Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION第72話 A-01新生《Marimo side》あれから数日が経過し、私は今日も訓練兵たちの教練を行っていた。実戦を経験したとはいえ、彼女達は私から見てもまだまだひよっ子でしかない。確かに彼女達は死の8分を生き抜き無事に生還したが、ただそれだけだ。初出撃後と言うのは浮足立ちやすく、こういう時こそ気を引き締め直さなければならないと言える。そう言う事もあり、訓練内容は更にハードなものとなっていた―――「―――どうした、足が止まっているぞ! 実戦で萎縮したか! 常に二機連携を意識しろ! ポイントDから再度やり直しだ!!」『『「り、了解!」』』クーデター終結後、私が夕呼に見せられた命令書の内容、それに関しては反論する事しか出来なかった。まだ正式な発表は行われていないが、既に彼女達の任官は決定事項となっている。今のこの世界の情勢を鑑みれば、遊ばせておける衛士が居ない事は明らかだ。しかし、今回の任官に関しては、正直言って異を唱えたい。このひと月ほどの間、確かに彼女達は驚くほどの成長を見せたと言っても良いだろう。だが、先程も言った様に彼女達はまだまだひよっ子だ。このまま戦場に出てしまえば、どうなってしまうかは容易に想像がついてしまう。以前夕呼に『流石に教え子には情も移るかしら?』と言われた事があった……正直に言えば、彼女達に情が移っている事は否定できない。無論、それは彼女達だけが特別という訳ではないのも事実だ。私がこれまでに育て上げてきた子供達、その全てに本心を打ち明ける事は無かったが、少しでも長く生き延びて欲しいと願っていた。それは、彼ら彼女らに対しての情と呼べるものがあったからだろうと思う。「何を遠慮している! お友達感覚のいたわり合いなど、戦場では死を早めるだけだ! 貴様らは状況を動かすだけの歯車に過ぎん! 全体を活かす事だけを考えろッ!!」『『「―――了解ッ!!」』』やはり、先日からの一件がまだ尾を引いているのだろう。訓練内容を厳しくしているとはいえ、少しばかり全体の動きがぎこちない。今日の、いや、ここ数日の訓練に全員が参加していない事も原因の一つなのだろう。御剣の件はこの際除外するとして、やはり問題なのはC小隊の彼らの存在だ。以前より私は、つくづく疑問に思っていた事がある。他の訓練校より異動という形でこの横浜基地に配属された新人。しかし、蓋を開けてみれば新人とは名ばかりで、下手をすればベテラン衛士に匹敵するほどの実力を備えた者たちだった。特に実機の教練に入ってからは、それらの差が明確に現れている。そして何よりも、先日のクーデターでの出来事が、私の疑問を更に大きなものにしていた―――「―――ずいぶん熱が入ってるわねえ」そんな私の思考は、突然この場に現れた彼女によって現実に引き戻される。「副司令……この様な場所に来ていてよろしいのですか?」「別に現場の邪魔しやしないわよ。アタシはただの気分転換」「そうですか……」余裕の表情を浮かべる夕呼に対し、私はわざとらしく大げさに溜め息を吐いて見せる。だが、彼女はそれに対し、特にこれと言った反応は示さなかった。「だいぶ急いでるみたいね……今の内にやれる事はやっておきたい……ってとこかしら?」「……予定がだいぶ変えられたみたいですから。本人達は喜ぶかもしれないけれど、こっちとしてはまだまだ不安要素だらけだもの……」「……まるっきり母親の言い草ねぇ。元教師志望としては、教え子の将来は気になるのかしら?」その辺の適当な椅子に腰かけ、夕呼がそう呟いている。彼女の言う事を否定し、教え子の将来が気にならないとは言えない。それを否定する事は、今やっている事の意味が無くなるからだ。「……ただの教師だったら、あの子達をこうして死地に向かわせる事はなかったでしょうね……今のあの子達は、実戦のショックが抜け切れていないわ。一人で思いつめていたら自滅しかねないもの……今は何も考えない方がいい」夕呼から視線を外し、モニター越しに彼女達を見ながら私はそう答えていた。これが嘘偽りない今の私の本心だ。過去に自分も、実戦でのショックから立ち直れず、ずっと自分を追い込むことで道を見つけようと足掻いていた。一歩間違えれば、彼女達もそうならないとは言い切れない。ならば、彼女達が任官してしまう前に、私に出来る事をしよう。短い時間の中で教えれる事を教え、伝えなければならない事を伝える。それこそが今の私に課せられた使命であり、彼女達に対してしてやれる最後の教えなのだから―――「―――それはあの子達だけに言える事かしら?」「……どういう意味?」「そのまんまよ。アンタってば昔から何かあると色々溜めこんじゃうでしょ? 一人で悩んで一人で足掻いて……まあ、最終的に自分で解決しようとするから別にいいんだけど」「随分と遠回しな物言いね? どうせ貴女に聞いたところで、答えてはくれないんでしょう?」「そりゃ当然でしょう。一応C小隊の件は、機密事項なんだもの……と言いたいところだけど、アンタにだけは話してあげるわ」「……どういう風の吹きまわし? 貴女がそんな事を言い出すなんて……」彼女との付き合いはかなり長い方だが、ハッキリ言ってこんな事は初めてだ。いつも何かしらの理由をつけて誤魔化されていた事の方が多いなか、目の前の彼女は私の疑問に対する答えをくれるという。それと同時に、それを知って良いものなのかどうかという疑問も生まれていた。「別に深い意味はないわよ。ただ、直に明らかになる事だし、アンタ自身も知っておいた方がいいだろうと思っただけよ」ニヤリと笑みを浮かべ、こちらを見据える夕呼。恐らくこれは本心なのだろう。そして、こういう表情をしている時の彼女は、何か好からぬ事を企んでいる時の顔だ。「まあ、とりあえずこれを渡しておくわ」そう言って彼女は、懐から一枚の封筒を取り出した。そしてそれを読むよう私に催促し、私の出方を窺っている。その間、終始ニヤついた表情は変わらない。だが、私の表情は一変していた―――「―――これは一体どういう事です!?」「どうも何も、アンタ当てに送られてきたモノよ。ちなみにこれは既に決定された事、アンタに一切の拒否権はないからそのつもりで……さて、話しを続けましょうか?」思考が追い付かない……それが今現在の私の心境だった。何故この時期に、そしてこのタイミングでこの様なものが送られてくるのか?目の前の彼女に反論しようにも、正式なルートで通達されたそれを覆す事は出来ない。今一度それを読み返してみるが、何度目を通しても表記ミスという訳ではないだろう。そこに書かれていたものは、『207訓練小隊の任官を以って、神宮司 まりも軍曹の教官職を解く』というものだったのである―――《Takeru side》再び夕呼先生に呼び出された俺は、いつも通り執務室を目指していた。こうして毎度の事ながら急に呼び出されている訳だけど、日に何度も呼びだされるのは正直言って面倒だ。だけど本人に直接文句を言う訳にもいかず、不満を言いつつも従っている。「それにしてもなんだろうな? 今朝会った時は、別に急ぐ案件も無いって言ってたんだけど……」エレベーター内で一人そう呟いてみるが、返ってくるのは機械の音だけ。まあ、誰かに答えを求めて呟いた訳じゃないから、当たり前と言えば当たり前だ。そうしている間に地下19階に到着し、ドアが開くと直ぐにまたいつものドアが見えて来る。このドアを開くには、登録されたカードキー以外に解錠する手立てはない。セキュリティのためとはいえ、やはり面倒な事には変わりなかった。そのまま無機質な廊下を抜け、執務室の前にやって来た俺は、軽くドアをノックして入室の許可を得る事にする―――「―――先生、白銀です」『ああ、入っていいわよ』こういうやり取りもいつも通りだ。とりあえず中に入った訳だが、流石に今回ばかりは驚かされた。室内には俺を含めて6人、先生と俺を除いたそのうちの二人はA-01にて中隊長を務めている伊隅大尉とキョウスケ大尉だ。そして後の二人……それは国連軍の制服に身を包んだ“月詠 真那”中尉と俺が良く知る人物だった。月詠中尉が斯衛の制服じゃない事には、勿論驚かされている。だけど、それを上回る勢いで最後の一人の存在に、俺は文字通り驚愕していた―――「―――純夏……?」「御無沙汰してます白銀大尉」「えっ?」そして俺は、これで何度目になるか数えるのも面倒なぐらい驚かされる。俺の目の前に居るのは、紛れもなく“鑑 純夏”だ。子供の頃からの幼馴染であり、絶対に見間違える筈はない。その純夏が、真面目な顔をして俺に敬語を使っている状況なんて、どう考えてもあり得ないだろう。「何を呆けてるの? 話があるんだから、アンタも早くこっちに来なさい」「あ、はい……」俺のそんな考えは、先生の一言で中断された。とりあえず今は、深く考えるよりも先生の話に集中すべきだろう。ここに居る人間が俺と純夏、それに先生だけならさっきの疑問を問い詰めていたかも知れない。だがそれは伊隅大尉やキョウスケ大尉、それに月詠中尉が居る以上、得策ではないと考えたからだった。「さて、これでやっとA-01の隊長が集まった訳だけど、以前から言っておいたように明日の午後、正式にA-01を再編する事が決定したわ。それに伴い、三つ目の中隊長を白銀に任せる事にしたんだけど……伊隅と南部、別に問題はないかしら?」「ハッ! 私は異論ありません」「自分も伊隅大尉と同じです」「まあ、それに関してはアンタ達も反論する理由も無いでしょうね。今回集まって貰ったのは、その事を改めて通知する事と、同中隊へ帝国斯衛軍から出向して来たメンバーを紹介するのが主な理由よ。それじゃ二人とも、後はお願いね」『「はい」』先生にそう言われた月詠中尉と純夏は、俺達三人に簡単な自己紹介を始めた。俺が隊長を務める事になっている部隊は、横浜基地、帝国軍、そして斯衛軍のメンバーから選出される事になっている。以前そう聞かされていたが、こうして改めて聞かされると不思議な気分だ。そしてここで初めて俺の隊の副隊長が、月詠中尉だという事を知らされた。「月詠中尉を副隊長にした理由は、経験豊富な人材であるという事が一番の理由よ」「勿体ないお言葉です副司令」「ああ、私に対してそう言うのは無しでいいわ……さて、話を戻すけど。そこに居る鑑は、現在私が推し進めている計画に必要な人材……ここまで言えば解るわね?」先生のその問いに、その場に居た皆は無言で返している。それは即ち、オルタネイティヴ計画に関する事だと誰もが解っているからだ。元々A-01は『オルタネイティヴ計画第1戦術戦闘攻撃部隊』もしくは『特殊任務部隊A-01』とも言われるように、香月博士直属の非公式実働部隊として存在している。第四計画完遂の為に存在する専任即応部隊である以上、その隊長ないし副隊長格の人間にはある程度の情報は与えられていた。無言でそれを返すという事は、今更聞く必要がない事を示しているからだろう。「さて、再編成に伴い、配属される人員だけど……これは新設部隊の方を優先させて貰うわ。伊隅の所には悪いけど、我慢して頂戴」「何となくですが、そうなるのではないかと考えていました。その分、新型を都合して頂いていますので問題はありません」「なら良いわ。南部の所は、今まで通りの編成よ。何か問題はある?」「いえ、自分の所も問題はありません」「そう……ところで機体の方はどうなってるのかしら?」「早ければ今日、遅くとも明日には自分とエクセレンの機体は再稼働可能です。ですが、完全に仕上げるにはテストを含め、まだ時間を要します」「その辺りはアンタ達に任せるわ。それと白銀の部隊だけど、現状での装備は間に合わせになってしまうのよ。と言っても機体は不知火だから安心して頂戴」「今のあいつらなら、不知火でも十分過ぎるくらいですよ。どうせ最初の内は、機体に振り回されるだけでしょうからね。その分、月詠中尉と一緒にしっかり鍛えてやりますから」「アンタ自身も、月詠中尉の足を引っ張らないようにね……では、大まかな話はこれで終わりよ。後は各自、自分達の隊に割り振られたブリーフィングルームで今後の事でも話して頂戴」「ハッ! 了解しました」その後、いつものやり取りが行われ、俺達は部屋を後にした――――――そこからブリーフィングルームに到着するまでの間、俺達は終始無言のままだった。執務室を出た直後、さっきから色々と気になっていた俺は純夏にそれを聞こうとしたが、後にして欲しいと言われたのである。「あ~、緊張したぁ~」部屋に入室した直後、開口一番に純夏が発した言葉はそれだった。ここで初めてその理由を聞かされた訳なんだが、それについて俺は呆れたと言うか感心したと言うか……「……だって、タケルちゃんや夕呼先生以外に、月詠中尉や伊隅大尉達も居るんだよ? そんななかで、いつも通りに接するなんて出来る訳無いじゃない。上官の前じゃ言葉遣いには気をつけなきゃいけないんだよ?」「ったく、そんな理由だったのかよ……」「ま、まあ武様、純夏様を責めないであげて下さい。元々私が前もって注意した事が原因なのですから」「別に責めてなんていませんよ。単にショックだったって言うかなんて言うか……というか中尉、なんで純夏に対してまで敬語なんです?」「純夏様は我が主君である悠陽様、そして冥夜様の御友人とお聞きしております。故に武様同様、普段は敬称を用いて御呼びしているのです」「前にも言いましたけど、俺にはそういうの必要ありませんよ。それと、純夏に対してはもっと必要ありません。こいつは少尉なんですから」「そう言う訳には参りません」「……まあ、そう言うと思いましたよ。ですけど、本来なら軍人としての階級は中尉の方が上なんです。そういった点は弁えて下さいね?」「それは承知しております」「それをタケルちゃんが言うかな……今だって中尉に敬語使ってるし、自分の事は棚に上げて……」毎度のことだけど、こいつはこうやって直ぐに調子に乗りやがる。ではどうするか……まあ、いつも通り黙らせればいい訳なんだけど、そうするとお返しに例のパンチが飛んでくるのは確実だ。昔の純夏ならまだしも、衛士としての訓練を積んだこいつにあんな物を食らっては、流石の俺も命が危うい。「ああ、俺が悪かったよ。今後は気をつけるから、それくらいで勘弁してくれ」「……」「なんだよ? 俺なんか変な事言ったか?」「タケルちゃん、大丈夫?」学習した俺は、とりあえずツッコミを入れずに返してみた。だけど純夏から返って来たのは、驚きを浮かべながらも心配する表情だ。とりあえず、『何が?』と返してみたんだが……「つ、月詠中尉、大変です! タケルちゃんがおかしくなってます!!」「……何処がどうおかしいのです? 私には武様が変な事を言っているようには思えないのですが……?」「絶対に変なんですよ! だってタケルちゃんが私に対して自分の非を認めるなんて、絶対にあり得ないんですよ!?」「そうなのですか? ですが、幼馴染である貴女様がそう仰るのでしたら……」「ちょ、ちょっと待てぇ! 何故そうなる!? と言うか月詠中尉! 純夏の言う事を真に受けないで下さい!!」「す、すみません」「ムカッ! それってどういう意味さ!」「どうもこうも、そのままの意味だろ! ったく、人が下手に出りゃお前はいつもそうやって調子に乗りやがる!」「ま、まあ、お二人とも落ち着いて……」突然の事に月詠中尉がオロオロとしながら俺達をなだめ様としているが、生憎俺と純夏もそれが視界に入っていない。売り言葉に買い言葉、まさにそんな状況だ。「お前さっき、上官の前じゃ言葉遣いに気を付けないといけないって言ってたよな? 今お前の目の前に居る俺は、一応お前の上官に当たる訳なんだが?」「都合が悪くなると、すぐそうやって人の上げ足を取ろうとする! ズルイよタケルちゃん!!」「どっちがだよ! お前こそ調子に乗んな!!」「お、お二人とも、お願いですから……」『「月詠さんは黙ってて下さいッ!」』とまあ、こんなやり取りが続いていた訳だ。だが、最後の一言が不味かった……ああ、本当に不味かったんだよ。気付いた時には、既に遅いって事あるだろ?まさにそうとしか言いようがなかったんだ―――「―――ええい、いい加減にせんか鑑少尉!」今まで見た事の無いような形相で純夏を睨むその姿は、正直言ってもの凄い迫力だ。ここまで凄い迫力で相手を睨んだところを見た記憶は、正直言って無かったと思う。平和な世界での月詠さんがキレた所も記憶にあるけど、あれとはまた別次元のものだといえる。「いいか、鑑少尉!」「は、はいっ!」「確かに貴様は白銀大尉と幼馴染なのかも知れん。だがな、ここが軍隊である以上、最低限の節度は守らねばならん。なのに貴様は、言うに事を欠いて自身の非礼を詫びた大尉をあのように言うなどと……」「で、でも……」「ほう、これだけ言ってもまだ解らんようだな? 貴様は訓練校で何を学んで来た!? そう言う愚かな物言いをするよう、教官から教わったのか!?」「い、いえ、すみませんでした! 今後は気をつけます!!」「解ればいい」これだけの迫力で迫られれば、例え純夏でも素直に自分の非を認めざるを得ないだろう。しかし、ここで中尉の話は終わらなかった。「……それから白銀大尉」「は、はい!」予想通り、その矛先はこちらに向かって来たのである。だが今度は、先程とは違った表情……いや、これは違うな。どちらかと言えば、顔に出さないようにしているが、心の内では怒っているといった方が正しいだろう。「先ずは、大尉を差し置き、鑑少尉に注意を促した事を謝罪させて頂きます。確かに鑑少尉も調子に乗り過ぎて居たでしょう……ですが、貴方はこの隊を預かる御身分。それが部下と同程度の言い争いをしてどうするのですか? 隊長とは、皆の模範になる事も課せられる責任の一つなのです。にも拘らず、貴方は……」「申し訳ありませんでした中尉! 今後は中尉の仰るよう、務めさせていただきます!!」「……お解り頂ければ良いのです。ですが、私も言い過ぎました。今後は部を弁えて発言するよう心掛けます」『「いえ、こちらこそすみませんでした!」』二人の声が、これでもかと言わんばかりに揃っていたのは言うまでも無い。これじゃどっちの階級が上かどうか判らないが、ここまでの迫力で言われてしまえば反論出来ないだろう。この一件で何となくだけど、夕呼先生が中尉をこの隊に加えた理由が解った気がした。恐らく彼女は、こういった時のブレーキ役なんだろう。確かに俺達は、軍人としての知識や振る舞いに関しての教育は受けている。とはいえ、隊員全てが二十歳にも満たない者ばかりで構成されていては、歯止めの利かなくなる時が来るに違いない。それを見越し、先生は年長者である彼女をここに配属したんだろう。「月詠中尉、本当にすみませんでした」「いえ、私も調子に乗り過ぎました。今は武様の部下であるというのに、上官にあのような口を聞くなど、本来ならば許されるものではありません」「そんな事はありませんよ……俺はまだまだ未熟です。ですから、今後もこうやって駄目なところを指導して下さい」「私がですか?」「そんなに難しく考えないで下さい。副官とは、本来上官を補佐し、不在の時は隊を預かる身分です。ですから、俺の至らない点について、フォローして貰えると助かるんですよ」「なるほど、そう言う事でしたら……解りました。私もまだまだ不肖の身ですが、謹んでお受けいたします」「ありがとうございます」その後、俺達の会話を聞いていた純夏が、ずっと驚きの表情を浮かべていた。でも、何かを察したんだろう。気付けば笑顔を浮かべ、『私も頑張るからね!』と一人張り切っていたのだった――――――その日の夕方、ついに武御那神斬が横浜基地へと搬入されて来た。格納庫では整備班の人間が慌ただしく動き回り、あちこちで様々な声が上がっている。そんななか俺は、格納庫のガントリーに固定された機体を眺めていた。「武御那神斬、か……まさか、またこいつに乗る事になるとは思わなかったよな」「まあ、本来なら斯衛軍が開発した試作機だからね。開発衛士をやってた私が言うのもなんだけど、よくこっちで使う許可が下りたな~って思うもん」「確かにそうだな。夕呼先生が言ってたけど、帝国軍側はかなり難色を示してたんだろ?」「一部の人達……って言うか、崇宰元大将の近しい人たちがね」「なるほどな。そりゃそう言う奴らから見れば、この機体を横浜基地で使われるのは納得いかねえだろうな」「ホント、無茶苦茶言うんだよあの人達……まあ、最終的には後を引き継いだ斉御司大佐が上手くやってくれたんだけどね」「斉御司大佐……? 誰だそれ?」「五摂家の人だよ。斉御司家の現当主……それがね、すっごく綺麗な人なんだ~。超が付く程の美人でスタイルも良し、それでいて凄く気さくな人なんだよ」「へぇ~、そいつは凄いな」「でしょでしょ? 女の私から見ても、あの人は憧れだよ~」五摂家の人が気さくねぇ……とてもじゃないけど、俺には想像がつかないっていうのが本音だ。まあ、俺の知る人物が基本的に真面目すぎるってのが理由なんだが、十人十色って言葉があるように中にはそんな人もいるんだろう。そんな事を考えながら、俺は今一度武御那神斬を眺めていた。「とりあえずの処置として、今日中にXM3の搭載と新型CPUへの換装を行うんだってな」「うん、その後で主機の換装と外装モジュールの交換、各種追加装備の実装って聞いてるよ」「追加装備……? そんなのがあるのか?」「タケルちゃんってば、夕呼先生から何も聞いてないんだね……本来は来たる第四世代機開発用のテストベッドになる予定だった機体を、態々ワンオフの専用機に仕様変更する事になったんだよ。お陰で当初の計画は、本当の意味でお蔵入りになったんだもん」「うへっ……そりゃ帝国軍側も渋る筈だわ」「だよねぇ……」「それにしてもワンオフの専用機か……って、ちょっと待て! 話から察するに、この機体は俺の為に態々用意された上にワンオフに仕様変更されるってのか?」「……今更それを言っちゃうかな? 斉御司大佐もそうだけど、これに関しては殿下もかなり骨を折ってくれたんだから感謝しなきゃだめだよ?」「……ああ」「もうっ! そんな適当な返事して……本当に解ってるの?」俺は改めてこの機体がここに来た経緯、そして多くの人の願いが込められた物なのだという事実を知らされた。だが、正直に言うと、かなり複雑な思いだ。斉御司大佐って人がどんな人物なのかは判らないが、殿下までもが俺の為に動いてくれている。これは下手をすれば、彼女自身の立場すら危うくなりかねないといえるだろう。一個人の為に国のトップがそこまでの事をやってのける……これは即ち、個人的な感情で自らの力を行使したとも取られないからだ。しかし、そんな考えは後からこの場に現れた人物によって払拭される事になる―――「―――純夏様、武様はきちんと理解されていると思われます。ただ、他の事に関して、気掛かりな事が御有りなのでしょう」「月詠中尉……俺の考えてた通り、問題が無かった訳じゃないんですね?」そう言った俺に対し、中尉は黙ってうなずく。「ですが、それらの問題は全て解決されております。この機体を貴方様に託された方々の想い、それらを無駄にせぬ事が何よりの恩返しとなる事でしょう」「……そうですね」後で知った事だが、この機体を俺に託すにあたり、多くの人が力を貸してくれたらしい。殿下や斉御司大佐は言うまでも無く、これまでに全く接点の無かった他の五摂家である九條家、斑鳩家の現当主、斯衛軍大将である紅蓮閣下、そして昔御世話になった巌谷中佐などが賛同してくれたそうだ。何よりも煌武院家を除いた四つの摂家の内、三つまでが了承してくれている以上、無下には出来なかったという事なんだろう。「それにしても、タケルちゃんって何気に凄いよね?」「まあな……って言いたいところだけど、全然凄くねえよ」「でもさ、崇宰家を除いた五摂家全部が味方してくれてるんだよ? これってつまり、元枢府そのものが一個人を評価してるのと同じって事じゃない」「……なあ純夏」「何、タケルちゃん?」「お前……今日はいつもと別人みたいな台詞ばっかじゃないか? ひょっとして、なんか変な物でも食ったんじゃねえだろうな?」「なっ!? なんでそうなるのさぁ!!」「いや、だってさ。その言い回しとか、小難しい知識とか……どう考えてもお前がおかしくなったとしか思えねえんだよ」「ちょっと、真面目な顔してそんな事言わないでくれる? これでも私、斯衛軍の訓練校を卒業してるんだよ?」「あ、そっか……悪い、すっかり忘れてた」「もうっ! 酷いよタケルちゃん!!」純夏がこうやって改めて色々な知識を披露すると、別人かと疑いたくなるのも無理はない。月詠中尉が言うには、これは目標を持って必死に努力した結果と言う事らしい。そう言えば冥夜も言っていた……『目的があれば人は努力できる』と。つまり純夏もまた、そう言う想いを胸に努力した結果がこれなんだろう。俺はそう結論付けると、純夏に改めて謝罪していた。その時、月詠中尉が複雑な表情を浮かべていたような気がしたが、あれは一体何だったんだろうか?《Kyousuke side》俺達は現在、機体の調整を行うべく90番格納庫を訪れていた。ここ数日、副司令より何か指令を与えられない限り、こうして作業を続けている。その甲斐もあり、俺のアルトとエクセレンのヴァイスはある程度の修復が完了していた―――「―――ようやく形になって来ましたね大尉」「ああ、偶然G系フレームやその他のPT関係の部品が手に入っていたとはいえ、しっかりと費やせる時間が無かったからな」「その点は仕方がないですよ。自分達は専門家じゃありませんし、使える設備も限られてるんですから」「確かにそうだな」ブリットの言うとおり、俺達は機体の整備に関しては素人に毛が生えた程度の知識や技術しか有していない。これが整備兵からパイロットに転向したタスクやリョウトであったならば何の問題も無かっただろうが、例え彼らが居たとしても負担を強いる事になっていただろう。現状でのアルトは、シャドウミラー前線基地より鹵獲したナハトや量産型ゲシュペンストMk-Ⅱからパーツを供給させることで八割程の修復が完了している。残り二割は、交換できなかった補修部品や細かな調整と言ったところだ。これはエクセレンのヴァイスも同じ状態で、無い物強請りをしても仕方がない。ただ問題なのは、この状態で戦闘が行えるかという点だ。確かに見た目はほぼ問題も無く、動かすだけならば大丈夫だろう。だが、あくまで応急処置、しかも専門家では無い人間による修理だ。いざ戦闘を行う事になった場合、どうしても不安が残るのは否めないというのが本音だった―――「―――キョウスケ大尉、ブリットさん! 隣の格納庫で変な物を見つけたッス!」俺の思考を中断するかのように耳に入るアラドの声。姿を見ないとは思っていたが、聞けば使える物資が無いかを調べているうちに、隣の格納庫へと入ってしまったらしい。「駄目よアラド君、勝手に隣のお部屋に入っちゃ……マーサじゃあるまいし、道にでも迷ったの?」「唐突に俺を話の引き合いに出すんじゃねえ! ここ最近は道に迷ったりなんかしてねえよ!!」「そりゃまあ、オイラ達が道案内してるからニャあ……」「なるほど、じゃあ大丈夫よね。それはさておき、あんまり不用意に色々な所に行っちゃダメよ? 最悪、問答無用で銃撃されても、お姉さん知らないんだから」「うげっ! そ、それは勘弁してほしいッス!!」「エクセレンの言うとおりですの。もしも万が一、隣の格納庫にある物が重要機密の塊であれば、それを護るためのトラップが設置されているとも限りませんし」これに関しては、強ち冗談とも受け取れない。実際の所、ここは第四計画実行の為の中枢ともいえる場所だ。過去にスパイなどが侵入を試みた事もあるらしく、施設内部の重要個所にはそういった仕掛けも施されているらしい。「それで、一体何を見たんだ?」「でっかいコンテナッス。何が入ってるのかは分かりませんでしたけど、結構大きな物でしたよ?」「かなり頑丈そうな造りで、しっかりと封がしてあったんだ。ひょっとしたらかなりヤバい物なのかもしれねえな……」「何だリュウセイ、お前も一緒に行っていたのかよ?」「いやぁ……最初は止めようかとも思ったんだけどよ。もしかすると、まだ見た事の無い戦術機とかがあるかもって思ってつい……」「呆れた奴だ。お前といいアラドといい、もう少し考えてから行動すべきだろう。もし何かあった場合、責任者として大尉が副司令に色々と言われる事になるんだぞ?」「今度から気をつけるって……ところでライ、R-2の方はどうなんだ?」「やはりプラスパーツの修復は不可能だな。何とかしたいところだが、こればかりはどうにもならん」先のクーデターにおける戦闘で、今のところベーオウルブズに大きな損傷を受けた機体は無い。しかし、戦闘が行われればそれに伴う消耗により、交換しなければならない部品は数多く存在している。それらが一番深刻なのは、ライのR-2パワードだった。元々SRXへ合体するために複雑な変形機構に加え、重火器を扱う事もあり、メンテナンスは大変の一言に尽きる。中でもプラスパーツは専用装備であり、粒子兵器を内蔵している事も難点の一つだ。マオ社共通規格のパーツを用いれば、ただのPTとしての性能は維持できるが、プラスパーツだけはそうも行かなかったのである。そう言った事から暫くは、プラスパーツ無しでの運用を考えなければならないだろう。「何だかんだで一つの問題が解決したら、今度は別の問題が急浮上……ホント、うちの部隊って大変よね」「いつもの事ですけど、確かに大変ですよね」「大変と言えばクスハちゃん、貴女達の方こそ大丈夫? まだ、色々と悩んでるんでしょ?」「そうですね……正直言って、皆とどう接したらいいんだろうって悩んでます」「私もクスハ少尉と同じ意見です。いくら任務だったとはいえ、私達は皆に嘘を吐いていた事になりますから……」「ようやく良い関係を築けていたのに、また元通りになるかも知れないって考えてしまうんです」訓練兵達と行動を共にしていたブリット達……その中でもクスハとラトゥーニ、ゼオラの三名は特に悩んでいる様子だ。明日、207B訓練小隊の解隊式が行われる。そしてその後の行われる任官式のあと、彼女等が配属されるA-01でミーティングが予定されているのだが、そこで香月副司令はブリット達の正体を明かすらしい。尤も俺達が異世界から現れた事は伏せる事になっており、彼らはとある事情から訓練部隊に配属された正規兵だと伝えるという事だ。とある事情というのを聞かされていない事もあり、彼女達が不安に駆られてしまうのも当然だろう。「ならば所詮、貴様等の関係はその程度の物だったという事だ、これがな」「つまり、相手を信頼しなければ、自分達も信頼される筈はない、という事だ」「二人とも、頼まれていた別件は終わったのか?」「ああ、先程香月に資料を渡して来たところだ」「それにしても、絶妙のタイミングで現れたわね……実は、ここぞという時のタイミングを見計らってたとか?」「偶然だ。そんな事よりもキョウスケ……雑談していたところを見るに、休憩中なのだろう? 少し俺に付き合え……」最近、アクセルはこうして俺を誘い出すケースが増えてきた。理由は様々だが、主に今後の事に関するやり取りや他人に聞かれたくない話をする場合が多い。このタイミングでという事は、恐らく後者だろう。俺は奴に了承した旨を伝えた後、皆に適当に切り上げるよう指示を出し格納庫を後にする事にしたのだった―――