Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION第38話 一時の休息、そして新たなる始まり『あー・・・皆生きてる?』突如として聞こえてくる声―――その声の主が横浜基地副指令『香月 夕呼』のものだと気付くのは、そう時間の掛かる事ではなかった。彼女は通信が繋がった事を確認すると、現在の状況を掻い摘んで説明し始める。『ちょっと予定が狂っちゃったわ。困ったことに『何故か』岬の砲台が稼働しちゃってるのよね~』この通信を聞いた冥夜は、前回と全く同じ状況である事を再確認すると共に、あからさまにわざとらしい彼女の態度に少々呆れていた。「(何故か・・・か、よくもそのような事が言えたものだな。この場に居る誰もが副指令の悪知恵だという事に気付いているというのに・・・)」そのような事を考えている間にも彼女の言葉は続いていく―――『新しく回収ポイントを設定するからそこへ行ってちょうだい・・・場所は―――今撃ってきた砲台の裏側』「そこに行くまでに再度砲撃される可能性がありますが・・・」『アタシにできるのは新しい回収ポイントを教えることだけよ・・・以上、通信おわり』ブツンと言う独特の音を立てながら一方的に打ち切られる通信。その場に居た全員がしばし無言の状態であった事は言うまでもない。彼女の物言いに驚いている訳でもなく戸惑っている訳でもない。香月 夕呼という人物を知るものならば、彼女がどう出るかなど容易に想像がつくのである。どちらかと言えば面倒事を全てまる投げしているかの様な彼女の言動に対し、彼らは皆呆れていたのだろう。「あとは自分でなんとかしろ・・・か。いかにも副指令らしい」「ここで文句を言ってても仕方がないわ。砲台も黙らせないといけないし・・・」その時彼女らは、腕を組みながら高笑いをしている夕呼が見えたという―――「でもさ榊さん。あの砲台、どうやって黙らせるんだ?流石にあれだけの物を破壊しようとすると、ちょっとやそっとじゃいかないぜ?」「無人の砲台が稼働しているという事は、どこかに何らかのセンサーか何かが設置されてるんだと思う。ブリットが発煙筒を焚き始めてから砲撃されるまでの時間を逆算して考えてみると、動体探知機(モーショントラッカー)か何かだと思うんだけど・・・」「赤外線とか熱感知センサーは当てはまらないのか?」「その線も捨てきれ無いけど、赤外線は大気に吸収される事もあるから一概には言えないわ。熱感知だったらヘリ、もしくは発煙筒の方が人体よりも高い温度を出しているからそっちに反応するだろうし、砲台とこの場所との距離を考えてみても動体探知機の可能性が高いと思う」「なるほど・・・イマイチ解んねえケド、ラトが言うなら間違いないんだろうな。砲台を無力化させるには、そのセンサーを探して破壊するのが一番手っ取り早いって事か・・・」「・・・アラド君、確かこれ先日の座学で習ったと思うんだけど」「そ、そうでしたっけ?いや~そういう小難しい事って頭ん中素通りしちまうんだよなぁ・・・アハハ~」「ちょっとアラド、笑い事じゃないでしょ?もしも演習終了後に砲台のセンサーについて問われたら貴方どうやって答えるつもりだったのよ!?」「えーっと・・・そこはまあ・・・勘で?」「呆れた・・・そうやって何時も何時も勘に頼ってばかりいちゃ駄目だってカイ少佐にも言われてるでしょ?」「な、何でそこでカイ少佐の名前が出て来るんだよ!!」「ねえゼオラ、そのカイ少佐って言うのは誰なの?」「え~っと・・・」ここでカイの名前を出したのは明らかに失言だっただろう。『カイ・キタムラ』新生特殊戦技教導隊の隊長であり、アラドやラミア達の上官に当たる人物である。C小隊の面々はよく知る人物であるが、B小隊の面々にしてみれば初めて聞く名だ。ましてや一介の訓練兵が佐官クラスの人間と面識があること自体珍しいのだ。流石に自分達が元居た世界で所属していた部隊の上官などと答えるわけにはいかない。その場の流れからつい彼の名前を出してしまったゼオラは、迂闊な自分の発言に対して苦虫を噛んでしまったような顔を浮かべている。このままでは不味い・・・下手な説明をしてしまえば、明らかに自分達の素性が疑われてしまう。どう説明すべきか悩んでいた彼女達に助け舟を出した人物は意外な者だった―――「ひょっとしてその方は、そなた達が以前所属していた訓練校で世話になったという方か?」「め、冥夜さん!?何で冥夜さんが少佐の事を知ってるんですか?」アラド達が驚くのも無理はない。彼女がこの世界の住人である以上、異世界の人間であり、面識のないカイの事を知っている筈が無いのだ。そのように驚く彼らを他所に、彼女は話を続けていく―――「うむ、以前タケルから聞いた事があってな。彼の者の話では、そなた達三名はかつて鬼教官と呼ばれる程の猛者の教え子だと聞いていたのだ。先程のカイ少佐と呼ばれる御方がそうではないのかと思ったのだが・・・違うのか?」実際の所、武は彼女にそれほど詳しく彼らの事を話した訳ではない。彼らが特別な施設出身であるという事だけを話していたのだ。つまり彼女は、自身に与えられていた情報からカイという人物を想像し、アラド達の元教官ではないかという憶測で物を言っているのである。だが、彼らにしてみれば少々大げさな物言いかも知れないが、地獄に仏、運良く垂れてきた蜘蛛の糸と言っても差し支えないだろう。「え、ええ、そうなんッスよ(ナイスだタケルさん!いつの間にそんな話してたのか知らないけど助かったぜ!)」「少佐は私達の元教官なんです。横浜に来る前にも勘に頼る癖を何とかするように言われてたのを思い出して・・・少佐の名前を出せばアラドももう少ししっかりしてくれるかなと思ったんです(白銀大尉のおかげで助かったわ・・・)」明らかに怪しい表情を浮かべながら、冥夜の発言を肯定する二人。だが、彼女が言った事であれば信憑性は高いと踏んだのだろう。「へぇ~、そんな凄い人が教官だったんだ。だからC小隊の皆は凄いんだねぇ」「なるほどね。ひょっとしてブリット達もその教官に教えを受けたのかしら?」一時は妙な眼差しを向けていたB小隊の面々も、冥夜が武から聞いたという事で納得している様子だ。「いや、俺とクスハ、アルフィミィは直接の面識はあっても教えを受けたことは無いよ。確かに厳しい方だけど、鬼って言われるほどじゃなかったと思うけどな」「ええ、部下思いのとても優しい方よ」「でも、無断行動をした人に何時間も正座させてお説教してた事があると聞いた事がありますの」「・・・やっぱり鬼?」「神宮司教官とどっちが怖いのかなあ」その場に居た殆どの者が『この場にまりもが居なくて良かった』と考えていたに違いない。相変わらずの美琴の発言に、一時的とはいえ周囲の時間が凍り付いた様にも感じられる―――「ックシュン・・・」「あら、まりも・・・風邪でも引いたの?まったく、アンタ教官なんだから自分の体調管理ぐらいしっかりしてよね」「ち、違うわよ!何か急に鼻がムズムズしてきて・・・」「ふ~ん・・・ひょっとして誰かがアンタの噂でもしてるのかも知れないわねえ・・・」「・・・それはどういう意味かしら?」「お~怖っ」一方、別の場所では―――「風邪ですか少佐?」「い、いや、急に鼻がムズムズしてな・・・誰かがまたよからぬ噂でもしているのだろう」「そうですか・・・」そんなやり取りが行われていたのはまた別の話―――「兎に角、ここで考えていても時間が勿体無いわ・・・砲台の射角を迂回するようにして移動しましょう」「そうだな。ひょっとすると近くに砲台のセンサーがあるかもしれない。榊、地図を貸してくれないか?」「ええ」そう言って地図を受け取るブリット。「ラトゥーニ、君ならこの地図を見て何処にセンサーを仕掛ける?」「・・・ヘリポートの位置と砲台の位置、それから砲台の射角を考えると・・・恐らくこの場所とこの場所・・・そしてここだと思う」「三箇所か・・・一つは新たに指定された回収ポイントへ向かう途中から見えそうだな」「残る二つは対岸・・・しかもかなり迂回しないと難しい位置ですね」「珠瀬、もしこのポイントにセンサーが存在するとして、対物体狙撃銃で狙撃する事は可能か?」「うう~ん・・・その場所しだいですねぇ。距離もそうですけど、風向きや風力なんかも関係してきますし・・・」「そうか・・・とりあえず、先ずはこのポイントを目指す事にしよう。そこにセンサーが設置されていたら状況に応じて珠瀬に狙撃してもらう。皆もそれで構わないか?」全員がブリットの意見に賛成する。そんな中、一人冥夜だけがブリットやラトゥーニの考えに驚いていた。「(流石というべきか・・・この状況下において彼らはレドームの設置されている位置をほぼ特定している・・・そして、それがそこに存在すると仮定して現状の人員と装備でどう対応すべきかを即座に導き出している。ブリットの指揮能力、ラトゥーニの分析力・・・本当に彼らは我々と同じ訓練生なのだろうかと驚かされるな・・・)」実際の所、ブリットは前線で指揮を執った経験は皆無に等しい。どちらかと言えば戦闘中に熱くなりすぎてしまう事の方が多いだろう。この世界に来てキョウスケの推薦で分隊長を任されてから彼は、自分なりに色々と考えてみた。こういった状況下において自分の先達がどの様に動いていたかを今一度思い出しながら行動しているのだ。そして自分の仲間達を信頼し、彼らが特に優れている分野に関しては率先して意見を求め、それらを参考にする事によって数ある選択肢からその場における最も有効な手段を模索しているのである。これが同じ分隊長である現在の千鶴と彼との違いだろう。隊を預かるという事は、所属する部下や仲間の命をも預かるという事だ。そして、部下からの信頼を得れないという事は、それだけその人物がワンマンだという証拠になる。その殆どが人の意見を聞き入れず、相手に自分の意見を押し付けてしまうというケースだろう。結果として強引に自分の意見を相手に押し付けてしまえば、それが原因で更なる亀裂が生じてしまい、纏まりを得ないままの状態に陥ってしまうという訳だ。これまで互いに干渉せずにここまで来たB小隊の面々とは違い、共に幾多の死線を潜り抜けてきたC小隊の面々は、それぞれが仲間を、そして友を大事にすることでこれまでの道を歩んできた。そうやって互いの事を思いやる事でそれぞれが信頼を得てきたのである。現状でブリットが千鶴よりも優れた指揮を発揮しているのは、彼が仲間を信頼し、自分に無い物を彼らの助力で補おうと努力しているからに他ならない。気付けば冥夜は、自分たちと彼らの違いについて考えてしまっていた。そしていつの間にかまた険しい顔をしてしまっていたのだろう。そんな彼女に気付いたブリットが、そっと彼女に近づき声をかけてくる―――「―――御剣?」「あ・・・ああ、ブリットかどうした?」「また何か考え込んでいるみたいだったんでな・・・」「・・・すまぬ。実はそなたやラトゥーニの行動に驚いていたのだ」「どういう事だ?」「うむ、この演習に入ってからというもの、そなたの指揮能力は改めて凄いものだと思い知らされてな・・・それに彼女の分析力もだ。本当に同じ訓練生かと考えてしまう自分が情けないと思って、な・・・」「そんな事は無いさ。現に今も皆の意見を参考にしてるわけだしな・・・自分の力量を踏まえた上で行動しているだけさ」「謙遜するな・・・そなたは本当に凄い人物だ。もっと自分に自信を持ってよいと思うぞ」「それを言ったらお前だって凄いじゃないか。さっきの雨といい、回収ポイントでの砲撃の件といい・・・俺の方が驚かされてるよ」「・・・それはただの偶然だ。偶然が重なったに過ぎん―――(本当の事を知ったら、そなたは私の事を軽蔑するだろうな・・・これから起こり得る事を解っていながら、何も知らぬフリをして演習に参加しているのだから・・・)」彼女はいつの間にかブリットの顔を真っ直ぐに見る事が出来なくなっていた。先程から今後自分がどうすべきか・・・様々な考えが頭の中を駆け巡っている。本当にこのまま自分の知っている情報どおりに事を運んで良いものか、と。そして徐々にではあるが冥夜の表情が暗くなる―――「なあ御剣・・・さっきも言っただろ?あまり気負うなって、さ。そうやって思い詰めた顔ばかりしててどうするんだよ?他の皆も心配してるぜ?」そうやって自分達から離れた位置でこちらの様子を窺っている面々の事を教えるブリット。「不干渉主義ってワケじゃ無いけどさ。お前が何を思って何を考えてるのか、あれこれ詮索するつもりは無い。だけど、な・・・もう少し俺達の事を信頼してくれよ。俺達は仲間だろ?」この時彼女は、目の前にいるブリットと武がダブって見えていた―――もしもこの場に彼が居たら間違いなくブリットと同じ事を言っていただろう。武には『そなたの代わりを務めてみせる』『武は武、私は私』などと言っておきながら、いつの間にか無意識の内に彼を深く意識してしまっていたという事に気付かされたのだ。「フ、フフフ・・・何をやっているんだろうな私は。演習前、タケルにあのような大口を叩いておきながら、なんと無様な事か・・・」「御剣?」「すまなかった。そなたのおかげで幾分か気が晴れたような気がする・・・ブリット、そなたに感謝を」「たいした事じゃないさ。それじゃ行こうぜ、皆も待ってる事だしな」「了解だ」迷いが吹っ切れた―――自分は一体何を迷っていたのだろう。現在最も優先されるべき事は、如何にして皆が無事この演習を潜り抜けれるか、という事だ。その為には自分がなすべき事をすればいいだけ。少々越権行為になる可能性が高いかもしれないが、ブリットの様に率先して自分から動けばいいのだ。千鶴には悪いが、なんとしてでもこの演習はクリアせねばならない。もしも失敗するような事があれば、この場に居ない武に対し、会わせる顔が無いだろう。彼は自分達ならば大丈夫だと信頼してくれている。ならばその信頼に是が非でも応えねばならないのだ。それを気付かせてくれたブリットに対し、改めて礼を言うと共に、彼女は新たな決意を胸に再び歩み始めた。自分がなすべき事を行うために―――それから数分後、自分の記憶を辿りに彼女は次の行動に移る―――「(―――そろそろ砲台のセンサーが見えてくる頃合だな・・・)先程のラトゥーニの予想では、この辺りにセンサーが仕掛けられている可能性が高いのであったな?」周囲に気取られぬ様、あくまでも先程ラトゥーニが指定したポイントがこの辺りだという事を念頭に置いて話し始める冥夜。「ええ、距離や角度から言って位置的にはこの辺になると思う」「そうか・・・では皆で周囲を警戒しつつ探索を始めるべきだな・・・珠瀬、ちょっと良いだろうか?」「何ですか御剣さん?」「そなたは目が良い。できれば珠瀬には海岸方向の警戒にあたって欲しいと思うのだ・・・どうだろうか榊?」「・・・そうね。御剣の言うとおりだわ。彼女の他にゼオラとラトゥーニの二人にも海岸方向の警戒にあたって貰いましょう。残りは反対側を重点的に、鎧衣とアルフィミィは周囲にトラップが無いかを確認してちょうだい。皆、くれぐれも気をつけてね」『『「了解」』』本来ならばこれらの指示は自分が出すべきではない事は重々承知している。多少強引な手段ではあるが、こうでもしなければ早急にレドームを発見する事は困難になるだろう。時間的余裕があるとはいえ、今後どの様な事態が待ち受けているとも限らないのだ。今後もし何か自分の記憶に無い出来事が起こった場合、それを対処するだけの時間は残しておかねばならない事になる。「(レドームが発見されるのも時間の問題だろう・・・だが、一体何なのだろうか・・・先程から妙な胸騒ぎがしてならん。何やら好からぬ事が起こる前触れでなければ良いのだが・・・)」彼女がこの様な事を考えている理由―――それはこの演習が始まった直後の事の事だ。演習開始後、暫くして起こった謎の地震―――そして先程のロープ回収時、予想以上に早く川の水が引いた事―――いくら以前とは違う世界とはいえ、予想外の出来事が複数起こっている。これまでほぼ自分の記憶どおりに事が進んできていただけに、この島に来てから起こった出来事は些細な事であっても気になってしまうのは仕方が無いだろう。「(・・・いかんな。先程ブリットに言われたばかりではないか・・・今は珠瀬が無事にレドームを発見してくれる事だけを考えねば・・・)」再び一人で悩んでしまっていた事に気付いた冥夜は、気持ちを切り替え、自分に与えられた仕事に集中する。「!?・・・あれは・・・」「どうしたの珠瀬?」「(どうやら見つけてくれたようだな・・・)見つかったのか?」その声に反応するようにしてその場に全員が集まってくる。「ほら、あそこ・・・彩峰さん、スコープを貸してくれる?」彼女が指差した場所は、切り立った崖の中腹にある窪みと思わしき場所。上空からではそう簡単に見つかりそうにはない場所にその場には似つかわしくない物が設置されていた。彩峰から手渡されたスコープで確認してみると、やはりあれはレドームに違いないという確信が得られる。「やっぱり・・・崖の中腹にレドームが設置されてる。一部が欠けてその間から何か機械が動いてるのが見えるよ」「・・・位置から言って砲台のセンサーの可能性が高そうッスね」「ええ、あの位置ならヘリポートが十分見渡せる範囲だと思うわ。お手柄ねラト」「私は設置されてる可能性が高いって言っただけ。レドームを見つけたのは壬姫だもの・・・」「謙遜する必要は無いだろう。そなたの助言が有ったからこそ我らは早期にレドームを発見できたのだからな」「そうですよぉ~。私が発見できたのはラトゥーニさんのおかげです。多分何も情報が与えられていなかったらもっと時間が掛かってたと思いますよ?」「珠瀬もああ言っているのだ。だが此度の手柄はラトゥーニと珠瀬の二人のおかげだな。そなた達の頑張りがあったからこそだと私は思うぞ?」「・・・」「え、えへへ~、何んだかそうやって言われると照れちゃいますね」照れ笑いを浮かべながら冥夜のほうを見る二人。「兎に角あれを破壊できれば砲台を無力化できる可能性が高いわね・・・ここで対物体狙撃銃を使わない手は無いわ。珠瀬、狙撃準備!」「でも・・・ここからだとかなり距離があるよ?大丈夫?」美琴の言うとおり、対岸までの距離はおよそ500から600といった所だろうか?普段の訓練であれば何の問題も無いだろう。だが、今回は状況が状況だ。使用する銃は現地調達品。という事は細かな調整が行われている可能性は低い。通常、狙撃銃と言う物は、精密な射撃を行うために弾道を確認したりする必要がある。また、スコープの照準が狂っていないかも確認しなければならない。現在所持している弾丸は一発だけ。となればぶっつけ本番で目標を無力化せねばならないという事だ。一説によれば、狙撃成功の七割は銃の整備と調整で決まると言われているらしい。壬姫の腕を疑う訳ではないが、状況が状況だけに彼女でなくても不安に駆られてしまうのは無理は無いだろう。「・・・」対岸のレドームを前にし、右手にライフルを持ったまま目を閉じて何かを感じ取ろうとしている壬姫。「―――うん、今なら風もないし何とかなるよ!」こちらに振り返りながら空いた左手を握り締め、自信に満ちた表情を見せる彼女。そして再び対岸のレドームを見据えると、彼女は銃の微調整に入る。だが、彼女は内心、とてつもないプレッシャーに襲われていた。皆に背を向け、心配をかける訳にはいかないと勤めている様に見えるが、何処と無くその動作はぎこちない。このように失敗の許されない局面においては、彼女生来のあがり性が表に出てきてしまうのだ。それが証拠に右手に持つマガジンが小刻みに震えている。「・・・!」「(やはりプレッシャーを感じているか・・・)珠瀬・・・」そっと彼女に近づき、肩に手を当てて優しく語り掛ける冥夜。「御剣さん・・・?」「―――大丈夫だ。そなたならやれる。訓練の時、我らに見せてくれたであろう?」冥夜は優しい表情を向けたまま、彼女の不安を取り払うべく尽力する。そんな冥夜の顔を見て安心したのだろうか?気付けば壬姫は肩の力も抜け、次第に自信に満ちた表情を取り戻す―――「―――はいっ!!」その声からは既に迷いや重圧などといった物は感じられない。そのまま彼女は地面に伏せ、最も得意とする伏射姿勢、通称英国式と呼ばれる射撃スタイルをとると集中するため二、三度深呼吸を繰り返し目標を見据える。そして次の瞬間―――ズドンという独特の鈍い音が聞こえたとほぼ同時に、真っ直ぐと目標へ飛翔する弾丸。息を呑む訓練部隊の面々。成功か、失敗か・・・その答えは直ぐに解る事となる―――「―――目標破壊!!」辺り一面に乾いた銃声が響き渡ってから数秒後、壬姫から目標狙撃成功の知らせを受けた面々は、皆安堵の表情を浮かべていた。「―――これで砲台を気にせず進める可能性が高まったわ。回収ポイントまであと少し・・・一気に行くわよみんな!!」『『「了解!!」』』無事砲台の破壊は成功した。後は回収ポイントに向けて一気に突き進むだけだと誰もが考えていた。そしてそれから数時間後、途中で朽ちた釣り橋を補修して渡る事になった以外、然したる問題も無いまま目標の回収ポイントが見えて来た。そこに立つ見慣れた人影―――207訓練部隊の教官である『神宮司 まりも』だ。息を切らせつつ、彼女の元へと歩み寄る訓練部隊の面々。先程まで明るかった空は、徐々に夕暮れ時が近づいて来ているためか幻想てきな赤みを帯び始めている。「状況終了!207訓練部隊集合!・・・只今をもって総合戦闘技術評価演習を終了する!ご苦労だった」彼女の口から演習の終了が伝えられる―――後はこの演習に関しての評価を受け、合否の発表を待つだけだ。全員が敬礼し、彼女からの発表を待っている。「(さて、今回は前回に比べ、更に時間の短縮が出来た。だが油断は出来ん・・・)」「早速だが評価の結果を伝えておこう。敵施設の破壊とその方法・・・鹵獲物資の有効活用、いずれも及第点といえる。最後の難関である砲台を最小の労力と時間で無力化したことは特筆に価する―――しかし・・・」「(やはり、な・・・)」恐らく美琴達の班の事を指摘されるのだろう―――冥夜は前回の演習で、彼女らが基地襲撃を日中に行った事を指摘されていたのを思い出していたのだ。案の定、まりもはそこを指摘し、彼女らも退路の確保できていない夜間のジャングルにおいての行動は危険だったからと釈明している。ここは以前も減点の対象となっていたため、彼女はそれほど大きな問題では無いと考えていた。しかし、ここに来て事態は急変する事となる―――「そしてラックフィールド、バランガ、貴様達は必要以上に敵施設の破壊を行ったな?これは何故だ?」「そ、それはですね・・・」「(な、何!?)」アラドが何か言い難そうな顔を浮かべている。実を言うと彼らは、当初一番大きなコンテナのみを破壊するつもりでいた。しかし、急ごしらえの爆破装置であったため予想以上の破壊力を生んでしまい、当初の予定以外の物まで破壊してしまったのである。これは装置の設置に不慣れだった事と、アラド自身がブリットにやらせて欲しいと頼み込んだことが原因だったのだが―――「じ、自分達が向かった目標地点は、恐らく前線での補給施設を模した物だったと考えられます。そこを叩いておく事は、今後の作戦において敵の補給を絶ち、味方部隊の展開を優位に進めれるようになるだろうと判断しました」もちろん嘘だ。それが証拠に必要以上に破壊した理由が明確に提示されていない。このような事を即興で考えたアラドを褒めてやりたいものだが、如何せん説得力に欠ける。普段の彼から見れば賞賛に値する解答かもしれない。だが、この様な即興で考えた嘘などそう簡単には通用しないだろう。「なるほど・・・だが、敵の重要な補給施設であれば、今後味方がそこを制圧した際、施設を再利用する可能性も否定できない筈だが?」やはり彼女からはその考えに対し否定的な発言が返って来た。それを見かねたブリットが補足する形で付け加える。「教官の仰るとおりかもしれません。ですが、この補給施設は主にコンテナばかりを集めた如何にも急造仕様といった感じでした。という事は施設そのものの再利用を考えるよりも、その場所を確保しておけば今後の重要な補給線を構築できる筈です。それだけではありません。コンテナ自体がブービートラップという可能性も考えました。敵が撤退した後に残されたコンテナなどといった物は、罠を仕掛けるのには絶好の物です。そういった理由を踏まえ、完全に破壊した方が良いと自分が判断しました」「そうか・・・いかにも今考えましたと言わんばかりの理由だな・・・?」完全にバレていた。それもそうだろう。ブリットはその性格からして隠し事と呼べるものが出来ない人間である。そして、そういった事は直ぐに顔に出てしまうのだ。普段から教え子を見ているまりもからすれば、この様な嘘を簡単に見破る事は造作も無いと言うことだろう。そして彼女は更にこう付け加える―――「これらの減点は決して小さくは無いぞ・・・」唇を噛み締めながらうつむいている者、悔しさで目尻に涙を浮かべている者、彼女らの様子を見る限り殆どの者が落胆していたに違いない。そして、冥夜自身も戸惑いを隠せないでいた。確かに今回の演習は前回と違い、C小隊の面々が参加している。ここに来て彼らの存在が、まさかこの様な事態を招いてしまう事になろうとは、武であったとしても想像できなかっただろう。彼らならば安心だと明らかに油断していた自分自身を責めると共に、物事を楽観視していた自分に怒りが込み上げて来る。そして彼女は、その怒りの矛先を事もあろうにまりもに対し、ぶつけてしまったのだ。「少々お待ち下さい教官!!確かにアラドやブリット達の行動は大きな減点対照になるかもしれません。ですが、今回の演・・・『やめなさい御剣!!」・・・榊・・・?」「貴女は何を考えているの!?事もあろうに上官に向かってそんな事を言うなんて・・・」自分でもそれは重々承知している。だが、彼女は納得できないでいた。一概には言えないが、軍隊において上官からの命令や発言といった物は絶対である。そうしなければ軍という物は正常に機能しないばかりか、要らぬ損失を被ってしまう可能性が高いのだ。自分でも解っていた筈なのに―――次第にその場の感情に支配され、上官に食って掛かるような発言をしてしまった自分が、いかに愚かな存在だったのだろうかと後悔の念で押し潰されそうな気持ちになってくる。そして、それと同時に自分の不甲斐無さが招いた今回の一件は、更なる減点対照となる可能性が高い。そんな事になれば仲間達はおろか武にすら会わせる顔が無いと余計に彼女を落胆させてしまう。「・・・申し訳ありませんでした神宮司教官。訓練兵にあるまじき暴言の数々・・・お許し下さい」その目に涙を浮かべながらまりもに対し謝罪する冥夜。その涙が悔しさによる物か、後悔から来る物かは分からない。自分でも理解できないほどに様々な感情が蠢いているのだ。だが、落ち込んでしまっていた彼女の耳に聞こえてきたのは意外な言葉だった―――「構わん・・・本来ならば上官侮辱罪だがな・・・今回ばかりは見逃してやる。めでたい日だからな―――」『『「え・・・!?」』』彼女は今、何と言った?状況が理解できない―――それが彼女らが感じた率直な感想だった。今の今まで落胆していた彼女らにとっては、それを直ぐに理解する事は難しかったのである。「聞こえなかったのか?見逃すと言ったんだ・・・おめでとう・・・貴様らはこの評価演習をパスした!」「で・・・でもそれだけ重大なミスをしたのに・・・」「・・・榊、この演習の第一優先目的は何だ?」「脱出・・・です」「そうだ。実戦において計画通りに事態が推移する事は稀だ。タイミングや運・・・そういった要素を味方につけ、結果的に目的を達成できればそれが正しい判断だったという事になるんだ」「・・・」「結果として貴様達を狙える位置に追撃部隊は存在しなかったし、砲台のセンサーは一つだけだった。そして貴様達は全員無事に脱出した・・・違うか?」「・・・いえ・・・」「榊・・・」「・・・はい」「・・・ここまでよく頑張った。これで・・・戦術機だな」自然と涙がこぼれて来るのが解る―――「あ・・・はい・・・!」彼女に釣られる様にして次々と涙を流す訓練舞台の面々。総戦技演習の終了が告げられ、様々な事があったものの彼女達は合格する事ができた。しかし、これでやっとスタートラインに立てたところだと言える。次は戦術機教程へと駒を進める事になり、それらを経てようやく衛士として認められる様になるのだ。だが、今は演習合格の余韻を楽しむべきだろう。これから先、幾多の試練が待ち受けている事になるのだから―――「なあ、アラド・・・」「何ですかブリットさん・・・」「皆楽しそうだよなぁ~」「そうッスね~」演習を終えた次の日。207訓練部隊の面々は、つかの間のバカンスを楽しんでいた。だが、中にはこの状況を楽しめない者も居る。「・・・何よ陰気くさいわねぇ・・・合格したんだからもっと喜んだらどうなの?」「いや・・・試験の事で頭一杯で・・・」「俺達遊ぶ用意なんてしてこなかったんッスよ・・・」「あら、そう・・・勿体無いわねぇ~」女性陣が挙って水着に着替え海を満喫している中、そのような物を準備してこなかったブリット達は、ボーっとそれらを眺めている他無かった。「それにしても皆元気だよな・・・」「それだけ女は強いって事じゃないッスか?」何処となく背中に哀愁を漂わせながら語り合う二人。そんな彼らに気付いた美琴が、遠くから手を振りながら何やら叫んでいるようだ。「二人とも~!そんなとこにいないで泳ごうよ~!」「だーかーらー!俺達水着とか持ってきてないんだって!」「いいからいいから!あ、それとも二人は砂に埋まる方がいいかな?」「『少しは人の話を聞け!!』」彼らのつかの間の休息は、相変わらずのマイペースっぷりに翻弄されて行く事となる―――「副指令、南部大尉から通信です。無事に白銀大尉を発見し、現在こちらに向かっているそうです」「無事だったのね・・・それで南部は何て言ってるの?」「直接お伝えしたい事なので、副指令をお呼びするよう言われているのですが・・・」「そう・・・解ったわ。直ぐに行くから少し待つように伝えなさい」「ハッ、了解しました―――」あとがき第38話、今回で総戦技演習は終わりです。武ちゃんが参加していないため、話の大筋は同じでも違った展開にせざるを得ないのはやはり難しいですね。その分、冥夜には頑張ってもらえたと思います。ちょっと彼女らしくない部分もあったかも知れませんが、そこは物語の都合上と解釈していただければと思います。次回は敵地を脱出した武ちゃん達のその後、他をお送りしたいと考えていますので楽しみにお待ち下さい。ここで一つ、皆様にお願いがあります。今後、小説を書く上でこの様な展開や話が見てみたいなどと言ったリクエストがあれば是非お聞かせ下さい。例えばこのキャラとこのキャラの絡みが見たいなどといった物でも構いませんし、ちょっと横道に逸れた番外編的な話が見たいなどといったものでも構いません。折角こちらの様なサイト様に投稿させていただいているのですから皆様の意見を積極的に取り入れたいと考えております。正直な所、私一人でこの小説を作れているとは考えていません。他力本願じゃないかと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、読んで下さっている皆様が居てこその作品だと自分は考えています。全てを叶える事は不可能かもしれませんが、今後の参考にさせていただければと思ってますのでよろしくお願いします。それでは感想の方もお待ちしていますのでよろしくお願いします。