「うわああぁぁぁぁぁぁぁ!」
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ネルガルの会長室に二人の叫び声が上がった。
一人はネルガルの会長である大関スケコマシ、アカツキ・ナガレ。
もう一人はその秘書であるエリナ・キンジョウ・ウォンである。
二人が驚くのも無理がない、いきなり目の前に木蓮の無人兵器が現れたのだ。
しかもその上には先日交渉したテンカワ・アオと妙齢の女性が乗っている。
「な、な、な!!」
なにかを口に出そうと思うがうまくいかないようだ。
そんな中、アオは自分とマナカの身体を確認する。
「よかった。一か八かだったけどなんとかなった」
「ナガレ!この女性を病院へ!早く!」
「あ、あぁ。わかった」
「こいつはうちのバッタだから危害は加えない。大丈夫」
アオはアカツキに指示を出すとマナカを床へ寝かす。
容体を診つつバッタの説明をするとその足を小突く、するとバッタも反応して、うんうんと頷いた。
アカツキはすぐ医者に来るよう伝えたが、まだ呆気にとられているのかアオとバッタに視線を這わしている。
しばらくして諦めたようにため息をつくと、アオを見据える。
「状況は後で説明して貰うとして。お土産ってもしかして...」
「うん、このバッタ。成り行きだけどね~」
「そうかい...」
違う物でも期待していたのかちょっと悲しそうだった。
受付から医者が到着した事を聞いたアカツキがアオに伝えると、アオはマナカをお姫様抱っこにすると受付まで運んで行く。
内部の人間だとしてもアカツキ達以外にバッタを見られるとまずいからだ。
アオが戻ってくるとバッタは部屋の隅に鎮座していた。
エリナはまだ怖いのかちらちらと遠巻きに視線を送っている。
「さて、今日もまたとんだ登場で申し訳ありません」
まずアオが頭をぺこりと下げた。
「まったくだね、思わず驚いてしまったよ」
「いくらなんでもこんなのが毎日続くと心臓に悪いわよ?」
そんな二人にアオは乾いた笑いを返した。
「では、状況を説明しても大丈夫?」
「いや、立ち話もなんだ、応接室へ行こうか。お茶も出すよ」
アカツキがそう促すと3人は連れだって移動した。
「詳細は確認してないからわからないけど、火星会戦の流れは大体変わってないみたい。
ユートピアコロニーにチューリップは落ちたし、アキトもアイちゃんもジャンプした。
ただ、私がいた事で今連れてった人、アイちゃんのお母さんも生き残ってる」
「...大勢は変わらないか」
「ちょっと待って、今ジャンプして来た女性もジャンパーなの?」
「それは違います、ジャンプする時にナノマシンの発光がなかったですから。だからこそバッタとジャンプして来たんです」
「となると?」
「先日の映像とデータでわかってると思いますけど、ジャンプ耐性がない生物がジャンプをすると死にます。
ですが、強力なディストーションフィールドに包まれた状態でのジャンプなら可能です。
このバッタはうちで使ってる物なので、ジェネレータも改良されています。
咄嗟ではありましたけど、爆発覚悟でフィールド出力最大にしたらちゃんとボソンジャンプも出来ました」
「「.....爆発」」
「ほんといちかばちかでした」
そんなアオを呆れたように眺める二人だった。
それから少しの間雑談を交わしていたが、アオは早々に切り上げる。
「まだやる事あるから一旦戻るね。バッタ、帰るよ」
アオが声をかけるとバッタが寄って来た。
「部屋の手続きと連れてきた彼女はどうするんだい?」
「だいじょぶ、また後で来るよ。ちゃんとしたお土産も持ってくるから安心なさい」
先程の落胆した顔を思い出し、アカツキに対してニヤニヤと笑う。
見透かされた事に気付いたアカツキは固まった。
エリナはそんなアカツキに珍しい物を見たといった表情だ。
「来る前に連絡入れま~す」
そう言って手をひらひら振ると、アオはジャンプしていった。
一方ユーチャリスではラピスがオペレーター席へ座りオモイカネと協力してバッタへの指示と誘導をする。
ルリはというと艦長席で前方のウィンドウへ表示される情報を元に指示を出していた。
そこへアオがジャンプアウトして来た。
「ただいま。ルリちゃん、ラピス、オモイカネ」
「「『お帰りなさい!』」」
「状況はどう?」
「はい、まずは地球連合宇宙軍第一主力艦隊ですが、チューリップがユートピアコロニーへ落下してからすぐに退却の命令が下りました。
宇宙軍全艦が火星圏から離れた後に予定通り全衛星をハッキング、地球との通信を出来なくしてあります。
タルシス・ヘラス・マレアの3つのコロニーに関しては敵バッタの地下施設内侵入による被害は出ていません。
地上施設に関しては、生命反応が皆無な事が幸いして被害は軽微。地上の通信施設も既に地球との交信が出来ないように処理済みです。
北極冠、オリンポスの研究所職員はそれぞれユートピア、タルシスコロニーへの避難が済んでいたのでバッタをコロニーの防衛に当たらせています。
ですが、ユートピアコロニーはかなり厳しい状況です。
オモイカネから聞いたと思いますが、チューリップの衝突によりこちらのバッタが7割方反応消失しました。
残ったバッタを地下施設内に侵入させ敵バッタをハッキングし、地下施設の奪還をしています。
現状では8割方奪還が完了。およそ15分ほどで奪還は完了し地下施設内は安全になります」
実は木蓮のシステム関連の技術は結構低い。
熱血が聖典となっているのが要因なのかもしれないが、システムもその影響からか至極単純なのだ。
今回はそのお陰で比較的速やかにハッキングとウィルス感染がうまくいっている。
ハッキングした敵バッタのOSにユーチャリスバッタのOSを上書き。
そしてウィルスが感染したバッタはユーチャリスバッタとハッキング済みのバッタ周辺は制圧済みと認識し近寄らない。
そして他の無人兵器との通信を介しどんどんとウィルスを拡散していく。
ウィルスはルリとラピス、オモイカネの合作により悪巧みの機能も盛り沢山である。
木蓮にとってはまだブラックボックスである基幹部分を狂わせているのであちら側にウィルスがバレる事もない。
比較的安全が確保されてた中で、通信施設へ細工をしたのにもアオ達の考えがあっての事だ。
「了解。ユートピアコロニーの生存者がどれくらい残ってるかわかる?」
「判明している時点で既に1000人を超える程度しか残っていません...
ですが残っている住人は無事なシェルターへ誘導していますし、それも終わり次第順次隔壁を閉鎖。
クレーター側からの敵バッタ侵入を防いでいますので安全は確保できると思います」
「そっか、ちゃんと誘導出来てるんだね」
「苦労しましたよ、敵もバッタでこっちもバッタですからしょうがありませんけど、バッタを見ると恐慌に陥っちゃうんですよ。
そこで逃げないようにバッタで挟み撃ち、落ち着いた頃にウィンドウを表示させて逐一説明して了承して貰いました。
今はオモイカネに頼んでその時の映像を使いまわすようにして貰ってます」
そういうとげんなりした表情でため息をつく。
アオはそんなルリの頭を撫で、お疲れさまと笑顔で労う。
そこでアオはふと気付いた、今の技術ではこういう状況の中でバッタをハッキングし動かすという事が不可能な事に気付く人間がいる事を。
「...ルリちゃん、イネスさんどうだった?」
「...気付いちゃいました?」
「ごめん、気付いちゃった」
聞きたくなかったが、聞くしかなかった。
名前が出た瞬間ルリの身体がビクッと反応し、冷や汗が流れ出す。
「とても楽しそうな笑顔で聞いてきたので、後で必ず説明に伺いまするので取りあえず指示に従って下さい。って伝えました」
「説明するのは...?」
「.....」
「...わかった」
泣きそうな顔をして目で訴えられたら断れるはずもなく、アオが説明する事になった。
アオがやってくれるという事で安心したルリは報告を続ける。
「アオさん。それと、チューリップがユートピアコロニーへ落ちた一件ですが、私達の知っている時とは状況が違っています」
「どういう事?」
「これを見て頂いてよろしいですか?」
そういって開かれたウィンドウに映っていたのはフクベ提督の一件だった。
それに付け加えるように輸送船の進路とチューリップの進路が重なっていた事。
それを逸らすために体当たりを敢行された事のデータが表示されていた。
「輸送船の避難民を助ける為の体当たりの結果がユートピアの惨事になったのか...」
「はい...」
前回とは違う状況だが、前回にも増して救いようがなかった。
それは、ただただ運が悪かっただけとしか言いようがなかった。
その時、ラピスが二人に声をかけた。
「アオ、ルリ、ハッキング終わった。中は全部大丈夫」
二人はやり切れなさを振り払うように努めて明るく返した。
「ラピスご苦労さん。こっちに来てもいいよ」
「ラピスお疲れ様」
そう労われると、ラピスは嬉しそうにアオの胸へと飛び付く。
「偉い?」
「うん、偉い。よく頑張ったね」
「えへへ~。いい匂い~」
アオに抱き止められたラピスは身体一杯で褒めて褒めてとねだると、アオはぎゅっと抱き締める。
ラピスはかなりご満悦だ。
「オモイカネ」
『アオ、どうしました?』
「各コロニーの様子ってどうなってる?」
『まずタルシス、ヘラス、マレアの3コロニーについては、外の哨戒へハッキングした木蓮側のバッタを使用。
バッタにはウィルスも仕込んであるので、徐々にですが感染が広がっています。
地下施設内については、各シェルターにつき1機のバッタを配置、ウィンドウで外と各コロニーの状況を表示中。
ユートピアコロニーでは、避難者の移動を開始、ネルガル社のシェルターが一番安全なのでそこへ誘導中です。
コロニー内の全住人が移動完了するのには1時間少々かかります』
「了解。オモイカネ、少しの間任せても大丈夫かな?」
『大丈夫!』『ばっちり!』『任された!』
「それじゃ、二人とも一先ずご飯にしよう」
「いいんですか?」
「腹ごしらえしないとイネスさんとの話なんて出来ないからね。
色々と頼みたい事もあるし~」
チューリップの落下が19時手前、既にいい時間になっていた。
そう言うとアオは2人を連れだってブリッジを出て行った。
その3人がブリッジに戻ってくる頃には住人の移動も終わっていた。
「さて、やりますか」
そう気合いを入れるとオモイカネにイネスとの通信を開いて貰う。
イネスが出たら、まず人に話が聞かれない所まで移動して貰う。
「あら、ようやくね」
「初めまして、テンカワ・アオと申します。
お待たせしたみたいで申し訳ありませんでした。
イネス・フレサンジュ博士でよろしいですね?」
「えぇ、そうよ。中々興味深い事になってるので色々と説明して欲しいわね」
「話せる事話せない事ありますが、出来る限りお答えいたします。まず、私の説明からですね。
私はイネス博士とも面識があったテンカワ夫妻の受精卵を基にしたIFS強化体質者です、非合法の。」
「あら、テンカワ夫妻の。ホシノ・ルリがいたのは貴女の仕業?ま、それについては今はいいわ。
それで、私の知る限りこんな事が出来る技術はこの世にはないわ。私がいるネルガルでさえね。
それとこのウィンドウ、まだ商品化されてないコミュニケよね?
それについての説明はしてくれるの?それと貴女の目的は?」
イネスは矢継ぎ早に質問を列挙させていく。
思わず面食らってしまいそうになるが、自分を落ち着かせようと一息入れてから返答をする。
「ルリちゃんについては理由があって私に協力して貰ってます。
技術に関しては実際そちらが知らなかっただけで私は今使ってます。
ただ、どこで手に入れたかまではまだ話せません。
コミュニケに関しては、ネルガルと協力しているという事です。
そして私の目的は、火星のみなさんを一人でも助けたい為...なんですが」
「...それをを本気にすると思って?」
アオの物言いにイネスは苛立ちを隠さず、厳しい目線で睨みつける。
「嘘は言ってないんですよね、言えない事を隠してるだけなのでこれ以上はどうにもならなかったりします。
先程も言いましたが、どこでこの技術を手に入れたのかについてはまだ話せません。
ですが、イネス博士には確実にお話する事になりますよ」
「...わかったわ、今の所それで納得してあげる。
ただ、貴女が木星の仲間でこちらを安心させる為にそれを隠しているという可能性もあるわよ?」
「自分でもありえないと思ってる事は言わないで下さい。木星の仲間ならそもそも助けないでしょう。
安心させる為ならここまで無駄な労力使わないですし、戦艦使って捕虜にした方が使い道があります」
「まぁ、そうね。もっともだわ」
「詳しい事は話せる時が来るまでお待ち頂けますか?」
「.....いいわ、信じてあげる。それで、ただ説明するだけの通信ではないんでしょう?」
「わかりました?」
「勘よ」
イネスはふっと息をつくと肩をすくめた。
自分でも不思議だった、普段であれば自分の勘なんて物を考慮に入れるなんてありえない。
だが、目の前の少女を見た自分の中に不思議な安心感が芽生えたのだ。
ただ何となくこの人なら信用出来ると思うなんて自分の知る記憶の中では初めてだった。
こんな状況の中じゃ信じるしかなかったのも事実だが、信じてみようと思ったのも確かだった。
「まずですね、その通信をしているバッタって言うんですけど、ジェネレータがかなり高性能で使い勝手がいいです。
そしてそのバッタ自体に小型のディストーションフィールド発生装置が搭載されていて、フィールドの発生も可能です。
今から機体やシステムのデータを添えて加えて何台かそちらへ送ります。
分解してもいいのでそちらでジェネレーターとディストーションフィールド発生装置を量産出来るようにするのは可能ですか?」
「自分達の身は自分達で守れって?」
「はい、そうなります。私達は色々と地球でやる事があるので、ずっとこっちに構っていられません。
火星の事について色々と手を打っておきたい事があるんですよ」
「そうね、ここには極冠研究所の研究員も全員いるし面白そうだからいいわ、任されてあげる」
未知の技術への興味が湧き、イネスはすぐに了承した。
答えながらもどう活用できるか考えているようだ。
「それと、そのバッタに似た作業用のコバッタという機種があって、土木や建築などに使える機種になります。
そちらもデータを添えて送りますので好きに使って下さい」
「そのコバッタという件もわかったわ、そちらも何台か分解しても構わないわよね?」
「はい、大丈夫です。ただ、バッタとコバッタはネルガルにも量産を頼んであります。
こちらへ持ってくる手段も考えているので、そこまでは頑張らなくてもいいですよ」
「そ、わかったわ。まだ何かある?」
「最後に、今から他のコロニーの代表へ連絡をしますが、彼らには虚実交えてする事になります。
そこで、イネスさんにも同伴して頂きたいのですがいいですか?」
「助けられた手前、断るなんてしないわよ」
「ありがとうございます」
それからアオとイネスはタルシス、ヘラス、マレアの3コロニーの市長へと同時に通信を入れた。
ちなみに全てのバッタがこの通信を受信しており、全シェルターで見られるようになっていた。
通信が繋がると市長たちはすぐに貴様は誰だ!とか何の謀略だ!など口々に罵った。
そんな言葉も意に介さず、アオは自分の事にから説明を始める。
その内容はこうだ。
自分がIFS強化体質で研究所で育った事、そして自分には弟がいてユートピアコロニーにいた事。
その弟を守る為に通信解析しバッタへハッキング、ウィルスを流し込んで味方につけたと説明する。
それからユートピアコロニーの現状を写し、弟は絶望的だという事を伝える。
それを見たタルシス、ヘラス、マレアの住人は思わず絶句する。
それでも弟は生きてると信じているし、帰ってくるまで故郷のみんなは守りたかったと涙ながらに伝える。
泣いているアオに代わり、イネスが捕捉していく。
アオの両親とは知己の仲であり、アオの弟の事も知っている為嘘ではない事。
IFS強化体質者ならば敵の通信を解析、ハッキングは可能である事も伝えた。
可能ではあるが理論上であり、この戦闘中にそこまでやる事は実質不可能である。
22世紀最高の天才と呼ばれるイネス・フレサンジュの捕捉と何より家族と故郷の為というアオの言葉。
何より、見た目中学生程の女の子が辛そうに泣いてるのを見て咎められる人はいなかった。
ただ、イネスは内心大した演技力ねと称賛していた。
それからは火星の現状と今後についての説明をしていく。
まずは外とユートピアコロニーの被害状況、チューリップがコロニーへ落ちた一連の顛末、そして地球連合軍艦隊の敗退と退却。
ユートピアコロニーの被害が軍が艦をぶつけた結果起きた事であるのを見た各コロニーでは怨嗟の声が上がった。
だが、軍が避難民を乗せた輸送船を助けた結果の事であると知ると怨むに怨み切れず一様に苦々しい顔をしていた。
特にユートピアコロニーの住人は輸送船が落ちればなどと言えるはずもなく、悔しさに涙を流していた。
憎しみをぶつけられる相手がいた方が楽になれるのは確かなのだ。
それからも話は続いていく。
地下にいる限りは安全である事に安堵の声が上がり、それならば撃って出る事が必要だとの意見が出る。
しかし、その意見はアオに一蹴された上イネスから何故無理かを詳しく説明されていた。
実際に戦艦も機動兵器もないのだ、数十万とも数百万とも考えられる敵に攻められたらどうにも出来ない。
しかもこちらは死んだら終わりなのに敵はどんどん増える。
刺激しないようにしつつ守りを固めるするのが精一杯である。
市長との話し合いが終わると、定期的に連絡をすると約束をし通信を切る。
「貴女、大した演技力ね驚いたわ」
「いえ、でも弟がユートピアコロニーにいたのは事実ですよ?」
「どういう事?それならなんでそんな笑ってられるの?」
「ふふふ、詳しい事はまだ内緒です。また今度です」
「とことん秘密主義ね」
「クスクス。では、イネスさん。今からそちらにバッタとコバッタを送りますので後はよろしくお願いします」
「わかったわ。次の連絡はいつになるのかしら?」
「そうですね、週一回、遅くとも隔週で連絡を入れるようにします」
「そうして頂戴、状況がわからないのは思ったより不安になるものよ」
「はい、ではお元気で」
「貴女もね、精々頑張って頂戴」
そういって素っ気ない挨拶をイネスと交わすと通信を切った。
通信が終わると疲れたようにため息をつく。
「やっぱり、この時のイネスさんって冷たいですね」
「イネス違う人みたいだった」
「そうだね、まだ記憶が戻る前だからしょうがないよ。
さ、次はネルガルへ行かないと!」
「すぐに出ますか?」
「うん、結構時間遅くなってきてるから、待ちくたびれてるだろうね。
急いで用意しよう!オモイカネ、連絡入れておいて~」
「「『はい』」」
3人はバタバタとブリッジを出ると準備をしに部屋へ戻っていった。
アカツキ達へのお土産は空いた時間にルリとラピスが用意していたようだった。
クッキーやラスクなど比較的簡単なお菓子が多かったがしっかり出来ていた。
「それじゃオモイカネ後はよろしくね」
『さみしいよ~』
「まだ遺跡の技術を使った超空間通信が出来てないからね、少しの間だけ我慢して」
『うぅぅ...』
「はいはい、いい子だからしっかりして」
『頑張る...』
「うん、それじゃ行ってくるから」
「オモイカネ、行ってきますね」
「行ってきます」
『アオ、ルリ、ラピス、いってらっしゃい』
そして3人はネルガル会長室へジャンプする。
その会長室では今か今かとアカツキが3人の到着を待っていた。
そんなアカツキの目の前にボソンの光が現れる。
それを見止めたアカツキの顔が喜びに溢れた。
「お、来たね」
「やっほ、だいぶ待たせちゃったね」
「初めまして、ホシノ・ルリです」
「はじめまして、ラピス・ラズリ」
「あぁ、君たちは知っていると思うが、ネルガルの会長をやっているアカツキ・ナガレだ」
「社長秘書のエリナ・キンジョウ・ウォンです」
「プロスペクターと申します」
「ゴート・ホーリーだ」
アオは気さくな挨拶を、ルリとラピスはこちらのアカツキとは初対面なので自己紹介をした。
それを受けて、アカツキ達も自己紹介をする。
それからアオはお土産のお菓子と一緒にナデシコとエステの改修案をアカツキに手渡す。
アカツキはエリナにお土産を渡すと、ざっと改修案のデータを確認する。
「了解。これに沿ってやらせて貰うよ。
アオ君が持って来たんだ、監修もやって貰う事になるけどいいかい?」
「作ったのはルリちゃんとラピスだけどね?
3人で確認するって事ならいいよ」
「じゃ、そうしようか」
そしてアオ達は促されるままに応接室へと向かった。
そこで火星の状況と行った事を細かく説明していった。
「そうかい、生き残ってるかい」
「ユートピアコロニーは残念でしたが、タルシス・ヘラス・マレアコロニーは無事ですよ。
地下施設にも生産プラントはありますから、生活物資に関してもしばらく大丈夫なはずです。
それと地球との通信を不可能にして、火星の状況をわからなくしてあります。
あとは、イネスさんもバッタとコバッタをデータと一緒に渡したよ。
それを使ってジェネレーターとディストーションフィールド発生装置の量産頼んである。
それが整えばユニットを活用してある程度の攻撃が防げるようになるから少しなら外にも出れるようになりますよ」
「ふむ。だが、通信施設を壊したのはどうしてだい?」
「今後の為の布石です」
「.....どういう事だい?」
「秘密では駄目ですか?」
「君はまだボクの事を信用出来ていないのかい?」
アカツキがニヒルに返すと、アオは目線を合わせ真意を探るように見つめた。
しばらくそうするとふっと息をつき一点笑顔になる。
「確かに今のナガレには隠し事をしてる方が駄目な気がするね。
まだルリちゃんとラピスにも触りしか話してなかったんですよ?」
そこで自分達の名前が出て思わずルリとラピスはアオを見上げる。
それを見てごめんねと二人の頭を撫でるが、少し拗ねたようにそっぽを向かれた。
「では、今後の歴史が私達の知っている通りに進んだとすると、その後はどうなると思います?」
試すような目つきでアカツキに問いかける。
その質問を受けアカツキは長考する。
(ふむ。おおまかな歴史がそのままだとするとナデシコはそのままだな。
戦争が進むにつれてボソンジャンプが世界に知られるようになる...
うちでそれを独占したと考えると時期にクリムゾンと火星の後継者が台頭し...)
そしてアカツキは、何かに気付いたように眉を顰めて答えた。
「火星が実験場に?」
「そうです、火星が巨大な実験場になる可能性が大きいです。
そして現状火星にはそれを防ぐ戦力もありませんし、地球側も木星側も見て見ぬふりでしょう」
「...それで、どうするんだい?」
「そこで、しばらく地下に潜って力を蓄えた後で自治政府樹立でも狙ってみようかなって♪」
アオは親友と悪巧みをするような笑みを浮かべる。
アカツキだけでなく、エリナやプロス、ゴートまで目を見開き驚愕していた。
そして一転、アカツキは身体をよじって笑い出した。
「アッハッハッハッハッハッハ!いいよ、アオ君。やっぱり君はいい!
こんなに愉快なのは生まれて初めてだ!」
「そんなに面白い?」
「これを笑わずに言われるかい?だがアオ君。それは流石にうちの協力だけじゃどうにもならないよ?
協力を求めるにしても地球連合政府、地球連合軍、木星側、そして企業とある。
何より防衛のための軍備はどうするんだい?」
豪快に笑っているアカツキだが、そんな中でもしっかりと考えはまとめている。
アオはそれを受けると自分の答えを返していく。
「連合軍と木蓮軍は当てがあります。政府についてですが私達で情報は手に入りますがナガレの手も借りる事になると思います。
企業は信頼出来る所にボソンジャンプや火星技術のパテントを材料にして協力して貰おうと考えてます。
軍備については、それを整える為にナガレ達へボソン通信と無機物のボソン技術確立をお願いしたんです」
「ふむ、独占の旨味をみすみす逃すのはなぁ、プロス君、どうだい?」
「そうですな。確かに独占での旨味は大きいですが、それをすると他の企業が技術を手に入れようとして無理が生じます。
そしてあの映像のように反ネルガル企業で手を組まれてはこちらではどうしようもありませんな。
アオさんの意見に乗った方が安定して長く利益を作り出せます、はい」
「軍備については、あちらで生産させようって事かい?」
「はい、リアルタイムで連絡が取り合えるようになり、材料も送れるようになります」
プロスの意見を聞いたアカツキは聞いた時からどう答えるか決めていたようにニヤッと笑う。
アカツキが口を開こうとするが、それにエリナが待ったをかける。
「会長、お言葉ですがリスクが高すぎます。
ネルガルそのものを潰す気ですか?」
「エリナ君の言う事ももっともだ、だがここで乗っておかないとすぐに後手を踏む事になる。
火星の住人、今後来るボソンジャンプの時代を考えると確実に味方として確保しておかなければならないのは彼らだ。
そんな彼らに多大な恩を売れるのはかなり大きい上に火星でのシェアも十二分に期待出来る。
それに独立、大いに結構じゃないか三すくみの冷戦状態にでも持ち込めれば軍事費は減らないしね。
そもそもこんな楽しそうなモノを遠巻きに眺めてるだけなんて出来る訳がない」
本音は一番最後であろう。
そんなアカツキにエリナはこれからの忙しさやアカツキの行動を考え頭が痛いと嘆いた。
そして火を点けた当人であるアオへ今後の事を考えせめてもと忠告をする。
「...はぁ、アオさん?私はどうなっても知らないわよ?火が点いちゃってるわよこれ?」
「私としてはそのまま点きっぱなしでいてくれると嬉しいんですが?」
「そういう事言っていいの?この隠れ熱血な万年昼行燈に火が点いたのよ?
それにこれは女好きな大関スケコマシ。そして火を点けたのは貴女。
この意味がわからないとは言わせないわよ?」
その言葉を受けてアオは深く考えるが答えがわからずなんとも言えない表情をする。
検討がつかないので、ルリとラピスに聞いてみた。
「ルリちゃんとラピスにはわかる?」
「えぇ、自業自得と言いたい所ですが、私とラピスのアオさんを穢される訳にはいきません。
私達で守りますから大丈夫ですよ」
「エリナ、アオは鈍感だからわからない。でもルリと私で守る」
「ふ~ん、そういう事になってる訳、面白そうね。
ルリさんにラピスさん、アオさんを個人的に協力させてくれるなら私も力を貸すわよ?」
「それは...趣味...ですか?」
「えぇ...趣味...よ」
「撮影は任せて」
ここに女3人の熱い友情が結ばれた。
アオは何かとてつもなく大きな墓穴を掘ったような気がしていたが、鈍感の名は伊達ではなく今後待ち受ける運命には気付かなかった。
それをプロスはとても楽しそうに眺めているし、ゴートはアオがエリナの趣味に付き合わされた時の姿を想像して頬を染めている。
「障害が多いほうが燃えるってね。ボクは構わないよ、必ずモノにして見せるさ」
アカツキは更に燃え上がっていた。
「さて、詳しい事は追々詰めていくとして、手続きをしないといけないねぇ。
プロス君、頼めるかい?」
「はい、ではアオさん、ルリさん、ラピスさん。こちらが戸籍になります。
まず、アオさんのご依頼通り皆さんの親権は当社で預かるという形になります。
そしてアオさんはテンカワ・アキトさんのお姉さん、ラピスさんはルリさんの妹になります。
捕捉ですが、アオさんの親権移譲にあたり、テンカワ・アキトさんの親権もこちらへと移しました。
そしてこちらの書類が当社との契約書です。
スキャパレリ・プロジェクトはまだ正式に発動していませんので、新規技術開発研究の研究員として契約して頂く形になります。
ナデシコ、エステバリス、メインコンピュータと幅広く監修をして頂く事になるので立場としては部長待遇となりますな。
確認してよろしければサインをお願いしますよ」
ざっと全体を確認するとそれぞれサインを書いていく。
ラピスだけ物を書くのに慣れておらず拙い筆運びで一所懸命書いていた。
サインが書き終わるとプロスは書類を受け取り不備がないか確認した。
「えぇ、結構ですよ」
「話し合いも終わった事だ、アオ君これから食事に...」
「「駄目(です)!」」
「まだ仕事が残っていますよ、会長?」
「手厳しいな...」
ルリ・ラピス・エリナの壁はかなり厚いようだ。
エリナがここで更に追い打ちをかけていく。
「それではプロスさん、3人を部屋へ案内してあげて下さい。
アオさんがいると仕事が手につかないので"急ぎ"でお願いします」
「ちょ、あそこを選んだのはボクだよ!?案内しても!」
「はいはい、寝言は寝て言いましょう」
アカツキは耳を引っ張られて連行されていく。
一大企業の会長とはとても思えない情けない姿だ。
応接室を出たエリナが扉を閉める前に振り向くともう一度プロスに声をかけた。
「プロスさん、部屋に行く前にツキノ・マナカさんの病室にも案内させて頂戴」
「えぇ、かしこまりましたよ」
プロスが返事を返すと今度こそ扉が閉まる。
それから3人はプロスとゴートに連れられて病院へ向かう。
道中でマナカは一度目を覚ましたが取り乱したために鎮静剤を打ち、今は寝ていると説明が入る。
病院へ到着するとそのまま病室までプロスが案内する。
個室にはアオ・ルリ・ラピスの3人だけが入った。
「この方が...」
「そ、アイちゃん。イネスさんのお母さん」
「イネスの?」
「そうだよ。今回は助けられてよかった」
そう言ったアオの目は安心したような、哀しそうな複雑な色をしていた。
「アオさん、この方はナデシコに?」
「うん、決めるのはマナカさんだけど乗って貰おうと思う。
記憶はなくなってるけど、一日も早く会わせたいから...」
「そうですね...」
そういってしばし寝顔を眺めていた。
しばらくすると3人が個室から出てきた。
「おや、もういいのですか?」
「えぇ、出来る事はありませんから」
「そうですな。目が覚めたら連絡が入るようになっているのでその時は連絡致します、はい」
「お願いします」
それから病院を出た一行はアカツキが選んだというマンションへ向かう。
マンション自体はネルガル本社から歩いて5分程の所にあった。
仕事の合間にでも来ようとでもしているのだろう、そんなアカツキの魂胆が見え見えである。
「本気で気をつけないといけませんね」そう呟いたルリはラピスと硬く頷きあう。
「こちらの40階です」
「はい!?」
「驚かれるのも無理ありませんが、本当です。
会長がポケットマネーで1室買い取ってしまわれました。
名義はアオさんになっています」
「いや、え?...嘘ぉ...」
アオは呆然としているが、ルリとラピスは厳しい目をしている。
自分たちでは到底できないプレゼントだからだ、嫉妬をしてる事がありありと見てとれる。
そして頭の中では隠しカメラやマイクの確認など、ありとあらゆる可能性と対策を考え出していく。
マンションは1Fにエントランスがあり、24時間のコンシェルジュカウンターがついている。
鍵は取っ手部分が静脈センサーになっており、ICカードキーと併用する形になっている。
1F、2Fは共用部分になっていて、2Fにはマンション居住者限定のトレーニングセンターがあり、プールも利用できる。
ゴミも各階に専用の部屋が設けてあり24時間365日いつでも捨てられる。
至れり尽くせりである。
1Fのカウンターへ行くとそれぞれの静脈を読み取り、登録していく。
カードキーも手渡され、部屋へと向かった。
部屋へと入るとプロスが中の説明をしていく。
間取りは6LDKで余りの広さに最初は驚いていたが、キッチンの広さを見ると感動していた。
キッチンはシステム化されており、カウンターキッチンなのでリビングから料理の様子が見える。
書斎には物々しいくらいの機材が鎮座しており、IFSコンソールも3台設置されていた。
寝室は一つになっており、クイーンベッドが置かれている。
後はそれぞれの個室として1室ずつ使えるようになっている。
余った1室はアカツキが狙っているのだろうか?
「生活必需品は揃っていると思いますが、足りない物があれば仰って下さい。
ネルガルで使用している業務用のコンピュータにIFSコンソールも3台設置してあります。
ナデシコのメインコンピュータ程ではありませんが民生品とは比べ物にならないレベルになってますよ」
「なんか、本当に至れり尽くせりでありがとうございます」
「いえいえ、礼なら会長へなさって下さい。それ程貴女方を買ってらっしゃいますからね。
こちらとしては住居程度で関係が悪化するのは避けねばなりませんから、必要経費です」
アオが礼をするとルリとラピスもそれに続いた。
それに対しプロスは会長が好きでしてるんですよと暗に言うと感謝される程の事ではないと返した。
「わかりました。手料理でよければ落ち着いた辺りで招いてあげると伝えておいて下さい」
「えぇ、そうなさって下さい。それではこの辺で」
「はい、お世話様でした」
プロスが帰ると3人は再度部屋を確認していった。
「うわ!調理器具一揃えあるよ!火力も強いし、凄いよこれ」
「アオさん、服まで揃えてありますよ?うわ、これエリナさんの趣味です...」
「アオ、ルリ、コンピュータのスペック凄い。あれ使えばオモイカネ以外ならどこでも入れる」
「お風呂広!一人じゃ怖いよこれ...」
「洗濯乾燥機までありますね。」
などとワイワイと騒ぎながら探検していった。
探検が一段落ついた後は3人で軽く夜食を作り食べる。
後片付けを終わらせた後は、お風呂も3人で入る事となった。
アオは恥ずかしがって逃げようとしたがルリとラピスに捕まり、強制的に二人から身体中丁寧に洗われてしまった。
3人でパジャマに着替え寝室へ行くとアオはルリとラピスにお休みの口づけをして、ベッドに潜りこむ。
ラピスを挟む形で寝転がるとすぐに3人の寝息が聞こえてきた。