Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION第65話 潰えし野望誰もがその光景に絶句していた。その中でも武は特に目の前で起こった現状を認めることが出来ないでいる。「ウソだろ……おい、冥夜! ウソだって言ってくれッ! 冥夜ァァァッ!」『フッフッフ、あの状況だ。どう考えても助かる見込みは考えられんよ……なに、悲しむ必要は無い。すぐに君達も二人の後を追って貰う事になるのだからね』「お前か……お前がやったのかッ!!」『そうだ。これで邪魔者は始末する事が出来た……』「ふざけるな! 何故こんな事をする!?」『それは“愚問”というものだよ、白銀大尉……この私がこの国を手に入れるためには、彼女等姉妹が邪魔だというのは君でも解る事だろう? そう、この私“崇宰 信政”がこの日本を統べる為にはな……』ついに武達に向け、己の正体を明らかにした崇宰。だが、その正体についておおよその見当が付いていた彼らは、左程驚かないでいる。『ようやく正体を現わした……って言いたいところだが、アンタが今回の事件の首謀者だって事はとっくの昔に割れてんだよ。今更別に驚きゃしねえぜ』『なるほど……まあ、隠していたところで意味は無いのだが、その物言いは気にいらんな。ただの一兵士がこの私に対し、その様な言葉を吐くなど……歩の程を弁えよ!』『生憎、俺達はアンタに対して弁えなければならないものなんて持ってないんだよ!』『そう言えば君達は異界の者達だったな……だが、君達はこの世界にとってただの部外者にしか過ぎん。余計な事に首を突っ込むのは止めて貰いたいものだな』『貴様の言う通りかもしれん……我等はただの異邦人だ。互いの主義主張、覇権争いに口を挟める立場では無い……だが、だからと言って貴様の行いを見過ごすわけには行かん!』『フッ、正義の味方でも気取るつもりかね? だとしたらそれは滑稽だな』『笑いたきゃ笑えよ爺さん。世界がどうとかそんなものは関係ねえ……俺達は、アンタのやった事を許せねえだけだ!』『そうよ! あの二人に対しての行いは許せるものではないわ!』『感情でしかモノを言えぬ子供が、偉そうな口を利く……ならば言葉ではなく、実力で示してみるがいい!』様々な感情が錯綜するなかにおいて、時として言葉というものは無意味だ。それぞれがそれぞれの正義、もしくは信念、そして野望といったモノを掲げている以上、それに共感する事が無い限り相手は相容れぬ存在でしかない。「崇宰大将、俺は……いや、俺達は貴方とシャドウミラーを許さない。この国の、世界の、そして星の明日を護ろうとした人達の心を捻じ曲げ、己の欲望を満たそうとするアンタ達を絶対に許しはしない!」『やはり君も青いな……流石はあの男の息子、といったところか』「な、に……?」『まあ、そんな事はどうでもいい事だ。先程君は私にこう言ったな? 己が欲望を満たすために人々の心を捻じ曲げたと……何故その様な事が言える? いつ、私が己が欲望の為だけにこの国を手に入れたいと言ったのだね?』「この機に乗じてあの二人を暗殺し、日本の主権を握ろうと画策していたのは事実だろう!? それがアンタの欲望以外のなんだっていうんだ!!」『誰に聞いたか知らんが、君はもう少し視野を広く持つべきだな。先程の言葉も含め、それは君自身の考えではあるまい……目先の事、そして先入観のみで他人の行いを決めつけるなど愚の骨頂だ。まったく以って君は愚かだよ……』「ならアンタの本心は? 己が欲望で無いって言うんなら、それ相応の理由がある筈だ!」『無論、この国を、日本を護る事だよ白銀大尉』さらりと自分の本心を告げる崇宰。だが、武達がそう簡単に彼の物言いを信じる事が出来ないのは当然と言える。彼がこれまでやってきた仕打ち、それはいくらこの国を護るためとはいえ、明らかに行き過ぎた行為だ。誰の目から見ても、私利私欲のみで動いているようにしか見えない行動。彼の言葉を肯定する事が出来る人物は、この場に誰一人として居なかったのである―――「―――だったら何故彼女達を殺す必要がある!? 日本を護る為に、共に手を取り合う事だって出来た筈じゃないか!?」『それは無理な相談だ。あの姉妹ではこの日本を護る事は愚か、救う事すら出来ん……甘いのだよ、彼女等のやり方はな!』「この国に住む人達の事を第一に考え、護ろうとする事の何がいけない? 何処かの誰かの明日のため……民の心にある日本という国を護るために、彼女達は命を投げ出す事も厭わない覚悟でいた! それの何処が甘いって言うんだ!!」『確かに君の言うとおりかも知れん……だが、今のままでは駄目なのだよ。現状の日本は国内に二つのハイヴを抱え、まさに喉元に刃を突き付けられた状態だ。民のためにと彼らを第一に考えていては、やがて国そのものが疲弊し滅んでしまう……そうなってからでは遅いのだよ』「だからって彼女達を殺して良い理由になりはしない……アンタのやろうとしている事は、この日本に住む者達を蔑ろにし、徒に犠牲者を増やすだけだ! そんなやり方を俺は認める訳には行かない!!」武の言葉に対し、やれやれといった表情を浮かべる崇宰。呆れ顔とも違い、怒りを露わにしているという訳でもない。かと言って彼の言葉に耳を貸す訳でもなく、どちらかといえば聞き流しているかに近い様な顔だ。暫くの間沈黙が続き、睨み合いが続くなか、鼻で笑う様な素振りを見せた彼は突如として武に向け口を開いたのだった―――『―――では、君に問おう。今この世界は滅亡の危機に瀕している。BETAという名の強者によって弱者たる人類は敗戦の歴史を繰り返しているのは周知の事実だ……所詮、世の中は常に弱肉強食。力ある者が無き者を淘汰し、頂点に立とうとする事は当たり前の事ではないかね? BETAが我々の前に現れる以前、西欧列強が弱国を次々と植民支配していたように、奴らが現れてなお世界を牛耳ろうと画策する米国。どちらもまるで弱者は強者の糧として生きる責務があると言わんばかりの行為だな』彼はBETA、そして米国の存在を引き合いに出し、まるで彼らを嘲笑うかのような台詞を口にする。『だが、糧にならぬ者は存在そのものに価値も無い。この国にとって糧にならぬ者……それは即ち弱者以下の存在である多くの難民達だ。彼らは存在するだけでこの国を疲弊させ、無駄に浪費を繰り返す存在価値の無いモノだ。彼らを護る必要など無いのだよ……そして一番の強者が一番頂上に立ち、覇権を握ることで絶対の存在として君臨する……どう考えてもこれは自然の摂理だとは思わんか?』「……言いたい事はそれだけか? さっきも言った筈だ! アンタのそんなやり方を認める訳には行かないと!!」『この期に及んで尚感情でモノを言うか……残念だよ白銀大尉、君はもう少し利口な男だと思っていたが、どうやら私は君を買被り過ぎていたようだ』「何度も言わせるな! 俺はアンタ達を許さないと……二人の、冥夜と悠陽さんの仇を討たせて貰う!!」『―――勝手に殺すな、この馬鹿者!』『何ッ!?』噴煙に包まれているヴァルシオンの上空から響く声。それが何であるかに気づいた時、武達は安堵の息を漏らす。その脇には冥夜の武御雷が抱きかかえられており、そしてその機体の右手には何やら球状の物が握られている。『そうだぜタケル、勝手に死んだ事にされちまったら、こいつが怒るのも無理はねえってもんだ』「マサキ!? あの状況で一体どうやって?」『ヘッ、俺とこのサイバスターを見くびって貰っちゃ困るぜ。あの程度の攻撃、ギリギリで割り込むなんて朝飯前って事さ』『ホントは紙一重だったんだけどニャ……』彼は攻撃着弾の刹那、クロの言う様に紙一重と言わんばかりのタイミングで双方の間に割って入ったのだ。そしてその速度のまま冥夜と悠陽の二人を救出し、上空へと離脱していたのである。その速度は常人の目には追い切れぬほどの物であり、文字通り疾風の如き動きだったに違いない。助け出された冥夜本人も一体何が起こったのかを把握できず、ただ呆然と彼らの会話に耳を傾ける事しか出来ないでいたが、ようやく今になって状況を理解したのだろう。『私も姉上も生きている……殆ど紙一重に近い状態だったが、二人とも無事だ』『余計な真似を……まあいい、どの道君達を全滅させれば済むだけの事だ』『ケッ! 言ってろこのクソ爺!! てめえの実力じゃ、逆立ちしたって俺とサイバスターを仕留められるかよ!!』相手を挑発する様な言動を行うマサキ。事実、サイバスターの機動性を考えれば、鈍重な動きしか出来ないXG-70単機で仕留める事は容易ではないだろう。周囲に多数のF-23Aが展開しているが、それらは全てヴァルキリーズの相手をしている。仮にそれらに牽制させ、本来の能力を生かしきれなくすれば撃墜する事も可能だったかもしれないが、それもある意味無駄でしかない。何故ならば、サイバスターには敵味方の識別が可能な“MAPW”《Mass Amplitude Preemptive-strike Weapon(大量広域先制攻撃兵器)》としてお馴染のサイフラッシュが装備されているのだ。現状では無暗矢鱈に使用するべきではないという考えから使用を控えているとはいえ、一度これを用いられれば包囲殲滅を行う作戦などはこの機体にとって意味を成さないのである。だが、それはあくまでサイバスターとマサキが万全の態勢であることを前提としているため、必ずしも万能とは言いきれない。『満身創痍ともいえる状況で、よくもその様なハッタリを言えたものだ……相当無理をしているのが私には声で判るぞ少年』『なにっ!?』『フッ、どうやら図星だったようだな。これでも私は君の倍以上は生きているのだ。それにその機体が人の生体エネルギーによって稼働しているという事も知り得ているのだよ』コックピット内で相手に対しての迂闊な反応に舌打ちするマサキ。文字通り老獪とも呼べるこの手のやり口は、様々な経験を積まぬ事には達せぬ境地とも言えるだろう。このやり取りを聞いていたライは、悪質な頭脳戦において、相手側に軍配が挙がったといえる良い例だと考えていた。『落ち着けマサキ、それ以上奴の挑発に耳を傾けるな』『そうだぜマサキ、例えお前が本来の力を発揮できなかったとしても、この場には俺達もいるんだ』『そうッスよマサキさん』彼に冷静さを取り戻させるため、言葉を掛ける三人。しかし、文字通りの老獪さを彼らに見せつけている相手は、それすらも無意味と言わんばかりの余裕を見せつけていた。『吠えるだけならば犬にでもできる事だ。この状況でどうやってXG-70に勝つつもりでいるのだね?』『ただ単に図体がデカイだけの機体に乗ってるアンタこそ、俺達を倒せると思ってんのか!』『アラドの言うとおりだぜ。そんな馬鹿デカイって事は、懐に入りこまれりゃなんにも出来ねえだろ! それこそこっちの思う壺だ!!』二人の言う様に従来のXG-70は、相手に間合いを詰められれば反撃できないという弱点を抱えている。それを看破した事は評価に値する事だが、残念ながらこの機体には迂闊に飛び込む事が自殺行為に繋がると言っていいシステムが積み込まれていた。それを知る武は、今にも飛び出しかねないアラドとリュウセイに制止を呼び掛け、その事を掻い摘んで説明する―――『―――ラザフォード場の多重干渉?』「ああ、あの機体に搭載されている防御システムである“ラザフォード場”は、主機関から生じる重力場を展開する事で圧倒的な防御力を誇ってるんだ。周囲10m以内に近づけばフィールドに干渉し、急激な重力偏重に巻き込まれてミンチになっちまう」『待って下さい大尉。その話からすると、そのシステムは機体内部にも何らかの影響を与えているのではありませんか?……だとすれば、中のパイロットも無事では済まないと思うのですが……?』「恐らくあれは、多重干渉問題を解消した物が搭載されてるんだと思います。本来なら、とあるシステムが組み込まれない限り実戦運用は不可能な代物だったんですが、シャドウミラーが改良を施したんでしょうね……」武の言うシステム、それは言わずと知れた“00ユニット”の事だ。本来ならばシステムなどと言った言葉を使いたくは無いが、今はまだ彼らに00ユニットの事を話す事は出来ない。それは被検体となってしまった彼女を、人では無いものだと自身が認めてしまう事に他ならず、彼は自分で口にしてしまったその言葉に対し怒りを露わにしている。それはモニター越しにその表情を確認した他の面々が、明らかに武の様子がおかしい事に気付く程のものだった。『彼の言うとおり、このXG-70には如何なる攻撃も通用しない。近づけば重力偏重に巻き込まれ、遠巻きに攻撃した所でその全てを弾き返す……解っただろう? 自分達が如何に無力であるかを……これ以上、無駄な抵抗はよしたまえ』『その方がマシだ、苦しまずに死ねるとでも言いたいのか? 残念だが、我々はここで引く訳には行かん! 何としても貴様の野望を阻止させて貰う!!』『愚かな……如何に君達の機体が優れていようと、この機体を倒す事は出来んよ』『どんな機体だろうと、それが人の造ったものである以上、必ず弱点は存在するってのが世の常だ……そうだろ、タケル?』確かにXG-70が持つラザフォード場にも弱点は存在する。それは、この機体に搭載されている荷電粒子砲を使用する時だ。同兵器の発射態勢に入って以降、機体底面及び後方以外のラザフォード場は消滅する。そして、発射後も再発射までの約4分間は、機体底面以外のフィールドが消滅するのだ。これはこの機体における最大の弱点の一つとして、以前の世界において夕呼が語った事実でもある。『だったら、その荷電粒子砲を使わせれば隙が出来るんじゃ……?』『相手が使ってくれればそれも可能であろうな……だが、一撃でハイヴのモニュメントを破壊できる程の威力を持った兵器だ。下手をすれば、その一撃でこちらがやられる可能性も高い』『そんな……』「大丈夫だ。それ以外にも弱点は存在してる」ラザフォード場のもう一つの弱点、それはこう言った防御兵装における共通の弱点ともいえるものだ。攻撃を続け、フィールド事態に負荷を与え続ける。そうする事により、主機に負荷を与える事でそちらに回せる余剰エネルギーを枯渇させる方法だ。しかし、ラザフォード場はBETAのレーザー兵器を無力化させるほどの出力がある以上、そう容易く貫けるものでもないだろう。そして、それ以外にも要因は挙げられる。先程のヴァルシオンとの一戦において、予想以上に機体のエネルギーを消耗してしまったという事実だ。サイバスターは、マサキのプラーナが減少している上に、コンバーターに損傷を受けてしまっている。冥夜の武御雷とR-1、そしてビルトビルガーとファルケンの四機は、現状では実弾兵器しか装備していない。尤もR-1は、T-LINKソードを用いる事で接近せずに攻撃する事が可能だが、これを用いるには念を集中する時間が必要不可欠な事からも乱発するのは難しいだろう。となれば、残る手段は武の改型とライのR-2に装備されている粒子兵器のみ。こちらの増援としてキョウスケ達がこの場に向かっている筈だが、彼らの到着を待ってくれるほど敵も愚かでは無いだろう。こうしている間にも敵は、攻めあぐねている彼らに対して砲撃を続けている。何とかそれを回避しながら考えを纏めようとしている彼らだが、避ける事に専念している事もあって良い案が浮かんでこない状況だ。『手数が足りないんなら、キョウスケ大尉達が来るまで時間を稼げばいいじゃないか』『残念だがそういう訳にも行かん……煌武院殿下の事もある。彼女がゲイム・システムの支配下にあった以上、下手をすれば命に係わってくる可能性もあるんだ』「ライ少尉の言うとおりだ……兎に角、殿下だけでもこの場から脱出させないと……」時間稼ぎを行うという手段も、状況によっては高い効果を得る作戦と言えるだろう。だが、今の状況でそれを行うのは得策ではない。ライの言った通り、救い出した悠陽の状態が解らぬ現状では、一刻も早く彼女を医者の元へと連れて行かねば命に係わってしまう。『タケルさん、俺とゼオラが冥夜さんのお姉さんを連れて離脱するってのはどうかな? ビルガーとファルケンは単独で飛行可能だし、横浜までそう時間は掛からないと思うんだ』『アラドの言う通りかもしれません。近寄れない以上、私達の機体にある兵装では、XG-70のフィールドを貫く事は難しいと思いますし……』実弾兵器では有効打を与えられない、かと言って近接戦闘を挑む事も難しい。ブレイクフィールドを纏った体当たりとも呼べる連携攻撃であるツインバードストライクでは、逆にこちらがダメージを負ってしまうと二人は考えたのだろう。『いや、だったら俺の方が良いんじゃないか? 俺のサイバスターのスピードなら、横浜まであっという間だぜ?』『残念だがマサキ、お前では横浜に到着するのが何時になるか解らん……白銀大尉、ここは我々で隙を作り、アラド達と共に殿下を離脱させるべきでしょう』流石のマサキも、この物言いに対し反論する。『ちょっと待てよライ! いくら損傷してるからって、俺がそんなにノロマな訳ねえだろうが!』『そういう事を言ってるんじゃない……方向音痴のお前では、横浜に向かったつもりでも他の所へ行きついてしまう可能性の方が高いだろう?』『うっ、ウルセエよ! 大体だな、ここから横浜までそんなに距離はねえじゃねえか! これで迷ったら、ある意味神懸かってるぜ……』『それで迷うのがマサキニャんだよニャあ……』残念な事だが、彼を知る者であればシロの言い分が正しいと誰もが肯定するだろう。目的地に向かった筈が地球を何周回っても辿り着けず、哨戒任務に就いた際には自動で帰還する事が可能なシステムを搭載していたにも関わらず迷子になってしまうほどの人物なのだ。以前、アクセルから“方向音痴と聞いてはいたが、まさか次元の壁すらも破るとはな”とまで言われてしまうほどに仲間内ではそれが知れ渡っている。となれば、彼に悠陽を託すのは、些か不安が残るというライの考えを撤回させる事は難しいだろう。『それに現状でお前に抜けられると、それこそあのフィールドを破る手立てが無くなってしまう。すまないが、ここはアラド達に任せてくれ』『……解かったよ! そう言う事なら納得してやらぁ!!』多少投げやりな態度ではあるが、一応納得してみせるマサキ。作戦が纏まった事により、それぞれが行動を開始する。手始めに武、そしてライの両名がビームで弾幕を形成し、相手の攻撃を封じるというのが作戦開始の合図だった。XG-70はラザフォード場を展開している間は防御に徹するため、身動き一つ取れない状況へと陥る。その隙にアラド、ゼオラの二人がマサキからヴァルシオンのコックピットブロックを受け取り、これで彼らの離脱準備は整った。だが、相手もこちら側の意図を理解しており、そう簡単に事を運ばせてなるものかと手を打って来る。『W13、いつまでその様な雑魚に梃子摺ってているつもりだ!? 離脱しようとしている二機を抑え込め!』『別に自分は手を抜いている訳ではない……だが、こちらとしても彼らを逃がすのは、得策ではないと判断している』『ならば、命令を実行しろ!』『……了解した。MW1551から1555、光学迷彩を解除。背後から奴らを強襲せよ』命令を実行に移すべく、伏兵に指示を出すW13。しかし、彼らもそれを黙って見過ごすつもりは毛頭ない。予め伏兵がいる可能性も視野に入れていたマサキが、ハイファミリアを展開する事でそれを阻止する。その隙を突き、最大戦速でその場を離脱する事にアラド達は成功したのだった―――『―――使えん奴め……まあ良い。ここで貴様等を倒し、邪魔者が居なくなったところでゆっくりと始末すれば良いだけの話だからな……』「残念ですがそうはいきませぬ! 殿下はこの国にとって無くてはならない存在……この国のためにも、貴方の野望は阻止させて頂きます!!」『フンっ、影武者風情がこの私に意見するか……あの小娘がおらずとも、この国が潰える事などありえんよ。この私、そしてこの絶対的な力さえあればBETAなど恐れるに足りん存在だ』「力だけが全てではない! 力だけでは護れるものも護れはしないのだ!!」『所詮貴様もあの小娘と同類か……甘いのだよ、今のこの国に必要なのは絶対的な力だ。力の無い者など淘汰されて当たり前なのだ。この国に存在する多くの難民が良い例だ。奴らはこの国にとって不要なのだよ』「違うッ! 国とはそこに住む人が居て初めて存在するものだ!! そこに居る人々を虐げ、己の欲望のままに統治する場所など最早国とは呼ばぬッ!!」『何も解らぬ小娘が、偉そうな口を叩くなッ!』「解ってないのはそちらであろう! 貴様の言っている事は、傲慢なエゴ以外の何物でもない!!」『お前達のやろうとしている事も、所詮は自らの考えを他人に押し付けようとするエゴに過ぎん! 他者にそれを強いる行いである事に変わりは無いではないかッ!!』「殿下は他者に無理強いをしてなどいない! ましてや、従わない者を無理やり力で押しつけようなんて考えてすらいないのだ!!」互いの主張をぶつけあう二人。根本的な部分で日本という国を護りたいといった想いは同じであるが、主義や思想はほぼ対極の位置に根差している。尤も崇宰の場合は、国を護るという言葉を利用した力による恐怖政治でしかないのは言うまでも無い。今のこの国に必要なのは、他者を従わせるための力ではなく、人々に希望を与え共に未来を歩むための方法。己が欲望のために人々に圧制を強いようとする彼の行いは、何としても阻止せねばならないのだ。「逆賊、崇宰 信政!貴様の野望はここで終わりだ! その様な考え、絶対に阻止させて貰う!!」『何度も言わせるな……この国に必要なのは絶対なる力、そして何者にも屈する事のない強者のみ……貴様ら煌武院家の者が強者でなどあってたまるものか!』「クッ、この分からず屋め! 姉上は強者であろうとなどと考えてはいない!!」『黙れ黙れ黙れぇぇぇっ! 貴様ら煌武院の者は、古来より常に五摂家の上位に立ち続けてきた。本来将軍という立場は、皇帝によって任命される称号の筈だ。だが貴様等は、皇帝に近しい一族というだけで他に優れた者が居たにも関わらず将軍としての地位を得続けている……それは決して許されるものではない!!』「な、何を……?」『あの時もそうだ……BETAによって京都が陥落され、先代の煌武院家当主が死んだ際、次に選ばれる者があんな小娘だった筈が無い』「本来選ばれていたのは自分だ……そう言いたいのかアンタは?」『その通りだ! 煌武院 悠陽、そしてその影武者を抹殺し、その次は無能な皇帝をも消し去ってくれる……そして邪魔者が居なくなったところでこの私がこの国を、そして世界を制してくれる! それを邪魔する者は全て排除する! そう、排除だ!!』「……くだらねえ。そんなくだらねえ事のためにアンタはこんなことを仕出かしたのか? そんなのただの逆恨みじゃないか!」『黙れ小僧ッ! 貴様に何が解る!?』「解んねえよ! ただ一つ、アンタが思っていたよりも小者だったって事は理解した。そんな理不尽な理由で、これ以上アンタの思い通りになんかさせはしない!!」『もういい……これ以上貴様らと話をしても無駄だ。このXG-70の力を以って、一気に貴様等を殲滅してくれる! ナンバーズどもよ、奴らの動きを封じろ!』崇宰の命を受けた量産型ナンバーズ達は、突如として戦闘を中止し、次々と自爆を開始する。正しくは戦闘を中止した訳ではなく、ヴァルキリーズを含む武達目掛けて特攻ともとれる行動を開始したのだ。ここに来て相手が特攻という手段を用いて来ると予想できなかった彼らだが、動きが直線的である以上、それらに対処する事は容易だったと言える。しかし、こちらから下手に攻撃を仕掛ける事は出来ず、回避に専念せねばならないのは誤算だったに違いない。それこそが崇宰の狙いであり、大半のナンバーズが自爆を終えたころ、彼の目論見は達しようとしていた―――「―――高エネルギー反応!? 不味いッ! 全機、散開しろ!!」『もう遅い! 辺り一帯と共に消滅しろ!!』『そうは行かん! うおぉぉぉぉぉッ!!』「止せ冥夜! 荷電粒子砲の発射に巻き込まれるッ!!」その状況の中、ただ一人彼の思考を読んでいた冥夜。彼女は、XG-70の最大の弱点とも呼べる荷電粒子砲発射の際に生じるフィールド消失の隙を突くべく機会を窺っていたのだ。跳躍ユニットのアフターバーナーを点火し、一気に距離を詰める冥夜の武御雷。その光景を見た武の脳裏に桜花作戦の光景が蘇る―――「―――止めろ冥夜! 頼むから止めてくれぇぇぇっ!!」戦場に響く武の悲痛な叫び。だが、冥夜はその足を止める事無く、更にXG-70に向けて加速する。「貴方の野望はここで終わりだ! 我が剣を以って終止符を討たせて頂く!!」『愚か者め! そのまま朽ち果ててしまうがいい!!』エネルギーが臨界を迎え、ついにその閃光が放たれようとしていた。誰もがもう間に合わないと悟っていた刹那、ここに来て予想外の出来事が起こったのである。発射される筈の熱エネルギーは、砲口に留まるどころかそのまま何処かへと発散してしまったのだ。この機を逃すまいと冥夜は、シシオウブレードを振りかざし、荷電粒子砲の基部を両断する事に成功する。そのまま彼女は、動力炉目掛け一気に機体を切り裂きながら下降し、完全にXG-70を無力化したのだった。だが、その反動でシシオウブレードは真っ二つに折れてしまい、冥夜の武御雷も渾身の一撃を放った反動から地面に膝を突いてしまっている。幸いな事にラザフォード場の展開領域外に居るため、再度フィールドを展開されても巻き込まれる事は無いが、それでも油断は出来ない状況だ。武は急いで冥夜の元へと駆けつけ、彼女と共にその場を離脱する。そして、崇宰本人は何が起こったのかを理解できず、ただコックピット内で驚愕の表情を浮かべていた―――「―――な、何故だ!? 何故この私が……うぐっ、私はこの様な所で死ぬわけには……」相当なダメージを負ったのだろう。コックピット内の計器類が深刻な値を示し、各所で小さな爆発が発生し始めている。脱出を試みようとする彼だったが、何故かシステムが誤作動を起こし反応しない。そんな彼の元に更なる追い打ちを掛けようとする者が居た―――『―――いや、お前にはここで死んでもらう……彼らを巻き添えにしてな』「なんだとッ!? 何を言っているのだW13、その様な冗談を言わず、早く私を助けろ!!」『言った筈だ。お前は既に用済みだと……お前のお陰でその機体のデータは十分に得る事が出来た。ヴィンデル様も喜んでおいでだろう』「貴様ッ! 最初から私を捨石にするつもりで……うぐっ!……なんだ、これは!?」『お前には言っていなかったが、その機体にはもうひとつ弱点が存在している。調整の済んでいない荷電粒子砲を使用した際、ML機関が暴走するという弱点をな……お前も技術将校なら知っているだろう? その機体の主機が暴走すれば、中の人間がどうなるかという事をな……』「クッ、おのれ……貴様らシャドウミラーは最初から……うぅ……うぎゃぁぁぁぁぁッ!!」その叫びは、彼の人物の野望が潰えた事を意味していた。暴走したML機関に巻き込まれた者は、重力偏重に巻き込まれミンチになってしまう。かつて試作段階のXG-70は、有人飛行試験中に暴走を起こし、テストパイロット12名を文字通りシチューにしてしまった事がある。彼らシャドウミラーは、機密保持と情報漏洩を防ぐためにあえてこの部分を改良していない物を崇宰に与えたのだ。そしてW13は、その監視ならびにデータを収集するためにこの場へと足を運んでいたのである。だが、彼はもう一つの任務を帯びていた―――『―――ヴァルキリーマムより各機、敵航空機動要塞を中心に巨大な重力異常が発生! 全機、直ちにその場から離脱して下さい!!』その光景をモニターしていた夕呼は、その現象が一体何であるかという事実を察していた。『全員そのまま聞きなさい。恐らく今起こっている現象は、XG-70の主機関であるML機関が暴走を始めているに違いないわ。あれが爆発してしまえばそこら一帯は一瞬で消し飛ぶに違いない……脇目も振らず、最大戦速で離脱しなさい!』「副司令、それほどまでに強力な物なのですか?」『規模の予想は大まかな物でしかないわ。あの機体に搭載されているG元素の量がどれ程の物か判らないけど、アタシが知っているあれと同等のスペックを有していたとして仮定すれば、臨界状態のあれが爆発すれば明星作戦で使用されたG弾なんか目じゃないわね……佐渡島ぐらい消滅させる事が可能な威力よ』「そ、そんな……」『解ったなら全力で退避なさい』沈黙していた筈のXG-70を中心に、揺らぎ始める空間。そしてメキメキと鈍い音を立て、それらはその揺らぎに飲み込まれていく―――「ヴァルキリーリーダーより各機、聞いていたな? 急いで現戦域から離脱しろ!」『駄目です大尉、今から退避したのでは間に合いません!』「諦めるなッ! 泣き言を口にする前に行動しろ!!」急ぎその場から撤退を開始するヴァルキリーズと武達だったが、先の戦闘による損傷は予想以上に酷いものだった。特に冥夜の武御雷は、片方の跳躍ユニットが欠落しており、本来の巡航速度が出せない状態でいる。それを補うため、武の改型に手を引いて貰う形で離脱を試みているのだが、それでも離脱可能かどうか微妙なところだった。そんななか、ついにXG-70の爆発が始まってしまう。黒い球体状の物が徐々に周囲へと広がり始めるが、何故かそれは一瞬のうちに消滅してしまった。「なんだ? 一体どうなって……ッ!?」球体が消滅した次の瞬間、その場に一つの影が飛来する。それは先程彼女達が相手にしていた部隊の指揮官機であり、その手には見慣れぬ何かが握られていた。「おい、そこの貴様! 一体それで何をするつもりだ!?」『その質問に答える義務は無い……』「クッ、ヴァルキリーズ各機、すぐにあの機体を撃墜しろ! 奴にあれを撃たせるなッ!!」W13が行おうとしている何かに対し、それが危険な物だと伊隅は判断した。言うなれば直感に等しいものだが、この状況においてあのような行動に敵が出るという事は、こちら側にとって不利な事が起こるに違いないと考えたのだ。しかし、彼女の叫びも空しく発射される一発の砲弾。それは先程の黒い球体と同じような輝きを放ち、それが消失した場所へと到達してしまう。『さあ開け、次元の扉よ! いずれ我等を新たなるフロンティアへと導くためにッ!!』その声に呼応するが如く、大地は閃光に包まれるのだった―――あとがき第65話です。前回、なるべく早くアップすると言っておきながら、またもや一月近く間が開いてしまい本当に申し訳ありませんでした。今回は冥夜無双?とでも言ったところでしょうか?一応これでクーデター編は終了となります。次回は12.5事件のエピローグ的な物と新展開へ向けての序章です。大幅にオルタ本編の内容を改訂してしまった事は否定できませんが、御容赦願えればと思います。それでは次回を楽しみにお待ち下さい。