Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION第37話 疑念時間は武がシャドウミラーの兵士に捕まった辺りへと遡る―――彼がそのような状況に追い込まれている事など知る由も無い訓練兵の面々は、急に振り出した雨により川が増水した結果、ロープを回収するかどうかで論議を交わした後、最終的に時間制限を設けてその間に雨が止めばロープを回収するという結論に達していた。良い方向に考えれば、つかの間の休息という事になる。流石に状況が状況なだけに談笑する者は居ないが、それぞれ各々が限られた休息時間を有効に活用していたのは言うまでも無い。そして―――「二時間・・・本当に止んだよ!」先程まで降り続いていた雨が急激に止み、徐々にではあるが雲の切れ間からは光が差し込んできている―――「この調子なら増水が収まるまで大体一時間ってところか・・・」「回収作業を行って丁度四時間ってところですね」「御剣さんすごいよ!」ブリットの言葉に続くようにしてゼオラが発言し、自身の驚きを隠せない壬姫は、素直にそれを冥夜に伝えていた。だが、中にはそれを素直に受け入れられない者も居る―――「・・・どういうこと?」「御剣・・・まさか本当にあなたの言ったとおりになるなんて・・・」疑念と驚愕が入り混じった表情を浮かべながら千鶴、彩峰の両名は率直な意見を述べていた。口には出さないが、二人以外にも戸惑いの表情を浮かべている者は何名か居る事は事実だ。中には『スゲースゲー』と子供の様にはしゃいでいる者も居るのだが―――「たまたま読みが当たっただけだ。それに待つ決断をしたのは榊であろう?彩峰、すまぬが後でロープの回収を頼めるか?」「・・・解った」雨が上がったとはいえ、直ぐにロープを回収することは出来ない。徐々にではあるが、水かさが減ってきているとはいえ、川の流れはかなりの急流だ。時折川の濁流に混じって折れた木の枝や樹木などが流れてきているため、今すぐに回収作業を行えば危険が伴うのは明白。その場に居た全員は、作業が行える程度に水かさが減るのを待つ間、再び休息を取り始めていた。だが、この一件に関しての疑問は拭えていない―――冥夜の発言は本当に読みが当たっただけなのだろうか?偶然にしては出来すぎている・・・その場に居た一部の者、特に千鶴と彩峰の両名はそう感じていた。普段はこのように息を合わせるような事は滅多に無い二人だが、流石に今回ばかりは同じ疑問にそうも行かないのだろう。何故ならば、冥夜は事前に四時間だけ待って欲しいと指定してきたのだ。いくらこの地域特有の雨であったとしても、相手は自然現象なのである。どれほど凄い気象予報士だろうと完全に天候を予測する事は不可能に近い。ましてや彼女はこの手の事に関しては素人の筈だ。そのような者がここまで見事に天候を予測し、四時間という猶予を与えてくれと頼んできたのである。千鶴や彩峰が彼女の不可解な行動に対し懸念を抱くのも無理は無いと言うことだ。「(やはり疑われてしまうのも無理は無いか・・・当然であろうな。私とて以前の世界で武が見事に天候を予測した時は、今の皆と同じ気持ちだった。未来でも知っていない限り天候を予測するなど不可能なのだからな・・・未来・・・いや、まさか、な―――)」言葉にはしないまでも彼女たちの表情から、自らの不可解な点に懸念を抱かれているのだろうという事を彼女は薄々感づいていた。そして、その時に感じた点から自身も、以前の世界での武の行動に疑問を浮かべてしまう。何故あの時、彼は的確に天候を予測できたのだろうか?天候の話だけではない。当初の脱出ポイントと思われた場所での出来事。その時の彼の行動もまた、これから起こる事を予想しているかのような動きだった。偶然が重なっただけなのかもしれないが、これほどまで頻繁に偶然が起こるものなのだろうか?以前の世界での武の行動やその口から発せられる言葉の数々―――これまで何の疑いもしなかったが、今の自分を武に置き換えてみると妙な違和感を感じざるを得ない。ここに来て彼女は、もしかすると以前の世界での彼もまた、今の自分と同じく記憶を有したまま過去へと遡ったのではないかという考えが頭を過ぎる―――「(―――何を考えているのだ私は・・・例えそうだったとしても、彼の者は白銀 武以外の何者でもないではないか。住む世界が違えども武は武、そして私は私だ。それ以上でもそれ以下でもない・・・この様な馬鹿馬鹿しい事、考えるのはもう止そう。今は総戦技演習に集中せねば―――)」心の中でそう呟いた彼女は、改めて気合を入れなおすために両手で自身の頬をパシパシと叩く。「ど、如何したんッスか冥夜さん!?」「ん、ああ、これからまだまだ難関が待ち受けているだろうからな。気合を入れ直しただけだ」「な、なるほど・・・」「そなたもやってみてはどうだ?」「別に俺はそんな事しなくても大丈夫ッスよ」「フフ、そうか。ではそなたに期待させてもらうとしよう」「ウッス!大船に乗ったつもりで居てくださいッス」「・・・泥舟の間違いじゃなきゃいいけどね」「うおっ!彩峰、何時の間に!?ってか、何で泥舟なんだよ」「・・・なんとなく」そう言った彼女の手にはロープが握られているところを見ると、既に回収作業を終えたようだ。川の方に目をやると、既に殆ど水が引いている。雨が止んでから時間は1時間も経過していない。という事は思いのほか早く水が引いたという事だろう。早く先に進む事ができるという事はそれだけ時間の短縮にも繋がる。いくら予想よりも速いペースでここまで進んで来れているとはいえ、時間は限られているのだ。「それにしても早いな。流石は彩峰と言ったところか」「優秀だからね」「自分で言うか普通?」「ニヤリ」「クッ、何かその勝ち誇ったような笑顔がムカつく・・・」「だったら貴方も彩峰さんに負けないように努力するしかないわね。実際の所、彼女はアラドと違って優秀ですもの」「うるせえよゼオラ!今に見てろよ彩峰・・・そのうちギャフンと言わせてやるからな!!」「・・・ギャフン」「・・・」「今回ばかりはアラドの負けだな。さて、天候も回復してきた事だし、そろそろ出発の準備を整えようぜ」「そうね、予定より早く進んでいるとはいえ、この先どうなっているかわからないわ。皆、この先も気を引き締めて行くわよ」『『「了解」』』休息を行えた事により、幾分か体力を回復する事ができた彼女達は、そのまま次の目標地点へ向けて歩みを進めることにした―――「ねえねえアラド」「何ですか美琴さん?」木々が生い茂る密林を進んでいる最中、隊列の先頭を進んでいた美琴が、突如として口を開く。「前々から思ってたんだけどさ、何で慧さんだけ『彩峰』って呼び捨てなの?」「如何したんですか突然?」突拍子の無い彼女の発言に対し、何事かと思ったアラドであったが、蓋を開けてみれば他愛も無い話だ。「いや、さっきも冥夜さん達と会話してた時、慧さんだけ呼び捨てだったでしょ?今もボクをさん付けで呼んでたし、何か理由があるのかなあって思ったんだよね」「・・・そう言えばそう。何で?」「ん~、特に理由は無いッスね。強いて言えばタケルさんがそう呼んでたからかなあ」確かに彼の言うように、彩峰の呼び方に関しては特別な理由は無い。アラド自身が呼びやすかったことと、どこと無くさん付けで彼女を呼ぶ事に抵抗があったからだ。だが、さん付けで呼ぶ事に対して抵抗があるからなどと言っては相手に対して失礼に当たる。だから彼は、特に理由も無く武がそう呼んでいた事が主な理由だと答えたのだ。「でもさ、千鶴さんの事は『委員長』って呼ばないよね?それに壬姫さんのことも『たま』って呼んでないし」「そうですよねぇ。でも、私の事を『たま』って呼ぶのはタケルさんだけですし」「確かに榊さんは委員長っぽいけど、なんとなくそう呼びにくいし・・・珠瀬さんはなんでだろうな。よくわかんねえや」「ふ~ん、そうなんだ。てっきりボクは慧さんを特別扱いしてるのかと思ってたよ」「何でそうなるんッスか?」「いや~、好きな子相手には意地悪したくなる、みたいな感じかな?だから慧さんだけ呼び捨てなのかと思ってたんだ~」「・・・そなの?」「な、何言ってんですか美琴さん!絶対そんな事ありえねえって!」徐々に話が噛み合わなくなって来るのが解る―――アラドも以前から思っていた事だが、彼女は本当にマイペースな人間だと改めて気付かされてしまう。何処を如何解釈すればこの様に曲解した答えになるのだろうか?このままでは彼女の良いように解釈されっぱなしになってしまうのは間違いない。だが、彼がそう考えたときには既に遅かった―――「そんなに力一杯否定しなくてもいいよ。ボクは応援してるからいつでも相談に乗るよ?」「だから違うって!ああ、もうっ!大体俺が彩峰を好きになるなんて事ありえねえよ!」「じゃあ、誰が好きなの?」「そ、それは・・・」完全に美琴のペースだろう。会話に巻き込まれる形となった彩峰に至っては、先程からさほど表情に変化は見られないが、若干口元をニヤ突かせながらアラドの方を見ている。彼女はアラドをからかうべくこの状況を楽しんでいるのだろう。だが、流石にこの件に関しては正直に答えるわけにはいかない。口に出して言っているわけではないが、彼が好きな女性はゼオラだ。その事はC小隊の面々の殆どが気付いている。当の本人同士は、互いの事を想ってはいるが、互いに好きだと言った事がある訳ではない。大事な、そして掛け替えの無い存在だと認識している程度なのである。そんな彼の考えなどお構い無しに、美琴は更に言葉を続けていく―――「答えられないって事は、やっぱり慧さんなんだね~」「だから違うって!」「・・・ポッ」「って、オイ!お前もそこで顔を赤らめるな!!」「・・・お前だなんてそんな」美琴のマイペースに引っ掻き回され、彩峰にはいいようにからかわれ、流石の彼も限界のようだ。「だぁぁぁっ!!マジでいい加減にしてくれよ!!」「ホント、いい加減にしなさいよ貴方達!!今は演習中なのよ?ふざけている場合じゃないでしょう!!」ついに助け舟が来た―――そう考えて振り向いたアラドの目に入ってきた千鶴の顔は、憤怒の形相を浮かべていた。下手な事を言い返してしまえば間違いなく火に油を注ぐという行為に繋がってしまうだろう。「そうだぞ三人とも。いくら順調に事を運んでいるからって油断しすぎだ」千鶴に比べればブリットは比較的穏やかな口調ではあるものの、怒っているという事には違いない。『ごめん『・・・ゴメン「すみません」』』「私達にはもう後が無いのよ?なのにそんな話、今する必要は無いでしょう!?」「すみません榊さん・・・」「謝って済む問題じゃないわ。大事な演習中だって言うのに貴方達は一体何を考えているのよ!今がどういう状況か解ってるの!?」「ごめん千鶴さん。ボクが悪かったよ」約一名を除いて申し訳無さそうに誤る美琴達。確かにこの様な話は、今するべき内容ではない。美琴のちょっとした疑問から始まったこの話は、場を和ませるつもりだったのかも知れないが時と場所が悪かった。これが先程の休息中であったのならば、この様に千鶴が怒る事も無かったであろう。「ま、まあまあ榊さんも落ち着いて下さい」「貴女はちょっと黙ってて!」彼女を落ち着かせようと思った壬姫の言葉を遮り、彼女は怒れる視線を三人に向けている。ちょっとした事が原因だったにも拘らず、徐々に周囲の空気が重くなって来ていた。それを感じ取ったのだろうか?自分も言い過ぎたと思った千鶴は、折角纏まり始めていた面々が、この件で再びバラバラになってしまっては元も子もないと判断し、自身の非礼を詫びていた。「・・・解ってくれれば良いのよ。ごめんなさい、私もちょっと強く言い過ぎたわ。珠瀬も、ごめんなさいね」「う、ううん。私の方こそごめん」「いや、悪いのはボクの方だよ。いくら順調に行ってるからってふざけ過ぎたと思う。本当にごめんね」互いが互いの悪かった点を謝罪する。そんな中、一人別の視点でこのやり取りを見ていた者が居た。御剣 冥夜である。これは良い傾向ではないかと彼女は思っていたのだ。今までの千鶴であったならば、この様に素直に自分の至らない点を即座に謝罪するという事はしなかったであろう。常にマイペースを貫いている美琴や彩峰も自分の非を認め素直に謝っている。そしてこのような状況においては、今までの壬姫ならばただオロオロしているだけだったに違いない。間違いなく彼女達は、徐々にではあるがチームとしての纏まりが出来始めている。少なくとも今の状況を見ている限りはそう感じられたのだ。その光景を見ていると、自然と顔が綻んでくるのが自分でも分かる。「如何したんですの冥夜?何と無くですが、とても嬉しそうな顔をしている様な気がするのですけれど・・・」そんな冥夜に気付いたアルフィミィは、何故この状況でそのような顔が出来るのかを疑問に思っていた。彼女が冥夜から受けたイメージは、何かに喜んでいる様に感じられたのである。如何考えても今の状況において、彼女が喜ぶべき事があった様には思えない。以前、エクセレンが自分にもこの様な表情を向けていた事があった。その時も彼女は、何に対してエクセレンが喜んでいるのかという事に疑問を抱いていたのだ。元々アインストとして生を受けた彼女は、自分でも理解できない感情や人の行動が数多く存在する。アインストから独立し、自分という個を確立した彼女にはまだまだ学ばなければならない事が多い。エクセレンが彼女を訓練部隊に入るよう進めたのは、同年代の者達との交流からそれら多くの物を学んで欲しいという願いからであったのである。「・・・大した事ではない。人はこうやって成長して行くのだと感じていただけだ」「よく解りませんの」「いずれそなたにも解る時が来よう。私とてまだまだ学ばねばならぬ事は多いのだからな」「なるほど・・・」様々な想いが交錯する中、再び彼女らは目的地へ向けて歩みを進めて行く―――それから数時間程経過し、彼女らの目に真っ青な景色が見え始める。先程までとは打って変わって雲一つ無い快晴。風に乗せて漂って来る潮の香りは、海が直ぐ傍にあるのだという事を改めて確認させてくれる。徐々に生い茂っていた木々が切れ始め、次第にゴツゴツとした岩場に切り替わると共に明らかに異質な物が見えてきた。天然自然の中に在って明らかに異質な人工物、それは誰が見てもヘリポートに間違いないだろう。「ここが回収ポイントかしら・・・?」「このまま行けば四日目でクリアかぁ・・・すごいよ!」「そんなに凄い事なんですの?」「そりゃそうだよ。ひょっとしたら最短記録かも知れないからねぇ」その場に居た殆どの者がこれで演習は終了だと考えていた。そんな中、明らかに怪訝な表情を浮かべている者が居る。「どうしたの御剣さん?なんだか顔色が青いよ?」「大丈夫か御剣?どこか具合でも悪いのか?」「いや・・・何でもない」彼女を心配したクスハとブリットが声をかけるが、その表情からはとても大丈夫そうには見えない。体調不良といった様子では無い様だが、何かを深く考え込んでいるようにも思える。「(以前は回収ポイントに到着し、皆で喜んでいたところを砲撃されたのだったな・・・恐らく香月副指令の事だ、このまますんなりと脱出させてくれる筈などあるまい)」やはり彼女は以前の世界の事を思い出していたのであった。前回の世界では、苦労の末、やっとの思いでこの場に辿り着いたにも関わらず、一瞬にして登ってきた崖を蹴落とされた様な気分にさせられたのだ。これから仲間が落胆するかもしれないという事が分かっているだけに顔に出てしまうのも仕方の無い事だろう。「発煙筒発見!」笑顔で皆にそれを伝える壬姫の表情を見ているだけで更に辛くなってくる。「(下手に砲台を黙らせようものならこの後の展開がどうなるか分からん。かといって先に砲台の存在を皆に知らせるわけにも行かぬし・・・さて、如何したものか・・・)」そうこうしている間に発煙筒は彩峰の手に握られている。このまま何も知らずに発煙筒を焚いてしまえば彼女の身が危険に晒されてしまうのは明白だ。「ちょっと待った彩峰!俺にやらせてくれよ」如何すべきか悩んでいる冥夜を他所に、アラドが自分にやらせて欲しいと言い出す。「・・・何で?」「こういうの前から一回やってみたかったんだよ。な、別にいいだろ?」「・・・やっぱりお子様だね」「うるせえ。なあ、俺にやらせてくれよ」「・・・さて、どうしようか」この時冥夜はマズイと考えた―――彩峰と比べ、アラドはどちらかと言えば注意力が散漫な方だ。身体能力の上ではかなり高い部類に入る彼とはいえ、そんな彼が何も知らずに発煙筒を焚いてしまえば彩峰以上に危険に晒されてしまう可能性が高い。「(ここはやはり私が行くべきだろうな・・・)二人ともちょっとよいだろうか?」『何?「何ですか?」』「すまぬが私にやらせてはくれないだろうか?じ、実は私も一度こう言うのをやってみたかったのだ(こう言えば私に譲ってくれるだろう・・・幸いな事に砲撃が来る位置は分かっている。それを知っていながらむざむざと仲間を危険な目に遭わせる必要もあるまい・・・)」「・・・どしたの?」「え?」「いや、何かいつもの冥夜さんらしくないって言うか・・・」「ど、どこが私らしくないと言うのだ?私はいつもどおりだぞ?」『「・・・明らかに何か動揺してる」ッス』「そ、そんな事は無い!(クッ、何故この様な時ばかりこやつらは勘が鋭いのだ!)」「・・・そうやって声を張り上げるところがますます怪しい」「怪しくなどないっ!いいからそれをこっちに渡すのだ彩峰!」これが武だったならば変に勘ぐられることも無かっただろう。下手に怪しまれては不味いと考え、そう思われないような表情で彼女らに言葉を発したつもりだったが、彼女の普段真面目過ぎるほど実直な振る舞いを見せている事がここに来て仇となっているのだ。このまま変に勘ぐられたままでは不味いのは重々承知している。だが、避けられる事は避けるに越した事はないのだ。先に起こる事を知っていながら仲間を危ない目に遭わせる訳には行かない。そういった性格ゆえに起こした行動だったのだが―――「何か今日の冥夜さんおかしいッスよ。変な物でも食べたんですか?」「・・・アンタじゃないんだからそれは無い」「なっ、バカにすんなよ!今日は取っておいたレーションしか食ってねえって!」このままでは堂々巡りになってしまう。なんとしても自分が発煙筒を焚いて仲間を守らねばならないという考えが先行してしまっているため普段どおりに振舞う事が出来ないのだ。「いい加減にしろよお前ら!こんなくだらない事で言い争ってる場合じゃないだろう!」三人の言い争いに対し、流石に業を煮やしたブリットが仲裁に入る。「たかが発煙筒を焚く位、別に誰がやっても同じだろう!?彩峰、それをこっちに渡せ・・・俺がやる」普段の彼はこの様に大声を張り上げて怒ったりはしない。という事は思っている以上に激怒しているという事なのだろう。それを察した彩峰は、素直にそれを彼に渡す。「まったく・・・子供じゃあるまいし、こんな事でケンカなんかするなよな」「すみません」『・・・ゴメン』『・・・すまぬ』そう言って発煙筒を受け取ったブリットは、徐に準備を始める―――「すまなかったブリット・・・」彩峰とアラドがその場を離れる中、申し訳無さそうな表情で彼に謝る冥夜。「いや、俺も少々言い過ぎた・・・なあ、御剣」「ん?」「あれこれと詮索するつもりは無いけどさ・・・あんまり気負うなよ?」「な、何を・・・(まさか、気付いているのか?私がこの先起こりうる事を知っているという事を・・・)」「今日一日、ずっと何か考え込んでるって感じだったぜ?」「す、すまぬ・・・顔に出ていたのだな」「ああ、いつもの三割り増し位に険しい顔してたからなぁ。不安なのは解るけど、もう少し皆を信頼しても良いんじゃないか?俺達は仲間だろ?」「そうだな・・・そなたの言うとおりだ」「分かってくれれば良いさ・・・よし、準備完了だ」「ブリット・・・気をつけてな」「解ってる」そう言ってヘリポートの中央へと向かうブリット。これから起こり得る事態を知っているだけに不安な表情を隠せない冥夜―――彼女はただ彼の無事を祈る他なかったのである。「(恐らく御剣は何かを隠している・・・ふう・・・俺も人の事言えないな。さっきあんな事言った俺自身が彼女を信じてやらなくてどうするんだよ)」そのような事を考えながら歩いていると、いつの間にかヘリポートの中央へと到着していた。発煙筒に着火し、両手を挙げ暫くその場に立っていると、何処からともなく聞こえてくるヘリのローター音。回収のためにこちらにやってきた味方のヘリだという事は間違いないだろう。「ヘリが来たよ!」美琴の喜び混じりの声が聞こえてくる―――「これで終わりか・・・っ!!?(何だこの感じ!?)」「これでボクたちも合か―――」彼女がそういい掛けた直後、轟音と共に爆ぜる地面―――「!!?」「な・・・何!?」「砲撃!?・・・何処からなの・・・」その場に居た殆どの者が驚きを隠せないで居る。「あそこだ!」大声を張り上げ冥夜が指差した方向は海を挟んだ対岸。そこには一台の砲台がこちらに向けて尚も砲撃を繰り返している。「あんな所に砲台が・・・!?」「こっちに撃ってきてるよ!!」「狙われているぞブリット!!」砲撃の着弾地点は、徐々にブリットに向けて近づいている。「ブリット君下がって!狙われているよ!!」「わかってる!!(クッ、さっき感じた妙な気配はこれか!!)」急いでその場を離れるブリット―――尚も砲撃は止むことなく続いている。「ブリットこっち!急いで!!」既に岩場に退避していた美琴が安全圏へと誘導する。岩場まで後数メートル―――「(頼む・・・間に合ってくれ!!)」必死に彼の無事を祈る冥夜を他所に、彼の背後で一際大きく地面が爆ぜた―――「うおぉぉぉぉぉぉっ!!」雄叫びを上げながら彼は、岩場の陰へと飛び込む。数秒後、先程まで彼が居た所は見るも無残な光景へと変貌していたのは言うまでもない。「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・し、死ぬかと思った・・・ん?(何だ?この柔らかい感触・・・?)」砲撃の影響で彼の周囲には砂埃が立ち込めているため視界が悪い。とっさに岩陰に飛び込んだのだが、地面の感触が何やらおかしい事に気付く。もっとゴツゴツとしている筈なのにまるで柔らかいベッドの上にでも居るような感覚だ。「あ、あのブリット君・・・」「えっ・・・?」徐々に晴れて来る視界―――「なっ!!」彼の目の前にはクスハの顔。「・・・え、えっと・・・そのぉ・・・」岩陰に飛び込んだまでは良かったのだが、必死だった事もあり彼はクスハを押し倒すような形になってしまっていたのだ。「ご、ごめんクスハ!!す、直ぐに退くから!!」「う、ううん・・・私は大丈夫だから・・・」先程からクスハの顔は真っ赤だ。直ぐに彼女の上から退こうと右手に力を込める。「キャッ!」再び右手に感じる柔らかい感触―――「ブ、ブリット君・・・で、できればその手を先に退けてくれないかな?」顔を真っ赤にし、目に軽く涙を浮かべているクスハ。言われるがままに右手に視線を移すと、彼の右手は何かを鷲掴みにしている事に気付く―――「・・・う、うわぁぁぁぁぁっ!!ご、ごめんクスハっ!!」飛び退く様にして彼女から離れるブリット。案の定彼の顔も真っ赤だ。「・・・やるねブリット」「どさくさ紛れに何やってんですかブリットさん」「不潔です」「ご、誤解だ!!これはワザとじゃない!!」「・・・とか言いながらしっかりクスハの胸揉んでた」「そ、それは・・・」「・・・不潔」「だからそれは誤解だラトゥーニ!!」次々と周囲から発せられる言葉と視線にブリットは必死になって釈明する。「わ、私は大丈夫だから・・・」「でも責任取らなきゃいけないね」「せ、責任!?」「クスハを傷物にしてしまった責任ですの」「だからこれは事故だって・・・俺だってワザとじゃないっ!!」「あら、この期に及んで逃げるんですか?男らしくないですよブリットさん」「なっ!」会話に参加している者は一部を除いて終始ニヤニヤしっぱなしだ。要するにブリットをからかっているという事なのだろう。彼も頭が回らないのかその事に気付かないのである。「はいはい、それくらいにしなさいよ貴方達」「そうだな。それよりも問題はあの砲台だ・・・それにしても何故あのような物が稼働しているのかという事が気になる・・・」「そうね・・・(何故かしらこの違和感・・・さっきの御剣の行動、まるでこれから何が起こるかを知っているようにも見て取れたけど・・・)」千鶴の疑問も尤もであろう。冥夜との付き合いはさほど長い訳ではないが、普段の彼女を見ていれば否応無しにその違和感に気付いてしまうのも無理はない。この演習に入ってからの彼女の行動や発言は、まるで何かを知っているような感じだ。先程の一件、そしてロープ回収時の事を踏まえて考えてみると更にその疑問は大きくなってくる。「どうしたのだ榊?私の顔に何か付いているのか?」「ううん、何でもないわ(考えすぎか・・・)兎に角、改めて今後の事を考えなければならなくなったわ。皆、集まってくれる?」『『「了解」』』今後の事を話し合うため、集合する訓練舞台の面々。この場が回収ポイントだとすると、対岸に位置した砲台を黙らせなければならなくなる。その為には何故あの砲台が稼働しているのかという原因を突き止めねばならないのだが―――『あー・・・皆生きてる?』突如として通信機から流れてくる女性の声。この声が救いの声となるのか、悪魔の囁きになるのか・・・殆どの者が後者と受け取っていたのは言うまでもない―――あとがき第37話です。今回は前回言ったとおり総戦技演習の後半部分を書かせていただきました。全体的な流れは分かっているものの、やはり文章にしてみると難しい物ですね。一気に最後まで書いてみるかとも思ったんですが、それだと無駄に長くなりすぎると判断したので砲撃シーンが終わった辺りで一度切らせて頂きました。総戦技演習の結末や武ちゃんやキョウスケ達今後の展開については次回以降に持ち越させていただきます。さて、今回のお話ですが、武ちゃんと冥夜の違いという物をメインに考えて見ました。二人のキャラクターを考えてみると、冥夜が武ちゃんと全く同じ行動を起こしたとしてもすんなりと事が進む事は無いだろうというのが理由です。それによって様々な疑念を生んでしまったというのが今回のコンセプトになってます。これが今後の展開にどう影響するのかを楽しみにお待ち下さい。それでは感想のほうお待ちしております^^