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No.286の一覧
[0] 機動戦艦ナデシコ-Irreplaceable days- 【再構成】[小瓜](2005/02/13 19:38)
[1] Re:機動戦艦ナデシコ-Irreplaceable days- 【再構成】[小瓜](2005/02/13 19:41)
[2] 機動戦艦ナデシコ-Irreplaceable days- 第二話[小瓜](2005/02/17 20:12)
[3] Re:機動戦艦ナデシコ-Irreplaceable days- 【再構成】[小瓜](2005/02/23 22:38)
[4] 機動戦艦ナデシコ-Irreplaceable days- 【再構成】 第四話[小瓜](2005/03/06 23:01)
[5] 機動戦艦ナデシコ-Irreplaceable days- 【再構成】 第五話[小瓜](2005/06/13 02:38)
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[286] 機動戦艦ナデシコ-Irreplaceable days- 第二話
Name: 小瓜 前を表示する / 次を表示する
Date: 2005/02/17 20:12

人の数だけ想いがあって


想いの数だけ物語がある


だから――――


この物語は、続いていく




機動戦艦ナデシコ

-Irreplaceable days-






 見た事も無い機械の中に入れられ、見た事も無い場所に何時の間にか居て、見た事も無い人が毎日沢山居る。
 アキトが奇跡の復活を果たしてから一週間。
 彼が周囲を見渡して日々思うのはこの程度の事だった。




 何だか自分の身体が自分のものではない気がすると気付き、それを両親に訴えたのは復活の翌日。


『それはね……。アキトを治してくれたナノマシンが、アキトが完全に治るまで無理して遊んだりしないようにしてるのよ』


 母の説明に、ほんの少し前風邪を引いたまま幼稚園に行こうとした自分を思い出し、なるほどと納得した。


「じゃあそのナノマシンさんは、お母さんの代わりに僕のお具合を見張ってくれるんだ。すごいね~」


 自分がそう言った時、母が妙な顔をしていたのを覚えている。
 物分りが良すぎるとか思っているのだろうと、その時のアキトは考え、唐突に自分が体験した事を語り始めた。


「僕ね、怖い所に居たの。とっても真っ暗な所に居て、身体も何も全部動かなくって、お母さんとお父さんも居なくて、一人ぼっちなの。それで、そこから逃げようとしても逃げらんなくって。きっと僕、死んじゃったんだと思ったの。そう思ったらもっと怖くなって、ずっと泣いてて、でも疲れてもういいや、死んでもいいやって思って眠ろうとしたの。そしたら光がぱ~ってなって、ここに居たんだ。僕、きっと生き返ったんだよね?」


 その時の両親の顔は青を通り越して真っ白になっていた。
 アキトは自分が死を迎える、否、死んでいたのだと言っていて、確かにそれは事実。
 無理矢理ポンプで心臓を動かし、血を巡らせ、無理矢理酸素を送り込んでいたあの時は、確かに普通は『死んでいる』状態なのだろう。
 それを自分達が古代のナノマシンの力によって『生き返らせた』ようなものだ。
 それをアキトは、アキトの精神はきっちり全て体験し、しかも完全に理解しているように語ったのだ。
 両親としては顔が青くならないはずが無い。


『そうだよ。アキトは一回……死んじゃったんだ。でもお母さんがね、それは嫌だから、生き返らせたんだ。お母さんは凄いだろう?』


 青白いながらも、無理矢理笑みを浮かべて教えてくれた父に、アキトは目を見開いて思い切り喜びを表す。


「やっぱりそうなんだっ! お母さんすごいっ! お父さんもありがとうっ!」


 喜ぶアキトを見て、両親はその日、二回目の涙を流していた。




 それからは毎日両親が訪れ、他の何かを弄くりながら自分を見ている大人の人に囲まれている。
 初めは珍しい事なので毎日楽しかった。
 だがそれが一週間も続けば、まだ幼い子供であるアキトも飽きてしまうのが当たり前。
 とうとう我慢できなくなり、アキトは目の前の両親に訴えかけた。


「おとうさーん。ゲームしたい」

『アキト……。お前の身体はまだ治ってないんだからそこから出れないんだよ』

「でもゲームしたいっ! ゲーム~し~た~い~っ!」


 とうとう癇癪を起こし始めたアキトにまいったといった色合いの苦笑を浮かべる父だが、アキトの状態を管理していた若い研究員が慌てだす。


『テンカワさんっ! アキト君のナノマシンに変化が……これは、一部がIFSナノマシンに似た反応をしています!』

『っ! な、なんだって! IFSナノマシンなのて投与してないぞっ!』

『で、ですがこれは、信号がほぼ同じで……』


 突然の事態に父と他の研究員は慌てだす。
 そして彼らが見たデータ上の変化は、確実にアキトにも表れていた。


「おとうさ~ん。なんか右手がムズムズする……」

『脳波に変化が……っ! 補助脳が確立されていますっ!』

「おとうさ~ん……。何やってるの~?」

『っ! タトゥーが右手甲にっ! いや、これは……従来のものとは反応が違う。しかし……』

『このタイミングで現れたIFS反応……。このナノマシン、普通じゃない……』


 次々現れる不可解な現象。
 その渦中に居る対象者である少年は、状況が理解できないまま呆っと右往左往する研究者達を眺めていた。
 そして結局、その日は一日中研究者の喧騒を聞きながら静かに過ごす事しかアキトには出来なかった。




 その翌日、翌々日もアキトの周囲には喧騒が絶えず続き、アキトがゲームをしたいと癇癪を起してから一週間後。
 アキトの為に、一つの精密機械が製造され、渡された。


『アキト、指は動くかい?』

「うん、動くよ? これ、握ればいいの?」


 カプセルの中に突如投入されたケーブルのついた丸い機械の感触を掌に受けながら答える。
 自分の言葉に父が「そうだよ」と優しく頷くのを見て、アキトは指をゆっくりと動かし、優しく機械を握った。
 すると、唐突にアキトの頭に何かのイメージがゆっくりと流れ始め、次第にそれは形を取る。
 同時に、今までガラスだけだったはずの目前にウィンドウが表示される。
 そのウィンドウには、自分がよく遊んでいたゲームのタイトル画面が表示されていた。


「わっ! なにこれっ! 僕のゲームだっ!」

『この間やりたいって言ってただろ? 家から持ってきたんだよ。苦労したんだぞぉ?』


 そう言って微笑む父の姿をガラスの向こうに透けて見ながらアキトは喜ぶ。


「うんっ! ありがとう、お父さん! ……でもこれ、どうやって動かすの?」

『その機械を握りながら、どうやって動かしたいのかちょっとだけ考えればいいんだ。コントローラーで動かすよりも簡単だぞ』

「ふーん……わっ! ホントに動いたっ! お父さんすごいっ!」


 父の説明を受け、言葉通りにイメージするとゲームが始まり、キャラクターが思い通りに動く。
 確かにコントローラーで動かすよりも数倍簡単だった事に、アキトは単純に驚き、また喜んだ。


 そうしてアキトがゲームを楽しんでいるのを視界の隅に置き、父は他の研究者からの報告を受ける。


「テンカワさん。情報処理・整理能力の数値が従来の補助脳よりも高くなっています。ですが負荷は従来の約半分。フィードバックも従来の四倍はスムーズです」

「……皮肉、だな。私達が強固に反対した『技術の為に人間を造る』などという構想に、息子のデータが一役買うとは」

「しかし、このデータがあれば過激な人体実験が行われるなどという事は」

「判っている、判ってはいるんだ……。だが私は、この子の親として、息子をモルモットのように扱いたくは無い」

「ですが、実験の犠牲になる人は、アキト君のお陰で確実に減ります。現段階で既に実験は行われているはずですから」

「くそ! 上層部、会長一派のヤツらはどうかしている!」

「テ、テンカワさん! ……ここだからいいものを、月や地球で同じ事言ったら大変ですよ」


 この日からアキトは、自分の知らない間に『IFSシンクロ強化人間製造計画』のテストケースとして生きていく事となった。






 IFSを手に入れ、様々な情報伝達が可能となったアキト。
 暇があればゲームで遊び、それに飽きればTVを見、電子化したマンガを読んだり絵本を読んだりと、それなりに充実した日々を送っていた。
 だがそれでもやるのはいつも一人。
 その場には毎日父や母の他に、研究所の科学者がアキトの周囲を囲んでいるのだが、遊び相手になってくれる訳も無い。
 友達と遊びたい年頃なアキトは、一人遊びの毎日にすぐ飽きてしまっていた。
 だがカプセルの中から出られる訳も無く、両親の言葉に従い大人しく過ごす事一ヶ月。
 それも、限界に来ていた。


「ねぇ……お外出たい」

『アキト、ごめんね。まだ出られないのよ』

「ううん……わかった」


 ほんの少し、勇気を出して母に言ってみるもすぐに却下。
 やはりアキトは大人しく従うしか無かった。
 そんなアキトを不憫そうに眺め、チラリと時計を気にしてから母はアキトに告げる。


『ごめんね、アキト。お母さんとお父さん、これからちょっとお客さんが来るの。少し一人で遊んでてね』

「うん……わかった」


 母に謝られるのがアキトは好きでは無かった。
 そんな時、いつも悲しそうな顔をしている母を見たくなかったからだ。
 だからアキトは、母の言う事を素直に聞き、悲しい顔をさせないようにしていた。
 だがそれが更に母を悲しそうな顔にさせている事に、アキトが気付くはずが無い。
 最後に再び謝ってから部屋を出て行った母を見送り、アキトは独り言を呟く。


「お客さん……だれなのかな?」

『君のお父さんのお友達だよ』


 返事が返ってこないと思っていた所に研究員から思わぬ返事を貰い、アキトは少々驚いた。




「ごめんなさい。お待たせしてしまって」


 応接室に入るなり頭を下げた妻を一瞥してから、夫は声をかける。


「気にするな。こいつも気にしてないさ」

「おい、お前が答える事じゃないだろ?」


 夫の軽口に苦笑を浮かべながら妻は夫の隣に腰掛け、対面で座る男とを見る。
 男はネルガル、クリムゾンと肩を並べ現代の『三大企業』と呼ばれる明日香インダストリーの社長であり、夫の知己の友であるオニキリマル氏。
 その彼の娘には、カグヤ・オニキリマルという少女が居た。


「今日は、カグヤちゃんは?」

「あぁ。今秘書と一緒に所内をぶらついて貰っている。プロスも居るし大丈夫だろう」


 彼の言うプロスとは、ネルガル火星支部長で、プロスペクターと呼ばれる人物。
 元々中間管理職で、経理やその他雑務を担当していた彼だが、何の因果か火星まで飛ばされ支部長に就任させられてしまったのだと本人は語っていた。
 彼は三人共通の友人であり、つかみ所の無い部分はあるが、信用の置ける相手ではあった。
 まぁ彼に任せれば大丈夫だろうと妻は納得。
 その姿を見止めて、オニキリマルは口を開いた。


「さて、さっきテンカワにも話したんだが、一応君にも。……二人ともウチに、明日香インダストリーに移って来る気は無いか?」


 前口上も程ほどに、オニキリマルは本題を告げて二人の様子を盗み見る。
 夫は無言を通し、妻はしばらくしてから静かに口を開いた。


「今は、アキトの事があるし……。それに私は、この人に着いて行くつもりですから。この人が行くのなら、私も」

「アキト君の事は心配しなくていい。ウチにも同等の設備あるし、移動の際には手配もする。設備投資だけはウチもネルガルと同等ぐらいには金をかけているからな」


 最後のほうを茶化すように言い、オニキリマルは笑みを浮かべる。
 だが次には真剣な表情に戻り、二人に向けて再び口を開いた。


「前々から同様の打診はしてあったが、俺は本気だ。君達二人の能力がウチには必要だし、俺としても二人がウチに来てくれるのなら精神的にも楽になる。俺の妻も支えてはくれるが、やはり彼女だけではな。公私共に、支えてくれる奴が必要なんだよ」

「凄い口説き文句だな。いつもそうやって女を口説いてるのか?」

「まさか? 俺はアイツ一筋だぞ?」


 軽い言葉の中に夫と彼の気心が伺えるが、二人とも表情は真剣そのもの。
 次第にオニキリマルは声のトーンを落とし、まるで秘密を打ち明けるように囁いた。


「お前、上層部のやり方に反対していただろ? ボソンジャンプ理論の秘匿に、IFSシンクロ強化人間、人工的に天才を造る計画。お前と上とじゃ方針が真逆なの、判ってるだろ? それに、そんなお前に不信感を持っている奴がネルガルには多い。最もそれは地球や月の人間だろうが、こっちは大丈夫か?」

「あぁ。火星の人達は大丈夫だ」

「そうか。だがな、最近のネルガルにはきな臭い話が多すぎる。俺はお前達がいつかそういう事に巻き込まれるんじゃないかって心配なんだよ。今や世の中火星の技術で進歩しているようなもんだ。その中でも最先端を言っているお前達だ、何かの標的にされてもおかしくはない」

「それに、会長に嫌われているし、か」


 ネルガルの方針では、テンカワの探し出したボソンジャンプとその仮説段階の理論について、秘匿し自社の占有技術とすべきだという方針が多数を占めている。
 それは発見者である彼の方針、世界に公開するべき技術だという考えとは全く逆の意見である。
 そして先の遺伝子改造によるIFSシンクロ強化人間製造計画の強行。
 彼が学者として入社した時と今とでは、会社のやり方が明らかに変わってきていた。
 だが、今まで科学者として研究に身を費やし生活できたのはネルガルのお陰。
 それを忘れる事が出来る人間だったら、今のような心境には至って居なかっただろう。
 彼は今、ネルガルへの今までの恩義と親友の説得の間で揺れ動いていた。
 結局、彼が自分の意見を口に出来たのは半時程経ってから。


「少し、考えさせて欲しい。半月、それだけ待っててくれ」

「……そうか。まぁ今までよりは大分良い返事だな。君も、それでいいね?」

「えぇ。私は、彼の決断を受け止めるわ。それに、こういった時にこの人は必ず良い決断をするから」

「あぁ、そいつは俺も身をもって知っているからな。そういえば昔も――――」


 夫の言葉に期待が持てると感じたオニキリマルは気分が楽になり、プライベートの顔に戻った。
 それから三人は、昔話や今の状況、自分達の子供について、空気の軽くなった部屋で互いに笑みを浮かべつつ語り合った。




 両親が友人と語り合っている頃。
 アキトはいつも通りにゲームをし、TVを見、マンガを読んで暇を潰していた。
 最近同じゲームをするのにも飽き、そろそろ違うゲームもしたいなぁと思っている。
 ガラスの向こうで何やら作業している研究員を眺めながらそんな事を考えていると、外に繋がる通路の扉が開いた。


「あ、あれっ! カグヤちゃんだぁっ!」

『あっ、アキト様っ!』


 室内へ入ってきたのはカグヤ・オニキリマル。
 アキトより二つ年上の彼女はミスマル・ユリカと同じくノゾミ幼稚園に通う、もう一人のアキトの友人。
 父親は現在彼の両親と談笑しているオニキリマル氏で、アスカインダストリーの社長令嬢だった。


『アキト様っ! なぜこのようなものに閉じ込められているのですかっ!? 今カグヤがそこからお救い致しますっ!』


 アキトを見るなり室内に飛び込んできた彼女は、そのフリルのついた高級そうな洋服を腕まくりし一直線にアキトの元へと駆け寄る。
 どうやら本気らしいと周りの研究員が慌てて止めようとすると、カグヤは標的をその研究員達へと摩り替えた。


『あなたがたっ! アキト様になにをするおつもり……いえ、なにをしてらっしゃるのですかっ! アキト様への暴虐は、このカグヤが許し――』

『お、お嬢様。少々落ち着いてください! アキト様なら大丈夫ですよっ!』

「あははっ、カグヤちゃん難しい言葉使ってるー」


 幼稚園児に突然一喝され目を白黒している研究者の前に、カグヤと共に入ってきた秘書が彼女を羽交い絞めにし、バタバタ暴れるのを取り押さえる。
 その姿をアキトは本当に楽しそうに眺めながら、自分に近づいてきた一人の男性に挨拶をした。


「こんにちわっ、プロスおじさん」

『えぇ。こんにちは、アキト君。今日の調子はどうですか?』

「んー、よくわかんない。プロスさんがカグヤちゃんを連れてきてくれたのー?」


 彼はこの研究所で知り合った、通称プロスペクター。
 アキトにとって彼は両親と一緒にたまに見舞いに来てくれる優しいおじさんという位置付け。
 にこやかに挨拶を交わす二人を羽交い絞めにされていたカグヤは不思議そうな顔で見ていた。


『あ、アキト様……? その機械の中に閉じ込められていたのでは?』

「えっ? 違うよ? 僕ね、なんかよくわかんないけど病気、なのかな? 『なのましん』さんがなんだか治してくれてるから、完全に治るまでは出られないんだってさ」


 あっさりと否定の言葉が返ってきたカグヤは自分の行動に対し顔を真っ赤に染め上げるが、続いてアキトから出てきた『病気』という言葉に今度は顔を青白く変化させた。


『そっ、そんなっ! お病気なんですの? 幼稚園ではあの娘そんな事言ってなかったのに。おいたわしい……』


 悲しそうに涙を流し始めたカグヤに、今度はアキトが焦りだす。
 「あぁ~、う~、えっと~」と何を言っていいのかわからずただ慌て、幼稚園という言葉で思い出した彼女の事を慌てて口にした。


「あっ! そうだっ! カグヤちゃん、ユリカは……?」

『……知りませんわ、あんな娘』


 すかさず出したユリカの名前に涙を流していたカグヤはそれをピタリと止め一転、不機嫌を隠そうともせずにアキトへと向き直った。


『アキト様、私聞きましたの。何でもアキト様はあの娘を助けようとしてお怪我をなさったとか』

「う、うん……。そ、そうだけど……?」


 「何で怒ってるんだろうカグヤちゃん」とか思いながら、アキトはカグヤの言葉に頷き続きを聞く。


『あの娘、幼稚園でそれを自慢気にみんなに話していたのですよ。『アキトは私の事を助けてくれる勇敢な王子様』とか言ってましたわ』

「そ、そうなんだ……」

『それで私、その日アキト様が幼稚園に来てらっしゃらないと聞いたもので、あの娘にアキト様の事を聞いたんです。そしたらアキト様、お怪我なさった言うじゃありませんか!』

「う、うん。そうだね」


 喋りながらも段々ヒートアップしてきたカグヤに、アキトは引き気味に頷く。
 それを素早く察知したのか、カグヤは少々熱くなった頭を冷ますように子供らしくない咳払いを一つし、落ち着いて続きを話した。


『それで、私あの娘とケンカしましたの』

「えぇっ! け、ケンカって、ダメだよケンカしちゃあ!」

『で、でもっ! あの娘ったら自分の所為でアキト様が怪我したと言うのに『王子様だから大丈夫』などと言ったんですっ! 私もう心配で……』


 カグヤとユリカのケンカは苛烈を極め、互いにひっかき傷や青痣をいくつも作るほどの激しさだった。
 その時ユリカが言ったのは、正確には『王子様は怪我なんかすぐ治るから大丈夫!』というもの。
 いくら幼稚園児だろうと普通は怪我がすぐ治る訳が無いという事ぐらい知っているのだが、アキトはユリカにとって『王子様』という普通じゃない存在として認識されていた為すぐ治るんだとユリカは勝手に思い込んでいる。
 それは、カグヤにとってアキトに怪我をさせた事と合わせてケンカするには十分な理由だった。


『アキト様……。あの娘と遊んだりしていたらまたお怪我をしてしまいますわ。あの娘とはもう遊ばないほうがよろしいですっ!』

「で、でも……。ユリカは、友達、だしさ……」

『友達だったら私がいるじゃないですかっ! それに、私だったら毎日でもアキト様のお見舞いに参りますっ! ユリカはお見舞いには来ていないのでしょう?』

「う……うん」

『やっぱり……。あの娘は毎日他のお友達と遊んでいますのよ。アキト様が家に居ないとこの間言ってましたから、一応誘うつもりはあったようですけど』

「で、でもそれは……。ユリカ、僕がここに居るなんて知らないでしょ?」

『でもっ! 私はアキト様がここに居ると知ってますっ! だからアキト様はお見舞いに来ないあの娘なんかより私と遊んでくださいっ!』

「わ、わかったよ、カグヤちゃん……」


 いくら喋り方が大人びていても所詮は子供。
 カグヤは無茶苦茶な、彼女にとってはキチンと筋の通った論理展開と勢いによってアキトの反論を許さず、アキトはほぼ押し切られる形でカグヤと遊ぶ事を約束させられた。
 その約束の意味がわかっているのは、恐らくカグヤだけである。


『はははっ、アキト君良かったですねぇ。いいお友達じゃないですか』

「う、うん。カグヤちゃんは一緒に遊んでてとっても楽しいんだよ」


 今までの口論、というか半分痴話げんかのようなものを静かに眺めていたプロスが笑顔でアキトに語りかけ、それにアキトが返事を返す。
 アキトの言葉を聞いたカグヤはほほを僅かに桜色に染めながら、自分より上に位置するカプセルに入っているアキトを見つめた。


『お二人の仲がいいのは大変良いのですが、残念ですがここに毎日は来れないんですよ』

『えぇっ! そ、そんな……』


 微笑ましそうに二人を眺めていたプロスが、一応の注意として毎日の訪問禁止をカグヤに教えると、カグヤは一転しガクンと落ち込みだす。
 だがそれに、プロスはちゃんとフォローを用意していた。


『そうですね、週に一日。今日のような休みの日にだけなら大丈夫ですよ。その時は一緒に来ている秘書さんに伝えてください』

『っ! ほっ、本当ですのっ!?』

『はい、本当ですよ。その時は私も一緒にアキト君のお見舞いをさせて貰いますので』


 プロスのフォローは鮮やかで、一気に気落ちしたカグヤを見事復活させた。
 喜びにより一気に騒がしくなったカグヤは、今度お見舞いに来る時のお土産のリクエストなどをアキトに聞いたり、アキトが居ない幼稚園での変わった出来事や、たまにユリカがどれだけ嫌な女かをアキトに諭し、彼を思い切り怯ませる。
 カグヤがユリカの事を話す際の彼女の悪意に満ちた言葉にプロスも、若い秘書も引き気味になるという一幕があったりしたが。
 カグヤが見舞いにきたこの日、アキトは暇を持て余す事は全く無い、久々の楽しい一日を過ごせた。








「……俺は、アスカに移ろうかと思う」


 友人であるオニキリマル社長からの打診を受け、熟考する事二週間。
 テンカワはアスカへの移籍を決断し、その胸の内を支部長であるプロスへと打ち明けた。
 当のプロスは、オニキリマル氏が来た時の用件等既に推測しており、最近のネルガルへの不審を溜めているテンカワの胸の内を聞き、『やはり』と一言呟いた。


「ですが、いいのですか……? あちらに移ってから報告したほうが、何らかの妨害が無いとも限らないのですよ?」

「そこまで腐っているのか? 今の上層部は」

「恥ずかしながら……。私も最近の会長の変わり様には耐え難いものがありますが、所詮管理職ですから」


 ほの暗い室内で、向き合って話す二人はその内容故、自然小声になる。
 妻は今息子の相手をしているのだろうとほんの少し思いを巡らせ、テンカワはプロスに続けた。


「とりあえず、俺の移転の旨を本社へ報告してくれ。それが仕事だろう?」

「ですが……。あなた方夫婦の関わっている研究は、現在ネルガルでも重要機密となっているものです。本当に、何らかの妨害があってもおかしくはないのですよ? 最悪――――」

「これは、最後の賭けなんだよ。ネルガルに残るか、アスカに移籍するかのな」


 彼の意思を感じさせる物言いに、プロスは一瞬目を見開き、溜息を吐く。


「ご自分を餌に、内部を変えようと? 余りにも危険すぎますよ、それは」

「だが、もう俺は耐えられん。とりあえず一ヶ月は身辺整理や手続きで猶予期間を貰うから、それまでにそちらでどうするか考えてくれと報告してくれ」

「……わかりました。それで、条件はやはり?」

「人間を造るなどというバカげた計画の破棄と、俺の理論を公開技術として扱う事、それだけだ」


 想像通りの返答に、プロスはまた一つ溜息を吐き、了承の意を告げる。
 それで話は終わりとばかりにテンカワは席を立ち、部屋を退室しようとして、背後のプロスに呼び止められた。


「本当に、お気をつけ下さい……。私は、大事な友人を失いたくは無い」

「ありがとう。お前は、ネルガルで知り合った人間の中で一番の友人だ」


 退室していくテンカワを背中を眺め、プロスは静かに衛星通信の準備を始めた。




 それから二週間、何事も無く彼らは過ごす。
 そしてこの日、アキトの居る研究室に夫妻、プロスと共に一人の大柄な男が現れた。


「……おじさん」

『久しぶりだね、アキト君』


 ミスマル・コウイチロウ少将、火星駐留軍司令。
 実質上アキトがカプセルの中へと入る原因となったユリカの実の父親であった。


『今までお見舞いに来れなくて済まなかったね。ユリカを助けてくれてありがとう』

「……僕、何もしてないから。別にいいよ」


 謝罪を混め、頭を下げたコウイチロウにアキトは気まずそうに首を横に振り、頭をあげさせる。
 事実、ユリカはアキトの言う通り彼が助けた訳では無い。
 回転する大型クレーンと、そのクレーンの上で泣き叫ぶユリカの声に気付いた付近の人間が付近の警備隊に報告し、その彼らが助けたのである。
 その彼らが実質のユリカの『王子様』であり、アキトにとっても命の恩人なのだが、ユリカもコウイチロウも、アキトがユリカを助けようと駆け寄ったのを知っており、それを踏まえて彼を『王子様』と呼び、助けた礼を述べたまでである。
 その心情を理解できないアキトはそれを否定してしまうが、コウイチロウは首を振り答えた。


『だが、君がユリカを助けようとしたのは本当だろう? だから私は君にお礼を言ったんだよ』

「……うん、わかった」


 一応の納得をしたアキトに、コウイチロウは苦笑を向ける。
 そして、話を本題へと移した。


『実はな、アキト君。今日で私とユリカは、地球へと引っ越すんだ』

「えっ? ……そ、そうなんだ」

『あぁ。今日はユリカは来れないが、あの子も君と離れるのを寂しがっているんだ』

「そっかぁ……」


 アキトの納得の言葉に、コウイチロウは胸を痛める。
 ユリカは今頃一足先に地球行きの船へと乗り込んでいる所だ。
 彼女はアキトがこのような境遇に置かれている事も、火星から引っ越す事も知らない。
 彼女にはアキトに関しては何も言わず、地球には『父の仕事の同行』と言う事しか伝えて居なかった。
 それが、彼なりのユリカへの愛であり、今日ここへ来たのも彼なりのせめてもの償いだった。


「ユリカに、元気でねって伝えといて下さい」

『……ありがとう、アキト君』


 アキトの子供らしい、暖かい言葉にコウイチロウは誠意を持って返事を返す。
 そのままちらりと時計を見て、コウイチロウはアキトに最後の言葉をかけた。


『地球に来る事があったら、いつでもウチに来なさい。ユリカと一緒に歓迎するよ』

「はい。おじさんもお元気で」

『あぁ。……ありがとう』


 最後に一言、静かに礼を述べ、コウイチロウは出口へと向かう。
 その背中を追うように父が部屋を出、共に出ようとした母は一旦アキトへと振り返った。


『アキト。お母さん達、おじさん達を見送りに行って来るわね』

「うんっ。あ、帰りにゲーム持ってきて。それと、ユリカに元気でねって、おじさんと一緒だけど言っといて」

『はいはい、わかったわ』


 苦笑を浮かべて、母は部屋に残る研究員に頭を下げてから部屋を出て行く。
 残されたアキトは一人、地球がどういう所なのかを想像していた。








 その一時間後、テンカワ夫妻は死亡した。 


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