Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION第58話 合流(前編)―――地球連邦軍情報部オフィス内―――薄暗く、とても重要な案件を扱うようには思えない一室で、四人の男達が何かを話している。主に事件の追跡調査などを行う重要な部署であるその一室で話されていた内容は、ここ最近になって起こった事件についての事だった。「―――以上が現時点で判明している事実です」「謎の生物の出現に、続出する行方不明者……さらには建造中のスペースノア級肆番艦が、建造ドックごと消失……軍にしてみればかなりの痛手ですね」「今のところ民間人や軍に関係する研究機関に所属している者に行方不明者はなし……何故かこれまでに起こった大戦に深く係わっている人物のみが機体ごと消えている」「やはり、何者かが裏で暗躍していると考えるべきなんでしょうか?」「流石に現時点でそこまでは言い切れんよ。まあ、これはワシのカンって奴だがね」「少佐じゃあるまいし、あんまり当てにはなりそうにありませんね」「おいおい、これでもお前さんたちよりもキャリアは長いんだ。得てしてこういう時は、そう言うのが当たる場合もあるってもんさ。ねえ、少佐?」煙草を吹かしながら、冗談交じりとも取れるような会話を行う中年の男。それに対し少佐と呼ばれた人物、ギリアム・イェーガーは苦笑いを浮かべながらそうだなと答えていた。「さて、皆ご苦労だった……今一度情報を整理してみる事にする。申し訳ないが、私はこれから別件で月へ行かねばならない……皆は引き続き調査を続行してくれ」部下の報告に対し労いの言葉を掛けたギリアムは、彼らが退出したのを見計らい提出された資料に目を通し始めた―――「(ATXチーム、カイ少佐を除いた教導隊の面々に続き、今度はSRXチームまでもが行方不明か……やはり彼らも並行世界の地球へと飛ばされてしまったと考えるべきだろうな……)」報告の内容には、様々なものが含まれていた。時折出現する生物に関しては、目撃された例が極端に少なく、その全てが軍によって駆逐されている。しかし、それらの掃討任務に当たっていた部隊からは一部を除いて行方不明者は出ていない。その一部と言うのがSRXチームだった。彼らは機体のオーバーホールを兼ねてマオ社を訪れていたのだが、その後のテスト中にBETAと遭遇してしまったらしい。だが、殲滅に成功した直後に空間の揺らぎが発生し、彼らはそれに飲み込まれ行方不明になったと報告を受けている。「(謎の生物……確かBETAと言ったか?何者かがそれをこちら側に送ろうと考えているとも取れるが、そんな事を行うメリットが思いつかん。やはり情報不足は否めんか……)」昨日未明、行方不明となっていたコウタ達が帰還し、秘密裏にアズマ博士から情報を得ていた彼は、キョウスケ達が並行世界へと飛ばされていた事実を確認している。その際に彼はキョウスケ達から託されたものを実行するため、彼は行方不明者の調査任務と称して月へと向かう手筈を整えたのだった。元々月へは、自身の愛機であるゲシュペンスト・タイプRVを受領するために赴く予定だったのだが、本当の目的はゼンガーやレーツェル達と共にキョウスケ達のもとへと向かう事にある。だが、そのためにはクリアせねばならぬ問題がいくつかあり、クロガネの面々と合流したとしてもすぐに行動を起こすことは難しかった。それらの理由の一つが、SRXチームとほぼ同時期に消失してしまったスペースノア級肆番艦『アカガネ』の存在である。アカガネが向こう側へ飛ばされた可能性も否定は出来ないが、キョウスケやコウタからの報告にその様なことは含まれていない。「(もしアカガネが向こう側へと飛ばされていたとしても、その存在は公に出来る物ではないだろう……協力者とはいえ、そうそう重要機密を教えてもらえる筈もないか……受け取ったデータによると、ミス香月という人物はかなりの曲者らしいしな)」ニヤリと口元に笑みを浮かべながら、これから苦労しそうな予感が拭えないギリアム。端末にこれから必要になりうるだろうデータを打ち込み、着々と彼は準備を進めていた。既にマオ社やテスラ研には強力を要請しており、何名かのスタッフと補修用の資材一式の準備は整っている。レーツェル達は先にテスラ研でそれらを受け取ったあと、ムーンクレイドルで合流する予定だ。ちなみにカイは調査任務に協力するといった名目で、ギリアムと同行する事になっている。職権乱用とも取れる計画だが、事実を上に報告したとしてもキョウスケ達の救出に許可は下りないだろう。そういったことから彼は、自身の権限と一部の軍上層部の後ろ盾を元にこの計画を実行に移す事にしたのであった。「これから暫くの間、かなり忙しくなりそうだ……だが、何としても彼らを助け出してみせる。待っていてくれ、皆……」誰もいない部屋で、力強く己の決意を露にするギリアム。そして彼は、旧教導隊の面々と共に再び戦地へと赴くのだった――――――伊豆半島上空―――このままでは撃墜される……そう感じていたのも束の間、武は眼前の敵機を討ち抜いたであろう謎の存在に目を奪われたいた。一瞬の出来事で初めは戸惑っていたものの、彼は即座に気持ちを切り替える。視界に入っている三機の機動兵器は、機体そのものの形状は同じであるが装備している兵装が異なっていることから違う機体のようにも見える。だが、使用している兵装が通常兵器では無かった点を除けば、機体サイズや仕様などから見てとれる情報は間違いなく戦術機としか言いようがない。一つは、増加装甲の様な物に身を包んだ重装甲型の機体。もう一つは左右のショルダーアーマーが非対称であり、左肩部に巨大な長刀を装備している。そして最後の一つ、砲身冷却時の煙が上がっているそれが、間違いなく自分を助けてくれた機体なのだと言うことは理解できた。こちらも先程の機体と同じくショルダーアーマーが左右非対称なのだが、逆に左肩部が大きく、そして右肩部側に機体の身の丈程の砲身を備えている。「助けてくれた……でもあんな機体、俺は見た事が無い……一体誰なんだ?」見知らぬ機体、そして謎の兵装……見れば見るほどに怪しいその機体達は、自分の記憶にある物と全くと言っていいほど一致しない。そもそも戦術機が単体で粒子兵器を使用するなど前代未聞の事だ。今のところ確認されているのは、自分自身が駆る改型とシャドウミラーが運用しているF-23A、そして凄乃皇の荷電粒子砲のみ。この際凄乃皇は除外するとして、携帯可能な粒子兵器は存在していないのだ。夕呼から聞いた話では、F-23Aの粒子兵器はPTが使用している兵装を戦術機用に転用したものであり、この世界で一から作られた物ではないと聞いている。武の改型が装備している物も、元々はヒュッケバインMk-Ⅱの兵装を流用したに過ぎず、この世界の機体が小型化された粒子兵器を運用するにはクリアせねばならぬ課題が多いということだった。「それにレーダーには何も映って無かった……と言う事は、こいつらもステルス性の高い機体って事になる」従来型のレーダーで捉えきれなかった機体……すなわちそれはラプターやブラックウィドウⅡに匹敵するステルス性を持った戦術機と言う事になる。と言う事は、この機体は米軍、もしくはシャドウミラーが開発した機体の可能性が高い。粒子兵器を使用した点を鑑みても、後者ならば納得がいく。だとすれば敵かもしれない……武がそう考えた矢先、相手の機体に搭乗している衛士と思われる人物から通信が開かれた―――『間一髪だったね白銀』「か、柏木なのか……?」意外な人物からの通信に武は、ただ驚くほか無かった。自分を助けてくれた機体に乗っていた人物は自分のよく知る者であり、掛け替えのない戦友と呼べる人物の一人だったのだ。『私だけじゃないよ、茜と多恵も一緒』「そうなのか……って、そんな事よりもその機体は一体何なんだ?そんな機体が開発されてたなんて俺は聞かされてないぞ?」『あはは、やっぱり驚くよね~』『この機体は、極秘裏に開発されてた新型よ。名称はType01・ブリュンヒルデ……やっぱり白銀も知らされてなかったんだね』『わ、私達もつい最近知らされたばかりなんだから、白銀君が知らなくても当然なんじゃないかな?』彼女達から語られた事実に対し、武はまたもや驚かされる事となる。夕呼から帝国軍と共同で次期主力機の開発を行っているとは聞いているが、その試作機は自分自身が搭乗している改型だ。それ以外の機体の開発を行っているなどと言う事実は、一度たりとも聞いた事が無かった。何よりも驚かされたのは、ブリュンヒルデの仕様だろう。外観から推測出来るその機体は、恐らく自分の改型と同一のコンセプトに基づいて開発されているに違いない。元々局地戦用の機体は数多く存在しているが、その調達コストや運用方法などは限定されてしまう。だが、素体となる戦術機に様々なオプションを装備させ、多種多様な戦局に対応させる事が出来ればコストの増大を防ぐ事が可能と考えられた事が理由の一つだった。夕呼から武に提示される情報は、彼女にとって利がある場合でなければ与えられないケースも多い。今回の悠陽暗殺に絡む一件もその一つだと彼女が考えたからこそ知り得る事が出来たのだ。しかし、新型機開発に関してを明らかにすることは、特にこれといったメリットが無いと考えられたのだろう。「極秘開発の新型か……」『白銀も聞きたい事が沢山あると思うけど、今は任務中よ。先ずは千鶴達と合流する事を考えて』「あ、ああ……そうだな。こんなところでモタモタしている場合じゃないんだ。早くしないと皆が危ない」『多分向こうは大丈夫だと思うよ?』「どういう事だ柏木?」『出撃前のブリーフィングで207小隊には、ベーオウルブズの別働隊が援護に向かうって聞いてるんだ。ちなみに伊隅大尉達も別行動中』『大尉達は、亀石峠にある仮設補給基地の護衛に当たっている予定なんだよ』『だから私達は二手に分かれて動いているの。私達は一時的に白銀の指揮下に入って行動を共にしろと命令を受けてるわ』「なるほどな。そのために三機編成で来てくれたのか……」先程の戦闘中、当初の合流予定地点で一際大きい閃光が確認できた。これらを引き起こしたのがライ達だという事を武は知らないが、彼女達の説明から別働隊の援護によるものだという事が推測できる。一先ず安堵の溜め息を漏らした武だが、敵の展開状況などを考えると油断はできないだろう。シャドウミラーに関してはキョウスケ達が防いでくれるとはいえ、未だ米軍は介入して来る素振りを見せてはいない。前回は山伏峠周辺でクーデター軍に追いつかれた際、こちら側の味方として彼らは援護を行ってくれた。しかし、今回ばかりはそれを期待する事も出来ないと言える。やはり早急に訓練部隊の面々と合流し、少しでも早く脱出地点に向かうほかないだろう。だが、そんな彼の心情を余所に、茜の一言から足止めを食らう羽目になってしまうのだった―――『―――そういう訳だから、白銀は多恵とエレメントを組んでほしいの。私は晴子と二人をバックアップするわ』『え~っ!わ、私は茜ちゃんと組みたいのに……』『何言ってるのよ!多恵は突撃前衛なんだから、白銀と組むのが基本でしょ!?』『で、でも……』『仕方ないよ、茜は強襲掃討だし、私は砲撃支援。ポジション面で考えるとこれが一番理に適ってるでしょ?』『確かに私は突撃前衛だけど、白銀君について行く自信がねえってか……折角茜ちゃんと一緒に行動してるんだしぃ……』顔を赤らめながら自分の主張を告げる多恵。武を除いた二人は、また彼女の悪い癖が始まったと感じていた。そんな事などお構いなしと言わんばかりに主張を続ける彼女だが、こんな事に割いている時間も勿体無いと言うのが武の本音だ。「……解った。それじゃあ今回は、試しに涼宮と築地でエレメントを組んでみたらどうだ?」『え!?し、白銀君!い、今言った事嘘じゃないよね!?』武からの突然の提案に驚きの表情を浮かべる多恵。『ちょ、ちょっと待ってよ!さっきの話聞いてなかったの白銀!?』『そうだよ白銀、茜と多恵じゃそもそもポジションが違うんだから……』対する茜と晴子は、彼女とは違う意味で驚かされていた。「二人の言い分も解るけど、こんな些細な事で揉めている時間が勿体無いんだよ……だから、涼宮に俺の変わりとして突撃前衛をやってもらうつもりだ」『え~っ!?わ、私が突撃前衛?』突拍子もない武の言動に対し驚く茜、そして逆にそれを肯定したのはやはり晴子だった。『なるほど、うまい事考えたね』『ちょっと何言ってるのよ晴子!白銀はいきなりポジションチェンジしろって言ってるのよ!?しかも今は任務中じゃない!!』『何言ってるのよ。普段から突撃前衛をやりたいって言ってたじゃない』『た、確かにそうだけど、それとこれとは話が別でしょ?』『そうかな?普段から自主訓練もやってるんだし、私は問題ないと思うんだけどなぁ……』『うっ……』茜は水月に憧れ、常日頃から空いた時間を利用して従来のポジション以外に突撃前衛の訓練も行っている。その事は彼女を知る者ならば周知の事実であり、それなりの結果を出している事も知られていた。武はその点を上手く利用し、この提案を持ち掛けたのである。『わ、私は賛成!』『同じく賛成~』「という訳だ涼宮。今回の任務に限り、お前に突撃前衛を任せる」この時茜は、面倒事を押し付けられたような気がしていた。別に築地とコンビを組まされる事に関しては問題と感じている訳ではないのだが、状況が状況だけに気が進まないのだ。そしてその理由の一つとして、モニター越しに映る武と晴子の表情がそれらを余計に感じさせていた。ニヤニヤと口元を緩め、明らかにこの状況を楽しんでいる様な素振りを見せている二人。一方で彼女とコンビを組むことになった多恵は、別の意味で表情が緩みきっていたのである。確かに彼女自身、常日頃から突撃前衛を目指してはいるというのは嘘ではない。部隊を率いる伊隅に対しても、自分にやらせてほしいと嘆願しているぐらいだ。しかし伊隅は、様々な理由もあってそれを受け入れようとはしていなかった。今回の一件はチャンスと言えば聞こえはいいが、多恵の我儘に付き合うような形になっている。そう言った理由もあり彼女は、武からの提案を素直に受け入れる事が出来なかったのだろう。だが、状況が状況だけに、自分までもが我儘を言う訳にはいかない。常日頃から同じ隊のメンバーとして行動している多恵ならば、ある程度の癖は把握しているのもメリットともいえる。もし元々自分と多恵のポジションが逆で、今回の任務において武とコンビを組めと言われた場合、彼について行けるだろうか?自分でもそう考えて見るが、答えはいとも容易くはじき出されてしまう。新型の完熟訓練を終えたばかりとはいえ、機体のスペックを全て引き出せているかと問われれば肯定できない。初めてこの機体を受領した際、夕呼は彼女達ヴァルキリーズにこう告げているのだ。『この機体は現時点で完成しているとは言い難いわ……従来機に改型と同じシステムを組み込んだに過ぎないモノなの―――』この言葉が示す意味……それは未完成状態の試作機だという事を表しているに違いない。と言う事は、いつ不具合が発生してもおかしくない代物なのだろうと想像できる。更に言うならば、武の機動は誰もが変態と言わしめるほどのモノだ。機体性能のお陰で今まで以上の機動が可能になったとはいえ、その様な経緯を聞かされている物で慣れぬ相手とコンビを組む事は難しいだろう。どうやら腹を括るしかないようだと彼女は悟り、彼の提案を受け入れる事にした―――『―――あ~もうっ!解ったわよ!!やればいいんでしょやれば……』『そうそう、その意気だよ茜!』『一緒に頑張ろうね茜ちゃん!』武の提案を飲んだ茜に対し、頑張れと檄を飛ばす晴子。そして多恵は、満面の笑みを浮かべながらここぞとばかりに張り切っていた。『後で覚えてなさいよ白銀……』茜は彼に聞こえないぐらい小さな声で呟いていたが、覚悟を決めたお陰か幾分かは気が楽になっていた。自分自身が突撃前衛のポジションで何処までやれるかの自信を付ける良い機会だと踏んだのだろう。こうなったらやってやると言わんばかりの表情を浮かべ、彼女は改めて自分を鼓舞する。そして話が纏まったと確信した武は、先程の閃光によって訓練部隊が脱出できたと仮定し、彼女達とこちらの移動速度などを再計算を行う。このまま南下しても合流する事は可能だが、下手をすれば足止め部隊の残存兵力と鉢合わせてしまうだろう。必然的に迂回する手段を取るしかないのだが、先程も言った様に山伏峠周辺で米軍が介入して来る可能性があるのだ。迂回ルートは一度東西のどちらかへ移動し、熱海峠周辺を通らないルートを選択せねばならない。だが、そうなってしまうと予想地点へ先に訓練部隊が到達してしまう。自分の機体はある程度の飛行を行える為、高度を取れば南下する事も出来るが、そうなってくると今度は茜達が自分と共に行動できなくなるのだ。尤も光線級の存在を過信する訳にはいかないが、状況が状況だけにそうもいっていられない。沙霧達が前の世界で空を移動してきた事を真似るしか方法は無いのだ。『ねえ白銀、話も纏まったんだし早く出発しない?』「……そうしたいのは山々なんだけど、迂回ルートの選定が上手くいかないんだよ。お前達の機体が俺の改型みたいに飛べれば何の問題も無いんだけど……」『何だそんな事で悩んでたんだ』『白銀君て意外と鈍いんだね……』『確かに……』真剣に悩む武に対し、やや呆れた様な態度を取る三人。それもその筈、武は今現在自分達が何処に居るのかを忘れているのだ。先程の戦闘で彼は、空中戦を行っていた。そしてその後、一度たりとも地上へは降りていない。『今私達が会話してる場所、何処だか解ってる?』「あっ……」『鈍いとは聞いてたけど、ホントに鈍かったんだね白銀君って……』「う、うるせえよ!……で、お前達の機体も飛行可能なのか?」『無理やり話題をすり替えた……』『すり替えたね……』突然の出来事だったとはいえ、こんな些細な点を見逃してしまうのはやはり武ならではといったところだろう。通常の戦術機は低空飛行を行う場合、それら全てを推進剤に依存している。だが、改型を含めたこの場に居る四機全ては跳躍ユニットを吹かさずに滞空しているのだ。すなわちそれは、ブリュンヒルデも改型と同様のシステムを搭載している事を示している。先程の粒子兵器の使用、そして飛行可能な点。間違いなくこの機体は、PTの技術を応用して開発されたに違いない。「お前達の機体もテスラ・ドライブ搭載機なんだな?」『そうよ。白銀の機体と同じ物を搭載してるって聞いてる』茜の一言により、彼女達の機体もまた簡易型のテスラ・ドライブ・イージーを搭載している事が解った。現存の技術において完全に再現は不可能と言われているこのシステムは、質量軽減効果のみが付加されている。そして未だ未知の技術に近いそれは、現時点で機体内部に組み込む事も難しいそうだ。そう言ったことから夕呼が開発した簡易型ドライブは、機体背面に高機動型ユニットとして装着されているのである。武にしてみれば願ったり叶ったりと言えるところだが、恐らくこの事実はキョウスケ達も知らされてはいないだろう。新型機の簡単な説明を受けた後、また頭痛の種が増えたと確信した彼は、これが大きな問題へと発展しない事を願うほかなかった。「解った……このまま上空を飛行して、一気に訓練部隊と合流する事にしよう」『念の為、少しだけ迂回した方が良いんじゃない?』『そうね。ここから城山方面に南下して、熱海峠インターチェンジ周辺を迂回するルートを通りましょう。その後、玄岳インターチェンジ周辺から伊豆スカイライン跡へ戻るルートでどうかな?』「それじゃあ先頭は涼宮、次が築地、そして俺、柏木の順だ。隊形はやや変則的だけど、縦壱型隊形(トレイル・ワン)で行くぞ」『『「了解!」』』それぞれの機体が指定されたポジションについたのを確認した武は、彼女達に指示を出しその場を後にする。四つの機体それぞれに装備されたユニットが展開し、独特の青い軌跡を描きながら飛行する様は知らぬ者が見れば流れ星と言ったところだろうか。12月の深夜、雪の舞い散る空にそれらは幻想的な風景を醸し出していた。一方、熱海峠インターチェンジ付近を突破する事に成功した207訓練部隊の面々は、ライ達に指定された通り南下を続けていた。絶体絶命のピンチに立たされていた矢先に現れた救援。その人物達にも驚かされたが、今現在の彼女達にそれを深く追求するだけの余裕は無かった。驚きや戸惑いなどといった感情を押し殺す事は簡単な事ではない。先程の一件以降、B小隊とC小隊の面々は殆ど口を聞いていない様な状況だ。考え方や価値観の相違、実戦での緊張感、そう言ったものが引き金となり会話を行うだけの余力が無かったのかも知れないが―――『00より各機、もう間もなく山伏峠周辺に到達する。先程は味方の援護により、我々は辛うじてあの場を潜り抜ける事が出来たが、決して油断はするな……殿として足止めを行っている彼らに報いれるよう努めろ。現時点でレーダーは敵を補足していないが、この先の地形を考えると再び待ち伏せされている可能性も否定は出来ん。各自警戒を怠るなよ?』『『「……了解」』』やはり各自の口調はやや重い様子だ。本来ならばこの様な受け答えをすれば、間違いなくまりもの怒号が飛び交う事だろう。だが、彼女自身も訓練兵達の心情を理解しているためかあえて何も言わずにいる。「やはり初めての実戦で、皆戸惑いを覚えているのですね……」「そうかも知れません……この様な時、皆に何か言葉を掛ける事が出来ればよいのですが……自分の不甲斐無さが情けなくなる所存です」「それは貴女だけではありませんよ冥夜……」「姉上……?」「そなた達を巻き込んでしまった此度の一件、全ての責は私に在るのです。本来ならば私が彼女達に何か言葉を掛けねばならぬというのに、良い言葉が何も浮かんでは来ない……私は改めて自身の不甲斐無さを思い知らされました……」この時冥夜は、彼女に向けそれは違うと否定の言葉を述べようとした。だが、彼女の浮かべている表情を見た途端、どうしてもそれを言い出す事が出来なかったのである。如何なる経緯によって、彼女が今回の計画を実行に移したのかは知らされていない。クーデターを阻止するために自らが動いたのだという事は理解できる。しかし、そこに至るまで、そして此度の計画に夕呼が協力している真意も解ってはいなかった。彼女はここで自分が言葉を発すれば、彼女の考え全てを否定してしまう事に繋がるのかも知れないと感じたのである。それほどまでに悠陽は思いつめた表情を浮かべていたのであった。「姉上、一つだけ宜しいでしょうか?姉上にお聞きしたい事があります」「聞きたい事、ですか?……答えられる範囲でよいというのならば構いません」「では、此度の一件に至るまでの経緯についてお聞かせ下さい。無論、クーデターを阻止するために自らが動かれたのだという事は理解できます。ですが、腑に落ちない点も多い……我々横浜基地の部隊が協力している理由は、それとなく察しが付きます。恐らくは香月副司令の策略なのでしょう……しかし、米国と思わしき者に姉上を拉致したよう見せ掛ける手段……正直に申し上げて、あれでは下手をすれば彼の国との更なる関係悪化に繋がると考えられます。何故、あのような手段を用いて帝都を離れられたのです?」確かに冥夜の言うように、クーデター軍を説得したいのならばああいった手段を用いる必要は無いだろう。米軍機として認識されている物に悠陽を拉致させれば、ほぼ間違いなく疑いの目は米国側に向けられる。それでなくとも現状の日本では、反米感情が高まっているのだ。詳細がテレビ等を通じて報道されてしまった今、その放送を見ていた多くの日本人は間違いなく米国を疑っているだろう。此度の一件は、下手をすれば国際問題にすら発展しかねない出来事といえる。夕呼が今回の出来事を仕向けた相手を米国のように見せた理由、そしてそれを受け入れた悠陽の考え……そこにある本当の意味は一体何なのだろうか?事実を理解できない者達の誰もが疑問に感じているその詳細。しばし目を瞑り、話すかを悩んでいた悠陽は、徐に口を開き詳細を語り始めた―――「―――事の始まりは、明星作戦の直後からになります。そう、丁度そなたと以前の世界での記憶について話した事があった頃です……」冥夜と語り合ったあの日、悠陽は自分も記憶を有している事実を伝えた。しかし彼女は、全てを妹に伝えた訳では無かったのである。彼女の口から語られる真実……そして、何故彼女が今回の一件を了承したのか……これまで謎に包まれていた事実が、ついに紐解かれることとなる―――あとがき第58話です。まず、間が空いてしまった事、本当に申し訳ありません。私事で本当に申し訳ないのですが、これでもかと言わんばかりに仕事が忙しい状態です。恐らく今後もかなり更新ペースが低下すると思いますので、更新を楽しみにされている方々、落ち着くまでもう少しお待ちください。さて、前回のラストで現れた謎の機体。正体は夕呼の魔改造によって生み出された?戦術機達です。機体に関する詳細は、後日改めて明らかにさせて頂きますが、勘の良い方は気付かれるかと思います。名称はヴァルキリー(ワルキューレ)の一人から取らせて貰う事にしました。当初はXG-70の元になったと言われるアメリカの試作戦略爆撃機『XB-70ヴァルキリー』の護衛機である長距離要撃機『XF-108レイピア』からと考えていたのですが、何となく似合わない様な気がするという事でブリュンヒルデとさせて頂いています。装備品などに関しては、武ちゃんの改型と同じような感じの外付け仕様とお考えください。初めに申し上げた通り、これから暫く更新頻度が今まで以上に低下すると思われます。ですが、何とかして完結まで漕ぎ着けたいと考えていますので、それまでは頑張らせていただく所存です。次回は、今回の一件に関する詳細を明らかに出来ればと考えています。それでは次回をお楽しみに、感想の方もお待ちしています。