Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION第47話 天元山での出会い(後編)突如としてこの場に現れた心強い味方。一時の間だけだったとはいえ、戸惑いや驚きといった感情に支配されなかったと言えば嘘になる。それがアラド・バランガの率直な感想だった。本来ならば自分もこの場に留まり、リュウセイやライと共に戦いたいというのが本音だ。しかし、現状の機体ダメージでは、二人の足を引っ張ってしまうのは間違いない。不本意だがこの場は信頼の置ける二人に任せ、間も無く増援が来ると言い残しその場を後にする。そして彼は、恐らくまだ避難していないであろう老婆の下へと向かうのだった―――『リュウセイ、敵の規模が不明な上に能力も把握できていない。なるべく距離をとりつつ戦うんだ!』「了解だ……行くぞ、怪獣野郎!当たれ!G・リボルヴァー!!」『こちらも援護する。俺に出会った不幸を呪え!』R-1のG・リボルヴァーが火を噴き、R-2パワードがマグナ・ビームライフルで彼の討ち漏らしたBETAを蒸発させる。射程距離や破壊力といった面ではR-2が優位な分、現在はR-1が牽制を行いつつ倒せなかった敵をライが対処している状態だ。過去に類を見ない敵を相手にする場合、距離をとって戦うのがセオリーといわれる所以にはそれ相応のものがある。それは主に相手の攻撃手段などが解らないという点だ。相手が近接戦闘を得意としているのであれば、相手のレンジ外から攻撃すれば比較的安全に事を進めることが出来る。その逆ならば距離を詰め、相手の動きを封じることで大技を出させないように戦う。リュウセイとライの二人は、そこそこ付き合いが長い分、互いの得意とする分野をバランス良く組み合わせる事でこれまで幾多の戦場を駆け抜けてきたのだ。物量にモノを言わせて戦う事しか出来ないBETAが、そう簡単に彼らの連携を崩せるはずは無い。「なあ、ライ。一つ気づいた事があるんだけどよ……」『何だ、リュウセイ?』「ああ、こいつらこっちに向かってくるだけで攻撃らしい攻撃をして来ねえ……ひょっとして接近戦しか出来ないんじゃないか?」『かもしれん。だが、憶測で判断し、状況を見誤ってしまっては元も子もない。このまま距離をとりつつ敵を排除するぞ!』「了解だ……R-1、リュウセイ・ダテ!目標を狙い撃つぜっ!!」『……』いつもの調子で叫ぶリュウセイを他所に、淡々と目標を迎撃して行くライ。近接戦闘を最も得意とするR-1は、遠距離からの攻撃を苦手としている分、どうしても相手に近づかなければならない。必然的にG・リボルヴァーでは距離が足らないのだ。ブーステッド・ライフルへの装備変更を余儀なくされた彼は、T-LINKシステムと連動したIBCセンサーを併用する事で狙撃を行っている。溜まったフラストレーションを吐き出すつもりで先ほどの様な声を上げたのだが、ライが何の反応も示さないために正直言わなければよかったなどと考えていた。「あ、あのさ、ライ」『……何だ?』何故何も言わないんだと聞いてみようと思ったリュウセイだったが、ライの冷たそうな声から彼は呆れているのだという事を悟る。「い、いや……別にたいした事じゃねえんだけど……っ!?地震か?」『火山活動が活発化しているからだろう。大丈夫だとは思うが、突発的な地割れなどに注意しろよ?』「解っ……ッ!?何か来る!!」『何!?何処からだ、レーダーには何も表示されていないぞリュウセイ!!』「……下だ!散開しろライ!!」『クッ!!』スラスターを吹かし一気に後退しようとした刹那、先程まで彼らが居た地点から無数の光が照射される―――「じ、地面から新手!?しかも、味方ごとかよ!!」『しかも今の熱量……岩盤を撃ち抜けるほどの破壊力となれば不味い。至近距離でまともにあれを食らってしまえば、こちらの装甲が持たんぞ』まさに間一髪だった―――リュウセイ達の周囲に居た戦車級を一瞬にして焼き払ったその光の威力は、ライの察するとおりかなりの威力を誇っている事を物語っている。あと少し……時間にして数秒にも満たないが、後退するのが遅れていれば間違いなくレーザーの餌食になっていただろう。もうお分かりだと思うが、彼らの目の前に現れたのは重光線級。対BETA戦において、戦場で最も遭遇したくない相手の一つだ。しかし、一つだけ気がかりな点が存在する―――それは重光線級が、味方である戦車級を巻き込んで彼らを攻撃したという事だ。今まで人類が得ている情報で、レーザー属種と呼ばれる固体は決して味方誤射はしないというもの。BETAと言う存在を知らぬ彼らにしてみれば、この出来事は些細な事かもしれないが、この事態に他の者が遭遇した場合はこのような反応は得られないだろう。そういった点では、彼らのように味方を犠牲にして自分達の殲滅を図ったと受け取るのも仕方が無いのかもしれない。「念動フィールドやABフィールドで防げねえのかよ?」『やってみない事には解らんが、もしも防げなかった場合は直撃を受ける事になる。そうなってしまえば一溜まりも無いだろうな』「距離をとって避けるしか無いって事か……」『遮蔽物を利用しつつ、あの新手を排除するしかない。出来るかリュウセイ?』「出来るか?じゃなくて、やらなきゃならねえんだろ?やってやるさ!!」『その意気だ……行くぞ、リュウセイ!!』意を決し、敵の一団への攻撃を再開する二人。幸いな事に周囲には比較的大きな岩が存在していたため、遮蔽物を利用しながら戦闘を行う事は可能だった。しかし、相手は此方への進軍を止める事はなく、徐々にではあるが距離が詰まってきている状態だ。「クソッ!距離を詰めて一気に殲滅出来りゃあ楽なんだけどなぁ……」『その為にはあの目玉の化け物を何とかせねばならん……ハイゾルランチャーが撃てれば一気に殲滅可能だが、チャージしている間に間合いを詰められる可能性が高い。なんとかして奴らの足を止める事が出来れば良いんだが……』確かにライの言うとおり、ハイゾルランチャーの一撃ならばいとも簡単にBETAを葬る事が可能だろう。だが、高威力の粒子兵器である以上、発射するまでに幾分かの時間を要してしまうのも事実。相手の足止めを行わない限り、下手をすれば一気に距離を詰められこちら側が不利になってしまう可能性の方がはるかに高いのである。『何か、奴らの足止めになりそうな方法があればいいのだが……』そう呟きながら攻撃を続けるライ。そんな中、何かを思い付いたリュウセイが彼に向けて叫ぶ―――「ライ!奴らを纏めて倒すためのエネルギーをチャージするのにどれ位の時間がかかる?」『―――時間にして15……いや、20秒といったところだな……何か良い作戦でもあるのかリュウセイ?』「作戦って程のもんじゃねえけどな……まず、俺がR-1で奴らを引き付ける。そして、作戦開始と共にお前は後退しながらランチャーのエネルギーをチャージするんだ」『それで?』「幸いな事に目玉野郎以外は接近戦しかできねぇ。俺が奴らに近づけば、相手は真っ先に俺を狙って来ると思うんだ……チャージが完了次第、俺は上空へ離脱する……目玉野郎のレーザーに狙われるかも知れねえが、絶対に避けてみせる!」『……正直言って推奨はできん。もしも万が一あのレーザーの直撃を受けたりしたらどうするんだ?』「目玉野郎のレーザー照射の時間を計ってみたんだが、一発撃つ度に大体36秒ぐらいのインターバルが必要みたいだ……あくまで俺の推測だけどな、あいつら狙いを集中してこっちを仕留めようとしてやがる。流石にR-1じゃ36秒で奴らを全滅させるのは難しい……けど、お前のR-2ならそれが可能だ。厳しいのは解るけど、たった2機で奴らを仕留めるにはこれしか方法が無いと思うんだが……」リュウセイの提案を即座に頭の中でシミュレーションするライ。確かに彼の言った案は現状で敵を掃討するのに打って付かもしれない。しかし、相手の進行速度やレーザー照射のタイミング、そして何より敵がR-1の陽動に引っ掛かるかどうかが一番のキーになってくる。『―――かなり分の悪い賭けかもしれんが、それしか方法はなさそうだな……だが、決して無茶はするなよ?』「解った。それじゃ行くぜ!ライ!!」『了解だ。タイミングとカウントはこちらで指示を出す。次に奴等がレーザーを照射し終わった時が開始の合図だ……上手く合わせてくれ』「おう!」短時間で攻撃目標とチャージサイクルにかかる時間を計算し、R-1にデータを送るライ。データを受け取ったリュウセイは、これから行う作戦を頭の中で描くとR-1を発進させる―――「行くぜ!R-1!!」『こちらも作戦を開始する……リュウセイ、無理はするなよ?』「解ってる!そっちも頼んだぜ!!」重光線級がR-1に狙いを集中させているその隙に、ライはR-2を後退させつつチャージを開始。その間にR-2を逃がすものかと追撃して来る要撃級だったが、彼は的確な射撃で前方の敵を撃ち抜き、更に距離を開く事に成功する。一方リュウセイは、飛びかかってくる戦車級をコールドメタルナイフで次々と両断し、迫り来る要撃級をT-LINKナックルで粉砕しながら縦横無尽に暴れ回っていた。『集束モード……チャージ完了。離脱しろリュウセイ!!』「了解だ!チェェェンジ!R-ウィング!!」R-1を変形させ、瞬時にその場から離れるリュウセイ。何体かの光線級がR-ウィングを狙ってレーザーを照射するが、彼は持前の能力を駆使しそれらをことごとく回避し続ける。そして彼は、十分な距離を稼げたと確信すると、ライに向けて大声で叫んだ―――「今だ!ライ!!」『これを受けて塵となれ!ハイゾルランチャー、シューッ!!』轟音と共に発射される重金属の粒子。眼前の敵全てを薙ぎ払う様に発射される光の渦は、眩い光を放ちながら次々とそれらを飲み込んで行く―――周辺に広がる肉が焼け焦げたような臭いと漂う陽炎。チャージされた全てのエネルギーが放出された後、そこにはまるで灼熱の溶岩が流れた後といわんばかりの光景が広がっていた。「流石だなライ……でも、ちょっとやりすぎじゃねえのか?」『これでも手加減したつもりなんだがな……確かに少々やりすぎたかもしれん』この光景を見た殆どの者は、ほぼ間違いなく手加減などしていないと感じるだろう。それ程に凄まじい光景が広がっていた。あるモノは完全に原形をとどめず、またあるモノは多少の原形をとどめていても一目見てそれが何かを判別するのが難しい程に変形している。流石のBETAもこれだけの攻撃を受けきる事は出来ず、その場にいた全ての個体は完全に無へと還っていたのだった。一方、その場を離れたアラドは―――「―――これはどういう事だアラド!?」冥夜と合流した直後、彼女が発した第一声は怒りや驚きといった感情が混ざったものだった。損傷した機体、装甲に付着した返り血や体液。誰がどう見てもBETAと戦闘を行ったという事は明白である。「そなた教官の指示を無視し、独断でBETAとの戦闘を行ったな?」「そ、それは……」「BETAの出現ポイントへは武や月詠中尉達が向かわれたと聞いた……命令違反を犯してまで何故そなたが戦う必要があったのだ!?一歩間違えれば死んでいたかも知れないのだぞ?」彼女の言葉に言い返すことが出来ないアラド。確かに単独で戦闘を行った彼にも落ち度はあるが、それ以前に上手く理由を説明できない。老婆を守りたかった事も理由の一つだが、戦闘を行った事に関しては後先考えずに起こした行動だったからだ。これまで彼は、幾度と無く戦いに身を投じてきた。しかし、現在の立場は訓練兵……つまり、実戦経験は皆無に等しいという事になっているのである。下手な言い訳をしてしまえば、自分達の素性を疑われてしまう事もあり、彼女の問いに答える事ができなかったのである。「と、とりあえず落ち着いて下さい冥夜さん!アラドには私からも後で言っておきますから……それよりも今は避難を優先させないと」とっさに彼を庇ったのは、冥夜達と合流するよう指示を受けたゼオラだった。彼女達とラトゥーニ達の班は、自分達の担当区域での任務を終了し、指揮所へと戻る直前にBETA出現の報を受けたのだった。そしてアラドが命令違反を犯し、単独行動を取った為、未だ任務を完了していない冥夜の下へゼオラとラトゥーニの二人が向かうよう指示を受けたのである。そんな彼女らの心情を察してだろうか……冥夜がゆっくりと口を開く―――「……答えられぬのならそれでも構わん。だが、無茶はしないでほしい……そなたを失って悲しむ者も居るのだからな」「―――すみません……ゼオラ、ラト、二人もごめんな」「謝らなくても良いよアラド。アラドの気持ちは解ってるつもりだから」「ダメよラト、そうやっていつもアラドを甘やかすから命令違反を犯してこんな無茶な事するのよ……」「だから謝ってるじゃねえかよ!」「謝って済む問題じゃ無いでしょう!?皆に一体どれだけの心配を掛けたと思ってるのよ!!」「そ、それは……」「もう止せゼオラ……ここで我等が言い争っていても始まらん。それよりも先に……っ!?な、何だ!?」「じ、地震!?」耳を劈くような爆音が鳴り響き、それと同時に激しい揺れが彼女達を襲う。咄嗟の事に何が起きたのかを確認する為、真っ先に動いたのはラトゥーニだった。彼女は自分の機体へと即座に戻り、待機状態にしてあったシステムを立ち上げる。「こ、これは……火山が噴火したの!?」『こちらHQ、207各機、応答せよ!』通信機から聞こえてくるまりもの声。それは彼女の予想通り、住民を強制収容しその場から撤収しろという命令だった。「クッ、仕方あるまい……皆はご老人に事情を話し意思の確認を!もし避難の意思があるなら先に撤収してくれ!」「さ、先にって……冥夜さんまさか!!」「帰る家を守らねばならん。留まるならなおの事……頼むぞ!!」そう言い残し自分の機体に搭乗した冥夜は、機体を跳躍させその場を後にする。「何考えてんだあの人は!クソッ……ゼオラ!お前の機体、借りるぞ!!」「え!?ちょ、ちょっと待ちなさいよアラド!!」「冥夜さんを連れ戻す!お前はラトと一緒に婆さんの説得を頼む!!」ゼオラの制止を振り切り、冥夜を追いかけるアラド。自分の烈火を使用しなかったのは、損傷のせいで彼女に追い付けないと判断したからである。そしてその場に残されたゼオラとラトゥーニは、引き続き老婆の説得を開始するのだった―――「くっ……ここもか!!」コックピット内で冥夜は、目の前の光景に絶句せざるを得ない状況になっていた。至るところで流れる土石流と溶岩。そして、それらの影響で周囲の木々は燃え盛り、辺り一面は火の海に包まれていたのである。「いかん、これでは……」このままでは最悪の事態を招きかねない……それが彼女の下した判断だった。そんな中、コックピット内に響き渡る味方機接近のアラーム。「ゼオラか!?そなたまでここに来てどうするつもりだ!?」『冥夜さんこそ何考えてんだよ!?』相手から返ってきた声に一瞬戸惑ってしまうものの、彼女は現状を彼に伝え始める。「度重なる地震と土石流で谷の高低差が埋められてしまった……このままでは旧天元町に溶岩が流れ込んでしまう!」『!?ば、婆さんの所に!!そ、そんな……』その話を聞いたアラドは、悲痛な面持ちを浮かべながら嘆く。このままでは全てが水泡に帰してしまうと―――そんな彼を他所に、冥夜は予想外の行動に出ようとする。「この盾で溶岩の流出を抑える!」『な、なに馬鹿なこと言ってんですか!そんなんでどうにかなるもんじゃ無いッスよ!!』「やってみなければ判らん!!」『そんなボケかましてる状況じゃ無いでしょう!』『そうだ冥夜!少し冷静になれ!!』「え……!?」『た、タケルさん!?』「な、何故そなたがここに?」言い争っていた為に彼女達は武達の接近に気付かなかった。そして彼の後方には、一機の武御雷も随伴している。『そ、その機体……姉さん?』アラドの問いに答えようとしないオウカ。その機体に登場しているのは間違いなく彼女なのだが、彼女は彼が弟だという事実をまだ認めていないため、あえて反応しなかったのである。そんな二人を他所に、話を続ける武―――『ラトゥーニから通信を受けた……命令違反なんてお前らしくないな冥夜。とにかく、ここは崩落の危険性が高い。一度下がるぞ……』「しかし……」今回の冥夜の行動に、正直武は安堵していた。どの世界においても『御剣 冥夜』の本質は変わらないと言う事に……そして彼女の性格を考えた上で、今回の世界でも間違いなくこのような行動を起こすと判断した彼は、こうやってこの場に現れたのである。しかし、現在はその様な感情に浸っている場合では無い。彼は即座に気持ちを切り替えると、彼女に向けてこう言い放つ―――『こんな言い方は正直したくなかったんだけどな……御剣訓練生、これは命令だ!指示に従え!!』武は彼女の気持ちが痛いほど理解できていた。しかし、この場が危険だと言う事は自身の記憶でハッキリしている。ここで彼女らを危険にさらす訳にはいかないと判断した武は、あえて階級を盾にし、冥夜の説得を行ったのだった。『冥夜様、ここは御下がりください。このままでは危険です』「凪沙殿……解りました。02後退します」『―――同じく09、後退しま……えっ!?』アラドが後退を告げようとした瞬間だった。彼らの目の前にそびえる崖が、音を立てて崩落し始めたのである。『マズイ!全機、最大出力で噴射滑走(ブーストダッシュ)!!一気にこの場を離脱するぞ!!』『『「了解!!」』』一斉にその場を離れた冥夜達は、間一髪で崩落に巻き込まれなかった。もしここに武達が来てくれていなかったならば間違いなくそれに巻き込まれ、最悪の場合二人とも生き埋めになっていただろう。『まさに間一髪って感じだったッスね』「ああ……すまぬタケル。そなたの指示に従っていなければ、今頃我らはどうなっていた事か……」『そうだな……『こちらブラッド1、フェンリル1応答願います』……どうしました月詠中尉?』命令違反を犯した二人に対し、何か処罰を与えねばならない。そう考えていた矢先、BETAの下へと向かっていた真那から通信が入る。『指示を受けたポイントに到着しました……しかし、既にBETAは殲滅されております。それから所属不明の機体と衛士を捕縛しました。恐らく彼の者達の仲間と思われますが、如何いたしましょう?』『解りました。これから俺はそっちへ向かいます。その間、彼らに事情を説明し、その場に待機するよう伝えて貰えますか?』『了解しました。それではお待ちしております大尉』真那が言った所属不明の機体、そしてそれに搭乗していた衛士とはリュウセイ達の事である。しかし、アラドが彼らの存在を伝えていなかった為、彼女は一時的に彼らを取り押さえざるを得なかったのだ。不用意に連絡を入れる訳にもいかないと判断したアラドだったが、理由も分からず拘束されたリュウセイ達にしてみれば、今回の件は傍迷惑な話である。『とりあえず、この事に関しては後回しだ。二人は月詠少尉と一緒にラトゥーニ達と合流してくれ。俺は月詠中尉の下に向かう』そう言うと武はその場を後にし、急ぎ真那の下へと向かう。そしてアラド達は、再び老婆の下へと向かうのだった―――「ちょっと待って下さい!いくら説得に応じないからって、そんな方法私達は納得できません!!」「貴様達の意見など聞いてはいない。いいか、これは命令だ訓練兵!」冥夜とアラドが老婆の下を離れて幾分か経過した頃、ゼオラ達の下へ一台のトラックがやって来た。そして中から現れたのは数人の歩兵。彼らを見た彼女らは、即座にそれが強制収容を実行する為の部隊だと判断する。だが、事情を聞いていただけに老婆を強制的に連れて行く事は出来ないと考えた彼女達は、自分達に説得を任せて欲しいと嘆願していたのだった。しかし、相手も上から与えられた命令を行使するために危険を押してこの場に来ているのだ。おいそれと引き下がる訳にも行かず、先程からこの様な言い争いに発展しているのである。「いくら命令とは言え、承服できかねます!麻酔で眠らせて連れて行くなんて……そんなの誘拐や拉致と変わらないじゃないですか!?」「貴様……一体訓練校で何を学んでいる!今の発言は上官侮辱罪に相当するぞ!!」「(クッ、一体どうすれば良いの?このままじゃ、あのお婆さんは無理やり連れて行かれてしまう……何とかして阻止しないと)」一向に良い考えが浮かばない。確かに自分の行動は上官を侮辱している行為であり、階級を盾にされれば圧倒的にこちらが不利だ。こうしている間にも無駄な時間は浪費され、その分老婆にも危険が及んでしまう恐れもあるし、他の場所で避難誘導を行っている人間にも被害が及ぶ可能性も出てくる。かと言って、目の前で起ころうとしている理不尽な出来事を見逃す事が出来るほど彼女達は冷たい人間では無い。そうしていた矢先、聞きなれた跳躍音が遠方から聞こえてくる―――「冥夜さんにアラド、それに斯衛軍の機体?」どうやらアラドが冥夜を連れ戻す事に成功したようだと彼女は考えていた。暫くして機体から降りて来る冥夜とアラド。「一体何事だゼオラ?」「それが……」二人に事情を説明し、何か名案はないかと尋ねるゼオラ。しかし、彼女達が加わったとしてもそう簡単に良い案は浮かぶ筈もない。自分達の階級が下である以上、何をどう言ったところで彼らに敵う筈もないのだ。この時ばかりは、普段強気な彼女らも行動を起こす事が出来ない。そんな時だった―――「おおよその事情は理解できました。伍長、この場は私が引き継ぎます。貴方達は先に他の区域へ向かって下さい」「凪沙殿!?」「えっ!?」「そ、そんな……」突然目の前に現れた人物に驚きと戸惑いを隠せないゼオラとラトゥーニ。そしてアラドは、最悪のタイミングで彼女達とオウカを再開させてしまった事態に戸惑っている。「しかし少尉、我らも任務を受けてこの場に来ているのです。いくら少尉の命令とは言え従う訳にはいきません」「貴方方の言い分も尤もです。ですが、私もまた殿下より民の安全を最優先にとの命を受けている以上、引き下がる訳にはいきません。理解して頂けませんか?」「……解りました。今回は貴女の顔に免じて引き下がるとしましょう。ですが、今回の一件、上には報告させて頂きます」「構いません。こちらが無理を言っているんです。ですが、ご理解いただけた事は感謝します」そう言って相手に向け敬礼をするオウカ。小隊長と思われる人物が部下に指示を出し、彼らはその場を後に他の地区へ向かう準備を始める。そして―――「助かりました凪沙殿……いえ、月詠少尉」「お気になさらないで下さい冥夜様。では、私は機体の方で待機しております」「ま、待って姉様!!」その場を去ろうとするオウカを呼びとめるゼオラ。だが彼女は、ゼオラの声に耳を傾けず、その場を後にしてしまう。彼女を追いかけようとするゼオラだったが、その行動はアラドによって遮られた。「待てゼオラ」「放してアラド!貴方も見たでしょう!?」「落ち付けってゼオラ!今は任務に集中しろ!!」「何を言ってるのアラド、姉様が生きていたのよ!?なのになんでそんなに落ち着いていられるのよ……まさか貴方―――」かつて、自分とオウカを取り戻す為、必死に戦っていたアラド。そして最終的に彼女らを取り戻す事に成功した彼であったが、最後の最後でオウカだけを救う事が出来なかったと考えていた。そんな中、突如として目の前に現れたオウカの存在に、戸惑うどころか驚きもせず冷静に対処しようとしているアラド。ゼオラはそんな彼を見て気付いてしまったのだ……彼は既に彼女と再会していると―――「―――知っていたのね……姉様が生きている事」「ああ……」「どうして……どうして黙っていたのよ!」「すまねえ」「謝って済む問題じゃないわ!貴方一体何を考えているのよ!?」物凄い勢いで迫ってくるゼオラに対し、何も言い返す事の出来ないアラド。自分に非がある事は明白だが、彼女に対し掛けられる良い言葉が見つからないのだ。「……落ち着いてゼオラ」目の前にオウカが現れたと言うのにも関わらず、先程から沈黙を守り続けていたラトゥーニが徐に口を開いた。「ラト、貴女は何とも思わないの?姉様が生きていたのよ!?」「何かおかしい……本当にあの人は姉様なのかな……」「何を言ってるのよ。私達が姉様の顔を見間違えるなんてあり得ないでしょ?」「あの人が姉様だったら、何で私達を見て何も言わないの?」「そ、それは……」突然の出来事により冷静さを欠いていたゼオラは、ラトゥーニの言葉でハッとした。確かに彼女の言うとおり、目の前に現れた人物がオウカならば自分達を見て何の反応も見せないのはおかしいと気付いたのである。「で、でもあの人は姉様よ!何か私達に話せない事情があってあんな風に振る舞ってるだけかもしれないじゃない!!」「かも知れない。でも、あの人はゼオラの呼びかけに反応しなかった。そして私やアラドを見ても何の反応も示していない」冷静に状況を分析し、自分の考えを伝えるラトゥーニ。彼女自身も先程の人物が姉であって欲しいと願っている。だが、明らかに彼女の行動はおかしいのだ。その疑問が解消されない、そしてこの場に冥夜が居る以上、迂闊な事は言えなかった。「……アラド、貴方何か事情を知ってるんじゃないの?」「……」「知ってるのね?話して!お願いよアラド!!」何から話せば良いのか……先程から彼はその事ばかり考えていた。本当の事を伝えたい。しかし、本当の事を伝えるにはどこまで話せばいいのか考えが纏まらない。どうしようかと顔をあげた時、ふと冥夜がこちらを見ている事に彼は気付いた。「―――すまぬ、もう少し早く察するべきだった。私は少しの間席を外すとしよう」「冥夜さん……」「気にするな。今の内に私がご老人の説得をしてくる―――」そう言いながら彼女がその場を離れた直後、再び大きな地響きと共に大地が激しく震え出した―――「じ、地震!?」「こ、これは……かなり大きいぞ」「た、立って……いられな……」今までに無い揺れが彼女達を襲う。恐らく噴火が更に激しくなったのだろう。そして、その揺れに耐えきれなくなった老婆の家の納屋がメキメキと音を立てて崩れ落ちる。「!?」「ま、不味い!このままではご老人が!!」揺れが収まりかけて来たのを確認した冥夜は、急いで老婆の下へと向かう。それに続くようにアラドも後を追い、ゼオラとラトゥーニは状況確認のためHQへと連絡を繋いでいた―――「大丈夫ですかご老人!」「クソッ……今の揺れで歪んじまったのか?扉が開かねえ!おい婆さん!大丈夫か?返事をしてくれ!!」老婆の安全を確認するため、何度も彼女を呼び掛ける冥夜とアラド。暫くして老婆からの返事が返って来た事で二人は安堵するが、流石にこのまま彼女を放っておくわけにもいかない。アラドは力技で無理やり引き戸を開け、冥夜が老婆をその場から退避させる。「婆さん……このままじゃ家も崩れちまうよ。危ないから避難しよう」何とかして彼女を説得したい。これがアラドの本心だ。この想いが伝わって欲しいと願っていたのだが、そんな彼女から返ってきた言葉は彼らを更に悩ますものだった。「その時は……兵隊さん……その時はその時ですわ」「婆さん!」「兵隊さんはこんな老いぼれに構わず早くお逃げ下さい!」「なあ婆さん、どうしても避難する気はないのかよ?」そんなアラドの問いに対し、老婆は悲痛な面持ちを浮かべながらこう返す。「非難したら……二度とここには戻って来れませんでしょ?」「―――ッ」彼女に釣られる様に冥夜もまた同じような顔をしていた。彼女には老婆の気持ちが痛いほど理解できるのだろう。「でもさ……息子さん達は家より婆さんが生きてる事の方が嬉しいと思うんだ……俺さ、物心付いた時から施設で暮らしてて、本当の両親ってどんなのかも知らないけど、家族や待ってる人が居るっていうのはやっぱり嬉しい。息子さん達もきっとそうだと思うんだよ……」「……」アラドの言葉に目を閉じながら耳を傾けている老婆は、彼の言葉を受けて何かを考えている様にも見て取れる。だが、その表情は何かに迷っている様にも感じられた。「……ご老人?」「……息子達は……あたしの息子達は……もうこの世にはおらんのですよ……」「(……え?)」「骨も何も帰っちゃ来ませんでしたが……軍のお偉いさんが届けて下さった紙切れが二枚、仏壇に入っとります……」所々聞き取りにくかったが、恐らくそれは受け止められない事実を声に出すためだったのだろう。「で、でも……帰って来るって!だから待つんだって言ってたじゃないか!!」「頭では解っていても……あんな紙切れだけで息子達が死んだなんて……心の中じゃ解りたくないんですよ。それに……魂だけになっても……ふとした事で帰りたくなるかもしれんでしょ?その時にここに誰もいなかったら寂しかろうと思ってね……」「(だから……待ち続けたいって言うのか?でも、でもそれじゃあ……それで婆さんが死んじまったらそれでおしまいじゃねえか!!)」小刻みにその身を震えさせ、眼尻に涙を浮かべながら自分の本心を語った老婆。そして彼女は、なおも言葉を続ける―――「しかし……羨ましいですなぁ」「ご老人……?」「女でも……こんな大きい機械に乗って……ただ待つだけでなく……自分で戦える時代になったんですなあ」そう言って戦術機を見上げる老婆。「貴女様の前でこんな事を言ってはいけないのかもしれないですけど……いくらお国の為とはいえ……息子達が戦争に行くのを喜ぶ親なんておりませんわ……こんな事を言ったら捕まってしまうのかもしれないですけどね……」「そんな事……するわけないだろ……って言うか、俺がさせねえよ……そうだろ冥夜さん?」「ああ……」「でもね……言ってみればこれがあたしの戦いですから……」「ここで……待つ事が……?」「はい……でもね、待つ事は辛いんですわやっぱり……けれどあたしにはそれしかできませんし……兵隊さん、あたしみたいな老いぼれは非難しなくてもどのみち老い先短いんですわ……お願いです……今までずっと息子達を待ってきたんです……どうか、どうかこのままやり遂げさせて下さい」「(それが婆さんの願い……)」「兵隊さん達には兵隊さん達の戦いがあるはずでしょう。こんな老いぼれにつきあっていてはいけません……」そう言いながらそっとアラドに近づく老婆。「あたしなんかの為に貴女様のような御方や兵隊さんが来て下さった事、本当に感謝しとります……ありがとう……ございます」そっとアラドの手を握り、涙を流しながら感謝の言葉を口にする老婆―――これが彼女の本音であり、全てなのだと彼らは悟る。そして彼女もまた戦い続けているのだ。戦う意義、そして理由はは人によって違う。そして守るもの、護るべきものも―――彼女の本心を聞いた事により、改めて自分達が何をすべきなのかを考えさせられる若者たち。その答えが見つけられないまま、タイムリミットは刻一刻と迫るのだった―――あとがき第47話です。天元山救助活動編後編、如何でしたでしょうか?本来ならば3話ぐらいで完結させたかったのですが、流石に無理と判断し、4話構成で完結させる事にしました。私の文才の無さ、お許し頂ければと思います。さて、前半の戦闘シーンですが、BETAの行動に関して様々なご指摘を受けるかもしれません。ですが、これに関しては後の話へ繋げる為の処置として受け止めて頂ければと思います。そして出会ってしまったオウカとゼオラ、そしてラト。この辺のやり取りも結構悩まされました。やはりこう言った描写は本当に難しいものですね。本当ならばここでオウカとゼオラ達をもっと絡ませる予定だったのですが、以前ご指摘を頂いた事を踏まえ、今回の様な描写とさせて頂いております。ちょっとオウカ姉様が冷た過ぎるんじゃね?と自分でも思いますが、ご容赦いただければと思います。次回は老婆とのやり取りを踏まえたうえで原作とは違うよう少々アレンジを加える予定ですので楽しみにお待ち下さい。それでは感想の方、お待ちしています。