Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION第59話 合流(後編)正体不明の軍勢、そして操られてしまった帝国軍将兵達に追われる形となってしまった207小隊の面々は、かつて無いほどに疲弊していた。何者かによって悠陽が攫われ、混乱に陥ってしまった事を発端とした今回の事件。実戦経験の無い彼女達にしてみれば緊張の連続であり、いつ死んでもおかしくない状況に追い込まれているのだ。精神的疲労からくるダメージは、冷静な判断力を鈍らせ、些細な事も見逃してしまいがちになる。そんな時だった……『―――4時方向より機影多数接近!……稜線の向こうからいきなり……!』「やはり現れたか……」「どうやら、ゆっくりそなたと話している暇はなさそうですね……」「状況が状況です。お話は後でゆっくりと聞かせて頂く事にします。少々揺れますが、御容赦ください姉上」「よしなに……」元々追われる立場である以上、落ち着いて話をしている暇などは無いと言える。レーダーに映る無数の赤い光点。それらは全てunknownと示されているが、恐らくは敵の別働隊だろう。冥夜がその様な事を考えている最中、指揮官であるまりもは部下達を落ち着かせるために即座に指示を与える。『全機兵器使用自由ッ!各自の判断で応戦!02の生存を最優先せよ!!』命令を受けた訓練部隊の面々は、武装のロックを解除し始める。本音を言えば戦闘にはなって欲しくない。だが、先程の一件から考えてみても、相手は問答無用で仕掛けて来る可能性は高いだろう。『……先程の事を踏まえ、応戦すべきかもしれんが無暗にこちらからは仕掛けるな!相手の出方が解らない以上、絶対にこちらから仕掛ける様な真似はするなよ!?』『『「……了解ッ!!」』』命令を出したまりも自身も、なるべくならば無益な戦闘は避けたいと考えている一人だ。しかし先程の敵は、こちらに悠陽が居ることなどお構いなしに攻撃を仕掛けてきている。本来ならば先手を打ってこちらから仕掛けるべきかも知れないが、相手との戦力差は明確すぎるほどの状況だ。『やはり、後手に回らざるを得ない状況ですわね……』『相手の戦力が解らない以上、迂闊に手を出す訳には行かないもの。教官もそれを考えた上で指示を出したんだと思う』『とは言え、困りましたわね。このままだと側面から狙い撃ちにされる可能性も高い……かと言って相手の進攻を防ぐ手立ても無い……』『……いっその事、白旗でも振ってみる?』『こんな時にまでふざけないで頂戴ッ!』『怖い怖い……』アルフィミィとラトゥーニの会話に冗談交じりで参加する彩峰に対し、怒りを露わにする千鶴。どうやらこの二人は、多少なりとも本来のペースを取り戻しつつあるようだ。『……何で皆そんなに落ち着いていられるの!?』『そうですよッ!また殺し合いが始まっちゃうんですよ!?』未だ実戦という空気に飲み込まれている美琴と壬姫の二人。いきなり常に死と隣り合わせという状況に放り込まれた場合において、訓練兵である彼女達の反応は当然といえば当然かもしれない。『ラトゥーニ達はどうか判らないけど、私は別に落ち着いてる訳じゃない……』『えっ?』『ただ、こんな冗談でも言ってないと平静を保てないだけ』『……慧さん?』彩峰の意外な反応に戸惑う面々。彼女がこれほどまでに自分の内面を曝け出した事がかつて在っただろうか?常にポーカーフェイスを貫き、普段から何を考えているのか掴めない彼女の見せた一面に207小隊の面々は心底驚かされていた。『鎧衣や珠瀬の気持ちも解る。でも、私はこんな所で死ぬわけにはいかない……私はまだ自分が成すべき事をしてないもの』『……彩峰』『その為だったら慧さんは、例え相手が人間だったとしても迷わず引き金を引くって言うの?』『……判らない。でも私は、後で後悔したくない……もしここで小隊の誰かに何かあったとしたら、私はきっと後悔すると思う。多分それは皆も同じだと思う……それに白銀も』『だから、彩峰さんは戦うんですか?』『鎧衣や珠瀬に強要するつもりは無い。でも、自分が迷った分だけ手遅れになるかも知れないって事だけは覚えておいて欲しい……』『……』彼女自身、何故こんな言葉が口に出来たのか解らない。恐らく無意識のうちに出てしまったのだろう。出撃前に行った武とのやり取り、それが彼女にこの様な考えを抱かせた原因の一つなのかもしれない。今回の一件において、自分の存在は限りなく黒に近いグレーだったにも拘らず、彼は自分を信頼すると言ってくれた。無論、事件の内容は全く異なったものになってしまったが、そんな不安定な位置に居る自分の背中を彼は護ると言い切ったのだ。この場に彼が居たならば、間違いなく皆を鼓舞するための行動を取るだろう。受けた恩を返す訳でもないし、彼の代わりが出来る訳でもない。だが、彼が自分を信じると言ってくれた一言に報いる事ぐらいは出来る。自分はこの場で誰一人として仲間を死なせたくない。ここに私という存在が居る事が出来るのは、間違いなく武のお陰だ。やっとできた居場所、それは207小隊の仲間が居るこの場所に他ならない。自分の覚悟は、ちっぽけな自己満足かもしれないが、この時だけは敢えて迷いを捨てようと思ったのだった―――『―――正直言って、ボクは慧さんの言う事全てを受け入れる事は出来ない。でも、皆を失いたくはない……』『私は怖くてたまらない……今でも逃げ出したくて仕方が無いです。でも、後で後悔はしたくないです……』『二人とも、無理しなくていいのよ?』『榊さんはどうなんですか?』『……私も本音を言えば人類同士で戦いたくはないわ。でもね、悔しいけど彩峰の言うとおりだと思うの―――』否定とも肯定とも取れない千鶴の発言。彼女もまた、如何するべきかを決めかねているのだろう。だが彼女等は各々が迷いを見せる中、彩峰の一言でそれを払拭しようと試みていた。とは言うものの、そう簡単にそれを拭い去ることが出来るのであれば苦労はしない。彼女達が迷う事を止め、一歩前に踏み出すには時間も経験も足りないのだ。しかし、敵は待ってくれはしない―――『―――国連軍及び斯衛部隊の指揮官に告ぐ、こちらはアメリカ陸軍、第66戦術機甲大隊指揮官のアルフレッド・ウォーケン少佐だ。直ちに武装を解除し、停止せよ!繰り返す、武装を解除し、停止せよ!』予想外の人物からの停止命令。先程レーダーに映っていた部隊は、シャドウミラーや帝国軍の物ではなく米軍所属の部隊だったのだ。突如としてこの場にウォーケンが現れた事態に、彼を知る冥夜と悠陽の二人は戸惑いを隠せない。それ以上に動揺しているのは他の小隊員達だ。寄りにも寄って、この状況下で現れたのが米国軍の精鋭部隊。かつて無いほどの緊張感が彼女等を襲う中、指揮官であるまりもは落ち着いてそれらに対処していた。「こちらは国連軍横浜基地所属、207小隊指揮官の神宮司 まりも軍曹です。ウォーケン少佐、我々に停止せよとの御命令……理由をお聞かせ下さい」実を言えば、この場に米軍が現れたという事実にまりもも驚きを隠せない。だが、それ以上に理解できないのは武装解除し停止せよとの命令だ。既に横浜基地経由で帝国側には悠陽を確保し、安全圏へ離脱するという旨を伝えてある。それがここに来て突然の停止命令だ。納得がいく筈も無いと言えるだろう。『貴官らの小隊は、此度の一件に関して煌武院殿下拉致に関する首謀者の仲間と聞かされている』「なッ!?それは誤解です少佐!我々は―――」『誤解だというのなら、こちらの指示に従い停止せよ!弁明は然るべき場所にて行いたまえ軍曹』「お待ちください。我々は今、煌武院殿下を安全圏に離脱させるよう命令を受けています。たとえ少佐殿の御命令とはいえ、承服する事は出来ません!」『いい加減にしたまえ軍曹!煌武院殿下は既に帝国軍の別働隊が保護している……この期に及んで殿下の名を使い、言い逃れをしようなどとは呆れて物が言えんな……』ウォーケンの一言に対し、次の言葉が出てこないまりも。攫われたと聞いていた悠陽は、夕呼直轄の部隊のメンバーが保護し、自分達が護衛するよう指示を受けた筈だ。本人と面と向かって会話を行った訳ではないが、モニター越しに彼女の存在は確認している。となれば、彼の発言は明らかに矛盾しているのだ。『ウォーケン少佐、私は帝国斯衛軍所属、月詠 真那中尉であります。先程少佐殿が仰られた事は事実なのですか?』『無論だ。中尉、これ以上の抵抗はやめたまえ。我々とて無益な殺生は行いたくは無い……』『申し訳ありませんが、我らは今もなお殿下と行動を共にしている最中です。それに先程、殿下の御命を狙う不届き者と遭遇したばかり……故に少佐殿を信用する事は出来ませぬ』『そうか……ならば仕方が無い。貴様らを敵対勢力と認定し、こちらも実力行使に移らせて貰う……以上だ』「お、お待ちください少佐殿!月詠中尉の仰っている事は本当です!!少佐殿ッ!!」この場に悠陽が居る事は事実だ。そう伝えようとしたが、既に通信は途絶えていた。何度も呼びかけてみるものの、通信は一向に繋がろうとはしない。恐らく、こちらからの回線を遮断しているのだろう。「クッ、このままでは……」『神宮寺軍曹……殿下を頼む』「月詠中尉?……まさかッ!?お止め下さい中尉、相手は米国軍の精鋭部隊です。こちらから打って出てしまえばそれこそあちらの思う壺です!!」『だが、このまま何もしなければ直ぐに追いつかれる。いくら精鋭とはいえ、地の利は我らの方が上だ』「しかしッ!」『いいか軍曹、我らの使命は殿下と将軍家の方々を御守りする事だ……それに今、貴様らが優先せねばならぬ事はなんだ?』「……殿下を横浜基地へ御連れする事です」『そうだ。それが本作戦における最優先事項だ……その為には、如何なる犠牲を払ってでもそれを成し遂げねばならん』「ですが、斯衛の方々だけで殿を行うなど……」『だからと言って、全員でこの場に留まる訳にも行かんだろう。今一度よく考えるんだ軍曹!貴様も軍属である以上、任務の達成を最優先に考えろ!!』「……了解、しました」真那の言っている事は間違ってはいない。本作戦の最優先事項は、悠陽を無事に横浜基地へと連れ帰る事だ。だが、この場に彼女達が踏み止まったとしても、僅かばかりの時間稼ぎにしかならないだろう。たった一小隊で大隊規模の軍勢を相手にするという事は、誰の目から見ても明らかに自殺行為といえる。彼女達もそれは十分に承知しているだろう。しかし、今のまりもに彼女達を止める術は無い。「207リーダーより各機、聞こえていたな?我々は陣形を維持しつつ、このまま最大戦速でこの場を離脱する……」『『「……了解ッ!!」』』「月詠中尉……御武運を」『ああ、軍曹……殿下と彼女等を頼む』「ハッ!」207小隊全員が、後ろ髪を引かれる想いでその場を後にする。自分達がこの場に留まったとしても、足手纏いにしかならないのは十分承知だ。今の自分達に出来る事、それは少しでも米軍の部隊との距離を稼ぐ事だけだろう。だが、天は彼女達を見捨ててはいなかった。レーダーに映る敵影、その中で最後方に位置する部隊が次々と反応を消失しているのだ。何事かと思う彼女達だが、足を止めてそれを確認する訳にもいかない。辛うじて聞きとれた声、それは若い男女達のものだった―――「―――伊達少尉、安藤少尉、準備はいいか?」『こちらリュウセイ!問題ないぜ伊隅大尉』『こっちもだ。米軍の最新鋭機だか何だか知らねえが、一気に蹴散らしてやるぜ!』「張り切るのは結構だが、無理はするなよ?」『了解ッ!』『任せろッ!』「やれやれ……前方の斯衛軍部隊に告ぐ、我々は国連軍横浜基地A-01所属の部隊だ。これより貴官らを援護する!各機、斯衛と協力し、207小隊が離脱する時間を稼げ!!」『『「了解ッ!!」』』ここに来て再びの援軍、流石の真那も味方の登場を喜ぶよりも驚きの方が勝っていた。そして彼女以上に驚かされていたのは米軍所属の兵達だろう。突如として自分達の後方に敵の増援が現れたのだ。いかに優秀な指揮官であったとしても、こればかりは予測できないに等しいと言える。「各機、うろたえるな!敵の増援はたった7機だ……落ち着いて対処すれば問題は無い!!」『『「Roger that!!」』』確かに数の上ではこちらが圧倒的に勝っている。だがこの時ウォーケンは、相手の戦力が通常の戦術機だと認識していた。後にこの判断が間違っていた事に気づかされるのだが―――「ヴァルキリーマムよりヴァルキリーズ。敵部隊は米軍の最新鋭機F-22AとF-15Eの混成部隊です。戦域南方に斯衛軍部隊が展開中、同部隊と合流し、速やかに任務を遂行して下さい」『『「了解ッ!」』』『さて、行くわよアンタ達!!』『張り切ってますね速瀬中尉』『当たり前よ!久しぶりの出番……じゃなかった、やっと新型の性能を試せるんだから張り切るに決まってるでしょ!!』『やれやれ……調子に乗りすぎて無茶はしないでくださいよ?後でフォローするのはこちらなんですから』『そっちこそ油断するんじゃ無いわよ?』『大丈夫です。これでも中尉よりは落ち着いているつもりですから』『その減らず口、いい加減にしなさいよ!?』『と、七瀬少尉が言っていました』『え、わ、私そんな事言ってませんよ!』『気にしなくていいわよ七瀬少尉、いつものやり取りだから適当に流しておけば大丈夫』『とりあえず宗像、それに風間……後で覚えておきなさいよ?』そんなやり取りが行われている中ではあるが、ヴァルキリーズの面々は次々と敵機を行動不能にしていく。本来ならばこの地点で待機する予定だったのはマサキとリュウセイの二人のみであり、ヴァルキリーズは亀石峠に設けられた仮設補給基地にて待機する作戦だった。しかし、米軍側の介入が予想よりも早く、足止めを行わない限り207小隊を無事に脱出地点まで到達させる事が不可能に近くなったのである。そこで夕呼は、伊隅達に作戦変更を伝え、マサキ達と合流するように伝えたのだった。そして彼女達を彼らに合流させた理由がもう一つ、それは米軍機に対してサイフラッシュが使用が危険だという考えだ。敵味方識別が可能な大量広域先制攻撃兵器を米軍相手には使用した場合、殲滅は容易であろうが下手にそれを明かしてしまうのは問題ともいえる。要するに、事後処理が非常に面倒な事になるからだ。未だかつて、この様な兵器が開発された事例は存在しない。ただでさえその機体デザインから色々と追及されそうな所に謎の広域先制攻撃兵器。流石にこればかりは、彼女といえど隠ぺいする事は不可能だと判断したのだろう。マサキもそれに渋々納得し、あえて今回は使用しない様に心がけるようにしたのだった―――「援軍とは有難い……いいかお前達、横浜基地の部隊に後れを取るなよ?我ら斯衛の意地、今こそ見せる時だッ!!」『『「ハッ!」』』射撃戦に特化した米軍機と近接戦闘に特化した帝国軍機。中でも斯衛軍の武御雷は、従来の機体を凌ぐ近接戦闘能力を秘めている。片や米軍のF-22Aは、圧倒的な機動性とそれを生かした砲撃戦闘に主眼が置かれた機体だ。仕様を突き詰めた第三世代機の両極ともいえる二機の戦闘が今ここに幕を開ける―――一方、ヴァルキリーズ達の増援により窮地を脱出した207小隊の面々は、そのまま敵と遭遇する事も無く亀石峠に設けられた補給基地へと歩みを進めていた。「月詠達は無事でしょうか……」「恐らく大丈夫でしょう。戦域を離脱する直前、味方と思わしき部隊が到着してくれたようですから……」この時冥夜は、何故か悠陽に対し妙な違和感を感じていた。あの場所でウォーケンが自分達に攻撃を仕掛けようとした際、何故か彼女は自分自身の存在を明らかにしようとしなかったのだ。相手の出方に驚き、機会を失ったとも受け取れるが、それにしては妙だ。彼女とて無益な戦いは避けたい筈、にも拘らず何も言葉を発しようとはしない。明らかにおかしいのではないかと考えていたが、冥夜は即座にその判断を心の中で否定した。「……姉上、先程の話の続きを聞かせてもらえませぬか?」彼女は自分の中で燻っている疑念を払拭する為、あえて話題を切り替える事にした。無論、警戒を怠っている訳ではないが、丁度良い頃合いと考えたのだろう。「そうですね。今が丁度良い頃合いかも知れません……」あの日、伝える事が出来なかった事実。これまで幾度となく話す機会もあったに違いない。だが、彼女はあえてそれを妹に語ろうとはしなかった。意を決した彼女は、冥夜に記憶に関して話した日の事を思い出しながら当時の事を語り始める―――「まず初めに、私はそなたに対し嘘を吐いていたことがあります……私が以前の世界に関しての記憶に気付いたのは、そなたにそれを打ち明けた日よりももっと前になるのです。今まで黙っていた事、許して欲しいとは申しません。ですが、理解して欲しいのです……」「……いえ、姉上にも何かお考えがあっての事なのでしょう。それに意を唱える事など申し上げるつもりはありません」「ありがとう、冥夜……では、掻い摘んで話します……私が記憶を手に入れる切っ掛けとなった出来事、それは白銀 武との出会いでした……」「タケルとの出会い……?姉上は、あの日以前に彼の者とお会いになった事があるのですか?」「そなたも白銀が元帝国軍に所属して居た事は知っていると思います。私があの者と初めて会ったのは、BETAによって西関東が制圧された直後だったのです」「そう、だったのですか……」流石の冥夜もこの事実には驚きを隠せないようだ。自ら悠陽の事を姉と呼ぶと決めたあの日、武の事が話題に上がったのはてっきり以前の記憶が理由だと思っていた。しかし、当の悠陽自身は、それ以前から彼との面識があったというのだから仕方が無いのかもしれない。「彼と出会ってから程なくして、私は奇妙な夢を見るようになったのです。それが何なのかを理解させてくれたのは、香月殿でした」「副司令が?」「明星作戦が終了し、オルタネイティブ第四計画の詳細について彼女と話した頃です。あの時は本当に驚かされました……まさか、自分以外にも他世界での記憶を持った者が居たのですから……」第四計画本拠地を横浜に設ける際、悠陽は夕呼と会談を開く機会があった。その時、些細な事が切っ掛けで彼女に記憶に関する事実を見破られたのである。そして悠陽は、彼女と話した後、前回の世界での事の殆どを思い出したのだ。無論、それには自身が子供を庇い、凶弾に倒れた事も含まれている。彼女は自分が死んだ事実を知った時、如何しても気がかりな事が一つだけ存在していた。それは言うまでも無い、その後の日本に関する事だ。ふとした事で心を過ぎったそれは、日に日に彼女の胸中を占める割合が増していったに違いない。若くして政威大将軍を務めているとはいえ、彼女もまた人なのである。例えそれが自分の知るべきではないかもしれない事であったとしても、知っている人物が直ぐ近くに居るのだ。ついに彼女は、夕呼にそれを求めてしまったのだった―――「―――香月殿が話してくれた事実……それを聞いた時、私はとても居た堪れぬ気持になりました。多くの犠牲を払い、ようやく歩むべく道を照らす事が出来たと思ったこの国は、とあることが切っ掛けで元へと戻ってしまったのです」「……」冥夜には、自分が死んだという事実はあえて伏せていた。他世界の記憶を有している者のほぼ全てにいえる事例として、部分的な記憶の欠落が存在するという点を彼女は上手く利用したのだ。そして欠けている記憶のキーとなる物を提示されれば、それらが補完される可能性が高いという事実も存在している。その為冥夜は、夕呼から聞かされた事を元に悠陽は自身の記憶を補完していたのだと感じ取っていた。尤もこれは推測でしかなく、勘の良い彼女ならばある程度の事に気づいてしまっているかも知れないのだが―――「私は、何としてでもこの国を、そして民を護らねばなりません。その為には、自分自身を犠牲にする事すら厭わないと考えています」「ですが姉上、その為に米国を利用する様な真似をしても良いとは思えませぬ……やはりそれにも理由があるのですか?」確かに冥夜の言うとおり、その為だけに彼の国を利用する様な行為は見過ごす事は出来ないと言える。日本での主権を得たいがために暗躍を続けている米国。それを何とかする為に濡れ衣を着せる様な行為は、明らかに度が過ぎていると言えるだろう。「此度の一件、米国の仕業に見せつけた様に思えるのは、誰の目から見ても明らかでしょう。ですが、本当の狙いはそこでは無いのです」「本当の狙い……ですか?」「はい……私を攫った様に見せ掛けた機体は、確かに米軍が開発した機体です。ですが、あの機体を運用しているのは米国内に存在する一勢力……すなわち、米国を隠れ蓑に暗躍している組織、名をシャドウミラーと言います」「シャドウミラー……もしや、先程我らを襲ってきた部隊は!?」「恐らく彼らでしょう……彼らはこの混乱に乗じ、日本に存在する米国右派達と共に主権を手に入れようとしています。そして、それに同調した者が沙霧大尉達を裏で操っていたのでしょう」「それは本当なのですか姉上?」「私もその様な事は考えたくなかったのですが、先程の一件を見る限りほぼ間違いないでしょう」「愚かな……何と愚かな者達なのだッ!その様な者達の為にこの国は、民は蔑ろにされているというのか!!……許せん、断じて許せんぞシャドウミラーッ!!」悠陽の口から語られた事実について、心底怒りを露わにする冥夜。恐らくこの事実を知った者であれば、その殆どが彼女と同じ気持ちだろう。「そなたの怒りも尤もでしょう。私とて許す事の出来ない事実です。ですが、それを知らされていながら止める事の出来なかった私にも責任はあるのです……」「姉上が背負う責などありませぬ!元を糺せば悪いのはシャドウミラーとそれに同調した者達です!!そして、その者達を匿っている米国も同罪です!!」「かも知れませんね……ですが、そうとも言えないのです」「どういう事なのです?」この事実を悠陽が知ったのは、つい最近の事だった。天元山での救助活動を申し入れた際、唐突に夕呼がシャドウミラーの詳細についてを明らかにしてきたのである。そして、彼女はこう言い放ったのだ。『米国はシャドウミラーを利用しているつもりでしょうけど、利用されているのが自分達だとは気付いていないんだと思いますわ。様々な国家に潜伏し、独自に暗躍を続ける謎の部隊……今回のように、彼らの背後に居る自分達の存在を露呈してしまうような事態は容認出来る筈もありません。下手をすれば共倒れになる様な事を許可するとは思えないという事です―――』つまり夕呼は、ここ最近のシャドウミラーに関する事件は、彼らが独自に行動を起こしている可能性が高いと踏んだのである。ある程度米国側の思想に沿った様には動いているようだが、いくら日本への政治的介入が目的とはいえ、一国の指導者の命を狙うような真似を許可する筈も無いだろう。無論、米国側が介入するための手段やお膳立ての方法は問わないなどと言ってれば話は変わってくる。だが、政治的空白を儲ける事こそが米国の目的であり、国家元首を暗殺しろなどと言う愚かな物言いをする者は少ないと考えられる。確かに悠陽が存在しなくなり、その後釜に米国の息の掛かった、もしくは意向に同調するような者を据えれば計画は順調に進むかもしれない。しかし、そんな事をしてしまえば民衆からの敵意を集めてしまう事に繋がる。結果的に人々は政権を支持しなくなり、より一層の反米感情が高まる事に繋がってしまうのは明らかだ。「確かに事が公になれば米国は日本を……いえ、世界を敵に回しかねないでしょうね」「香月殿もそう仰っていました。いくら技術的に優れている組織とはいえ、そのような事になってしまえば何のメリットも生まないだろうと……ですが、世界を敵に回しても問題が無いだけの何かが在るのならば話は変わってくるかもしれないとも仰っているのです」「ですが、米国がシャドウミラーと深い関わりがあるのは事実……同盟を結んでいる以上、知らなかったで済まされるものでもないでしょう?」形式上、同盟と言う形を取っているものの、シャドウミラーが米国を後ろ盾に暗躍しているのは間違いない。恐らく彼らは、日本以外の様々な国に対しても同様の事を行っているだろう。彼らに協力していたという事実が浮き彫りになりつつある現状で、今回の一件に関しては彼らが独断で事を起こしたなどと言ったところで信用に値するものは存在しえないに違いない。しかし、これが米国では無い第三者の思惑だったのだとすれば状況が変わって来るのも事実だ。「姉上は、初めて香月副司令とお会いになったときからこの事を議論されていたのですか?」「いえ、香月殿とは沙霧大尉達の起こすであろうクーデターに関する事を話した事はありましたが、彼の組織について話し合いを始めたのは、半月ほど前になってからです」半月ほど前といえば、丁度新潟にBETAが上陸した辺りから冥夜達207訓練部隊が総戦技演習を行っていた頃だ。ちょうどこの時期に日本国内で米軍所属と思われる機体が、帝国軍機と接触を図っているところをエクセレン達が目撃している。無論、冥夜はこの事実を知る筈もないが、恐らく夕呼はこれが今後起こりうる何かに繋がると判断し悠陽に話を持ち掛けたのだろう。「不穏な動きを見せる謎の部隊と帝国軍の部隊……私も初めはクーデターに関するものだと考えていたのですが、どうやら彼らはその頃から着々と準備を進めていたのでしょう」「それだけの情報を得ていながら、阻止せずに事が起こるまで傍観するとは……正直私は副司令に幻滅してしまいそうです」「香月殿も香月殿なりの考えがあったのでしょう。それに事が起こるまで動かなかったのは私も同じです……」「姉上……」この時冥夜は、それは違うと彼女の言葉を否定しようとした。だが、それを口にする事は出来なかったのである。彼女自身、口では動かなかったと言っているが、そんな筈は無い。何故ならば、冥夜の知る悠陽はそんな人間では無いからだ。恐らく彼女は、先に自分から動かずに対策を考え、最後の最後まで沙霧達を信じていたかったのだろう。彼らにも彼らなりの正義がある……特に沙霧達は、日本の行く末を按じて事を起こそうとしていた事実が存在する。そんな彼らの行いを全て真っ向から否定する事は出来なかったに違いない。「―――少々話が逸れてしまいましたね……」どう言葉を掛けるべきか……それを考えていた冥夜を現実に引き戻したのは悠陽の言葉だった。「冥夜、私がそなたに横浜行きを命じた時の事を覚えていますか?」「は、はい。訓練生として横浜へ赴き、第四計画遂行のためタケルや香月副司令に協力せよと仰せ付かりました」「確かに私はそなたにそう言いました……ですが、本当の理由は、そなたを帝都から遠ざける事にあったのです」「なっ!?一体それはどういう意味なのです?」先程も述べた通り、悠陽は夕呼との会談を切っ掛けとして以前の世界での記憶を得ている。その中には、自分の命が狙われていた事を示す物も存在していたのだろう。もしも自分が再び暗殺された場合、日本を牛耳ろうと考える輩が次に起こす行動は間違いなく影武者として育てられてきた冥夜を狙うに違いない。そうなってしまった時の事を考え、彼女は一時的に冥夜を帝都から遠ざける事にしたのである。無論、何の考えも無しに彼女を遠ざけてしまっても意味が無い。かと言って、下手に彼女を遠ざけるだけに留めてしまってはそれこそ本末転倒だ。本当ならば自分自身が何とかして彼女を護りたかったのだろうが、公に妹として認識されていない彼女を傍に置いておく事も出来ない。そこで悠陽は、彼女に横浜行きを命じたのだと胸の内を明かしたのだった。「横浜基地は第四計画の要であり、外部からの干渉を受けにくい場所でも有ります。特に香月副司令付きの訓練生であれば、何か事を起こすにしても容易いものではありません……こんな手段を講じるしかなかった私を、そなたは呆れていることでしょう―――」確かにこれが事実ならば、何も知らぬ第三者の視点では呆れてしまうかもしれない。だが、血を分けた双子の妹を護りたいという彼女の想いは伝わってくる。しかし、彼女の採った方法は、一歩間違えれば最悪の事態を招きかねないだろうか?いくら横浜基地に夕呼が居るとはいえ、確実に安全な場所とは言い切れない。そして、いずれ妹が第四計画に係わる衛士になってしまえば、どちらかといえば死亡する確率の方が高いであろう。冥夜を護りたいのであれば、横浜ではない別の何処かへ匿った方が遥かに安全だと考えられるからだ。「姉上のお気持ち、そして私を想っての事……痛み入る思いです。私は常に姉上に護られていたのですね……」「冥夜……ありがとう」聊か不明瞭な部分もあるが、自分を想っての行動だという事は伝わってくる。今の冥夜にとっては、それだけで十分だった。どんなに遠く離れていても、姉は自分の事を想ってくれている。ならば自分も、彼女の想いに応えねばならない筈だ。そう思い、彼女と面と向かって言葉を伝えようと後ろに振り返った―――「姉、上……?」彼女の目に飛び込んできた光景、そしてそれが示す行為の意味を彼女は理解できないでいた。先程までとは打って変わり、冷徹な表情を浮かべ、自分を見つめている悠陽。そして、その右手には拳銃が握られていた。「な、何の冗談なのです姉上?」「そなたには礼を言わねばなりません……ここまで私を信頼してくれてありがとう。とね……」「お止め下さい姉上ッ!」「さようなら、おバカな影武者さん―――」そして一瞬の静寂の後、二人を乗せた烈火のコックピットに乾いた音が鳴り響いたのだった―――あとがき第59話です。間が空いて申し訳ありません……という謝罪文が多くなってきましたね。出来る限り更新ペースを上げて行きたいところですが、諸々の事情で執筆が停滞しております。楽しみにされている方、なるべく御期待に沿えるよう努めたいと思いますので、もう暫く温かい目で見守って下さいませ。さて、風雲急を告げる展開!多少詰め込みすぎたかと思いますが、その辺は御勘弁願えればと思います。次回からは一連の事件の真相、そしてクーデター編完結に向けて話を纏めて行く予定です。またもや時間が空いてしまうかも知れませんが、なるべく早く投降できるように頑張りますのでよろしくお願いします。