Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION第32話 南国の激闘夕呼の命を受け、キョウスケ達は一路総戦技演習の行われている南の島を目指していた。だが、その遥か後方に迫る影の存在に今は誰も気付いていない―――「目標地点に到着後、俺達は観測部隊の護衛を兼ねて周辺地域の哨戒任務に当たる予定だ。BETAの存在は確認されていないが、何が起こるか分からん。各自注意して事に当たってくれ」『『「了解」』』今回の任務で指揮を取っているのは武ではなくキョウスケだ。本来ならば同じ階級であっても、少佐相当官の権限を持つ武が指揮を執るべきなのだが、これには理由があったのである。現在武の改型は、機体の制御系に問題が発覚した事が原因で調整作業に追われているのだ。彼の機体は従来の戦術機や他の改型とは違い、専用装備を運用する為に部分的にPTのパーツが使用されている。元々、戦術機とPTは規格が違う機体といった事から、現存の戦術機用OSでは細かな制御を行う事が難しいのだ。これは以前から懸念されていた事だったのだが、初期起動において特に問題が見られなかった為に夕呼自身も問題無いと考えたのである。しかし、昨日行われたテストにより問題が発覚し、PT用のTC-OSのデータを組み込む事で解決を図ろうとしたのだが、翌日から行われる総戦技演習に夕呼も赴く事となっていた為に先送りとなっていたのであった。そこに来て急遽出撃命令が下され、武は仕方なく不知火の予備機で任務に当たる事となったのである。『タケル、本当に不知火で良かったのか?』「ええ、ラミア中尉の改型は専用に調整されてますし、一時的にとは言え俺が借りてしまったら余計なデータが蓄積されかねませんからね」『別に不知火じゃなくて叢雲でも良かったんじゃないの?』「どちらかと言うと不知火の方が慣れてるんですよ。それにあっちは複座型ですからね。どうしても性能をフルに発揮しようと思うならコパイロット(副操縦士)が必要になってきますし、そう言った点から不知火を選んだって訳です」『なるほどねぇ~。ひょっとして、キョウスケに指揮を頼んだのもそれが理由?』「それもありますけど、俺が指揮を取るよりキョウスケ大尉の指揮下の方がお二人は動きやすいと思ったんですよ。それに機体性能を考えると、どうしても俺の不知火は劣ってますからね。もし何か起こった場合に、戦闘と指揮を両立するのは難しいと判断したんです」『実は難癖つけてやりたく無かっただけだったりして』「ち、違いますって!!」『慌てるところがますます怪しいわねぇ・・・ま、今回はそう言う事にしておいてあげましょうか』「勘弁して下さいよエクセレン中尉」その後もそんな他愛のないやり取りを続けながら彼らは、特に問題も無く島へと到着する事となった。一方、島では―――「ここが俺達の目標地点か・・・ただのコンテナの残骸ッスよね?」「ああ、だけど人が居た形跡があるな」「演習の為に下見に来た人か何かじゃないんですか?」「下見に来た人間がこんな所で火を起こしたりする訳ないだろう。それに長い間放置されていた割にそれほど風化していない」「確かに・・・」「兎に角、何か使えそうな物を探そう。幸いな事に時間的余裕はまだあるけど、早いに越した事はないからな」「了解ッス」彼らに指定された場所に存在していたのは多数のコンテナの残骸であった。恐らく、急ごしらえの補給基地跡を再現したものなのであろう。それが証拠に、この地域の気候から考え、スコールなども頻繁に起こっている筈なのに風化がそれほど進んではいない。所々に錆びは浮いているものの、殆どのコンテナはその形状を留めていたのである。「ブリットさん、何か見つかりましたか?」「いや、こっちにはそれといった物は無いな。そっちはどうだアラド?」「使えるかどうか解りませんけど、こんなのが隠してありましたよ」「・・・マチェットか、装備にナイフがある以上、あまり意味は無いかもしれないかなぁ」「でも隠してあったって事は、何か使い道があるって事じゃないですか?俺は持って行った方が良いと思うんですけど」「そうだな、それ程かさばる物でも無いし、一応持って行くとしよう」「ですね。それじゃ、さっさとここを破壊して合流ポイントに向かいましょうか」「そうしたいのは山々なんだが、今日はここで休むとしよう」「何でですか?さっきは合流するのは早いに越した事は無いって言ってたじゃないッスか」「ああ、それはその通りなんだが、良く考えてみたんだ。こう言った施設を破壊する任務において、襲撃は真夜中、もしくは夜明け前に行うのがセオリーだ。もしもそれが評価基準になっていたとしたら、いくら早く合流したいからと言って早々と事を起こすのは不味いと思ったんだよ」「なるほど・・・教官達がどこでどう目を光らせているか分からないですもんね。じゃあ交替で休息を取りつつ周囲の警戒を行うって事で、目標地点の破壊と出発は夜明け前にやりましょう」「そうだな。とりあえず火を起こして食事にするとしよう」「そうッスね。実を言うと俺、だいぶ前から腹が減ってかなりヤバかったんですよ」「だが、その前に食料の調達だな。レーションだけじゃ物足りないだろ?」「了解ッス。よっしゃ!頑張るぞぉ!!」「訓練や演習でもそれ位頑張ってくれると嬉しいんだけどなぁ・・・」「うっ、耳が痛いッス・・・」「それじゃあ行くとするか」「ハイッ!!」その後、他のチームも目標地点へと到達し、施設破壊任務に成功。時間差はあったものの、3日目の夜には全員が無事合流する事となった。一番心配されていた美琴達のチームは、意外な事に合流地点一番乗りだった事もあり、他のメンバー達は彼女達の想像以上の行軍速度に驚きを隠せない者も居たが、左程合流に時間差があった訳ではない為に特にこれといった問題も起こらなかったのである。「―――早速だけど全員揃ったところで現状の把握をしましょう。改めて確認するけど、この試験は戦術機も強化外骨格も使用不可能という状況で、いかに敵支配地域から脱出するか・・・という想定よ」「第二優先目標である四箇所の拠点爆破による後方撹乱は既に達成している。後は珠瀬達が得た情報である脱出ポイントに俺達が到着すれば試験は終了だな」「ああ、だが島の端だな・・・時間的余裕は幾分かあるとみて良いと思うが、油断はできんだろうな」「御剣の言う通りね。どちらにせよペースは落とさずに行くわ。それじゃあ、各班が確保した装備の確認をしましょうか」「私達の班が手に入れたのは、対物体狙撃銃(アンチマテリアルライフル)が一挺」「うおっ、でっかいライフルッスね・・・」「そうですね~、でも弾は一発しか無かったんですよぉ」「じゃあ使い所は慎重に選ばないといけないね」「そだね。クスハ達の班は何を手に入れたの?」「私達はラペリングロープを手に入れた。他にこれと言って使えそうな物は無かったのでな」「僕達はこのシートだけだね」「他にもガソリン何かがあったのですけど、水筒に入れて持ってくる訳にもいかなかったので最終的にシートだけにする事にしたんですの」「そうだな。ガソリンなんてこの先使い道は無いだろうし、限りある水を減らしてまで持って来る必要はなかったと思うぞ」「ブリット君の言う通りね。あるとしたら何か機械を動かすとか位だし、無人島じゃそんな物がある訳無いと思うけど・・・」「でもさ、そう言う時に限ってなんか機械を使わないと先に進めないってオチがあるんだよなぁ」「ちょっとアラド、不吉な事言わないでよ!」「冗談だって・・・でもさ、あの副司令の事だから有り得ないとも言い切れないだろ?」「確かにアラドの言う事も一理あるかもしれんな。今後どのような事が待ち受けているか分からん以上、気を引き締めて掛かるに越した事は無いだろう」「御剣の言う通りね。それで、ブリット達が手に入れたのは、そのマチェットだけなのかしら?」「ああ、ナイフがあるから要らないかとも思ったんだけどな。解り辛い位置に隠してあったし、ひょっとすると何かに使えるかもしれないって事で持って来たんだ」「なるほど・・・それじゃあ今から各班毎に交替で見張りを立てながら休息を取る事にしましょう。出発は明朝、ここからは小隊での行動になるわ。チームワークの悪さが作戦の失敗に直結する・・・それを忘れないで」『『「了解っ!」』』「(ここまでは特に何も問題無く来る事が出来た。恐らく我々がこうして歩兵として行動する機会もこれが最後であろう・・・初日に起こった地震の事が少々不安ではあるが、それ以外に以前と違った出来事は起こっていない。だが、安心して良いものなのだろうか―――)」特に大きな問題も起こらぬまま、皆と合流できた事に冥夜は安心していた。合流までの間、特に変わった事もなく、行軍速度も以前と大して変わってはいない。正直、初日に起こった地震が何かしらの影響を及ぼすと考えた居たのだが、今に至るまで大きな揺れはおろか余震すら起こってはいなかったのである。「(先程から何やら胸騒ぎがしてならん・・・こんな時武が居てくれればなどと考えてしまう自分が情けないな)」余りにもスムーズに事が運び過ぎている・・・その事に対して冥夜は一抹の不安を覚えていた。それもそうであろう、自分の中にある記憶とは全てが同じ様に進んでいる訳ではない。今回の演習にはブリット達が参加している事もそうだが、初日に起こった謎の地震。かなり大きな揺れであったにも拘らず、その後は全くと言って良いほどに何も起こらないのだ。まるで何か大きな事が起こる前触れ、嵐の前の静けさとでも言うのだろうか?そんな彼女の不安は、彼女達の知らぬところで徐々にその姿を現そうとしていたのである―――「それで先生、その後何か動きはありましたか?」調査班よりも一足早く現地に到着した武達は、現状を再確認するべく夕呼に指示を仰いでいた。調査班が到着するまでは特にする事もなく、言うなれば自由時間と言ったところだ。どうやら津波の心配もない様で、早速エクセレンはラミアを引き連れて砂浜へと繰り出している。流石に武やキョウスケ達は一緒に行く訳にもいかず、担当区域の打ち合わせや、機体のチェックを行う前に夕呼の所へと向かい情報を集めていたのだった。「最初の地震以降、大きな揺れもなければ余震すら起こっていないわ。火山活動などによる地震だったとしたら、もっと頻繁に起こっても良い筈なんだけど・・・こうなってくると違う線を考えるべきかもしれないわね」「それでは、やはりBETAが地下を掘り進んでいる可能性があると?」「もしもそうだったとしたら、アンタ達がここに来る直前にBETAが地上に姿を現しているでしょうね。戦術機や南部達の機体に反応せずに素通りって事は無いと思うし」「確かにそうですね・・・」「兎に角、今は調査班が来るまでの間、自由にしてもらってて構わないわ。何ならアンタ達もブロウニング達みたいに泳いで来ても構わないわよ?」「遠慮しておきますよ。それに今回も俺水着持って来てませんし」「自分もです。とりあえず俺とタケルは、周辺区域の偵察に出ようかと考えています。地形の把握も行っておきたいですし、何よりも空いた時間が勿体無い」「そう、それじゃアンタ達の好きにして頂戴。ただし、あまりこの島の内陸部には入らないようにね」「承知しています。訓練部隊の面々が演習中である以上、下手に戦術機がうろついている事を気付かせて要らぬ不安を与えるのは得策ではないですからね」「流石ね」「それよりも先生、あいつ等は順調に演習をこなしているんですか?俺の予想では、そろそろ合流している頃だと思うんですが」「GPSによると、問題無く合流できたみたいね。アタシとしては面白みに欠けるけど、まああの子達の事は問題無いと思うわ」「そうですか・・・(そっか、冥夜達も順調に進んでるみたいだな。皆が合流したんなら、とりあえずの問題は最初に指定されている脱出ポイントか。そこも冥夜が居れば無事にクリアできるだろうし、それとなくあいつが導いてくれれば大丈夫だろうな)」「それでは俺達は偵察に行ってきます。行こうかタケル・・・タケル、聞いているのか?」「あ、はい、すみません」「どうした?ボーっとして」「大丈夫です。ちょっと考え事をしていただけですよ」「そうか・・・訓練部隊の面々が気になるのは解らんでもないが、今はこちらの任務に集中してくれ」「はい、すみませんでした大尉」「いや、解ってくれればそれで構わん。では行くとしよう」「了解です」武とキョウスケは自分達の機体の元へと戻り、周辺区域の偵察へと出発したのだが、武の機体は従来の不知火である為に長時間の飛行を行う事は出来ない。ここに来る時に使用したブースターユニットは、既に燃料切れで使用不可能となっており、帰りの分は調査部隊が持って来る事になっているのだ。そこで海底火山の存在すると思われる場所はキョウスケが担当する事になり、武は島の周囲に存在する大小様々な無人島を調査する事になったのである。キョウスケのアルトアイゼンは、バランサーに使用しているとは言えテスラドライブが装備されている。現に彼の機体は元居た世界でのバルトール事件の際、海上をホバー移動するようにして日本までの距離を移動している事から海上探索は彼の担当となったのだった。高高度の飛行は不可能であったとしても、低空飛行ならば何の問題も無く海上探索をこなす事が可能と言う事だ。キョウスケは、最初に指定された海底火山の存在するポイントへと到着していたのだが、海面には何ら異常は見られなかった。それもそうであろう・・・海底火山と言う物は、概要は陸上にある火山と同じだが、周りに大量の海水が存在し、その高い水圧がかかるため、陸上の火山と比べると噴火の規模は小さい事が多い。その為、比較的浅い場所で噴火した場合以外は観測が難しいのである。そして現在確認されている火山島の多くは、噴火活動が盛んだったものの山頂が、徐々に海面から露出して火山島を形成した物がほとんどであり、それらはホットスポット上に生まれるとされているそうだ。そして、その殆どはカムチャッカ半島の方向へと移動しつつ水没し、ハワイ海山群や天皇海山群を形成している。海山とは、海底において周囲よりも高く盛り上がっていながら、その頂上が海面上に出ていない為島となっていない地形や場所、すなわち海中の山の事である。それらの事を踏まえたうえで考えると、恐らくピアティフが確認したという海底火山は、火山と言うよりは海山の可能性が高いという結論が導き出される事になるのだが、地震が起きている以上は噴火の前兆として捉えざるを得ない訳であり、調査をせずにいる訳にはいかない。そう言った事から彼らは、手の空いた時間を有効に使う為に付近の偵察を行う事にしたのである。「こちらアサルト1、指定されたポイントに到着したが、肉眼で異常は確認できない。指示を求む」『海面に異常が見られないとなると他のケースも考えられるわね・・・とりあえず南部、なるべく早いうちにそこを離れなさい。もしも万が一、海底火山が噴火する様な事があれば海水がマグマに触れて一瞬に気化する事によりマグマ水蒸気爆発が起こる事があるわ。そんな事になったら恐らく、頑丈なアンタの機体でも一瞬でスクラップになる事間違いないわよ」マグマ水蒸気爆発とは、全体反応型水蒸気爆発と呼ばれる物に分類される。密閉空間内の水が熱により急激に気化・膨張する事により、密閉していた物質が一気に破砕されて起きるタイプの水蒸気爆発で、例えば地殻内のような密閉した空間に帯水層があった場合、そこへマグマが貫入する事によって大量の水蒸気が急激に発生すると、このタイプの水蒸気爆発が起こる。そしてその際にマグマも一緒に放出された場合の事を、特にマグマ水蒸気爆発と呼ぶのである。ちなみに天ぷらなどの揚げ物を調理中に油に火が点いた場合、火を消そうとして水をかけると水蒸気爆発が起こる為、注意が必要である。―――少々横道にそれてしまった事はお詫びするとして・・・一応ではあるが、夕呼の言いたい事はキョウスケに伝わった様で、指示を受けた彼はそのまま別のポイントを調査する為にその場を後にする。一方武は、長距離飛行が出来ない為、匍匐飛行を用いながら一つ一つ順番に無人島をチェックしていた。比較的小さい島が多数存在している事と、前もって夕呼から火山島の位置を教えて貰っていたのだが、流石に一機の戦術機でそれらを調査する事はかなり骨の折れる仕事だ。そして3つ目の無人島に差し掛かった時、彼はモニター越しにとある物を発見する―――「何だあれ?山にトンネルみたいな物が存在してるみたいだけど・・・」彼が発見したもの・・・巧妙にカモフラージュされてはいるものの、それは遠目に見れば何かの資源採掘場の様にも見える。しかし、いくらこの地域が鉱業資源に恵まれてるとは言え、無人島にこの様な物が存在しているのはおかしい―――確かに資源の大半を掘り尽くし、枯渇したのであれば人が居ないのもおかしくは無いが、目の前の採掘場は比較的最近作られたようにも見える。「何か妙だな・・・人が居ない筈の無人島で、人が居そうな形跡が在るなんておかしくないか?それに何でこんなにも見つかり難い位置に採掘場を作るなんて怪しいよな―――」そう考えた彼は、採掘場へと機体を近づけ、カメラをズームさせ周辺を調べる事にした。「―――周囲にこれと言った物は見られないな・・・一度先生に連絡を取って指示を仰いでみるとするか・・・こちらフェンリル1、先生、応答願います。先生、応答願います・・・」『ザ、ザー』「何だ?この距離で通信が通じない筈無いのに?そうだ、キョウスケ大尉の方は・・・」通信機でキョウスケを呼び出してみるものの、夕呼の時と反応は変わらない。「オイオイ、こんな時に通信機の故障かよっ!」その後何度か通信を試みるものの、一向に無線が繋がる気配が無い。そして彼は、ふとメーターや計器類に目を向けた事で自分の周囲で何が起こっているかに気付く事となる。「レーダーに異常?いやっ、そうじゃない!!これはジャミングだ。しかもレーダーだけじゃなく計器類も上手く作動していないじゃないか・・・っ!!何だ!?」突如として機体周辺に撒き上がる土煙り―――慌てて周囲を確認するが、視界には何も映っていない。レーダーをチェックしたところで正常に働いていない事から武は、何者かがこの周囲にジャミングを掛けた上で自分を攻撃して来ているのだと確信した。「クソッ!いったい誰が・・・それよりも敵はどこから攻撃して来てるんだ!?」そう考えている間にも砲撃は続く―――相手の位置が解らない以上、この場に立ち止まっていては良い的になってしまうと考えた彼は、兎に角動き回る事で相手の攻撃を回避しようと試みるのだが、如何せん分が悪い。当初彼は、自機の射程外からの攻撃なのだろうと考えていたのだが、相手の攻撃はどう見てもミドルレンジからの突撃砲を用いた攻撃だ。これはあくまで彼の勘でしかないのだが、相手の気配は直ぐ近くに居るとしか思えなかったのだ。必死に逃げ回りながら盾を用いて弱点部分である胴体を防御しているものの、次第に機体各所に被弾し始める。洋上へ逃げようにも距離があり、下手に上空へ逃げようものなら集中砲火を浴びて一気に落とされてしまうだろう。相手もそれを踏まえたうえで行動している様で、洋上ルートへの逃げ道は完全に断たれており、もはや撃墜されるのは時間の問題となっていた―――「―――それにしても機体の反応が鈍い!まさか被弾したダメージが影響しているのか!?」相手の攻撃を得意とする三次元機動を用いて回避しているものの、機体の反応速度が追い付いていない事が原因となり、武は更に焦り始める。確かに被弾したダメージも多少は影響しているのかもしれないが、根本的な部分はもっと他にあった。彼が普段乗っている改型は、彼の戦術機動を最大限発揮できるように調整されている。そしてその機体を操るうちに彼は、徐々にではあるが自分でも気づかぬうちにその才能を更に伸ばしていたのだった。そんな事とは思わない武は、被弾し始めた事によるダメージが原因であると考えたのである。「このままじゃ嬲り殺しだ・・・何か、何か方法を考えないと・・・っ!?雨・・・よりにもよってこんな時にスコールかよ!!」唯でさえ機体の動きの不調に悩まされているというのに、ここに来て唐突に振り出した雨。丁度この雨は、最初の世界で武が蛇に噛まれた時に振り出した雨だった。そして、この地方独特のこの雨が、彼に幸運をもたらす事となる。「―――何だ?」突如として機体後方を捉えるセンサーが反応し、その様子を表示したモニターに二体の戦術機がその姿を現す。「あれはF-23Aじゃないか!」突如として武の前に姿を現したF-23A・ブラックウィドウ。彼は米軍のとある特種部隊がこの機体を運用している可能性があると聞かされていたが、その部隊の詳細までは知らないでいた。そして、その機体性能も知る術を持ってはいない。あの夕呼ですら解らない以上、それもそうであろう。この戦術機に装備されている光学迷彩機能は、周囲の風景に溶け込む事で機体のステルス性を更に向上させている。だが、その光学迷彩機能を持ってしても、絶えず降り続ける雨などは搭載されるているセンサーやコンピューターだけでは処理が追いつかずに機能しないという弱点を持っていたのだ。まさに偶然が重なって舞い込んだ奇跡と言っても良いだろう。これで相手の位置が判明した事から、武は直ぐに反撃に移ろうとする。しかし、自分が何故攻撃されているのかが解らない以上、下手に攻撃は出来ない。一方的に攻撃を受けているとは言え、相手は米軍であり、もしかすると自分は米軍の領地に無断侵入してしまった事が原因なのかもしれないと考えたのだ。「こちらは国連軍横浜基地所属、白銀 武大尉。こちら側に戦闘の意思は無い。繰り返す、戦闘の意思は無い」必死になって通信機で呼びかけてみるものの、相変わらず通信機はジャミングの影響からか相手に伝わっている様には思えない。そこで武はカメラアイを点灯させ光通信を試みるのだが、それでも相手には伝わらないどころか更に相手の攻撃は激しさを増す。「戦闘の意思が無い事を伝えても駄目。それ以前に警告も無しに撃って来たって事は、領空侵犯じゃないって事か・・・だとするとさっき見つけたあの採掘場・・・あれを見た事による口封じって事かもしれないな」相手の機体が見える様になった事から、幾分か落ち着きを取り戻す事が出来た武は、冷静に相手の攻撃理由を考えていた。やはりどう考えても最終的に到達する答えは先程の採掘場であり、米軍はそこで見られてはならない何かを隠しているという事になる。そして武は、この部隊が運用している機体からして、間違いなくクーデターに関する何かが絡んでいるのだろうと確信した。「追撃部隊がこれ以上出てこない所を見ると、敵はあの二機だけって事になるな。話し合いも通じる様な感じじゃ無いし、何とかして相手を振り切るか行動不能にして逃げ切るしか手は無いか―――」意を決した武は、急遽機体を反転させ、先ずは自機から見て右側の敵機に向け突撃砲を放つ。正直、性能の劣る不知火では些か不安ではあるが、何もしないままでは逃げ切る事など出来ないのだ。二対一という不利な状況にもかかわらず、彼は得意とする三次元機動を用いて状況を覆すべく奮闘する。彼が今相手をしているのは米軍では無い。もうお分かりだと思うが、異世界からの転移者の軍勢・・・『シャドウミラー』と言われる者達だ。恐らくこの場所は、シャドウミラーの前線基地か何かなのだろう。その様な事を知る由もない武は、運悪くこの地に足を踏み入れてしまったが為に彼らに攻撃を受けたのだった。「―――相手のとっさの行動に対しての反応が鈍い?その割にはとんでもない機動を使って来るし・・・ひょっとして無人機なのか?」武の考えは憶測にしか過ぎないのだが、これは的中していた。相手の機体はAIを搭載した無人機であり、先程から機械的な動きしか見せていない。それでもその機動力はかなりのものであり、二機の連携は熟練衛士のエレメントにも匹敵する物がある。武はその性格からして人を殺める事を嫌う人物だ。そう言った事から彼は、相手を行動不能にする為にあえて弱点である胴体部周辺を狙わない様にしていたのである。先程から相手は、一機を相手にするともう一方が自分の背後に回り込もうとする動きを行う。どうしても二対一である以上、両方を一度に相手する事が不可能であったことから気付いた事なのだが、あまりにも規則正しいその動きをみた事で、彼は相手をしている二機は無人機だという事を確信していた。「無人機なら俺の呼びかけに対して反応しないのも無理は無いか・・・人が乗っていないっていうんなら、相手の心配をする必要もないよな」もしかすると、などという可能性も否定できないのだが、手を抜いていては勝てるものも勝てない。そして武は、先ず相手の連携を崩すところから始める事にする―――一方のF-23Aに真正面から切掛かり、先ずはそいつの動きを封じる。案の定、もう一機が背後に回った為、彼はそのまま鍔迫り合いを行いながら背部にマウントされている突撃砲を後方へと展開し、そのまま敵機へ向けて攻撃を開始。とっさの事で反応が遅れた相手は、その攻撃をまともに受けてしまう事となり、機体各所にダメージを負ってしまう。「お前らのコンビネーションは正確すぎる・・・そしてっ!!」そのまま武は、鍔迫り合いを行っていた相手を蹴り飛ばし、後方へ向けて一気に跳躍。上空で反転し、キャンセルで急降下。一気に距離を詰め、先ずは一機目を袈裟斬りにし大破させる。「お前らは必ずどちらかが背後にいるっ!!」蹴り飛ばされた相手が態勢を立て直そうとしている最中、着地と同時に相手に向けて跳躍を開始していた武は、そのまますれ違い様にもう一機も沈黙させていた―――「やっぱり無人機か・・・」撃墜した機体を確認したところ、コックピットブロックと思われる場所には強化外骨格が存在しなかった。武は、相手が無人機であった事に安堵し、報告の為に急いでその場を後にしようと跳躍を開始したのだが―――「っ!?ロックオンサイン?」突如としてコックピット内部に流れる警告。次の瞬間、機体に装備された跳躍ユニットの傍を一筋の光が通り過ぎる。「粒子兵器だって!?・・・クッ!!し、しまったっ!!」次の攻撃が彼の不知火の右足を的確に射抜いた事で爆発し、その衝撃でコックピット内部には跳躍ユニット損傷の警告が流れる。誘爆の危険性があった為に、彼はとっさに右側の跳躍ユニットをパージし、着陸を試みようとするものの、バランスを欠いてしまった不知火は自分の思い通りに動かない。次々と粒子兵器の雨が降り注ぐ中、何とかそれを回避しようと試みるものの、一つしか無い跳躍ユニットではそれを行う事は不可能だった―――「クッソォォォッ!!」成す術が無いまま武の機体は次々と残った四肢も撃ち抜かれ、その場には彼の叫び声だけが木魂していた―――あとがき第32話です。前回のお話で物凄い初歩的なミスをしてしまいました。恥ずかしい話なのですが、クアドループの詳しい位置を調べないままに設定に盛り込んでしまったのですが、クアドループってカリブ海に位置する島だったんですね・・・日本からそんな短時間で戦術機だけでアメリカを超えて行けるわけ無いじゃないかという事に気付きまして、前回のお話をこっそり修正させて頂いております。まったく地理に疎いくせに適当な設定を考えた自分が恥ずかしいですTT何とかしてTEと絡ませたかったんですけどね・・・(苦笑)さて、それでは今回のお話について行かせて頂きます。今回、訓練部隊はブリット達の班についてのみ書かせて頂きましたが、他の面々は原作と同じ目標地点での出来事ですし、原作でもタケルちゃんが行った場所の事しか詳しく書かれていなかったことからオリジナル設定の部分のみとさせて頂きました。本来ならば他のメンバーの事も書くべきなのかもしれませんが、情報が少ないという点からあまり良い案が浮かばなかった為にこの様な描写となっております。そして後半はタケルちゃんの不知火VSシャドウミラーのF-23Aのバトルです。当初から次の話の為にこのお話のラストでタケルちゃんの機体を撃墜させようと考えていたのですが、何となく改型を撃墜させるのは勿体ないというか、個人的にまだ早いと考えた事から、タケルちゃんには不知火で任務に当たって貰いました。F-23A二機を不知火で落とせたのは少々無理があったかもしれないと自分でも思っていますが、物語進行の都合と相手が機械的な動きしか出来ない無人機だったから可能だったという事でご容赦ください。話しの中で海底火山の事などを色々と書いていますが、小説なのにこんな風に説明臭いものを長々と書いて良いのかと思っております。必要な気もするし必要ない気もするのですが、如何なものでしょうか?それと、今回からタケルちゃんはコールサインを使っています。何故フェンリルにしたかというと、何となくフェンリルって銀色ってイメージがありまして・・・まあ私の勝手な想像なのですが^^;後は孤狼に名前負けしないような物は何だろうと考えた事が主な理由です。それでは次回も頑張りますのでよろしくお願いします。感想の方もお待ちしていますね^^