「「「うわぁ...」」」
それを見たアオとルリ、ラピスの3人はそんなため息にも似た声を漏らす事しか出来なかった。
3人がやってきたのはモルディブ共和国。
お盆を利用しての旅行であるのだが、ただの旅行ではない。
「「「「「うおおぉぉぉぉ!!!!!」」」」」
ネルガル主催、三泊五日の社員旅行である。
それもサセボドックの全員+その家族対象での社員旅行がお盆休みついでに敢行されているのだ。
人数が人数な上にネルガルからもかなりの資金が出ているとはいえ、それぞれの予算の都合があるので目的地が幾つか設定されている。
その一つがアオ達が来ている、インド洋に浮かぶリゾート地モルディブである。
ここには総勢で50名程の人数で訪れていた。
何故ネルガルにこんな事が出来ているのかには理由がある。
まず1点はネルガルの業績がいいからである。
火星への先行投資を兼ねての技術と資材提供とピースランド王国との提携。
これによって戦争特需といっても過言ではないような利益を得ている。
それに加えて他企業との相転移技術やディストーション技術でのパテント契約による収入もある。
これらがほぼアオとルリ、ラピスによるものである。
そしてもう1点はスキャパレリプロジェクトの進み具合だろう。
元々は出港直前に出来る予定だったのだが、9月半ばまでには完成しそうなのだ。
最後まで残っていた稼働実験もお盆前には終わり、後はそれを組み込んで最終チェックをしてしまえば終了である。
これもアオやルリ、ラピスに加えウリバタケの功績も大きいだろう。
そして最後に組み込む部分の材料が揃うのはお盆明けになる為にこの社員旅行と相成った訳である。
そしてこの旅行にはサセボドックの全員+その家族までだというのだから、アオ達がどれ程ネルガルへ貢献しているのか推して知る事が出来る。
アオ達はマナカやサイゾウを誘ったのだが、サイゾウからはそんな小洒落た所へは気恥ずかしくていけないと断られてしまった。
ウリバタケは家族を呼ぶのを渋ったのだが、アオから呼ばないと連れて行かないと言われてほぼ強制的に呼ぶ事になった。
ハウスリーフと呼ばれる珊瑚に白いビーチ、そこへ居並ぶ水上コテージで家族単位もしくは仲の良い者同士で数日間過ごす事になっている。
そしてアオ達はルリとラピスは勿論の事、アキトとマナカが一緒に過ごす事になった。
周りからアキトが凄い妬ましげな視線を向けられていたのだが、その視線の意味に気付かない所は流石鈍感なアキトである。
アオ達はコテージへ着くとすぐに砂浜へと向かっていった。
到着したのは夜なので、透明度抜群の海を眺める事は敵わなかったが、光を漂わせた果てしなく続く海は引き込まれそうな程綺麗だった。
「凄い綺麗...」
「ほんと透明ですね、すごい」
「綺麗綺麗♪」
しばらく海からの眺めを堪能したアオ達へと声がかかった。
「やあ、アオ君。みんなに喜んで貰えて嬉しいよ」
「本当に綺麗ね...」
アカツキだった。
その後ろにはエリナもしっかりとついてきている。
アカツキ達もしっかりとアオ達についてきていたのだ。
ちなみにプロスとゴートはコテージでのんびりとしているそうだ。
「仕事は大丈夫なの、ナガレ?エリナもいつも大変ですね」
「エリナもここに座ったら?アカツキさんもよろしかったら」
アオは事ある毎にイベントへ顔を突っ込むアカツキに嫌味を言うが、アカツキはどこ吹く風で気にも留めない。
付き合いも長くなり、その大変さがわかるエリナへはその苦労を気遣っている。
「お言葉に甘えようかな」
「えぇ、お邪魔するわね。まぁ、この昼行燈はいつもの事だからそんな大変でもないわよ?
アオさんのおかげで仕事だけはしっかりするんだから。」
アオの言葉に対して気にしないでと返していた。
それからしばらくの間、アオ達7人ではのんびりとその光景を楽しんでいた。
その日の夜は、全員参加のBBQを行う事になっていた。
ここではアオ達を中心に奥様達が集まって下拵えを行っていった。
そして男衆はウリバタケを中心として火の番を行いどんどんと焼いていく。
アカツキの音頭により乾杯をすると楽しげにわいわいと食事が進んでいく。
しかし、そんな中アオが食事に余り手をつけずに海を眺めていた。
そんなアオを心配してルリとラピスが話しかけた。
「アオさん。どうしたんですか?」
「アオ?」
「あ、うん。ウリバタケさんの事でね...余計な事してるのかなって」
ウリバタケの顔にはくっきりと痣が残っていた。
サセボに来てからずっと連絡も取っていなかったウリバタケに対して妻であるオリエは盛大に暴れたそうだった。
それでもしっかりと付いて来ているのだから愛想は尽かされていない。
「...お話ししてみたらどうですか?」
「そうなんだけどね、尻込みしちゃって...」
アオが情けない顔をしていた。
実際に他人の家庭の問題なのだ。
無理矢理呼ばせたのでさえ勝手に踏み込んでいるというのにこれ以上はと考えてしまうのはしょうがないだろう。
「確かにそうでしょうけど、もう関わってしまってるのならとことんまでっていうのも一つですよ?」
「うぅ...そっか、引っ叩かれるの覚悟で行くしかないかな?」
「アオ。頑張れ」
「わかったよ。ルリちゃん、ラピス。BBQ終わったら行ってみるよ」
「陰ながら応援していますね」
「私も応援」
ひとまずやる事は決まった。
それからは気を取り直して、アオとルリ、ラピスは精一杯食事を楽しんでいた。
その後BBQも終わり、ウリバタケは妻であるオリエ、2人の息子と一緒にコテージにいた。
そしてそこへアオが訪ねていた。
「初めまして、テンカワ・アオと申します。セイヤさんにはいつもお世話になりっぱなしで本当に助かっています」
「あ、いえいえ。こんな亭主ですがそんなに役立っているなら扱き使ってやって下さい」
オリエにとっては旦那と離ればなれになる切っ掛けであるアオは会って楽しい相手ではなかった。
しかし、実際に会ってみて少女だという事にまず驚き、その実際の年齢を知って更に驚いた。
それからあれこれと旦那の事を褒めてくれる上、今回の事でも便宜を図ってくれたようで困惑していた。
「オリエさんとは初対面ですが、なんでこんな女性を放っておくのか不思議でしょうがありません」
「どうなんでしょう。私があれこれと煩すぎるのかもしれません。旦那は好きな事を好きなだけしていたいみたいですし...」
そんな二人の会話に挟まれたウリバタケはいつもの元気さが全くない。
針のむしろに立たされているような気分になっているのだろう。
そしてしばらく談笑を続けていたが、ふいにアオが本題を切りだした。
「あの、それでですね。オリエさんにお願いをしないといけないんです。
今の計画中、多分1-2年は旦那さんをお借りしないとならないんです」
「え...そんなになんですか?」
1-2年という長さにオリエが思わず絶句した。
そして、ウリバタケもアオがその話をオリエに振った事に驚き焦っていた。
「ご家族の事ですので私なんかが差し出がましく言うべきではない事は重々承知しています。
ですが、旦那様のウリバタケ・セイヤさんの力がどうしても必要なんです」
アオはそうして頭を下げる。
その行動に二人は困惑して顔を見合わせていた。
ウリバタケはアオが自分の為にそこまでしてくれているという事に。
そしてオリエは旦那の事をそこまで買ってくれているという事に。
しばらく悩んでいたオリエだったがウリバタケへ目線を向けた後おもむろに口を開いた。
「アオさん。どうぞ顔をお上げ下さい。そこまで旦那の事を買って下さってるのに無碍には出来ませんわ。
それにこの人が一度決めたら梃子でも動かないのは承知してますから。精々扱き使って下さい」
「はい。ありがとうございます」
オリエが笑顔で了承してくれた事にアオは安堵の表情を浮かべた。
それからしばらくアオとオリエは談笑を続けた。
「すいません、差し出がましい事しちゃって...」
「あ~、いや。正直驚いたが、またどうしてだい?」
話し合いも終わり、コテージまでアオを送るという事でウリバタケとアオは二人で桟橋を歩いていた。
そこでアオはいきなり出しゃばって話をした事や家族を無理矢理呼ばせた事を謝罪していた。
ウリバタケはそんなアオにどうしてここまでしたのかを聞いていた。
「家族なんですから、大事にして欲しい。ただそれだけです。
理不尽な理由で離ればなれになってしまったり、いくら傍に居てあげたくても居られない状況になってしまう事がありますから。
会えるのにただなんとなくで会わないなんて哀しすぎるじゃないですか...」
アオはアキトの頃を思い出していた。
火星の後継者によって拉致された事、ユリカへ会いたい一心でどんな実験にも耐え抜いた事。
ユリカが遺跡と同化させられた事を知った時の絶望感。自分一人で助け出された時の無念。
ルリが独りになり絶望に暮れている中で会ってやる事も出来ない無力感。
どこかでルリへの贖罪の代わりとしてしまったラピスへの申し訳なさ。
そしてユリカを助ける為に他の総てを投げ出し、破壊する選択をした事への罪悪感。
そんな暗鬱とした感情が溶け込んだ表情は何よりも哀しく重たい物で、決して18歳の少女がしていいモノではなかった。
アオの感情に中てられたウリバタケは全身の血が凍ったようにも思えた。
そして、自分では到底想像も出来ないような事をアオが経験して来たのだろう事。
更に自分がどれだけ幸せだったのかという事を暗に知らされてしまった
しかし、それでも言っておかないといけない事がある。
「確かにここまでうちの事を考えて貰って嬉しいよ。でもな、アオちゃんのやってる事はありがた迷惑でもある」
「そうですね...」
「あぁ、俺はあいつが嫌いで出てきた訳じゃない!」
「え、でもプロスさんが奥さんと別れられるなら地獄でもいいとか...」
ウリバタケはそのアオの言葉に冷や汗を流しつつ、強引に話を進める。
「そ、それは言葉の綾でだな?亭主は元気で留守がいいと言うじゃないか、あいつが家を守ってるから俺は安心して好き勝手出来るんだ!」
「...へぇ、それはそれは。では、やっぱりウリバタケさんはオリエさんの事が好きなんですね?」
「あ、そ、それはだな...」
「どうなんですか?今は誰も聞いてませんよ?」
「そ、そりゃ口煩いとは思うが、惚れた手前だな...す、好きに決まって...」
「ご馳走様です。ここまで送って貰ってありがとうございました!ちなみに今の映像はオリエさんに送ってありますので!」
アオは口早に言うとその場から自分のコテージ目指して走り去っていく。
その言葉と行動にウリバタケは唖然とするが、すぐに顔を真っ赤にしてアオへ向かって怒鳴った。
「大人をおちょくるのもいい加減にしろ~!くそっ!」
それでもまぁ、ウリバタケも満更でもない顔をしていた。
ただ、この後どういう顔をしてコテージへ戻ればいいかしばらく悩む事になる。
アオは走りながら本当に嬉しそうに笑っていた。
ラーメンの屋台を頼んだ時、そしてユリカとの結婚の際などウリバタケの家族全員には本当にお世話になっていたのだ。
そして、ナデシコに搭乗している間どれだけ心配だったかをオリエから聞かせて貰った事もある。
だから、何も音沙汰なしで心配よりは心だけでも繋がっていて欲しかったのだ。
その後コテージに戻ってからもアオは終始笑顔で楽しげだった。
そんなアオを見てルリとラピスはうまくいった事に安堵し、アキトとマナカはしきりに不思議がっていた。
そして次の日、外が明るくなるとアオとルリ、ラピスの3人は水着へ着替えて砂浜へと走って行った。
ルリとラピスはリボンがあしらわれたスカート付きのビキニでしっかり浮き輪を握り締めている。
アオはショートパンツ型のビキニで活発な雰囲気が出ている。泳いだ事はないはずなのだが、それも刷り込みされていて問題はない。
マナカはビキニとAラインワンピースがセットになった大人っぽい雰囲気の水着を着ている。
アキトはそんなアオ達の眩しい姿に戸惑っていた。
砂浜につくとアオはルリとラピスへ泳ぎを教え始めた。
きゃいきゃいと楽しげで、周りで見ているアキトやマナカ、サセボドックの職員達も眩しげにしている。
若干男性達の目の色が好色染みているのだが、そこは女性達がしっかりとガードしているようだ。
ルリとラピスはアオと一緒にトレーニングを始めた事やまだ若い事もあり、お昼になる前にかなり泳げるようになっていた。
アオ達はお昼に呼ばれて戻ってきても、大急ぎで掻き込んでまた海へと走り去っていった。
その様子はそれこそ年相応の少女達といった様相でアキトやマナカも苦笑しながら眺めていた。
いつ来たのか、アカツキに至ってはアオの珍しい姿に戸惑いつつも顔が赤く本当に怪しかった。
そしてエリナもいつの間にかアキトの隣りへ陣取っていた。
黒のモノキニ水着でかなり色っぽさを狙っている。
エリナとマナカに挟まれたアキトはトレーニングも順調にいっており、引き締まったいい身体をしている。
ハーフパンツを着用し、上にはパーカーも羽織ってはいるのだが、女性達は引き寄せられたようにアキトへチラチラ目線を送っていた。
自分達がより近くに居るという優越感に浸りつつもそんな事をおくびにも出さず、エリナとマナカはアキトへと話しかける。
「アキト君は泳がないの?」
「せっかくいい身体してるのに勿体ないわよ?」
「いや、俺泳いだ事ないんですよ。だから泳げないです」
「あら。じゃあ教えてあげるわね♪マナカ、行きましょう?」
「えぇ、二人でとてもわかりやすく手取り足取り教えましょう」
「え!?ちょっと!?」
そう言ってエリナとマナカがアキトの両脇を掴むと胸を押し当てるようにして海へと引きずって行った。
それを見た男衆はアキトへ嫉妬と恨みが混じった視線を惜しげもなく注ぎ、女性陣はエリナとマナカへ妬みの視線を送っていた。
そしてアカツキは一人取り残されていじけていた。
それからアキトはエリナとマナカからたっぷりと泳ぎを教えられ、一応泳げるまでにはなったそうだ。
帰ってきた二人が満足し切った顔をしてつやつやした顔をしていた事には誰も突っ込まなかった。
「アキト。どうしたの?」
「もう、お婿に行けない...」
「少なくともマナカさんとエリナのどっちかなら貰ってくれるからいいんじゃない?」
「ひぃ!?」
「はいはい、怖くない怖くないよ」
いたいけな少年には色々ときついものがあったようだ。
アオはそんなアキトを見ながら女性への恐怖を刷り込まれなきゃいいけど...と妙な心配をしながらアキトを慰めていた。
その日の夜はそれぞれのコテージで食事になっていたのだが、何故かアオの所へアカツキ達も来ていた。
「え~っと、どうして?」
「いや、楽しそうだからだけど。迷惑だったかい?」
「いいけど...」
たまらずにアキトは聞いてみたのだが、当たり前のようにアカツキから返答が返ってきて何も言い返せなかった。
そもそも余りにも自然に食事に混じっている上に楽しげにしているので違和感が全くなかったのだ。
アオやルリ・ラピスにマナカも自然に受け入れている事にどうしてもアキトは納得がいかなかった。
そんなアキトを見てアカツキがニヤリと口を歪める。
「なんだい。アオ君との時間を邪魔された...とでも考えてそうだね?」
「っ!?」
アキトだけに聞こえるようにアカツキは囁いた。
図星を指されて思わず声を上げそうになったが、なんとか抑え込んだ。
「...そういうお前だって姉さんの水着姿を見て鼻の下伸ばしやがって、変態会長」
「ぐっ...」
そうしてアキトも反撃を繰り出す。
なんだかんだと二人も楽しそうである。
「ルリちゃん、ラピス。あの二人ってやっぱり仲いいよね」
「単純に仲いいだけじゃないですけどね?」
「アオは渡さない」
アオは純粋に微笑ましく見ているのだが、ルリとラピスは2人へと少し棘の混じった視線を向けていた。
ルリとラピスの真意には気付かず、寂しがってるのかと思ったアオは二人を撫でつつ『どこにも行かないよ』と柔らかく伝えていた。
ちょっと違うと頭では思いつつも頭を撫でられて二人は嬉しそうに頬を染めていた。
そして3日目、アオはルリとラピスを連れて散歩に出かけていた。
といっても一周するのに20分程度の小さい島なのでどれだけ離れてもそんなに遠くへは行けない。
「ほんと久しぶりにのんびりした気がする」
「ずっと忙しかったですからね...」
「アオもルリも一杯頑張ってた」
「それを言うならラピスもね」
人気の居ない砂浜で3人並んで海を眺めていた。
ここにいると本当に戦争中なのだろうかと疑ってしまう程のどかな時間が過ぎていく。
「でも、これからが本番だね」
「そうですね、来月には習熟訓練が始まりますから」
「それが終わった後はついに出航。火星へ行って、帰ってきて...なんとか成功させようね」
「私も頑張る」
「うん。みんなで頑張ろう。でも、今だけはルリちゃんとラピスとのんびりさせて貰おうかな♪」
「「はい♪」」
そうして夜まで3人でごろごろとのんびり過ごしていた。
その夜の事、いつもとは違う光景がコテージとは少し離れた桟橋の上にあった。
アオとアカツキが二人でそこに居るのだ。
アカツキは手すりに頬杖をついて海の方を呆と眺めている。
アオは手すりの上に腰かけてアカツキとは逆の方向を向いている。
「なに、用事って?」
「いや、アオ君に少し聞きたい事があっただけさ」
そう言ってアカツキは少し間を置く。
ふぅと息を吐くと何事かを考えつつ空を見上げている。
アオはこんなアカツキを見るのは初めてな為に少し戸惑っていたが、アカツキが話し出すのを辛抱強く待っていた。
「アオ君に取って、ルリ君とラピス君はどういう位置付けなのか聞いても大丈夫かい?」
「ん、どしたの突然?」
アオは思わず訝しげな表情を浮かべアカツキの方を見るが、アカツキは表情も変えずに呆としたままだ。
質問の意図が全く掴めないので答えようもなく、ただその横顔を眺めていた。
しばらくすると、アカツキは捕捉するように言葉を紡いでいく。
「アオ君が二人を大切にしているのはわかるさ。それは保護者として?それとも恋人としてなのかい?
どうしても気になってね。無理とは言わないから嫌なら答えなくても構わないさ。」
どうしてこんな事を聞くのだろうとアオは思ったが、その真剣な言葉に聞く事は躊躇われた。
少しの間アカツキの横顔を眺めてから空を見上げると足をぶらぶら揺らしながらう~ん...と唸っている。
しばらく唸った後、「まぁ、ナガレならいいかな?」と呟くと顔を正面に向けた。
「火星の頃、みんなと過ごした頃、復讐に駆られていた頃、そしてこっちに来てからの事。
ナガレが知っている通り本当に色々あった中で、私自身も沢山の事を経験して変わっていった」
その様は人生を語る老人にも似た寂寥感を感じさせ、アカツキは思わず息を止めてしまった。
アオはそんなアカツキを気にしていないのか、ただ淡々と寂しそうにぽつぽつと話していく。
「幼馴染のあの子は確かにずっと見続けてくれていた。そして大切な人になった。
だけど、見続けていたのは理想の私だったのよ。私自身を見ていた訳ではなかった。
そして私自身もそれに気付くまで余りにも時間がかかりすぎた。
私も...あの子も...本当に...子供だったんだ...」
自嘲するように、どこか呆れたように、そして自身の過ちを恥じるように...
そんななんとも言えない表情を浮かべている。
「周りのみんなも大体似たようなものだったんだ。私達はこういう二人なんだって...
どこか懐かしむように、忘れ得ぬ思い出に浸るようにそう語ってた。
でもね、そんな中で私自身を見てくれてた人がいたのよ」
そう言って、アオはアカツキの方を見た。
アカツキを懐かしそうに、しかしその目は決してアカツキを見ていなかった。
自分を通して遠くの誰かを見つめるその目線にアカツキは酷く苛ついた。
「ごめんね。ナガレを通して彼を見てた。今この時だけだから...ごめんね」
そんなアカツキの感情を読み取るように、哀しげな笑顔を向けた。
そこで話を振ったのは自分だと思い出し、アカツキは自身を落ち着かせるように深く呼吸をする。
「うん。あちらでの彼、そして私に協力してくれたみんなは私を、私自信を見てくれていた。
ただ、それもどこかで打算があったのよ。大人だからしょうがないのだけれど...」
ふぅ...と一息つくように軽く息を吐く。
そのままトンと手すりから降りると、そのまま手すりへともたれかかる。
「彼は、その役職に沿った責任をないがしろにする訳にはいかなかった。
そしてその付添いの彼女も、私の治療をしてくれた彼女も同じくね...
勿論、本当に心の底から心配してくれた事は知ってるよ。
ナガレと同じくね」
そしてアカツキへ嬉しそうに優しげに笑顔を向ける。
その笑顔にありがとう...と言われた気がした。
「彼は一緒に来る事はしないっていうのはわかってた。
ただ、彼女達は一緒に来たがってたし、私が誘ったら来てたんだと思う。
でもそうはならなかった。そうは...ならなかったんだよ。
私に甲斐性がなかったのかもしれないし、彼女達にはしがらみが多すぎたのかもしれない。
今となってはわからないけどね」
もし誘っていたら...そう考えようとした自分の考えをアオは止めた。
それこそ無駄だし、今のエリナとイネス...アイちゃんを侮辱している事になる。
「そんな中で私だけを見てずっと追いかけて来てくれた子達がいたの。
ルリちゃんとラピス。あの二人は本当に全部投げ打って追いかけて来てくれた。
確かにそういう状況にあっただけなのかもしれない。
それでも、本当に嬉しかった。
だから、私はあの子達が何よりも大事なの。
最初は妹として守ってあげたかった。
次に娘としてかけがえのない人になった。
最後に何より大切で共に在る恋人として...」
「...そうかい」
そこまで聞いたアカツキはそう答えるのに精一杯だった。
そして、深く息を吐くと空を見上げた。
最初から負けていたって事かな?と詮無い事を頭の中で呟いていた。
時間をかけて自分の心を落ち着かせたアカツキはどうせならと自棄になりつつ質問をしてみた。
「アオ君。最後にいいかい?」
「うん?」
「もしも。ルリ君とラピス君と一緒ではなく、アオ君だけだったならボクにもチャンスはあったかい?」
その言葉を聞いてアオは目を見開いた。
本当にようやく、その言葉を聞いて初めてアカツキの思いに気付いたのだ。
アオは何度か目を瞬かせると額を軽く指で抑え、自分の鈍感さに改めて気付き少し落ち込む。
そして今までのアカツキの行動を思い出して、色々と自分の中で納得していった。
それも束の間、ふぅと息を吐くとアカツキの傍へと歩み寄っていく。
「ね、ナガレ?」
「なんだい?」
「ナガレがもしもなんて弱気な事言うとは思わなかったな。
今ある条件でなんとかするのがアカツキ・ナガレじゃなかったかしら?」
アオは意地の悪い笑みを浮かべるとアカツキを挑発した。
まさかそんな事を言われるとは思ってもみなかったアカツキは呆気に取られていた。
そんな珍しいアカツキの姿にクスクスと笑うとアオはアカツキの襟首を引き寄せる。
「まぁ、傷心のナガレ君っていう珍しい所を見せてくれた事に免じて教えてあげようかな。
もしね、ルリちゃんとラピスがいなかったら...」
そうしてアオは離れるとまだクスクスと可愛らしく笑っている。
「それが答えだよ。ルリちゃんとラピスに勝つ気なら精々頑張りなさい?
じゃあ、風邪ひかないようにしっかり寝なさいよ、ナガレ君?」
そう答えると元気に走り去っていった。
残されたアカツキは頬に残った柔らかい感触が信じられず手でさすっている。
しばらく呆然としていたが、次第に身体の中から溢れだすように笑いが止まらなくなっていった。
(なんて事だろうね。アカツキ・ナガレともあろう者が本当にやられてる。
あんな女性は他にいるとは思えない。これはどうあっても手に入れないとボクの沽券に関わるね)
笑いながらそんな事を考えていた。
一方、コテージへ戻ったアオは正座をしていた。
ルリとラピスはしっかりと覗き見していた。
「「...で?」」
「あの...すいませんでした...」
「「...そう、で?」」
「弟の友達がしっかり男の子してるみたいで嬉しくて、楽しくて、悪戯しちゃいました...」
「「ふぅん...?」」
「えっと...ごめんなさい...」
そんなやり取りがしばらく続いたそうだ。
次の日、いつもより数倍アオにべったりなルリとラピス。
同じくいつもより数倍元気なアカツキ達を乗せたシャトルが日本へと戻っていった。
アキトはそれを見てしきりに首を傾げ、マナカとエリナは勘付いているのか楽しそうな困ったような表情を浮かべていた。
そして9月に入り、ナデシコの完成...
習熟訓練が開始される...