Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION第50話 数多の可能性言葉が出て来ない―――何故そんな事が起こりうるのか?あまりに荒唐無稽な話としか感じられない事実。冗談にしては少々……いや、かなり性質の悪い部類に入る話だろう。武も良く知る人物、そしてこの国の誰もが敬い尊ぶ存在……彼女は皆にそう想われている筈だ。そんな彼女が暗殺される?流石にそのような事を信じる事など出来ない……それが彼の率直な意見だった―――「―――その話、本当なんですか?」ようやく口から発する事が出来た言葉は、あまりに在り来たりなものだった。本当に彼女が暗殺されるのか?何かの間違いであってほしい。そう願う武の心情などお構いなしに、夕呼はただ黙って首を縦に振る。「何故なんです?どうして彼女が……悠陽殿下が殺されなきゃならないんですか!?そんな話、俺は信じられません!!」「―――アタシもその話を聞いた時、嘘であって欲しいと願ったわ……でも、紛れもない現実だった。彼女はね、事故を装って暗殺されたのよ……米国の息のかかった連中にね」「……それが今回のクーデターで、先生があぶり出そうとしてる連中だって言うんですか?」「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない……」「そんなの答えになってないじゃないですか!」「落ち付けタケル……今ここで副司令に怒鳴ってどうなるものでもあるまい」「じゃあ、どうしろって言うんですか!?大尉は何でそんなに落ち着いていられるんです!殿下が暗殺されるかもしれないって言うのに、落ち付いてなんていられませんよ!!」「ちょっと冷静になれよタケル。キョウスケ中尉の言う通りだって」「リュウセイ、お前はこの国にとって殿下がどれだけ大事な人物か知らないからそんな事が言えるんだよ……無意味に口を挟まないでくれ!」この国において『煌武院 悠陽』と言う人物を知らない者は、先ずいないと言って良いだろう。17歳という若さで五摂家の一つ、煌武院家の当主を務めると同時に皇帝より政威大将軍に任命され、帝国の国事の全権を委ねられている人物だ。その若さも然ることながら、圧倒的なカリスマ性を持ち、国民からも信頼されている。だが、現在の日本政権内においては、御飾りの将軍と彼女を罵る物も少なくは無い。この世界に来たばかりのリュウセイにとって、もはや一般常識とも言える事柄を理解していないのは仕方のない事だが、今の武はそんな事に気付くだけの余裕が無かった。「なんだと!……確かに俺は、その殿下って人がどんな人物なのか知らねえ……でもな、無意味とはなんだよ無意味とは!」「だから黙っててくれって言ったんだ。何も分からないくせにしゃしゃり出て来ないでくれ!」「この野郎……黙って聞いてりゃ、好き勝手言ってくれるじゃねえか!何様のつもりだテメェ!!」ほぼ同年代であるが故だろう、もはや階級などお構いなしといった様相で言い争う二人。「いい加減にしろ二人とも!少し言い過ぎだタケル……それにリュウセイ、場所を弁えろ……」「クッ……」「……でもよ、キョウスケ中尉!」二人の言い争いを見兼ねたキョウスケが、彼らの間に割って入る。反論するリュウセイであったが、キョウスケが鋭い睨みを利かせたため、仕方なく彼に従うしかなかった―――束の間の沈黙が空間を支配するなか、誰も口を開こうとしない。最初に話を切り出した夕呼も、どうすべきかを悩んでいるのだろう。このままでは埒が明かない……そう考えたのだろうか?先程まで傍観に徹していたライが、事の顛末を知っているであろう夕呼に問いただす―――「香月副司令、貴女は自分しか知らない事実だと仰いました。それはすなわち、どういった経緯でその様になったか、という事をご存じだと考えます。詳しい話を聞かせて貰えないでしょうか?」「そうだな、詳細が解れば対策が立てれるかもしれねえ」彼の意見にマサキも同意した事で、それしか無いと踏んだのだろう……室内に居た全員が夕呼に注目する―――「―――そうね、事の始まりは、桜花作戦終了後……あの世界の白銀がアタシ達の前から居なくなった直後からになるわね―――」2002年1月1日、全人類の総力を結集した喀什(カシュガル)ハイヴ攻略作戦……通称、桜花作戦が成功し、人類は束の間ではあるが喜びを噛み締めていた―――作戦終了後、白銀 武を見送った夕呼は、霞と共に事後処理に追われる日々を過ごしていたのだが、あるとき国連本部へと召集される事となった。それは、桜花作戦の詳細の説明と、今後行われる反攻作戦に向けての概要を議論するためのものだったのである。オルタネイティヴ第四計画は、一応の成功を見せ、人類に数多くの希望を齎した。その計画の総責任者である彼女が、議会に召集されるのは当然の事だと言えるだろう。国連総会は、今後も彼女の力を有効に利用しようと考えていたのである。「議会に召集されたアタシは、今後人類が行おうとしている作戦に力を貸す事を求められたわ……正直、あまり気が乗らなかったんだけどね」悲願であった第四計画が成功し、後は事後処理を行う日々が過ぎて行くだけだと彼女は考えていた。だが、そのまま燻っているだけの日々を送るのは、死んで逝った者達に対し申し訳ないのではないか?その様な気分にさせられたのは、もがき苦しみ、懸命に足掻いていった青臭い救世主のせいだろう。彼女は、条件付きでその話を承諾したのだった。「でも、ここに来て問題が発生したのよ……」「問題……ですか?」「ええ……白銀があの世界から消えた事で、様々な要因に対しての矛盾が発生しだしたわ」桜花作戦成功に関して、白銀 武が齎した様々な要因。XM3の開発、00ユニット完成に至る経緯、そして桜花作戦の成功―――それら全ての事に彼が関わっているのは、既に周知の事実だ。しかし、武が因果導体から解き放たれた際、彼に関する情報や知識、係わった人物などの記憶がリセットされる事態が発生する。オリジナルハイヴ攻略に至った状況などの詳細に、僅かながらの綻びの様なものが発生してしまったのだ。これに関しては、記憶の補完を繰り返し行う事で被害を最小限に留める事は可能だが、不可解な点も多く発生する事になる。その様な矛盾が切っ掛けとなり、次第に夕呼が提唱する理論は衰退していく事となってしまったのだった―――「まあ、これは予想してた事だったから、左程問題では無かったわね。その為にアタシは条件付きで奴らの話を受けたんだし……」「でも先生……それが殿下暗殺にどうつながるんです?さっぱり見えて来ないんですが……」「話はまだ終わって無いわ……ここからが重要になってくるのよ―――」そういった経緯は在ったものの、彼女が世に齎した幾つかの物は、着々と人類勝利に向けて貢献していた。中でもXM3は、現存するOSとは一線を画すものであり、戦場に赴く多数の衛士から賞賛されていたと言えるだろう。桜花作戦終了後、約二年が経過する頃には国連軍を通じ、数多くの国で採用される事となった。無論、夕呼は各国との交渉材料に用いていたのは言うまでもない。だが、それを快く思わない人々も存在していた。第四計画の予備計画としてスタートし、並行して進められていた計画……すなわち第五計画推進派の者達だ。特に米国は、その筆頭とも言える行動を起こしており、軍部は頑として彼女が齎したそれらを受け入れなかったという。その代りと言ってはなんだが、各国に向けて自国で開発した戦術機を比較的安価な値段で輸出し始めたのである。これに関しては、国防予算を圧迫し優秀な機体を購入、調達するだけの資金がない国々は大いに喜んだ。それらの先駆けと言っても過言では無かった機体が、F-15SE・サイレントイーグルと呼ばれる機体であった。あえてF-22A・ラプターを投入しなかったのは、彼の国らしい選択と言えよう。「米国は余程焦っていたんでしょうね……そんな事をしても、自分達の首を絞めるだけだって言うのに―――」嘲笑ともとれる表情を浮かべ、その時の事を思い出している夕呼。確かに彼女の言うとおり、この行いは殆ど自分達には利益が無い。精々、自国の戦術機の性能を世に広める事ぐらいが精一杯だろう。そんな中、日本にもF-15SEが輸出される計画が持ち上がる。だが当時の日本は、アラスカにて行われていたXFJ計画において完成した不知火・弐型の仮採用を決定しており、量産試作機のトライアルが行われている真っ最中であった。そして、ここに来てあり得ない出来事が起こってしまう―――「米国がどの様な手段を用いたのかは解らないわ。彼らは何らかの理由を用いて、帝国軍次期戦術機選定に介入して来たのよ……結果として弐型の仮採用は覆され、運用コスト面での最有力候補としてエントリーする事に成功したわ」「そんな事出来るんですか?いくらなんでも、そんな事が罷り通るとは思えません」「恐らく、米国と繋がりを持っていた者達が裏で動いていたんだろうな……理由などのこじ付けは、後で何とでもなるだろう……」「実はね、今回の世界で不知火・改型の製作に協力した理由はそこに在ったのよ……そもそも日本がXFJ計画に参加しなければ、米国に借りを作る事は回避できたかも知れないわ。でも、結果としてそれは間に合わなかった……これに関しては完全に後手に回った結果になってしまったわね」ここに来て彼女は、意外な事実を明らかにした―――新型機開発のテストベッドとして作られたと考えられていた改型は、弐型に取って代わろうとしていた物だったのである。現状の改型はPT解析時に得られたデータを基にそれらの概念が組み込まれてはいるが、当初の目的は国内製のパーツを用いて不知火を強化発展させるための物だ。試作機と言う位置付けである以上、他の競合する機体がある場合、なんとしてもそれを上回るモノが無い限り採用は難しい。改型は弐型とは違い、米国製のパーツを用いていない点も優位といえる。そのために彼女は、現在国内で尤も優秀な機体と呼ばれている武御雷に目を付けたのだった。しかし、武御雷は他の戦術機に比較して生産性も低く、1機あたりの調達費用やランニングコストも非常に高価なものだ。これが理由で帝国軍は、武御雷の導入を諦め、斯衛軍のみで運用される機体となってしまったのである。だが、不知火にそれらのパーツを組み込むことで性能を向上させる事が可能となれば、武御雷までとは言わないまでも不知火以上の帝国製第三世代型戦術機が誕生する事となる。現存する不知火をベースにする事が可能なわけだから、調達費用やランニングコストも抑えられるという寸法だった。「ですが、それに関しては今からでも間に合うと思います」「その理由は?」「データを拝見させていただきましたが、現状で不知火・弐型は試作機が組み上がり各種テストを行っている状況……計画に参加している帝国軍のスタッフには申し訳ないですが、彼らが量産試作機をロールアウトさせる前に改型を間に合わせれば何とかなるのではないでしょうか?」「間に合えばだけどね……今の改型は、当初のプランとは違う物になってしまっている。かといって元の物に戻してしまえば性能面で弐型に負けてしまう……まあ、これに関しては今議論するべき事じゃないし、後で考える事にしましょう」「そうですね。申し訳ありませんでした」「別に構わないわ。とりあえず話を元に戻すけど、12.5事件の後、政威大将軍の権力は立憲君主制本来の形へと戻される事になった。これに関しては白銀も知っていることだけど、完全にとは行かなかったんでしょうね」新内閣組閣後、親米右派が政治機構の中枢から一掃されることとなる。それに伴い、BETA侵攻以降に軍部と政府が政威大将軍への権力制限を拡大解釈し、他方外には将軍の名の下に権力を乱用行使してきた体制が是正された。また、日本人で編成された207小隊が将軍を救出した事実も、帝国の国民感情に好印象を与える事となった。結果として、在日国連軍と帝国軍の関係も良好なものとなり、全ては殊の外上手く行く筈だったのである。「一掃された筈の親米右派は、再起を窺っていたわ。当然でしょうね……新政権のままでは自分達に何の得も有りはしないんだもの」「そして奴等が攻勢に打って出た……と言う訳ですね」「そうよ……まず手始めに、さっき言った次期戦術機選定に介入して来たのよ。それらはその一環として甲20号作戦を始めとする多くの実戦にも投入されたわ」甲20号作戦、通称『錬鉄作戦』と呼ばれるそれは、2003年4月10日に行われた朝鮮半島の鉄原ハイヴ攻略作戦だ。この戦いには、帝国軍へと籍を移した『涼宮 茜』や『宗像 美冴』、そして『風間 梼子』らが参加していたという。彼女らは再び同じ戦場に赴き、散って逝った者達の遺志を継ぎ戦っていたのだろう。「作戦は成功し、人類は更に攻勢に出たわ。そして、その間も米国から日本へ対しての介入は続いた……どれもこれも子供じみた内容に等しい物だったけど、政府としては結構な痛手だったでしょうね。そんな中、事件が起こったのは、桜花作戦が終了してから五年後の事よ」「……」「桜花作戦が成功して五年と言う事で区切りが良かったんでしょうね。戦死した者達の追悼式典が帝都で行われる事になったわ……作戦を成功に導いたのは、日本の尽力が在ったればこそだ。なんて気の利いた文句を掲げてね……世界各国から要人を招いて式典は執り行われる事となった―――」国連主導で執り行われる事となった追悼式典。この裏には間違いなく米国が絡んでいた―――式典を何処で執り行うかを議論していた際、最初から一貫して日本にすべきだという主張を曲げなかったのもこの国だ。当時、議会に参加していた関係各国の首脳部は、米国が自国ではなく他国を開催地に推薦した事を素直に受け入れられなかったという。その理由の一つとして、両国の関係はあまり良い物ではないというのに、何故かこの時だけは日本開催を後押しするような行為に出た事が怪しまれたからだ。それ以外にも、アジア圏内には未だ数多くのハイヴが残っており、危険性を拭いきれなかった事も挙げられる。しかし米国は、それらの反対意見が挙がる事を想定していたのだろう。予め自国と繋がりの深い国に対し、政治的圧力をかける事で彼らを抱き込んでいたのである。結果として過半数が日本開催に合意し、当初の思惑通りに事が運んだという訳だった―――「奴らはこれを好機と踏んだんでしょうね……警戒厳重と思われた式典の最中にテロが発生。一般市民も多数参加していた事で、現地は予想以上のパニックに陥った……そんな中殿下は、逃げもせず斯衛と一緒になって一般市民の避難誘導に当たっていたのよ」この様な事が起こるなど、誰一人として予想していなかったに違いない。数多くの一般市民も混じっていたとは言え、会場への出入りの際は入念なボディチェックも行われていた。テロを画策する様な者達が、容易に中へと入る事など不可能であった筈なのだ。では、何故その様な事が起こってしまったのか……答えは簡単である。何者かが彼らを手引きし、警戒厳重な式典会場へと誘導したのだろう―――「さっさと逃げていれば……なんて言える訳ないわよね。彼女はテロリストが放った銃弾から子供を庇い、そして倒れた……即死だったそうよ」「そ、そんな……」「その後、テロリスト達は全員射殺された……恐らく口封じのためでしょうね。おかげで真相は全て闇の中……彼女が居なくなった事で、政権は瓦解。その後、親米右派が再び息を吹き返す事になったのよ」悠陽が暗殺され、日本は大きく様変わりする事となった。暫くは皇帝が任命した政威大将軍代理を務める人物が国事を任されていたのだが、彼の行った政策は国民を蔑にし、自分達を含めた特権階級を有する者が潤うものへと変貌する事となったのである。その政策に関与していたのは、言うまでもなく米国だ。気付けば彼の国の傀儡政府へと成り下がっていた日本は、当然国民からは反発され、再び多くの難民を抱える事態となってしまう。米国寄りとも呼べる思想に恭順する者は減る一方だったというのに、政府は何の対応策も講じない。そして、それらに業を煮やした一部の者が、再びクーデターを起こしたのである。「アタシが覚えている限り、ざっとこんな感じだったわね……」「最悪だ……」「そうね、アンタの言うとおり最悪以外の何ものでもないわね」「本当に止める手立ては無かったんですか?政府がそうなる前に……そこまで行く前に止められる人物はいなかったんですか?」「残念ながらね……その事について一度だけ、斯衛の月詠中尉と話す機会があったわ。彼女もその時の世に嘆いていた……」「月詠さんは、何もしなかった……いや、多分出来なかったんでしょうね」「そうでもないわ。彼女は何度も将軍に直訴していたのよ……でも、聞き入れて貰えなかった。それどころか、酷い仕打ちを受けたわ―――」真那は将軍家に仕える身でありながら、民を蔑にしている将軍に何度も意見していた。無論、代理とは言え皇帝から役職を預かっている以上、将軍には違いない人物に対してだ。周囲の人物が止めるのも聞かず、何度も何度も哀願していたのである。余程悔しかったのだろう……自分が生涯を賭して護ろうと誓った者達に先立たれ、彼女等が願ったものとは違う方向へと進み始めたこの国の在り方に……次第に彼女に共感する者達も増え、軍上層部の一部も彼女に味方をしてくれた。だが、政府は彼女を国家に対し謀反を企てる不埒者とし、斯衛軍の籍を剥奪した揚句、帝都から追放したのである。その行為が火に油を注ぐ形となり、一部の斯衛軍若手将校が造反。結果として斯衛軍は、現政権賛成派と反対派に別れ、争う事となってしまったのだった。「ですが何故、彼女一人がそれだけの仕打ちを受けねばならないのです?皇帝や他の五摂家の方々は、その件に関して何も口を挟まなかったのですか?」「残念だけど、詳しい事は判っていないわ。一応アタシは国連側の人間だし、向こうは日本政府……詳細は明らかにしないのは当然よね」「それで、その後月詠中尉って人はどうなったんだ?」「分からないわ……当時、アタシも彼女の事を心配して色々な所に情報を求めたんだけど、手がかりは全く掴めなかったのよ」「一体誰なんです?そんな馬鹿げた事を平然とやってのける様な人物は……」「多分、アンタも会った事がある筈……『崇宰 信政(たかつかさのぶまさ)』、五摂家の一つ、崇宰家の当主よ」「崇宰大将が!?」崇宰 信政……五摂家の当主ではあるが斯衛には所属しておらず、帝国陸軍大将を務めている人物だ。技術廠・技術開発局のトップに立つ男でもあり、第壱開発局副部長を務める巌谷 榮二は彼の部下に当たる。高天原襲撃事件の際、突如その場に現れた彼は、周囲の反対を押しのけ武御那神斬の出撃を強要した事も記憶に新しい。確かに何か裏があると疑わざるを得ない様な振る舞い方だったが、まさかこの様な人物だったとは予想できなかっただろう。「恐らく事実だろうな……」「キョウスケ大尉?」「何か心当りでもあるのですか?」「以前、タケルと共に高天原へ招待された時、謎の部隊による襲撃を受けた……マサキも覚えているだろう?」「ああ、俺もサイバスターで迎撃に出たからな」「あの時俺は、妙な違和感を感じていた……何故この時を狙ってここが襲撃されるのか?とな」「それは俺やコウタ、タケルの機体、それからあの施設が狙いだったんじゃねえのかよ?」「その可能性も捨てきれん。だが、先程までの副司令の話を聞いて、疑念が確信に変わった事が一つある……」「どう言う事です大尉?」「もしも機体や施設が狙いだというのなら、何故あの時を選ぶ必要がある?殿下が訪問していて、普段の倍以上に護衛が付いている警戒厳重な時を狙うより、別の日を選んだ方がより確実だとは思わないか?」確かにキョウスケの言うように、ターゲットがそういったものならばそんな日を狙うとは思えない。余程の間抜けが指揮を執っているならばまだしも、こういった行動を起こすならば前もって下調べを行う事は常套手段だからだ。「偶然じゃないのかよ?考えすぎだと思うぜキョウスケ中尉」彼の言うとおり、偶然と言うケースも否定は出来ない。たまたま決行日であったその日に、急遽悠陽が訪れる事になったのであれば相手の狙いが外れたと言う事になるからである。「いや、偶然とは言い切れないかもしれないぞ……考えてみろリュウセイ、施設はこの際置いておくとして、俺達の機体はこの世界にとって未知の物だ。狙われるならこの横浜基地が狙われてもおかしくは無い……」「そうか、奴らの狙いは別にあった……って事なんだなキョウスケ中尉?」「ああ、あの時高天原にあって横浜基地に無い物……恐らく殿下の命だ」「ほぼ間違いないでしょうね……所属不明の部隊が突如として襲撃して来たのは、そのどさくさに紛れて殿下を亡き者にしようと考えたからに違いないわ」その後、襲撃部隊の詳細について徹底的に調査が行われている。帝国軍から事件に関する調査の経過報告を受けた夕呼は、即座にキョウスケ達を執務室へと呼びつけ、彼らから何らかの情報を聞き出そうとしていた。現状で判明している事は、襲撃犯が用いた機体に誰も乗っていなかったという点だ。無人機と言う可能性が一番濃厚だが、これを聞いて即座に否定した人物が何名か居る。それはアクセル・アルマーとラミア・ラヴレスの二人だった。『確かに無人機と言う可能性が高いかもしれん……だが、その機体のパイロットが量産型のナンバーズだった場合、話が変わってくる、これがな』『隊長の仰るとおり、コードATAを使用すればパイロットなんかの痕跡を残さずに消滅させる事が可能でございますです』コードATA……『Ashes To Ashes(灰は灰に)』の頭文字を取ったもので、文字通り灰に帰すものとされているナンバーズ用の自爆コードだ。これを用いれば撃墜した機体からパイロットが発見される事はなく、相手側に情報を与える事がない。相手がナンバーズだった可能性を提示したのは、あの場で実際に戦闘を行っていたラミアだったのだからほぼ間違いないだろう。その理由として、無人機には出来ないと考えられる細かな動きを行っていた事も挙げられる。「シャドウミラーの残党が、米国とつるんでいる可能性が高い以上、崇宰大将との繋がりが無いとも言えんな……」「尤も決定的な証拠が無いのですから、その事実に気付けたとしても迂闊な事は口に出来ない……なかなかの策士ですね。その崇宰という男は……」「そうね……これらは全て憶測の域を出ていないわ。何か決定的な証拠を掴まない事には、こちら側が何を言っても無駄でしょうね」「策士策に溺れるって言葉があるけどよ、何か付け入る隙みたいなもんはねえのか?」「多分無いだろうな……」現状では何を言っても無意味だろう。例え何らかの尻尾を掴んだとしても、今からでは間に合わない可能性も高い。それどころか証拠不十分で相手を訴えてしまえば、逆にこちら側が不利になる一方だ。「ふと思ったんだけどさ、斯衛軍って人達の所に協力は頼めないのか?その人達は将軍を護るために存在してるんだろ?」「言ってどうなる?これからクーデターが起こります。陸軍の崇宰大将が裏で暗躍しているから、それを阻止するために協力してください……誰がそんな情報を鵜呑みにすると言うんだ?それこそ無意味だろう」リュウセイの言うとおり、彼らに強力を頼めない事も無い。実際に斯衛軍大将である紅蓮は、武達が帝都に赴いた際に悠陽からこの話を打ち明けられている。無論、彼女が並行世界で体験した記憶を有し、過去へと遡っている事実も含めてだ。愈々もって彼女の身や帝都に危機が迫っているとなれば、間違いなく彼は協力してくれるだろう。だが、その事実を知っているのは極一部の人間のみであり、大多数はその事実を知らない。つまり、いくら彼が彼女を護ろうと呼びかけたところで、その事実を知らない者からすれば信憑性が薄いのである。「まあ、言い方は悪いかも知れないけど、アンタ達にそんな事は期待していないわ。これに関してはこっちで何とかするしかないでしょうしね」こればかりは夕呼の言うとおり、自分達には何の策を講じる事も出来ない。精々彼女が何らかの行動を起こす際に協力する事ぐらいが関の山だろう。キョウスケ達はそう考えていたが、武は一人、我武者羅にその事に付いて思考を張り巡らせていた。自身の記憶にある何かが切っ掛けで、これまで夕呼が話してくれた事を未然に防ぐ事が出来るかも知れないと踏んだからだ。「(12.5事件の時、俺の頭を過ぎっていた事がある……結果として沙霧大尉はそんな事考えてなかったけど、もし彼らの目的がそうだったとしたら夕呼先生の言うとおりの展開になってたって事になる―――)」決起部隊に追われている際、武は一度だけ、彼らが悠陽の確保を諦めたら……と考えた事がある。クーデターを起こした者達は、自分達の行為が正当であったことを証明する為、なんとしても彼女を確保する必要があった。だが、彼女から何の裁可も貰えなかった場合、逆に彼女の存在は邪魔になってしまう可能性が高い。そして、米軍の無理な介入で彼女が死んだ事になどなれば、反米感情の強い国民達も黙ってはいないだろう。最悪の場合、他の帝国軍部隊も決起しかねない結果を生んでしまう事になってしまうのだ。沙霧達の目的がそこにあったとしたら、将軍を殺す事になっても結果的には目的を達成する事になってしまうのである。最終的に彼ら決起部隊はそのような事を考えていなかったが、もしもそこに崇宰の思惑が絡んでいたとすればどうなるだろうか?「(鎧衣課長はあの時、どうしても日本で内戦を起こしたい連中がいるみたいだって言ってた……その意を汲む奴が決起部隊に紛れ込み、最初に発砲した事が原因で殿下は自ら囮になるしか無かったんだよな―――)」悠陽は帝都での戦闘を終息させるため、あえて自らを囮とすることにより帝都の民を護ろうと考えた。結果として決起軍はリークされた情報に従い、彼女の下へと引き寄せられる事となったため、帝都を包囲していた全軍は彼らを追撃せざるを得ない状況になってしまったのである。そうなった事により、帝都での戦闘は終息に向かい、一先ず帝都民が戦火に巻き込まれる心配は無くなった訳だが、もし裏で手を引いていた者達がそれを予測していたとすればどうだろうか?その機会を絶好の物と判断する可能性が飛躍的に高まるだろう―――「(そして、殿下と冥夜が入れ替わって沙霧大尉と謁見を行った時……あの時は、会談を邪魔するために米軍が発砲したって思ってたけど、あれは殿下を命を狙ってやったって言う可能性も高いって事にならないか?)」謁見が行われた理由は、悠陽が沙霧を説得したいと言い出したことが切っ掛けだった。その際に二つのプランが提示されたのだが、結果として米軍兵の放った一発の銃弾が原因でそれらは失敗に終わってしまう事となる。どちらのプランであっても、謁見場所に悠陽は居らず、成功しても失敗しても彼女は神代と共にその場を離れる手筈となっていたのだ。武が言う悠陽を狙ったという点は、冥夜と彼女を誤認して発砲したという訳ではない。謁見が失敗に終わり、両者が再び交戦状態へと陥れば包囲されている脱出部隊側が圧倒的不利だ。そうなれば戦闘時の混乱に乗じ、悠陽を暗殺する事も可能ではなかったのだろうかと考えているのである。当時、謁見場所を狙撃した『イルマ・テスレフ』は、情報機関による後催眠暗示下にあった可能性も指摘されていた。しかし、起動キーワードの発信がどのように成されたのかが不明であるため、あくまで噂の域を出ていない。だが、もしもそのキーワードが、決起軍側が悠陽と接触した場合だったとすれば説明も付くだろう。催眠状態にあった彼女が、冥夜と悠陽を誤認するかもしれない可能性は、無いとも言い切れないからである。尤もこれは、全て彼の憶測でしかない。単に米国側が、悠陽救出の手助けをしたという口実を作るためにそう仕向けたかもしれないからだ。「(考えれば考えるほど、裏で誰かが暗躍していた可能性が出てくる……駄目だ、何も良い考えが浮かばない……クーデターを起こさせないのが一番最良の方法だけど、今からじゃ無理だ……先生が間に合わないって言っている以上、本当なんだろうし―――)」当時の事を思い出しているが、一向に良い手立ては浮かんでこない。12.5事件の詳細を知っているのは、あの時あの場所に居た人物だけ……すなわち記憶を持ったままこの世界へと転移した人間だけだ。現状で判明しているのは、自分は勿論の事、夕呼に霞、そして冥夜と悠陽だ。だが夕呼は、冥夜と悠陽も記憶を有している事を知らない。そして何より、武自身が彼女に話していない事も理由として挙げられる。「(話すべきなんじゃないか?冥夜の事は抜きにして、殿下の事を先生に打ち明ければ何か解決策が浮かぶかも知れないじゃないか……)」確かに彼女が自分達と同じく、以前の世界での記憶を有している事を話せば、何らかの糸口が掴めるかも知れない。だが、本人が居ないこの場でそれをやって良いものか?今後の展開に有利になる可能性もあれば、不利になる可能性も高い情報。情報は時として有利な武器となる事もあれば、こちら側の弱点を露呈する事もある。しかし、現状ではそうも言っていられないなどといった考えが頭を過ぎっている。どうすれば良いのだろうか?以前の自分なら、後先考えずに行動に移っていたかも知れないが、自分自身もある程度は学習しているつもりだ。武がそういったジレンマとも呼べる感覚に陥ってしまうのは仕方の無い事なのかもしれない。「そういえば白銀、アンタさっきから何も言わないわね?何か言いたい事は無いのかしら?」「えっ……?」唐突に夕呼から話を振られ、我に返る武―――「す、すみません……ちょっと考え事をしてたんです」とっさに口から出た言葉は、なんともパッとしない文句だった。「難しい顔をして何を考えていたのか知らないけど、何か意見が有るのなら言ってみなさい」「い、いえ……意見って言えるほどのものは何も無いです……でも先生、やっぱりクーデターは止められないんですか?」やはり悠陽の事は打ち明けるべきではない……悩んだ挙句、彼はそういう結論に至った。しかし、クーデターを止めたいという気持ちに嘘は無い。何か方法が有るのなら、その可能性に賭けてみたい……それが現在の武の心境だ。「さっきも言ったけど、クーデターが起こるのは時間の問題よ。止める手立ては無いわ―――」夕呼は表情一つ変えずそう言い切った。それはすなわち、何もて立てが無いという答えなのだろう。武は彼女の一言に愕然としていた。一体自分は何をやっていたのだろう?悠陽になんとしてでもクーデターを阻止したいと言っていたにも拘らず、それは叶わないものだという事実を突きつけられる。絶望、失意のどん底……周囲の者達の事など気にせず、落胆してしまう武。「―――だったらいっその事、起こしてしまえば良いってワケよ……ただし、奴等の望みどおりにさせるつもりはないわ!」「えっ?それってどういう……」「そのクーデターにアタシ達が介入し、自分達に有利な展開へ持っていけば良いって言ってるのよ」気付けばニヤニヤと笑みを浮かべながら話している夕呼。してやられた……その場に居た他の者達は、一斉にそういう気分にさせられる。最初から彼女はそのつもりで居たのだ。横浜の牝狐とはよく言ったものだ……回りくどい言い回しを行い、彼らの反応を見る事で一人楽しんでいたのだろう。「酷いですよ先生……と言う事は、何か方法があるんですね?」「アタシが何の策も無しにこんな事言うと思う?このクーデター、絶対に奴等の思い通りにはさせないわよ!」「はいっ!」先程までとは打って変わり、力強い反応を見せる武。その場に居たキョウスケ達も彼に同調し、協力する気でいる。今だ暗雲立ち込める日本……しかし、彼らは動き出した。数多の可能性の中から最良の未来を選択するために―――あとがき第50話です。クーデター編序章、第二弾と言った流れの今回ですが、いかがだったでしょうか?悠陽暗殺に関する話や、それにまつわる設定などは私のオリジナルです。オルタ本編において、武ちゃんが居なくなった後、どういった展開になるかと考えてみたのですが、タイトルの通り数多くの可能性があると思いました。その辺を自分なりに解釈して反映したのが今回のお話の流れになってます。はっきり言って無理やりなこじ付け感が拭えませんが、ご理解いただければと思います。次回以降、クーデター変のお話は加速していきます。ですが、片付けなければならない話が多すぎる……orz彩峰の件、千鶴の件、C小隊の持って行きかたなどなど……本当に小説って難しいですねTTですが、今後の展開を楽しみにして下さっている方のためにも頑張る所存です。今後とも何卒よろしくお願いします。