121小隊では整備士として活躍し、戦闘に参加することはなかったが、決して運動は苦手ではなかった。戦技教練に日夜励み、うまいことやっているようである。
何故歩兵に転向したのか、と壬生屋が尋ねると、新井木は「ひみつ」とかわしてしまった。
では、と壬生屋は1組教室に入って以来、ずっと胸に抱いていた疑問を口にした。
「来須さんや厚志さん、委員長達の姿が見えないのですが」
「……みんなが熊本県内にいたわけじゃないみたい。だから合流に時間が掛かるんじゃないの?」
実を言うと、5121小隊全員揃い踏み、とはいかなかった。
特に1組はほとんど集合出来ていない。
10歳にも満たない身体で年齢固定されながらも、明日を信じて周囲を鼓舞し続けた東原ののみ。前線で苦しむ学兵部隊を救うべく、悪意渦巻く戦場(とうきょう)へと戻った善行委員長や、寡黙だが頼りになる戦士、来須銀河。「芝村をやっている」と挨拶し傲岸不遜ぶりから、最初こそ皆に忌避されていた芝村舞、絢爛舞踏章を獲得した後も敵を倒し続け、遂に生ける伝説となった青の厚志。
そして――士魂号重装甲西洋型を駆り、青の厚志が駆る希望号と激突、絢爛舞踏章の重さ、絢爛舞踏とは何であるかを知らしめた瀬戸口隆之。
彼らは熊本県外の部隊に再配属された、あるいは行方不明となった関係で、ここにいない。
また2組も、九州軍総司令部にて幕僚としての経験を積んでいる最中だという茜大介や、善行を追いかけるように東京へ向かったとも、米国に技術研究へ渡ったともいわれる原素子、整備士として5121小隊を裏から支えた岩田裕や小杉ヨーコらもいない。
「彼らもあとからやってきますよ」
桜の騎士こと遠坂圭吾は確信しているかのように壬生屋に言ったが、彼女はやはり寂しさを感じずにはいられなかった。せめて瀬戸口の動向だけでも知りたい壬生屋は、遠坂に何か知らないかを重ねて聞こうと思ったが、それはかなわなかった。
あの不良教師、本田節子が10分遅刻して飛び込んできたからであった。
「悪りぃ! 遅れたっ!」
―――――――
新生5121小隊の陣容は、かなり変わっています。
正面戦力は、1番機と2番機(重装甲型士魂号・通常型士魂号)とその予備機併せて4輌、戦車随伴歩兵は若宮、新井木らが務め、本田節子二等陸尉と加藤祭が指揮車に乗り、指揮を執ります。整備部門の責任者は森精華が務め、田辺・遠坂・田代・狩谷・中村らが整備士として各機の整備にあたります。石津萌は従来通り、生活環境を整えることが仕事となります。
2組生徒だけでも4名が欠け、後方支援職より前線メンバーに加藤・新井木が引き抜かれている現状では、部隊運営が非常に苦しくなることが予想されますが、熊本戦時とは異なり物資はふんだんにあります。人手不足の方は互いにカバーして、なんとかやっていけるでしょう。
以下、裏設定解説。青の厚志や士魂号重装甲西洋型とは何か。但しGPMのネタバレとなります(もはや原作とほとんど関係ない以上、ネタバレというかは分かりませんが)。
Q."青の厚志"とは? 原作1周目の主人公、速水厚志ではないのか?
"青の厚志"は、速水厚志が名乗る謂わば「本当の名前」です(私はそう解釈しています)。
原作では触れられていない裏設定となりますが、速水厚志(実験体46号)は研究所で実験に供されており、原作開始前にその研究所から脱出しました。ところが脱出直後の実験体46号には、名前も身分もありません。途方に暮れていた折、幻獣共生派のテロ攻撃によって、ひとりの学兵が命を落とします。それを見ていた実験体46号は、死んだ学兵の身分証を得て「速水厚志」に成り代わりました。
つまり(裏設定を原作に反映させるのであれば)原作に登場した速水厚志は、偽名をつかった人間です。
その後具体的な日時は分かりませんが、5121小隊の面々や芝村舞と情愛を深めていく中で、彼は偽名である「速水厚志」を名乗ることに苦痛を覚え、また希望号到着をきっかけに「青の厚志」と名乗るようになりました。
Q.希望号とは何か?
希望号とは第5世界(ガンパレの世界)外で製造された、特別仕様の士翼号です。リタガンの記述を信用するのであれば、5月上旬、5121小隊に届けられました。
Q.士魂号重装甲西洋型とは何か?
絢爛舞踏用に製造されたであろう士魂号で、1機しか存在しない、まさにワンオフ機です。
搭乗していたのは5番目の絢爛舞踏受賞者速水厚志ではなく、4番目の絢爛舞踏受賞者瀬戸口隆之(の精神・魂魄)でした。女子高生達の間で、死を告げる舞踏、と噂になったのがこの機体。また詳細は不明ですが、速水厚志(青の厚志)が駆る希望号と、この士魂号は刃を交えており、新旧絢爛舞踏対決が行われたそうです。