Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION第40話 新たなる仲間午前中の講義が終了し、訓練部隊の面々は午後からの戦術機適性検査のためにドレッシングルームへと来ていた。総戦技演習をパスし、やっとの事で戦術機に乗れるようになった筈の彼女らの表情は何処となく重い・・・本来ならばもっと喜ぶべき筈なのに彼女らは素直に喜べないでいたのだ。その理由は言うまでもない・・・訓練生専用の強化装備である。羞恥心を無くす為の訓練として与えられるこの装備は、年頃の少女から見ればどのような罰ゲームだと言わんばかりの格好だ。いくら訓練のためとはいえ、すんなりと受け入れられる物ではないのだろう。「・・・やっぱり着ないとダメなんですかねぇ?」「珠瀬、貴女の言いたい事は解るけどこれも訓練の一つなのよ?我慢するしかないわ」「そういうアンタも顔が引きつってる」「私だって恥ずかしいんだから仕方ないじゃない!そういう貴女はどうなのよ!?」「・・・別に」「慧さんは凄いね・・・」先程からこの様なやり取りばかりが行われている。戦術機教習課程に勧めた事は素直に喜ばしい事だ。しかしこの装備を着用して人前に出なければならない・・・それを想像しただけで顔から火が出そうになるのは明白。いくら衛士としての道を志しているとはいえ、彼女達はうら若き乙女なのだ。そう簡単に羞恥心を無くす事は出来ないのである。「・・・まったく、そなた達は一体何時までそうしているつもりなのだ?早く着替えねば集合時間に遅れてしまうぞ!?」かれこれ三十分近くの時間が流れているのだが、そろそろ集合時間も近づいてきている。時間に遅れるという事はそれだけで大きな問題だ。この状況に対し、ついに業を煮やした冥夜が彼女らを急かす様に口を開いたのであった。「そうは言うけど冥夜さんは恥ずかしくないの?」「私とて恥ずかしい訳ではない。だがこれは訓練なのだから仕方ないだろう・・・」あくまでこれは訓練の一環なのだと言う冥夜ではあるが、その表情からはそうは見えない。それが証拠に彼女の表情はやや赤らめた様子が見て取れる。「ねえ皆、恥ずかしいのは皆一緒なんだしここは我慢しましょうよ」「恥ずかしがる必要はありませんの。幸いな事にここに居るのは女性ばかり・・・何も問題は無いと思いますのよ?」C小隊の面々は既に着替えを終えている。彼女達は以前の任務で一度この儀式とも言えるものを経験しているため、さほど抵抗は無い様子だ。「・・・その割には顔が赤い」「そ、そりゃ私だって恥ずかしいもの・・・」それから数分間、そのようなやり取りが続けられていたのだが、流石に皆も諦めが付いたのだろう。躊躇していた面々も、恥ずかしいのは皆同じなのだと納得し、落ち着かない様子ながらも着替えを行っていた―――「思ったとおり体のラインがくっきり出ますね・・・」「そうだね・・・ボクなんて胸が無いから余計に恥ずかしく感じちゃうよ。ハァ~慧さんやクスハさん、それにゼオラはいいよねぇ」「まあね」「で、でも・・・そこは慣れないと・・・いよいよ本格的に戦術機の訓練なんだし」「そ、そんな事別に関係ないじゃない」誇らしげに答える彩峰とは対照的にクスハとゼオラの両名は顔を真っ赤にしながら答えている。「ゼオラの言うとおりだと思いますのよ。美琴に壬姫、二人ともそんな事気にする必要はありませんの」「どう言う事?」「私達の様に未発達な女性が好みだと仰る殿方もいらっしゃると言う事ですのよ」「・・・アルフィミィの言うとおり。まだチャンスはあるからガンバレ」「それにこれだけの面子ですもの、私達はある意味希少価値が高いということですの。ねえラトゥーニ」「わ、私に振られても・・・」「・・・ラトゥーニ、顔真っ赤」「だ、だって・・・」「う~ん・・・これは結構レアかも」「ちょっと、いい加減にしなさいよ!ラトゥーニが困ってるじゃないの!時間も無いんだし、皆準備が出来たなら行くわよ」集合時間まであとわずか、流石にこのままでは完全に遅刻してしまうと踏んだ千鶴が、急かす様にして会話を打ち切らせる。彩峰は不満そうな表情を浮かべていたが、いじられる側に回っていたラトゥーニは、助かったと安堵していた。一方、男性側ドレッシングルームの二人はと言うと―――「ブリットさん、大丈夫ッスか?」「え?別に体調はなんとも無いぞ?」「いや・・・午後の訓練って戦術機の適性検査でしょ?ってことは、皆あのスケスケ強化装備で来るんですよ?」「ああ、その事か・・・」「ブリットさんは真面目すぎるんですよ。もっとこう何も考えずに状況を楽しんでみたらどうッスか?」「馬鹿なこと言ってないで早く着替えろ。俺の心配より自分の事を心配したらどうだ?」「俺は大丈夫ですよ。ブリットさんと違いますからね」「そうじゃない。午後から適性検査だって言うのに、お前いつも以上に飯食ってただろ?」「だって、皆が進めるんだから仕方ないじゃないッスか」「・・・武に聞いたんだけどな。あれは適性検査前の儀式みたいなもんだ。何も気が付かなかったのか?」午前の訓練が終了し、皆で昼食を取ろうとした時の事だった。何故かB小隊の面々は、いつも以上にアラドに世話を焼き、彼の昼食を準備したり、自分の食事を分けたりしてくれたのだ。基本的に食べ物に目が無いアラドにしてみれば、その様な行為を疑う必要も無く、喜んで受け入れていたのである。先程ブリットが武から聞いた儀式とは、まさにこれだ。シミュレーターと呼ばれるものは、本物の戦術機とほぼ同等の揺れが起こる。それこそ上下、前後左右からのGが止め処無く襲ってくるのだ。基本的に初めてシミュレーターに乗った訓練生は、殆どの者がその機動に耐え切れず乗り物酔いを起こしてしまうケースが多い。胃の中に物が入っている状態であれば尚更だ。適正試験終了後、フラフラの状態になった者を見て楽しもうという魂胆なのである。そんな事とは知らないアラドは、まんまと彼女らの罠にハマってしまったと言うわけだ。ブリットはその事で彼を心配していたのだった。「なるほど・・・ったくあいつ等もヒデェ事考えるよなぁ。喜んでホイホイあいつ等の企みに引っかかった俺が馬鹿みたいじゃないかよ」「お前は日頃からもう少し洞察力を身に付けるべきだな」「うう・・・返す言葉も無いッス・・・『ブリット、アラド!?』・・・あ、はい!?」『神宮司教官がシミュレータールームに集合しろと怒っていらっしゃる。着替えが終わったのなら急いだほうが良いぞ』「ああ、了解だ御剣・・・行くぞアラド。急がないとまた腕立てだ」「了解ッス」そう言って部屋を後にする二人・・・時間は既にギリギリだ。余裕を持って行動していたつもりだったが、思いのほか無駄話が過ぎたという事だろう。廊下に出た時点で、既に冥夜はその場におらず、廊下は静寂に包まれている。という事は残りのメンバーは既にシミュレータールームへと向かっているに違いない。自分達が遅れてしまえば、連帯責任という形で全員に罰が課せられる事は明白。そう考えた彼らは、やや足早に集合場所へと向かうのであった―――・・・シミュレータールーム・・・『「すみません!!遅くなりました!」』無機質な機械音と共にドアが開かれ、慌てて部屋へと入って来るブリット達。「遅いぞ二人とも!!早くこちらに来て整列しろ!」『「ハイッ!!」』「それから貴様ら!そんな隅っこで何をしているんだ!一箇所に集まらないか!」「う・・・は、はい・・・」B、C両小隊の女性陣は部屋の隅の方に集まったままオロオロしている。恐らくはブリット達が現れた事で、先程まで緩和されていた恥ずかしさが再び込み上げてきているのだろう。それが証拠に殆どの者が顔を赤くし、腕で前を隠すようにしている。それを悟ってかどうかは解らないが、ブリットはなるべく彼女たちの方を見ないように心がけていた。紳士的な振る舞いといえば聞こえは良いが、正直目のやり場に困っていたという事の方が正しい。流石にそう何度も鼻血を出すわけにも行かないと考えた彼なりの予防策なのだろう。そんな彼女らを他所にまりもは、淡々とこれから行われる適性検査についての説明を始めていた―――「それでは今日からいよいよ貴様らには戦術機のシミュレーター訓練に入ってもらう・・・とはいえ、まだ演習から帰ってきて数日だし、マニュアルの熟読も出来てはいないだろう。よって本日は、午前中に伝えたとおり衛士適性検査のみとする」適性検査・・・つまり簡単に言うならば戦術機に乗って戦闘が行えるかどうかを判断するための検査だ。一応、入隊時に簡単な適性検査は受けさせられるものの、訓練中の事故や怪我などが原因でその時得られた数値と異なった値が得られるケースがこれまでに幾度と無く存在している。そのためカリキュラムが戦術機教程に移行する際、もう一度その適正を検査する事が義務付けられているのだ。判断方法はいたってシンプルであり、シミュレーターに入り座っているだけと言う極簡単なもの。シミュレーターが戦術機の通常動作を一から行い再現する事で、それに対する身体的変化を見て教官が判断するというものだ。これの結果次第では、いくらこれまで厳しい訓練を耐え抜いてきたとしても、適正なしと判断された時点で衛士としての未来は無いと言っても過言ではない。その後は、歩兵になるもよし、戦車乗りや整備兵に転向すると言ったケースが殆どなのである。「これから行う適正検査は、衛士としての適正を具体的に数値として出すものだ。場合によっては落ち込むケースもあるかもしれんが・・・」「・・・アラド」「ん?何だ彩峰?」まりもがこれから行われる適性検査の説明をしているというのにも関わらず、私語を始める彩峰とアラド―――「元気出せ」「・・・っ!!まだ落ち込んでねぇよ!!つーか、お前の方こそ散々な結果に終わるんじゃねえのか!?」「こらそこ!!真面目に聞かんかっ!!」案の定、まりもからの怒声が飛んでくる。「これからの訓練は今まで以上にお前達の生死を左右する重要な物になるんだぞ!?今後この様な事を繰り返すようなら、貴様らには検査を受けさせんからそのつもりでいろ!!」『「す、すみませんでした!!」』「・・・さて、話が逸れてしまったが、私からの説明は以上だ。これからシミュレーター前へと移動する事になるのだが、その前に貴様らに紹介したい方がいらっしゃる」「紹介したい方・・・ですか?」「ああ・・・少尉殿、お入り下さい」まりもがそう言った直後、独特の強化装備を身に纏った少女が入室してくる。その形状は訓練生用の青を基調とした物ではなく、全身が黒一色で統一されており、それらが醸し出す雰囲気は彼女独特の銀色の髪をより際立たせ、神秘的なイメージを連想させられそうな錯覚に陥るようだ。「紹介しよう・・・社 霞特務少尉だ。本日より貴様らと共に戦術機教程のカリキュラムを学ばられる事となった」「社 霞です。皆さん、よろしくお願いします」その場に居た誰もが驚いていたのは言うまでも無い。まりもが紹介したい人物などというからには、武やエクセレン、ラミアに続く新たな教官が配属されるのだろうと考えていたのである。ところが彼女達の目の前に現れたのは予想外の人物。横浜基地に居る以上、彼女の存在を知らぬ者は少ないうえに、完全に場違いとも呼べる場所に強化装備を纏って現れたのだ。それどころか、本日から自分達と共に戦術機を動かすための訓練を行うというのだから、驚くなと言う方に無理があるというものだろう。「社少尉は本来なら香月副指令の補佐を勤められている。詳しくは明かせないが、少尉殿たっての希望で我が207訓練部隊へと一時的に配属される事となったというわけだ。階級は我々よりも上だが、副指令からは訓練兵と同じ様にあつかうよう指示を受けている。よって、彼女にはB小隊の指揮下へと入ってもらう事になった・・・榊、頼んだぞ?」「ハッ!了解しました」了承したものの、千鶴はかなり戸惑っていた。この時期になって新たにメンバーが配属され、更に自分達よりも上の階級の人物が指揮下に入るのだ。いくら自分達と同等に扱うよう指示されているからと言ってそう簡単に納得できるものでは無いだろう。「訓練兵と同じ様に扱うよう言われているが、一応彼女は貴様らの上官に当たる人物だ。皆、粗相の無い様にな」『『「ハイッ!!」』』「よし、ではシミュレーター前まで移動するぞ」正直驚きと戸惑いを隠せないが、副指令である夕呼の名前が出ている以上、反論する事は許されない。それ以前に、自分達が訓練兵である限り、情報の提示を求めた所で答える必要は無いと一蹴されるのがオチだ。そんな事で無駄な時間を割くよりは、素直に従ったほうが無難と言う事だろう。もしもこの場に武が居たならば、間違いなくまりもに理由を聞かせろと詰め寄っていただろうが―――「よろしくお願いします社少尉」シミュレーター前に移動するまでの間、少しでもコミュニケーションを図っておいた方が良いだろうと考えたブリットは、さり気なく霞に挨拶をしていた。以前、夕呼の執務室に赴いた際、何度か彼女を見かけたことはあったが、こうやって話をすることは始めてである。それはC小隊の面々全員に言える事であり、誰もが彼女に興味津々と言った感じでその会話に耳を傾けている。「こちらこそよろしくお願いしますブルックリンさん・・・それと私の事は霞で良いです。階級と言っても便宜上のもので意味はありません・・・ですから敬語も使わないで下さい」ぎこちない様子でありながらも、命一杯頑張りながら会話を続けようとする霞。彼女はその生まれた境遇ゆえに、あまり人と会話する事も少なく、どちらかと言えば引っ込み思案な方だ。そんな彼女を察してか、自分もなるべくフランクに接するべきだと判断したブリットは、笑顔でこう答える。「そうか・・・なら俺の事もブリットで良いよ。改めてよろしくな霞」そう言って笑顔を浮かべながら右手を差し出すブリット。相手が握手を求めているのだと気付いた霞は、そっと彼の手を握り返した。「・・・!!(な、何だ今の感じ!?・・・まさか、この子も念動力者なのか?)」何かを見透かされるような感じがした―――それがブリットが率直に感じた物である。念動力者であるが故に、彼の感受性は強い方だと言っても良い。正直な所、霞は皆に受け入れてもらえるかどうかで不安であった。そんな彼女の心の奥底にある恐れや不安といった物によく似た何かを無意識のうちに感じ取ってしまっていたのだろう。「・・・どうかしたんですか?」「い、いや、何でもないよ・・・可愛い手だなぁって思って、さ」表情に出てしまっていたのだと気付いたブリットは、慌てて彼女に笑顔を向けると、ありきたりな世辞を伝えていた。そんな彼の台詞を見逃さない人物がここに居る―――「ブリット・・・」「何だ彩峰?」背後からブリットの肩に手を置き、話しかけてくる彩峰。何故か真面目で、何かを伝えたそうな表情をしている。「ロリコン?」「なっ!!ば、馬鹿、何言ってんだ!!」「だよね・・・だったら胸の大きなクスハを選ぶ筈が無い」「ちょ、ちょっと待て!それは関係ないだろう!?」「じゃあ、小さいほうが好み?」「い、いや・・・そういう訳じゃ・・・って、何言わせるんだ!!」「ブリットはやっぱりムッツリ・・・」「・・・ブリット君」「ご、誤解だクスハ!」「ブリット君なんて知らないっ!」「あ~あ・・・怒らせた」「誰のせいだよっ!!」「誰のせい?」「お前なぁ・・・」「あ、あの・・・ケンカはやめて下さい」「ほら、社もああ言ってることだし」「・・・もういい・・・悪いな霞」「いえ・・・」この様なやり取りが行われているにも関わらず、まりもは一向に何も言っては来なかった。恐らく何かしらの意味があって静観を決め込んでいるのだろうが、それがかえって不気味さを醸し出している。千鶴や冥夜は、何時彼女が爆発するやも知れないと考え、ブリット達に私語を慎むよう伝えると、そのままやや足早にシミュレーターの方へと向かって行く。その後、何事も無くシミュレーターの前へと移動が完了すると、まりもは簡単にこれから行う試験内容を説明する前に訓練兵達に向けて一つの質問を投げかける―――「さて、対BETA戦において戦術機を起用しだした当時、衛士の役目を担っていたのは元空軍のパイロット達だ。操縦技術と言う経験を活かしてな・・・バランガ、彼らの初陣における平均生存時間を知っているか?」「え・・・っと、確か八分じゃありませんでしたっけ?」「ほほう、きちんと予習をしているようだな・・・そうだ、今貴様が言ったようにたったの八分だ。この数値は人類を震撼させた」そういった彼女の表情は何処と無く影を落としている。死の八分―――新米衛士が初陣で先ずクリアせねばならない難関だ。殆どの者が戦場で初めて本物のBETAを見た事で動揺し、パニックに陥ったまま何も出来ずに散って逝った。訓練で見るものは成功に作られた立体映像などが殆どであり、本物を見る機会など戦場に出てからというケースが多い。そして予期せぬBETAの行動に翻弄され、何も出来ないまま終わる・・・すなわち死んでしまうと言うことだ。BETA大戦初期の頃は戦術機に関する運用が殆ど手探り状態に近かった。無機質な骨格に鋼の鎧を身に纏った機械は、全く未知の領域であり、いくら操縦技術に長けた空軍パイロットであってもその操縦は困難極まりないものだったのだろう。「だから今はお前達のように戦術機乗りは戦術機乗りとして、若いうちから専門の洗練された教育を受けさせている。だが客観的事実として戦術機の操縦技能が低い物は生還率も低い。その事を踏まえて訓練に挑め!!」『『「ハイッ!!」』』「では・・・榊、シミュレーター一号機。御剣は二号機に搭乗しろ。残りの者はその場で待機!」「教官」「何だ榊?」「適性検査というのは・・・具体的に何をしたら良いのですか?」「あまり深く考えるな。ただ十五分間座っていればいい」そう言いながら彼女は、手に持っていた袋から何かを取り出し千鶴の前に差し出す。「・・・これを持ってな」「ビニール・・・袋・・・?」何故ビニール袋が必要になるのか・・・少し冷静に考えれば誰でも気付くことなのだが、今の彼女にはそれを理解する事は出来なかった。そしてそれを受け取ると、それぞれ指示された機体へと搭乗を開始する。「・・・準備は良いか?」『「はい」』「よし、ではこれからテストを開始する。お前達はただ十五分そこに座っていればいい。気分が悪くなったら横の非常停止ボタンを押すようにな」『「了解」』「(さて・・・いよいよだな。私は搭乗の経験が有るゆえ何も問題は無いが、他の者は少々辛い思いをすることになるのだろうな・・・)」殆どの者が今回の適性検査で初めてシミュレーターに搭乗する者ばかりだ。だが冥夜は、以前の世界での記憶がある事に加え、新潟でのBETA侵攻時において武御雷に搭乗して出撃している。その時も問題なく操縦できていた事から、今回も機体の揺れに対して酔う事などありえないだろうと考えていた。程なくして独特の駆動音と共に機体が揺れ始め、徐々にではあるがその振動が体にも伝わってくる―――『続いて・・・駆け足前進!』「う・・・うわ~、揺れてる~」「こ・・・これはちょっと・・・」外からシミュレーターを見ている彼女達にとって、その動きは想像以上の物だった様だ。現在もなおシミュレーターは小刻みに上下左右に動きながら低い唸りを上げている。『我慢できなくなった者は横の非常停止ボタンを押すこと・・・では全速力!』容赦ない揺れが搭乗している二人を襲う。その激しさは中に居るよりも外からの方が解り易いこと請け合いだ。残るB小隊の面々、特に美琴と壬姫の二人は目を丸くし、徐々に顔が青ざめている。これから自分達も同じ目に遭うのだと思うとそれも仕方の無い事だろう。『急停止!!・・・状況終了。以上だ・・・二人とも外に出て良いぞ』最初のの適性検査が終了し、ややふら付いた状態で外に出てくる冥夜。千鶴にいたっては真っ青な表情を浮かべ、冥夜以上にふら付いている。「(う、迂闊であった・・・まさかこれ程揺れが酷いものだったとは・・・私もまだまだだな)」自分が想像していた以上に揺れが酷かった事に驚き、自身の不甲斐無さに嘆く冥夜。実際の戦術機は、蓄積されたフィードバックデータとコックピットの制揺システムのおかげで、操縦者は殆ど揺れを認識しないで済むのだが、彼女の場合、経験はあっても強化装備に蓄積されたデータが存在していないのだ。蓄積されたフィードバックデータが存在しない以上、システムの恩恵は受けられないのである。「こ・・・これが戦術機の乗り心地なのね・・・ウッ!」「ああっ!さ、榊さん!」乗り心地に耐え切れず、酔ってしまった千鶴は、完全にダウンしている。その場にへたれ込み、肩で息をしている事からも解るように、想像以上の揺れを体験させられるという事だろう。「フッ・・・脆い脆い・・・」そんな彼女を嘲笑うかのごとく余裕の表情を見せ付ける彩峰。しかし、十五分後―――「うぅ・・・」案の定彼女もその乗り心地に耐え切れずダウンしていた。「はうあうあ~・・・」続けて現れた壬姫もフラフラとした足取りや、その表情から見て解るように完全にグロッキー状態。何を言っているのか解らない様な言葉を口にし、そのままその場に倒れこんでしまう。「た、珠瀬!大丈夫か!?」とっさに彼女の元へと駆け寄り、声をかける冥夜。「て、天国・・・」「え・・・?」ニヤリと笑みを浮かべながら何かを口にしているが、彼女の目は焦点があっていない。「天国の・・・お花―――っ!!」「お、落ち着くのだ珠瀬!!しっかりしろ!」「う、うわぁぁぁ・・・壬姫さぁぁぁん!!」一体どの様な乗り心地なのだろう・・・これがまだ搭乗していない面々の率直な感想だった。「な、なんか凄い事になってますね・・・」「ああ・・・」「俺達が前に経験した物とは違うって事ですかね?」他のメンバーに聞かれては不味いと小声でブリットに話しかけるアラド。「そんな事は無いと思うぞ・・・それに俺達の強化装備には以前搭乗した時のデータがあるからな。それがフィードバックされる筈だ」彼の言うとおり、C小隊の面々の強化装備には新潟での任務の際のデータが蓄積されている。つまりは彼女達よりは幾分かマシになる筈なのである。ただし、これはあくまでシミュレーターであり実機ではない。実機では戦術機独特の三次元機動に加え、シミュレーターでは再現できないGがかかるのだ。それらはフィードバックでは誤魔化す事も出来ず、それどころか揺れるどころの騒ぎではない。所詮はシミュレーター・・・要は慣れなのである。『次、鎧衣一号機!、社二号機!』指示を受けた美琴と霞は、それぞれ指定されたシミュレーターに搭乗を開始する。『それではテストを開始する。準備は良いな?』『「はい」』準備が出来た事を確認すると、まりもは今までと同じ様に検査検査を開始。丁度その時だった―――「お疲れ様です神宮司軍曹。どうですか訓練部隊の面々は?」「白銀大尉!?本日は訓練に参加できないのではなかったのですか?」「時間が空いたんで様子を見に来たんですよ。それでどうです皆の調子は?」「そうでしたか・・・現在はB小隊の検査を行っている所です」「データを見せてもらえますか?」「これが榊、御剣、そして彩峰と珠瀬の物です」映し出されたデータを目にした武は、特に問題が無い事を確認すると素直に喜んでいた。「なかなかのデータですね。想像以上だ」「確かに驚くべき結果がでています。特に御剣に関してのデータは、成績歴代一位に匹敵するかも知れません」「なるほど・・・(まあ、当然だよな・・・)ちょっとあいつ等の方にも顔を出してきます。それじゃ、軍曹も頑張ってください」「はい、ありがとうございます」そう言ってコントロールルームを後にし、冥夜達の元へと向かう武。「ようお前ら、調子はどうだ?」「今日は来られないのではなかったのかタケル?」「空き時間を利用して顔を出しに来ただけさ・・・どうしたんだ冥夜、なんか顔色が悪いぞ?」「ああ・・・予想以上の揺れに少々酔ってしまっただけだ。どうという事は無い」「流石だな・・・それに引き換えお前等・・・だらしないぞ?」「し、仕方ないじゃない!こんなに酷い揺れだなんて思わなかったんだから」「社さん大丈夫かなぁ・・・」「そうだよな・・・パッと見スッゲェ病弱なイメージがしたし、あんなので本当に耐えられるのか心配だよな」「ちょっと待て二人とも・・・今言った社ってまさか霞の事か?」ここで初めて武は事実を知ることになった。「ええ、そうよ。今日から私達B小隊のメンバーとして加わる事になったのよ・・・白銀、貴方知らなかったの?」「知らないも何も、なんで霞が適性検査なんか受けてるんだ!?それにB小隊に加わるだって?一体どういうことだよ!!」霞がB小隊に配属されたという事実を知り、明らかに動揺してしまう武。それが証拠に、口調は荒くなり、大声を張り上げながら千鶴に向けて詰め寄ってしまっている。「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ」「これが落ち着いていられるか!!」『そんなんだからアンタには黙ってたのよ』不意に背後から聞こえてくる声―――「こ、香月副指令!?・・・敬礼っ!!」「榊~・・・敬礼はいいって何時も言ってるでしょ?」「どういう事ですか先生・・・」「何が?」「霞の事です!!しらばっくれないで下さい・・・なんであの子が戦術機に乗る為の適性検査を受けなければならないんですか!?」「理由を知りたいって言うのね?」「そんな事、聞かなくても分かってます!!どうせ先生が乗るように指示したんでしょう?」相手が副指令であると言うにも拘らず、そんな事はお構い無しに捲し立てる武。傍で見ている訓練生は内心ヒヤヒヤものだ。一介の衛士である彼が、いくら納得が行かない出来事とはいえ明らかにこれは越権行為。いくら佐官クラスの待遇を与えられ、彼女の下で働いているとはいえ、度が過ぎるというものだろう。「止せタケル!・・・そなたが納得いかないのも解らなくはないが、副指令に向かってそんな口を利いて良いものではない・・・周りに居る皆の目もあるのだぞ!?」無意識の内に武を制止してしまう冥夜。この場で暴走し始めている彼を止める事が出来そうな人物は彼女しか居ないとはいえ彼女の行為もまた越権行為に他ならない。「冥・・・夜・・・?」彼女の一言で我を失っていた武は、幾分か冷静さを取り戻す。確かにこの場で夕呼と言い争うのはあまり好ましい事ではない。周囲の状況を鑑みれば、いかに自分が感情的な行動に走ってしまっていたかという事に気付かされる。それが証拠に周囲の訓練生達は、戸惑いを隠せないで居る。自分は彼女らの教官としてこの場に来ているのだ。今現在の自分の行為は、彼女らの模範とは成り得ないと言えるだろう。「構わないわ。こいつが無礼なのは今に始まった事じゃないしね・・・さて、残念だけど白銀、アタシは社に戦術機に乗れと指示を出した覚えは無いわ」「・・・じゃあ、霞が自分から言い出したとでも言うんですか?」「それは本人に直接聞いてみれば良いじゃない・・・もっとも素直に話してくれるとは限らないけどね」そう言うと夕呼は、それ以上は何も語らずその場を後にしていた。正直なところ、霞と夕呼の二人が何を考えているのかが解らない。戦術機に乗ってBETAと戦うという事は、それだけ死に近い場所へと赴くことになる。出来れば霞にはそんな血生臭い場所へ行って欲しくない・・・これが彼の素直な気持ちである。「・・・皆スマン。ちょっと頭に血が上り過ぎてたみたいだ・・・悪いな、なんだか変な空気にしちまって」以前、訓練兵と同じ格好をし、訓練施設をうろついていた霞を見たときから何かしら嫌な予感はしていたが、まさか本当に訓練を行っているなど考えてもいなかった。そしてその事で我を忘れ、あろうことか訓練兵の目の前で夕呼に食って掛かるなど醜態もいいところだろう。今の自分は訓練兵ではなく、一人の衛士・・・弁えねばならぬ分もあり、彼女らとは立場も違うのだ。だが、裏を返せばそれほどまでに彼が霞の事を大切に思っている証拠だ。当初は今まで見たことの無い武の行為に戸惑っていた彼女達であったが、それなりに落ち着きを取り戻し始めている。徐々にではあるが、彼の行動に対して理解し始めているという事なのだろう。「いや、私の方こそすまない・・・訓練生である自分が上官であるそなたにあのような口を利いてしまうなどあってはならん事だ・・・」「いや、悪いのは俺の方だ。お前が止めに入ってくれてなかったらもっとヤバイ事になってたかも知れないしな」相変わらず空気は重いままだ。その原因は武にある事は自分でも理解しているが、次の言葉が出てこない―――そんな中、意外な人物が口を開いた。「白銀・・・社少尉の事だけど、私達に任せてくれないかしら?」「・・・委員長?」「私達も貴方の言おうとしている事は何と無くだけど理解できるわ。確かに彼女が衛士として私達と行動を共にしようとする事に納得の行かない部分もある・・・でもね、彼女も彼女なりに何かしらの考えがあっての事だと思うのよ」「・・・」「私達はそれぞれ色々な想いを持って衛士を目指しているわ。それは多分、彼女にも言えることだと思う」「前にタケルさんも言ってたじゃないですか、目的があれば人は努力できるって・・・」「・・・そだね」「なあ、タケル・・・皆もああ言ってるんだ。ここは一つ、彼女の意志を尊重してやったらどうだ?」「そうッスよタケルさん。俺達もフォローしますから」「だけど・・・」彼女達の意外な反応に正直戸惑っていた。確かに皆の言う事も一理ある。「皆の言うとおりかも知れない・・・でも、霞はまだ子供なんだぞ?そんな子が衛士としての訓練を受け、戦場に出る・・・そうですか、と簡単に納得できるもんじゃない」「それは差別だと思う・・・」「そうですの。それを言ってしまえば私やラトゥーニだって霞と大して年齢は変わりませんの。武は私達が衛士としての訓練を受ける事には納得して、彼女はダメだと言うのはやっぱり変だと思いますのよ?」返す言葉が無いとはこの事だろうか・・・それぞれ衛士を志した理由は千差万別だが、言おうとしている事は同じ。だが、それを素直に受け入れられるだけの懐の広さは武には存在していなかった。「―――タケル・・・そなたは何の為に衛士になったのだ?そなたにも護りたいものが在ったのではないのか?」「っ!?」冥夜の一言が胸の奥深くに突き刺さるのが解る―――自分は何の為に衛士を目指したのか・・・それはこれ以上不幸な想いをする人を増やさないため。そして、友を仲間を、最愛の人を護るために衛士を目指したのだ。自分が今彼女達に言っていることは、納得が行かない事に対しての我が侭。全ての事に納得が行った訳ではないが、霞もまた何か護りたいもののために戦う道を選んだのだろう。「・・・白銀君、霞ちゃんの気持ちを尊重してあげましょうよ」「そうですよ大尉。社少尉の事は私達も全力でフォローします・・・だから認めてあげて下さい」「・・・ああ。全部が全部、納得できたわけじゃないけどな」『ありがとうございます白銀さん・・・』「か、霞!?」「うう~、凄い揺れだった・・・あれ?皆どうしたの・・・何だか難しい顔してるみたいだけど?」思ったよりも時間は経過していたようだ。何時の間にかシミュレーターは停止し、中に乗っていた二人も外に出てきている。「聞いていたのか?」「・・・はい」「そうか・・・」「理由、聞かないんですか?」「今は聞かないでおくよ・・・俺自身、まだ気持ちに整理がついてないからな・・・それじゃあ頑張れよ霞。皆も霞の事頼んだぜ?」無言で全員が肯いていた―――それを確認した武は、自分を落ち着かせるためにその場を後にする。ここで理由を聞いてしまえば、間違いなく反論してしまうだろう。一度頭を冷やし、冷静になったところで今一度考えたほうが良いと判断したのだ。そして今回の一件で改めて気づかされた事がある・・・207訓練部隊の面々に仲間意識や強い絆が芽生え始めたということだ。何時の間にこれほど強い団結力が生まれていたのかは知る由も無いが、その事だけは素直に嬉しいと感じて良いだろう。これならば霞が加わったとしても、問題なくやって行けるはずだ。気付けば先程まで納得の行かない事に苛立っていた感情は、何時の間にか落ち着いている。「―――霞の気持ちか・・・」一人廊下で呟いた所で答えが返ってくるわけではないが、口に出さなければその言葉の持つ意味が薄れてしまうような感じがした―――彼女が何を想い、何を考えて衛士としての訓練を受ける気になったのかは解らない。そして、皆がそれを後押しするようにしている。だったら自分に出来る事はなんだろうか?彼女が衛士を目指そうとした本当の理由が解らない武は、全てを否定せず、肯定もしない中立の立場でその事を考えようと努めていた。今はまだ否定的な部分が強いが、彼女の想いを理解できればそれも肯定へと変わるだろう。様々な想いが交錯する中、歴史はまた新たなる時を刻み始める事となる―――あとがき第40話です。今回は衛士適性検査のお話です。以前から陰で一人訓練していた霞がB小隊に合流する事となりました。現状での彼女は、体力的にかなり劣っている部分もありますが、それは今後の彼女しだいという事でご容赦下さい。霞には特務少尉としての階級を与えてありますが、劇中でも書かれている通り夕呼の補佐として与えられている階級です。よって、あまり意味の無い物ですので、訓練生達は上官というより仲間としてみているといった描写とさせて頂くことにしました。まりもは軍属である以上、上官として考えていますが、訓練中は207の面々と同一に扱う様にする予定です。今回のお話をアップする前にロボット図鑑とキャラクター図鑑をアップしました。本編を読んでいない方にはかなりのネタバレを含む形となっていますが、いかがなものでしょうか?今後も図鑑の方は随時更新していく予定ですので、そちらの方でもご意見等ありましたらよろしくお願いします。次回は帝都でのお話になります。マサキやコウタ達も登場しますので楽しみにお待ち下さい。それでは感想の方お待ちしております^^