Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION第64話 ゲイム・システム降り頻る弾幕の間を縫うように駆け抜け、利き手に長刀を携え、すれ違いざまに一機、また一機と漆黒の機体を行動不能に追い込んでゆく二つの影―――『―――冥夜さん、突っ込み過ぎだ! 病み上がりなんだから無茶すんなって!!』「このくらい、どうという事は無い! そなたこそ、前に出過ぎなのではないか?」『俺のビルガーは突撃戦仕様だから良いんだよ……』『何言ってるのよアラド! いつも無謀な突っ込みばかりしないでって言ってるでしょ!? フォローするこっちの身にもなりなさいよッ!』ゼオラから例によって例のごとく釘を刺され、五月蠅いと反論するアラド。しかし、それが更なる火に油を注ぐ行為となってしまったのも毎度の事だ。一応この小隊長という立場であるライも、見慣れた光景であるが故に聞き流している。恐らくは、これが彼らなりのコミュニケーションなのだと考えているのだろう。そんなやり取りが行われているなか、武はこの場に冥夜が現れた事態に対し、未だ状況を整理出来ないでいた。「な、なんであの機体がここに? それにあの動き……やっぱり冥夜なのか?」救出に成功したという連絡が届いてない事も理由の一つだが、それ以上に驚かされていたのは彼女が搭乗している機体にあると言ってもいい。それは帝国斯衛軍が開発した最新鋭機、その中でもワンオフに近いチューニングがなされ、彼女専用として悠陽が用意させたことでも知られる武御雷だ。彼女の性格を考えれば、救出された直後に戦線に復帰させろと言ったことぐらいは簡単に想像が付く。だが、あの機体は現在、横浜基地に運び込まれており、今回の作戦に参加させる予定など無かった筈なのだ。その様な事を考えている最中、その薄紫色の武御雷が彼の隣へと降り立ち、開かれた通信により彼は確信を得る事となる。『すまないタケル、そなたにも迷惑を掛けたな……』「冥夜、なのか?」『どうした? 戦場のど真ん中で呆けるなど、そなたらしくも無い……』「あ、ああ、悪い。お前がその機体に乗ってここに現れた事に正直驚いてた。一体どういう事なんだ?」率直な疑問、それを解くためのカギは、やはり当人に追及するのが早いだろう。恐らくこの機体を彼女の下へ運ぶよう指示を出したのは、夕呼に違いないのは明らかだ。あの人物が何を考えているのかなどといった事を追及しても、結局のところ全てを知りうる事は難しい。今回、冥夜とその専用機をこの場へ持ち込んだのも、彼女なりに何か考えがあっての事なのだろう。尤も事と次第によっては、作戦終了後に抗議ぐらいはしても構わないかも知れないだろうが、十中八九それは受け入れられないに違いない。ならば、せめて詳細ぐらいは理解しておきたいと言うのが武の考えだったのである。『そなたが月詠に指示し、烈火の足止めを行わせたのは聞かされている。その後私は、紅蓮閣下とあちらのブランシュタイン少尉殿達によって助け出されたのだ』「なるほどな、先生の言っていた別働隊は閣下とライ少尉達の事だったのか……だけど、それじゃお前がその機体に乗ってる理由にはならないだろう?」『ああ、そなたの言うとおりだ。閣下が仰るには、この機体はもしもの時のために持って行けと香月副司令が申したらしい。一体どういったお考えでこの機体を閣下に託したのかは解らぬが、私としてはこうしてそなたと共に戦場に立てたのだから正直喜んでいるよ……無論、状況が状況だけに不謹慎だと言うのは理解しているがな―――』冥夜の話を統合するに、武御雷の投入は、やはり夕呼の企みだったようだ。だが、彼女の言う“もしもの時”というのが理解できない。この機体は悠陽が冥夜専用に造らせたものであり、壱号機と同じく生体認証システムを搭載している。つまり、これを動かす事が可能なのは彼女等姉妹のみであり、他の人間では扱う事が出来ないのだ。あくまでどちらかが乗り込むと言う事を仮定して持ち込んだというのであれば、武にもある程度理解できる部分もある。しかし、戦力として組み込む場合、居所の分からない悠陽では搭乗は不可能だ。となると、初めから冥夜の搭乗を想定していたとしか考えられない。もしそうだとしても、運用できたかという問題は浮上する。それは、冥夜自身が搭乗を拒否した場合だ。正直彼女は、この機体が横浜に運び込まれた事を快く思ってはいない。これに乗り、戦線に加われと言ったところで素直に受け入れるかどうかは難しいところだろう。「なあ冥夜、なんでその機体に乗る気になったんだ?」気付けば武は、頭に浮かんだ事実を彼女に問い質していた。『―――理由はいくつかある。私自身、何としても姉上を御救いしたいと考えていた。そんななか敵の策に掛かってしまい、姉上と同じように攫われてしまうなどと、自分の不甲斐無さを呪ったのも事実だ。だが、このまま終わる訳にも行かぬ……この機体は、姉上が私のためにと用意して下さったものだ。いわば私に与えられた力と言ってもいいだろうな……』瞳を閉じ、ゆっくりとした口調で胸の内を語り出す冥夜。武は、ここが戦場であるにも拘らず、それを忘れてしまうかのように彼女の言葉に耳を傾けていた。『以前、私がそなたに“この星、この国の民……そして日本という国を護りたい”と申した事を覚えているか?』「ああ、覚えているよ」『再びこの世界でそなたと再会した時、私は改めてその決意を胸に生きようと考えた……だが、その前に護らねばならぬものに気付かされたのだ。それは仲間であり、友であり、そして自身にとって掛け替えのない大切な人々……私に当てはめるならば、姉上やそなたを含めた207小隊の者達だ。それら全てを護れずして、星や民、そして国を護るなど出来る筈もないとな……』「……そうか」『その為には、私の個人的感情で与えられた力を使うのを拒むという考えは愚かだと悟った。この機体は、そんな私の願いを汲んで姉上が用意して下さったものだ……だから、私はこれを拒むのを止める事にした。そして、姉上のその想いに応えようと思ったのだ―――』“御剣 冥夜”の本質は何処に居ても変わらない……それが武の素直な気持ちだった。例え記憶を引き継いだ存在であったとしても、彼女は何処までも真っ直ぐで、己が信念に邁進する人物だと。武はそんな彼女を嬉しく思うと共に、彼女の力になりたいと願う。それが今現在の自分に出来る事であり、全てを話してくれた彼女に応える術だと彼は悟る―――「―――やっぱりお前はスゲェよ、冥夜」『以前にも申しただあろう? 私よりもそなたの方が凄い、とな……タケル、姉上を御救いする為……』「それ以上は言わなくても解ってる! その為には、奴らから殿下の居場所を聞き出すぞ!!」『心得た! ゆくぞッ!!』白銀と薄紫機体がそれぞれ敵機へと跳躍し、再び戦闘が開始される。しかし、その一方でヴァルキリーズの面々は、ヴァルシオンの脅威に苦戦していた―――「―――各機、そのまま陣形を維持! 機動性を活かして撹乱するんだ! 動き回って囲い込めッ!!」伊隅の指示に対し、前衛ポジションを担当する者達が近接戦闘で撹乱、そして後衛ポジション担当者達はそれらを援護する為に奔走していく。「いまだッ!」動き回る前衛メンバーに翻弄され、攻撃が散漫になりつつあるヴァルシオン。そんな一瞬の隙を突き、晴子が狙撃を試みるが、やはりそれも歪曲フィールドによって阻まれてしまう。「(このタイミングでも防がれるか……連携を読まれてる? やっぱりそう簡単に崩れてはくれないよね……!)」粒子兵器である試製01式プラズマ集束カノン砲を用いても相手の防御を貫く事が出来ない。やはり生半可な攻撃では敵に対して有効打を与えられないのだろう。「伊隅大尉、集束モードの使用許可をお願いします」『駄目だ。ロクにテストもしていない状況で、あれの使用は許可出来ん。それに副司令に言われた事を忘れたのか?』「確かにこのモードは面制圧を主体にしたものです。ですが、現状で奴の防御を抜けるであろう兵装は、これしかありません」『それでも許可出来ん。チャージ時間やその後の機体稼働状況を鑑みても無謀すぎる……それはあくまで切り札として取っておく、いいな?』「……解りました」打開策として進言した案を却下され、渋々それに従う晴子。彼女と風間の機体に装備されたプラズマ集束カノン砲は、PT技術を基に開発された物だ。荷電粒子砲とは違い、金属粒子を固有振動によって集束させるという手段を用いているため、辛うじて小型化に成功したものらしい。だが、未だ試作の域を出ていない兵器であり、今回が初の実戦テストとなってしまった。そう言った理由もあり、伊隅は集束モードの使用を許可しなかったのだろう。『柏木少尉、貴女の気持ちは解らないでもないわ……でも、現状でもしこれが通用しなかった場合、私達は今度こそ手詰まりになってしまう。今は耐えましょう……』「解ってますよ風間少尉。その時が来るまでは、皆の援護に徹します」『くれぐれも無茶はしないで……お互い頑張りましょう』「了解です」一歩後ろに下がった位置で冷静に物事を観察できる人物が隊内に居るという事は、戦場において心強いと言っても過言ではない。故に彼女の様な人間が、後衛に存在しているのがヴァルキリーズの強みとも言えるのだろう。しかし、現状は一向に好転する様に思えない。敵増援とほぼ同時期に味方の増援が現れてくれたとはいえ、彼らはそれらの相手に手を焼いている状況だ。ここは一先ずヴァルシオンを足止めし、周囲に展開している戦術機部隊から片付ける方が得策かも知れないと考える者も少なからずいる。確かにその方が短時間でこちらが優位に事を進む方へと持って行けるかもしれないが、その間にあの特機を引き付けなければならない問題も発生してしまう。こちら側の攻撃を一切受け付けず、圧倒的な射程と破壊力、そして他を寄せ付けない間合いを持つもの相手にそれをやってのけるのは誰が考えても至難の業だ。ヴァルキリーズの面々は、そういった思考に行き着いてしまっている事もあり、なかなかそれを言い出せないでいた。だが、そんな彼女達の考えと逆の方法を採ろうとする者達が居る―――『―――伊隅大尉、フォーメーションの変更を進言します』「確かブランシュタイン少尉だったな? まさかとは思うが、あの特機を足止めしつつ、敵増援を叩くなどと言うつもりか?」『仰るとおりです。我々ベーオウルブズがヴァルシオンを足止めします』「……貴様も知っていると思うが、奴に生半可な攻撃は通用しない。それを踏まえた上での考えなのか?」『そうです。恐らく現状で奴の相手が出来るのは、機体特性を知り得ている我々のみ……このミッションマニュアルが最適なフォーメーションだと自分は考えます』下士官からの進言とは言え、今の彼女にそれを否定するだけの材料は存在していない。戦場において部隊が生き残る術は、如何に戦局を見据え、最適な指示を指揮官が与えれるかに掛かっていると言ってもいいだろう。要するに、柔軟な思考の持ち主が指揮を執ることが理想とされているに違いない。その物言いに対し、少々気にいらない点が無いといえば嘘になるが、現時点で今の状況を打破するには彼の言い分が的を得ているだろう。まず第一の要因として挙げられるのは、言うまでも無く機体の性能だ。彼らの機体は新規概念により開発された試作機と認識しているが、従来の戦術機とは一線を画したスペックを有している。20メートル前後の機体サイズでありながら、可変機構や見慣れぬ兵装、そして一部の機体には特殊な防御システムまで搭載されていると聞く。これらの装備は、辛うじて一部の物は自分達の機体にも搭載されているとはいえ、未だ試作の域を脱しきってはいない。そういった点を踏まえても現状で彼らの機体と自分達の機体では、埋める事の出来ない溝が存在するのも事実と言うことなのだろう。そして二つ目の要因は、ヴァルシオンの特性に関してだ。ヴァルキリーズがこれまで相手をしてきたモノ達は、その殆どがBETAであり、戦術機やPT、ましてや特機などの機体とはシミュレーションでしか手合わせをした事が無い。言ってみれば、彼らに比べ経験が圧倒的に不足しているのだ。更に言うならば、彼女達の機体であるブリュンヒルデは、先日ロールアウトしたばかりの新型という事もあり、ある程度完熟の域に達しているとはいえ完全にその性能を引き出せている訳ではない。いくらシミュレーションで良い成績を収めているとはいえ、今回の任務が実機での初出撃である以上は常に危険も付きまとうという訳だ。それら全ての点を踏まえ、今自分達が採れる最良の手段は何かといえば、自ずと答えは見えて来るだろう。そう悟った伊隅は、改めて各自のマーカーを照らし合わせ、フォーメーションの再構築に取り掛かる。「良いだろう少尉、貴様の作戦を採用する……各機、これより割り振られたマーカーに従い、フォーメーションを変更! ヴァルキリーズは敵戦術機部隊を、白銀大尉ならびにベーオウルブズの面々には特機の足止めを行って貰う」『『「了解ッ!」』』「白銀、貴様には南部大尉が到着するまでの間、ベーオウルブズの指揮を執って貰う……くれぐれも無茶はするなよ?」『了解です伊隅大尉』「よし、各機散開ッ! 奴らに我らの力を見せつけてやれッ!!」彼女の号令を合図に、各自が割り振られた地点へと移動を開始する。「フェンリル1よりベーオウルブズ各機、俺達の目的はあくまであの特機の足止めだ……って言っても、俺と冥夜以外はあいつの特性をよく知ってるんだよな……」『ああ、あのヴァルシオンには生半可な攻撃は通用しねぇ。だけど、全く手が無いってわけじゃねえぜ』『歪曲フィールドはその特性上、ある一定以上の攻撃を受けた際、過負荷によりフィールドが結晶化します。それを起こす事さえできれば、機体本体へのダメージは通る筈です』『問題は、如何にしてその過負荷を与えるか……って事ッスね?』「ライ少尉、結晶化の予測時間を割り出す事は可能ですか?」『可能です。しかし、あのヴァルシオンが我々の知る物と同じとは限りません。先ずはデータ収集を最優先にすべきだと考えます』「解りました。では、データ収集はライ少尉に一任。残りは測距データ、ならびにトリガーログのタイミングを少尉のR-2へ転送してくれ!」『『「了解ッ!!」』』作戦が纏まり、攻撃を開始する武達。しかし、こちらが遠巻きに足止めを行うという考えを敵も理解しているのだろう。この状況で相手の採るべき手段を知りながら、その場に棒立ちになっているほど向こうも馬鹿ではない。意図を見抜いたヴァルシオンのパイロットは、先制攻撃と言わんばかりにクロスマッシャーを乱射して来る。『こっちの狙いに気付きやがったのか!?』「だとしても俺達のやる事に変わりはねえ! 行くぞ皆ッ!!」不規則に放たれる敵の攻撃を回避し、手持ちの火器で応戦する武達。本来ならば決定打になりうるであろう攻撃は、やはりフィールドによって弾かれてしまう。だが、今回はそのフィールドのデータ収集が目的であるため、彼らは攻撃の手を休める事を止めない。『最大効果干渉時間、相殺エネルギー量……フィールド結晶予測時間は、逆算で一周期あたり0,7秒……オリジナルと同じという訳か……』仲間から次々と送られてくるデータとログを基に、フィールドの解析を行うライ。彼は、以前彼らSRXチームの隊長でもあったイングラム・プリスケンと同様の事を行い、突破口を開こうと試みている。結晶予測時間もほぼ同じ事を突き止めた彼は、その旨を仲間に伝えようと試みたのだが―――『―――目標、優先順位変更……イルミネーターリンク……』攻撃着弾時の轟音の中、微かに戦場へと響き渡る女の声。その声を聞いた時、明らかに動揺を浮かべた者が存在する―――『―――ッ!? い、今の声は……?』「どうした冥夜!?」『タケル、そなたにはあの特機の衛士の声が聞こえなかったのか?』「声……?」先程から嫌な予感が拭えない冥夜。ヴァルシオンから発せられた声、それを聞いた時彼女は、思わず自分の耳を疑いたくなった。だが、そんな彼女の心情などお構いなしに敵は攻撃の手を緩める事を止めない。砲撃戦で有効打を与えられないと悟った敵パイロットは、兵装をディバイン・アームに変更し近接戦闘を仕掛けて来たのだ。これまではこちらの攻撃を受ける、もしくはこちらからの攻撃を薙ぎ払う程度にしか用いられなかったが、やはり一撃一撃が重く威力も高い。通常は横に薙ぐ様に振るわれ、時折叩きつけるように振り下ろされたそれが地面の至る所にクレーターを作り、容赦なく地面を抉って行く。その動きは剣術というよりは槍術や薙刀術に近く、歪曲フィールドの恩恵も相まって彼の機体にとって優位な間合いを作り出していた。『それにあの動き……やはりあれは―――』流れるようにしなやかな動作、そしてそこから繰り出される数々の技。それは彼女のよく知る物に酷似しており、その使い手も限られている。自身の無限鬼道流と対をなす、と言っても過言ではないもう一つの流派として伝えられる武術。その名は“神野無双流”というものだったのである―――『―――ターゲット変更完了。これより最優先目標を砲戦型パーソナルトルーパーに設定……コマンド“破壊”……アクションスタート』「なッ!? まさか、あれに乗っているのは!?」ヴァルシオンとの戦闘が開始された直後にも聞いた声……その時に何故気づかなかったのだろうか?今の今になり、武は自身の愚かさに気付かされる事になる。そして、予感が的中してしまった冥夜は、居た堪れない気持ちになり、思わず叫んでしまう。『お止め下さい姉上ッ!!』この世界において、彼女が姉と呼ぶ人物は一人しかいない。そう、彼女と武の二人は気付いてしまったのだ。今現在自分達が戦っている相手の正体に―――「―――よせ冥夜ッ!」『放せタケルッ! あの機体、あの機体に乗っているのは姉上なのだ!! 頼む、私を行かせてくれッ!!』「落ち着け! ベーオウルブズ各機、直ちに攻撃を中止しろッ!!」飛び出しそうになる冥夜を制止し、皆に攻撃中止を訴える武。突然の出来事に驚きを隠せないベーオウルブズの面々は、一先ず攻撃を中止するが状況が飲み込めないでいる。『タケル、一体どういう事だ? あれに乗っているの奴を知っているのか?』「ああ……迂闊だった。聞いてくれ皆……あの機体に乗っているのは、俺達が探している殿下だ……」『な、なんだって!?』『クッ、シャドウミラーめ、姑息な真似を……』突如として明らかになった事実に戸惑いを隠せない武達。捜索、そして救出を行う筈であった人物が、敵として自分達の前に姿を現わしているのだ。過去に幾度となく経験しているパターンとはいえ、この状況でこういった展開へと事態が動いた事に驚かない訳が無い。そして武と冥夜の二人は、咄嗟に気持ちを切り替えれるほど器用では無かったのである―――『―――ターゲットインサイト……メイン・ウェポンをクロスマッシャーに変更』「姉上、私ですッ! 私の声が聞こえるならば、すぐに攻撃をお止め下さいッ!!」『……クロスマッシャー、発射!』彼女の悲痛な叫びが木魂するなか、それらを一切無視するかのように攻撃を続ける悠陽。その結果、自分の声が届いていない事態に直面した冥夜は更に動揺を受けてしまう。「止めて下さい殿下ッ! 俺達の事が解らないんですか!?」武も冥夜に続く様にして彼女に訴えかけるが、まるで効果が得られない状況だ。そして冥夜は、直接説得を行おうと接近を試みるのだが、明らかにその行為は無防備だったと言っていい。『ターゲット変更、優先目標を“Type-00”に設定……神野無双流“奥義・煌曜輪”!!』「いかんッ! 下がれ御剣訓練兵ッ!!」事態を察知したライが彼女を制止するが、既に相手は迎撃行動に移っている。このままでは間に合わないとはいえ、黙ってそれを見過ごす訳にもいかない状況だ。咄嗟の判断で彼はR-2のビーム・チャクラムを射出し、それを冥夜の武御雷にぶつけることで相手の攻撃が通るであろう位置から彼女を逃がす事に成功する。『ぐぁぁぁッ!』唐突に発生した衝撃により、思わず呻き声を上げてしまう冥夜。発生したビームにより彼女を傷つけてしまう事から戦輪のみを打ち込んだとはいえ、高速で射出されるそれはある程度の質量を持っている事には違いない。荒っぽい救出方法であった事には違いないが、あのままでは容赦なく彼女は両断されていただろう。そして吹き飛ばされた武御雷は、幸いな事と言っては不謹慎だが、左程ダメージを受けてはいなかった。「ライ! あの子を助けるにしても、今のはやり過ぎだろう!?」『そんな事は解っている』「だったらもう少し……」『いえ、良いのです少尉殿……申し訳ありませんブランシュタイン少尉。お陰で助かりました』『くれぐれも無茶はするなと言った筈だ。だが、あんな方法しか思いつかなかったのはすまなかった……』『こちらこそ申し訳ありませんでした。今のところ機体に損傷は見受けられません。引き続き任務を続行します』助けて貰った事に礼を言い、そして自分の迂闊な行動に対し謝罪する冥夜。だが、その表情はどこか覚束無い様子さえ見受けられ、しっかりと現状を見据えているとは思えない。『おいおい、大丈夫かよアンタ?』『大丈夫です……問題はありません』『そんな顔で言っても説得力に欠けるぜ?』『そ、それは……』浮かべていた表情を指摘され、彼女は苦虫を噛み潰したかのような顔を浮かべる。しかし、それは当然といえば当然だろう。助けたいと願っていた筈の姉が、自分達の前に立ち塞がる刺客として現れたのだ。彼女が負ってしまった精神的ダメージは、詳しい事情を知らない彼らにしてみれば単に戸惑いを見せているだけと受け取られても仕方が無い。『あの機体に乗ってるパイロット、アンタの姉さんなんだろ? 確かに動揺しちまうのは解るが、今の状態のままじゃ何も出来ないままお前が死ぬぞ……』「言い過ぎだぞマサキ! 自分の大切な人が人質に取られてるんだ。冷静でいられる筈が無いじゃないか!!」『んな事は解ってるよ……だから、そいつの姉さんを皆で助けるしかねぇじゃねえか』「俺はそのつもりだ……だけど、あのフィールドを何とかしない限り、近寄る事も出来ない……」確かに武の言うとおり、ヴァルシオン本体に近づくにはあのフィールドを無力化せねばならない。以前はそれを結晶化させ、再展開される前にアカシックバスターで機体を大破させることで事を成し遂げた。しかし、今回は機体をほぼ無傷のまま行動不能に陥らせ、パイロットである悠陽を救い出さねばならないのだ。単純に手数で圧倒するだけでは、機体その物を破壊してしまう可能性も捨てきれないのである。『それならば策はあります。解析の結果、フィールド結晶化予測時間は一周期辺り0,7秒と出ました……先ず、我々で突破口を開きます。その後、白銀大尉は御剣と共に煌武院殿下を救出して下さい』「了解です。少尉、ヴァルシオンのコックピットブロックの位置を教えて下さい」『胸部装甲上部に存在する球体部分です。正確な位置座標を転送します』「頼みます……それから冥夜、お前にこれを預ける」武が彼女に預けた物、それはブリットより借り受けているシシオウブレードだった。『これは……良いのか、私が使っても?』「ああ、こういった物の扱いは、俺よりもお前の方が慣れてるだろ? それにこいつにはさっき俺も助けられた……今度はお前の力になってくれる筈だ」『解ったタケル。有難く使わせて貰う事にする……』『御剣、恐らくチャンスは一度きりだ……我々が何としても突破口を開く、お前は大尉と共に何としても殿下を助け出せ』『それは、どういう意味なのです少尉殿?』『あのヴァルシオンには、特殊なマン・マシン・インターフェイスが搭載されている可能性が高い。でなければ、なんの操縦訓練も受けていない煌武院殿下があれを手足のように扱う事など出来ない筈……』『まさか、あいつにはゲイム・システムが!?』“ゲイム・システム”とは元DCの科学者であるイーグレット・フェフが開発し、DCの副総帥であるアードラー・コッホによって量産試作機であるヴァルシオン改に組み込まれた物である。それは機体側からパイロットに働きかけ、同調させる事により仕様者の情報把握能力を拡張して戦闘能力を向上させるという。要するに、パイロットに意思は必要なく、搭乗しているだけで問題無いという訳だ。意思が必要無いという事は、拘束された状態であったり、洗脳状態にある場合でも稼働効率を上げる事が出来るシステムなのである。だが、その副次的作用として、戦闘の生む高揚を無制限に増幅し、最終的には暴走状態にしてしまうといった欠陥を抱えていた。また、搭乗者の脳に多大なる負担を掛け、仕様者が廃人になってしまう危険性も秘めている。つまり搭乗者はシステムに耐え切れず精神崩壊を起こし、やがては死にいたるという悪魔の様な装置なのだ。この場に居る武と冥夜を除く面々は、少なからずこのシステムと因縁があり、その恐ろしさも十分に把握している。特にライ、そしてアラドとゼオラの三人は、その事実に対し怒りを露わにしていた―――『―――許せねぇ……ぜってぇに許せねえぞ……!』『ええ……あんな物は存在しちゃならないわ!』『ああ、お前達の言うとおりだ……二人とも、時間がありません。手遅れになる前に殿下を!』「解った! 冥夜、何としても殿下を救い出すぞ!!」『心得たッ!』再びフォーメーションを組み直し、全員が悠陽救出のために行動を開始する。「先ずは俺だ! 行くぜクロ、シロ、準備はいいか!?」『「了解だニャ」』サイバスターの足元に魔法陣が出現し、召喚される深紅の火の鳥。雄々しく羽ばたきながらそれはヴァルシオンの元へと飛翔し、なおも加速を続けて行く。「サイバスターチェィィィンジ! サイバァァァドッ!!」その後マサキは、機体をサイバードに変形させ先程召喚した火の鳥目掛け距離を詰める。戦場に火の鳥の咆哮が木魂するとほぼ同時期、後を追いかけていたサイバードがそれに融合する形となり、青白い炎を纏った不死鳥が戦場を駆け抜けていく―――「くらえっ!! アァァカシック・バスタァァァッ!!」その攻撃に対し、ヴァルシオンはフィールドを展開。しかし、現時点ではエネルギー総量の差もあり、アカシック・バスターの威力は相殺されていた。だが、彼らにしてみればそれは想定内の事だ。続け様に二つの青い閃光が飛来し、それを確認したマサキは一先ず離脱を開始する。「行くぜ、ゼオラ!」『了解よ、アラド!』「ビルガーの本当の姿を見せてやる!」続けて様に攻撃を開始するアラドとゼオラ。増加装甲をパージし、本来の姿を露わにしたビルガーはファルケンを伴ってヴァルシオンへと突き進む。「ウイング展開! ドライブ全開ッ!!」『テスラ・ドライブ出力最大! ブーストッ!!』各機のウイングバインダーが展開され、機体後部より放たれた緑色の粒子を纏う様に百舌と隼は更に加速。それらは不規則な軌道を描き、他に例えようのない様子を醸し出していた。一撃、二撃、三撃と次々に高速移動を繰り返しながら、フィールドの蓄積ダメージを加算していく二機のビルトシリーズ。「このまま行くぞ、ゼオラ!」『ええ!』『「ツイン・バード! ストラァァァァイクッ!!」』彼らは高速撹乱とヒット・アンド・アウェーを繰り返し、ついにブレイク・フィールドを纏った体当たりを敢行する。左右からほぼ同時にフィールドへ負荷を与えた事により、これまで相殺されていた筈の均衡が徐々にではあるが緩み始めるのを確信する二人。『ライ少尉ッ!』「了解! ターゲット・インサイト! ハイゾルランチャー、発射!!」駄目押しと言わんばかりに放たれる重金属粒子のエネルギーの渦。そしてトロニウム・エンジンから発せられる集束された強力なエネルギーが引き金となり、ついに歪曲フィールドの結晶化が発生した―――『今だ、リュウセイッ!!』「任せろ! 超必殺! T-LINKソォォーード!!」R-1の念動フィールド発生機関が光を放ち、徐々にそれが両腕へと集束されて行く。まるでリュウセイの想いに応じるかのようにそれは輝きを増すと共に伸び始め、ヴァルシオン目掛けて放たれた。「破を念じて……刃となれ!!」そしてそれは全てを貫かんとする刃の形へと変貌し、結晶化の始まったフィールドへと突き刺さる。そこの場を始点とし、まるで崩れ落ちる氷山の様に崩壊し始める歪曲フィールド。「破ぁぁっ!!」更なる念を込められた事により、文字通りその剣は爆砕。その衝撃により、ついに絶対的な防御を誇っていたフィールドは消失する事となった―――『―――行け、二人とも!』「了解! 遅れるなよ冥夜!!」『了解だ! (姉上、すぐに貴女をその呪縛から解放します……)』跳躍ユニットを吹かし、フィールドの消失したヴァルシオンに向けて突貫する武と冥夜。だが、それを阻まんと、向こうも攻撃を仕掛けて来る。背部バインダーより無数のミサイルが、左腕部からはクロスマッシャーが彼らを襲う。しかし、武と冥夜はそれに臆することなく突き進む。それは単衣に、悠陽を救いたいと切に願う二人の想いがそうさせるのだろう。『二人をやらせはせん! 行け、ビームチャクラム!!』『援護するぜ二人とも! ブーステッド・ライホォ!!』R-2のチャクラムがヴァルシオンのクロスマッシャー発射口を沈黙させ、R-1のライフルがバインダー上部のミサイルポッドを狙い撃つ。その結果相手に残った武器は、近接兵装用のディバイン・アームだけとなるが、それでもヴァルシオンは二人を迎撃すべく身構える。先陣を切っていた武の元へとその切っ先が振り下ろされるが、彼はそれを紙一重で回避。そのまま彼はがら空きになっている下半身へと匍匐飛行を行い、スライプナーを用いて左足の切断に成功。バランスを崩したヴァルシオンは体勢を崩し、そのまま片膝を突いてしまう。その間隙を縫うようにヴァルシオンの死角から冥夜の武御雷が飛び出し、そのまま彼女はすれ違いざまに相手の右手首を両断する。しかし、ヴァルシオンも黙ってやられてなどおらず、右腕の残った部分を振りかざし、叩きつけるように武御雷に攻撃を行うが、それも寸での所で回避されてしまう。そして冥夜は、空いた左手で長刀を引き抜き、そのままヴァルシオンの腕を掛け上がると、今度はその長刀を肩の関節へと突き刺した。火花を上げ右腕は肩の部分から沈黙した事を確認した彼女は、そのまま姉を救うべく行動に移すのだが―――「殿下! いや、姉上!!」『ターゲットType00……目標を……殲滅……』「うぐっ……!?姉、上……!」コックピットへ取り付こうとする冥夜だったが、一瞬生まれた隙を突かれ、残った左腕で機体を掴まれてしまう。ギシギシと音を上げ、悲鳴を上げる武御雷。武は急いで彼女を救出しようとするが、下手に動いてしまっては彼女に攻撃が当たってしまうと判断し動けずにいる。「いい加減にして下さい姉上……その様な得体の知れぬモノに囚われ、貴女は一体何をしているのです!!」『ターゲットType……御剣……冥……』「私の知っている姉上は、そんなものに己の意志を曲げられる様な弱い人ではない筈だ! 己の意志を強く持った姉上……“煌武院 悠陽”は何処へ行ったのですッ!!」身動きの取れない状況に追い込まれながらも、彼女の説得を続ける冥夜。その間にも機体各所には、大小様々な損傷が蓄積され更に機体は悲鳴を上げて行く。「目を、目を覚まして下さい! 姉上ぇぇぇぇぇっ!!」『っ!?……冥……夜……?』『動きが鈍った!? 今だッ!!』彼女の必死の叫びが通じたのだろうか?先程まで冥夜の武御雷を握りつぶそうとしていた左手が緩み、悠陽の乗るヴァルシオンは明らかに今までと様子が異なっている。それを察した武は、急いでヴァルシオンの左側面へと回り込み、武御雷を掴んでいる左腕へと攻撃を加える。『行けッ! 冥夜ぁぁぁっ!!』「了解だタケル! ハァァァァっ!!」武からの激を受け、冥夜はシシオウブレードを用いてその束縛状態から脱出に成功。そのまま跳躍ユニットを吹かしてコックピットへと辿り着いた彼女は、シシオウを握った状態のまま00式近接戦闘用短刀を展開して悠陽の救出を試みる―――「急げ冥夜! 時間が……」武がそう言いかけた直後だった。その場に居た誰もがその一瞬の出来事を信じられずにいたのだ。「そ、そんな……」彼らの目の前で爆発炎上するヴァルシオン。それは何者かが放った一発の砲弾が引き起こした事態。ヴァルシオン、そして武御雷が爆炎に包まれていく。そして、戦場には悲願を成就させたと確信した男の笑い声が響き渡っていたのだった―――あとがき第64話です。対ヴァルシオン編は一応決着が付きました。冥夜の扱いが……と仰る方もいらっしゃるでしょうが、もう暫く御許しを……続きが気になる方も大勢いると思いますので、なるべく早く次の話をアップできるように頑張ります。それでは今回はこの辺で失礼します。